一ひねり半の友情
「ふっふっふ、きたきたぜきたきた、とうとうこの日がやってきた」
 朝の3−C教室で、ジャージ姿の九龍が同じくジャージ&体操着を着た皆守と八千穂の間でほくそえむ。
「おお、九チャン燃えてるね!」
「おおよやっちー、俺は今日のためにわざわざかまちーからバスケの特訓受けたんだ! 買って商品のノートと鉛筆を手にするのは俺たちで決まりだぜへっへっへ」
「特訓ったってたったの一時間だろうが……」
 アロマを吹かしつつどうでもよさそうに(事実どうでもいい)皆守が言うと、九龍はにっこり笑って皆守の頭部に梅干を放った。
「あだ、あだだ! やめろ、子供かお前はっ!」
「甲太郎く〜ん? 人が盛り上がってる時に水を差すのが大好きなお前のねじくれた性格はいまさらだけど、だからって直さなくていいっつーことには全然ならないんだよ? せめて始まるまではその面倒くさがりなくせによく動くお口は閉じてようなー」
「人のことを言う前にお前のそのすぐ暴力に訴える癖を直せっ!」
「あっはっは、それもそーだ。けどお前に言われちゃおしまいだなー」
 九龍はぱっと手を離すと、八千穂に楽しげに言った。
「そんじゃやっちー、女子バレー頑張れよっ!」
「うんッ、九チャンも男子バスケ頑張ってねっ! ……皆守クンは……やっぱサボリ?」
「当然だろうが」
 ふぅ、とため息をつく八千穂。九龍もやれやれと肩をすくめる。
「そうだろうと思ったけど……本当に皆守クンって学校行事に不熱心だよね……」
「こんなもん力を入れることじゃないだろうが」
「しょーがないよやっちー、この男は真正面から物事に向き合おうとすると不安になっちゃうカッコつけだから。冷めた目で見ないと自分を保てないしょーもない男なのさ」
「九チャン……クソミソに言うね……」
 笑いながら言う九龍に八千穂は目を見開くが、九龍は気にした風も見せず笑みを深くした。
「ま、そんな奴でも俺らは好きで友達やってんだけどね」
「うんうん、だよね〜」
「勝手に言ってろ」
 苛立たしさにまかせてそう言うと、皆守は立ち上がった。
「どこ行くの?」
「どこだっていいだろ」
 言い捨てて、皆守は教室を出た。

 今日は天香学園の球技大会。学校生活というものに妙な憧れを持っている九龍は予想通り盛り上がっていたが、そんなものにつきあうほど皆守は暇ではない。
 当然サボって昼寝。それこそがまともな時間の使い方というものだ。
 季節はもうほとんど冬。寒風の吹きすさぶ中外で眠りたいとは思わない。
 となればやはり保健室か、と一階に向かう――その時、校内放送が流れた。
『校内放送校内放送。本日は球技大会につき、全生徒は校舎内は立ち入り禁止になります。全校生徒は速やかに準備をして校舎から出てください』
 繰り返します、ともう一度言おうとする校内放送を聞きながら、皆守は顔をしかめる。
 そういえば、確かに球技大会の時は校内は立ち入り禁止になるんだった。保健室に行っても追い返されるだけか、下手すれば校内に閉じ込められることになるかもしれない。
 校内から抜け出すことは皆守には造作もないことではあるが――あの保健医に疑惑を持たれるのはまずい。
 皆守は足を速めた。まあいい、校内の昼寝スポットはそこだけではない。

