たったひとつをおねだりする子供
 ハッサンの証言。

「……いや、そんなこと言われてもなぁ。俺に聞かれても、あいつがなに考えてるかなんてわかんねぇからなぁ。ていうか、俺と一緒に初めてそういうことになったのはサンマリーノだったけどよ、あいつその頃からああいうのとんでもなく強かったぜ。俺は本気で人間業じゃねぇなぁ、って感心しちまったもんな。本当に、ああいう時のあいつは神がかってるよ。なんか憑いてるとしか思えねぇって。そのくせ、しれっとした顔して『俺は別にこんなこと好きでもなんでもない』とか言うんだぜ、あいつ。『必要だと思えばなんでもやるってだけのことさ』とかって。そんで、俺のことちろって見て、『で? お前の、今回の感想は?』って言うんだから、降参するしかねぇだろ。『はいはい最高でございますよ』ってにやっと笑って言ってやったよ」

 ミレーユの証言。

「……ふふ、そういうことを詮索するのは野暮というものじゃないかしら? でも、ローグはローグなりにとっても誠実な人間よ。それは、私が自信を持って言えること」

 バーバラの証言。

「えー……えーとえーとえーと……それは、わかんないけど。あたしは、ローグと一緒にこういうのやるのはすごく好きだな。やっててすっごくいい気持ちになっちゃうもん! そうじゃない?」

 チャモロの証言。

「私は……そうですね。道徳的に、必要以上にああいったことにかまけるのはどうか、とは思うのですが……ローグさんは、客観的に見て、ああいった手腕に非常に長けているのは確かではないかと思います。あの人は本当に魔法のような手腕で周囲を翻弄し、魅了してしまう。神がそのような御力をお与えになったのではと思うほどです。確かに、それで損害を受ける方々にはお気の毒だとは思うのですが……やっていること自体はけっして道義に外れたものではありませんし、周囲を楽しませて下さるのは確かなのですから、私としては、神の御心にかなうことだと思っています」

 アモスの証言。

「いやー、ローグさんはやっぱりすごいですよねー!」

「……だからって、だからって、これはいくらなんでもおかしいだろう!」
 欲望の街のカジノ。ポーカーテーブル。周囲に群がる野次馬の前で、テリーは思わず絶叫した。
「やかましい、テリー。気が散る」
「だったらいい加減に止めておけ! どれだけ稼ぐ気だ、普通に考えて十分すぎるだろう!」
「は? なにを言っているんだお前。ここまで来たんだ――所持コインがカンストするまでやっておくのが礼儀というものだろう」
 おおおおお、と大きくどよめく周囲の人ごみ。その声を心地よげな顔すらして聞きながら、ふん、と鼻を鳴らしてローグは組んだ足を椅子の上でゆっくりと動かした。
「……で? ディーラー。まだ俺はお前の言葉を聞いていないんだが?」
 ディーラーである初老の男は(最初に担当していた男から、もう三人目だ。そしておそらくはこのカジノ一のディーラーだろうことは風采でわかった)、必死に表情に出すまいとはしているが、明らかに冷や汗をだらだらと垂らしつつ、それでも自分の役目を果たした。
「……ダブルアップ、いたしますか?」
 ふ、と笑んで、ローグはディーラーを見下ろすような視線を向けつつ、あっさりと告げる。
「むろん」
「…………」
 わずかに震える手で、ディーラーは素早くカードを開かれたカードの横に滑らせる。開かれたカードは7、ほぼ完全な中間値。どちらに賭けても、ほぼ二分の一の確率でこれまで得てきたコインが失われる。一瞬で。普通なら緊張でおかしくなりそうな気分の中、悩みに悩みまくるところだろう。
「ハイ・オア・ロー」
 が、ローグは、ディーラーの鬼気迫る言葉にも表情を変えず、ふむ、とわずかに考えるような顔をしてから、さらりと宣言した。
「ハイ」
 ディーラーがしゃっ、とカードをめくる。周囲の群衆含め、全員が息を呑んでそのカードを見つめる。
 ――めくられたカードは、8だった。
 ぱーっぱらっぱっぱっぱっぱーっぱらっぱっぱっぱっぱっぱっぱっぱっぱっぱっぱ―――、ダダダダン! というおなじみの音楽。ギャラリーがうおぉぉぉと絶叫する。ディーラーはほとんど崩れ落ちそうな顔をしていたが、それでも健気に自分の務めを果たした。
「……ダブルアップ成功。1310720枚のコインを獲得しました」
