むきになって喧嘩する二人の男子
「ねぇねぇ、みんな。今ふと思ったんだけどさ。このパーティで一番強い人って、誰かな?」
 バーバラがそんなことを言ってしまったのは、デスタムーア城を眼前にしてのレベル上げの日々のさなか、いつものようにひょうたん島で休息を取っている時、夕食を終えてみんなで食堂でくつろいでいる時間の中でだった。
 デスタムーアの居城に乗り込み戦えるだけの力をつけるための、これまでに何度もあったレベル上げ&熟練度上げの日々(といっても熟練度を上げる必要があるのは、メインパーティメンバーの中では事実上テリーだけなのだが)。ひたすらにひょうたん島や夢の世界のライフコッドのターニアの家などとデスタムーア城の前でのメタル狩りを往復する毎日の中で、そういえばみんなで強くなろうって頑張ってるけどあたしたちの中の一番強い人って決まってなかったよね、と本当にふと思いついて口にしただけの言葉。
 ――なので、それに勢い込んで食いついてこられたのは、正直言って予想外だった。
『俺に決まってるだろ(う)』
 そう声を揃えて言った二人は、即座に相手を殺気すら込めて睨みつける。――つまりそれが、ローグとハッサンの二人だったわけだが。
「……ほう。面白いことを言うなマッチョモヒカン脳筋。俺がお前に劣る、と?」
「お前こそ面白いこと言うじゃねぇか。言っとくが、俺は他のことならともかく戦いに関してはお前に負けると思ったことは一度だってねぇぞ」
 バーバラはあわわ、と思わず慌てて二人の顔を見比べる。なんでいきなりこんなに険悪な雰囲気になっているのだろうか。ローグとテリーならともかく、ハッサンはローグと喧嘩したことなんかこれまでほとんどなかったのに。
「ほう……言ってくれる。これまで何度俺がお前の死にそうになっているところを助けたと思っている? 危地に回復魔法を飛ばしたり庇ったりした時のみならず、作戦指示や仲間への指示でお前の窮地を脱させたことをもう忘れた、と?」
「つまりそんだけお前が後方支援に徹してた、ってことだよな? 真正面からガチンコでやり合った経験がそれだけ足りないってわけだ。そんな相手に負ける気は、まるっきりしねぇなぁ」
「フン……確かにお前の白兵戦の実力は認めるがな。総合力で俺に勝てると思っているのか? 戦いは戦闘力だけじゃない、魔法力と戦術眼も極めて大きな要素になる。それらも考慮した上でなら、お前が俺に勝てる道理はないだろが」
「そんなもん回復する前に倒しちまえば終わりだろ? 悪いけど今のお前の体力なら俺ぁ一撃でお前ぶっ飛ばせる自信があるぜ。それだけ俺はこのパーティの最前列で戦ってきたんだからな。お前もよく知ってるだろ、なぁ?」
「………ほぅ」
「………なんだよ」
 ズゴゴゴゴ、と暗雲すら背負いながら苛烈な視線をぶつけ合う二人。あわわわわどうしようどうしよう、とうろたえるバーバラに気を遣ったわけでもないだろうが、その二人の間に一人の男が割って入ってきた。
「……おい。なんでお前たち二人の間で最強を決めることになってるんだ。忘れたのか、パーティ内に戦士はお前たちだけじゃないだろうが」
 そう言って怜悧な視線をローグにぶつけるテリーを、ローグは視線を向けもせずきっぱり切って捨てる。
「すっこんでろ名前だけ世界最強の剣士。パーティ内で下から数えて一、二を争っているお前に用はない」
「なっ……き、貴様……!」
「えっ、いやいや、テリーってそんなに弱くないじゃない! けっこう素早いし魔法力も高いし、立派な剣士だよ、うんっ!」
 とにかくこの争いをうやむやにしたくて割って入ると、テリーは少し驚いたような顔になって「バーバラ……」と呟いてから仏頂面になり顔を背けた。たぶん照れたのだろうが、そこにローグは零下の声音を叩きつけてくる。
「死ぬほど弱いとは言わんが強くもない。戦士系のくせに攻撃力がミレーユ以下なんだぞ、基本強敵と戦う時はバイキルト+白兵攻撃特技なことを考えると頼りなさすぎるだろが。ルーキーみたいに輝く息も使えないし」
「でっ、でもわりと素早いし、先手を取って全体攻撃とかできるし……」
「その時の攻撃力は頼りないにもほどがあるがな。おまけに魔法力は並みの戦士よりは少しマシ、程度で実戦で頼りにするには厳しいレベルだし。唯一の取り柄である素早さも、魔法使い系のメンバーに比べればはるかに低い。総合力で言うなら間違いなくパーティメンバー中下から数えて一、二を争っていると思うが?」
「そっ……それは……ううう」
 反論する内容が思い浮かばず言葉に詰まるバーバラの肩を、チャモロがぽんと叩いて哀しげな表情で首を振り、テリーを指差す。テリーはずーんと背後に暗雲を背負い、そっぽを向きながらうつむいてしまっていた。いつもならローグにこういうことを言われた時はムキになって反論するのに、と不思議に思いつつも、チャモロの表情の悲痛さに気圧されてそれ以上反論はせず口を閉じる。
 そんなバーバラからハッサンに視線を戻し、ローグはきっぱり言ってのけた。
「なんにせよ、だ。俺はたとえ白兵戦だろうと、お前に負ける気はまるっきりない」
「へぇ……言うじゃねぇか。それなら俺も言わせてもらうぜ。たとえお前だろうと、戦いで負ける気はまるっきりない、ってな」
「ほぅ……抜かしてくれる。つまりそれは、『やる気』だということだな?」
「当たり前だろうが。その気もなしにお前にこんな台詞吐くかよ」
「――いいだろう。勝負の時間は明日正午。ここ、ひょうたん島の上で、ということでいいな」
「上等だよ。首根っこ洗って待ってやがれ」
 そう言ってローグとハッサンは立ち上がり、ふんっとばかりに互いに背を向けて歩み去る。それを呆然と見送ってから、バーバラは半泣きになってミレーユにすがりついた。
「み、ミレーユーっ! どどど、どうすればいい、どうすればいいのこれっ!? な、な、なんかあたしのせいで、ローグが、ローグとハッサンがーっ!」
