テルパドール北の沖合いにはいくつか小さな島が浮かんでいる。その中にひとつ、新大陸中に、そして旧大陸のほとんどに、存在を知られている島があった。 テルパドール領ではないものの、一応テルパドールの人間につけられた名前を持っているのだが、その名前で呼ぶ人間はほとんどいない。その島はこう呼ばれている――『博物館島』と。 博物館島は全体を森に囲まれた小さな島だが、港とは呼べないほどの船着場の他にひとつ、人の手による大きな建造物を有している。それが島の名の由来にしてこの島が名を知られる理由になっている、名産博物館だ。 深閑とした森の中に聳え立つ、白亜の博物館。ゆうじいと呼ばれる管理人の手によって毎日磨き上げられている美しく荘厳な建物の中には、建物に劣らぬ見事な展示物が並べられている。 『名産博物館』の名の通り、展示されているのは各地の名産品だ。一階にはポートセルミのボトルシップやテルパドールの砂漠のバラのような、その土地に行ったらお土産として手に入るようなものから、ルラフェンの地酒や呪いの唸り木のような珍しいものまで様々な名産品が並んでいる。 二階にはただ単に珍しいというだけでなく、美術品、芸術品としての価値も高いものが並べられている。古レヌール王国の富と職人芸の結晶、レヌールの王冠。オラクルベリーの珍店オラクル屋ののれんは見る者を思わず吹き出させるようなおかしみに満ちている。現ラインハット王国宰相の結婚記念オルゴールには見るも美しい宝石がはまり音を奏でる芸術品の趣き、美しい銀製の思い出のロケットにはグランバニア王国前王妃マーサの見事な肖像画が嵌め込まれ、美術的にも見事としか言いようがない美しさ。見事さよりも不気味さを感じさせる禁断の巻物さえ見る者に与える迫力に関しては他の展示品に劣らない。 そしてなにより三階の、美と恐怖の調和の最高峰、闇のトロフィー! 見る者全てを魅了せずにはおかない魔界の芸術的な名産品。 そのような他では見ることのできない、種々雑多でありながら調和を保った名産品の数々に加え、この博物館の館長がグランバニア国王アディローム一世――世界を救った伝説の勇者の父親だという事実により、見学者は毎日大入り、一時ほどではないものの博物館としては驚異的な数を誇っていた。伝説の勇者の旅で使用された道具の数々を見ることのできる一角も用意されていることも評判の一因だったかもしれない。 とにかく、名産博物館は全てうまくいっていたのだ―― 世界が救われてから十一ヵ月後のある日、盗賊に入られるまでは。 「大変なんじゃあぁぁぁ〜〜〜〜! 一大事なんじゃあぁぁぁ〜〜〜〜! 名産博物館が……展示品があぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!」 もはや事態の発覚から数時間が過ぎ、アディムたちがここに来てからも十分近く経っているというのに、ゆうじいは少しも落ち着こうとはしなかった。完全に錯乱した様子で床を、宙を、転げまわり踊りまわる。 「……つまり、まず泥棒に間違いはない、と」 「……はい」 名産博物館の受付にして有能な学芸員であるミミ嬢はうなずいた。 「鍵が破られていますし、足跡もくっきりついてます。価値の高いものばかりを狙っていますし……魔物とかじゃないのは確かだと思うんです、専門家じゃないのではっきりとは言えませんけど」 「あなたの考えに間違いはないと思いますよ。ここは一応テルパドール領なんですよね?」 「はい。でも税金なんてほとんど納めてませんし、事実上独立に近い状態です。一応地方代官に連絡はしましたけど、現在衛兵たちは他の事件に忙しいとかで余裕ができたら衛兵を送るとかなんとか……あんまり当てにできません。