仲間との会話
「………いい天気だなー」
「そーねー」
 波を蹴立てて進む船の甲板で、日向ぼっこをしながらヴェイルとディラはぼーっとしている。
 魔物はめったに出ないしたまに出ても楽勝なものばかりだし。現在舵を取っているのはユィーナだし。今日の食事当番はゲットだし。食料やらなにやらはユィーナがそつなく充分な量を買い込んでいるし。
 まぁ言ってみれば、することがないのでぼーっとするしかないわけなのである。
「暇だなー………」
「そーねー」
 天気はいいし、風は気持ちいい。今朝方干したシーツがはたはた風にひらめいている。夕方取り込めばきっとお日様の匂いがするだろう。
 そんないい天気なのに、船の上ではなにもやることがない。
「ディラ、お前武闘家だろ? 修行とかしなくていいのかよ?」
「今日の分の修行は今朝したわよ。午後やると暑くなるからやなの。そーいうあんたは賢者さまなんだから、呪文の勉強とかしないわけ?」
「賢者っつーのは悟りの書の力でレベル上げすれば黙っててもどんどこ知識が入ってくるからいいの。少なくとも俺はな。ユィーナはなんかそれに+して勉強してるみたいだけどな」
「……あたしたちって、暇ねー」
「……そーだなー」
「ちぇー、街だったら飲みに繰り出して男引っ掛けるとこなのにぃ。最近生活が健全すぎて調子出ないわー」
「お前なー、もーちょい落ち着けよもーいい年なんだから」
「はぁ!? ちょっとあんたあたしいくつだと思ってんの!? あたしまだ二十歳になったばっかなんだからね!?」
「あだだだだ痛い痛い痛い、わかったからその豪腕でアイアンクローはやめろーっ!」
 二人がじゃれあっていると、ふいに船が動きを止めた。ヴェイルとディラは顔を見合わせ、はーっと二人ため息をつくと操舵輪のところへと向かう。
 そこには、いつもの光景が繰り広げられていた。
「ユィーナ! 心配しなくていいぞ俺はわかってるから。『初めては外じゃイヤ……』っていうメッセージなんだよな!?」
「それ以前にあなたと性行為を試みるという選択肢が私にはありえません。いいからこの手を放してください」
「なにを言うんだユィーナ、俺たちはもうラブvラブな恋人同士だろう? 俺たちの愛の歴史はどんな歴史書にだって記しきれやしないぜ? そんな二人が離れているのは物理法則に反してると思わないか?」
「妄想をやめてください。私にはそんな記憶微塵もありません。ありえない妄想をしている暇があったら稽古をするべきではないですか」
「今日の分の稽古はもうした。それに俺はお前がいれば魔王だって一人でワンターンキル、稽古なんて無駄なくらい無限の力が湧いてくるんだ!」
「物理的に不可能なことを言わないでください。舵を取るのに邪魔です、稽古を再開するかさもなくば魔物が出てくるまで死んでいてください」
「ふっ……本当にユィーナは照れ屋さんだな……お前がどんなに俺が好きかは、もうわかってるんだぜ……?」
「あなたがどのような妄想をしようが勝手ですがそれを私に押し付けないでもらえませんか」
「えー、だってヤマタノオロチ倒したあとで赤い顔して恥じらいながら『ありがとう』って言ってくれたじゃ――」
「記憶を捏造しないでください私は『一応助けられた礼は言っておきます』と言ったんです恥らってもいなければ顔を赤くしてもいません第一だからってどうして私があなたの恋人になるんですか!」
「そうかユィーナ、もうちょっと恋人になる前のドキドキ感を楽しみたいと思ってるんだな? くうぅっ、この焦らし上手め!」
「違います!」
「そうかユィーナの気持ちはわかった、だがもう俺は我慢できないんだユィーナ分の補給が必要なんだせめて熱いベーゼを俺にっ!」
「きゃっ! 放し……」
「なにやっとんじゃこんボケが死んでろぉぉぉっ!!!」
 ガスガスガスガスガスガスガス!
 ディラの必殺コンボがきれいに決まってゲットは大きく宙を飛ぶ。
 ここのところ、というか船旅を始めてから毎日繰り返されていたことではあった。暇ができると妄想と捏造と思い込みで暴走するゲット、それに冷たく返すユィーナ、暴走したゲットに突っ込みを入れるディラ、それを見てため息をつくヴェイル。
 だが、少しだけ変わっているのは。ジパングでヤマタノオロチを倒してから少し変わったのは。
「………………っ」
 ボコボコに殴られて血まみれで倒れるゲットを見て、ユィーナが、ちょっとなにか言いたそうに手を上げて――結局なにも言わないまま下ろす。
 それだけ。ユィーナがゲットを好きだと言ったわけでもなんでもない。もの言いたげと言うには切なさが足りない、愛しげなんて間違っても言えない、ただ普段よりちょっと、ほんのちょーっと弱弱しいかな? ぐらいの顔で見つめるだけ。
 だけなのに。
「ユィーナ大丈夫だ俺にはお前がどんなに俺を愛してくれてるかわかって……ぐぇ!」
「あんたは死んでろっつったでしょうがタコが………!」
 ゲットはまるでユィーナが愛してる結婚してくれとでも言ったかのような勢いで何度も復活しユィーナを押し倒そうとするのだ。
 ユィーナの方も案外脈がまるでないわけじゃなさそうなのに、とヴェイルは再び息をつく。この調子じゃくっつくのは遠そうだ。

 その後昼ご飯の時、おかずなしの昼食を前に「俺のおかずはユィーナだけで食いきれないぜ!」とバチコーンとゲットはウインクをし、ディラに空中コンボを決められていた。

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