ムオル〜アリアハン――1
「お……見てみろよ。あの煙がムオルじゃないか」
 ちょうど昼前。押し寄せてきた魔物の群れを残らず倒して息をつくや、西の方を向いたラグが目を軽く見開いてそう告げた。
「どれ……ああ、そんな感じだな。煙の元から少し離れて船が並んでいるのが見える」
「ようやくかよ……ったく、街なんて見んの何ヶ月ぶりだ? ここんとこずっと船旅だったかんな……揺れない地面に降りるのだってもう一ヶ月ぶりだしよ」
「まぁな……けどまぁしょうがないだろ、長距離を移動するには船じゃなけりゃどうしたって無理なんだから。世界中を回ろうっていうなら船を使う以外やりようがない」
「わかってるっつの。けどずーっと変わり映えのねぇ景色ばっか見てっとやっぱくさくさすんじゃねぇかよ」
「まぁ、そう愚痴るな。こうしてなんとか目的地にはたどり着けたんだ。……揺れない場所で、無事セオの誕生日を祝えるんだからな」
 にやり、と笑んでロンが言うのに、ラグもくすりと笑い「確かにな」とうなずき、フォルデも「へっ」と鼻を鳴らしつつも口元に微笑みを浮かべる。この一ヶ月何度も浮かべられ、伝えられてきた表情と感情に、セオの頭は様々な感情の昂ぶりにくらくらするほどかぁっと熱くなった。
 それでも、いつもそう主張する通り、必死に顔を上げて、懸命に言う。
「あのっ、俺の、誕生日っていうだけじゃなくて、みなさんの、誕生日と……」
「心配しなくてもわかってるよ。全員の誕生日分と、旅に出てから無事一年が過ぎたお祝い。だろ?」
 笑顔のラグにぽんぽんと頭を叩かれ、セオはほっとして「はい」と顔の表情筋を緩めた。そう、自分たちが旅に出てから、一年が過ぎようとしているのだ。

 最初にそれに気づき口にしたのは、ラグだった。精霊の泉から魔船に戻り、航海を再開した夜の、夕食の席でのことだ。
「ああ、そういえばもう三月か。あと一月でセオの十七の誕生日だな」
「っ」
「ああ、そういえばそのくらいの時期か。だが奇妙なものだな、俺としてはそれよりはるか昔から一緒に旅をしてきたような気がしているんだが」
「そっか、セオの十六の誕生日に俺ら旅に出たんだもんな。まだ一年っつーか、もう一年っつーか」
 わいわいと話し合う仲間たちの中で、セオは一人固まっていた。誕生日――どうしよう、すっかり忘れていた。意識にも上らなかった。話題にも一度も出なかったので考えることすらしなかったのだ。
 ああ本当に、自分はなんて馬鹿で、愚かで、間が抜けているのか。自分を顔を歪めて心の中で罵りつつも、それだけでは駄目だ、と首を振る。少しでも、なにかをしなければ。この人たちのためにできることをしなければ。そうでなければ、自分は本当にこの人たちになにも為せないまま終わってしまう。
 自分にそんな資格があるのか、この人たちに自分などがそんなことを言ってはこの人たちを穢してしまうのではないか、という恐怖に震える自分を必死に叱咤し、きっ、と顔を上げた。
「あ、のっ!」
「ん?」
「なんだい、セオ?」
「……んっだよ、妙な顔しやがって」
 注目され体中に痺れるような緊張が走る。だがそれでも、失敗しても言葉がぐちゃぐちゃになってしまっても、伝えなければ自分にここにいる価値はない。だから必死に口を開き、言った。
「みなさんのっ、お誕生日は、いつ、ですかっ?」
「へ?」
「誕生日……俺たちの?」
「ふむ。そんなことを聞かれるとは思っていなかったな。セオ、もしや君が祝ってくれるのか?」
 にこり、と笑顔で言われ、セオはみなぎる緊張に体中の筋肉を固まらせつつも、必死に首の筋肉を動かし、頭をうなずかせる。
「あのっ……これまで、ずっと、みなさんの誕生日のこと、気づきもしなかった、俺なんかが言っても、ご迷惑だと思い、ますけどっ……すごく、ぶしつけで、偉そうで、本当に俺なんかがそんなことをする資格ないって、思います、けどっ……」
 恐怖と緊張のあまり、ごめんなさいと今にも叫びだしそうな顎の筋肉を無理やり動かして言葉を紡ぐ。
「俺っ、みなさんの誕生日、お祝い、した、いです……」
『…………』
「……セオ」
 ラグがどこか困ったような顔で自分の名を呼ぶのを見て、瞬時に血の気が下がった。即座に床の上に土下座し、額を床に擦りつけ打ちつける。
「ごめんなさいっごめんなさいごめんなさいっ、俺なんかがこんな、偉そうに、本当にそんな資格ないってわかってるのに、俺なんかがそんなことしたって意味ないってわかってるのに、本当にごめんなさ」
「だーっ普通に話してる時にいきなり土下座だのなんだのすんじゃねぇって何度言ったらわかんだテメェはっ!」
「ごめんなさい……本当に……」
「だっから辛気くせー顔すんじゃねぇっての! 別に誕生日祝われるの嫌だのなんだのって、んなこと、別に……言ってねーだろーがよっ」