まあここに来るまでに相当時間が必要ですし、しょうがないんでしょうけど」 「なるほど……」 アディムはうなずいて、もう一度部屋の中を見渡した。 「しかし、まあ、ひどくやられたもんだな……」 博物館の中は、実際、ずいぶんと荒らされていた。価値の高い展示物は片っ端から乱暴に奪い取られ、わざわざご丁寧に台座に足跡までつけている。その他にも敷き布を放り出したり切り裂いたり、どうやら意図的に博物館の中を汚しているようだ、と思った。もしかしたら嫌がらせも含められているのかもしれない。 「なんにせよ、このまま放っておくわけにはいきませんね」 「はあぁぁぁ〜〜〜! 展示品がぁぁ〜〜〜! 名産品がぁぁぁ〜〜〜!」 「はい。この博物館の展示品は文化的歴史的にも重要なものが多いんです、泥棒の手にあっていいものじゃありません。ゆうじいさんはこの調子で、なにかに取り憑かれたように恐慌状態に陥ってますし、こういう時に頼れるのは館長だけだと思いまして……」 「幽霊のゆうじいさんもなにかに取り憑かれることがあるのかなぁ?」 「どうだろうね」 「はあぁぁぁ〜〜〜! わしの名産博物館があぁぁぁ〜〜〜!」 半狂乱で転げまわり続けるゆうじいさんを見ていたルビアは、はあ、とため息をつくと呪文を唱えた。とたんゆうじいがばたりと倒れて盛大にいびきをかき始める。 「ぐがあぁぁぁ〜〜〜、ぐごおぉぉぉ〜〜〜」 「少し落ち着いてもらった方がいいと思って」 「よくやったね、ルビア。助かったよ。……しかし、参ったな」 「なにが?」 「このまま放っておくわけにいかないのは確かなんだけど。今日はこれから視察しなきゃいけない地方があるんだ」 「えー? 休日なのに?」 だからこそ学校が休みだったセデルとルビアは連絡を受けたアディムについてここまで来ることができたのだが。 「王様は休もうと思えば全日休めるかわりに、働こうと思えば休日はないに等しいんだよ。お前たちと一緒にいられないのは……すごくすごくすごくすごく悲しくてこんな日に僕を呼びつけたその地方の責任者を抹殺したくなるほどだけど……もう少ししたら休みをとるためには仕方ないからね」 「ふうん……」 「展示物は取り返さなきゃならないけれど……うちの衛兵を使うわけにもいかないし」 名産博物館はグランバニア国王が館長を勤めているのは名産博物館を知っているなら誰でも知っていることであるが、それがあくまで私人としての立場によることを知っている者は少ない。警備兵もグランバニアの兵ではなく博物館の収益で個人的に雇った傭兵だ(だから夜間の警備にまで手が回っていないのだ)。 そこらへんの区別をはっきりつける性格であるアディムとしては、いかに部下という形になっているとはいえ自分の趣味でやっている博物館の仕事を手伝えと衛兵に言うことはとてもできなかった。 と、セデルがぽんと手を叩いて叫んだ。 「あ! それならボクたちが盗まれた名産品を見つけだせばいいんじゃないか!」 「………え?」 「わたしもそう思います。お父さんは安心してお仕事してきて? わたしたち、頑張って盗まれたものを取り返してくるから」 「ううん……」 アディムはしばし考えた。この二人はとても頭がよくて目端の利く子たちだけれども(←ザ・親バカ)、犯罪捜査のプロというわけではない。この子たちに任せることで初動捜査の遅れを招く可能性はないか? いや、とアディムは首を振る。この子たちは賢明だ。自分のできることできないことの区別はわきまえている。おそらくなにか見通しがあるのだろう、盗賊が入ってからは実際かなりの時間が過ぎているのだろうから初動捜査の遅れを気にするのもいまさらだし、なによりこの子たちがやる気になっているのを潰させるのは断じて嫌だ。 結論を出すと、アディムはにこ、と微笑んで子供たちの頭を撫でた。 「わかった。