冷気

「うらぁっ!」
 銅の剣で大烏の頭を叩き潰して、俺は「よっしゃあ!」と快哉を叫んだ。これで襲ってきた魔物たちは全部片付けた。
 アリアハンの街を出て一週間ほどになるが、今のところ俺たちはまるで苦戦していなかった。俺は街の外の魔物たちとの実戦訓練も何度も積んだことがある、この辺の魔物に負けるほど弱くねぇ。
 アルノリドは「魔法力節約するから〜」とか抜かして普段はサボってるのがムカつくが、敵が多くなった時とかには実際ギラとかイオとかを使って吹っ飛ばしてくる。ナターリヤは見かけは大人しげなくせしてモーニングスターを振り回す手つきは堂に入ってたし、回復呪文は強力っつっていいくらいのもんだった。つまり、俺らが負ける要素はまるっきりないわけで、今んとこ旅の途中に出てくる魔物に対しては連戦連勝を繰り返してたんだ。
 ただ、ひとつ気に入らないのは。
「叫ぶ前に残敵の確認をしたらどうだ。不意を討たれて殺されてからでは、後悔もしようがないぞ」
 俺の後ろからつっめたーい、えっらそーな声で抜かしてきやがる奴を、俺はぎろりと振り返りざまに睨みつけて言ってやる。
「しっかり確認してから叫んでんだよ、もう街出てから一週間も経ってんのにんなこともわかってねーのかボケ野郎」
「一週間の間に残敵をきっちり確認して動いているという気配が皆無だと理解したがゆえ忠告したまでだが。お前が油断したあげくに惨めな死に方をしたいというならば別に止めんがな」
 その冷徹な声に、俺はむぐぐぐっ、と奥歯を噛み締める。んっとに、こいつはどんだけ、いつまでこうも偉そうなんだ。
 バコタ・イリージアン。職業盗賊。年齢二十九歳。銀髪に黄色い瞳、身長は六尺に少し足りないぐらいで、顔の右頬から喉にかけて大きな傷跡がある。
 俺がこいつについて知ってんのはそんくらい。もともと俺がこいつらの詳しい氏素性とか聞かなかったせいもあるんだろうけど(だって俺のこと詮索されたら面倒だし第一別にこいつらの詳しい事情とか興味ないし)、それにしたってこのバコタって奴は自分のことを話そうとしなかった。
 戦う時は飛び出す俺の後ろに立って、棘の鞭を振り回してる。まぁそこそこの打撃与えてるけど。野営の時はさっさと火を作って、ナターリヤの作った飯を食って、見張り番の時以外はさっさと寝ちまう。
 別にこいつに興味があるわけでも全然ねーから、こいつがなんも話さなくてもどーでもいーんだけど。
 ただ、こいつは時々さっきみたいに、ぼそっぼそっと偉そうなことを言ってくる時がある。注意とか忠告とか、そういう感じのやつ。
 しかもそれがいちいち反論しにくいっつーか、俺自身確かにそーした方がいーんだろーなー、と思っちまえる台詞なもんだから、俺としちゃもーんっとに鬱陶しくてしょーがねぇ。正しいは正しいんだろーけど、正しいからこそムカつくことってあるし……なんつーか、こいつの言うこと、素直に聞きたくねぇ、っつーか。
 それがこいつが俺をこてんぱんに負かした奴だからか、それとも『こんな偉そうなこと言ってるけど、こいつだって結局俺が女だってわかってねぇくせに』っていうのがあるせいなのかまでは、俺もいちいち考えなかったけど。

「あのう、みなさんに、お知らせしておかなくてはならないことがあるのですけども」
 それから数日、旅立ってから十日ほど。ナターリヤがおずおずと言い出したことに、アルノリドがにやにやと笑みながら返す。
「んー、どしたのどしたのナタちゃん? 君の言葉だったらなんだって聞いたげるよ? なんたって君みたいな可愛い女の子は、この旅ん中で唯一の潤いなんだしさぁ」
 このたらしが、と俺は顔をしかめた。アルノリドは俺とバコタに対しては、いかにも適当そーなやる気なさげな対応しかしないくせに、ナターリヤに対してはやたら優しい。抗議したら『女の子と野郎を同列に扱う方が失礼ってもんだろ』とか抜かしやがった。
 その言葉で、元からかなり低かった俺のアルノリドへの評価は地に落ちた。男か男のカッコしてる女かも見抜けねーくせに女たらしやってんじゃねぇボケ野郎。
 とにかく、ナターリヤはそんなアルノリドに「ありがとうございます」とおっとりと微笑んで(ナターリヤの方はいっつもこんな感じであっさり流すんだよな。そんで俺らとも全然態度変えねぇで接してて。……まぁ、よくできた女っつーやつなんだろーな、と思うとなんかイラッとくるけど)、それから真面目な顔になって俺たち全員に向け告げた。
「みなさん。食糧が尽きました」
『…………………』
『はぁっ!!?』
 俺は思わずアルノリドと声を揃えて絶叫してしまった。いやだってんな阿呆なこといくらなんでもフツーねーよな!?
「ちょ、待てよ! 俺らレーベの街に着くまで大目に見て二週間……念のためにその倍くらいの保存食買ったよな!? んで、まだ旅に出てから十日ぐらいだよな!?」
 干し肉と乾パンっていう味もそっけもない保存食だけど、量だけはしっかり買い込んだはずだ。
「えぇ……そうなのですけれども。みなさん、私が初日に料理をご披露しましたら、食材の管理を申しつけてくださいましたでしょう?」
「……う」
 ああ。確かにそうだ。初日、干し肉と乾パンだけの、ただの栄養補給って感じの飯を覚悟してたのに、こいつが『私、軽く料理をしようと思うのですけれど、よろしければご一緒にどうですか?』とか言うから干し肉と乾パン預けてみたら、いつの間にか摘んでた草とかキノコとかも使ってまともな温かい飯作ってくれて……それがかなりうまかったから、じゃあこれから食事関係任したっつって保存食預けて……。
「それを使わせていただいて料理をしていましたら……うっかり分量を間違えて、料理を多めに作ってしまっていたようなんですの」
『はぁ!?』
 っだそりゃ! 多めに作ったって……間違えたって……んなあっさり……。
「つか! 俺ら別にそんなにぱかぱか飯食った覚えねーぞ!」
「えぇ、みなさんは別にそんなことはなかったのですけれど……私が、少しばかり食べすぎてしまいまして……」
「な……」
 思わずぽかんとした顔になってナターリヤを見つめる。なんでんなことにこにこ笑いながら言うんだこのアマ。
 ああ……でも確かにこの女、俺も引くくらいばくばく飯食ってたよな……そこまで食って胃悪くしたりしねーのかなって思うくらい食ってたよな……そんでにっこり笑顔で『ごちそうさまでした』っつって平然とした顔でそれからも旅してたよな……。
 ……っつか、こいつ、ハナっから自分の食べる分込みで大量に料理作ってやがったのかぁ!?
