十二月二十三日天香学園にて
 校庭に着陸しようとしているヘリを見るやいなや、九龍は男子寮に全力ダッシュした。
(――今持ってるのはブローニングHPとコンバットナイフだけ。それも弾は二箱)
 あくまで護身用で、本格的な戦闘には荷が重い。
(あのヘリの数とレリック・ドーンの傾向からして、来たのはせいぜいが二個小隊。人数にしてのべ八十〜百人)
 ゲリラ戦術を駆使すれば、このままでも倒せない数ではないが――
(――今回は、絶対に失敗はできないんだ!)
 速やかに、かつ極力被害を抑え、敵兵を全員駆逐する。そのためにはこの装備ではまったく時間が足りない。
(誰も殺させない。全員守ってやる。この学校の生徒を、なにより――)
 ここには仲間がいるんだから。

 男子寮にはまだ敵兵はやってきていなかった。自室に戻り、いつものアサルトベルトを装備する。
 腰には荒魂剣とMP5R.A.S、それにタクティカルL。体にはTスーツ、足には浮遊輪。ポケットには小型削岩機にファラオの鞭に救急キット、そして寿司等々。
(よし、完璧)
 一人そううなずいて、部屋を出た。
 周囲の気配を確認しつつ用心深く――ではなく、堂々と、わざと音を立てて。
 要するにできるだけ自分に注意をひきつけようというわけだ。一発や二発撃たれたところで自分は(たぶん)死なないし、死ななければ魂の井戸で回復ができる。
 早足で歩きながらふと思いついて、取手からもらった虎のマスクをかぶってみた。浮遊輪を装備しているから効果はないが、顔は隠せる。
 天香学園の生徒数は三百六十人。いまさらという気もするが、やっぱり一般生徒に正体がバレるのはまずい。
 最上階から素早く階を回り、気配を探る。敵兵はたぶん油断しまくってるだろうから気配を殺したりはしないはず。
 隠れようとしたところで一般兵程度なら感知できる自信はあるが――
「!」
 泣き声が聞こえた。九龍はそちらに向かって走る。
 ちょうど部屋から泣いている生徒が引きずり出されようとしているところだった。数人の敵兵が英語で騒いでいる。
 だだだだっと派手な足音を立てながら走った。走りながら小型削岩機を右腕に装備しなおす。荒魂剣では生徒を巻き込みかねない。
 当然すぐにこちらに気がついた。
「待て! 止まれ、止まらんとう――」
 当然、そんな言葉聞くわけがない。
 相手が全部言い終わるよりも早く間合いを詰め、小型削岩機で思いきり殴った。「あべぇ!」などと言いつつ敵兵は吹っ飛ぶ。
 敵が武器を構える。だが遅い。銃、それもハンドガンなんてそもそもが中距離でしか使えない半端な武器だ。間合いを詰めてしまえば、相手が狙いをつけて撃つよりこっちが殴る方が圧倒的に早い。
 バゴォ、シュゴォ、ズバショォ、などと音が立つこと数度。相手に一度も撃たせることなく全員気絶させて(骨の数本は折れているはずだ)、手早く縛り上げた。
 さて、と体を起こして、引きずり出されようとしていた生徒のことを思いだした。そちらを見ると、涙でいっぱいの呆然とした瞳と目があった。
 ぷんと異臭が鼻を突く。漏らしてしまったらしい。
 九龍はにっ、と笑顔を浮かべてみせた。虎のマスク越しだからわからないかもしれないが。
 そして軽く頭を抱いてやる。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。よく頑張ったな」
「え……」
「偉い偉い」
 そしてにこにこと頭を撫でてやると、その生徒はぶわっと泣き出した。
「う……う、わ゛――――っ!!」
「うんうん、大丈夫だからな」
 優しくしばらく頭を撫でてやり、それからすっくと立ち上がる。
「俺は行かなきゃならない。お前はここで隠れてな」
「え……え!?」
「一緒にいてやりたいんだけど、他のとこにいる奴も助けてやりたいから」
「…………」
「あともう少し、一人で頑張ってくれるか?」
 目を合わせて問うと、その生徒は一瞬固まって、それから決意の目でうなずいた。
「よし。偉いな」
 そう頭を撫でて歩き出すと、後ろから声がかかった。
「あ、あの! あんた、いったい、何者なん……ですか!?」
 別に敬語はいらないんだけどな、と思いつつ振り返り、にっと笑う。
「正義のハンター、タイガードラゴン」
 ということにしといてくれ、と笑うと相手はきょとんとしつつもうなずいた。

 それからも敵を一人、また一人とある時は狙撃し、ある時は殴り倒して学園中に散った敵兵を倒し、生徒たちを救っていった。
 一番最初に向かったのは体育館なのだが、そこではもう双樹が敵兵を全員ノックダウンしていたので、中を覗いただけで立ち去ったのだ。
 生徒たちには時によって名前は変えたが、なんとなくどこかに『龍』の名を残しておいた。ちょっとした悪戯心と挑戦心。誰か気づくかな? と面白がって。
 本当はいけないんだろうとはわかっていたが、ちょっとばかし誰かに自分がやったんだと気づいてほしい気持ちもあり。
 ちょっとドキドキしていたんだが、結局その時は誰にも気づかれず――クラスメイトにも気づかれず、ちょっとがっかりしつつも敵兵は全員ぶち倒して縛り上げ。
 その後のあれこれでそれどころではなくなり、もうすっかり忘れていた。
 ――が。

