休日に遊ぶ相手って
「最近、うちの子たちとコミュニケーションが足りてない」
 武闘大会が終わってすぐ、暇なんだったらちょっと話聞いて、と夜暗い顔でやってきたアディムに言われ、なにかあったのかと手早く仕事を片づけて自分の部屋で飲もうと誘ったヘンリーは、アディムが暗く言った最初の言葉で脱力した。
「……なんじゃそりゃ」
「だって聞いてよヘンリー! セデルもルビアも最近学校が生活のメインになってしまってるんだよ!? 毎朝学校に行って帰ってくるのは晩ご飯近くになってだし、夜もすぐ眠っちゃうし!」
「友達と遊んでるんだろ? 友達ができないよりずっといいじゃないか」
「それはそうだけど! 帰ってきてからも宿題やなんやかやでかまってくれる時間はほんの少しだし! 朝は朝でさっさと出かけちゃうし! 休日だって僕がどんなに必死に時間を作っても予定が合わないこと多いし!」
「仲悪くなったとか?」
 ヘンリーがなんの気なしにそう言うと、アディムはなにか恐ろしいものを見るような目で自分を見てから、ずずずずいっと無表情に変えた顔を近づけてきた。
「ヘンリー……君は僕とあの子たちが少し会えないくらいで仲が悪くなると言いたいのかい? 僕たちの絆はその程度のものだといいたいわけかい? 僕とあの子たちの親子の縁が切れる可能性があるということなのかい?」
「わかった俺が悪かったからその顔ぐいぐい近づけないでくれ」
 ヘンリーは両手を上げて降参の意を示した。もう二十年来親友をやっているアディムだが(うち八年は会えなかったとはいえ)、彼の親バカっぷりは底が知れない。
「……つまり要するに、お前は寂しいんだろ?」
「そうなんだよ! 僕は寂しいんだ! もっとセデルやルビアにかまってもらいたいんだよー!」
「いい機会だから少し子離れしたらどうだ。そりゃ寂しいのはわかるけど……子供と親はいつまでも一緒にいるわけにはいかないんだぞ」
 そう言うと、アディムは驚愕と恐怖に満ちた顔を絶叫の形に歪め、それから部屋の隅に行ってうじうじとのの字を書き始めた。
「そりゃさ……そりゃいつかは別れるってわかってるけどさ……僕とあの子たちはちゃんと親子できてる時間は三年もないんだよ? なのにあの子たちはもうすぐ十一歳でさ……いつか離れていくっていったって、早いよ、早すぎるよ……」
 ヘンリーはやれやれと息をつく。底知れぬ親バカっぷりはどうかと思うが、やはりこの親友が落ち込んでいるところは見たくない。こいつのこれまでの人生で奪われたものを、今必死に取り戻しているのだと思うとそう邪険にもできないし。
 しょうがない、ここは一肌脱ぐか。
「それなら、どっか旅行に行ったらどうだ?」
「旅行に?」
 アディムがばっとこちらを振り向く。
「旅行って、どこに? 僕たちはこっちの大陸群で行けるところはほぼ全部行ったんだよ?」
「旅行っつーか、遊びだな。泊りがけで遊びに行くんだよ。折りよく季節ももうすぐ夏だ、海とか、山とか一緒に遊べるところはいっぱいあるだろ?」
「遊び……」
「なんだったらうちの別荘どれか貸してもいいぜ。山にも海にも別荘あるし。人もいない場所を選んでるはずだから、親子水入らずにはぴったりだろ?」
「………ヘンリー」
 がっし! とアディムはヘンリーの手をつかんだ。目がやたらキラキラしている。
「ありがとう……僕は君の親友でいて本当によかった……! 君との出会いを心から感謝するよ!」
「そりゃどうも」
 この程度のことでこうも盛り上がって感謝されてもな、という気もするが、やはり悪い気はしない。
 アディムはぐっと拳を握って窓の前に立ち、夜空に吠えた。