「おいてめぇっ、んな台詞しれっと言ってんじゃねーぞっ、どーすんだこれからの飯っ!」
「……まだその人となりを知りもしないうちに、食糧管理を任せたお前の言える台詞ではないと思うが」
「あぁっ!?」
 俺はこんな時にしれっとした声で冷たーく抜かしてきやがったバコタの方を振り向いて睨みつけた。バコタの野郎はいつも通りに話の輪から少し離れたところで、腕を組んで力を抜いて立って、淡々とした顔でこっちを見てやがる(そのいつも通りっぷりがすげぇムカついた)。
「街の外を旅するのに、食糧は必要不可欠だ。それをよく知りもしない相手に預けるというのは、自分の命を粗略に扱っているのと同じことではないか。いまさら文句を言ったところで、意味がないと思うが」
「なっ……なに偉そうなことぬかしてやがんだっ、じゃあてめぇはどうなんだあぁっ!? てめぇは自分の食糧」
「預けずに自分で持ち歩いている」
 うぐっ。きっぱりさらっと言いやがって。ああけどそういや、こいつ確かナターリヤが飯作っても食べねぇで一人で保存食食ってた気がする。なに一人ぼっちぶってやがんだって思ったけど……まさかこんな状況想定してたんじゃねぇだろーなぁっ!?
「ええと、それで、ですね。一日ほど食料調達のためにここに留まってはどうかと思うんです。一日留まれば、うまくすればレーベに着くまでぐらいの分は手に入れられますから」
「ここに留まるって……おいおい大丈夫なのかよおい、俺狩りなんてしたことねぇぞ!?」
「私は一応経験がありますから……みなさんの力があれば、きっとなんとかなりますわ」
 にっこり笑ってぱんと手を打ちあわせるナターリヤ――その姿を見て、俺はかーっと頭に血が上ってきてしまった。
「おい! てめぇなぁ、なに考えてやがんだよ! 俺らの食糧食い荒らしといて、なぁにが『みなさんの力があれば〜』だよっ! てめぇにゃあ罪悪感ってもんがねぇのか、あぁ!?」
 ずかずかと歩み寄って迫る俺に、ナターリヤはさも哀れっぽくう、と目頭を押さえてみせた。
「ごめんなさい……そうですわね。そもそも私のしくじりなのですから、私が取り戻さなくてはなりませんものね。本当に、本当に申し訳ないと思っておりますわ」
 うぐ、と俺は勢いを削がれて唇を噛んだ。そういう風に真っ向から謝られると、俺としてもそれ以上どう言えばいいかわからなくなってしまう。
「でも、私の力だけではとても一日でレーベまでの食料を得ることができませんの……厚かましいお願いなのは承知ですけれど、どうか、どうかお力を貸していただけませんでしょうか」
 そう深々と頭を下げられて俺が言葉に詰まった隙に、アルノリドが威勢よく笑顔で割り込んできやがった。
「気にすることないって、ナターリヤちゃん。失敗なんて誰にでもあんだしさぁ、俺はいっくらでも力貸してやるって。……ったく、男のくせに女の子のちょっとした失敗ぎゃあぎゃあ言い立てて、器小っせぇよなぁ」
「んなっ」
 てめぇなんぞに言われたくねぇ! と言い返してやりたかったが、それと同時に俺だって女だってのになんでんな扱い受けなきゃなんねーんだ! って言葉まで口からこぼれ出ちまいそうで、俺は力を振り絞って口をつぐんだ。
 そしたらなにを勘違いしやがったのか、アルノリドは調子に乗っててきぱきすらすらと言い立てやがる。
「そんな無神経野郎をナターリヤちゃんと組ませるわけにゃあいかねぇなぁ。二人っきりになったらなにをされることやらわかんねーしー」
「んだと、てめぇっ……!」
「んじゃナターリヤちゃんと俺が一組なー。文句あっか、バコタ?」
「いや。ない」
「はぁっ!?」
 俺は思わず叫んじまったんだけど、それを無視してどんどん話は進んでいきやがる。
「そんじゃ陽が落ちたらこの場所に集合ってことで。そっちは木の実やキノコなんか中心でいいぜ、飛び道具ねーから」
「食材の種類を限定できるほど状況に余裕はないと思うが。では、日没後に」
「はい、日没後に」
 言ってあっさりナターリヤとアルノリドが森の中へ歩いていきやがるのに、俺は怒鳴りかけたんだけど、バコタがすっとこっちに歩み寄り、つっめたーい目でえっらそーに言ってきやがった。
「では、行くぞ。今日からレーベまでなにも食えない、ということになりたくなければな」
「…………っ!」
 俺はすっげームカついたんだけど、確かに飯が食えないってのは致命的な事実なんで、渋々腰を上げたんだ。

「女ってのは得だよなー。なにしてもちょっと泣いてごめんなさーいっつえば周りの男が勝手にめんどー見てくれんだから」
 それでもやっぱり憤懣は消しきれなくて、森の中を歩きながらぶつぶつと呟いたら、先頭に立ってたバコタがこっちを見て、またつっめたーい声で言いやがった。
「お前は、俺たちが女の色香に惑わされてあっさりナターリヤを許した、と思っているのか」
 俺はその声に乗せられた冷気に、うぐっ、と一瞬声を詰まらせたけど、すぐ負けるもんかと胸を張って言う。
「だって、そーじゃねーか。あの女食糧食い尽くすなんて真似したんだぜ? フツーならもっと怒って」
「アルノリドはどうだか知らんが、俺にはそもそも怒る理由がないからな」
「は?」
「俺はもともと食糧は自分で管理している。そして俺の今の仕事はお前につきあうことだ。一日旅程が遅れようが、仕事にはなんの影響もない」
「う……」
 そ、そりゃそーかもしんねーけどさ。
「パーティメンバーとしての務めを果たさなかった責についても、俺が怒るのは筋違いだろう。俺はそもそもあの女を信頼していないのだから、これ以上評価を下げようがない」
「……え?」
 その言葉に、俺は思わずぽかんと口を開けてしまった。なんかこいつ、今しれっとひでぇこと言わなかったか?