お前たち二人に任せるよ。でもいいかい、自分たちの手に負えないと思ったらすぐ連絡すること。ちゃんと最後まで責任を持つこと。できるね?」 「うんっ!」 「はい」 「よし。それじゃあ僕は行くけれど、二人とも頑張ってね。用事が済んだらすぐ僕も手伝いに来るから」 そう言って二人を力強く抱きしめると、アディムはルーラを唱えてグランバニアに戻っていった。 「えーと、それじゃあ……ボクたち、なにをどうすればいいんだろう?」 首を傾げるセデルに、ルビアは嘆息した。いつものことながら、セデルの実務処理能力は褒められたものではない。頭が悪いわけではないのだが、むしろ賢いとすら言えるのだが、その判断力や発想力、統率力は有事にこそ発揮されるもので、日常的な仕事の分野になると深く考えずに脊髄反射に頼る傾向があるのだった。 「現場は保存されているから、もう一度現場を調べてみてなにか手がかりがないか調べてみましょう。犯人を特徴づけるものがなにか残ってるかもしれない」 二人は調べてみた。ルビアが暇な時間に読みかじった本からの知識による調査だが、とりあえず他に頼れるものがない。 「えーと、足跡1、縦二十六cm横十二p……歩幅は平均……えっと、四十五cm……かな?」 「人数は五人。中肉中背が二人、大柄が三人。迷った様子はない……下見はすんでいたみたい」 「つかんだあと……これかな? 手と手の間隔は二十p!」 「鍵は外からむりやり破られている……合鍵を持っている人間はいない、急いでいたか乱暴かってことね」 一時間ほどかけて調べてみて、わかったのはこの程度のことだった。 ・泥棒は五人組。おそらくは全員男。 ・身長は百六十cmから百九十cmまでさまざま。体格もやせているのからがっしりしているのまで。 ・正面入り口から鍵をぶち破って侵入し、迷わずにめぼしいものだけを奪って逃走した。 ・博物館内を意図的に荒らした形跡がある。 ・足跡には相手を特定できるような特徴はない。 「……やっぱり、現場を調べただけで犯人がわかったりはしないね……」 「えー? けっこういろいろわかったじゃないか」 「でもそれは犯人を特定できるほどのものじゃないでしょ? ……ミミさん、警備兵の人からお話を聞きたいんですけど、いいですか?」 「はい、もちろん」 警備兵はルビアたちとも顔見知りの二十代後半の男だった。たった一人で博物館の警備を一手に引き受けている。自分の仕事がなんの役にも立たなかったことを不面目に思っているのか、落ちこんだ面持ちだ。 「警備兵さん、昨日から今日にかけてあなたが見たものについて話していただけますか?」 「は……」 警備兵の話は以下のようなものだった。 ・昨日は普段と同じように見回りをしたが、その途中でも別に変わったものは見つからなかった。怪しい奴も特には見当たらなかったと思う。 ・閉館後の見回りの時は展示物にもなにも変った様子はなかった。もちろん博物館の中に誰かが残っていたということもない。 ・自分は閉館後の見回りのあとテルパドールにある自宅にキメラの翼で帰宅したが、その時も別に妙なものは見なかった。 「……なるほど」 「なにがなるほどなの?」 「ううん、まだわからないわ。次は船着場の管理所に行って、昨日から今日にかけての船の出入りについて調べてみましょう」 船着場の管理所にいる雇われ人は次のようなことを話した。 ・昨日から今日にかけてはいつも通り定期便が四便やってきた。それ以外には来ていない。 ・別に船が残っていたりはしていない。 ・全部の船が出て行ったあとはどんな小さな船も船着場に入ってきたりはしていないと思う。 「……ううーん、やっぱり……」 「やっぱり、なに?」 「うん、やっぱり泥棒はキメラの翼を使って島に出入りしたんだと思う。