「あらあら……これはちょっと、困ったわねぇ。まぁ、基本的には男の子同士の意地の張り合いのようなものだと思うけれど……」
「いやいやなんかもう全然そういう段階じゃなかったよあれっ! なんかもうほんとにこっ、殺し合いとかそういう感じで……どうしようどうしようっ、どうすればいいのミレーユーっ!?」
「ううん……そうねぇ……」
 珍しくミレーユが眉を寄せ、考え込む。バーバラはわたわたはらはらしながら必死にそれを見つめる。足元にはスラリンがぽよんぽよんしており、テリーはまだ壁際で落ち込んでいてチャモロはそれを慰めている――そんな中、ミレーユはにっこり笑って告げた。
「無理ね。やっぱり」
「……へっ!? ムリっ!?」
「ええ、無理。こういう男の子同士の意地っていうのは、下手に仲裁してしまうと後を引くから。やる気になったのならとことんやらせてしまった方がいいと思うわ」
「えっ、でっでっでもっ、怪我とかするかもしれないし……」
「そうねぇ……でも、大丈夫よ、きっと」
「だっ大丈夫って、きっとってっ……」
「だってバーバラ、あなただってザオリク使えるでしょう?」
「へっ……」
「たとえ死んでしまったとしても、その時は相手が責任を持って蘇らせてくれると思うわよ?」
 にっこり笑顔で指を立てながらそう言うミレーユに、バーバラは「もーっ……そーいうことじゃないんだってばぁ!」と叫び、わたわたとローグの後を追った。

「ローグーっ! ちょっと、ちょっとローグってば!」
「なんだ、バーバラ」
 くるっとこちらを振り返ったローグの表情は、落ち着いていた。いつも通りの傲岸不遜を絵に描いたような表情ではあるが、そんなのは本当にいつものことなのでむしろ少しほっとしながら問いかける。
「ねえ、ローグ……ハッサンと喧嘩するって、その……本気、じゃないよね?」
「俺はあいつといまさら喧嘩なんぞする気はない」
「え、そ、そうなの?」
「俺とあいつが明日やるのは決闘だ。故意に殺しはしないが、死んでもやむなしというつもりで全力を振り絞って戦う一対一の勝負だな」
「ちょっ……もっと悪いじゃないそれーっ!」
 バーバラはわたわたと両手を振り回し、必死にローグに懇願した。
「ねぇっ、やめようよそんなの。そんなことしたって全然意味ないでしょ? ローグとハッサンって、これまでずっと仲良かったじゃない。喧嘩だってほとんどしたことなかったしっ、なのにそんな、殺し合いみたいな……」
「ほう? 俺があいつと仲がいい、と?」
「えっ……ち、違うの?」
「違う。単にあいつがお人好しだからそう見えるだけだ」
「え……じゃ、じゃあっ……ローグは、ほんとは、ハッサンのこと……嫌い、だとか……?」
 勢いを失い、最後の方は口の中で消え入るような声になりながら呟いて、バーバラはうつむく。あんな風に、なんのかんの言いながらいつも仲良く喋っているように見えた二人が、本当は仲良しでもなんでもないのだとしたら、自分だってローグにとってはどうでもいい相手でしかないのだろうと思えてしまったからだ。
 そんなわけないって、ローグは本当は優しいって、わかってはいるつもりだけど、でも。
 うつむいて黙り込むバーバラに、ローグははぁっ、と息をつき、バーバラの頭を軽く叩く。その手の優しさにそろそろと顔を上げるも、ローグの眉間にしわを寄せた不機嫌そうな顔と目が合って思わず胸の前で寮の拳を握りしめてしまった。
「……ローグは、ほんとに、ハッサンのこと……」
「……あいつと俺のことは、お前が心配するようなことじゃない」
「で、でもっ」
「心配しなくていい。少なくともお前のことは、少しもどうでもいいとは思っていないからな」
「えっ……」
「ついでに言っておくと、ミレーユもチャモロもアモスもな。ルーキーも他のスライムたちもドランゴも。テリーも、まぁ面倒くさい奴ではあるが一応仲間の範疇には入れておいてやる」
「そっ、そうなんだっ」
 ローグの口ぶりに一瞬口説かれているような気分になって、すぐ勘違いだと理解して、めちゃくちゃ恥ずかしくなってバーバラは大きな声を上げてごまかす。が、そんな心境をローグは的確に見抜き、にっこり笑って言ってきた。
「なんだ? お前のことだけが特別だ、と言ってほしかったのか?」
「ちっ、違うもんっ! あたし、そんなの、別に……」
「ほほう。お前が口説いてほしいと言うなら腕によりをかけて口説き落してやろうかと思っていたんだがな……」
「えっ、ちょっ……じゃ、じゃなくてぇっ! ハッサンのこと話してたんじゃんっ! ローグはハッサンのことはどう思ってるのっ! ちゃんと仲間だと思ってないのっ!?」
 顔を赤くしながらもそう詰め寄ると、ローグは肩をすくめて答える。
「ま、仲間と言うべき存在ではあるだろうな。あいつは強敵相手の時は欠かせない戦力ではあるし」
「だったらっ! なんで、そんな、決闘なんて……」
 ローグはしばしじっとバーバラを見つめ、ふいにふっ、と柔らかく笑った。戸惑って目をぱちぱちさせるバーバラの頭を、ローグはまたぽんぽんと叩く。
「心配しないでいいと言っただろう? お前が泣くようなことをするわけじゃない」
「だ、だけど、決闘するって……」
「実際死んだところで生き返らせられるんだから別に無茶というわけでもないだろう。戦闘技術を競うには相手を殺す気でぶつかり合うのが一番効果的だしな」
「で、でもっ」
「お前はいい子だな、バーバラ。優しくて健気で、仲間想いで。誰からも愛される少女というのはお前のようなのを言うんだろう」
「えっ……ちょっ、急に、なに……」
「だが、悪いが、あいつとの決闘は止めない。俺としてもいい機会だと思っているんでな」
「え……?」
「心配する必要はない。お前を泣かせるような結末にはさせんさ。俺がお前の信頼を一度でも裏切ったことがあるか?」
「そ、れは……ない、けど……」