「し、信頼、してないって」
「これまで程度の実績で、どうやって信頼のしようがある? 俺たちが今までにやったのは、弱い魔物を倒ししばらく一緒に旅をしただけだぞ。それであっさり命を預けられるほどに警戒を解けるのは、よほどのお人よしかただの馬鹿だ」
「な……」
 その容赦のない口ぶりにも驚いたけど、俺はなんかかっちーん、ときた。こいつ、なんか俺のこと、遠まわしに馬鹿だって言ってねぇか?
「だから食糧預けなかったとでも言うのかよ」
「ああ。信頼できない相手に命を預けるほど、俺は死にたいわけじゃない」
「じゃーなにかよ、俺らがナターリヤに食糧預けるの、お前馬鹿みてーとか思いながら見てたわけかよ」
「『愚かな真似をする』とは思ったな」
「じゃーなんでなんにも言わねーんだよっ! なんにも言わねーくせにあとから偉そうな口利きやがって、てめぇ何様の」
「言ってほしかったのか」
「はぁっ!?」
「曲がりなりにも成人した人間が。『お坊ちゃま、そちらは危ないですから行ってはいけませんよ』とばかりに忠告されなければまともな道も選べないのか」
「…………」
 ぽかーんとしれっとした面でこっちを見下ろすバコタを見つめること数瞬。俺は猛烈に腹が立ってきた。喧嘩売ってんだなてめぇ、そーと決まりゃ遠慮はいらねぇ!
 俺は胸倉をつかんでやろうと手を伸ばす――が、バコタはひょいと、ごくあっさりとした動きでそれをかわした。
「喧嘩をしたいならよその魔物にでも売ってこい。とっとと食糧を見つけなければ今日の食事も得られないという探索中に、ガキの喧嘩につきあってやるほど俺は面倒見がよくない」
 さらっと、そのくせ言葉に突き刺すような冷気を乗せてバコタは言い、それからふいと背中を向けてくる。後ろから襲ってきたとしても楽勝で対処できる、と背中に大きく書きながら。
 そしてそれは真実だ――ということをその背中の隙のなさから理解し、俺はぐあぁぁっと頭に血が上った。なんだよこのクソボケ野郎ムカつく腹立つぶっ殺してやりてぇあークソ後頭部剣でぼこでこに殴りてぇぇぇ!
 けど実際問題俺は野外でどんなもんが食えてどんなもんが食えないかとか詳しく知らなかったし、兎とか鹿とか出てきても飛び道具がない以上まともに狩れるとは思えない。なので、うぐぐぐぐぅっと怒りを腹の底に押し込めて、真っ赤な顔でバコタの野郎を追うしかないのだった。
 ちくしょーてめーいっつもいっつも偉そうなことばっか言いやがって、覚えとけよこのクソボケタコっ!

 その一日で俺たちは充分レーベまでたどり着けるぐらいの食糧を手に入れた。っつか、ナターリヤと一緒に行ったアルノリドが、兎だの鹿だの猪だのしこたま狩ってきやがったんだ、攻撃呪文で。
 よくまぁそんなに都合よく出会えたもんだと思ったが、にこにこしているナターリヤとは対照的にアルノリドは精も根も尽き果てた、みたいな顔してたからまぁ向こうはいろいろ大変だったんだろう、ぐらいに思って口出しするのはよした。
 こっちはひたすらバコタのあとをついていくしかなかったから。バコタの奴、キノコとか木の実とか自分一人でさくさく見つけやがんだもん。こっちには「この傘のあるキノコは毒だから手を出すな」「その実はアク抜きしても食べられないくらい渋いぞ」とかぼそぼそって文句つけるしかしやがらねーくせによー。
 んで、夜中までかかって大量の肉を塩漬けにしたり(どこにんな大量の塩持ってやがったんだっつったら『袋の中に調味料の類は99袋は投入してありますわ♪』とか抜かしやがるんだぜ。だったら食糧もそんだけ入れとけよ、って突っ込んだら『保存食の類は大袋で入れていなかったので……』だとさ。どんだけ食ってんだって話だよ、マジで)燻製にしたりして、キノコやなんかは細かく裂いて軽く乾かして、食糧を作った。
 なんつーか……他の奴のせいでこんなことしてることも、パーティの他の奴らのこともいちいち面白くなくて、やりながら俺ぶつぶつ言ってたんだけど、なんかやってるうちに楽しくなってきた。や、楽しくなってきたっつーかさ、手が仕事に慣れてきて、他の奴とフツーにお喋りしながらできるようになったらさ、なんか状況に慣れてきたっつーか。
「私、実は口減らしのために旅立たされたのですわ。なにせ私のいた孤児院付きの教会は、万年赤字と縁が切れない場所でしたから……私毎日毎日いっぱいご飯を食べないと、どうしてもお腹が空いて空いてしょうがなくなってしまう体質なので」
「体質なのかよ……まぁあれだけ毎日しこたま食ってたらフツー追い出されるわな」
「アルノリドさんは、いかがですか? どうして旅立たれることに?」
「俺? 俺は……ま、邪魔だったからだろーな。俺の家、魔法使いの家としちゃそこそこ知られた家でよ、ギルドでも幹部職で。俺にもなんやかや期待とかかけてきたんだけど……そーいうのウゼェじゃん? だからテキトーに過ごしてたら、いきなり『勇者の旅に同行しろ』と、こうよ」
「期待がどーこーとかいう以前に、お前まともに仕事してなかったんじゃねぇの?」
「なっに、俺はそんな……ことはねぇとは言わねぇが、最低限自分の使う金ぐらいは自分で稼いでたぜ」
「どーせ遊ぶための金だろーが。自分で稼ぐってのは、自分の食い扶持を自分で面倒みるってのをいうんだよ」
「んっだとこのガキ、十日前まで扶養家族だった奴に言われたくねーよ」
「ざけんなてめぇ、俺のことどんだけの家の奴だと思ってんだよ? 俺はもー二年前から家計助けるために働いてたっつーんだよ」
「……っはぁ!? って、お前、勇者オルテガの家の子なんだろ!?」