 山のようにうず高く積まれたコインが、さらに倍になる。もはや向こうが見えないほどだ。テーブルが耐えられるのか不安になるほど。
 そして、そこまでのコインを獲得しても、ローグはあくまで平然と、むしろ楽しげな表情すら浮かべながらディーラーを見やるのだ。
「さぁ、ディーラー。次だ」
「……ダブルアップ、いたしますか?」
「する」
「ハイ・オア・ロー」
「ハイ」
 やはりほとんど迷いもせず、ごくごく冷静な顔でのこの台詞。確率的にはローより低いというのに。
 針の落ちる音が聞こえるような沈黙の中、全員がカードに注目する。そして、心のどこかで恐れつつも、期待していた。劇的な、ありえるはずのない結果を。
 ――めくられたカードは、A。
「ダブルアップ、成功………。2621440枚のコインを獲得、しました………」
 またもどよめくギャラリー。その中でもあくまで、ローグは涼しい顔で、思いきり偉そうにディーラーを見やる。
 ――確かに、ローグは、カジノには驚くほど強かった。
 テリーが仲間に加わった時からすでにカジノのコイン所有量は三十万枚を超えていた。それらはすべてローグが稼いだものだという。普通に考えてありえない豪運だ。なにせ、100コインスロットを五回回す間には必ず元の値を超える程度の当たりが出るのだ、なにかインチキをしているとしか思えない。
 だがスロットにイカサマをしかけるなど、どう考えても不可能だ。不審に思い疑いつつも、「よくもまぁそうもあっさり勝てるもんだな。なにか秘訣でもあるのか」と探りを入れてみると、ローグは平然とした顔で「元の値を900コイン超えたらお祈りにいくことだ」などと言う。
 意味がさっぱりわからなかったが、確かにそう気をつけて観察してみると、ローグは元の値を900コイン超えたら必ず教会へお祈りに行くのだ。そして戻ってくると、必ず五回の間にまた当たりが出る。まさか神がローグに祈られて当たりを出しているとも思えないが、そうでなければおかしいほどの幸運をローグは確かに持っていた。
 が、そんなローグもこの欲望の街のカジノには難渋していた。今まで通りに五回に一回当たりは出るのだが、なにせ商品が高額すぎたのだ。
 驚異的な防御力を誇るメタルキング鎧はコイン十五万枚。ほとんどラミアスの剣級の攻撃力を持つ全体攻撃武器、破壊の鉄球はコイン三十万枚。いかにローグであろうとも、それを装備できる全員に揃えるのは、ちょっとやそっとでできることではなかった(ギャンブルでそこまでの額を本気で稼ごうということ自体おかしいはずなのだが)。
 しばらくスロットで稼いだのち、ローグは顔をしかめて宣言した。
「スロットでちまちま稼いでもらちがあかん。もっと大きく賭けて、大きく稼ぐ」
 そう言ってお祈りに行き、素早く戻ってきて、今度はポーカーテーブルについたのだ。
 カジノに奮闘するローグを冷笑的な視線で見ていたテリーは、珍しいな、と思った。ローグはこれまでポーカーテーブルについたことは一度もないはずだ。
「いや、初めてカジノに来た時、ちょっとだけ使ったぜ。スロットを動かせる分のコインを何回かかけて稼いだあとは、一回もやってないけど」
 ハッサンがそういうからには、おそらくローグはポーカーは得意ではないのだろう。やれやれ、と肩をすくめ、まぁお手並み拝見といくか、と様子を見ていたのだが――
「お前、なにかイカサマしてるだろう!?」
 小声で、ただし激しくローグに耳打ちする。ローグはくくっ、と喉の奥で笑い声を立てた。
「ほおう、面白いことを言うな。普通、カジノでイカサマができるのはディーラーの方じゃないのか?」
「……っ、だが、お前はなにか妙なことをしてるだろう! そうでなきゃその落ち着き方はおかしい!」
 そう、どう考えてもおかしい。現在ダブルアップの成功回数はすでに十八回、確率的にここまで成功するのは二十六万二千百四十四分の一。最初のツーペアの十枚が、二十六万二千百四十四倍にまで膨れ上がったのに、ここまで冷静でいられるなど尋常な精神の持ち主ならありえない。
 が、ローグはあくまでしれっとした顔で、こんなことを抜かしてくる。
「お前程度の奴と一緒にするなボケが。俺はこの世界の主人公なんだぞ、このくらい起きて当たり前だ」
「………っ!」
 この世界の主人公。ローグが時々、自分のことを評する際に使う言葉だった。