手際のよさからそうなんじゃないかとは思ってたけど……船の出入りがなかったんならそれ以外に考えられないもの」 「へー。………それがどうかしたの?」 「……つまりね、普通にあとを追いかけて手がかりを調べて、っていう方法じゃ犯人は捕まえられないってことなの……そうなんじゃないかって、予想はしてたけど……」 セデルは困ったように首をかしげた。わかっているのかいないのか微妙だ。 「それじゃあどうしよう? 普通に調べてちゃダメなんだよね?」 「しらみつぶしにいくしかないと思う。盗んだものをお金に変えるにしろコレクションするにしろ、人のいない場所に居を構える盗賊団とかいうのでなければ大きな街に向かうはずだから」 「よっし、それじゃあさっそくルーラだ!」 「ちょっと待って、セデル。ただ街をやみくもに調べてたら時間がかかりすぎるわ。ここは本職の助けを借りた方がいいと思う」 「本職って?」 セデルの問いに、ルビアはちょっと困ったように首をかしげて言った。 「本職って言っていいのかはわからないけど……ドワーフの息子って言ってた、あの人」 「え〜? 面倒くさいなぁ」 ミルドラースを倒したのち、妖精の国のすみかで元のように暮らしているザイルは、嫌そうに顔をしかめた。 「そんなこと言わないでよー。一緒に冒険した仲じゃない」 「ザイルくんの助けが必要なんです。お願いします」 真摯な顔でお願いする双子に、ザイルは肩をすくめる。 「そりゃまあ是非にってんならやらないでもないけどな……おいら人間界にはあんまり詳しくないし。人間界の盗賊がどこに盗品を持っていくかなんて知らないぜ?」 「でも、盗賊としての能力はあるでしょう? ザイルくんの盗賊の鼻で、盗まれたものの匂いを追ってもらいたいの」 「あのなぁ、盗賊の鼻って言ったって限界はあるぜ? 離れすぎたり空間が区切ってあったりしたらそこで終わりだし」 「でも一度匂いを覚えたものなら嗅ぎ分けられるんでしょう?」 「……まあ、な」 「その力を貸してよ! 盗まれたもの取り戻せたら好きなものご馳走するから!」 「ホントかっ!?」 ザイルはとたんに喜色を満面にして、セデルにぐぐぐっと顔を近づけた。セデルは一瞬驚いたものの、すぐに元気よくうなずく。 「うん、約束するよ!」 「絶対だなっ、約束だぞっ! よーし、それじゃ張り切っていくかーっ!」 とたんにやたら元気になったザイルに、セデルとルビアは顔を見合わせる。 「……ザイルくん、そんなに食べたいものがあるの?」 「ああ……オイラは一度でいいから、ハンバーグを食べてみたいんだ……!」 「……食べたことなかったっけ?」 「ああっ! だって妖精の国じゃ挽肉機なんて売ってないからな!」 「……どう?」 くんくん、と真剣な面持ちで鼻をうごめかしていたザイルは、首を振った。 「ダメだ。この辺にはおいらの嗅いだことのある宝物はない」 「そう……」 セデルとルビアは揃ってため息をつく。 ここはオラクルベリー。近場で宝物を始末するならここだろう、というルビアの予測に従い、三人で片っ端から建物をのぞきこんで調べているところなのだ。 『盗賊の鼻』というのは特殊な呪文の一種であり、魔力により自分の周囲の宝物を走査する力を持つ。だがその力は建物の中や階段の上下にまでは及ばないため(どんなに距離が近かろうとも、なのだ)、一つ一つのぞいて調べるしか方法がないのだ。 主に盛り場の建物を片っ端からのぞいているのだが、進展はまったくと言っていいほど見られなかった。 まだ陽が高いせいか、夜にはいかがわしい雰囲気に満ちて柄の悪い男や女がうろついているこの辺りも閑散としている。セデルたちは最後の鍵を使って次々鍵を開けては建物をのぞき、ザイルの鼻を利かせていた。 「おい、お前ら。さっきからなにやってやがんだ?」 