 俺はしょーもなげな顔になって説明した。あー、こーいう風に勇者オルテガってもん勘違いしてる奴道場にもよくいたよなー、って。
「勇者の家っつったってな、稼ぎ手は俺が生まれてすぐ死んでんだぞ? 母方の家だって別に資産家ってわけじゃねーし、いつまでもなんにもしねーで暮らしてけるわけねーだろーが」
「だ、だってフツー、世界に認められた勇者の家だったら、そんくらい……」
「まー戦死者年金とかそーいうのはあっけどな、それだって無限に出てくるわけじゃねーし。勇者≠チてのはあくまで名誉的な称号で、それに特別な金やらなんやら出るわけじゃねーしな。育ち盛りの俺とあと二人食ってくにゃ、働かなきゃどーしよーもねーだろーが」
 道場の師範に頭下げて、稽古が終わったあと下働きやらなんやらさせてもらって、それでも苦しい月は師範に紹介されたきつい力仕事させてもらってた。ジジイはもう年食ってるし、ババアは不器用だしってんで一番稼いでたの俺だったんじゃねーか、あの家で? それで向こうは『勇者になれ、男らしくなれ』ってうるさく言やいいと思ってんだぜ、ったく。やってらんねーよな。
 そういうことを言うと、アルノリドは目を見開いてからものすごく渋っちぃ顔をして、ぐいと俺の頭を押しやった。
「っ、とてめぇっ、なにすんだよっ」
「うっせガキ、てめぇっとにガキだな、あーっとにやってられねぇのはこっちだっての、ちっと用足し言ってくるわ」
 言って立ち上がりさっさと森の中へ入っていってしまう。……なんだってんだあいつ、ムカつく奴。
 と、ナターリヤがくすくすくす、と楽しげに笑って言った。
「優しい方ですわね、アルノリドさんは」
「は? なんであいつが優しいんだよ」
「あの方は、あなたが可哀想だ≠ニ思われたのですわ」
「……は?」
 ぽかんとする俺に、ナターリヤは笑顔で解説する。
「自分が遊ぶ金を稼いでいる間に、家計を助けて働いている少年がいた。そしてそれが当然のように自分の横で戦っている。それに罪悪感を感じると同時に、ただの生意気な少年だと思っていたあなたに健気さを感じ、それに戸惑ってしまったから、その感情を是正するために席を外されたのですわ。あなたに『可哀想だ可哀想だ』などと言ってしまわないために」
「…………」
 俺は眉を寄せた。アルノリドがそんな殊勝なタマか? っつか、ナターリヤ、お前言うことすんげー身も蓋もねーな。
「あなたがそんなことを好む人間ではないと知っているからこそ、気持ちを落ち着かせようとした。あの方は、ちょっと悪ぶってはいらっしゃいますけど、本当は普通に優しい方なのですよ」
「はぁ……」
 普通に優しいってまたなんか微妙な言い方だな、と思いつつうなずいてから、一応軽く言い返してみる。
「まるで昔から知ってるみてーな言い草じゃねーか。まだ会ってから十日しか経ってねーのによ」
 だが、ナターリヤはむしろますますにっこりしながらうなずく。
「それは、もちろん。だって私は知ろうとしましたから」
「……は?」
「ことあるごとに話しかけて、会話をして、態度や言動を観察して。そうしてどんな性格なのか、自分の中に像を創るんです。誰でも無意識にやっていることですけれど、短時間で行うにはちょっと努力が必要かもしれませんわね」
「努力って……」
「だからユーリーさん、あなたが意地っ張りだけれど他の人の気持ちを大事にしようとする子であることも、バコタさんが一見冷たいようではありますけれど本当は誰よりパーティメンバーのことを気遣っていることも知っています」
「……はぁ!?」
 なに言ってやがんだこのアマ、と目をかっ開いて睨みつけてやったが、ナターリヤはまるで堪えた様子はない。なんだってんだ、人のことわかったように言いやがって。俺は別に、そんないい子ちゃんじゃ、ねぇってのに。
 バコタの方をちらりと見る。バコタも全力で顔をしかめてナターリヤを睨んでた。そのガンつけは実際相当な迫力で、俺でもちっと気圧されちまうかな、ってくらいのもんだったのに、ナターリヤはあくまで涼しい顔で、こんなことまで抜かしやがる。
「信頼や愛を得るためには、まず自分から与えなければ始まりませんもの。頃合を見計らうのは大事ですけれど、いつまでも一歩退いたところから相手を見ていては仲間≠ノはなれません。だから私はみなさんのことをよく知るために、まずは観察から始めたのですわ」
「……んっだよ、それ」
 俺は別に、んなしんらい≠セのあい≠セのなんてほしくねーっての。俺はただ、国王の野郎が勝手に押しつけてきやがったから、しょーがねーから一緒に旅してるだけで。
 そりゃ、バコタみてーにハナっからまるで信頼してねーのもどーかと思うけどさ。だから……だからなんつうか……。
 いろいろ考えかけて、俺は思考を止めた。バッカバカしー、そもそも俺が女だってこと明かせねぇ相手にいちいちこんなこと考えるだけ無駄だっての。どーしたって気を許せるわけねーんだから。
 黙りこんだ俺をどう思ったか、ナターリヤは別の話題を振ってきた。
「ユーリーさんが一家の稼ぎ頭だったということですけれど、そうしたらお母上やお祖父上はさぞ肩身の狭いことでしたでしょうね」
「……ああ、まぁな。なんか時々、ごめんねごめんねとか泣きながら謝ってきたりもしやがったけど。ババアは特に」
 その顔を思い出すたびに、俺の腹の底は煮えくり返る。謝ればすむのか。謝れば、あんたらが俺たちにしたことは許されるのか。
 俺を男でも女でもない代物に創っておいて。自分たちの勝手な都合でこんな境遇押しつけておいて。自分たちの安全のために俺を人身御供に差し出しやがったくせに、ただ泣きながら謝ればどうにかなると思ってるのか。