「まったくだ。むしろぜひとも祝ってほしいところだな。贈り物をくれるというならほしいものも実際いろいろと」
「てっめぇ両手わきわきさせんなっ気色悪ぃんだよっ! てめぇの考えてるよーな贈り物なんざぜってーやらねーしこいつにも贈らせねーからなっ」
「ほう。お前は俺がどんな贈り物をほしがっていると思ったんだ? ぜひとも聞かせてほしいものだな、さぁ今すぐここで大声で言ってみてもらおうか」
「こんのクソ賢者ッ……!」
「はは……けど、困ったな。セオの気持ちはすごく嬉しいんだけど……俺、誕生日らしい誕生日って持ち合わせがないからなぁ」
 その言葉に思わず目を瞬かせる。ロンもフォルデも不思議そうな顔になった。
「誕生日がないって……お前、孤児になる前は親いたんだろ? あ、そいつが誕生日教えてくれるほど親切じゃなかったとか?」
「……いや、そういうわけじゃないんだけど。俺は、ヒュダ母さんの子になるって決めた時に、昔のことは全部忘れようって決めたから。そうそう簡単に忘れられるものじゃないこともあったけど、誕生日とかそういう細かいことは実際忘れちゃったんだよ。まだ八歳やそこらだったし。あの家には子供一人一人の誕生日を祝えるほど余裕はなかったしな」
「あの人なら余裕がなくともいちいち祝ってくれそうだが。費用が負担にならないように工夫して」
「まぁ……そうだけど。俺は祝わなくていい、もう忘れた、ってきっぱり主張してたからな。ヒュダ母さんもことさら誕生日を祝おうとは言わなかったよ」
「あー、なら俺もそーだな。俺盗賊ギルドに拾われた孤児だし。年がいくつか知っとくために拾われた日は知らされてるけど、誕生日なんて上等なもんの持ち合わせはねーしな」
「それを言うなら俺こそ誕生日なぞそれらしき日の持ち合わせすらないぞ。俺が生まれた辺りでは誕生日を記録するという風習はなかったしな。数えで元旦にいっせいに年を取るというやり方だったし」
「………ごめんなさい……!」
 セオはまた深々と勢いよく頭を下げた。がづっ、と床が堅い音を立てる。
「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい、身勝手なことばっかり言って、勝手な理屈押しつけて、本当に本当に、ごめんなさい……」
「いやセオ落ち着いて、別に君が悪いわけじゃ」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……でも、俺、みなさんが嫌じゃないのなら、お誕生日、お祝い、したいです……」
「いや……あのね」
「ふむ。なら、こうしたらどうだ? これまでの一年の誕生日分、全部セオの誕生日に祝う」
『……はぁ?』
 声を揃えるラグとフォルデに、ロンは笑顔で説明した。
「これまで祝えなかった分をセオの誕生日に一気に祝ってしまうわけだ。全員の誕生日兼旅立ち一周年記念、ということで全員が全員に贈り物をしつつ派手に祝う。どうだ?」
「え……ど、どうって」
「ちょ、待てよ、俺ぁ別にんな、わざわざ祝ってほしいなんざ思って……」
「祝われるのが嫌というわけでもない、とお前はさっき言っていなかったか?」
「ぐ……そりゃ、そーだけどよ」
「よし、なら決まりだな。一ヵ月後のセオの誕生日にこの一年の全員分の誕生日を祝う。かつ、旅立ち一周年の宴席も設ける。今から贈り物をなににするかきちんと考えておけよ」
「いや、待てよロン、今俺たちがいるのは海のど真ん中なんだぞ? そんな場所で贈り物もなにも」
「心配はいらん、航海がこのまま順調に進めばセオの誕生日の数日前にはムオルに着く。パルトゥル海を航海する船の補給場所となる街の中でも有数とされるぐらいには大きな街だ。まぁ都会というほどではないが、それなりに商業は発達しているし、それにもしそこで眼鏡に適う贈り物がなければ俺たちのルーラでどこかの街へ飛べばすむことだしな。ムオルにはルーラで戻ってこれるような誘導魔法陣は設置されていないが、魔船を基点にすれば問題はないし」
「う……」
「なにか他に問題は?」
 ロンがにっこり微笑むのに、ラグは小さくため息をついてから「ないよ」と答え、フォルデは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも「……わぁったよ」とぶっきらぼうに言う。セオはやはり自分の提案のせいでラグたちに不快な思いをさせてしまったのだ、と拳を握り締めたが、そこにフォルデがぎっと自分たちを睨みつけ言ったのだ。
「言っとくけどな、妙な期待とかすんじゃねーぞ。全員分の誕生日だろーが旅立ち一周年だろーが、別に俺は気合なんざ入れねーからな」
「はい……ごめん、な」
