そなたのことは ロトの伝説として 永遠に かたりつがれてゆくであろう!
「勇者ゲットよ! なにゆえもがき生きるのか? 滅びこそ我が喜び。死にゆく者こそ美しい……。さあ、我が腕の中で息絶えるが良い!」
「誰が死ぬか。俺は死ぬほど長生きして寿命でくたばる予定なんだ」
「……そうだったのか?」
「ああ。ユィーナと結婚して、ラブラブ新婚生活を十年ほど堪能したあと一男一女を作り、白い壁と緑の屋根の家を建てて、犬を飼い、子供を育てて、孫やひ孫に囲まれつついついつまでも愛し合って一緒に息絶え同じ墓に入るともう決めているんだからな!」
「決めるの早っ! ていうか、新婚生活長っ!」
「つかあんた初めてユィーナに惚れたと自覚した時と言ってることが変わってないわよー」
「………敵を前にしていつまでふざけたことを言っているんですかあなたたちは! 来ますよ!」
 自分が相手にされていないことに怒ったのか、ゾーマが雄叫びを上げながら襲いくる。ゲットは仲間たちと共に武器を構えた。
「来い、ゾーマ。俺たちの幸せな未来のための礎となるがいい!」
「……それ悪役の台詞ー」

「……死ねぇっ!」
 ざしゅっ! と渾身の力をこめて振るわれた王者の剣。その剣速にゾーマは反応しきれなかった。
 ざっくりと肩口から斬り裂いたゲットの刃を信じられないというような顔で見つめ、それから無理やりに笑顔を浮かべる。
「ゲ、ゲットよ……、見事なり……。だ、だが光ある限り闇もまた現れる。わしには見える。わしが滅んでも、再び何者かが闇から現れよう……。ふははっ、だがその時お前は年老いて生きてはいまい。わは、わははは………っ!!」
「やかましい」
 ゲットは返す刀でさくっとゾーマの額を斬り裂いた。
「俺が死んだ後まで責任持てるか。俺が死んだあとにまた魔王だのなんだのが現れたんだったら、その時生きてる奴らがなんとかすればいい」
「お前、んな無責任な……」
「いいえ、正しい理屈です」
 きっぱり言ってうなずいて、ユィーナが一歩前に出る。
「ユィーナ……」
「世界の存続はその時生きている人間たちが守るべきもの。先達が守ってきた贈り物を受け取ったあとの責任は受け取った者たち自身が取るべきです。私たちはその責任の一部を果たしました、我々が死んだあとはその時生きている者たちに任せるべきでしょう」
「……それもそっか。俺たちが全部お膳立てしたら後の世の奴らのためになんないもんな」
「そーね。あたしらはやるべき仕事は終えたんだし、あとはこの栄光で悠々自適と!」
「そのような思考でいては老害と呼ばれ唾棄される存在に成り下がってしまいますよ?」
「あーはいはい冗談だって」
「ま、第一その時はその時で俺とユィーナの子孫がいるだろうからな! 俺とユィーナの子孫なら魔王をそのまんま放っておくことはせんだろう!」
「あー……まーあんたたちの子孫ならそーとーしぶとい奴に育ちそうよね……」
「……不確定な未来のことを確信を持って言い立てないでください。それは、確かに私はあなたと結婚すると約束しましたが、まだ子宝に恵まれると約束されたわけでもないですし……」
「あ、ユィーナ顔赤い」
「照れてるのかユィーナなんて可愛いんだアイラヴユーアイニージュージュテームモナムール……!」
「この状況下で人を押し倒そうとしないでくださいあなたという人は最後の最後までどうしてこう状況認識能力が低いんですかっ!」
 ユィーナは顔を真っ赤にして怒り、ゲットは鋼の剣で六回殴られた。

