ラーミア〜竜の女王〜バラモス――2
「おっ……おま……喋れんのかっ!? なんでずっと黙りこくって、っつーか人の言葉が話せねぇ鳥のふりしてやがったんだっ!」
『人の言葉が喋れる……というか、心話をしているだけだけれどね。それができるのは当たり前だろう、私は精霊神ルビスの翼たるべき鳥だよ? 神と意志を通じ合わせることができるのに、人と通じ合わせることができないわけがない。そして、人の言葉が理解できないふりをしていた理由は単純。その方が、君たちを見極めやすいと思ったからさ』
「見極め……?」
 ラーミアはまたくるっく、と喉の奥で鳴いて、こちらに向けて礼をするかのように身をわずかに沈めてみせる。
『勇者セオ、勇者レウ、戦士ラグ、賢者ロン、盗賊フォルデ。私ラーミアは、かつてこの世界を去ろうとする精霊神ルビスさまに、あえてこの世界に残ることを告げた霊鳥にして神鳥だ。古代帝国の救われるべき民人のため、新天地を創造なされようとしたルビスさまの行いをこの上なく眩しく思いながらも、『この世界に残された者』の行く末がどうしても気にかかる、と言い張り、『いずれルビスさまの新天地へ向かわんとする者が現れた時に、世界と世界を繋ぐ』というお題目のために、この世の誰より尊崇するお方と離れ離れになった、愚かな神使だ』
「世界と、世界を……?」
『むろん、この世界に残る以上、この世界の神々に、私の封印を弄り回されることは理解していたが、それでも私は残るべきだと思った。この世界はルビスさまの生まれた地、あの方の愛したお方が生まれ、そして亡くなられた世界だ。そんな場所と完全に縁が切れてしまうのは、私にとってはあまりに、寂しいことのように思えたのだよ』
「あ、愛した、お方ぁ!?」
「待て、ちょっと黙ってろ、とりあえず最後まで聞け、フォルデ」
『竜の女王とも幾度も話し合ったものだ。彼女はルビスさまからこの世界を託されたとはいえ、いかに真なる竜種であろうとも、数多の神々が策謀を蠢かせているこの世界で、人々の、あるいは獣の、樹々の、竜の、そして心を有した魔物たちの、命を守り、そして同時に世界の安寧をも保つ、などという離れ業がそうそうできようはずもない。ルビスさまは彼女にそんなことをさせたかったわけではない。ルビスさまは、ご自身を心より慕い、そして同時にご自身同様、この世界で連れ添った相手を亡くした者として、祝福を授けたのだ。『思い出だけに浸らず、この世界のことを見つめて、そしていずれ新たな生き甲斐を見つけなさい』と。――言葉に従い、世界を見つめ続けた竜の女王が、世界を護るという仕事に、勇者ならぬ身で生き甲斐を感じ、その身が擦り切れるまで力を尽くしてしまうことなど、予想だにしておられなかったことだろうよ』
「……ルビスさまって、もしかしてけっこううっかり?」
「レウ!」
 それこそうっかり、ぽろりと、という感じにレウが口から漏らしてしまった言葉にもラーミアは動じず、むしろ笑うようにまた喉の奥でくるっく、と鳴いた。
『まぁ、全知全能、というわけではなかったのは確かだな。神としても極めて高い、まさに極限というべき御力を有してはおられたが、命を少しでも救うために、被害を少しでも少なくするために、時には天界のほとんどを敵に回してでも走り回っておられた御方だった。だから当然、自分の力の足りなさに、心の足りなさに、落ち込まれたこともしょっちゅうであったよ。そしてそれでも足を止めてしまうことはせず、顔を上げて、新たに生まれた問題の中で、少しでも命を救おうと駆け出すことをやめなかった御方であったな』
「そんな……ことを。なぜ、そこまで、ルビスさまは、自分の身を犠牲に……?」
『…………』
 ちろり、と自分の顔に何人かの仲間たちから視線が投げかけられたが、その理由を問う前に、ラーミアから返事が発された。
『あの御方が愛した方が、勇者だったからさ』
『――――!』
『ルビスさまはかつて、炎の精霊であられた。そして、大地の精霊と人間の間に生まれた少年に、恋をなされたのさ。その頃はまだ、精霊たちは遥かなるイデーン――精霊たちの国と呼ぶのがわかりやすいかな、に住んでいた。そこに迷い込んできた人間の娘に恋をした、大地の精霊の一族の次期当主だった男の息子。彼はふとしたきっかけで、炎の精霊の一族の次期当主であられたルビスさまと縁を結び、互いに愛し合うようになった。そしてルビスさまは自身の地位を捨て、身分を捨て、出奔してその男の元へと嫁いだ――よくある恋物語の筋書きのようではある。その男が、勇者であることをのぞけばね』