 ウザかったんでそんなことをするたびに俺は怒鳴り散らしたし、壁を殴ったりして脅しつけることもあった。あいつらみたいに自分たちの方を可哀想にしちまう奴らに、許しだのなんだのを与える気はねぇ。
「謝られたりなんだりもしたけど――んなの俺の役には微塵も立たねーからな」
「そうですね。忘れてしまえばいいことだと思います。そして年を取って、子供を持って、自分の無力さを噛み締めている時などに、あああの時母さんもこんな気持ちだったのかな、と思い起こされるといいと思いますわ」
「……んっだよ。それ」
「言葉通りの意味ですわ」
 にこにこしてやがるナターリヤに俺は相当イラッときたけど、ここで怒鳴るとなんかかえってムキになってるとか言われそうな気がしたんで、仏頂面でざこざこと手を動かした。塩漬け肉作りのやり方はもう手が覚えてる。
 なんとなくバコタの方をちらっと見てみると、バコタもすっげー不機嫌な顔で手を動かしていた。こいつが誰よりパーティメンバーのこと気遣ってるとか、やっぱねーよ、普通に。
「さて、せっかくですからお夜食でも作りましょうか。そろそろお腹も減ってきたことですし」
「……お前あんだけ肉だのなんだの食っといてまだ食うのかよ……」
「あら……私、今回はお食事控えめにしていたつもりですのよ? みなさんにご迷惑をおかけしてしまったことですし、食べ尽くしてしまわないようにと……」
「てめぇの胃袋は底なし沼か! どんだけ食ったら満足すんだよてめーは!」
「さぁ……満足するまで食べたことがありませんので」
「なんだそりゃフツーありえねーだろそれこの異常食欲者が!」
「ふふ。さて、お二人とも、手伝っていただけます?」
「へっ!?」
「お夜食を作るのを。さっと作ってしまうつもりですけれど、手が多くあった方が楽は楽ですので。ご一緒にお料理、作りませんか?」
「え……や……」
 んなこと言われたって……俺、料理の経験とか全然ねーんだよな。ジジイもババアも俺が少しでも女っぽいことするの嫌ってたから、家事全般から遠ざけられてたし。
 どうしよう、とちらりとバコタの顔をうかがってみると、バコタも明らかに難しい顔をしてる。あ、こいつも家事の経験とかねーんだ、と思わず顔がにやけた。
 となりゃ、こっちの行動は決まってる。
「よっし、手伝ってやろうじゃねーか。その代わりお前もしっかり手伝えよなっ」
 言ってバコタを指差すと、バコタは難しい顔のまんまぼそぼそと言ってきた。
「……俺には料理の経験がない。そんな人間が手伝っても邪魔になるだけだろう」
「はぁ〜ん? 経験がねーからやんなくてもいーってか? そーいうのを甘い考え≠ニかなんとかお前言ってなかったっけ?」
 にやにやしながら見下すように言ってやると、バコタはぐっと言葉に詰まった。へっへーざまーみやがれ反論できねーだろー、とニヤニヤしていると、全力で顔をしかめて立ち上がる。
「……わかった。手伝おう」
 あれ? んっだよ、妙に素直じゃん。こいついかにもプライド高そうだから、なんのかんのと逃げ回るんじゃねーかなと思ってたのに。
「まぁ、嬉しい。もちろんユーリーさまも手伝ってくださるのですよね?」
「うっ」
 にこにこ笑顔で見つめられ、俺は顔をしかめたが、ここで断ったらバコタになんやかや言われるに決まってる。仏頂面ながらもうなずいて、ナターリヤのそばに寄った。

 レーベの街にたどり着いたあと、俺たちは街外れの偏屈な研究者≠チて奴を探した。王宮の奴らに言われてたんだ、『レーベの街外れの偏屈な研究者を訪ね、彼の『魔法の玉』を用いて誘いの洞窟の壁を壊せ』って。
 別にあいつらの言うこと聞きてぇわけじゃまるっきしねぇけど、その誘いの洞窟ってとこの奥には旅の扉――なんか昔の奴らが作った転移装置があって、一瞬でロマリアまで行けるらしいんだよな。高い船賃払ってえっちらおっちら大陸まで行くよりお得だろってんで、そこまでは王宮の奴らの言う通り進んでやろうってことになってたんだ。
 手分けして人の話聞いて探したら、その研究者ってのは相当有名な奴らしくて、わりとあっさり場所を突き止められたんで、昼に宿屋に集合して改めてそいつのとこに向かう。レーベはアリアハンよかだいぶ小さな街だったんで、街外れっつっても大して距離があるわけでもなかった。
 街外れにぽつんと建っている、やたらでかくて煙突からいろんな色の煙を吐き出してる石造りの家。一応勇者サマ用の顔になって、こんこんとそこの扉をノックする。
 ……が、まるっきり返事がない。ムッとしてがんがん、どんどんと思いきり扉を叩いてやったけど、それでも全然返事がない。
「……留守か?」
「そうでしょうか? 人がいるような気配は感じますけれど」
「お前そんなのわかるのかよ、シスターのくせしてどーいう特殊訓練受けてんだ」
「いえ、特殊訓練というか。私、いろんなお家をお布施を恵んでいただきに訪問させて頂きましたから、居留守かそうでないかはわかるんです」
「……へー……」
 経験が生きたっつーことなんだろーけど……なんかアットホーム、っつーよりわびしい経験だな。
「とにかく人がいるのは確かなんだろ。こうなりゃ意地でも……」
「どけ」
 言って前に出てきたのは、バコタだった。俺を押しのけて、扉の前にしゃがみこむ。
「おい、盗賊のやり方で鍵開けとかしたらあとで文句言われるんじゃねーのか」
「その心配はない」
 すっげーぶっきらぼうに言って、バコタはなんか、木だか鉄だかよくわかんない質感の鍵を鍵穴に突っ込んだ。そんでこんこん、と鍵叩いたりつんつん、と鍵を触ったりすると、かちゃり、と音を立てて扉が開く。
「わ……開いた」