「勇者ゲットとその仲間たちよ……! よくぞやってくれた! よくぞ!」
 満座の観衆が見守る中、ラダトーム王がゲットの手を握って涙ながらに言う。ゲットは無愛想に答えた。
「当たり前だ、俺とユィーナのパーティなんだからな。というか勇者ゲットで名前を呼ぶのを終わらせるな。勇者ゲットとその超ラブラブv な恋人ユィーナとその仲間たちと」
 ばぎぃっ、と音を立てて相当な力でゲットの頭は殴られた。この重みは当然のように鋼の剣だ。
「あなたという人は何度同じことを言わせたら気がすむんですかあなたの脳細胞に直接状況を読めと書き込んであげましょうか……!?」
「わかったすまん悪かった。黙るぞユィーナ」
「つか当然のように俺らハブられてるよな……」
「いまさらいまさら」
 絶句しながらその光景を見つめていたラダトーム王にユィーナは視線で先を促す。ラダトーム王はごほんごほん、と咳払いをして言った。
「ゲットよ、ゾーマを倒した勇者であるそなたに、伝説の勇者ロトの名を授けよう。そなたのことは伝説の勇者ロトの再来として、永遠に語り継いでゆこうぞ!」
「そうか。まぁ、くれるというものはもらっておこう」
「……では、勇者ロトと……その恋人、ユィーナとその仲間たちよ。しばし体を休めるがよい。今宵は宴じゃ。新たなる朝を祝って、いざ存分に飲み、食らい、歌おうぞ!」
「待て、ラダトーム王」
 ゲットは額から流れていた血を気合で止めて(ここは大切なところなのだ)、ラダトーム王に向き直る。怪訝そうな顔をするラダトーム王に、きっぱり宣言した。
「宴は宴でいいんだが、それよりもまず約束してくれ。俺とユィーナの結婚式を、国家を挙げて盛大にやってくれることを」
「………は?」
「だから俺とユィーナの結婚式をやってくれというんだ。ゾーマを倒し世界の危機を救ったんだ、そのくらい当然だろう。アリアハンでやるのが筋という気もするが別に二回やったって困ることはないしな、ゾーマを倒しプロポーズしたこの地で親父に見守られながら式を挙げるのもよいだろうと……」
 がづぃがぎんばぎっがずっどずっごしゃっめすっ。凄まじい力で七回、やはり鋼の剣で殴られた。振り向くとユィーナが顔を真っ赤にして、息を荒げながらこちらを見ている。
 ゲットは頭から血を流しながら、歓喜の笑顔でユィーナを抱きしめた。
「ユィーナ! そんなに顔を赤くして息を荒くして、照れつつも俺に欲情してくれているんだなっ!? わかるぞ俺もそうだとも、さぁ行こう俺とお前のラブラブハッピーな永久の楽園へ……!」
「あなたという人はいっぺん本気で殺してあげましょうか公衆の面前で堂々と寝言を言うんじゃありませーんっ!」
 がずばすがす、と殴られて気を遠くさせながら、ゲットはぼんやりとヴェイルとディラの声を聞いた。
「……なー、ディラ。お前はもー突っ込まないわけ?」
「いやー、これからはユィーナに任せよーかと。もーこの二人結婚しちゃうし、邪魔するのも無粋だろうし、それに……」
「それに?」
「もー突っ込むの飽きたし」
「……お前ってそういう奴だよな……」

 ゲットは女官たちに着せられた白いタキシードの襟をいじりつつ、ラダトーム城の廊下を歩いた。
 今日は、ようやく、とうとう、ついに! 自分とユィーナの結婚式だ。ゾーマを倒してから二週間後。ラダトーム王や王子どもを叱咤し鞭打ち馬車馬のようにこき使って、なんとかここまでこぎつけた。
