おいしいと言ったあなたの表情君の声あの子の笑み
 八十稲羽にやってきて二週間。部活を終えての帰り道で、八十八在は悩んでいた。
『どうすれば、もっとみんなと仲良くなれるんだろう……』
 初日翌日と連続して話しかけられ、食事をおごられるなんて友達っぽいことまでしてもらえて、浮かれまくっていたところにさらにテレビの中に入っちゃうなんて小説やゲームのような事態に陥り。さらにそれが連続殺人事件と関わりがあるっぽいみたいな、それこそお話のような刺激的なシチュエーションに燃えまくり。
 だけどそういう浮かれているのが申し訳なくなるくらい自分たちの追い込まれた状況はハードで。シャドウと出会ったり雪子がマヨナカテレビに出演したりして、それこそ命懸けの状況に陥り。
 でも、そんなフツーじゃない状況だからこそ、それこそ『相棒』とか(こう呼ばれた時は背筋にぞくぞくぅっ! と快感が走った)呼ばれちゃうような濃い絆を結ぶことができて。
 雪子は無事助け出したし、陽介にも何度か遊びに連れて行ってもらった。部活にも入って、いろんな人間と知り合った。休み時間とかには陽介も千枝も明るく話しかけてきてくれる。休み時間とか班分けの時とかの、『誰も相手をしてくれる人間がいない』というあのどうしようもないほど身の置き所のない情けなく恥ずかしくみっともない感情を味わわなくて済む。
 そんな今までの学校生活からは考えられないほどの充実っぷりにもうどーしようもないほど浮かれまくりそうになる心を、八十八は必死に抑えていた。こういうことがそれこそ叫びだしたくなるほどに嬉しいとか言われたら絶対引かれる。
 でも、そういう風に仲良くなっていくと、どうしてもどんどん欲が出る。みんなに変に思われたくない、できるならカッコ……よくはなくてもいいから、いい奴だなとか好きだなとか思ってほしい。あと……ちょっとすごい奴じゃん、とか思ってほしいのだ。できるなら。
 そのために現在は中間テストに向け毎日勉強中だ。陽介も千枝もいかにも勉強苦手そうだし、少なくとも今までの授業や会話から見て取れる限りではその予想を裏切らないタイプに思えたから……できるなら、試験勉強の時自分に頼ってほしい! 勉強できてすごいねー、とか思われたいのだ、みんなに!
 一緒に勉強ができて、みんなにわからないところとか教えられて、ありがとな、とか笑ってもらえたら……もー自分は死んでもいい。
 と、まぁとりあえず勉強は全力で頑張っているのだが(こんなに勉強したのは中学受験のとき以来ってくらい)、勉強ばっかりしてがり勉のイメージを与えるのも嫌だ。というかそんなに勉強しかしないのは八十八自身が嫌だ。
 ほとんど初めての友達。仲間と呼べる存在。そんな奴らと一緒なのだから、いろいろ遊んだりしてみたい! あーこーいうのいいなー、と思っていた萌えシチュをみんなとやってみたい! 部屋に呼んでいろいろお喋りとかっ、じゃれあったりとかっ、『俺、夕飯作ったんだけど、一緒にどうかな……?』とかっ!
 しかし今の自分ではそんなことはとてもできない。勇気とかいろいろ足りてないが、一番足りてないのは好感度だ。みんなの好感度をもっとずんずん上げて、コミュMAXとかになって、もっと思いっきり仲良くしたいっ!