「よぉーしっ! 二ヵ月後、二人の誕生日&世界を救った一周年記念に一週間の旅行をプレゼントだっ! それまでに仕事全部片づけて休暇もぎ取ってやるっ! 待っててくれ、セデル、ルビア! お父さんは頑張るよっ!」
「おー、頑張れよー」
 ヘンリーは苦笑しつつ手酌で盃に酒を注いだ。自分も政治に携わる身だからわかるが、真面目に働いている王族に一週間の休暇というのははっきり言って死ぬほど難しい。だが問答無用で叶えてしまうに違いない。
 この親友のことだから。

「……で、なんで一緒に行くことになってるのかな?」
 にっこりとアディムに微笑まれて、ヘンリーは視線を泳がせた。
「いやー、まぁ、あれだよ。ちょっとその話を家族の話題に提供したら、コリンズが……そんでマリアも『アディムさんたちと久しぶりにご一緒できたら嬉しいですね』って言うし……俺もここんとこマリアたちと過ごす時間少なかったし、ちょっと無理したら仕事も片付きそうだったからさぁ……すまん!」
 ぱんっと手を合わせて頭を下げる。アディムはふ、と息を吐いて、優しく笑った。
「ま、いいさ。家族水入らずのつもりだったけど、親友一家と一緒に盛り上がるのも悪くない。セデルたちも同い年の遊び友達がいた方が嬉しいかもしれないしね」
「悪いな、ホント」
「別荘を借りてる身分だし。君と一緒に過ごすのも楽しいと思ったのも本当だよ」
 そんなことを話すアディムとヘンリーの横では、ビアンカとマリアが旧交を暖めるお喋りを。セデルとコリンズは興奮したのか、そのへんを一緒にぐるぐる走り回っている。――コリンズはそれを見守っているルビアにもちらちら視線を投げかけていたが。
「じゃあ、そろそろ行こうか。みんな、集まって」
 荷物を持って全員集まったのを確認し、アディムはヘンリーの差し出した手を握ってヘンリーの思い描くイメージを感知する(最初はこうして場所を教えてもらうためにヘンリーに会いに来たのだ)。
 同調できたと思った瞬間、呪文を唱えた。
「ルーラ!」

「うっわ――っ、きれーいっ!」
 セデルが歓声を上げる。ルビアも目を輝かせて景色に見入った。
 実際絶景と呼んでよかった。岩場に囲まれた砂浜に建つ別荘から見える景色はほぼ百八十度海を見渡せるようになっていて、その海も底が見えるほど水が澄んでいる。それが太陽の光に反射して輝くさまは美しいとしか言いようがない。グランバニア城から海はそう遠くないが、ここまできれいな海はアディムもほとんど見たことがなかった。
「洞窟抜けてって行ったところにある浜辺はもっときれいなんだぜっ」
 コリンズが得意げに解説した。ときおりちらちらとルビアに視線をやりながらも、ガキ大将の本性は発揮されているらしい。
「うわー、ホントに!? 見てみたいっ!」
「案内してやろうか?」
「うん、してして! ルビアも一緒に行こうよ!」
「……うん、お兄ちゃん」
 こっくりとうなずいたルビアとセデルはコリンズと一緒に駆け去っていく。セデルとルビアに声をかけようとしていたアディムは、あ、あ、と声にならない声を発してがっくりとうなだれた。
「……悪い」
 ついそう謝ったヘンリーに、アディムは涙目でしがみついてがくがく体を揺らす。
「ヘンリィ〜っ! あの子たち僕のことをもう嫌いになってしまったんだろうか!? 僕よりもコリンズくんの方がいいんだろうか!? 僕はもう不要な存在なんだろうか!?」
「やめんか」
 がつっ、と即座にビアンカが鉄拳ツッコミを入れる。
「いい加減に少し子離れしなさい。子供には子供の世界があるの! その世界だけの友達とかルールとかあるの! それに首突っ込む気!?」
「そ、それはわかっているけれど……」
「わかってるんだったらその通りやる! 子供たちを猫可愛がりするんじゃなく尊重するって決めたでしょ!?」