「なら、安心して待っていろ。――明日の決闘まで少し席を外す。俺に用がある時はグランマーズに声をかけてくれ」
 言ってローグはくるりと背を向け、去っていく。その鮮やかな身の翻し方に、バーバラはそれ以上声をかけることができなかった。

「悪いが、そいつは聞けねぇ相談だな」
 ハッサンの言葉に、バーバラは目をみはって詰め寄った。
「なんでぇ!? ローグもそうだけど、なんでそんなに喧嘩したがるの!? ハッサンとローグって、これまでぜんぜん喧嘩したことなかったのに!」
「ま、そうだけどな。だけど今回は俺としても退けねぇ」
 逆立ち指立て伏せをしながら、息を荒げもせず、むしろ静かな口調でハッサンは言う。
「俺も、曲がりなりにも武の道を志した男だからな。全力で雌雄を決しよう、なんぞと誰より認めた男に言われたってのに、逃げ出しなんぞしたらそれこそ男が廃るってもんだろ」
「えっ……」
 目をぱちくりとさせたバーバラに、ハッサンは小さく苦笑した。
「ま、バーバラにはまだちっとわかんねーかもしんねぇけどよ。男には誰だってそういう心持ちがあんのさ。強くなりたい、誰かに勝ちたい、自分が世界で一番強いと叫びたい、みてぇなとこがな」
「そ、そんなの……誰だってってわけじゃないでしょ? テリー……は、まぁそういうとこあると思うけど、チャモロとか、アモスは全然そんなとこ……」
「そうでもないぜぇ? ま、テリーは実際わかりやすくそういう心持ち撒き散らしてるけどな。チャモロだって、そりゃあ普段は全然そんなとこ見せねぇけど、稽古の時とかみてぇに『そういうところを見せてもいい時』だって思ったらけっこう素直に敵愾心燃やしてくるしな。アモスも、まぁ普段はへらへらしてるけど、あれで相当負けず嫌いなとこあるぜ? どっちが多く敵倒せるか、なんて勝負した時とか負けたら相当悔しがるしよ。単にどっちも普段はそういうとこ人には見せねぇようにするぐらいの慎み深さがあるってだけだ」
「そ、そうなの……?」
「で、だ。ローグはいつもとんでもなく偉そうだけどよ、その分なんつーか、あんまり真正面から人とぶつかり合うことってねぇんだよな」
「え……そ、そっかなぁ?」
「まぁあそこまで態度がでけぇと周りが勝手に退いちまうってだけかもしんねぇけど、とにかくあんまガツガツしてねぇっつーか。言動は果てしなく偉そうな割に、めいっぱい周りに気ぃ使って人と喧嘩しねぇようにしてんだよあいつ」
「そ……そう、なのかなぁ?」
 バーバラはどうにも納得しかねて口をもごもごと揺らす。というか、正直素直に納得してしまうのが悔しいような気がしたのだ。ハッサンがものすごくローグのことをわかっているような気がして。
 いや、別に自分がローグのことを一番わかっていたいなんて思っているわけじゃないけど。ただなんていうか、そう仲間としてハッサンに負けっぱなしって気がして面白くない気がするというか……
「だから、あいつがこんな風に、真正面からぶつかってこようって時に、全力で応えねぇなんて選択肢俺にゃあありえねぇんだよ」
「え……」
 目を見開くバーバラに、ハッサンは逆立ち指立て伏せをしながらこの上なく真剣な声音で言い放つ。
「男として、仲間として、相棒として。あいつが俺と本気でぶつかり合おうってのに、応えねぇなんてできるわけねぇ。だからバーバラ、お前にゃあ悪いが――今回は、引っ込んでてくれ」
「…………」
 ハッサンのその言葉に、バーバラは、どう答えればいいのかわからなかった。

「ねぇ、ミレーユぅ……」
「なにかしら、バーバラ?」
 夜。居間の暖炉の前で膝を抱え、うつむきながらバーバラがこぼした言葉に、ミレーユはそばの椅子で刺繍をしながら応えてくれた。
 もはや夜も更け、他の仲間たちは全員自室へ引っ込んでいる中、バーバラはこのまま眠る気になれなくて居間に残っていた。もしかしたらミレーユは、バーバラのそんな気持ちを察して一緒に残ってくれたのかもしれない。
 だというのに、バーバラは言葉の後を続けることができず、さらにずぶずぶと顔を膝にうずめる。ミレーユに申し訳ないとは思うが、それでもバーバラは自分の中にあるものをどう言葉にすればいいのかわからなかったのだ。
 結局、しばしの沈黙ののち、ミレーユの方から問いかけてきてくれた。――なぜか、わずかに笑みを含んだ声で。
「バーバラ。あなた、ローグとハッサンが決闘しなくちゃならない理由がさっぱりわからないのが、自分のせいだ、とか考えてないかしら?」
「えっ……ち、違うの?」
 思わず顔をあげて問い返すと、ミレーユはにっこり優しい笑顔で首を振った。
「違うわよ。男同士の面倒な関係を実感を持って理解できる女性なんて、この世にいないんじゃないかしら? 頭がよかろうが共感能力が高かろうが、人間は自分以外の人間にはなれないんですもの。自分と異なる性との間にある溝は、たいていの人が思っているより深いのよ?」
「え、で、でも、ミレーユは?」
「私だってわからないわよ。殿方たちがどうして仲間内でも順位をつけたがるのか、なんて。ことに喧嘩ではそれに命すら懸けられる、なんてばかばかしい話、実感を持って理解するなんてとうてい無理というものだわ」
「そ……そうなんだぁ……」
 思わずほっとして深々と息をつくバーバラに、ミレーユはくすりと笑い声を立てる。
「バーバラったら、そんなに気にしていたの?」
「だ、だってあたしのせいでローグとハッサンが喧嘩始めちゃったってあわあわして、何とか仲直りさせなくっちゃって必死になってたのに、ローグもハッサンもあたしのことなんか全然眼中にないって感じなんだもん。なんか、さっぱりわけがわかんなくって、あたしってもしかしてすんごい馬鹿なんじゃないかって思っちゃったし、あたしの存在ってなに、なんてことも考えちゃったし……」
「そうなの……確かに、必死に仲直りさせようとしているのに、当の本人たちがどうでもよさそうな態度を取っているというのは、面白くないわよね」