 わぁっ! と歓声が耳に響いて、皆守はうっすらと目を開けた。
 皆守は基本的に眠りは浅い。ちょっとした物音にもすぐ目を覚ましながら、何度も何度も寝入りと目覚めを繰り返しつつまどろむ、それが皆守の眠り方だ。
 だから今回もすぐにまた目を閉じようとしたのだが――
「すっげー、葉佩!」
「葉佩君、超カッコいーっ!」
 そんな声に、むくりと上体を起こした。
 普段は使わない昼寝スポット、体育館の二階の隅。そこからずりずりと這い出して、体育館の一階を見る。
 そこには予想通りの情景が広がっていた。九龍がバスケコートの中で楽しげに、縦横無尽に跳ねている。
 そういえばあいつは男子バスケだったな、と思い出す。皆守は興味がなかったので今まで思い出しもしなかった。
 どこだろうと九龍が活躍することには変わりないと思っていたからだ。九龍の肉体能力は少なくとも一般の高校生からは図抜けている。体育の要領もこの二ヶ月ですっかりつかみとったようだし、特訓などせずとも負ける要素はどこにもない。
力℃揩ツ自分には、遠く及ばないにしろ。
 コートの上で九龍はクラスメイトたちと楽しげに声をかけあいつつ、バスケコートを目指している。時にはパスを回し時には3Pシュートを狙い。その鮮やかな動きにギャラリーは興奮して歓声を送る。
 なんとはなしに面白くなくて、河岸を変えるかと立ち上がりかけた時、不穏な声が聞こえてきた。
「……あいつ、気に入らねぇな」
 いかにも不良な男の声だ。皆守は気配を殺し、耳を澄ませる。
「んだよ、あいつって誰だよ」
「あいつだよ、第一コートで一番目立ってる、3−Cの葉佩」
「あー。あいつがどうしたって?」
「あの女ったらし、俺の女をたらしこみやがった」
「へー。けどお前女なんていたか?」
「バカヤロ、ミナだミナ! お前だって会ったことあんだろうが」
「……あの女別にお前の女じゃねーじゃん」
「んなこたぁどーでもいい。ミナの奴、俺が誘いかけたら、好きな奴ができたからダメとか言いやがって。問い質したら3−Cの葉佩九龍だっついやがったんだよ!」
「へー……そんでそいつを見に来たんか。まぁ、ああいうスポーツ得意な奴ぁ女は好きだわな」
「あいつどこの部活も入ってねぇし、前見た時は全然目立たねぇ感じだったくせによ。こういう時に目立ちやがって。そうやって女を落としやがってるわけか、あの野郎」
「ミナちゃんはそーいうとこが好きだって?」
「……いや」
「へぇ? じゃどんなとこが好きっつってた?」
「……色気があるとこ、って」
「ぶっ! じゃあお前勝てっこねーじゃん!」
「うるせぇっ! ……どっちにしろ気に入らねぇ。あの優男面、ぐちゃぐちゃにしてやらぁ……」
 皆守は話に夢中になっている男たちの後ろで一人アロマを吹かした。別に、こんな奴ら自分がどうこうする気はない。するまでもなく九龍ならなんなく撃退するだろう。
 だから心配はしていないのだが――
 なんとなく、妙に腹立たしかった。
「……お、あいつまたシュート決めたぜ」
「けっ! ちょっと運動ができるからっていい気になりやがって、あのゲスチン野郎が」
 イラッ、と内心を焦げつかせるような苛立ちの炎――それを感じた皆守は、衝動のままに行動した。
 目にも止まらぬ速さでその不良を、二階から蹴り落としたのだ。
「うわぁっ!」
「あっ、東っ!」
 皆守はふん、と鼻を鳴らすとさっさとその場を立ち去った。頭から落としたわけじゃない、死ぬどころか大した怪我をするわけでもない。
 今度はどこで寝るか、と皆守の意識はすでにそちらの方に向かっていた。

「やっちー、女子バレー優勝おめでとうっ! 頑張ったね、偉いぞやっちー!」
「九チャンこそ、男子バスケ優勝おめでとー! 九チャンもすっごくよく頑張ったよ、特訓の甲斐あったね!」
 ハイタッチで健闘を讃えあい抱擁しあう九龍と八千穂を前にして、皆守はうんざりとした顔をした。
「そんなしょうもないことでよくそこまで喜べるな」
「なに、羨ましいの?」
「阿呆かッ」
「いいじゃん、あたしたち本当に頑張ったんだからッ。特に九チャンは大変だったんだよねー」
「なにが」
「あのね、試合中に二階から人が落っこってきたんだって。当然試合は中断になったんだけど、その時九チャン近くにいたからその男子受け止めたんだよね。そしたらその人が暴れ出して……」
「なんかミナがどうとか男としてどうとかわけのわかんないこと言ってたから、鳩尾に一発くれて気絶させて、試合終わってからゆっくり話したんだけどな。そしたら今度はやけに萎縮しちゃって、葉佩さんすんませんしたッ! とか言い出すからさ、とりあえず頭撫でといた」
「……ほう」
「っていうか、いきなり殴ればそりゃ誰だってびっくりするよー」
 皆守は九龍の隣で、一人アロマを吹かした。この程度のことで表情を変えたりはしないし、態度にも少しも表れていないはずだ。だが、九龍は妙な顔つきをして皆守に訊ねた。
「甲。お前さ、なんか隠してることない?」
「……別に」
 少しばかり心臓が冷えたが、表情にも口調にも表すことなく冷静に返す。
「ふぅん」
 九龍はくすりと笑って、皆守の頭をくしゃくしゃにした。
「なにしやがる」
「甲太郎くん、いーこいーこ」
「やめろ」
 手を払っても何度も笑いながら頭を撫でてくる。皆守と九龍は寮までその攻防戦をしながら帰った。

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