ふつう
「俺を仲間に、してくれない?」
 そう訊ねられたのはルイーダの酒場の入り口前でだった。クトルはきょとんとして首を傾げる。
「ごめん。どこかで会ったこと、あったっけ?」
「ないよ。でも俺は、君のことはよく知ってるんだ」
 にこっと笑うたぶん自分より少し年下のその少年(少女?)は、不思議な顔立ちをしていた。たぶん地毛なのにきらきら光る桃色の髪というのも珍しいが、左右の瞳の色が違う(黄色と灰色だった)というのもクトルは初めて見る。
 それに加えて顔の造作ときたら。こんな顔ってあるんだ、と思わず感心してしまうほど美しい。神様が丹精と気合をこめて特別念入りに造り上げた、という感じの芸術品のような顔立ちだ。正直言って、女の子だってこんなにきれいな顔は見たことがない。少年の服装をしていなければ、絶世の美少女と思うんじゃないかと思ったが、どちらかといえば性別を超越した美しさ、と言った方がしっくりくる。
 だというのに、雰囲気が。なんなのだろう、この色気。顔は驚異的なまでに端正なのに、笑みの形目の伏せ方手の動き、すべての仕草が『好きにして』『押し倒して』と言われているような気にさせる。
 これまでどんな女の子にもそんな風に思ったことのないクトルはそんな湧き上がる感情にひどく戸惑ったものの、ともかくちゃんと話をしなきゃとその少年だか少女だかに向き直った。
「君、名前なんていうの?」
「マラメ」
 そうにこりと笑う顔がまた強烈な色香を放っている。本当になんなのだろうか、これは。少し気持ちが悪くなってきた。
「俺に仲間にしてくれっていうことは、魔王を倒したい人?」
「そうだよ」
「なんで倒したいの?」
 マラメはわずかに目を伏せて、上目遣いに言う。
「言わなきゃ、駄目?」
「……仲間になりたいって思ってくれた人の理由くらい、聞きたいよ」
 壮絶なまでの色気にくらくらする頭を振って、クトルはじっとマラメを見返す。マラメはふぅ、とおそろしく妖艶なため息をつき、どこかすがるような瞳でこちらを見つめてきた。
「俺、確かなものがほしいんだ」
「確かなもの?」
「うん……俺、ずっと孤児で。しかも私生児だったから、周囲から後ろ指さされて、冷たくされて、ずっと肩身の狭い思いをしてきて。だから、せめて、一時的にでもいいから勇者の仲間になって、なにかを成し遂げて……少しでも自分の居場所が作れたらって……」
「そうなんだ……」
 泣きそうな顔で言うマラメにクトルはうなずく。その気持ちは確かに、わからないでもないかもしれない。
 マラメはするりとクトルに近づき、がっしと胸の辺りにすがりつくようにしながらクトルを見上げた。間近から芸術品のような顔に見つめられ、クトルの頭はくらりと揺れる。
「ねぇ、お願い、クトルさん。俺を仲間にして。俺、このままじゃずっと一人ぼっちのまんまなんだ。ずっと誰にも仲間に入れてもらえないままなんだ。お願い、俺を、助けて……」
 女神様もかくや、というほど美しい瞳に涙が浮かぶ。濡れた揺れる瞳で見つめるマラメを(しつこく揺れる頭をしゃんとしろと叩きつつ)見返して、クトルはしばし考えた。
 そしてうなずいた。
「いいよ。一緒に行こう」
「ほんとっ? じゃあこの契約書にサインして。乙って書いてある方ね。住所はいいから。あと捺印」
 瞳を潤ませたままばっと契約書とペンを差し出され、やや面食らいながらもクトルはさらさらと書いた。どこに持っていたのだろうこんなもの。
 書き終わってアリアハン王に与えられた勇者用の判子をぽんと押すと、マラメはにぃ、と物騒な、というか獲物を狙う獣のように獰猛な、というかともかくちょっと怖い笑顔を作って(そういう表情も似合うのだからすごい顔だ、迫力も並じゃないし)素早く契約書に向けなにやら唱えた。あれは確か契約を即行で国に届け出る商人の呪文だ。
 きょとんとするクトルに、マラメは勝ち誇るように高笑いしてみせた。
「ふふふふふ、あーっはっはっは! これで君は俺を俺の同意なしに絶対パーティから外せないよ!」
「え?」