「ううう〜っ」
 大の男が泣きそうになっているのを、ずりずり引きずっていく金髪の美女。
 シュールな光景だ、とヘンリーは思わず天を仰いだ。
「本当にアディムさんとビアンカさんは仲がいいんですのね」
 にこにこ笑うマリアに、ヘンリーは苦笑した。
「というか、魔物使いと魔物使い使いって感じじゃないか?」

「うわ………」
「…………」
「すげぇだろ」
 絶句するセデルとルビアに、コリンズはそう言って鼻をこすった。
 父上から教えてもらったとっておきの場所。別荘の裏の小さな浜辺。
 小さいけれどここは本当にきれいなのだ。真っ白い、石の浜辺に脇にそびえる崖の上の緑、そしてさっきの広い浜辺とはまた違う、青、碧、藍の複雑なグラデーションを描く海―――
 やっぱり驚いた、とほくそえみながらも、コリンズはルビアの様子をこっそりうかがっていた。
 文通を始めてもう九ヶ月。だがいっこうに自分とルビアは友達になれた気がしない。
 コリンズはなにを書けばいいのかわからないなりに、母上や家庭教師に相談して頑張って最近起きたことなどを面白おかしく書いているつもりなのだが、ルビアはその返事をきれいな字でさらさらと書いてよこすくらいで、自分のことを少しも書いてくれない。時々一緒に送ってくるセデルの手紙の方が(字は汚いが)近況をしっかり報告してるくらいだ。
 自分のことやっぱりまだ嫌いなんだろうか、とずっとくよくよ思い悩んでいたコリンズにとって、この旅行は大チャンスだった。せめてもうちょっと、手紙に自分の身の回りのことを書いてもらえるくらいには、ルビアと仲良くなりたい。
 だがいざルビアを目の前にすると、なにをどうアプローチすればいいかわからない。今まで女の子と話したことはむろん何度もあるが、こんなに繊細な美貌を持った、触れたら壊れそうな雰囲気の少女には、コリンズは今まで会ったことがなかったのだ。
 だからこんなにルビアのことが気になるんだろうか。どうしてもドキドキしてしまう胸を押さえながら、コリンズは平常を装って言う。
「ここはな、冥界に通じている浜辺って言われてるんだ。この世にいながらあの世の風景を見れる場所、ってな」
「へー、あの世ってこんなにきれいなんだー」
「ばっか、言い伝えだよ言い伝え! あの世見てきた奴なんているわけねーんだから!」
「…………」
 ちょっとした小話のつもりで言った言葉――だが、ルビアはそれを聞いたとたん怯えたような顔をした。
 もしかして俺の小話で怯えちゃったりしてるんだろうか!? と思ったコリンズは、怯えを取り除こうと必死にルビアに話しかける。
「し、心配することないぜっ。そんなの本当にただの言い伝えで、嘘に決まってるんだからさっ」
「……え? ……ただの言い伝えじゃない、でしょ?」
「え?」
「あ、もしかしてルビア、見えるの?」
「うん……あちこちに、いるの見える……」
「は?」
 二人の会話を聞いてから数秒。内容を理解したとたん、自分の顔からさーっと音を立てて血の気が引くのを感じた。
「……あの、さ……見えるって、なに、が?」
「……あの……」
「幽霊さん! ルビアってよくもう死んだ人とかが見えるんだ!」
 明るく言うセデル。困ったような顔をするルビア。予想通りの答えに、コリンズは固まるしかない。
「そ、う、なの、か……」
「うん! そうだよ!」
「あ……」
 ルビアがはっとしたような顔をして自分の方を見る。コリンズは(まだ硬直から抜け出せないながらも)どぎまぎしながら聞いた。
「……え、と、なに?」
「………あの………」
「あ、もしかして、コリンズくんのそばに幽霊さんがいるの?」
「え」
 硬直するコリンズを困ったような視線で見つめながら、ルビアはおずおずとうなずいた。