「それからお前も気合入れまくるのやめろ。前のダーマの時の仲間記念日みてーにしょーもねー看板とか作ったらぶん殴る」
「はいっ……ごめ」
「それだったら! ……一応、きっちり、全員分、祝って、祝われてって、やってやんなくもねー」
「え……」
 フォルデの言っている内容と、耳まで真っ赤になってそっぽを向いている理由が把握できず一瞬ぽかんと口を開けると、ラグがふいにぽん、と肩を叩く。
「……セオ、心配しなくていいよ。俺たちは――俺もロンもフォルデも、ちゃんと全員、君に祝われて嬉しいって思うから」
「え」
「楽しみだね、一ヵ月後。君の誕生日の分も、ちゃんと祝ってあげるからね」
 にこり、と笑んだラグに、これはもしかして自分の提案に賛成してくれているのか、と(そんなの思い上がりじゃないか自分なんぞの言葉にそんなこと思ってくれるわけがそもそもそんな資格も、とかぐるぐる頭を回らせつつも)理解して、セオの脳味噌はそれこそ破裂しそうに熱くなった。

 そうしてセオたちは今、ムオルにやってきているのだった。季節は春になっているとはいえ、相変わらず凍えるほどに冷たい風の吹きつけるパルトゥル海のほとり、北方に夏でさえ氷の溶けないコシーニ大氷原を有するラヴィン地方の港町のひとつ、ムオルに。
 船の数に比して設備の貧弱な船着場に信号を送り、指示された通りの場所に船を止める。魔船の鍵を抜き、船を降り、港の係員に自分たちの素性と目的を告げたのち、一応念のためにロンがマヌオルーマ――大規模認識疎外の呪文で魔船に対する他者の注目を失わせてから街へと向かった。
 遠目に見たところ、ムオルはざっと人口五〜六千人ほどの街に見えた。この辺りはダーマの保護下にあると聞いているが、その中ではかなりに大きな街だろう。厳しい気候と痩せた土地、と農作業にも牧畜にも向かない土地で、よくぞここまで大きな街ができたものだ。
 船着場から歩くことしばし、街の入り口にたどり着く。予想通り、おそらくは街の人間であろう、白い肌にがっちりした体型の男がある程度の武装をして衛視のように街に入る人間を見張っていた。
 ちょうど他に街に入ってくる人間がいなかったせいだろう、その男はこちらに目を留め――大きく目を見開いた。
「ちょ、ちょっと! ちょっとあんた!」
 大きく叫んでこちらに駆け寄ってくる。まじまじとセオの額の額冠を見つめ、大声で訊ねた。
「あんた、ポカパマズ――ポカパマズじゃないか?」
「……はぁ?」
 フォルデがいかにも胡散くさげな声を出す。ラグが目を瞬かせる。ロンがちろりとこちらを見る。
 そんな三人の対応にどうしたのか、と首を傾げつつも、セオはこっくりとうなずいた。
「えと、はい、そうです、けど……」
「はぁ!?」
「そうかポカパマズ、帰ってきてくれたのか! 久しぶりだなぁポカパマズ! まさかポカパマズがこの街に戻ってきてくれるとは!」
 男はがっしとセオの手を両手でつかみ、ぶんぶんと振る。その表情はいかにも嬉しげで楽しげで、セオは正直申し訳ない気分になった。自分はそんな歓迎されるようなポカパマズではないのに。
「みんなもポカパマズが帰ってきたと知ったら喜ぶよ! とりあえず、ぜひともポポタに会っていってやってくれ! あいつポカパマズにまた会えるの、本当にすごく楽しみにしててなぁ! 今はたぶん商店街の奥の、商工会議所にいると思うから!」
「あ……はい。俺に大したことができるかどうかはわかりませんけど」
「なにを言うんだお前はこんなにポカパマズなのに! そうだ、鐘を鳴らさなきゃな。街中の奴らにポカパマズが帰ってきたと知らせなきゃあ!」
「おい、おっさんちょっと待」
「じゃあな! 商店街は街に入った大通りをまっすぐ行った脇にあるから!」
 言うやだっと男は走りだし、街の入り口の脇に建てられていた物見塔に登っていく。そのてっぺんにそれなりの大きさの鐘が据えられているのを見て取り、セオは仲間たちの方を振り向いた。
「どうしましょう、か? 先に宿を、探します? それとも、ポポタさんに会いに行った方が」
「いいから待てっつーのっ!」
 目を吊り上げて叫んだフォルデにきょとんと首を傾げると、フォルデは睨むような顔をこちらに近づけながら、囁き声で訊ねてきた。
「なんだってんだよ、ポカパマズって。んな素っ頓狂な名前に心当たりあんのか。心当たりっつーより、お前すげー普通に馴染んで話してたよな。ポポタだのなんだのって妙な名前も当たり前みてーに聞いてたし。なに考えてやがんだ、とっとと白状しろ」
 思ってもみなかった言葉に、セオは思わずぱちぱちと目を瞬かせる。フォルデは一瞬うぐっと言葉に詰まったような顔をしたが、睨むような視線は変えずに間近から自分を見つめる。
「あの……ご存知じゃ、ない、ですか?」
「なにがだよっ」