「おまけに旅の途中手に入れた金品の管理はすべて俺に任せるという契約になってる。よく読みもしないで契約書にサインするなんて、勇者っていってもしょせん商売に関しては素人だね!」
「はぁ……」
「今の契約書は君が俺をパーティメンバーとして正式に認め、商人として金品の管理を任せると国府に宣言する内容になってる! 国が受け容れたんだ、アリアハン王の認めた勇者としてこの契約は反故にするわけにはいかないよ! 君は否が応でもバラモスを倒すまで俺を連れて行かなきゃならないんだよ、あーっはっは!」
「君が抜けたい時は?」
「え?」
 マラメはぽかんとした顔になった。あ、なんか気の抜けた顔で可愛い、と思いながらクトルは再度言う。
「君が抜けたい時は、抜けられるの?」
「そ、そりゃそうだよ。俺だってなにかの都合で抜けなきゃならない時もあるかもしれないし……自分に都合の悪い契約書なんて作るわけないだろ」
「じゃあ、問題ないね」
「……は?」
「僕は一度仲間にするって決めた相手とはできるなら最後まで一緒に戦いたいって思うし。で、君も今はそのつもりで。でも途中で嫌になったら抜けられるんでしょ? じゃあなんにも問題ないよ」
「な……」
 ぽかんとした顔から、マラメはカーッと顔を赤くした。あ、照れてるんだ、と思うやいなや、真っ赤な顔でぎゃんぎゃら喚き出す。
「ばっっっかじゃないのっ!? 言っとくけど俺って別に強いわけでもなんでもない駆け出しの商人なんだよ!? 連れてったって大して役に立つわけでもないに決まってるのに!」
「でも、魔王を倒すなんてむちゃくちゃな旅に付き合ってくれるんでしょ?」
「っ……」
 ごしごしと手をズボンで拭いてから、マラメに差し出した。顔が自然ににこりと笑む。顔のみならず内心もちょっと楽しかった。
「よろしく、マラメ。僕はクトル・グリームヒルト。一緒に頑張ろうね」
「……よろしく……」
 真っ赤になりながら握手に応えて、すぐ「言っとくけど別に君のために付き合うんじゃないんだからね!? 俺の金と名誉のためなんだからね!」とマラメは喚いたが、クトルはそういう顔の方がマラメの顔には似合ってて可愛いな、などと暢気なことを思っていた。

 マラメを後ろに従えてルイーダの酒場の扉を押す。むわぁ、と酒と煙草と体臭の入り混じった匂いが鼻を刺した。
 マラメが顔をしかめて鼻を押さえる。確かにこの匂いは慣れないとちょっと強烈だろう。おまけに店内にはごつくてむさ苦しく柄の悪い男たちがずらりと店中のテーブルについているのだ、視覚的にも優しいとは言いがたい。
 だがクトルはすでに何度かこの店を訪れていたので、さして気にもせずすたすたと奥へ進んだ。マラメもすぐあとにしっかりついてくる。
 酒場の一番奥のカウンター。そこにいる目尻のたるんだ、面倒くさげに煙管をふかしている中年女の前まで行き、訊ねた。
「ルイーダ、僕の仲間になってくれる人、見つかった?」
 ルイーダはやる気なさげにふっ、と煙を吐き出し答える。
「一人も」
「そうか……」
 予想はしていたが、少しがっかりしてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってよ。クトルって勇者オルテガの子供なんでしょ? アリアハン王に勇者って認められたんでしょ? だったら仲間になろうって人が一山いくらでいるんじゃないの?」
 慌てたように訊ねるマラメに、ルイーダは肩をすくめた。
「そう、その強さ鬼神の如しとまで言われた勇者オルテガでも魔王の前にたどり着くことすらできず志半ばで倒れた。だからアリアハンの人間は全員知ってるのさ。魔王の軍勢がうろうろしてるネクロゴンドに乗り込んで魔王を倒すなんて無茶な話だ。誰もそんなことはできやしない。オルテガにできなかったことが他の人間にできるわけがないってね」
「そんな……じゃあ、なんで勇者の称号を与えるわけ!? アリアハン王がそれだけ期待してるって証拠じゃ」
「こいつのお袋さんと爺さんへの同情のためさ。それと政治の問題。グリームヒルト家は今でも宮廷に影響力を持つ古くからの名家だからね、そこの当主とオルテガの奥方の願いとなればむげにするわけにもいかないってわけ。だから勇者への支援っつっても形ばかりのもんなんだよ、オルテガと違ってね」