いかにもにやついた声がかかり、セデルたちは慌てて振り向いた。四人ほどの若い男たちがにやにやしながらこっちを見ている。声の主は真ん中の背の高い男のようだった。 「なにって……宝探し、でいいのかな?」 ねえ? とルビアに訊ねるように言うセデルに、男たちは不穏な笑みを浮かべた。 「ガキの宝探しにしちゃあ物騒だな。さっきから見てりゃ、鍵一本で扉を開けては閉め開けては閉めってやってるじゃねえか」 「お前らには関係ないだろ。あっち行けよ」 同族嫌悪というわけでもないだろうが、今にも噛みつきそうな顔で言うザイルに男たちは笑う。 「ああ行ってやるさ。その鍵をこっちによこしゃあな」 「お前らみたいなガキにはその鍵はもったいねえ。さっさとよこせば痛い目見なくてすむぜ?」 わざとらしくナイフを取り出して弄びながら言う男たちに、セデルたちは揃って首を振った。 「いやだよ」 「これはわたしたちのものです」 「誰がお前らなんかにやるか。どぶで顔洗って出直してこいこのスカポンタン」 あっさりと言い放ったその言葉に、男たちは怒りの表情を浮かべた。 「てめえら……舐めてんのか? マジで殺すぞ、コラァ」 「うーん、それは無理だと思うけどなー」 「お前らがおいらたちを殺すなんて百年かかっても無理だね」 「んだっとコラァ!」 一人が激昂してザイルに襲いかかる――が、ザイルは相手の拳をあっさり避けて伸び上がりざまに顎に一撃を食らわした。男はあっさりひっくり返る。 「てっ……テメェ!」 「ぶっ殺す!」 残りの男たちもナイフを抜いて襲いかかってくるが、当然セデルたちの相手になるはずがなかった。セデルに蹴られ、ルビアに眠らされ、ザイルに剣の鞘で殴り倒され、たちまちのうちに全員意識を失う。 「さ、さっさと次行こうぜ」 「ちょっと待って。この人たちから話が聞けるかもしれない」 歩き出そうとするザイルにそう言うルビア。 「話って?」 「この人たち盗賊さんみたいだから。宝物がオラクルベリーに流れたとしたら、行く先を知ってるかもしれないでしょ?」 「あ、そっか」 「それじゃ、そこの寝てる奴起こして話聞こうぜ」 さっそくセデルはルビアに眠らされた男の上半身を持ち上げる。ルビアが呪文を解除すると、男はのろのろと目を開け、周囲を見回して、仲間たちが殴り倒されているのを見てかっと目を見開いた。 「お、おま……お前ら……お前らがやったのか!?」 「うん」 「おいらたちに歯向かおうなんて百万年早いんだよ」 男は顔を真っ赤にして、悔しげに叫ぶ。 「い、いい気になるなよガキのくせに! ちょっとばかし強いからってなぁ! 俺たちのボスはここらへん一帯を束ねるグリューブ一家のドンなんだぞっ!」 「ふーん……それ、誰?」 「ん、んなことも知らねえで俺たちに喧嘩を売ったのかこのガキ……!」 「先に手を出してきたのはあなたたちのほうだと思いますけど」 「やかましいっ! てめぇら、絶対にぶち殺して港に浮かべてやるからな……!」 「状況わかってんのかお前? なんならおいらたちの方がお前らを魚の餌にしてやってもいいんだぜ」 「ひ……!」 「――申し訳ないが、そのへんで勘弁してやってくれませんか」 声のした方を向くと、そこには中肉中背の俊敏そうな中年の男が立っていた。その瞳には冷静さとあらゆるものに対する厳しさが同居し、ひとかどの人物であることを明白に示している。 「ジャ、ジャンニさん!」 男が嬉しげな声を上げる。 「いいとこに! こいつらちょっと話しかけたら俺たちを全員殴り倒しやがったんです! グリューブ一家のことも知らねえなんて言うし……ここはひとつグリューブ一家の面目を保つためにも、ジャンニさんの力を……」 「あーっ、嘘つきっ! 先に手を出してきたのはそっちの方じゃないかっ!」 