 確かに、ローグは戦っても強い部類に入るだろうし、発揮するリーダーシップは強力といっていいものだろうし、頭もいい方なのだろう。旅の行く先を見据えつつ、仲間全員に目を配りつつ、目的に向け邁進するローグの姿は、多くの人間を惹きつけるだろうことは認める。
 だが、それとこれとはまったくもって別だ。
「貴様、しじゅう寄り道してしょっちゅう無駄に世界中の街回ってあっちこっちの奴に話しかけて敵を楽勝で倒せるようになっても気がすむまでレベル上げやめないような人間のくせして、偉そうなことを抜かすなぁ! というかなんだその言い草は俺たちのことを無視して勝手に主人公になるな!」
「なるなもなにも事実主人公なんだからしかたがないだろうが。この俺のあふれる知性と勇気と強さと格好良さを、世界が放っておいてくれないってことだな」
「貴様人のことをああだこうだ言っておいてなんだその自分大好き……」
「少し黙ってろ自称美形剣士。向こうの協議が終わったようだ」
「なっ、俺は別にそんなことを自称してなんぞ」
 と怒鳴りかかったが、確かにさっきまで協議してたのが終わったようなので黙った。テーブルの向こうで小声でせわしげに協議していたディーラーと支配人は、揃ってテーブルのこちら側、つまりローグのすぐそばまで歩み寄り、頭を下げながら小さく囁いてくる。
「お客さま……よろしければ、台を替えてゲームをいたしませんか?」
「ほう? 台を?」
 椅子に腰かけ、脚を組んで、それこそ王様のような(実際こいつは王族ではあるのだが、テリーはこいつをそんな大層なものだとは思っていない。もともと王侯貴族の類に頭を下げる必要性を認めていないこともあるが)態度で言うローグに、支配人はあくまで低姿勢に言ってくる。
「はい。お客さまにはポーカーはいささか簡単すぎるご様子。よろしければ台を替え、別のゲームで――」
「イカサマをして、尻の毛までむしり返してやろう、ということか?」
 さらっと告げた言葉に、ギャラリーがどよめく。バーバラなども「イカサマ!? なにそれずるいー!」と手足をぶんぶん振って主張する(そしてミレーユになだめられる)。支配人は額に一筋汗を垂らしながらもあくまで低姿勢に「いえ、そのような……」などと言っているが、ローグはかまいもせずふんと鼻を鳴らしてみせた。
「まぁ、お前らがやったイカサマを見抜いてがっぽり賠償金をせしめるのも楽しそうではあるがな。せっかくここまできたんだ、さっきも言ったが、コインがカンストするまでダブルアップを続けるのが礼儀というものだろう?」
「し、しかしっ」
「それとも、このカジノは客がやりたいゲームを無理やりやめさせる権利でも持っているのか? 驚きだな、欲に狂った奴らがよってたかってぼったくりの店を出す中でもまっとうに営業し続けたカジノが、ゲームに仕込みを?」
「ぬ、ぐっ……」
「わかったら消えろ。俺はこのゲームを最後まで楽しみたいんだ」
 言ってしっしっと手を振るローグに、支配人はたぶん客じゃなかったら殴ってやりたいという気持ちを必死に堪えている顔をしつつも引き下がった。他の仲間同様すぐ隣でそのさまを見ていたチャモロが、少し困ったような顔で言ってくる。
「しかし、ローグさん……実際、ここまでコインを稼いだのですから、そろそろやめた方がよろしいのではないですか? あまりに稼ぎすぎると、お店の方にもご迷惑でしょうし……実際、ここまで稼いだのなら必要な分はほぼ確保できているのでは……」
 チャモロらしいといえばチャモロらしい、こんな外道に対しいい子全開な発言。だがローグはテリーがチャモロにこんな奴にそんなまともなことを言っても聞くわけないだろと忠告してやるより早く、にっこり笑ってこう言った。
「いや? まだルイーダの酒場にいる奴らの装備の分が稼げていないだろう。それに万一なにかことがあった時に、換金性の高い景品と大量に交換できるよう、高額景品と交換したあともある程度のコインは残しておきたいしな」
「し、しかし、それではその、お店の方が困られるのでは……? いかにカジノという場所がそういう場所とはいえ、一時の遊戯で身代が傾くようなことがあっては……」
「おいおい、なにを言っている、チャモロ?」
 くすりと笑い、頭を抱えるようにして耳元に囁く。