「そんな……」
 愕然とした顔になるマラメに、訊ねた。
「パーティから抜ける気になった?」
 マラメははっとして、ぶるぶると首を振る。
「冗談っ! 俺は半端な覚悟で君のパーティに加わったんじゃないんだからねっ、ちょっと内情が予想と違った程度で引っ込むわけないでしょ! 絶対に魔王をぶっ倒してやるって決めたんだからね!」
「そっか」
 少しほっとして微笑むと、マラメはまたカッと顔を赤くしてふんとそっぽを向いた。やっぱりこの子はそういう顔の方が似合うな、とちょっと楽しい。
「で、どうするんだい? 仲間になってくれる当てもないんだろう? 誰かを無理やり連れて行くのかい?」
「ううん、僕はもともと仲間希望の人がいなかったら一人で行くつもりだったし。マラメと二人で行くよ」
「……ふぅん。お優しいことで」
「別に優しいわけじゃないよ。一緒に魔王を倒したいって思ってくれない人を仲間にするの、嫌だもん」
「…………」
「ケッ! ガキの分際で、偉そうに」
「オルテガにできなかったことがてめぇなんぞにできるわけねぇだろうに」
 ぼそぼそっ、と周囲の飲んだくれたちの間から声が漏れる。マラメはむっとしたようにそちらを睨んだが、クトルはさして気にしていなかった。オルテガの偉大さは子供の頃から何度も聞かされてきたことだ。そもそも母と祖父がオルテガ崇拝者だったのだから。
 だから別にいまさら気にすることもない。自分は別にオルテガを超えたいわけではない。ただ、魔王を倒す旅に出たいだけなのだから。
「じゃ、行こうか、マラメ。君、なにか今の装備以外に準備必要? 王様にいくつか装備もらってきてるんだけど」
「え、でも、本当に俺だけで……」
「別に僕は――」
 ばたん。そう音がして扉が勢いよく開いた。
 反射的に振り向くと、入り口前に男が立っているのが見える。浅黒い肌に高い背。顔は無表情だが荒く息をついているせいか肩がわずかに動いている。ぎりぎりまで絞られた筋肉と使い古された武器防具で歴戦の戦士だと知れた。
 黒の髪と黒い瞳はアリアハンの人間なら珍しくはない。だが、クトルはこの男はアリアハン人ではないと直観した。顔立ちもそうだが、なにか、言語化できないなにかが今まで自分の見てきた人間とは圧倒的に違う。
 その男をまじまじと見つめるクトルに、男はわずかに目を見開くようにして視線を返し、ずかずかと間にあるものを跳ね飛ばしながら(机も椅子も人も)歩み寄ってきた。それでも視線を外せず男を見つめ続けていると、男はクトルの目前で数度深呼吸してから(顔はいまだに無表情のままで)、ばっと手を差し出す。
「あんたが、勇者だな」
「うん。クトル・グリームヒルト」
 クトルはその手を握り返した。なぜか、そうしなければならないような気がしたのだ。
「俺を一緒に連れて行ってくれ。お前の行くところへ」
「うん、わかった。一緒に行こう」
「は!?」
 クトルがうなずくと、マラメは仰天した顔でクトルを見た。クトルはそれがなぜなのかわからず、少しばかりきょとんとする。
「どうしたの、マラメ?」
「いや、どうしたもこうしたも、なに、それ!?」
「なにって?」
「なんで動機も名前も実力のほども聞かないで即採用しちゃうの!? 俺にだってなんで魔王を倒したいのかとか聞いたじゃん!」
「ああ」
 そういえばそうだ。だが、この戦士が自分と共に旅立つということは、クトルの中であまりにしっくりくるというか、当然のことのように思えていたので、動機やらなにやらはどうでもいいことのように思えてしまったのだ。
「うーん、でも、君は……名前なんていうの?」
「ラグナ」
「ラグナはさ。僕の行くところならどこだってついてくるんだよね?」
「ああ。俺はお前と一緒に行く。そこが魔王の前だろうと、地獄の底だろうと」
 無表情のまましっかりとうなずくラグナに、クトルもうなずきを返す。
「うん、だからさ。ラグナは一緒に来てくれるってことでいいんだよ。わざわざ聞かなくても」
「なにそれ……」
