考え怯え逃げ惑いそれでも今そこにいる君
 俺こと花村陽介は、八十八のことを親切で頭がよくて気が利いて戦いに対する勘がよくて、いざという時に頼りになる大した奴だと(多少のウラヤミとかシットとかそーいう格好よろしくない感情を交えつつも)基本的には思っているが、時々「なんかちょっと変」「ちょっとついていけない」と思う時がある。
 たとえば、唐突に難しいことを言い出した時とか。
「思うんだけど、テレビの中での俺たちの身体能力はペルソナで桁外れに引き上げられてるよな」
「なんか、そんな感じだな。最初は気にしてなかったけど、今じゃ明らかにテレビの中と外とじゃ体の切れからして違うし」
「うん。で、最初は俺もペルソナが肉体にそういう作用を及ぼしてるのかな、って思ってたんだけど。だけどもしかしたら、ペルソナは俺たちの肉体じゃなくて、存在を鎧ってるんじゃないかって考えついたんだ」
「……はい? 存在、ってナニソレ」
「なんていうか、装備まで含めた俺たちの概念。だってさ、そりゃだいだら.の装備が大したものであることは確かだけどさ、だからってHPやSPが増えたり自然に回復したりとかって効果まで普通にあるとは思えないし。第一天城さんの武器なんて扇だぞ? それで普通にシャドウ殴り殺せるとかどんな全力で殴っても壊れないとか普通ないだろ」
「はぁ、まぁ、そうかも……」
「それで思ったんだけど、ペルソナっていうのは『困難に立ち向かうための人格の鎧』だろ。だから、装備そのものを精神で概念的に強化……というか、こめられた概念の強さに応じて本来とは異なる、または桁違いのエネルギーを出力したり、俺たちの存在自体を直接的に強化してるのかもしれないって思ったんだ。だったら、武器を使わないペルソナの物理攻撃能力が武器を使った時と同じ攻撃力を基礎とするのもうなずけるだろ?」
「………うん、まぁ………」
「それで、テレビの中っていうのは一種の精神世界だっていうことはほぼ論を待たないと思うんだけど、俺たちのペルソナがそういう力を発揮できる……つまり概念の強さが直接他者への攻撃力ないし防御力として存在することや、人格の鎧が存在そのものを鎧うことから考えると、もしかしたらあそこはユングの集合的無意識の一種なのかもって思うんだ。ただ人がテレビの中に落ちた際にどうしてああいう世界を創り出すのかがまだよくわからないんだけど……どう思う?」
「……すいませんどーいう意味かさっぱわかりません」
 あの時はマジ口を開けてぽかーんとするしかなかった。つらつらつらつらよくそんなことぺらぺら喋れんなー、とかも思ったけどとにかく言ってることが全然意味わかんねーんだもん。
 あと他にも。
「思うんだけど、テレビの中に入ってる間は時間が過ぎないんじゃないかと思うんだ。時計を見て確かめた限りじゃちゃんと時間は過ぎてて、修正の必要もないんだけど、体感的にそれこそ数qえんえん走って戦ってっていうことをどれだけ繰り返しても出た時の時間がさして変わらないっていうのは明らかにおかしい。もしかしたら、なんだけど、誰かの……あるいは集合の恣意的なもので出入りの時の時間が決められてるんじゃないかな?」
 とか。
「ひとつの仮説にすぎないんだけど。俺の中に存在するペルソナの力は、もしかしたら自分の中の人格の可能性を敏感に察知するのかもしれないって思うんだ。自分の人格の中に存在する可能性が発展しうるものの存在を察知して、俺に伝えてるんじゃないかって。だってそうじゃなきゃ、こうまで俺だけ道を歩けば役に立つ情報に当たる、なんてこと普通ないだろ?」
 とか。
 なんつーか、すげーなー、とは思う。そんな難しいこと当たり前みてーに考えてんのか、と思うと尊敬の念は湧く。
 けどなんつーかそれより、なんでそんな考えてもどーしよーもねーこと考えんの……? と呆れる気持ちの方が強かった気がする。だって事件解決の役に立つとか気になる謎とかいうんじゃなくて、懐かしい言葉で言やトリビア? そーいうのにやたらめったら気合入れていろいろ考えるのって、意味あんの……? とかちょっと思ったりもしてしまって。
 で、今も俺はそーいう風に、「なに考えて生きてんだろこいつ」と、ちょーっとばかし引きながら考えてしまっていた。
「……基本はバステ付与系から削っていくということでいいとしても、まだ誰も持っていないスキルを削るのはやっぱり愚策だ。となると下位スキルから削っていくことになる、ここまでも問題はない。が、どう削るかが問題だ……突撃か、ガルか。ガルはSP節約&弱点調査にまだ必須と言っていい、が突撃もまだどういう効果を持つかよくわからないところがある……。単に小ダメージってことだけでいいのか? まぁ初期スキルだしそういうことでいいんだろうけど……ソニックパンチはどういう効果があるんだろう。クリティカル率が気持ち高めな気はするんだけど……ていうかなんで物理スキルがこんなにごろごろあるんだろう? やっぱりそれぞれ攻撃力とか付与効果とかが違うんだよな……ああもうなんでスキル八個しか持てないんだめっちゃ悩む……!」
 俺のジライヤを見つめつつぶつぶつぶつぶつ呟きまくる八十八に、俺は引きつつ声をかける。新しいスキル習得したけどスキルの容量がいっぱいな感じだからなんかのスキル消さなきゃなんないんだけどどーしよう? と相談をしたのは俺自身だったけど、ここまで激しい反応は予想してなかった。っつか、こいつ俺のスキルとか全部覚えてんの……?