 幸せ絶頂! ……なムードに影を落としているのは、ゾーマを倒してしまったから上の世界へ続く扉――ギアガの大穴が閉じてしまったという事実だった。それを最初に聞かされた時には、ユィーナも仲間たちもいくぶんしょげていたものだ。
 だがその程度のことでいつまでも落ち込んでいる自分たちではない。結婚式が終わればすぐまた旅立ち、アリアハンに戻る手段を探すと決めていた。ディラとヴェイルも一緒というのがいくぶん面白くないが、まぁもうしばらくはこの四人で旅を続けてもいいだろう。仲間と一緒に自分とユィーナのラブラブっぷりを見せ付けながら旅をするのも、悪くない。
 だからゲットとしては、今はまさに幸せの絶頂的な気分だった。むろんこれからまだまだ甘い甘い幸せの日々が続くことはわかっているけれども、今日の式はその始まり。今までもラブラブだったのはもちろんだけれども、これから先はそりゃもー容赦ないまでのラヴラヴ世界が自分たちを待っているに違いない。
 だって自分とユィーナは、夫婦になるのだから。
 せわしげにすれ違う女官たちがすざっと一歩退くのがわかる。自分のたまらなくいい笑顔に驚いているのだろう。自分が笑んでいる自覚はあった。
「ふふふ、くふふふふ、ぐはははは!」
 思わず笑い声も漏れてしまおうというものだ。
「ちょっとー、あんたはっきり言って気味悪いわよ?」
「なんだと?」
 振り向くとそこにいたのはディラとヴェイルだった。双方それなりにめかしこんで着飾っている。
「まーいつものことっちゃーいつものことなんだけど。いつにも増してキモすぎ。せめて高笑いは人のいないとこでやってよね」
「やかましい。それよりお前らちゃんと式辞の内容スムーズに言えるように練習してきてるだろうな? お前らは俺たちの友人代表なんだ、とちったりしたら承知せんぞ」
「……心配しなくても暗記できるくらい読み込んできてるよ。お前の方こそ、とち狂って式の最中にユィーナ押し倒したりとか、すんなよな」
「当たり前だ。いかにユィーナが美しくかわいらしくいじらしかろうと、式が終わるまでは我慢するぞ。たぶん」
「たぶんかよ」
「それよりユィーナの様子見に行かないの? あんたそのために控え室出てきたんでしょ?」
「おおうっそうだったこんなところでこんな話をしている暇はないっ! 今行くぞユィーナっ!!」
 ずかずかと歩き出すゲットに、ディラとヴェイルもついてきた。
「なんでついてくるんだ、お前ら?」
「いーじゃないあたしらだって早くユィーナの花嫁姿見てみたいわよ。そんで笑顔でおめでとうと言ってあげるの」
「お前が言うとなんだかからかいに行くみたいだよな……」
 全員でぞろぞろと花嫁の控え室に向かう。コンコン、と軽くノックをすると「どうぞ」とユィーナの静かな声が返ってきた。喜び勇んで中に入り、ユィーナに声をかける。
「ユィーナっ、準備はでき……!」
 そして絶句した。
 美しい――こんな美しいものがこの世にあるのかと思うほどに。うっすらと化粧を施されたユィーナの顔は紅の唇と白い肌が美しく対比されてきらめき、結い上げられた水色の髪は光に透けて輝かんばかり。後ろに長く裾を引く純白のドレスには花と宝石が散りばめられてユィーナの輝きを引き立て、頭にかけられたヴェールと手に持ったブーケが清純な雰囲気を強める。
 恐ろしいほどに美しいユィーナを、ゲットはしばし呆然と見つめた。
「……ゲット」
 女神よりも美しいユィーナの唇が、ゆっくりと動いて言葉を発する。
「少し早いのではありませんか? まだ式には時間があるでしょう」
 言葉を返すこともできないゲットに、ユィーナは少し悲しげに眉を寄せる。