 思わず目を見開いちまった。だって普通、盗賊が鍵開けるっつったら針金みたいの突っ込んで開けるんだよな? 鍵突っ込んで開けちまうなんて考えたこともなかった。
「なんだよ、お前何者だよ? 違う鍵突っ込んでどーやって扉開けたんだ?」
「……これは普通の鍵ではないからな」
「へ? けど、別に魔法がかかってるってわけでもねーんだろ?」
「ああ。……だが、この鍵はちょっとこつを覚えればたいていの鍵穴に合わせられるようにできている。このくらいの鍵ならば、造作もない」
「へー……」
 俺はちょっと感心したんだけど、いっつも偉そーに冷たい目と口調でこっちの気分を悪くするこいつに素直に感心してみせるのが業腹で、ちょっとひねくれた言葉をかけてやった。
「さっすが泥棒だな。そんなんがあったらどこにでも忍び込み放題じゃん。お前が作ったわけ、それ?」
「ああ。俺は将来、鍵屋になれたらと思っていたからな」
「は? ……鍵屋?」
 なんだそりゃ。フツー盗賊ってんなこと思わねーだろ? っつか、こんないかにも筋者って奴がやってる鍵屋なんて誰も来ねぇだろ。なに考えてんだお前。
 ……とかなんとか言ってやろうと開けた口を、俺は結局のろのろと閉じた。
 なんか……こいつ、やけに、こんなしょーもねぇ話なのに、まとってる雰囲気が妙に深刻、みてーな……。
「って、ちょっと待てよ!」
 ずかずかと家の中に入るバコタを追って、俺たちも中に入った。中は妙に焦げ臭いような抹香くさいような匂いがぷんぷんしてて、そこら中にやたらめったらいろんなものが散らかしてある。うわ、と思いつつも俺は一応勇者として前に出て声を上げた。
「すいません! どなたかいらっしゃいませんか! 我々はアリアハン王より命を受けた、勇者の一団です!」
 ……聞くからに怪しすぎんだろって名乗りだけど、実際そーなんだからしょーがねぇ。とりあえず利用できるとこでは、この名前を押し通すつもりだった。
 それでもまるっきり返事がない。なのにバコタは勝手知ったる他人の家、って感じにずかずかと奥へ乗り込んでいく。
「おいおーい、バコタさんよー、呼ばれてもないのに勝手に上がり込むとかフツー怒られるとこじゃないのかね?」
「問題ない」
 問題ない、ってどーいう根拠があんだよこの野郎、と思いつつも俺はまたバコタを追う。なんか、こいつに後れを取るっつーか、ついてけねーのとかすっげームカつくし。
 狭い通路を進むことしばし、やたらでかい部屋に出た。二階部分までぶち抜きの馬鹿っ広い部屋で、中央にやたらでかい釜みたいなのがある。その中でなんか液体が弾けたりしてるのが見えた。
 バコタはその釜の横をすいすい進み、奥に向かって声をかけた。
「ご老人。申し訳ないが、少しお時間をいただきたいのだが」
「あぁん?」
 そんな声と共にがらくたの向こうで立ち上がったのは、いかにも怪しげな爺さんだった。やたらでかいぐるぐる眼鏡に白髪をやたらぴんぴん立たせた奴で、背筋も無駄にぴんしゃん伸びてるいかにも元気そうなジジイだ。
 それがバコタの方を向いて、驚いたように言った。
「これはまた驚いたな! バコタ、お前さんがわざわざウチに来るとは!」
「……少しばかり、事情があってな」
「あの扉を開けたということは、あの鍵を使ったんだろうな? ナジミの爺さんから取り戻してきたのか?」
「もともと俺が作ったものだ」
「そりゃ確かにそうだが、どういう風の吹きまわしだ。もう逃げられないーだの最初から無理だったんだーだの情けない泣き言を抜かして牢屋に入りっぱなしだったくせに」
「……別に。国王に命じられて、やむなく従っているだけだ」
「ほう、国王にねぇ……」
 髭をしごきながらそう言ってから、ようやく爺さんは俺たちに気づいたようだった。む、と眉をひそめ、ずかずかとこちらに近づいてじろじろと顔を見てくる。
「ん? ん? んんんん? おいバコタ、まさかお前さんが動き出した理由ってのはこの子たちじゃなかろうな?」
「それこそ考えすぎだ。半ばは成り行きのようなものだ、大した理由があるわけじゃない」
「ほうほう、大した理由、ねぇ……」
 顔をしかめながらもじろじろと顔を眺めまわしてくるジジイに、俺はムカッときたがここで怒鳴り散らすわけにはいかない。必殺勇者ぶりっ子の顔を作り、こっちも一歩前に出る。
「申し訳ありません、突然お邪魔いたしまして。私はアリアハン国王より魔王征伐の命を受けて旅をしております、ユーリー・ドゥブロヴィンと申します。こちらで魔法の玉という道具を研究してらっしゃると聞き、いざないの洞窟の防壁を破壊するためにお力をお貸しいただきたいと思い参りました」
「ふゥん………?」
 なんかいかにもうさんくさい奴見てますー、って感じでこっちを見てくるジジイに、このクソジジイが何様のつもりだってんだコンニャロウ、と思いながらも涼しい笑顔を浮かべて耐える。こんくらいで本性出すほど俺の猫かぶりは甘くねぇ。
「……おいバコタ。お前さん、こいつらに手を貸してほしいのか? それとも、お前さんに手を貸してほしいのか?」
 バコタの方を向いて言ってくるのに(俺はいま話してんの俺だろーがっ、とムカッとしたけど)、バコタはいつも通りの仏頂面で軽く首を振った。
「俺たちパーティに、だ」
 その言葉にジジイはちょっと目を丸くしてから、にやりと笑う。
「なるほど、な。お前さんのそんな言葉が聞ける時が来るとは思わなかったぞ」
「…………」
「ようし、いいだろう。最新式の魔法の玉を渡してやろうじゃないか。ただし、もらうものはきっちりもらうぞ」
 げ、タダじゃねーのかよっ! そんくらい先に話通しとけよボケ国王!