「あのー、八十八さーん? 俺としては別にそんな深く考えなくてもいいっつーか、別に適当で」
「……花村。それ、本気か?」
 ぎっ! と気合の入りまくった目つきで八十八が俺を睨みつける。俺は思わずびくん、と震えてしまった。
「ほ、本気かっつーか、だからなにもそんなに真剣に考えることじゃ」
「俺はどこからどう考えても真剣に考えるべきことだと思う。スキルなんだぞ? それも八個しか選べないスキルだ。しかもいったんスキル消しちゃたらもう二度と同じスキルは手に入らないという可能性が究めて高いという代物なんだぞ。悩みに悩みまくって、考えに考えまくって当然だと、俺は思う」
「……ハイ、ソノトオリデスネ………」
 俺はその圧倒的な迫力に気圧されてこくこくとうなずくしかなかった。里中と天城が遠くの方から「八十八くん、すごいねー」「ちゃんと考えてくれてるって感じ、するよね」とかのんきなことを言い合っているが、それはこいつのこの迫力を味わってないから言えることだ。
 確かに俺らの身を守るためにちゃんと考えようとしてるってのはわかるし、すごいし、ありがたいとも思うんだけど。なんか、この尋常じゃない迫力は、それだけじゃないものをばりばり感じる。なんか、普通じゃない感じがするっていうか。
 けどそんなことは当たり前だが言えるわけがないので、俺は黙ってひたすらに八十八の放つプレッシャーに耐え続けた。

 在が東京に帰ってから、電話で話してた時、ふとそのことを口に出すと、あっさりと在は言った。
『ああ、それは俺がオタクだからだよ』
「……は? って、なんでオタクが関係あんの?」
 そもそも在がオタクだということ自体普段は意識してない俺は訝りの声を上げたが、在はさらにあっさり言った。
『もう取り返しがつかないスキル選択に悩みまくるのは、ゲーム好きオタクとして当然じゃないか』
「…………」
 俺はなんと答えていいのかわからずしばらく沈黙し、こいつがオタクだろーがなんだろーが大切な親友で相棒だっていうのに変わりはないけど、俺がこいつについていけないとか時々思ったのはそーいうところなのかもなぁ、とこっそりしみじみと思った。まぁなんつーか、そーいう隙もある意味こいつの可愛げってやつだよな、と思ったりもしたんだけど。
 在は、そんな俺の考えになど気付きもせず、電話の向こうでひどくしみじみとした口調で言う。
『あの頃は、本当に馬鹿なことやたら言ったりしてたよな……陽介も、戸惑っただろ? いきなり妙な理屈とか語られて』
「あー……まー、時々な」
『俺もさ……戸惑ってたんだよ。どのくらいまで本性を出していいかわからなくて』
「は? ナニ、その、本性って」
『だからさ、オタクの本性。ああいう風に、やたら小難しく考察趣味っぽい感じにしたらオタクっぽいところもそんなに変な目で見られないかな、とかさ』
「え……」
『あの頃から、っていうか……ほとんど知り合ってすぐからだったけど。怖かったからさ、嫌われるの。だから予防線張ってたんだよ、必死にさ。そういう風に小出しにしたらうっかりそういうとこが出ちゃっても、引かれないかな、ってさ』
「…………」
 俺はなんて言えばいいかわからなくて沈黙した。だってなんて言えばいいんだ、こいつに。俺こそほとんど会った時から、呆れられないかくだらない奴だと思われないか、ずっとびくびくさせられてきたこいつに。俺なんかを本当に、すごい大した奴みたいに心底考えちまうこいつに。
『……ごめん。引いた、かな』
「んなわけねーだろっ!」
『…………』
 少し驚いたような沈黙。俺はなんとか気持ちを伝えたくて、必死に電話の向こうに怒鳴るように話しかけた。
「あのなっ、俺だってそーだよっ、お前に嫌われねーかとかずっとびくびくして何回も予防線張ったよ! 呆れられんのが怖くて自分からバカみてーにはしゃいだりバカっぽく振舞ったりさ! だからなんつーか、その、気持ちはわかるっつーか、俺も一緒だっつーか、だからその、一人じゃない、よー、っつーことが言いたいっつーか……」
 あーもーんっとにどーしてこー肝心な時に回んねーんだ俺の口ぃぃ! とか煩悶しつつ必死に言葉を重ねる――と、電話の向こうから、くす、とおっそろしく優しい笑い声が聞こえて、それから背筋がぞくぞくするくらい柔らかい声で言葉が囁かれた。
『ありがとな、陽介』
「あ、い、いや、いいって別に! 親友だろ、俺ら!」
『そうだな。もう、俺たちは……嫌われないためにびくびくしながら予防線張る必要、ないんだもんな?』
 優しい声。心の底から気を許してるって、全身に伝わる声。あいつが、俺の好きな奴が、幸せだって本気で伝えてきてくれる声。
「……ん。そーだよ、な」
 じんわー、と腹の底が暖かくなり、目の裏が熱くなった。ちょっと答える声が揺れた。でもいいや、こいつだから気付かれたって別にいい。要は俺と在が親友で相棒でどう転んだって一生つきあってく相手だってだけのことなんだから、こいつに隠す必要なんて全然ない。
 そのあとちょっと話をして、電話を切って。それから、ちょっと猛烈に恥ずかしくなってしばらくのた打ち回っちゃったりもしたが、まぁそういうのもいつものことだし、なんのかんの言いつつあいつと話せて嬉しいのもいつものことで。
 要は結局、どんな奴でも俺は在と知り合えてよかったと思うっていう、ただそれだけの話。

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