「うるせえっ! ジャンニさん、お願いしますよ……」 「…………」 「ジャ……ジャンニさん?」 ジャンニと呼ばれた男はすたすたと男のそばまで来ると、無言でその脳天に鉄拳を落とした。 「いってぇーっ!」 「……この恥さらしが」 ジャンニは吐き捨てると、しゃがみこんでセデルたちと視線を合わせた。 「うちのもんが申し訳ないことをしました、セデルリーヴ王子、ルビアレーナ王女。お腹立ちはごもっともですが、こいつらは俺たちがしっかり再教育させていただきますんで、どうかお許し願えませんか」 セデルは驚いた。 「ボクたちのこと、知ってるんですか?」 ジャンニは苦笑する。 「グランバニア王室の発売してる記録珠を見ましたからね」 男は仰天したようだった。 「グ、グランバニア王室、って……セデルリーヴ王子、って……まさか、まさか、伝説の勇者……!?」 がつっ、とジャンニはもう一度鉄拳を食らわせた。 「世界を救ってくださった人の顔ぐらい覚えてろ、抜け作が。覚悟しとけよ、名にしおうグリューブ一家の再教育を特別コースで味あわせてやるからな」 「ひ……!」 「本当に、教育が行き届かずに申し訳ないことをしました。グリューブ一家を代表してお詫びします。ですが、どうか……どうかグリューブ一家を取り潰すのは勘弁してもらえませんか。うちはこれでも非道はしない、薬と奴隷には手を出さないと決めてる一家です。ここらの治安に一役買ってると思います。俺にできるお詫びならどんなことでもしますから……どうか、責めは俺一人に。俺が詰め腹を切ってすむことならいくらでも切らせていただきますから」 「ジャ、ジャンニさん……!」 つめばらをきるってどういう意味だろう? とセデルは首を傾げたが、言葉よりもジャンニの真剣な雰囲気を感じ取って笑った。 「いいですよー、気にしてないから。ボクたち誰も怪我しなかったし」 「王子……いや、そういうわけには」 「あの……お詫びしてくださるっていうなら、ひとつ教えてほしいことがあるんですけど」 ルビアの言葉に、ジャンニは真剣な顔をルビアに向けた。 「なんでしょう」 「あの、この街の盗品ルートに名産博物館から盗まれた品物が流れてないか教えてもらえませんか? 昨日から今日にかけての話なんですけど」 「……どういうことですか?」 詳しい話をすると、ジャンニは顔をしかめた。 「そりゃおかしい。どんな盗賊だって、あそこに手を出す奴はいませんよ」 「え?」 「どういうことですか?」 「あそこが世界を救ってくれたグランバニアの王様が館長をやってる博物館だってのは誰でも知ってることです。そんなところの宝物を盗むのは盗賊の道にも外れてますよ。警備が薄いのも価値ある宝物が多いのも知れ渡ってますが……もうあそこに手を出さないのは少なくともオラクルベリーでは暗黙の了解になってます。……それに、伝説の勇者や王様を敵に回すなんて度胸、そんじょそこらの盗賊にはありません」 「………つまり?」 ジャンニは真剣な顔でうなずく。 「とんでもない馬鹿か、とんでもない自信家のどっちかですね」 『うーん……』 セデルたちは声を揃えて考えこんだ。 「普通の盗賊はあそこに盗みに入らない……じゃあ盗んだのは誰なんだろう?」 「オラクルベリーの人間じゃない……ジャンニさんが念の為調べてくれるって言ってたから、オラクルベリーはいいとして」 「それじゃあ盗品ルートにも乗らないんじゃないか? 盗まれたのはこの世に一つしかないもんばっかだし……」 『うーん……』 道の真ん中で座りこんで考えこむ三人に、ふと声がかかった。 「セデル、ルビア。ザイルもいたのか」 「あ、お父さん! ……え、プサンさん?」 「どうもどうも、こんにちは。