「……これでどうだ?」
 が、財布を俺が取り出すより早く、そう言って懐からバコタがきれーな宝石を差し出す。え、と目をぱちぱちさせる俺たちにかまわず、ジジイはそれを受け取りためつすがめつしてまたにやりと笑った。
「ま、これだけ純度の高い宝石ならいざないの洞窟の壁を壊すくらいの玉の値としちゃ充分だな。ちょっと待ってろ、今持ってくる」
 言ってさっさと部屋の奥へとジジイが姿を消すのを見計らってから、俺はバコタに小声で、でも鋭く問う。
「おい! お前なんでこの状況でいきなり宝石なんて出すんだよっ、いくらなんだよあの宝石、あとお前あのジジイと知り合いなのか!?」
「……昔少し関わりがあった。それだけだ」
「だからっててめぇが玉の代金肩代わりすることねーだろ! パーティの共有財産にちゃんと請求しろよなっ」
「別にいらん。俺が持っていてもどうしようもないものだった。有効活用できたならけっこうなことだろうが」
「馬鹿かお前! こーいうパーティの間で金やったりもらったりすんのはな、あっさりお互いの関係壊しちまうんだよ! 真面目にパーティやるつもりがあんだったらちゃんと請求しやがれ!」
 睨みつけてそう言うと、バコタは珍しく、驚いたような顔をして俺を見てきた。
「んっだよ」
「……それは、誰かに教わったことか?」
「は? ……いや、だって、他の奴の話とか聞いてたらそーなんだろーなって思うだろ、普通。別に困ってるわけでもないのに、金の貸し借りとかよくねーじゃん」
「あの宝石は俺の見立てだと五千ゴールドはするんだが」
「げ……えぇい、最優先で返しゃいいんだろ、最優先でっ」
「いらん。現在の状況でそんな余裕があるなら、新しい武器や防具に回せ」
「へ……いや、だっからなぁ!」
「それが戦闘を有利に運び、ひいては全員の生存確率を上げる。命の値段としては安い部類だろう。旅が進んで、金が余ってきた時にでも返してもらえばいい」
「う……」
 そー言われると、確かにこの野郎の言い分にも一理あるかも、って気もする。
 俺はちょっとの間うんうん唸りながら考えて、それからびっとバコタに指を突きつけて言った。
「じゃあ、今は借りとくけどな。これは借金だからな! 余裕が出てきたらきっちり返す金だからな! 覚えとけよ!」
「ああ。わかっている」
 あっさり言ってふいと顔をそむけてしまうその表情からするとあんまりわかってる気はしなかったが、向こうがわかっていると言う以上ぐだぐだ文句をつけるわけにもいかねぇ。俺は仏頂面でジジイを待った。後ろではなんかアルノリドとナターリヤがくすくす笑ったんで、んっだよっと一睨みくれてやったんだが、二人とも笑うだけでやんの、くそ。
 ジジイはなんか紫色の両手でやっと持てるくらいの大きさの玉を渡してきて、「これをいざないの洞窟の壁の前に置いて火をつけてから全速力で逃げろ」とか怪しげなことを言ってきた。妙な説明書とかも一緒に。これだけあればまぁ大丈夫だろう、とかすっげー頼りない台詞もおまけに。
 あと、別れる時、バコタになんか妙なこと言ってた。「今度は、逃げるなよ」とか「お前はもう一人じゃないんだからな」とか。バコタは仏頂面で、頭を軽く下げただけでさっさと背を向けちゃったけど。

 それから俺たちはアリアハン大陸の北側をぐるっと回り、いざないの洞窟へと向かった。けっこう長旅になるんでかなり余裕を見て食糧を買い込んでった……んだけど、今回もナターリヤは保存食をしっかり食い尽しやがった。
 今度はさすがに自分の分は自分で持ち歩くようにしてたんだけど、ナターリヤの料理は(腹の立つことに)マジうまいんで、ついつい食っちまうんだよな。
 そしたらその分減った材料をナターリヤは自分の分から減らしてったらしくて、十日もしないうちに「私の食糧が尽きました……」とか悲しげ〜な顔して言いやがって、そしたらさすがに放っとくわけにもいかなくて狩りやら採集やらやんなきゃいけなかったんで、旅の進みはあんまり順調じゃなかった。
 まー、その分いろんな食える野草やらキノコやらを覚えられたのはよかったけどさ。ナターリヤの料理はそーいうのをどれもうまく調理してくれたし。
 とにかく俺らは、なんだかんだでそれなりに恵まれた食糧事情の中、いざないの洞窟に突貫した――は、いいんだけど。
「燃えよ閃光、放て赤刃、我らが前の敵を焼き尽くせ……!=@くそっ、魔法力尽きたっ!」
「私も、魔法力が……!」
「ちっくしょう、あと何匹出てきやがんだっ!」
「愚痴を言っている暇があったら剣を振るえ」
 そこで俺たちは思いきり苦戦しまくった。なんかこの洞窟、魔物溜まりなんじゃねってくらい次から次に魔物が出てくんだもん。俺たちも必死に戦ったけど、次から次に押し寄せる魔物に正直負けそうだった。
「くそっ、くそっ、どっち行ったらいいんだよっ!? どっち行ったら出口なんだっ!?」
「落ち着け。……リレミトを使える奴はいるか?」
「さっき言っただろがくそっ、魔法力ねーんだよ! あったとしても使えねぇけどな!」
「私も……魔法使いの呪文ですし」
「ユーリー。お前は」
「……俺も、まだ……」
 俺が将来的に使える呪文の中には入ってるらしいんだけど、俺、呪文苦手だし……。最近よーやくホイミが使えるようになったくらいで……。
 ちくしょう、と唇を噛む俺の頭をぽん、と一回軽く叩いて、バコタはすっと前を向く。
 ……え? 今こいつ、俺のこと、励ました? つか、もしかして初めて名前呼んだ? とか混乱してる間に、バコタは行く道にうぞうぞと群れてる魔物を見つめ、淡々と告げる。
「ならば、あそこの魔物どもを突破するしかないな」
「無理だ! 俺ら魔法力尽きてんだぜ!? あんな数の魔物、どうやって」
「俺が先頭に立って追い散らす。そのすぐ後をついてこい。ナターリヤ、アルノリド、ユーリーの順番で、だ。できるな」
「で、できるなって、んな……」
「たりめーだろーが!」
 俺はぎっとバコタを睨んで答えた。しんがりを務めるくらいできないわけがない。俺はこんなところで死ぬなんてごめんなんだ。このクソッタレな世界が滅びるより先になんて、絶対死んでやらないって、そう決めたんだから。