「この地方での、有名なわらべ歌なんですけど……『ポカパマズは剣とって』っていう」
「……はぁ?」
「二人とも、とりあえず歩きながら話さないか? 人が集まってきたら面倒だ」
 ラグの冷静な言葉に、フォルデが渋い顔をしつつもうなずいたのを確認してから、セオもこくりとうなずいた。

「……つまり昔からここらに伝わるそのわらべ歌のせいで、ここら辺じゃ勇者は『ポカパマズ』って呼び方されてて」
「はい」
「ここらの人間の気質も相まって、まるで友達だか親戚だかがやってきたみたいに馴れ馴れしく扱われる、っつーことだな?」
「えと……あの、はい」
 馴れ馴れしく、と言い切ってしまうのはこの近辺の人たちに失礼なのではないか、と思ったが、そういうことにしておいた方がフォルデにとって理解するのに手間がかからないだろう、とセオはうなずいた。
 ムオルの大通り。それなりに人通りも多く、荷車やら荷を担いだ人やらがしょっちゅう行き過ぎるこの通りを、しょっちゅう(おそらくは街の人々に)声をかけられながら歩きつつの説明だったせいか、フォルデはひどく不機嫌な顔をしている。なにか説明に至らないところがあっただろうか、と心臓を早鐘のように打たせつつ(これ以上仲間たちに迷惑をかけたくはない)、フォルデの表情をちらり、ちらりとうかがった。
「……んっだそりゃ、意味わかんねーよ。ここら出身の勇者がいて、その勇者がわらべ歌にもされてるくらいすげー有名で、そいつの名前がポカパマズだから勇者をポカパマズって呼ぶっつーのは一応納得してやってもいいけどよ」
「はい……」
「けどなんで勇者ってだけで知り合いでもなんでもねー奴らにポカパマズ呼ばわりされなきゃなんねーんだよ。見ず知らずの人間に内輪だけで通用する呼び方でなんて呼ばねーだろ。つか、『帰ってきたのか』だの『久しぶりだね』だの、会ったこともねー奴らに言われたかねーってんだよ!」
「えと、それは、あの」
「そいつはアッサラームの商人の『わたしのともだち』と同じようなもんだな」
 自分たちの後ろを歩いていたロンが、悠々とした口調で声をかけてくる。
「……んだ、そりゃ」
「ここら辺の気候は厳しいし、冬になれば魚を捕ることもろくにできない日々が続く。つまり生きるためにはやってきた旅人にありったけ金を落としていってもらうしかないわけだ。だからここらの人間はよそ者に対して、最初は馴れ馴れしいくらい親しげに声をかけ、歓待し世話を焼く。その見返りとして食料やら道具やらを高値で売りつけたり、歓待のお返しとして贈り物を求めたりするわけだ」
「んだ、そりゃ。要は押し売り商法じゃねぇか」
 険しい顔で吐き捨てるフォルデに、ロンはあっさりとうなずいてみせた。
「その通り。誘導魔法陣を作らないのも、ルーラやらキメラの翼やらで他の街と行き来ができるようになったら商売がやりにくくなるからって話もあるくらいでな。ここらの人間はそれなりにしたたかで厚顔だ」
「……クソが」
「で、勇者というのはまさにここの人間にとってはカモ筆頭なわけだな。人助けのためならなんでもやってくれる勇者を全力で歓待すれば、その分の見返りが数倍になって帰ってくる、と。まぁ有名なわらべ歌から生まれた思い込みも入ってるんだろうが」
「くっだらねぇ……んなしょーもねぇ商売につきあってられっか」
「だが実際、最初は親切にしてくれるのは確かだ。押し売り気味ではあるがな。嫌だというならならせいぜい歓待してもらったあとにとっとと逃げ出せばいい。したたかといってもアッサラームの連中ほどなりふりかまわないわけじゃない、どうとでもやりようはあるさ」
「そーいう問題じゃねぇ」
「まぁ、落ち着け、フォルデ。言っとくが、なんの見返りも求めず普通に親切にできるような人間がごろごろいる土地なんて、世界中でもほとんどいないと思うぞ?」
「だから別に親切にしてもらいたくなんざねぇっつってんだよ」
 小声で話し合っている間にも、行き会う街の人々からは「ようポカパマズ! 久しぶりだな!」「ポカパマズ、帰ってきたんだね! 今度あたしの家で夕食をご馳走してあげるよ!」と様々な声がかけられる。その親しみに溢れた声にひどく申し訳ない気分になって頭を下げながらも、セオは内心少しばかり首を傾げていた。
 ラヴィン地方では勇者はポカパマズと呼ばれ古くからの友のように歓待される、というのは知られた話だが、それを踏まえた上でも少しばかり妙な気がするのも確かだった。人々のかける声と表情が、本当に親しい友人であるかのように距離が近い。
 積極的に交流を進めようという意図があるのはもちろんなのだろうが、声をかける人々に戸惑いがなさすぎる気がする。普通勇者という力を持ったとされているよそ者が現れた場合は、もう少し警戒するような気がするのだが。まぁ、だからこそさっさと味方に引き入れよう、という考えもあるのだろうが。