 だがそのためになにをすればいいかということになると、どうにも思いつかない。というか、非現実的なものしか思いつかない。敵の攻撃から庇うとか、合体技使ってみるとか。
 ああ、世の恋人たちは一体どうやってフラグを立てたりイベントを起こしたりしてるんだろう。選択肢とかイベントアイコンが表示されないのに。基本ゲーム脳の八十八はついついそんな風に考えてしまう。
 そりゃ、今のところ陽介とは友好的な関係を築いていると思う。ほとんど休み時間ごとにお喋りしてるし、今の段階でも何度も一緒に遊びに行っている。
 だが、それでもどうしても不安だ。今まで友達がいなかった自分は、どこまでいけばちゃんと友達≠ネのかという加減がわからない。もちろん陽介のことは大切な仲間だし、その……あ、相棒……(照)だと思っている。いつも親切に、優しく楽しく話しかけてもらえてるし、いつも笑顔だし、嫌われてはいない……というか、す、好かれて、る……(照々)と、思う。
 だけど向こうが自分ほど相手に思い入れてくれてるのかとか、自分が相手にふさわしいのかとか、そういうなんというか男らしくないことをついついぐじぐじと考えてしまう。不安だ、怖い、どうすればいいかわからない。
 だから八十八としては、もっとみんなと仲良くなって、なんというかその、絆(……改めて言うと恥ずかしいというかこんなことは素面で言うことじゃないというか)を結びたいなー、と思うのだ。それこそ、一生つきあっていけるくらいの絆を。
 そのためには好感度を上げてフラグを立てなければならない(やはりゲーム脳)。なのでその方法をいろいろと考えてしまうのだが。
「好感度上げの基本はプレゼントだけど……日常生活で唐突にプレゼント渡されたら、引くよなぁ……」
 第一先立つものがない。現在の所持金の合計は一万にすら達していない……というか限りなくゼロに近いのだ。一応必要になった時のために、と遼太郎叔父さんから一万円は渡されているが、それに手をつけるのは人として駄目だと思うし。
 お年玉等を貯めて作った銀行口座の貯金は現在でも二十万以上あったはずだが、それを使うには両親の許可が必要だ(パスワード教えてもらってない)。シャドウを倒して得たお金は(これどっから来るんだろうどっかの銀行口座から盗んでるとか偽札だとか言わないよなとか時々不安になるのだが)装備やアイテム(まさか本気でこんなものを取り扱ってる店があるとは思わなかった、八十稲羽恐るべし)に使わなきゃ駄目だと思うし。
 手作りでプレゼントというのは……正直いちゃいちゃ絶頂期の恋人からもらうとかいうのでなきゃ絶対引かれる。そもそも自分はそれほど手先が器用ではない、もらってももんにゃりした気分になるようなものしか作れないだろう。そーいうんじゃ駄目なのだ。もらった人が『おお!』とか言ってくれるような、もらえて素直に嬉しくて実用的でもある、そういうのが送りたい!
 ……だからそもそも現段階でプレゼントをどーやって送れば引かれないかわからないんだっつーの……。
 は、とため息をついて、八十八はがらがらと堂島宅の玄関の戸を開けた。物心ついた頃から基本マンション住まいだった八十八としては、このレトロというかクラシカルというかな建物に入る時はついつい少しドキドキしてしまう。古い建物が好きな分、そういうところで生活することにときめきと(壊すんじゃないかという)興奮を覚えるのだ。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
 テレビの前からいつも通り返ってくる従妹の菜々子の声。八十八は少しばかり緊張しながら靴を脱ぎ、居間に向かう。
「ただいま、菜々子ちゃん。なにか変わったこととか、なかったかな?」
 この台詞は菜々子とできるだけ多く会話を試みようとした八十八の苦肉の策だ。
 八十八としては帰りの遅い父親をずっと待っている小学一年生、という状況がもー切なくなるほど可哀想でならなかったので、できるだけ会話して菜々子の寂しさを紛らわせたいなー、と思っていた。だが会話スキルの限りなく低い八十八に少女を面白がらせるような会話をするのはハードルが高すぎたので、実務的な会話をできるだけ多くこなすことで少しでも菜々子の孤独を解消しようとしたのだ。