 その声に、バコタは淡々とうなずくと、ナターリヤとアルノリドを見る。
「ナターリヤはモーニングスターを振り回して威嚇しろ。アルノリドはなにも考えず全力でナターリヤのあとについて走れ。ユーリーはしんがりで追ってくる魔物を警戒しろ。……行くぞ!」
「っ!」
 言うだけ言って走り出すバコタを、俺たちは追った。溜まっていた魔物どもが、先頭のバコタに次から次へと襲いかかる。
 でもバコタはそれを鞭の一振りで追い払った。いや正確には違う、こっちにやってくる前に体を打って足を止めさせ、その隙に隙間を通り抜けたんだ。
 だけどそれじゃ真正面にいる奴らはどうにもならないのに、と走りながら見ていると、バコタは真正面にいる敵には鞭を使っていない方の手で短剣を構え、体全体で走りながらの勢いで全力で突き刺してみせた。
 そんなことをしたら当然無防備な突撃の間に次々攻撃を食らうのに、そんなのまるで無視して。全力で突撃して、一撃で倒してみせる。
 一瞬で一撃で倒せる相手を見極め、攻撃されるのも無視して即死級の突撃をかます、その目と腕と度胸に俺は舌を巻いた。こいつ、わかってたことだけど、強い。しかも、こういう命の危機に慣れてやがる。
 次から次へと押し寄せる魔物どもから完全に身を守ることはできなかったけど、バコタが道を切り開き、ナターリヤがモーニングスターを振り回して威嚇し、アルノリドをなんとか通り抜けさせて追ってくる奴らを追っ払い、と必死に戦って、なんとか魔物溜まりの向こうの部屋へ通り抜けることはできた。そこに蒼い光を放ちながら渦を巻いている小さな池みたいなのが床にあるのを見て、バコタが叫んだ。
「あれが旅の扉だ! ユーリー、ナターリヤ、アルノリドの順で飛び込め!」
「っ、指図すんじゃねーよタコッ!」
 ムカつきに耐えかねて叫びながらも俺は走った。向こうがどういう状況なのかわからない以上、白兵戦力に秀でてる奴が最初に飛び込むのはごく当然の選択だ。
「とっとと来いよ、遅くなったら殴るからな!」
 怒鳴りながら剣を構えつつ扉に飛び込む。一瞬世界が歪んだような感覚があって、そうしたらもう俺はさっきまでとはまるで違う場所に立っていた。
 一瞬ぽかんとしたが、すぐ我に返って剣を構え、周囲の気配を探る。とりあえず回りの世界は静かで、魔物どころか生き物の気配すらなかった。
 その間に次々と扉からあとの奴らが現れてくる。ナターリヤ、アルノリド、最後にバコタが現れたのを見て、ようやくほっと一息ついた。
 ナターリヤもアルノリドも、驚き慌てた様子で周囲を見ていたが、バコタは一人冷静に周りを見て、呟いた。
「空気が違う……ロマリアに転移したと考えて間違いなさそうだな。結界が張ってあるのか、魔物の類もいないようだ」
 ほう、と思わず全員の口から息がこぼれる――と思うや、ふいに俺は浮遊感を感じた。ふわっと体が軽くなって、すぅっと頭が上の方へ飛んでいくみたいな――
 そんな俺の体をがしっ、と誰かが支えた、と思ったのとほぼ同時に、周囲がさっと暗転した。

 いい匂いがする。温かい飯の匂い。それも塩や香草の入った、ちゃんと味付けされた汁物の匂い――
 はっ、と目を開けて飛び起きて、真正面から出くわしたのはバコタの顔だった。石で作った簡易かまどにかけた鍋の前から、こちらをじっと見つめている。
「え、な」
「起きたか」
 言うと鍋に向き直り、玉杓子で鍋をかき回す。ぷぅん、といい匂いがこちらまで漂ってきた。
「……お前……なにしてんの」
 なにから聞けばいいのかわからずぽろりと口から出てしまった一言に、バコタは一言で答える。
「食事を作っている」
「……お前、料理とかできなかったんじゃなかったっけ」
「それは三週間前の話だ。あれから仕事の合間を縫って、勉強した」
「勉強、って……なんで」
「今のように、料理担当者が疲れたり怪我を負っていたりで料理ができない時のためだ」
「えっ」
 慌てて周囲を見回し、ナターリヤとアルノリドが揃って自分の隣に寝転がっているのを見つけた。傷には包帯が巻かれてて、薬草も使ってあるみたいだったから、すぐに治るだろうとは思う、けど――
「なんでお前が飯とか作ってんの」
「料理担当者が疲れているからだ」
「いや……っつかさ。お前……」
 なんて言っていいのかわからず、俺は頭をぼりぼりと掻く。なんつーか、バコタのこれまでの行動と、ナターリヤが疲れてるからって料理作ってやる、みたいな親切さがそぐわないっつーか、変に見えたんだけど、それを言い立てるのもなんだかな、だし。
 けどバコタは俺の言いたいことを正確に読み取ったみたいで、いつもながらの冷気を漂わせた口調で言ってきた。
「俺の今の仕事はお前に随行することだ。である以上、パーティの健康に留意するのは構成員として当然のことだ。それがパーティ全員の能力を高め、最終的に全員の命を助ける」
「…………」
「そう思ったから今のような時のため料理を勉強した。そして機会が来たから実行した。それだけだ」
「…………」
 俺はむすっ、とした顔でバコタの言い分を聞き、苛々と頭をかき回して、それから立ち上がりバコタに近寄った。
「……なんだ」
「手伝う」
 いつも通りの仏頂面のバコタに負けないくらいぶすっとした顔で言う。それにバコタは眉を寄せたけど、俺はきっぱり言ってやった。
「てめぇの勝手な都合で借り作らされんのはごめんなんだよ。お前が俺たち助けるっつーんなら、俺もそれに負けないくらいお前助けるのが筋だろーが」
 このムカつくやつに借りばっかり作らされんのなんてぜってーやだもん。こいついっつも偉そーだし、いっつも上から目線でムカつくし。
 ……そのくせ妙なとこで、親切っつーか、そーいう感じのことしてくるから。そういう奴には絶対、余計な借りなんて作りたくない。
 俺がそういう想いを込めてぎっと睨むと、バコタは眉を寄せながらも軽く肩をすくめて言った。
「好きにしろ」
「おう、してやろうじゃん」
 言って俺は鍋の前に座り込んだ。……料理の勉強なんて全然してなかったから、火の面倒見るの手伝うくらいしかできなかったけど。

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