「うんうんっ! なんていうか、あたしのせいで喧嘩になったって考えてること自体見当違いなんじゃないかって思えてきちゃって……」
「そうねぇ……でも、実際、見当違いなんじゃないかと思うわよ?」
「えっ?」
 思わず目を瞬かせるバーバラに、ミレーユは珍しく苦笑の表情を作って言った。
「殿方同士が角突き合わせる時に、女が関わることって、色恋沙汰を除けばそうそうないものよ。殿方というのは、基本的に、戦って勝つことが大好きな人種だから。『誰にも負けたくない』とか『勝ちたい』とか『自分が誰より強いと信じたい』なんてばかばかしいことを、本気で思っているような人たちなのよ? 私たちがなにをしようがしまいが、殿方たちは喧嘩するし勝負するし白黒勝ち負けはっきりつけたがるものよ」
「そ、そうなの……?」
「ええ。だからバーバラが罪悪感を抱く必要はみじんもないと思うわ」
「で、でもローグとハッサンはこれまで全然喧嘩なんてしてこなかったのに」
「そうね。ハッサンがちょっとおかしなくらい心が広かったせいで」
「えっ……」
 突然の、それもミレーユから聞くのは初めてなんじゃないかと思うような厳しい言葉に、バーバラは一瞬固まった。だがミレーユは当然のように、いつもの穏やかで優しい笑顔を浮かべたまま、淡々とした口調で厳しい言葉を重ねる。
「バーバラははたで見ていて、おかしいな、とは思わなかった? ハッサンってローグに対しては本当に、ちょっとおかしなくらい心が広かったじゃない。なにを言われてもほとんど怒らないし、喧嘩もしようとはしない。ただ明るく笑って受け流して、ローグになにを言われても受け容れる。蹴られたり殴られたり、手を出されることもしょっちゅうなのに、まるで気にしないそぶりで笑ってみせて」
「そ、れは……そうだけど、それは、ハッサンとローグがすごく仲がいいからで……」
「もちろん、それもあるとは思うわ。だけど私には、なにか理由があるように見えたの」
「え……理由、って?」
「はっきりとわかっているわけではないのだけれど。でも、私には、ハッサンがローグにああいう風に接するのには、なにか切実な理由がある、と感じられた。自然な感情の流れとして、というのももちろんあるのでしょうけれど……ローグの言葉や、行動や、感情を、なにもかも当たり前のように受け容れて受け流すのには、そうしなくてはならない、とはっきり思い決めている理由があるように思えたの」
「それ、は………」
 そう言われてみれば、そんなような気もするけれど。
「で、でもっ、ローグとハッサンは、ほんとに仲良しだってあたし思うよっ? あたしが初めて会った時から、あの二人、ほんとに、いっつも一緒で、楽しそうで……」
「ええ、そうね。私も、ようやくわかったわ。……あの二人が、お互いを相棒と認めている理由が」
「え……?」
 思わず目を見開くバーバラに、ミレーユは変わらぬ笑顔で、柔らかく告げる。それで、ようやくバーバラにも知れた。――ミレーユは、今回の一件を、心の底から寿いでいるのだと。
「ど、どういうこと……?」
「なんて言えばいいのかしらね……ハッサンが、ローグのことをすごく大切にしているのは私にもわかっていたし、ローグもハッサンのことを、なんというか……ほかの仲間とはまた違った風に意識しているのは知っていたの。ただ、それは……こういう言い方だと変かもしれないけれど、健全、というか……ごく当たり前の仲間同士の関係ではないように思えたのね。どこか、歪んでいる……というのは言い過ぎだけれども、普通ではないというか、ざっかけない男同士の関係、と言ってしまえるようなものではないと感じられたの」
「そ、そう?」
「もちろん、あくまで私の感じ方では、だけれど。まぁローグは基本的に、人間関係というものに人と違った考え方というか感じ方というかをする人だから、彼のごく普通の人間関係というものを私は見たことがないし、想像もできなくて。彼なりに仲間のことを大切に思っているのはわかっていたから、私もそれを特に気にすることはなかったのだけれど……」
「……けど?」
 ふふ、とミレーユは小さく笑い声を立てた。その笑顔はいつも通りに、優しく、柔らかく――そして、普段より少しばかり面白がるような、楽しげで人の悪い雰囲気を漂わせている。
「今回、ローグは、そんなことをする必要はないのにハッサンとぶつかり合おうとしたでしょう? 普通の男の人たちのように、単純な男の意地≠ニいうもののために。ハッサンも根が親分肌の人だから、あんまりそういうところは見せなかったけれど……バーバラの言葉をきっかけにしたように、あんなに簡単にぶつかり合った」
「う、うん……だからあたし、悪いことしちゃったなぁ、って」
「気にすることはないわ。むしろいいことをしてあげた、と思うわよ? あの人たちは本当に、お互いにぶつかり合いたかったんでしょうから」
「え……?」
 くすり、と小さく笑い、ミレーユは刺繍の手を止める。玉止めやら道具の片づけやらをしながら、笑顔で当たり前のように告げた。
「あの二人は、たぶん、お互いを仲間内で唯一、『感情をそのままぶつけていい相手』だと思っているんだ、と私にもようやくわかったの。お互いに対して気遣いをしないというんじゃなくて、感情をぶつけ合うことがお互いに対する最高の礼儀だ、と思っているというか。ある意味とても男の人同士らしい関係だと思うけれど。……だから、彼らは、一度遠慮会釈なしに、お互いの力をぶつけ合いたいと思っていたんじゃないかと思うのよ」
「ど……どういうこと?」
「言ったでしょう、殿方たちというものは、戦って勝つことが大好きな人種だ、って。彼らの中にもそういう心がもちろんあったの。そして、無二の相棒と認めている相手に対して、そういう心をぶつけたい、というか……言ってみれば、喧嘩してみたくなったのね。勝負という形で、じゃれ合ってみたくなったというか。そういう気持ちがお互いにあることを知っていたから、あんな風にあっさりと話が進んだんだと思うわ」