「そんなに……変、でしょうか、この格好」
 ぶるぶるぶる、とゲットは勢いよく首を振る。
「おかしく、ないですか?」
 こくこくこく、とうなずく。
 ――そんなゲットの頭をディラの鉄腕が軽く殴った。
「バカ。あんたの花嫁さんになんか言ってあげなさいよ」
「………………」
 ゲットはしばしじっとユィーナを見つめ、おもむろにすたすたと近寄った。おそらくは反射的に身構えるユィーナを、そっと、ドレスが皺にならないようにそっと抱きしめて囁く。
「きれいだ。世界で一番」
「……………………っ」
「あーはいはいいいわねーラブラブでーけっ。とっとと二人でどこか行ってしっぽりずっぽり好きなだけハメなさいよ」
「……お前な、もう少し普通の言葉遣いできねぇか……?」
 ディラとヴェイルの言葉など耳には入らなかった。今のゲットに見える聞こえるのは、目の前の、たまらなく美しい最愛の人の存在だけなのだから。

「……汝、ゲット。彼女、ユィーナを生涯の妻と定め、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓う」
 ラダトーム大聖堂、ルビス神像の前。教会に詰め掛けた満座の観衆の中でゲットが渋く重々しく決めると(少なくとも自分ではそう思っている)、神父はうなずいてユィーナの方に向き直った。
「汝、ユィーナ。彼、ゲットを生涯の夫と定め、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
 ユィーナが静かに、もはや神々しさすら感じさせる顔で言うと、神父はまたもうなずく。
「それではこの時よりあなた方二人は夫婦となりました。誓いのキスを――」
 ユィーナがほのかに頬を染めながらこちらを向く。ゲットは一歩近づき、ぐいっとユィーナを引き寄せた。
 そして、押し倒さんばかりの勢いで抱きしめながら、ちゅぷちゅばじゅっぷれろれろくちゅぐちゅじゅぅっ、ぱっ、と音が立たんばかりのキスをかます。
「………………っ」
『……………………』
 周囲が静まり返ったのはなんとなくわかったが、そんなことはどうでもいい。ユィーナの唇をたっぷり堪能して唇を離すと、口から滴り落ちる唾液をぐいっと拭い、ひょいとユィーナを抱き上げた。
「ちょ……ゲット!?」
「さぁ行くぞユィーナっ、もう待てん! レッツ蜜月、レッツ新婚! レッツ結婚後改めての初夜だーっ!」
「な……なにを考えているんですかあなたは―――っ!」
 どんなに暴れても鋼の剣もない素手ではユィーナの力では有効な打撃を与えられない。ゲットは笑顔でユィーナの髪を優しく撫でつつキスの雨を降らせる。
「大丈夫だ愛してるぞユィーナ、心配しなくてもたっぷり優しくしてやるからな、魔王戦を控えてこのところご無沙汰だったし今日はもう朝まで頑張っちゃうぞ!」
「そういうことを心配しているのではありませんあなたはなにを考えているんですかというかすでにもう何十回何百回も言っていることですが状況というものを少しは読みなさいっ!」
 がつがつばぎばぎと殴られつつも、ゲットは幸福に頬を緩ませる。ウェディングドレス姿のユィーナはそりゃもーきれいだし可愛いし、ゲットの顔やら腹やらを殴る蹴るしつつもそれが自分に対する照れ隠しだということはわかっていたし、顔を真っ赤にして泣きそうになってるユィーナの表情には自分に対するラヴがバリバリ感じ取れた。
 なので無問題。ラヴ無限大。今すぐ一緒にレッツゴーヘヴンでバリオッケー!