「あ……」
 クラスメイトの一人に話しかけられてちょっと話した時、ふいに呆然とした顔でこっちを見られた。
「なに?」
 首を傾げて聞くと、ものすごい勢いで首を振られる。
 なんだかさっぱりわけがわからずにじーっと相手を見つめると、相手はさっと目を逸らし、「じゃ、じゃあ俺用があるから!」と叫んで逃げ出すように立ち去った。
 なんなんだ、と思いつつ席に戻ったのだが、視線を感じる。それも強烈に。そちらの方を振り返ってみればさっきのクラスメイト――名前は小野田といったはずだ――と目が合う。
 そのとたん小野田はさっと目を逸らしたが、それでもこちらに注意がばんばん向けられているのを感じる。
 気になった。
 気になったことは確かめないと、落ち着かない。
「小野田、ちょっと顔貸して」
 昼休みなのをいいことに、つかつかと小野田のところへ近寄りそう言った。小野田はあからさまにびくぅ! として九龍を見て、それから小さくうなずいた。
「よし。どこで話する?」
「……ここじゃダメか?」
「ここで?」
 九龍は少し驚いた。普通改めて話をするという時は誰もいないところでするものじゃないのか?
「いやか?」
「や、お前がいいなら俺はいいけど」
 わずかに首を傾げて、小野田がうなずくのを見てから一言。
「なんで俺見てんの?」
 ためらいがちに返された答えはシンプルだった。
「……お前、ミラクルハンターチャーミー竜虎なんじゃないか?」
「は?」
 九龍が本気でなにを言ってるのかわからずぽかんと口を開けると、小野田はわずかに苦笑した。
「やっぱり適当に言ってたんだな、名前」
「なにがだよ、だから」
「十二月二十三日、あの軍隊がこの学校を占拠した時。……お前、虎のマスク被って俺を助けてくれただろ?」
「――――!」
 九龍はようやく思い出した。
 助けた生徒の中の、唯一のクラスメイト。それが、小野田だったのだ。
(――参ったな)
 あの時自分は銃も剣も使っていた、アサルトベルトもつけていた。
 はっきり言って怪しすぎる――というかその筋の人間だって一目でわかる格好だ。
 バレた、となると、なんとか口封じをすることを考えなくちゃならないんだが――
 すうっと目を細めると、小野田は身震いして言った。
「そんな怖い顔すんなよ」
「俺、怖い顔してたか?」
「うん……そんでさ、そのことでちゃんと話したいから……今日の夜、俺の部屋に来てくれるか」
 九龍は少し考えて、それを了承した。
「その代わり、それまで誰にもそのことは話さないでくれよ?」
「話さねぇよ」
 苦笑気味に言う小野田にとりあえずの信用を置いて、九龍は自分の席に戻った。

「阿呆か、お前は」
 その話を聞くと、皆守は苛立たしげにそう言った。
「そもそも正体をバラしたくないなら学校の奴らの前で目立つことをするな。その程度ガキでもわかる理屈だろう。それに第一、バレたと知ったならどうしてさっさと話をつけない。そいつが誰かに喋る前に、脅してもなんでも口止めするのが普通だろうが」
「皆守クンッ! クラスメイト相手に脅すなんて九チャンだってやだよ」
 ねぇ? と振り向かれて、九龍はわずかに苦笑した。
「まぁなぁ。でもいざとなったら脅すもやぶさかではないけどな、俺としては」
「え……」
 不安そうになる八千穂に、にっこり笑って。
「ま、俺はあいつを脅したり半殺しにしたりして口止めする気はないけどね、今んとこ」
「九チャン……」
「よくそんな甘いことが言えるな。誰かにバレたらお前の評価が下がるんじゃないのか? ……まぁ、俺には関係ないが」
「甲ちゃんってば、そんな冷たいこと言っても気にしてくれてることけっこうバレバレよ〜ん?」
「誰がだッ!」
 あはは、と笑ってから九龍は表情を戻して言う。
「ま、正直あんまりその辺の心配はしてないんだ」
「……なんでだ」
 そこでふっと格好をつけて渋く。
「あいつの瞳が澄んでたからさ……」
「……いっぺん死ねお前はッ!」
「死にまっせん!」
 皆守の蹴りを軽くかわして九龍は笑った。