「そ、そうなのっ!?」
 バーバラは思わず立ち上がる。それでは心配した自分がまるっきり馬鹿みたいではないか。本当に心配したのに、単にじゃれ合ってみたくなっただけだなんて。
「なにそれもうっ、子供じゃないんだからっ! あたし単にダシにされただけじゃんっ! もーっ、人に心配かけといてぇ!」
「ふふっ、本当ね」
「もーっ! ……でも、よかったぁ。じゃあ二人は本気で殺し合ったりはしないんだね」
「いいえ、すると思うわよ?」
「はぁっ!?」
 思わず絶叫してしまったバーバラに、ミレーユは苦笑して言ってのける。
「殿方というのは、『戦って勝つ』ためには、それこそ命すら懸けかねないようなところがあるのよ。私たち女にはとうてい理解できないけれど。本質的にはじゃれ合いでしかないのに、相手を殺しかねない勢いで打ち勝とうとするようなところがね」
「な、な、な……なんでぇっ!?」
「さぁ、それは私にもさっぱりわからないけれど。……だから、今回も、二人ともそれこそ命懸けでやり合うことになると思うわ。それに文句をつけても、二人ともまず間違いなく止まらないでしょうし。私たちとしては、せいぜい心配しながら見守るしかないんじゃないかしら」
「………………」
 さっぱりわからない理屈に、半ば呆然と口を開けるバーバラに、ミレーユは悪戯っぽく笑って教えてくれる。
「まぁ、好きなだけやり合えば気も済むでしょうし。バーバラのその納得できない気持ちとか心配とか憤懣とかは、ことが終わった後に全部二人にぶつけてあげればいいんじゃないかしら?」
「え………そ、そっかぁっ!」
 バーバラは大きくうなずき、ぐっと拳を握り締めた。もー二人ともなに考えてあんなことしようとするのか全然わかんないけど、終わったら絶対思い知らせてあげるんだからっ!

「……それでは、お二人とも、ご準備はよろしいでしょうか」
「むろん」
「いつでもいいぜ?」
 やってきた明日、正午。ひょうたん島地上、舵輪前の広場。そこでローグとハッサンは向かい合った。
 審判役にはチャモロが名乗りを上げ、他の仲間の面々は広場を見渡せる小さな丘の上から観戦することになった。ローグたちが全力で技を振るえばひょうたん島そのものがなくなりかねないのではと危惧したチャモロが至近距離でゲント伝来の護りの結界を張るというので、他の面々はその外からフォローする形にしたのだ。
 ただ、その他の面々≠フ思うところには、それぞれずれがあったが。
「いやー、ローグさんとハッサンさんとの真剣勝負なんて、これお金取れちゃうんじゃないですかね! どうですかテリーさん、どっちが勝つと思います?」
 炒った乾しトウモロコシをもぐもぐ食べながらにこにこと言うアモスに、テリーは仏頂面ながらも、鋭く広場で対峙する二人を睨み据え答える。
「知るか。……俺としては、ローグが負けた方が胸がすくのは確かだがな」
「こら、テリー。あなたがそう言いたい気持ちはわかるけれど、心配している子がいる前でそんな風につんつんしないの」
 ミレーユは穏やかに微笑みながらそうテリーをたしなめ、ぷいとそっぽを向くテリーに苦笑しながらバーバラに優しく声をかける。
「大丈夫よ、バーバラ。ローグもハッサンも相手が憎いわけじゃないんだから、むやみに相手を傷つけるようなことは絶対にしないわ」
「う、うん……わかってる。わかってるんだけど……」
 そんな中で、バーバラは一人緊張しきっていた。胸元を握り締め、しきりに手を揉み、おろおろうろうろと視線をさまよわせている。
 ミレーユに諭されてバーバラも一度は納得したのだが、いざ勝負を始めるという時になって急に心配になってきたのだ。もしかしてローグかハッサンのどちらかが、あるいは両方が本当にひどいことになってしまったらどうしよう、と。
 ミレーユは大丈夫だと言ってくれたし、バーバラ自身たぶんそんなことはないだろうとは思うのだが、それでもやっぱり心配で仕方ない。あの二人が、すごく仲良しだったあの二人が、本当に殺し合いをすることになってしまうのじゃないだろうかと。
 そんないてもたってもいられない状態のバーバラをよそに、ローグとハッサンは武器を構えた。ローグはラミアスの剣、ハッサンは破壊の鉄球。どちらもお互いの最強装備を手にして、相手を睨み据えている。
 ごくり、と唾を呑むバーバラに視線を向けることもなく、チャモロがすっと手を上げ、鋭い叫びと共に振り下ろした。
「――はじめっ!」
「おぉらぁっ!」
「っ!」
 ハッサンが耳をつんざくほどの雄叫びを上げながらローグに飛びかかる――が、ローグは微塵も慌てることなく剣を横薙ぎに振るった。どう考えても届かない間合いで振るわれた剣の先から電光が漏れた、と思うや剣は圧倒的な光量の雷の帯となってローグの眼前をすべて薙ぎ払う。
 ローグがここぞという時に使う必殺剣、ギガスラッシュ。すでにテリー以外は全員使える特技ではあるが、当然ながら誰より早くそれを習得していたローグは、強敵との戦いで何度もそれを振るいパーティを救ってきた。
 回避も防御も不可能なその一撃を、ハッサンはまともに受ける――が、その顔には笑みが浮かんでいた。ギガスラッシュで吹き飛ばされながら、思いきり息を吸い込み吐き出し、肌が赤らむのがはたから見ていてわかるほどに体中を燃え立たせる。
 戦士の特技気合溜め≠セとバーバラにもわかった。呼吸によって体中の力を増幅し、次に放つ一撃を強化する増強系の特技だ。ローグの一撃をあえて受けて自身の気合をさらに奮い立たせようというつもりなのだろう。だが、いかにハッサンの体力がパーティ随一であろうとも、ギガスラッシュを二発まともに受ければ倒れる可能性が高い。そしてローグも耐久力は決して低くはない。一撃で倒せる可能性ははっきり言って低い。胸元ではらはらと手を揉みながら、どうするつもりなのかと頭が自然と戦況の行方を考えてしまう。