「で……さっきのポポタってのはなんなんだよ。ポカパマズと似たような名前だけどよ」
「ポポタというのはさっきのわらべ歌に出てきた登場人物の名前でな。『勇者に憧れて勇者を目指すものの、ドジばかりして他人に迷惑をかける愚か者』を指していう。まぁつまり、そんな名を冠されるほど度外れて勇者に憧れてる奴がいるんだろうな。まぁ、おそらくは街の有力者の息子とかなんだろうが」
「んっでんなことわかんだよ」
「そうでなければここまでいろんな人間に『ポポタに会っていけ』と勧められはしないと思うぞ。この街は街中の人間が全員知り合いっていうほど小さな街じゃないんだから」
「……けっ、バッカバカしい。たかが勇者に憧れてんじゃねーっての。それでも憧れるってんなら自分のケツは自分で拭けるようになっときやがれってんだよ」
 などと話しながら進んでいくうちに、強大な建物が見えてきた。いや、建物というのは正確ではない。いくつもの店が寄り集まり、そこから石造りの屋根を伸ばして、ひとつの巨大な穹窿建築を成している。陽の光が屋根を透かして差してくる中で、いくつもの店がそれなりににぎやかに商売を行っているのが店口から(まだ空気が冷たいのでどこもきちんと店の扉を閉めているので)伝わってきた。
「でけぇ建物だな……んだこれ、誰がこんなもんこんなとこに作ったんだ」
「勇者ポカパマズがダーマの賢者に依頼して作ったものだそうだぞ。この辺りはずっと木造建築だったんだが、五百年ほど前に勇者ポカパマズが誕生したせいで、外からの文化が一気に流入してきたんだな。ロマリア建築やらエジンベアの鉄鋼技術やら、いろんな文化が入ってきてここらの気候に合わせて変化していった。競争相手が手近にいないんで最先端の技術というほどのものがあるわけじゃないが、ここらの職人と技術はそれなりに水準が高い」
「よくご存知、なんですね。すごい、ですっ」
「いや、ここに来る前に賢者の力でちょいと調べただけさ」
「おお、あんたはポカパマズじゃないかい! よく戻ってきたねぇ、ポポタが待ってるよ!」
「ポカパマズじゃないか! いや、こいつはぜひともポポタに会ってもらわなきゃなんねぇな。あいつずっと約束だって頑固に言い張ってたからなぁ!」
 喋りながら商店街の入り口で立っているだけで次々かけられる声にフォルデたちは渋い顔になったが、セオは思わず小さく目を見開いてしまった。約束? 誰と、誰の?
「あ、の……」
「まぁま、ポカパマズ。とりあえずポポタに会ってやってくれよ! ぜひとも! 頼むから! あいつあんたに会えるの、すごく楽しみにしてたんだぜ! そこに長老もいるからな!」
「え、と……はい」
 どうしてこの人たちはこんなにポポタと呼ばれる相手に自分たちを会わせたいのだろう、とセオはまた首を傾げる。長老――ここら辺は事実上ダーマの統治下だから町民たちの中の相談役のようなものなのだろうが、その人に会わせたいにしても少し不自然なような。少しばかり瞳が血走っていたり、笑顔を作ってはいるけれど表情がおそろしく真剣だったりと、妙に鬼気迫るものを感じる。
「……とりあえず、そのポポタさんとやらに会いに行ってみるかい?」
「ろくなことになりそうな気ぃしねぇけどな」
「まぁ、厄介事がありそうな雰囲気はあるが、冒険者にとって厄介事は飯の種だ、なにかあるならその時はその時さ」
「まぁな……」
「……ま、いーけどよ」
 とりあえず揃って商店街の奥に向かう。商工会議所というのは看板が出ているのですぐにわかった。ノックをして数秒待ち、返事がないのでさらに数度ノックをする。と、フォルデがふいに訝しげな声で言った。
「なんか知んねーけど……こん中妙に騒がしいぜ。それこそ刃傷沙汰でもあったんじゃねーのってくらい。客の相手してる余裕ないんじゃねーの?」
「っ」
「どうする」
「突入しましょう。フォルデさん、鍵を」
「よっしゃ」
「いや、待て、俺がアバカムで開けよう。そっちの方が早いし、こういう時じゃないと使わん呪文なんだ、一度くらい試してみたい」
「ちっ……とっととやれよ」
「言われるまでも。……我、以魔理、解封印=v
 素早く呪文を唱えてこん、と扉を押す――や、ぎいっと音を立てて扉は開く。同時に、中の凄まじい大騒ぎも聞こえてきた。
「二階か」
「俺はここで後詰めに。頼んだぞ」
「おうっ」
 短く言葉を交わして騒ぎの中心点へと走る。本当に刃傷沙汰でも起きているのではないかというくらいの騒ぎだった。女性の悲鳴、子供の叫び声、男の、老人の怒鳴り声、そして物がひっくり返され壊される音が何度も響く。
 だんっ、と床を蹴り全速力で二階へと走る。階段は入り口のすぐ目の前にあった。ぎぎぎぎぎっ、と木でできた階段を軋ませながら、騒ぎの中心点へと向かう――