 これまでのところあんまり成果は上がっていないが。やはり菜々子も自分を警戒というか、どう話していいかわかっていないところがあるようで、気は遣ってくれるがあんまり楽しげに会話に乗ってきてはくれない。
 が、その日は笑顔で答えがあった。
「かいものにいってきたよ。れいぞうこ、ギューギューになっちゃった」
「え?」
 八十八は少しばかり驚いた。こちらにやってきて二週間、冷蔵庫の中身が(まともに)変わることはなかったので。
 朝はパンと目玉焼き、昼は各自で取って、夜はジュネスか惣菜大学で買った惣菜か弁当、さもなければインスタント食品。ずーっとそんな感じだったので、まともに買い物をするという状況が信じられず、思わず目をぱちぱちとさせた。
「えっと、買い物って……菜々子ちゃんが、だよね?」
「うん。しょうてんがいで、いっぱいおかいものしてきたよ」
「……一人で?」
「そうだけど……だめだった?」
 少し不安そうな顔になる菜々子に、慌てて笑顔を作り首を横に振る。
「そんなわけないよ、大変だったのに、ありがとう」
「……えへへ」
 照れくさそうに笑う菜々子に、八十八も頬を緩めた。あー、本当に菜々子ちゃんはいい子だなぁ。可愛すぎる。こんないい子の小学一年生他にいないよ絶対。
 そんなことを考えながらちょっぴり(心の中で)にへにへしつつも、菜々子の行動の理由を考察する。小学一年生の体には買い物の荷物はさぞ重かっただろうに、なぜわざわざ。これはもしや、自分で料理をしてみようとか考えているのだろうか。
 いやいやいやそれはまずいだろう。菜々子に家事についての才能があるのは掃除洗濯をこまめにしてくれるのとか(八十八が来る前は一人で堂島家の掃除洗濯を一手に引き受けていたのだと知り驚愕した)朝毎日しっかり目玉焼きを用意してくれるのとかでわかっているが、それでも彼女は小学一年生だ。監督者がいないのに包丁を使う料理をするのは危険……というかそもそも流しを使うことすら一苦労なのではないか?
 そこらへん聞いてみた方がいいのだろうか……いやけどこんなこと聞いたら気を悪くするかもしれないしな……と鞄を置きながらぐるぐる考えて、とりあえずシャツ姿になって(基本的にどれくらいだらけた格好をしていいのかわからないので八十八は堂島家では自室以外制服+シャツだ)下りてきてから、テレビを見ていた菜々子に訊ねてみた。
「あの、奈々子ちゃん。よかったら、買ってきてくれた材料で、俺、夕食作ってもいいかな?」
「え、つくってくれるの!?」
「うん、その、よかったら、だけど」
「うれしい! ありがとう!」
「……そっか。よかった」
 満面の笑顔の菜々子に、とりあえず間違った対応ではなかったらしい、とほっとしつつ、八十八は台所に立った。
 冷蔵庫をのぞいてみる。中にあるのは豚ロース、キャベツ、ニンジン、レタス、玉ねぎ、大根、生姜、もやしと……これはニラだろうか? 本気で冷蔵庫がぎゅうぎゅうになるくらい買ってある。よく持ってこれたな、重かっただろうに、と心を痛めつつ、さてなにを作ろうと考えた。
 八十八は一応、料理を作ることはできる。東京にいた頃両親に料理教室に(強制的に)通わされていたのだ。現代社会に生きる人間として自分の食べる食事は自分で作れる能力を身に着けておきなさい、とか言われて。
 そんなことを言う両親の自炊能力がそもそもだいぶ怪しかったので(子供の頃からほぼ週二で来るお手伝いさんの作る料理しか食べたことがない)、あまり熱心な生徒ではなかったが、それでも小学生の頃から通わされていたので普通に家庭で作る料理ならまず作れるという自信はある、のだが。
 八十八は、家で料理を作ったことがほとんどなかった。理由はひとつ、面倒くさかったからだ。子供の頃からお手伝いさんの作る料理で育ってきているし、料理を作れるようになってもお手伝いさんは来てくれているし、なら別に自分で作らなくてもいいや、とついつい怠けてしまって。
 なので料理のメニューを自分で考えるということをしたことがなく、この材料からなにが作れるか、というイメージがぱっと浮かんでこない。あーこういう時に使える逆引き料理辞典とかないかなー、DSのお料理ソフトとかにそーいうのないのかな、いや今DS持ってないけど。
 うんうん唸りながら冷蔵庫の中を眺め回して、あ、と気付いた。豚肉と生姜があるってことは、豚肉のしょうが焼きとか、できないか?