 それだけ自分も戦いの経験を積み重ねてきたということなのだろうが、ローグとハッサンはバーバラの思考よりはるかに速く動いていた。ローグは再度剣を閃かせて二発目のギガスラッシュを放ちかけ、ハッサンは渾身の力を込めて破壊の鉄球を振りかぶる。――そして次の瞬間、ハッサンは雄叫びを上げながら破壊の鉄球をローグに叩きつけた。
 その刹那、バーバラはぽかんと口を開ける。なにが起きたのか理解できなかったのだ。今のハッサンの一撃は明らかに通常あり得る速さを超えていた。振りかぶったかと思うや、見ていてはっきりわかるほど急激に動きが加速し、攻撃を命中させていたのだ。そんな状況があり得るのか、とバーバラの知識では理解できない事態に呆然とし硬直する。
 と、そこにテリーが早口で小さく呟いた。
「皆殺し、か」
「っ!」
 その言葉に、バーバラは愕然とする。皆殺し=\―達人となった戦士が習得できる特技。相手がどれだけ護りを固めていようともそれを貫き通せる、通常に倍する威力の攻撃を放てる強力な特技ではあるが、その名の通り対象を選べない、どころか味方すら対象に選ばれてしまうという特性を持つため、普通はまったくもって使われない特技だ。バーバラもこれまでの冒険の中で、使われたところを見たことなど一度としてない。
 だが、この状況ならば。一対一、他に味方も敵もおらず、相手以外に攻撃対象がいないのならば、この特技はその力を十二分に発揮できる。その上ハッサンはその前に気合を溜めている。この一撃は、まさにローグの耐久力ですら削りきれるほどの、まさに必殺と呼ぶべきもの。ハッサンも考えに考えた上で放ったのだろう、必倒必至の攻撃だ。
 では、ローグは、倒されてしまうのか。ハッサンに、負けてしまうのか。あの傲岸不遜で、高飛車で、天上天下唯我独尊を絵に描いたような、でも負けるところなど一度も想像することすらできなかったローグが。負けるのか。本当に、負けて――
 バーバラはぐっと拳を握り締める。どうしよう、どうすればいいんだろう。わかってる、今の自分にはどうしようもないことだし、そもそもどうこうしていいことなのかどうかもわからない。でも。でも―――
「ロ―――」
 そこから先を続けるより早く、ずがどごばぎずがらっどごっしゃぁん、と轟音が響き渡ると同時に、ローグとハッサンが揃って反対方向に吹き飛んだ。
「………え?」
 ぽかん、と再度、さっきよりも大きく口を開ける。数瞬呆然として、考えてみればものすごい勢いで戦っている時に考え事なんてしていればその間に戦いはどんどん先に進むだろう、ということに気がつく。バーバラとしてはほんのちょっと心を揺らしただけなのだが、その間に二人の戦いは決着してしまったらしい。
「えっと……これって、結局どっちが勝ったの?」
「審判役はチャモロだろ。あいつに聞け」
「え、でもだって……テリー、見てたんでしょ?」
「……見てたが、俺の目にもあいつらが吹っ飛んだのは完全に同時に見えた。あとはどっちが戦えるだけの力を残してるか、って話だろ」
「っ! そうだ、二人がちゃんと生きてるか確かめないと……!」
「心配しなくてもよさそうよ、バーバラ。チャモロがもう様子を見てくれているから」
 言われて視線を向けると、チャモロは確かに小走りにローグとハッサンの様子を確かめていた。パーティ内でもかなり素早い方であるチャモロは、あっという間に双方の様子を確かめると、小さく呪文を二言呟き、大きな声で宣言した。
「この勝負、引き分けとします!」
「……え?」
 ぽかん、とまたも口を開けてしまうバーバラをよそに、吹き飛ばされたローグとハッサンは、それぞれよっこらしょとばかりに起き上がり、チャモロと一緒に自分たちの前へと戻ってきた。どうやらチャモロは宣言よりもまず二人の傷を癒すことを優先したらしい。
「え、えーと……?」
「あーっ、ったく勝てなかったかよちくしょうめ! この作戦思いついた時ぁ勝てる! って思ったのになぁ」
「ま、お前にしちゃよく考えた、と言ってやるがな。実際感心したからこそ真っ向からぶつかっていったわけだし。それで勝てなかったのは俺としても忸怩たるものはあるがな」
「は? 勝負事に真っ向からじゃないぶつかり方なんてあんのか?」
「あくまで勝つことだけを目的にするなら、お前が最初に気合を溜めたと確認した時に、全力で受けに回り後の先を取るのが一番効率がいいだろが。大防御≠使えば被害は十分の一に落とし込めるんだぞ? 勇者の自動回復を勘定に入れれば、お前の攻め手を事実上完全に遮断できる」
「あー、まぁそうだわな。けど、お前の方も真っ向からぶつかってくること以外考えちゃいなかっただろ?」
「考えちゃあいたが真正面からぶつかって勝てる、と読んだんで、時間の無駄を省こうとしただけだ。ま、それで勝てなかったんだからお笑い草だがな」
「ははっ、まぁそう言うなって。悪くなかっただろ、たまにはこういうのもよ」
「ふん。お前に慰められるとは、俺も落ちたもんだ」
「んっだよこの、素直じゃねぇ奴だな〜」
 がづっ、どごっ、げすっ。
「まとわりつくな鬱陶しい暑苦しいわ無駄筋肉がこちとらお前ほど雑駁にゃあできてねぇんだよ人と自分の違いをいい加減理解しやがれ脳筋モヒカンマッチョが!」
「っちぃ〜……へいへい、わかりましたよ。しょうがねぇなぁお前はっとに」
 いつものごときじゃれ合いをしている二人に、バーバラはふつふつと腹の底から苛立ちというかムカつきというかが湧いてきた。ずかずかと歩み寄り、げしっ、とかなり力を込めてローグを蹴る。
「つっ……なんだ、バーバラ。痛いぞ」
「〜っ………」
 げしっ、げすっ、がすっ。
「つっ……だから、痛い、んだが。地味に……そう、何度も、蹴られると」
「うるさいっ! もうっ、ばかっ!」