「うるさいばかやろう俺は絶対に勇者になるんだーっ!」
 と、階段を上りきったとたん凄まじい勢いで突進してきた小さな生き物を、セオはばっと受け止めた。正確には持っていた武器を叩き落し、首根っこをつかみ、足の甲を軽く踏んで完全に動きを封じ勢いを止めて拘束した。
 騒ぎを起こしていた張本人であるらしいその小さな生き物は、きょとんとした顔でセオを見上げた。自分より頭ひとつ以上は確実に小さい。せいぜいが胸のところまでしか頭がこない。この辺りには珍しい褐色の肌、こげ茶の髪。けれど自分を見上げる瞳は驚くほど澄んだ翠玉の色をしていた。
 反応をうかがうべくじっ、とその瞳を見つめ返す。するとその少年は(顔立ちと骨格でわかった)カッと顔を赤くして、すさまじい勢いで暴れ始めた。
「放せっ、放せよっ、こんちくしょうっ、ぶっ倒すぞっ」
「…………」
 セオは無言でその少年を見つめつつ、暴れる手足を押さえ込んだ。ロンが武闘家だった時に何度も教わった、抵抗する人間を傷つけないように抑え込む捕縛術は今でもきっちり体が覚えている。
 表情を観察したかったので向かい合いながらになった分少々手間がかかったが、それでもさして時間も経たないうちに少年は息を切らして抵抗をやめた。だがそれでもその翠の瞳はきっと反抗する意欲満々でこちらを睨め上げている。
 そういう状況になってから、セオはは、と気づいた。騒ぎの原因になっているものを反射的に捕えてしまったけれど、この騒ぎがそもそもどういう性質のものかも知らないうちに相手をまるで罪人のように拘束するのは失礼なことではないだろうか。
「あのっ、ごめんなさいっ、俺は」
 と、力を緩めたとたん少年の足が振り上げられ鼠蹊部を狙い蹴り上げてきた。反射的にそれを手で防ぎ、軽く軸足を払って地面に倒し、片足を腕で抱え、手首の骨の固い部分を少年の足首の腱に垂直に当てるようにしつつ、ぐるりと反転してうつぶせの形になる(少年もうつぶせになっている)。これもロンに教わった足首の腱を痛めつける関節技だが、反射的に極めてしまってから「いでででででーっ!」と少年が叫ぶのにはっとして、慌てて技を解いた。
「ご、ごめんなさいっ、あのっ」
 そして素早く立ち上がり少年に向き直るが、少年は片足を引きずりながらも「このやろうっ!」と叫びながら殴りかかってきた。困惑しつつも、手をつかんで背後に回りつつもう一方の手で肘をつかみ、手首、肘、肩を同時に極める。
「いっでええぇえぇっ!」
「あのっ、ごめんなさい、あの」
「いいから一回落としてしまえ、セオ。そっちの方が話が早そうだ」
「え、あの、でも」
「……んっだこのガキ。なに考えてんだ、プロの冒険者に殴りかかるってよ」
「冒険者というか、勇者のパーティと言った方が正確じゃないか?」
「え……っ、勇者っ!!?」
 その言葉を聞いたとたんに勢いよく暴れだし、しっかり極めた関節技を外せず「いででででで!」と叫びつつも、少年は必死の声を絞り出してセオに言う。
「なぁっ、にーちゃんっ、あんたポカパマズなのかっ!?」
「え、えと、はい、そうですけど……?」
「じゃあじゃあっ! 頼むよっ、にーちゃんっ!」
 力を緩めた隙に、ばっと関節技から抜け出して、セオに向き合うや深々と頭を下げ。
「俺を、勇者の旅に一緒に、連れてってくれ、じゃなくて、くださいっ!」
『………………』
「……え?」
 自分の声は、我ながらかなり間が抜けて聞こえた。

 とりあえずお互いの素性を名乗り、部屋を片付け、改めて向き合う席を作った時には、ここを訪れた時からそれなりの時間が経っていた。部屋の中にいた老年と中年の男が少年を挟んで座り、自分たちはその向かい側に座る。同様に部屋の中にいた中年女性は給仕役に回った。
「さ、お茶ですわ。たっぷり召し上がってくださいな。ようやくポカパマズが約束を守って帰ってきてくれたんですもの、秘蔵のお茶くらいお出ししないとねぇ」
「はぁ……」
「いただきます。……いい香りだ。これはバハラタ産の茶葉ですね?」
「ええそうですよ、以前に船でやってきた人から買ったとっておきなんです。あ、お茶菓子はこの前のお祭で作った糖蜜菓子なんですよ、他のものがよろしければ」
「お茶は別にいーからよ、さっさと話進めようぜ。そこのガキが、街の連中が言ってたポポタってのなのか?」
 フォルデに指差され、少年――ポポタはむっと唇を尖らせた。
「ガキじゃねーよっ!」
「ガキだろーが、どっから見ても。実力差も考えず殴りかかってくるあたり、頭の中までしっかりガキみてーだしな」
「なんだとぉっ。ガキっつー方がガキなんだぞっ、お前だってガキじゃんかっ、言葉づかいガキっぽいし、背だってあんま高くねーしっ」