「……今、すぐ背中を触ってる」
「………っうわ〜〜っ!」
 コリンズは後ろも見ずに、浜辺から逃げ出した。

「う〜〜〜〜っ………」
 パラソルの下からルビアを眺めつつ、コリンズは呻いた。
 ルビアは今セデルやアディムと、楽しげに最近ラインハットで作られた軽いボールで遊んでいる(子供たちと遊ぶアディムはキラキラと輝かんばかりの笑顔を周囲に振りまいているのだが、ルビアしか見ていないコリンズはそれに気づかなかった)。
 自分の方には視線も向けようとしない。当然だとわかってはいるものの、コリンズはしっかりへこんだ。
 あんな風に幽霊から逃げ出してしまえば、軽蔑されるのは当然だと思う。自分だってそんな奴バカにする。
 けど、でも。あの時はルビアの静かな語り口があんまり迫力があって、周囲の美しい風景とあいまって強烈な雰囲気を作り出していたせいで。自分だって普段はこんなじゃ――
 でも自分はルビアの前ではそういうだらしないところばかり見せている。
「ううう〜〜〜っ」
 コリンズは砂浜に八つ当たりしてぼすぼすと叩いた。このままじゃ、ルビアはきっと自分と友達になってくれない。
「おい、なにを八つ当たりしてんだよ」
 後ろからかかった声に、コリンズはむっとした顔で振り向いた。
「なんだよ、父上」
「なんだよじゃないだろ。ルビアちゃんに振り向いてもらえないからって八つ当たりするな」
「ち、父上には関係ないだろ!」
「ま、子供の恋路に口出すほど暇じゃないけどな。可愛い息子のために一肌脱いでやろうかと思って妙案を用意してきたんだが、そうか、聞く気なしか」
「え……」
「そうかそうか、それならいいんだ。マリアに話して酒の肴にでもするとするか」
「まっ……!」
 思わず足をがっしとつかむと、ヘンリーはにやりと笑いながら振り向く。
「……聞くか?」
 コリンズはせめてもの抵抗にしばしうーうー呻いたが、そんなものなんの役にも立つはずがなく、最後にはしぶしぶながらもうなずいた。ヘンリーは笑みを深くする。
「よっし、耳貸せ」
 ごにょごにょごにょと耳打ちされ――コリンズは「え!?」と驚きの声を上げた。
 だがヘンリーは涼しい顔で笑う。
「気合入れろよ、チャンスは一度きりだぞ?」

「あー、楽しかった!」
 浜辺でさんざん遊び、海でたっぷり泳ぎ、セデルはご満悦の体である。それはアディムも同じだった。久々に朝から陽が落ちるまで可愛い可愛い可愛い(エンドレス)子供たちと遊んで、溜め込んだストレスが一気に解消されていくのを感じる。
 だが、ルビアは心なしか普段より少し元気がないように思える。遊んでいる最中は遊びに夢中になっていたようだから口にはしなかったが、今なら聞いて悪いことはあるまい。アディムは口を開いた。
「ルビア。なにか気にかかることでもあるのかい?」
「え……」
「少し、普段より元気がないだろう。なにか心配事でも?」
「心配事は、ないけれど……」
「なになに、ルビアなにか困ったこととかあるの?」
「困ったことっていうか……」
 ルビアは少し逡巡したようだったが、やがて心を決めたようで口を開いた。
「あのね、今朝ね、コリンズくんに浜辺を案内してもらった時にね、すぐそばに幽霊さんがいるって教えてあげたら逃げ出しちゃったの。それでそのあとわたしと目が合うと逸らすし、昼ごはんのあとどこか行っちゃったから……わたしのこと、変な風に思ってるのかもしれない、って……」
「……変な風って?」
「わたしのこと、気持ち悪いとか、不気味だとか」
「誰かがそんな風にルビアのことを言ったことがあるのかい?」