「どこがオッケーなんですかこの脳味噌丸ごと下半身反射男――――っ!」

 ―――朝。
 がらーんがろーん、と教会の鐘の音が響く中、うっすらと目を開けるユィーナに爽やかな笑顔でゲットは告げた。
「おはよう、お寝坊さん。もう昼だぞ」
「………誰のせいで寝坊、することに、なったと、思ってるんですか……」
 ひどく暗く恨みがましいかすれた声で言われ、ゲットはさすがに申し訳なさそうな顔になった。
「すまん。俺のせいだな」
「…………」
「やはりもっと長持ちさせてゆっくりやるべきだったか……」
「そういう問題じゃ……!」
 体を起こしかけ、がっくりと体を横たえさせる。珍しく力尽き果てたように寝そべりながら、ため息混じりに言った。
「……もう、いいです。今のあなたになにを言っても無駄でしょうし」
「……! ま、まさか、ユィーナ、俺に俺に愛想をつか……!?」
「違います!」
 ぱこっと軽く殴られた。そしてすぐまたぐったりと体を横たえさせながら、小さく笑う。
「あなたという人は、本当に学習しない人ですね。こうも違う私たちが実際よくもまぁ結婚までこぎつけられたものだと我がことながら感心します」
 なにを言っているのかはよくわからなかったが、ユィーナは笑っている。
 怒ってるわけじゃないんだ、とほっとして、ゲットは笑顔になった。
 それならいい。ユィーナが笑っていられるなら、自分はそれでいい。
 ユィーナが笑っていられるような世界なら、そして自分がそのそばにいられるなら、自分はもうなんだっていいのだ。
「……ああ、そうだ。言っていなかったことがありました」
「? なんだ」
「私、ラダトームに残りますので。旅にはついていきませんから」
「………………!」
 ゲットは愕然として口を開ける。そこから言葉を飛び出させる前にユィーナは手で制した。
「あなたが考えていることはだいたい想像がつきますがそれは勘違いです。私はあなたに愛想を尽かしたわけでもアリアハンに帰りたくないわけでもありません」
「じゃあ……ま、まさか、他に男が……!?」
 蹴られた。鼻血が出るほど全力で。
「あなた正気でものを言ってるんですか。あなたのような面倒でやたら相手するのに時間を取る人間と結婚しながらそんな余裕を持てるほど私は超人でも暇人でもありません」
「すまんごめん俺が悪かった。……じゃあ、なんで?」
「……やりたいことを、やってみようかと思うんです」
 ゆっくりと、ユィーナは言った。
「私の夢は、私の目標は世界をよりよい方向に変えること。それを達成するのはアリアハンである必要はないのではと思うんです。ラダトームだけで終わらせる気もありませんが。国を永遠の夜に閉じ込めていた大魔王を倒した名声は魔王を倒した名声に勝ります、時期が近いこともあって国政に入り込むのはより容易でしょう。ラダトームの国政はアリアハンのそれより旧制で直すところが多い分やり甲斐もありますし」
「……だが、なにもそれは今すぐである必要は……」
「旅をして、得たものはたくさんあります。あなたや仲間たち、ディラやヴェイルとの思い出はなににも代え難いものですし、さまざまな国や事物を実際に見て学習もできました。アリアハンへ帰る方法を確保しておきたいという気持ちはあります。あなた方に家族と二度と会えないままでいさせるのも嫌ですし」
「…………」
「ですが、大魔王が滅びた今、旅に危険はほぼありません。今まで現れてきた程度の魔物なら、三人で楽に撃退できるだけの力はつけているはずです。なにより――私の中の知識が叫ぶんです。世界を変えろと。学んだことを活かせと。私の夢を今すぐ叶えろ、叶えられる時は今しかないと。……もう、待てないですし、待つべきではないと思うんです」
「ユィーナは、寂しくないのか」
「…………」
「俺と離れるのは、嫌じゃないのか。俺と離れ離れになって寂しくないのか」
「…………」
「俺は寂しい。ユィーナと離れ離れになるなんて絶対嫌だ。俺は、いつまでも、ずっとユィーナと一緒にいたいから、だから」
 ユィーナの顔が揺れ、優しく微笑む。そっと手が伸びて瞳の端の涙を拭った。
「泣かないでください。……まったく、しょうがない人ですね」
 拭われてもゲットの瞳から涙が尽きることはない。ほろほろほろほろと、ひたすらにゲットは泣いた。
「私は、あなたと会えたから、今の私になれたんですよ?」
「…………」
「魔王を倒そうと思ったのも、世界を変えようと思ったのも、あなたに会えたからです。あなたに会えたから私は生きていられたんです。だから――」