「ここは大魔王の力で創られた世界なんだぞ? 俺たちがもうすぐ大魔王を倒すんだから、ここにいる奴らも全員元の世界に帰る道理じゃないか」
「あ……そ、そうですね。失念していました……申し訳ありませんローグさん、私としたことが浅はかなことを」
「いやいや気にするな、お前のそういうどんな時も人を気遣おうとする志はとても尊いものだぞ? なんだったら頭を撫でて手と心を尽くして褒めてやっても」
「純真な子供をたぶらかそうとするなこの変態外道男! そもそもこれから先も当然のように勝つと思っているのはどういうわけなんだっ、そこからまず説明しあだだだだーっ!?」
「はっは、お前の学習力の低さには苛立ちを通り越してもはや愛おしささえ覚えるな。言っただろうが。俺は主人公だ、この程度の確率、見通せないわけがないだろが」
 当然のように言って、テリーの関節を極めていた手を離し、またディーラーへと向き直る。そしてにっこりと、形だけは優雅に、しかしその裏には素人でも感じ取れるだろう邪悪さをほの見えさせながら笑って告げる。
「さ、ディーラー。次だ」
「………っ。ダブルアップっ……いたし、ますか?」
「する」
「ハイ・オア・ロー」
「ロー」
 ここは誰でもローに賭けるだろう場面だったが、それでもほとんどカジノ中がこの勝負を息詰まるような興奮の中注視しているというのに、ローグはそれこそ半歩先の板に球を投げるような、当たり前のことを当たり前にしているという感じの、ごくごく落ち着き払った表情でさらっと告げる。ディーラーはぐ、と唇を噛んだが、震える手を重ねられたカードに伸ばし、ぺらり、とめくってテーブルの上に滑らせた。
 ――そこに書かれている数字は、9。
「ダブルアップ、成功………っ。5242880枚のコインを獲得、しました………っ!」
 うおおぉぉおぉ!
 またもカジノ中がどよめき、というより叫び声をあげ、うず高く積まれたコインがさらに倍にされて戻される。バーバラが「すごいー、ローグすごいよっ!」とはしゃぎまくりながらローグに抱きついてぴょんぴょん飛び跳ねるが、ローグは軽く笑ってぽんぽん、と優しくバーバラの頭を叩いてやるくらい冷静だ。
「……っとに、しれっとした顔しやがって……お前よく平然とした顔してられるよな、俺ぁ他人事だってのに背中に汗かいてきちまったぜ……」
「当然だろうが。俺を誰だと思っている? この世界の主人公である男だぞ?」
「へーへー、わかっておりますっての」
「いやー、でもローグさん本当にすごいですね! コインがカンストしたら私にもちょっと分けてくれませんか!?」
「全員分の装備をゲットした後ならな。ま、カンストしたら数千枚程度ならぶっちゃけ誤差の範疇だろうし」
「っっっっ………姉さん! いいのか、本当に!? あれは!?」
 テリーは仲間内で、というか全人類の中で一番信頼する相手である(そんなこととても素面では、というかどんなに酔っぱらっても口になど出せないが)姉、ミレーユに訴えた。ミレーユは仲間内で一番の常識人(だとテリーは思っている)、今のローグの状況を当然のように受け容れたりはしていないはずだ。
 が、ミレーユはわずかに首を傾げると、さらっと言ってのけた。
「そうねぇ……いいんじゃないかしら?」
「えぇ!?」
「だって、ローグはイカサマをしているわけじゃないのよね? だったらどれだけ稼いでも、カジノっていう場所においてはいわば当たり前のことなんじゃないかしら?」
「け、けど! いくらなんだって、イカサマなしであそこまでいけるわけないだろう、常識的に考えて! だったら……」
「常識的に、じゃないわ。確率的に考えて、よ。私が見た限りローグはイカサマをやっている様子はない。そして、ごくごく低い確率ではあるけれど、こうして連続で勝ち続ける可能性もないわけじゃない。だったら、仲間の勝ちを喜んでもいいんじゃないかしら? それに実際、コインがカンストしたら私たちの装備も一気に強力になるのだし」
「そ、それはそう、かもしれないが……」
 確かにそう言われると反論はできないのだが、テリーにとってはそれ以前の問題だった。ローグは言い草からして、絶対なにか妙なことをやらかしているのだし、それに。
「…………」