「ははっ、まぁ甘んじて受けとけよ色男。心配かけたバチだ、バチ」
「他人事みたいに言うなっ! ばかっ!」
 げしげしげしげしっ。
「てっ、おい俺もかよ!? てっ、いて、いてーってだからっ!」
「……やれやれ。まぁ、身から出た錆ではあるからな、やられておくか」

 しばらく二人を蹴って気を済ませたのち、全員でやってきた食堂で、バーバラはローグに作らせた搾りたてジュースを飲みながら、小首を傾げて訊ねた。
「結局さぁ、どうやって勝負がついたの? あたしずっと見てたけど全然わかんなかったんだけど」
「あぁ……聞くほど大した話でもないぞ」
「まぁ、言っちまえば簡単な話ではあるな」
 肩をすくめるローグに、ハッサンも同じような顔でうなずく。バーバラは相変わらず息の合った二人に、小さく唇を尖らせてから文句を言う。
「別に教えてくれたっていいじゃん。簡単な話なんでしょ?」
「隠してるわけじゃないんだが……まぁいいか、教えよう。まず立ち上がりの攻防はわかるな? 俺が定石通りギガスラッシュを放ったのを、ハッサンはそのまま受けて気合溜めに持っていった」
「う、うん」
「……少し気になったんだが、お前のような小細工好きがなんで今回は普通に攻撃技連打しかしなかったんだ。ハッサンがなにか仕掛けてくるかもしれないとは思わなかったのか」
「思ったから攻撃技連打したんだろが。一対一の戦いってのは援護要員がいない分あれこれ小細工がしやすい。が、小細工ってのは嵌れば強いが外された時にもろい。相手がどんな手を使うかわからない以上、向こうの手に対処できる自信があるなら、最善の選択肢は素直にダメージを積み重ねておくことだ、と判断したのさ」
 テリーの突っ込みに珍しく素直に答えるローグに、バーバラはむーっと頬を膨らませてローグの足を蹴る。
「早く、続き!」
「わかったわかった。で、そうなれば次の向こうの手は力を溜めた最強の一撃を俺にぶつけてくることと考えるのが普通だ。なら受けに回ってそれを無効化するのがセオリーだが、この時点でハッサンの放てる最強の一撃というのは皆殺しの勢いを俺にぶつけるか、二分の一の確立に賭けて魔神斬りのどちらかというところになる。まぁ普通に考えて外れのない皆殺しの方だと思ったが……どちらにせよ、その一撃で俺を倒すのは無理だ、と俺は考えた」
「え、なんで?」
「……言ってなかったか? 俺は自分を含め、認識した奴の能力と、そこから算出される攻撃を食らった時のダメージを数値化できる。数値を基に計算した結果、ダメージが最大になっても俺の体力を一撃で削りきることはない、と出たからな」
「えぇー!? ローグそんなことできたの!? それってなんか、すごい便利な気がするんだけど……」
「疑問の余地なくすさまじく便利だぞ。その能力を基に俺は戦術を構築しているわけだからな」
「……そんな力が……」
「ほう? なんだ、テリー? そんなに俺の天から授かった数多の才能が羨ましいか? まぁお前のような最強厨がどんな分野であれ特殊能力というものに目を光らせない方がおかしいとわかってはいるが」
「っ、ふざけるな貴様っ、俺がいまさら自分のものでもない力に執着すると思うのかっ!」
「執着はしないだろうが心の中でこっそり羨み妬み嫉み僻むことくらいはすると思っている。まぁそれを終えて落ち着けばきっちりその葛藤を乗り越える、だろうたぶん、ぐらいには信用しておいてやるが」
「貴様ぁっ……」
「それはいいから! 話の続き!」
「ああ、そうだな、悪かった。とにかく、ハッサンにその一撃で倒されることはまずありえない、と踏んだ俺はギガスラッシュを重ねた。一撃目が与えたダメージからして、二発重ねればかなりの高確率で落とせると踏んだからだ」
「え、絶対倒せると思ってたわけじゃないんだ」
「まぁギガスラッシュはそこそこダメージの振れ幅が大きい特技だからな。絶対落とせるとまでは確信できなかった……だが、三撃目ではまず間違いなく落とせると思ったから、問題なしと判断しギガスラッシュを放ったんだ」
「へぇー……で、結局最後、二人同時に吹っ飛んで引き分けになったけど、あれってどういうことだったわけ?」
「ああ、単純だ。二人同時に疾風突きを放っただけだ」
「へ?」
 バーバラはきょとんと首を傾げた。疾風突き≠ヘ戦士の中でも凄腕と呼ばれるような者だけが習得できる特技で、威力がある程度下がる代わりに誰より素早く攻撃を放つことができる特技だ。ローグもハッサンもとうに覚えている特技だということはわかるのだが、二人がなんでそれを同時に使うことになったのだろうか。
「俺はあとどれだけダメージを与えれば相手が倒れるか、ってことも数値化できるからな、疾風突きで与えられるダメージでまず間違いなくこいつを倒せるとわかっていたからそれ以外に選択肢はなかった」
「んー、まぁ俺の方ははっきりわかってたわけじゃねぇけどな。勝負の流れからして、あそこで疾風突きを使わなけりゃ俺の負けは間違いないと思ったんだ。で、まぁとにかく必死でやってみて、なんとかローグの攻撃と同時に叩き込めたんで……」
「双方同時に攻撃を食らってダブルノックアウトになったわけだ」
「へぇー……疾風突きが同時にお互いに入るなんてこと、あるんだねぇ」
「……確かに、初めて見たな、あんなのは」
 ぼそりと言うテリーに続き、チャモロやアモスも大きくうなずく。
「そうですね、お二人とも、お見事な戦いぶりでした。見ていただけの私でも、正直感じるものがありましたよ」
「ほんとですよー! なんというか、実力伯仲! って感じでした! まさに手に汗握る名勝負って感じでしたよホントに!」
「へへっ、そう褒めるなって、照れるだろ?」
「調子に乗るなこの鶏頭マッチョ。てめぇが俺と引き分けたのは今回とことん運がよかったからであって、普通にことが運べば俺が勝つ確率の方が圧倒的に高かったんだからな」
「へっへー、負け惜しみかよ、みっともねぇぞローグ?」