いやー、アディムさんに引っ張り出されちゃいましてねー」 年齢のわからない顔にへらへらした笑みを載せているのは、間違いなくプサン――マスタードラゴンだ。 「どうしたの、お父さん?」 「仕事を急いで終わらせて、お前たちを手伝いに来たのさ。まだオラクルベリーにいてくれてよかった」 「そうじゃなくて」 「ああ、プサンさん? この人なら宝物の居場所がわかると思ってね。泥棒がまだ宝物を一つところに置いているのなら」 「…………?」 「……あ! 天空のベル!」 「そう。あれが鳴ればこの人は鳴った位置がわかる。天空のベルを博物館に置いておいてよかったよ」 「もう鳴ったの? 場所わかるの?」 プサンはその瞳に一瞬叡智の輝きをひらめかせ、囁いた。 「任せるがいい、我が愛でし子よ」 ゴオオウ! 耳元を風が凄まじい速さで通り抜けるのが聞こえる。 「うわ〜いっ、気っ持ちいい〜っ!」 久々のマスタードラゴンによる飛行に、セデルはご機嫌だった。 もちろんルビアは正反対。目を閉じ耳をふさいで完全に状況を無視しようとしている。 アディムはマスタードラゴンに聞こえるように叫んだ。 「鳴った場所は間違いなくラインハットの街中なんですね?」 「ああ間違いはない! 鳴ったのもさして前ではないから、大きく移動してはいないはずだ!」 マスタードラゴンが叫び返す。 マスタードラゴンの翼は一日で大陸群を一周する、みるみるうちにラインハットの城下町へと移動した。 「ここだ!」 街の人々に騒がれるのを気にもせず、マスタードラゴンはずいぶんと大きな、おそらくは貴族の邸宅の上空に停止し、アディムたちを下ろした。 「この中に?」 「ああ、間違いない。この建物の地下でベルは鳴らされた」 「なるほど……」 アディムは邸宅を見上げ、呟いた。 「ヘンリーには悪いけど……私人として持ち物を奪われたんだから、私人として取り返させてもらうとするか」 十分後、襲ってきた者たちは全員気絶させられて、アディムたちはその屋敷の主――イルガリム伯エメイヨ・ヴィルハー・オルクナイトスと相対していた。 「さて、エメイヨさん……あなたの奪ったものを返していただけますか?」 「な、なにを……言いがかりだ! 私はなにも奪ってなど……」 「それならどうして僕たちがここを訪れた時いきなり配下に襲わせたりしたんですか? どうしてもしらをきると言うなら……」 震えているエメイヨに、すっと顔を近づけて囁く。 「この屋敷、壊してでも探し出しますよ?」 「…………っ!」 エメイヨは顔面蒼白になって、手の中に握りこんでいたスイッチを押した。ガガガガ! という音がして隠し階段が姿を現す。セデルが勇んで中に飛び込んだ。 「お父さーん、ちゃんと全部あるよー!」 「それはよかった……さて。一応、なぜ窃盗行為を働いたのか、理由をお聞きしましょう」 「ラインハットのためだ!」 「は?」 突然飛び出した言葉に、アディムは眉をひそめる。 「現在グランバニアは世界中に勇者を輩出した国としてその名を轟かせ、世界の盟主のごとく振舞っている。誇り高きラインハットの貴族が、そんな振る舞いに我慢できると思うか! 私は貴様らグランバニアの田舎王族どもに、身の程を知らしめるため立ち上がったのだ」 「……つまり、僕たちの体面に傷をつけるために配下に命じて窃盗行為を働かせた、と?」 「う……まあ、そうも言えるな」 アディムはふう、とため息をついた。こんなことを本気で考える人間がいようとは。 「セデル、ルビア。ザイル。先に帰っていていいよ。荷物は僕が道具袋に詰めて持っていくから」 「えーっ、なんで? 一緒に帰ろうよ」 「いや、ミミさんやゆうじいさんたちを安心させておいてほしいんだ。それにお前たちの言っていた、オラクルベリーの侠客にももう探し物は見つかったと報告しなきゃならないしね」 「きょうかく?」 