 じっ、とカードを繰るディーラーと相対するローグを睨む。その顔は冷静で、自分とさして年は変わらないはずなのに堂々とした風格に満ちていて、それこそ帝王とすら呼びたくなるような風格を感じさせた。次にどんなカードが来るかわかりきっているように。自分が勝つことなどすでに既定事項であるかのように。
 その悠然とした態度が、口元に浮かぶ傲然とした笑みが、風格すら感じさせる凛と伸びた背中が、たまらなく。
「………ハイ・オア・ロー」
「ロー」
 あっさりと告げられたローグの言葉に従い、ディーラーは震える指でカードをぺらり、とめくる。――2のカードを。
 おおぉぉおっ、とカジノ全体がどよめき、ディーラーががっくりとくずおれる。バーバラが「うわぁ、すごい、すごい、すっごいよーっ!」と興奮してばしばしとローグを叩き、ハッサンも「うおぉぉ、すっげぇ!」と同じようにローグの背中を叩く。
 チャモロやアモスも「すごいですね、ローグさん!」とぱちぱちと拍手をしたり「ちょっと分けてはもらえませんかねー」と次々積み上げられていく超大量のコインを羨ましげに眺めたりと嬉しげだ。
 ミレーユとルーキーも「すごいわね、さすがローグ」「プルルリップキー!」と騒いでいるくらいだ。固唾を呑んで賭けを見守っていた野次馬どもは、ほとんど狂乱状態でローグに押し寄せ、「すげぇ、あんた、天才だぜ!」「なんて豪運だ……!」「あんたの運、少しでも哀れな俺らに分けてくれねぇか!」とコインを少しでも恵んでもらおうとばかりに褒め称え、持ち上げ、おだて倒す。
 だがローグはそんな中でも冷静に、バーバラやハッサンに「痛いぞ」と顔をしかめてみせ、チャモロとアモスにふふんと笑ってみせ、ミレーユとルーキーに微笑んでみせて野次馬どもを傲慢な笑顔で一蹴してみせる。微塵も揺るぎなく、堂々と、傲然と胸を張るその姿は、ひどく力強く、それこそ王者と呼びたくなるほどで。
「………っ」
「あら? テリー、どこに行くの?」
「先に出てる。あとは景品交換だけなんだから、俺がいなくてもいいだろ」
「そう……」
 ミレーユにじっと見つめられながらも、テリーは足早にカジノの階段を上って建物の外に出た。はざまの世界の生ぬるい、人の肌に棘を刺すような感覚を与える、邪気のようなものに満ちた空気が顔を撫でる。
 それはもちろん心地いいものではなかったが、それでもテリーはカジノの外で、壁に背中を預けてローグたちを待った。あの空間にずっといるよりは、ここの方がよほどマシだ。
 自分はこのパーティの中で、基本的にはぐれ者だという認識は、テリーにとって当然、というか一緒に旅をする前からの既定事項だった。そもそも最初の出会いからして(テリーがまともに認識した出会いはドランゴを倒した時だったのだが)間接的にとはいえ敵対関係にある相手だったし、その後のニアミスを経てもその関係は変わらなかった。そして、最後には真正面から雌雄を決した――と言うと、ローグにいつもはっと全力で馬鹿にした顔で「お前、俺たちにかすり傷しかつけられなかった分際でよくそんなでかい口が叩けるな」とせせら笑われるのだが(そしてそれが事実だというのが死ぬほど腹が立つ)。
 だから、自分は(ずっと探していたつもりで、いつしか記憶の彼方へ葬り去っていた、テリーの人生の中でただ一人大切だと思えた存在であるミレーユの言葉と懇願に従い)ローグのパーティには加わったものの、ローグと仲良くするつもりははなからなかった。別に喧嘩するつもりもなかったのだが、ローグの方から全力で喧嘩を売ってきたので思わず全力で買ってしまい、その結果今でもローグとはしじゅう角を突き合わせることになっている。
 だから、自分はこのパーティでは、ただ一人ローグに対して好意を持っていない。気に入らない、とすら思っている。それも、かなりの強さで。
 それにはいくつも理由があった。まずなによりもローグは自分に対しては常に偉そうだし、態度が大きいし、上から目線だ。まるでテリーがローグの下僕かなにかでもあるように馬鹿にした態度を取る。
 他の奴ならスルーされるようなことでも、自分が言ったら聞きとがめてお仕置きだなんだと喧嘩を売ってくるし。会話の中でもいちいち嫌味を付け加えてくるし。その時も拳や蹴り(しかもたいてい急所を狙っている)が標準装備だし。
 それよりも、なによりも気に入らないのは。自分が、ローグのそういった横暴を無視できない、ということだった。