「……んだと? このガキ、大目に見てやってりゃ調子に乗りやがって」
「へーだ、ガーキガキー、クソチビガキー」
「んっのっ……!」
 がづん。長老だという老人と町長――町民たちの代表役であるという中年の男とが揃ってポポタに拳を落とし、ポポタは「いってぇぇっ!」と叫んで頭を押さえた。
「お前はっ、本当になんというポポタなのだっ! 帰ってきてくれたポカパマズとお話をしようというのに、黙って座っていることもできんのかっ」
「っつぅ……だってさっ、俺のことだろっ、俺が一番話さなきゃ駄目じゃんかよっ、じーちゃんっ」
 きっと長老を見上げる瞳には、物怖じするところが微塵もない。珍しい子だな、とセオは内心目を瞬かせた。この年頃の子供は、年長者に叱られれば、拗ねるなり謝るなり、とにかく腰が引けがちになることが多い。だがこの子は自分の正しさを微塵も疑っていない顔で真正面からぶつかっていく。少しフォルデに似ているかもしれない、と思ってからいや自分などがそんなことを思うなんて、と打ち消す。
「……失礼しました。いや、本当に申し訳ない。この子はまったくしょうのないポポタで」
「はぁ……」
 名詞を形容詞化することの文法的な正誤について思考を巡らしつつも、セオは小首を傾げる。隣から、フォルデが顔をしかめつつ言葉を返した。
「つかよ。まず聞きてーんだけどよ。街の奴らポポタに会えだのなんだの言ってたけど、なんでそのガキと俺らが関係あんだよ。そりゃこいつは勇者だけどよ、それとガキと会うのとは全然関係ねーだろ」
「いやいや、なにをおっしゃるポカパマズのお仲間の方が。我らが故郷に戻ってくださったポカパマズを、我らが歓待するのは当然。ポポタと会っていただくのも当然のことですとも。まぁ、特にあなたさまは、約束もあるわけですしな」
「だっから約束もクソも俺らは別にここに以前来たわけでもなんでもねーのに勝手に押しつけんなっつの! なし崩しのうちに話進めようったってそーはいかねーかんなっ」
「なし崩しだなどと、そんな……ただ、我らは以前の通り我らと共に親しく笑い語らっていただきたいだけなのですよ。我が懐かしきポカパマズと、その仲間の方々に。ポカパマズはみなそうですが、あなたは特に以前やってきたポカパマズとの約束もあるわけですしな」
「だっからその約束って……」
「ご老体。お聞きしたいのだが、その『以前やってきた』ポカパマズの出身地はどこだ?」
「え」
 ロンが唐突に口を開き言った言葉に、長老は我が意を得たり、という感じの笑みを浮かべ、深々とうなずいて答える。
「もちろん、アリアハンですとも。あの方はアリアハンの誇る偉大なポカパマズであるとお聞きしています。そしてアリアハンでの名は……そう、確かオルテガとおっしゃっていましたぞ」
『…………』
「………そう、ですか」
 数瞬の沈黙ののち、セオが小さくうなずいてそう答えると、ポポタは目を輝かせてこちらを見た。
「もしかしてにーちゃん、あのポカパマズのおじさんのこと、知ってるのかっ?」
「……はい。ある、程度は」
「すげぇすげぇっ! なぁなぁにーちゃんっ、あんたあのポカパマズのおじさんと、どういう関係なんだっ?」
「おいクソガキ、なんでてめぇにんなこと言わなきゃ」
「あんたみてーなチビガキには聞いてねーもんっ! なぁっにーちゃんっ!」
 きらきらと期待に輝く瞳で見つめられ、セオは静かに答えた。
「勇者オルテガは、俺の父親に当たる人です」
「うわぁ……! じゃあにーちゃんは、オルテガのおじさんの、息子!?」
「……ええ」
「うわぁっ……! いーないーなぁっ、俺もオルテガのおじさんの息子に生まれたかったーっ! そしたらぜってー子供の頃から毎日稽古とかつけてもらったのにっ」
「子供の頃からもなにも、お前まだガキじゃねーかよ」
「うっさいなぁ、俺はもう十一だぞっ。自分の面倒は自分で見れる年なんだっ」
「てめーのどこらへんが自分の面倒自分で見れてんだよっ」
「うぐ……も、もう食器自分で片付けられるもんっ。洗濯とか、芋の皮剥きもできるしっ」
「阿呆かてめーはそれのどのへんが面倒見れてることになんだよっ」
「うぐぐぅっ」
「へっ、身の程知らずのバカガキが」
「フォルデ、お前な、十一の子供相手にそんなにムキにならなくても……ちょっと大人げないぞ」
「なっ……べ、別に俺はなぁっ」
「へーだ、言われてやんの、大人げねーってーっ。やっぱガキだなーっ、ガーキガキ、ちっこくて大人げないバカガキーっ」
「こ……んのクソガキぃっ……!」
「あの」
 セオが静かに口を開くと、にぎやかだった場は一気にしんと静まった。それを申し訳なく思いながらも、淡々とした声で訊ねる。
「……もしかして約束というのは、勇者オルテガとのものですか?」