「ジャンニさんのことよ」 「あ、そっか。そうだね。それじゃお父さん、博物館でねー!」 セデルとルビアとザイルは部屋を出ていく。分厚い扉がぱたんと閉まったのを確認してから、アディムはエメイヨに向き直った。 「あなたが窃盗行為を働いたこと自体については、そう腹立たしく思っているわけではありません」 突然の宣言に、エメイヨは目を白黒させた。 「は、はあ……?」 「あの名産品の数々を集めるにはそれなりに苦労したから、もちろん取り戻すつもりではあったけれど。盗まれたくらいで傷つくようなものはなにも僕は持っていないし、あなたのやったことは僕にとってはほとんど損害になっていない無意味な行為だし」 「な、なにを……」 「だけど、あなたは僕だけじゃなく、博物館の人々や、今日博物館を見に来る予定だった人々や、いろいろな人に迷惑をかけた。なにより――」 アディムの表情がすうっと消える。 「僕と、セデルと、ルビアの貴重な休日を消費させたっていうのは少し許せない」 「―――ひ………」 命の危険を感じてしりもちをついたままあとずさるエメイヨに、アディムはにっこりと、一部の人間になによりも恐れられている氷のごとき微笑を浮かべた。 「心配しないでいい。殺しはしないから――ただ、二度とこんなことをする気が起きないように、ちょっとお仕置きするだけ」 数秒後、部屋中にエメイヨの絶叫が響き渡った。 アディムとセデルとルビアは、ゆうじいの手によってすっかり元通りに磨き上げられ、展示品も元通りになった名産博物館をゆっくりと見て回った。 地下の倉庫は展示するほどではないと判断された名産品が並べられている。噂のノートにネッドのペナントなど。だがそれも保存の魔法が付与された台座の上に載っていると、それなりに趣があると言えなくもない。 一階のバラエティ豊かな名産品の数々の間を回る。海辺の修道院のシスターが彫った柔らかい雰囲気の木彫りの女神像。いつまでも美しい花をたたえる桜の一枝。誰もが見た瞬間思わず固まってしまうコワモテかかし、温泉の暖かい匂いを周囲に撒き散らす秘湯の花。 二階の美しい名産品の間を回る。世界樹の苗木はルビアがグランバニアの森の中にもう植えてしまったけれども、表紙に見るも美しい刺繍を施された天の詩篇集、グランバニアの名工の手による妖しくも美しいモンスターチェス、強烈なインパクトを発している大きなメダル等々見応えのあるものばかりだ。 三階の最奥の台座には最高の名産品闇のトロフィーが置かれ、別の部屋には冒険の間に使って今ではもう使わない品物――ラーの鑑やら空飛ぶ靴やらが並べられている……。 「ここの展示品をゆっくり見て回るのも久々だなぁ」 「お母さんも呼べばよかったね」 「そうだね……」 アディムは二人を連れて、三階のテラスに出る。 「ここからの眺め好き……グランバニアのお城ほどじゃないけど」 「そうだね。ここは僕たちの旅の軌跡が見える場所だから、世界中の人々のためにも大切にしておきたい」 「それに綺麗だしね、みんな! あ、みんなじゃないかもしれないけど」 「うん。……まあ万一に備えて、これからは保険をかけておくか」 「保険?」 「うん。誰も妙なことを考えないように」 アディムは笑うと、テラスの喫茶室で作ってもらったハンバーグをかっこんでいるザイルに言った。 「ザイル、手伝ってくれるかい?」 「へ? ……なにを?」 「宝物の保護と、君には暇つぶしと食糧調達を」 それからのち、名産博物館には交代で、一日二〜三体の魔物が見張りに来るようになった。 客にも驚かれはするものの、アディローム一世の従える魔物と会えるというのは嬉しいらしく評判がよい。 ザイルも二〜三週間に一度は人間界にやってきて、労働と引き換えに妖精界では食べられない食事を楽しんだという。 |