「……精霊、ってのの中にも、勇者って現れるもんなのか」
『勇者は種族、境遇、性別、因縁、ありとあらゆるものに関わりなく、ただ世界を背負う気概を持つ者、世界を背負えてしまう者にのみ発現する資格だ。……まぁ、偉そうなことを言ってはいるが、私もこれまでに見てきた勇者たちの姿から類推して、『おそらくそうだろう』と考えているだけなのだけどね。それに、世界を背負わんとする心根を有するということは、すなわち今現在の世界が救われていない、と考えているということ。なので、人間の子として世に生まれ出でるのが、圧倒的多数ではある』
「…………」
「それで……その男の元に嫁いだルビスさまは、どうしたんですか?」
『世界を巡った。一人の男と、一人の女として。困窮した者を助け、弱者を害さんとする者を倒し、世界の歪みを正して、この世を幸福で満たすべく全力を尽くした。そしてついには、崩壊するイデーンから精霊たちを救い、イデーンの歪みを凝集させられた哀れな精霊のなれの果てを倒し――世界を、救ってみせたのだ。勇者と、それに付き添う女として』
「………なるほど。そういうことか」
「へっ? な、なにが?」
「精霊神ルビスが他の神々より群を抜いて強い力を持つ理由さ。なぜそこまで強い力を持つことができたのか? 簡単だ、神上がる前から群を抜いて強い力を持っていたからだ。つまり、勇者の仲間≠ニして、勇者と共にレベル上げを行っていたから」
「あ―――!」
「自分以外を仲間にできる勇者だった、その大地の精霊と人間の混血だったという少年。彼が勇者として、炎の精霊だったルビスと幾多の冒険をくり返して、レベルを上げたがゆえに。普通の存在ではとても到達できないほど、人でなしの部類に入るほどに強い存在であったがゆえに、神となっても強い力を持ち続けていた。これなら話の筋が通る」
「えっ……や、そりゃ、そうだけどよ。そうなんだろうと思うけど……なんつーか……あれだ。そいつらは……」
「? なに言いてーの? さすがにそれだけじゃさっぱしわかんねーよ?」
「だからな、なんつーか……がーっ! なんでもっ……」
『その勇者である半精霊の少年と、ルビスさまは、長い時間を幸せに過ごされたよ。もちろん、イデーンの崩壊からもいくつも試練は立ちはだかったが……勇者としての資格により築き上げた、理不尽に抗する力によって、そのことごとくを討ち果たされた。物語のごとく言うならば、まさに『王子さまとお姫さまはそれから末永く幸せに暮らしました』としか言いようのない時間を過ごされたと言っていい。……だが、現実の人生は物語とは違う。永遠ではないのだよ。たとえどんなに仲睦まじい夫婦でも、いつかはどちらか一人が先に旅立つ定めなのだ』
「あ―――」
『それには、半精霊の勇者が、人間の血が混じっているがゆえに、寿命が人間と同程度しかなかったという事実もそれなりに関係しているだろう。対してルビスさまは炎の精霊の純血種、そして一族の次期当主だったお方だ。寿命も、老化の遅さも、人間とは比べ物にならなかった。おそらくルビスさまにとってみれば、愛する人とまだ少女を脱してもいないうちに死に別れた、というのと、さして変わりはなかったのだろうよ』
「……………」
『それでも、あのお二人の人生は幸せに満ち、死に別れすらも不幸な別れではなかったのだろうと思う。御子には恵まれなかったが……逆に、だからこそ、と言うべきなのかもしれぬな。ルビスさまは、愛する者の祈りと願いを受け継ぐことを誓われた。勇者ならぬ身でありながら、勇者の伴侶として身に着けた力によって、命ある限り未来永劫、世界を救い続けると誓われたのだよ』
「それは……本当に、大丈夫だったんですか? 勇者たちにとってすら、世界を救い続けるのは並大抵の難事じゃないはずだ。年を取るごとに気力が衰え、勇者としての力を、気概を失ってしまう人だっている。それなのに、勇者の仲間でしかない身で勇者の真似をし続けるっていうのは……」