 夜。
 小野田の部屋をノックすると、小野田は緊張した面持ちで出迎えてくれた。
「なんか飲むか? 大したもんないけど……」
「いえいえ、お構いなく」
 まずい立場にあるはずの九龍の方がなぜか落ち着いていた。小野田はかなり緊張しているようで、さっきから視線があちこちに泳いでいる。
「そ、それじゃ、なんか食うか? ビデオ見るか?」
「いいって。……本当に話したいことはそういうことじゃないんだろ?」
「…………そうだな」
 小野田はごくりと唾を呑んでから、逸らしていた視線をしっかりと合わせて聞いてきた。
「あの時俺を助けてくれたのは、お前なんだよな?」
 九龍はこの時まではっきりとは決めていなかった。白を切りとおすか認めるか。白を切って切りとおせないということはない。そうすればとりあえずの追求は避けられる、が――
「そうだよ」
 あっさりと答えていた。なんとなくこう真正面から聞いてきたこいつには、真実を伝えたくなったのだ。
 小野田はふぅ、と安堵か落胆か判然としない息をついて、きっと真剣な目で九龍を見て言う。
「お前、何者なんだ?」
「それは言えない」
 きっぱりと答える。
「……なんで?」
「一つには、俺の仕事って他人に素性バラすのまずいんだ。何人かにはもう知られちまってるけど、それでもやっぱりあんまり多くの人間に知られたくない」
「…………」
「もう一つには、俺卒業までここに居座るつもりだからさ。残り少ない学園生活を、あんまり乱されたくない。仕事を忘れる気はないけど、その手のトラブルに巻き込まれる可能性はできるだけ排除しておきたいんだ」
「…………そっか」
 小野田は深く息をついて、それからちょっと笑った。
「実を言うと、俺、そんなのわりとどうだっていいんだ」
「は?」
 奇妙なことを言われ、九龍は目を丸くした。聞いてきておいてどうだっていいとはこれいかに。
「そりゃそれなりに気にはなるけどさ。それよりも大事なことがあるから」
「大事なこと?」
「うん」
 じっと九龍の目を見て、小野田は言う。
「お前、あの時俺を助けてくれたよな。銃を持ってる奴相手に戦ってまで」
「……まあ」
「そんでそのあと、震えてる俺の頭撫でて、励ましてくれたよな」
「うん。それが?」
 小野田は苦笑した。
「それが? ってなぁ。ここまで言えばわかるだろ?」
「なにが?」
「俺はお前に、礼が言いたかったんだよ」
 その言葉に――
 九龍は深く納得していた。そうか、それで正体がバレるかもって状況にもかかわらず全然危機感がなかったんだ。
「あの時のお前、すげぇカッコよかった。カッコは変だったけど、死ぬかもしれないって時に助けてもらえて、俺は、生まれて初めて神様に感謝した。そんでそのあと俺を励ましてくれて、俺にもできることがあるみたいに思わせてくれて。俺はずっと、その命の恩人に礼が言いたかったんだ……」
「…………そっか」
 九龍は軽くうなずいて、笑った。
「それならそうと言ってくれりゃよかったのに。俺脅されるのかと思って緊張しちゃったよ」
「バッカ、俺だって緊張したんだぞ。口封じに殺すとか言い出されるんじゃないかと思って」
「ま、それもちょっと考えないではなかったけどな」
「……マジ?」
「嘘に決まってんじゃん。クラスメイト殺してそれからなんの支障もなく学園生活送れるほど俺神経太くないよ」
「……っはー、本気かと思ってマジ焦った……」
 言葉を交わして、笑いあう。それからじっと見つめられて。
「これからは、俺とも話してくれよな。俺、ちょっとお前のこと気になってたんだ。普段はお前は皆守とかとずっと一緒にいて話しかけられなかったけどさ」
「おう、どんどん話しかけてこい。俺も話しかけるから。つーか、甲なんてしょせんはカレーパンマンなんだから気にするこたぁないんだよ」
「カレーパンマン……?」
「うっかり八兵衛の役どころらしいぞ」
 聞きかじった知識を披露すると、小野田はぶっと吹き出し――それから凍りついた。
「……誰がカレーパンマンだ?」
「あ、いたの、甲?」
 実は最初から部屋の外にいたことには気づいていたのだが、そう言ってにっこり微笑む九龍。
 皆守はぎろりと九龍を睨むと、小野田を完全無視して九龍の襟首を引っつかんだ。
「行くぞ九ちゃん」
「うげ、苦しい、苦しいって甲太郎!」
 引っ張られる九龍を小野田は苦笑して見送ったが、それでも去り際に笑って手を振ると、手を振り返してくれた。

「ったく、なんなんだお前は。人に心配かけるようなこと言っておきながら、あっさり誰にでも懐きやがって。そのたびに振り回されるこっちの苦労も考えろ!」
「そーだなー、今回は甲に心配かけちゃったもんなー」
 にこにこしながら言うと、皆守はぐっと言葉に詰まり、ふんと横を向いてしまった。
 だが別にかまわない。九龍は皆守が、この面倒見のいい面倒くさがりが自分を心配して部屋の外に張っていてくれたことはよくわかっているのだから。
「サンキュな、甲。心配してくれて」
「……うるさい」

戻る   次へ
九龍妖魔学園紀 topへ