 ゆっくりと体を起こして、背中に腕を回し、ぎゅっとゲットを抱きしめて。
「今度は私が頑張る番なんです。あなたが救ってくれた世界を、よりよい形にしてあなたに返したいと思うんです。私に人生を与えてくれたあなたに、もっと誇れる自分になっていたいと思うんです。あなたのためにというのもありますけど、なによりも自分のために。世界の一員として生れ落ちた義務は果たしました、だからこれからは自分と、愛する人のために、自分たちが住む世界を自分たちの住みよいように変えるために人生を使いたい、生きてみたいと思うんです」
「ユィーナ……」
「これが私の愛し方なんです、ゲット。私はこういう風にしかできない、冷たい欠けた女です。あなたが私のそばにいたいと願ってくれているのに、私はあなたを旅に送り出して自分は仕事をする。自分の流儀を押し通す」
 ユィーナの顔が微笑む。けれどその顔は歪んでいた。ゲットが瞳に涙を浮かべていたから――そして、ユィーナも泣いていたから。
「けれど、私は仕事をする時、世界を変えようと力を振り絞る時。いつもあなたのことを思います。初めて自分の意思で勉強を始めた時と同じように。あなたも世界のどこかで頑張っていると思うから、どんな辛いことがあろうと戦う力が湧いてきます。あなたの住む世界をよりよいように変えるため、死力を振り絞りたいと思えるんです」
「ユィーナ」
 もうたまらなくなって、ゲットはユィーナを押し倒した。青い髪がベッドシーツの上を滑る。髪に、耳に、額に頬に鼻に唇に、口付けの雨を降らせた。
「愛してる、ずっと愛してる。お前とどんなに離れ離れになっても、ずっとずっと愛してる」
「……ゲット」
「いつか。アリアハンに戻る方法を見つけたら、一緒に暮らすんだぞ」
「……はい」
「寂しいけど、でも、俺はそういうユィーナが好きだから我慢する。誰かのために、俺のために、世界を変えようと考えて頑張るところが好きだから我慢する」
「はい」
「ずっとずっと好きだからな。愛してるからな。いつか、アリアハンに戻る方法見つけたら、ずっと一緒に暮らそうな」
「はい、ゲット……」
 二人はぎゅっと抱きしめあった。この時が永遠に続けばいいと、心のどこかで思いながら。

「……だから、どうして毎晩毎晩帰ってくるんですかあれだけ盛大にお別れをされておきながら!」
「だって俺は一日以上ユィーナに会わないと死んでしまうんだ! 朝も昼もユィーナに会わないで我慢したんだぞっ、夜ぐらいユィーナに会わないでどうやって俺に生きていけというんだ!」
「非常識なことを言わないでくださいあなたはそれでも霊長類ですか、普通は別れといったら最低でも数ヶ月以上の長い別れを考えるものなんです!」
「普通なんてどうでもいい、俺は心の中から溢れるユィーナへの愛に従うだけだ! ユィーナも俺を愛してくれているからこそ一時離れることを告げたように! だから俺はユィーナに会えて幸せだ! ユィーナは嫌なのかっ!?」
「…………っ」
 ユィーナが頬を赤く染める。ゲットが熱い視線でユィーナを見つめる。
 それからしばし囁き声で会話を交わし会ったあと、二人の影は寄り添い、やがて重なった。
「……いちゃいちゃモードに入るまで五分二十秒か。着実に短くなってるな」
「あんたも暇ねー。そんなもん調べてんの?」
「調べてるわけじゃねーよ、成り行きで。一応あいつらがちゃんと仲直りするか見てないと不安だし……」
「あーもーいーからとっとと行くわよ、ヴェイル」
「ちょっ……」
「いいのよあいつらはほっといて。どーせ物語の終わりは『それから二人はずっと仲良く幸せに暮らしましためでたしめでたし』に決まってんだから」
「いや、あいつらもそうなるって決まったわけじゃ……」
「そーなるの! あたしが決めた、今決めた。ゲットもユィーナもそー決めてんだろーからなんとかなるでしょ、いーから来なさい! 今日は飲むわよー!」
「お前は毎日毎晩しこたま飲んでんじゃんかよ……」
 ディラに引っ張られながら、ヴェイルは振り返る。仲むつまじい二人の様子が目に入った。
『それから二人はずっと仲良く幸せに暮らしました。めでたしめでたし』
 そうだな、この二人なら、たとえ世界が反対しても、力技でそうなるに、そうするに決まってる。
 ちょっと微笑んで、肩をすくめ、ヴェイルはディラのあとを追った。

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