 台所周りを見回す。酒、醤油、砂糖、みりん、塩コショウ、全部揃っている。もやしとニラは肉を焼いたあとに一緒に炒めて付け合せにして、レタスは……あートマトがあればサラダになったんだけどな。じゃああれだ、何枚か外して肉を巻くのやろう。キャベツ……はニンジンと一緒に千切りにしてもやしとニラとは別の付け合せに。あ、ニンジンの残りは大根と一緒に味噌汁にしよう。玉ねぎは……おろしてタレに入れるか……いや、薄切りにしてレタスと一緒にサラダ! よし、いける!
 ようやく湧いたイメージに安堵しつつ、八十八は手を洗って、とりあえず米を研ぐところから始めた。

 豚肉のしょうが焼き&もやしとニラの付け合せ&ニンジンと大根の味噌汁&レタスと玉ねぎのサラダは相当な好評を博した。菜々子にもだが、疲れた様子で帰ってきた堂島にも。
「こんな風に、味噌汁とかサラダのついた真っ当な飯を家で食うなんて久しぶりだな……」
「おいしー! すごくおいしーよ!」
 二人とも珍しく笑顔を大奮発してくれて、そうなると八十八としてもやはり悪い気はしない。口に出してはいえそんなありがとうございます、と謙遜しつつも、ついつい照れ照れと顔が緩んでしまった。
 菜々子がなぜ急に買い物をしてきたか、という理由は単純だった。なんでも近所の主婦に、たまに料理を作りに押しかける人がいるのだという。
「男やもめじゃ大変でしょう……ってな。そろそろ来そうな頃合なんだ。食材がないとぐちぐち嫌味を言うし勝手に家の中のものをいじるし困ったところもあるんだが、正直助かってもいてな……俺は、家の中のことはまるっきり駄目なんだ。情けないとわかってはいるんだがな……」
 心底疲れきった顔で、煤けた雰囲気をかもし出しつつ、自嘲するように堂島は言う。実際言っていることはかなり情けなくはあるのだが(女の子とはいえ小学一年生に家の中のことを任せきりな大人というのはなんぼなんでも駄目すぎる)、八十八はむしろ、きゅんとした。
 おそらく方々から奈々子ちゃんをこんなに放っておくなんてと非難されているのだろう。自分だって妻を亡くして、苦しむと同時に途方に暮れてしまっただろうに。刑事という激務をこなしながら。おそらく仕事には手を抜かないでそれこそ命を懸けて打ち込んでいるのだろう、そうでなければこんな疲れた顔にはならない。なのに帰ってきたら、甘えさせてくれる妻も親もおらず娘の面倒を見なくてはならない――そう思うともう胸の辺りがきゅんきゅんした。
 なんというか、こんなに大変なのにこんなに頑張ってる人の役に立てたら、いやむしろ役に立つので尽くさせてくださいと言いたいような気持ち。この人を支えてあげたい、男子高校生が抱く感情としてはちょっとアレだなと自覚はしつつもそう感じてしまったのだ。
 なので、(一応言質を取られる可能性などを)考えてから口にした。
「でしたら、俺がこちらにいる間ぐらいは、その人にご遠慮願ったらどうですか? 俺もできるだけ、家の中のことやりますし」
 堂島は驚いたように目を見開いた。
「いや……だがな、お前はこちらが世話をしなくちゃならん相手だし。まだ高校生なんだし、他にやることもあるだろう」
「もちろんありますけど、でもいつもいつもというわけじゃありませんし。人としてまだ小学校一年生の奈々子ちゃんが家のことを引き受けているのを見過ごすのもどうかと思いますし」
「…………」
 わずかに落ち込んだ顔になる堂島に、あ、まずったかな、と思いつつも微笑みかけた。