『無理がある、と私も思った。おやめください、と進言もした。だが、あの方は……今では精霊の身にとってすら生まれ変わりに至るほどの、永の年月を神上がることで生き続けながらも、いまだ……私に別れを告げられた際も、そしておそらくは今この時においてすら……御心は少女のままなのだよ。半精霊の少年に胸をときめかせ、その少年になにもかもを投げ捨てて嫁いだ時の、幼く無謀で、炎のように燃え上がっている少女の恋を、胸に抱き続けたままなのだ』
「…………」
「それ……って、なんか……なんつーか……」
「……普通の女性なら、まずありえない心の在りようだな。精霊っていうのは、そういうものなのか?」
『それも無関係ではなかっただろうが、それよりも私はあの方の特質ではないか、という気がする。勇者が世界を背負う者ならば、あの方は勇者のために世界を背負うほどの恋を胸に抱かれた少女なのだ。それこそがあの御方の魂の在りよう。世界開闢の頃より生き続ける神々すらも上回るほどの、独力で世界すら形作るほどの力を有する神として在ることができた原動力も、あの御方の恋心。それほどの強さで恋ができる、それがあの御方の勇者にすら勝る特質であるように私には思える』
「…………」
『……だが、君たちも知っていることだろうが、この世界の神はそういう方々ばかりではない。むしろ、ルビスさまのような御方は異端中の異端だ。むしろ、自身の我欲のために……自身が永劫に『自らは世界を治めし神である』という優越感を抱き続けんと欲するがために……この世界の『永劫に神としての務めを果たし続ける』という選定に引っかかり、神上がった輩が大半だ』
「それは……まぁ、知ってるけどよ」
「サヴァンが言ってたもんな、サマンオサで」
『そう。だから世界をいかに動かし、いかに安寧を保つか、という方針を合議する際には、幾度となく足を引っ張られたとルビスさまはおっしゃっていた。彼らは人の、あるいは妖精の、精霊の、あるいは獣の、植物の、命を少しでも安んじようという考えがそもそもない。自分たちの都合でどうとでも扱っていいものと考えている。どれだけ苦しみ悶えようと、神の都合に比すればそのようなことは些末事であろうと。自分たちには関係のないことだ、と。そのような輩を、ルビスさまがどれだけ厭い、嫌っていたかは、くだくだしく言うにも及ぶまい』
「…………」
『むろん、すべての神々がそうではなかったが、そうではない神々も、ルビスさまの目から見れば決してそのありようを素直に肯うことはできぬ者が大半だった。自分の議長という職分をまっとうすることで、自分の安寧を護らんとする者。知識の収集と保全と継承という自分の興味があることのみに専心し、それ以外のことは些事として無視しようとする者。かつての自分の同胞たちの安寧のみを意識し、それ以外は自分には無関係であるとみなす者。そのような輩を、この世界の管理者として、素直に仰ぐことのできる者は少なかろうね』
「うん、それは、そうだろうな……」
『天界の実情を、下界に生きる者の中で詳しく知る者はごくわずか。最高位の賢者であろうとも、天界の内実をまともに知っている者はまずおるまい。かつてルビスさまがこの世界にいらした頃、天を翔ける翼としていかなる場所にも付き従った私と、天界にごく近い位置にいたがゆえに実情を見知った者――神竜の娘の一人であった、竜の女王とその郎党がせいぜい。なればこそ、この城に残された者――竜の女王を慕う郎党たちが、どれほど天界の神々に怒りを感じているかはわかるだろう?』
「うん」
「……いや待てよ、おい待てよ。神竜の娘、だぁ? ってことはあのドラゴン……サドンデスの娘、だってことかよ……!」
「サドンデスが有している力の一部の前身が、かつて神でなかった頃に作った娘、だな。さすがにそこまで離れている相手を敵対者と同一視してしまうのは無理があるぞ?」
「だぁっ、うっせぇな、別に同一視なんぞしてねぇよ! 単にこんなところに城造って住んでたドラゴンの素性ってのに納得がいっただけだっつの!」
「……まぁ、とにかくだ。精霊神ルビスの神使である神鳥ラーミア、あなたがこれほどこの城の者たちに受け容れられているのは、精霊神ルビスがこの城の者たちにどれだけ受け容れられているか、っていう証でもある、ってことが言いたいのか?」