 じっとこちらを見つめていたポポタは瞳を輝かせて、こくこくと嬉しげにうなずいた。
「うんっ! 今度来た時は、旅に一緒に連れていってくれるって言ったんだ!」
『…………』
 喜び、期待、希望。そんなものをたっぷり詰め込んだポポタの言葉に、セオは沈黙した。
「……で。あなた方の主張としては、こういうことか? 以前ここにやってきた勇者オルテガがあなた方とした約束を、その息子であり勇者であるセオは果たすべきである。だからその少年を一緒に旅に連れていくべきである、と?」
『まさか!』
 長老も、町長も、給仕役の女性もそろって勢いよく首を振る。
「ただ、ポカパマズとしてこのポポタに身の程を教えてやってほしいのです。お前は勇者などではない、勇者などにはなれない、無力な子供にしかすぎないのだと」
「この子は本当に……スーから流れてきたしばらくうちで世話をしていた旅人の産んだ子で、その旅人が産後の肥立ちが悪く逝ってしまったのでうちで面倒を見ているのですけれど、腕白で……悪いことをするというのではないのですけれど、『強くなる!』などと言って街の外にこっそり出かけて、ぼろぼろになって帰ってきたり」
「街の中では街の中で、無駄に騒動を起こすというか……ダーマからのお役人に少しばかり鼻薬を利かせたり、奉公人に少しばかり辛く当たったり、そんなごく当たり前のささいなことを悪事だと決めつけてそういったことをする人間に喧嘩を売ったり」
「まったく、本当にどうしようもないポポタで。誰かポカパマズに帰ってきていただいて言い聞かせてもらえぬかと思っていたところ、ダーマの方よりあなた……オルテガの息子、セオ・レイリンバートルの噂を聞きまして。この辺りにやってきた時にぜひかつてここに来たポカパマズの約束――責任を果たしていただこう、とあちらこちらに話を通しておりましたのです」
「それがここに直接帰ってきてくださるなど、これぞまさに天の配剤。あなた方にしても堕ちた@E者になりかねぬ者、などという不名誉な噂を払拭する機会で――」
「なに馬鹿なこと言ってんだよっ!」
 そう叫んで立ち上がったのは、長老と町長に挟まれて話題の焦点となっていた少年――ポポタだった。ぎっ、と怒りに燃える瞳を二人に向け、大声で怒鳴る。
「おちた勇者がどうとか、このにーちゃんはそんなんじゃねーって話してみりゃわかるだろっ! それを利用するみたいなこと、偉そうに言うなっ! そんなの、間違ってるっ!」
「これ! 話の途中に……」
「まったくお前は、本当にポポタだな。大人同士の話し合いに口を挟むんじゃない!」
「そうですよ。まったく……こんなことを言いたくはないけれど、あなたはお父さんに養われている身でしょう? そんな偉そうなことを言って、失礼だとは思わないの?」
「……っ、だったらとっとと旅に出てやるよっ! 自分の面倒は自分で見るっ。俺はポポタじゃなくて、本当に本当に、勇者になってやるんだからなっ!!」
 ぎっ! と大人たちを睨みつけ、床を踏み鳴らし大声で喚き、少年はだっと部屋の外へと走り出ていく。セオは、それをぽかんとしながら見つめた。彼の瞳と、体中から発散する感情の激しさに、いってみれば気圧されたような気分になっていたのだ。
 セオはおろおろと周囲を見やる。ラグは無言で肩をすくめ、ロンはちろりと長老たちを見やり、フォルデは顔をしかめて黙り込んでいる。長老たちはそれぞれに沈痛な面持ちでため息をついていた。
 ――自分などが反応していいことではないのかもしれない。そもそも自分にそんな資格はない。自分は何百何千、何万という命を奪ってきた。そしてこれからもまた奪うだろう。ただ仲間たちに生きていてほしいという、身勝手極まりない感情のもとに。
 いわばそれは、世界よりも仲間を選んだということだ。自分のずっと全身全霊で忌避してきた、存在の選別を行ったということだ。だから自分などに反応するような資格はない。
 全身全霊で、そう思うのに。
「……すい、ません。俺、彼を、追ってきます」
「へ」
「ちょ、セオ!?」
 何様だと思ってるんだ偉そうに、とか話の途中で中座するなんてなんて無礼な自分はそんなことができるほど偉い人間じゃ、とかそもそも彼を追う資格もなければ追ったところでなにかできるわけでもない、自分のやっていることは醜悪極まりない身勝手な自己満足というのも生温い偽善の押しつけだ、と頭の中で何重にも大声で自分を罵りつつも。
 セオの体は立ち上がり、走り出し、全速力であの少年を追っていた。――本当に、追ったところで、自分などになにができるわけでも、なにかをする資格もないと、全身が焼けただれるように痛むほど思うのに。

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