「遼太郎叔父さんは、どうぞお仕事の方頑張ってください。今大変な時でしょうし……なにより叔父さんは奈々子ちゃんを養っていらっしゃるんですから。俺ぐらいには気を遣わないでください、どうぞ」
「……しかしな……」
 困ったような顔をする堂島。ううっそんな顔をされると、と胸がさらにきゅんきゅんし、八十八はさっと立ち上がった。
「あ、コップ空いてますね、おビール新しいの持ってきましょうか」
「あ、いや、いい。……その」
「はい?」
「すまんな。気を遣わせて」
 わずかに困ったように眉を寄せながらも微笑む堂島。その顔を見て八十八の胸はきゅきゅきゅきゅきゅーん、とときめいた(そういう言い方は不穏当だと思いつつもこの表現が一番的確なのだから仕方がない)。
 だが顔に出しては、あくまで穏やかに、優しい笑顔で微笑み返す。
「どうぞ、お気になさらないでください。お役に立てたのなら、嬉しいです」
「ああ……」
 そしてまた困ったような笑み。ううっもう駄目もう勘弁して、と言いたくなるくらい八十八の胸はきゅんきゅんしまくった。
 そしてソファのところで居眠りしてしまった堂島を本当に疲れていたんだろなぁと優しい視線を向けつつ布団まで運んでから(昨日は菜々子に任せてしまったので今日こそは、と頑張った)、さて、これをどうしよう、と食卓の上に向き直った。
 なにがどうしようなのかというと、早い話がおかずが残りまくっていたのだ。なにせ八十八は(どこまで作ったら終わりなのかわからなかったので)1パック500gの豚ロースを全部しょうが焼きにしてしまったので(普通一人100g)。他のおかずもそれに見合う量作ってしまっている。
 別にすぐ腐るというものでもないし、残していてもいいのだが。自分だけなら当然残して数日間は同じおかず決定だが。
 だがそれはなんというか駄目だろうと思うのだ。あんなことを言っておいてイメージが悪すぎる。それは八十八も毎食毎食作る気はあんまりないにしろ(だってあまりにも面倒くさすぎる)、すぐ同じおかずを出すというのも好評を博してしまった関係上アレだ。できるならこのおかずは別のところで使い切ってしまいたい。
 うーんうーん、と考えて、はっとした。弁当にするというのはどうだろう。
 いや、自分の弁当だけではない。なんというか、我ながらアレだと思うのだが、弁当を作っていって、『これ作ってきたんだけど一緒に食べないか』とか言っちゃうのはどうだろうっ!? 好感度アップ作戦の一環になるのではないか!?
 いや待てちょっと待て、言いたいことはわかる(と八十八は自分の脳内の突っ込みをなだめた)。確かにそんなこと男子に言われたら普通の生徒は引くだろう。それはわかる。
 だが『昨日作りすぎて余っちゃってさ』と言ったらそんなに不自然ではないのではないか!? 『俺居候だから働かなきゃならなくて』と言い訳も完璧! しかもおかずのできもそう悪くはないみたいだし……。
 あ、でももし親御さんがお弁当作ってきてたらどうしよう。今まで見た限りじゃパン食ばっかっていうイメージがあるんだけど……いや、その時はその時で一緒に弁当を食べればいい。パンじゃねーの、と花村は聞いてくるだろう(いややはり最初の弁当は(もう二度三度と作る気)親友の相棒にと!)、そこにこれ俺が作ったんだ、昨日作ったおかずのあまりだけど、食べてみる? とこう……目的が変わってるって? ええいいいじゃないかだってやりたいんだ自分の作った弁当一緒に食べて味、どう? とかがやりたいんだー! そしておいしいとか思ってくれたらめっちゃ嬉しい……。
 よし、と気合を入れて素早く後片付けをしつつ、八十八は心に決めていた。明日は早起きして弁当の準備するぞ!