『それもある。ルビスさまは、かつて神竜の一族として権勢を誇りながら、神殺しの一族としてその地位を追われた竜の一族を、この地に導いた。そもそもこの地は、妖精としての生に飽き足らなかったエルフや、神の意志に疑問を感じてしまった神使など、人世から離れた世界の、さらにはぐれものたちが、身を寄せ合って暮らせる避難所として作られた場所なのだよ。霊鳥の翼がなければとてもたどり着けぬ急峻に囲まれた立地からしてもわかるようにね』
「………はい」
 その可能性は、さすがにある程度考えていた。あまりにできすぎな立地に、人世からかけ離れた世界に生きているであろう者たち。これまで見てきたエルフや、神に仕え人の言葉を授かっているのであろう動物たちとも、微妙に違う気配と在りようを有した者たちがここにいる理由としては、それが一番わかりやすくはあったのだ。
『竜の女王は、この地に流れ着いた一族の中でも、その明晰な知性と和を重んじる心根によって、みるみるうちに指導者としての頭角を現してきた存在だった。無限に近い寿命を持ち、高い知性と魔力、そして肉体能力を有する最強種たる竜種であることも、むろん影響はしただろうがね。彼女の親兄弟はむしろ積極的に乱を起こそうとする者の方が多く、長い時間のうちにこの地に居づらくなり、少しずつ姿を消していく者の方が多かったから、やはりなによりも本人の資質が指導者向きだったのだろう』
「それは……この城の人々の、あの嘆きようでわかるけど。立派な指導者だったんだろうな、っていうくらいは」
『そう。そうやって長の時間を指導者として民人を導きながら過ごし、ルビスさまがこの世界を去ってからは世界を救う、少なくとも少しでも苦しむ者たち、失われる命を減らすために自分を使って、彼女は擦りきれ果ててしまった。おそろしく長い寿命と強い生命力を持つ真なる竜の一族が、命数を使い果たして消えたのだ。どれだけの負担を背負っていたのか、想像はたやすい。だからこそ、彼女は、これまで眠りについていたのだ。その生命を少しでも永らえるため。ラーミアの翼でこの地を訪れる、真の勇者に、闇を打ち払う光を授けるために』
「え―――」
『目覚めた時に、私は竜の女王の声を聞いた。彼女は私の封印が解けるのに合わせて眠りから覚めることができるよう術をかけ、さらに目覚めるやすぐさま私に声を届けることができるような術も施していたようだ。突然のことで驚きもしたが、ルビスさまの御命に係わるほどの大問題だ、彼女がそこまでしてでも真の勇者と出会える時まで生き延びよう、とした気持ちは理解できる』
「へっ? ルビスさまの、命って……」
「それは、つまり……」
『そうだ。勇者セオ、君の考えは完全に正しい。今現在、ルビスさまのおわす新世界は、完全に魔王に支配されている。魔王バラモスは、新世界を支配した魔王――大魔王に遣わされた尖兵にすぎない』
『――――!』
『竜の女王がその力を振るい必死の思いで手に入れた情報によると、大魔王は、その名を、ゾーマと呼ばれていると聞く』
 重々しく告げたラーミアの言葉に、その場が一瞬静まり返る。その間、セオは、一瞬ちらりと奇妙な連想がひらめいたが、今はそれをあげつらうべきではない、とあえて棚上げにしてラーミアに問うた。
「つまり、その、大魔王ゾーマが、闇に属する魔族だ、ということなんですね? 光の玉がなければ、対抗は、難しい、と」
『竜の女王も、ゾーマの力のほどまで定かに見極められたわけではない。だが、新たに世界を創り上げるほどの力を持つルビスさまを打ち破ることのできる魔王なのだ、どれだけ隔絶した力を持っていたとしてもおかしくはあるまい。そしてそれほどの力を持つ魔王であっても、闇に属する魔族ならば、光の玉はその力の半ば以上を削ぐことができる』
「半ば以上……!」
「それは……確かに、なんとしても魔王に打ち勝てる相手に届けなければ、と考えるのもわかるな……」
『そう、そのために竜の女王は、とうに尽きていたはずの命を長らえさせてまで、君たちを待っていたのだよ。勇者セオ、勇者レウ』
「…………」
「えと、俺たちを待ってたって……つまり、俺らになにしてほしーの?」
『端的に言えば、まずは魔王バラモスを倒してもらいたい。その後、私の翼によって新世界へと赴き、ルビスさまを救って大魔王ゾーマを打ち倒してもらいたい。君たちならば――正しき心と力を共に持ち合わせ、無心に力を合わせることを知る君たちならば、それができると信じる』
『…………』