「負けてはねぇだろが、言葉は正確に使いやがれボケ」
「はははっ、いいじゃねぇか別に。どっちでも似たようなもんだしよ、結果的には」
「あぁん? 抜かしてくれるじゃねぇか、もう一度勝負やり直してもいいんだぞ」
「おう面白ぇ、なんなら今度は結界抜きでやるか? あぁ?」
「もーっ! 二人ともいい加減にしなよっ、もう勝負終わったのにまた喧嘩始めるっていうならあたし今度こそ許さないからねっ!」
 睨み合い構えるローグとハッサンを思わず仁王立ちして怒鳴りつけると、ローグは小さく肩をすくめ、ハッサンはにかっと朗らかに笑った。それから一瞬二人は視線を交わし、揃ってバーバラに頭を下げる。
「そうだな、悪かった。今回はお前にずいぶん心配をかけてしまったからな」
「そうだな、すまねぇ、バーバラ! ミレーユやチャモロも、いろいろフォローさせちまって悪かったな」
「いっ、いえ! 私のことは別にお気になさらず! 私としても、お二人の勝負がどうなるか気になってしまったということもありますし……」
「そうね、私も、私よりもバーバラにきちんと謝ってほしいわね。バーバラは本当に心の底から二人が深刻な喧嘩をしてしまうんじゃないか、って心配していたんだから」
「そうか……すまんな、チャモロ、ミレーユ。そしてバーバラ、今回は本当にすまなかった。今度改めて詫びを入れるから、ほしいものがあるなら言っておいてくれ」
「そうだな、俺もなんか詫びになるようなもん作っとくわ。まぁ俺の作るもんだから、あんま目新しさがなくて悪いけどよ」
「うっ、ううんっ、そんなのはいいけどっ……えっと、じゃあ、二人とも、もうこんなことはしないんだよね?」
 真正面から頭を下げられて少し慌てながら、一番気になるところを訊ねる――と、二人はまた一瞬視線を交わし、それぞれの表情でとぼけてみせた。
「さぁ? 未来のことはどんな高確率の予定だろうと、未定としか言いようがないからな」
「まぁ、それとこれとはまた別っつーか。そういう流れになった時は逆らっても、なぁ?」
「………っもーっ! ばかーっ!」
 バーバラは頬を大きく膨らませながら、二人をぽかぽか殴って憤懣をぶつけた。ミレーユの言った通り、ローグとハッサンがこんな風にぶつかりたがる気持ちは、バーバラにはさっぱりわからなかったからだ。
『ほんっとに、ほんっとに男の人って、ばかなんだからっ!』
 そういう憤懣を思いきりぶつけて拗ねるぐらいしか、実際こちらにできることはないのだろう。なにを言ってもなにをしても、この馬鹿な男たちは角つき合わせたがるのだから。
 だからこっちにだってこうやって憂さを晴らす権利くらいあるはずだ。そういう想いを込めてバーバラは二人をぽかぽか殴り続け、地味に本気で殴っていたために二人をうっかりノックアウトしかけて本気の顔で詫びを入れられた。

「……よお」
「……なんだ、モヒカンマッチョ。まだ起きてたのか」
「んー、まぁな。一応、お前と二人っきりになれるのを待ってたっつーか」
「気色悪いことを抜かすな殴るぞ貴様のような脳筋マッチョにそんな戯けた台詞吐く資格があると思うのか生存権を奪われても文句は言えんぞ」
「ったく、真面目な顔してとうとうとまくし立てんなよな、本気でもねぇくせに。……詫びとこうと思ってよ」
「詫びる? なにがだ」
「お前だってわかってんだろ。お前の期待に応えられなかった詫びだよ」
「…………」
「お前が俺を見込んで頼ってくれたってのによ。俺はお前に勝ってやれなかった。全力振り絞って知恵絞ってやってみたんだけどな。お前に――主人公≠ノ勝ってやることができなかった。お前がどんだけ本気で俺にぶつかってきてるか心底わかってたってぇのにな、情けない。………すまなかった。本当に」
「……ふん。勘違いしてるんじゃねぇこの鶏モヒカン。そもそも俺がお前なんぞに頼りきりになるわけねぇだろが。お前の力を頼ろうってんなら、不器用で粗忽で猪突猛進なお前に合わせて、いくつも支援策を講じてるに決まってんだろ。つまり、俺の策が必須な以上、俺がお前を頼って失敗したならそれは即ち俺の失敗でもあるんだよ。てめぇなんぞに頼りきりになるわけねぇだろが、自分をどんだけ高く見積もってんだこのモヒカン脳筋」
「別に本気で勝たなくちゃならないっていうわけでもなくて、でももしかしたら勝てるかもしれない、勝ちたいって思ってて、でも自分が手を出したら台無しっていう時に、もしかしたら俺なら勝ちを拾ってくれるかもしれないって希望を託せる相手だろうってくらいには見積もってるよ」
「………………」
「だから、今回は本当にすまなかった。――けどな、俺はまだ負けを認めたわけじゃないぜ?」
「……ほう?」
「今回はお前が手加減っつーか、本気で勝ちにきてない状態で引き分けなんつー無様な結果に終わっちまったけどな。まだまだ旅も、人生も続くんだ。その終わりまでに俺ぁ絶対お前に勝ってやるからな? きっちり真正面から、なんの文句も言えないくらいはっきり俺の勝ちってわかるくらいに。俺も男だ、一度始めた勝負で簡単に負けを認める気なんざさらさらねぇからな」
「……ふん……阿呆が。今度はいついかなる状況でぶつかってきたとしても誰もが認めるほどきっちりきっぱり俺の勝ち、って状況にしてやるに決まってるだろが。今回みてぇな手ぬるい方法で戦って引き分けになるなんぞという無様、俺が二度も繰り返すと思ってんのか」
「へっ、抜かしてろ。お前がどんな手を使おうが、俺は真正面からぶつかって勝ちをもぎ取ってやっから楽しみにしとけ」
「笑わせるな鶏頭ハゲが。自分を何様だと思ってる自信過剰も顔を見てから抜かせボケ」
「顔は関係ねぇだろうが。……そりゃ、お前の相棒様だって思ってるだけさ。相応の自信だろ? じゃあな、おやすみ」

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