 口調と表情はあくまで穏やかだが、内心ではもうアディムは切れる寸前だった。ぎりぎりぎりっ、と拳を握り締め、もしルビアにそんなことを言う奴がいたなら誰だろうとぶっ殺す、とか物騒な思考を繰り広げている。
 だがルビアはあっさり首を振った。
「そんな風に言われたことはないけど……学校のお友達が、わたしのいないところでわたしのこと変わってるって言ってるの聞いたことあるの。だから……」
「だから?」
「……コリンズくんも、そんな風に思うんじゃないかな、って」
 うなだれるルビア、心配そうに見つめるセデル。アディムは優しく笑うと、ぽんぽんとルビアの頭を叩いた。
「大丈夫だよ、ルビア。変わってるのはなにも悪いことじゃない。そもそも、人と違うことを変わってるって悪感情のこもった言い方すること自体おかしいんだ。人はみんな違う、その違い方が大きいか小さいかの違いだけだよ。僕たちは今ここにいる、人とは違ったルビアが好きだ。それじゃ駄目かな?」
「ううん……駄目じゃない……」
「それとね。コリンズくんのことだけど。彼は確かに少しお馬鹿さんなところがあるかもしれないけど。話してみた限りでは、変わっているからって理由だけで人を嫌いになったりはしない子だと僕は思った。たぶん彼は単にびっくりしただけじゃないかな、じきにまた話しかけに来ると思うよ」
「……そう?」
「そうだよ」
「なーんだ、コリンズくんあんなことで驚いちゃったんだ。いつも威張ってるくせにだっらしないの!」
 セデルがあっけらかんと言った言葉に、思わずといったようにルビアは笑う。ああやっぱりルビアは笑顔が一番可愛いな、とアディムは微笑みながら思った。
「お、アディム、こんなとこにいたのか! セデルくんとルビアちゃんも」
 別荘の裏手から出てきたヘンリーが、楽しげにアディムたちに声をかけた。
「ヘンリー。僕たちを探してたのかい?」
「ん、まぁな。セデルくんとルビアちゃんの誕生日パーティ、兼世界を救った一周年記念パーティに招待しようと思ってさ」
「……二人の誕生日は四日後だし、世界を救ったのは一週間後だけど……なんでそんなことを?」
「ま、いいじゃないか。お祝いは何度やってもいいだろ? さ、こっちの浜辺に来た来た」
 なにか企んでるな、とはわかったものの、別に逆らっていいことがあるとも思えない。アディムはセデルとルビアを連れて、ヘンリーのあとに続いた。
「あ、この浜辺……」
「コリンズくんに案内してもらった浜辺だね」
 すでに陽も落ち、周囲は夕闇に包まれている。明かりもつけずどんどん視界が制限されている中でヘンリーは迷う様子もなくすいすいと進み、浜辺に並べて置かれた椅子にアディムたちを座らせた。
「あら、やっと来たのね」
 アディムと反対側の席でビアンカが笑った。
「ビアンカ……ヘンリーはなにをするつもりなんだい?」
「あなたがわからないことが私にわかるわけないでしょう?」
「だいたい予想はつかないでもないんだけど……」
 などと言っている間に周囲は完全に闇に包まれた。月はまだ出ていない、一寸先は闇を絵に描いたような状況だ。ルビアが怯えたように自分の腕にしがみついてきたので、優しく肩を抱きしめてやった。
 ―――と。
 しゅわ、という音がしたかと思うと、眼前で火花が舞い始めた。
 赤、青、緑、白、黄色、銀、黄金。様々な色の火花が優美な舞姫のように、見事に整えられた動きで時に激しく、時に優雅に舞い踊る。
 その華やかなロンドは暗闇に見事に映え――たまらなく美しかった。
 やがて、火花が文字を描き始める。描いたあとから消えていくので文字の形を成すのは一瞬だが、並外れた視力と脳内構成力を持つアディムたちにはその一瞬で充分だった。
『アディム、ビアンカ、セデル、ルビア、ありがとう』
 そう文字は暗闇に描かれ、それから少し間をおいてもう一度だけ文字が描かれた。