『むろん、あまりに情報のない、無謀な道行きであると非難したい気持ちもあるだろう。だが、無謀な突撃であろうとも、ルビスさまの御命が危うい、すなわち新たな世界そのものの存在が危機にさらされている今は、やる価値がある、やらねばならぬと私は思う。少なくとも、道行の危険は私の翼ならば最小限に抑えることができるはずだ。私の翼は混沌さえも超えることを可能とする、すでにルビスさまが創っておられる道を進む程度、この空を翔けるのとさして変わるまい』
「……その前に、確認しておきたいんだが。ルビスさまは生きてるんだな? その確証があるんだな?」
『そもそも、神と呼ばれるような御方は通常のやりようで命を奪うことはできないが、少なくともまだ御命があることは間違いがない。私はルビスさまの神使、主たる神とは世界を隔てても縁が繋がっている。ルビスさまが生きていらっしゃるかどうかくらいは、どこにいてもわかるさ』
「そうか……」
『ただ、その力が衰えている……というか、極めて小さくなっていることも、間違いがない。おそらくは、ルビスさまは存在を封じられているのだと思う。神たる御方でも、その力を打ち負かし、世界と分断することが叶えば、人間の知る術理によってすら封印することは可能だ』
「………ふむ」
『私の推測だが……おそらく大魔王は、新世界とこちらの世界との間に通路が繋がっているのを知り、こちらの世界もすべて滅ぼすまでは新世界を滅ぼすわけにはいかない、と考えたのだろう。だが世界と世界の間を隔てる混沌を超えてゆくのは、魔族にとってすら、いや魔族ならばことに困難だ。よほどその存在が強固でなければ、混沌に引かれ、あっという間に呑み込まれることだろう。だからこそ、大魔王は尖兵として魔王バラモスを送ってきたのだ。総大将が命懸けの特攻などするわけにはいかないという、ごく当たり前の理屈だな』
「なるほどな……」
『バラモスと大魔王がどれだけ連絡を取り合えているのかはわからないが、少なくとも頻々にできることではあるまい。神使たる私が主たる神と連絡を取ることすら極めて困難なのだから。だからこそ、大魔王にしてみれば、軽々にルビスさまを滅ぼそうとは思わないはず。魔王バラモスがこちらの世界を滅ぼすことができたと確信するまでは動けない。私はそう思う』
「つまり……ある程度の時間の余裕はあるわけか。竜の女王のように、一分一秒を争うほど、余裕がないわけではない、と。……まぁもちろん、世界を護る女神さまなんだから、早く封印から解放してさしあげた方がいいのはもちろんだけど」
 そう言ってからラグは、仲間たち全員を眺め回したのち、セオに目を据えて語りかける。
「考える余裕はある。今結論を出さなくちゃならないというわけじゃない。その上で聞きたいんだが――みんな、どうする? ラーミアの依頼を、請けるかい?」
「はい」
 セオは、即座にうなずいた。考える必要もないほど、セオにとっては当たり前の事実だった。
 世界を滅ぼそうとする魔王がいるのならば、相手が別世界にいようとも、自分はその前までたどり着かなければならない。それが自分にできる最低限の仕事なのだから。
「だよなっ、セオにーちゃんっ! ラグ兄ってばなに言ってんだよ、そんなん確認する必要もねーじゃんっ!」
「そこのクソガキの言い分にうなずくなぁ癪に障るが、右に同じだな。敵を送り出してきた元締めをぶっ倒さねぇで、送り込まれた奴だけぶっ倒して満足なんざできっかよ。一度始めた仕事を中途半端で終わらせるような素人じゃねぇぞ、こっちは」
「ま、ラグも、一応念のため全員の意思をはっきり統一しておきたいってだけだろうさ。俺ももちろん右に同じだ。世界を滅ぼそうとする力と意志を持ち合わせた大魔王なんぞを放置しておくほど、俺は人生に絶望していない。それに、世界中で大魔王にもっともたやすく対抗できる存在は、間違いなく俺たちだろうしな」
「……そうだな。それじゃ、満場一致だ。ラーミア、俺たちはあなたのその依頼を請ける。魔王バラモスをまず倒し、それからあなたの翼で新世界に赴いて、大魔王ゾーマを倒す。それでいいな?」
『……ああ。君たちに心からの感謝を。私にできる限りのすべての行いをもって、君たちのその行いを助けると誓おう』
 そう言ってラーミアは、大きく翼を広げ澄んだ鳴き声を上げてみせた。

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