 翌日、四月二十六日、昼休み。んーっ、と伸びをする花村に向き直り、八十八は(はやる心を抑えきれず)言った。
「花村。一緒に、弁当食べないか?」
 お? というように花村は目をぱちぱちとさせたが、すぐに笑ってうなずいた。
「いいぜ。ちょっと待っててくれよ、俺まだ昼飯買ってきてねーんだ」
 っしゃ弁当なしっ! と内心ガッツポーズを取りながら、八十八は決死の想いで花村を見つめ告げる。
「いや、花村の分も……あるんだ」
「……へ? なに」
「花村の分も一緒に弁当作ってきたんだけど……食べてくれるかな?」
「…………」
 一瞬花村は、ものすごーく正直に引いた。どっ引いた。駄目かーっ! と八十八は泣きそうになった。
 が、次の瞬間笑った。無理をしてるにしても、そんな様子微塵も見せずに明るく。
「へー、八十八、お前料理できんだ! すげぇじゃん、食わせてくれよ」
「……うん」
 ありがとぉぉ受け容れてくれてありがとぉぉ! と八十八は目を潤ませそうになりながらうなずいた。本当に喜んでいるのじゃないかもしれないけど、花村の気遣いが泣けるほど嬉しい。
「じゃ、せっかくだから屋上行くか。今日わりと涼しいしな」
「……うん」
 屋上ランチかーっ! うおおすごいそんなことって本当にあるんだ、なんというか……青春! と心の中でのた打ち回りながら、弁当の包みを二つ持って花村のあとに続いて屋上に上る。もう心の中は緊張しまくりで、神様どうかと祈りっぱなしだ。
 屋上の真ん中辺りに腰をかけ、弁当の包みの片方を差し出した。「サンキュ」と花村は言い、さっそく包みを開いてくれる。
「おっ、豚肉のしょうが焼き? 俺これ好物なんだ、サンキュな! 早く食おうぜ!」
「……うんっ」
 自分も弁当箱を開き、目は猛禽のように花村の反応をうかがいつつも、いただきます、と箸を持って礼をした。二人一緒にしょうが焼きに箸を伸ばし、口に運んでぱくり、と食べて。
 花村は目を見開いた。
「うんめー! なにこれ、八十八マジック!?」
 ――わかる。これは本気の反応だ。つまり花村は、自分の料理をお弁当を、本気の本気でおいしいと思ってくれている、ということになる。つまりは――
 よっしゃぁーっ! エイドリアーン! 神様ありがとうありがとうー!
 歓喜の涙を(心の中で)流しながら、八十八は「これマジうめーなー」「どうやって作ったんだ?」などと話しかけてくる花村と、しばし至福の時を過ごした。

 それから、八十八にとって弁当作りは重要なイベントのひとつとなった。
 弁当自体は夕食を作った翌日には普通に作るのだが、弁当を食べさせるという時は、菜々子が買い物をしてきてくれた日限定という縛りが入っているのでやはり特別なイベントだ。なにせそうでないと毎日気合を入れまくって弁当を作ってしまい他のことがおろそかになりそうで怖かったので(あと菜々子が買い物をしてきてくれた日に作った弁当が受けたので験をかついだ、というのもあり)。
 なので食べさせる用の弁当を作る時は、気合が入る。
「うわ、八十八なんだそのでかい鍋!」
「あ、うん。カレーを作ってきたんだ。昨日の残りなんだけど。保温鍋に入れてきたから温かいよ。ご飯も保温弁当箱に入れてきたから」
「おい、八十八それクーラーボックスか……? なんで学校に?」
「うん、プリンを作ってきたから、どうかなって。ぬるいプリンなんか食べてもしょうがないし」
 そういう行動が、当たり前なくらいには。

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