「使い手が彼と共に在ろうとするのは当然です。というより、なぜあなたのようなものが彼の仲間のような顔をしているのですか?」
「え?」
 突然の声に驚いてクトルとマラメはその声の主を見る。つかつかとこちらに近づいてくるその姿は、すらりとして姿のよい、紅の髪に翠の瞳の美少女に見えたが、口調と態度がおそろしく居丈高だ。
 こちらにつかつかと歩み寄り、美少女はマラメに一瞥をくれてからクトルに向き直る。
「クトル・グリームヒルト」
「え、はい。前に会ったことありましたっけ?」
「! やはり私のことを覚えて!?」
 とたんらんらんと目を輝かせて言ってくる美少女に、驚きながらもクトルは首を振る。
「いえ、そうじゃなくて、前に会ったことないはずなのになんで僕の名前知ってるのかな、って思って」
「……そうですか」
 美少女はがっくりとうなだれ、それからきっと顔を上げ宣言した。
「クトル・グリームヒルト。私をあなたのパーティに加えてください」
「え? なんでですか?」
「なんで……って」
 美少女は愕然としたように見えた。クトルはきょとんと首を傾げて正直な気持ちを言う。
「だってあなたマラメにさっき嫌なこと言ったし。マラメは仲間みたいな顔をしてるんじゃなくて僕たちの仲間ですから。なんで嫌なこと言った人を仲間に加えなきゃならないんですか?」
「クトル……」
 目を見張るマラメに唇を噛み、美少女はがなる。
「っ、しかしこれは! ろくに力も感じない、ただ顔が少しばかり美しいだけの妙な女があなたの仲間になるなど私は」
「俺は男だよ!」
「え、そうだったの?」
「そうなの!」
「嘘をつきなさい、あなたのような顔をした男がいるはずがありません!」
「っ……嘘じゃないったら!」
「どっちにしろ、マラメは僕たちの仲間ですから。仲間を悪く言う人仲間に加えるの、僕嫌なので」
「しかし! 私は地上の魔物など鼻であしらえるほどの力を持つ賢者です、パーティに入れば必ずあなたのお役に立つと誓えます! なのにどうしてこんな」
「どうしてもこうしても、役に立とうが立つまいが、マラメは僕たちの仲間ですから。あなたが誰だろうと、それを悪く言う人を仲間に加えるのは嫌だっていうだけのことです」
「……っ………」
 美少女はきっとマラメを睨み、それから必死の形相でこちらを見て怒鳴る。
「クトル! お願いです、私を仲間にしてください! そうしなければ私がここまで来た意味がなくなってしまう!」
「だから、仲間を悪く言う人は嫌なんですってば」
「謝ります、謝りますからだから……」
「俺に謝られても。マラメに謝ってください。ちゃんと、心をこめて」
「…………っ!」
 美少女は思いきり唇を噛むと、ぎっとまたマラメを睨んだ。それから勢いよく頭を下げる。
「ごめんなさい!」
 クトルは肩をすくめ、マラメに訊ねた。
「どうする、マラメ? 許してあげる?」
「え……う、うん……」
「仲間にしてもいいと思う?」
「……腹は立つけど、こいつが本当に賢者だっていうなら戦力になるし。仲間にした方がいい、と思う」
「ラグナは?」
 さっきからずっと無表情で黙って立っていたラグナは、訊ねられて初めてわずかに動いた。小さくうなずいたのだ。
「俺はかまわん」
「そう。じゃあ君……名前は?」
 美少女はひどくほっとした顔をして、微笑んだ。
「アシュタ、といいます」
「そう。じゃあアシュタ、これからよろしくね」
「はい」
 うなずくアシュタ。それをじっと見つめるラグナ。困惑した顔で自分たちの様子をうかがうマラメ。
「……この四人で旅する、ってことでいいの?」
「いいと思うよ。なんで?」
「なんていうか……選び方のわりに、似たような性格が揃ったなって思って。ある意味個性豊かだとは、思うけどさ」
「え、そう?」
 クトルはぐるりと仲間を見回し、肩をすくめ言った。
「そうでもないんじゃない。普通だよ、僕たち」
「そうだな、普通だ」
「…………」
 力強くうなずくラグナと自分に、マラメはなにか言いたそうな顔をしたが、結局なにも言わなかった。

戻る   次へ
『DQ3的100のお題』topへ