『ルビア、ごめんなさい』
 描き終わったとたんぼっ、とかがり火に火がつき、辺りを照らし出す。
 文字を描いていたのは、予想通りコリンズだった。
「うわ……すごい、すごい、コリンズくん、すっごーい!」
 セデルがぱちぱちと拍手する。コリンズは少し照れたように鼻の下を擦って、ルビアの方を見た。
「ルビア。その……ごめんな。今朝、驚いて、逃げ出したりして」
 ルビアがわずかに体を震わせるのが感じとれた。
「でも、もう大丈夫だからな。もう逃げだりしないからな。だから……その……なんていうか……」
「わたしも、ごめんなさい」
 ルビアが椅子から下りて、ぺこりと頭を下げた。
「え……?」
「手紙、ちゃんと書かなくて。セデルみたいにちゃんと書けなくて」
「じゃあ、あれは……」
「今までお手紙ってお父さんやお母さん以外に書いたことないから、なにを書いていいかわからなかったの。でも、でもね、これからはちゃんと頑張って書くから……」
 炎を照り返す少し潤んだ瞳でじっとコリンズを見つめながら、はにかむように優しく微笑んで。
「ちゃんと、お友達に、なってくれる?」
 その言葉にコリンズの顔はぼんっと真っ赤になったが、数瞬後はっとして必死にこくこくとうなずいた。
 アディムは、いつの間にか近くに来ていたヘンリーに囁いた。
「ヘンリー、これって君の入れ知恵だろ」
「まぁな」
 悪びれた風もなく答えるヘンリー。
「別にいいだろ、息子が友達と仲直りするのにちょっと知恵貸してやるくらい。子供の友達が増えるのは親としても嬉しいだろ?」
「そうだね、少なくともルビアとしては完全にお友達としか考えてないからね……今のところ」
「大人気ないな……二人ともまだ子供なんだぜ。そんなにムキになることないだろう」
「そうだけど……」
 一度ため息をついてから、ヘンリーの方を向いて小さく微笑んで。
「ルビアを元気にしてくれて、ありがとう」
 心からの感謝をこめて言った。
 ルビアはさっきまでの元気のなさが嘘のように、ビアンカやマリアたちと一緒に元気に食事の準備をしていたからだ。
 ヘンリーは軽く笑って、アディムの頭を叩いた。

「……コミュニケーションが足りてない」
 パラソルの下で、アディムは呻くように言った。
 アディムは今日もセデルやルビアと一緒に楽しく遊ぶつもりだったのだが、コリンズに機先を制されて二人を遊びに連れ出されてしまったのだ。
 今コリンズとセデルとルビアは海で泳ぐ競争をしている。泳げないルビアは観戦したり、泳ぎ方を教えてもらったりだ。
 ああなんてうらやましいことを、と悶えるアディムにヘンリーは笑った。
「昨日さんざん遊んだだろ」
「だって僕は今日も二人と楽しく遊ぶつもりだったのに! 朝から晩まで一緒にいるつもりだったのに! ……ああ、やっぱりあの子たちも親より友達の方がいい年齢になってきてしまったんだろうか!?」
「そういう問題かぁ? ……まーとにかく、今日一日のことだから我慢してくれよ」
「今日一日?」
 アディムはヘンリーに向き直って首を傾げた。
「そ。俺たち明日の朝帰るんだよ。お前と違って一週間も休暇取れなかったもんでね」
「……そうなんだ」
「だから、今日の晩はしっかりつきあえよ。久々にたっぷり飲もうぜ」
 にっと笑って盃を傾ける真似をするヘンリーに、アディムは照れくさそうに笑って頭をかく。
「僕でよければ、いくらでも」
「お前じゃなきゃあ一緒に飲みたいとは思わねぇな」
 すまして言ってから、アディムと顔を見合わせて同時にヘンリーは笑った。

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