 これまでテリーは、他人の行動に自分の意志を左右される、ということがなかった。少なくとも、ミレーユと離れ離れになり、一人になってからは。まだ未熟な頃は殴られ、斬られ、他にもさまざまなやり方で屈辱を味わわされてきたが、それはテリー自身が未熟なせいで意志を行動に反映できないというだけのことで、テリーの意志は、これを行おうという決意は微塵も揺らぎはしなかった。
 テリーを揺さぶることができる人間など存在しなかった。どんな相手も行きずりでしかないというせいもあったかもしれないが、テリーは不愉快な存在は無視し、自分に好意を示してくる相手は受け流し、異常なまでに不愉快な人間は目の前から消滅させ、と完全な自分というものを保ちながら、他人に煩わされることなく生きてきたのだ。
 どんな奴もテリーにとっては、力を求めてひたすらに戦う自分にとっては、価値のある相手ではなかったから。美しいものも醜いものも、優しいものも攻撃的なものも、どれもみんな斬ればただの死体になる、どうとでもできる存在でしかなかったからだ。
 だが、ローグは。頭に来ることに、あいつはそうではない。
 まず、斬ろうとしても(これは認めるのはすさまじく業腹なことなのだが)斬れない。というか、勝てない。旅の間、本気で理性が吹っ飛ぶほど腹を立て、殺す気で斬りかかったことも何度もあるのだが、そのたびに自分は足腰が立たなくなるほどぼこぼこにされてきた(そのあとでにっこり笑顔で回復呪文をかけてきやがるのもローグなのだ、腹の立つことに)。
 さらに、言われる言葉を無視できない。ローグのように自分に因縁をつけてくる相手は今までに腐るほどいた、だがテリーはそのほとんどをあっさりと無視してきた。喧嘩を売るなら買いはするが、テリーにとって人間というものは足元にまとわりつく蟻のようなもので、どうとでもできる存在だったため、それがいくら喚き立ててもほとんど気にも止まらなかったのだ。だがローグは、因縁をつけるのがうまいというか、嫌味やらなにやらがいちいちこちらの腹を立てるツボを突いてくるし、こちらがどうでもいいと考えられない数少ない点に限っていちいち突っ込んでくる。あっさり聞き捨てにすることがどうしてもできないのだ。
 なにより腹が立つのは、あいつがまるで、揺るがないということだった。テリーがなにをしても――斬りかかっても言い返してもこちらから嫌味を言ってみても、態度にも行動にも微塵も揺らぎが見えない。ローグはどんな時も堂々と、というより高飛車に、傲慢に、(死ぬほど腹の立つことに)実力に裏打ちされた偉そうな態度で無理も道理も引っ込めさせてしまう。
 今回のように。自分がなにをしても、なにを言っても関係なく。自分の存在など、まるで無視して。世界を支配する帝王かなにかのように。
 それが――とにかく、非常に、気に入らない。
 テリーはがり、と音がするほど奥歯を噛みしめた。本当に、あいつのやることなすことが自分には気に入らない。気に障ってしょうがない。なのにあいつがパーティリーダーである以上、あいつの行動は嫌でもこちらの目に飛び込んでくる。目障りで、腹立たしい。いつも平然としているあいつの帝王面をぐしゃぐしゃにしてやりたい――
 なのに、あいつは今日も、しれっとした顔で、こっちがなにを言っても完無視で自分のやりたいことをやりやがるのだ。そしてそれはいつもうまくいくのだ。自分がなにをしてもなにを言っても、まるで関係なく。
 そんな腹立ちを抱えながら、欲望の街の雑踏を睨みつけていると、カジノの扉が大きく音を立てて開き、ローグたちがにぎやかに(後ろに野次馬を引き連れて)出てきた。バーバラとミレーユをのぞく全員が眩しいほどの鋼色に輝く真新しい鎧を着けていて、それぞれが楽しげにどこか浮かれ気味に喋っている。
「へっへー、ったくローグさまさまだぜ。まぁお前のこったからやるっつったら本当にやるだろうたぁ思ってたけどよ」
「当然だろうが筋肉ダルマ、俺はお前と違ってなにをやるにしても優秀なんだ」
「もーっ、ローグってばこんな時にも口悪いんだからっ! でもホントにすごいよねぇ……コイン全部で、きゅうひゃくきゅうじゅうきゅうまんきゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅう枚? 9が七つ? だもんねー。あたしなんか当たるにしたって数千枚ぐらいの当たりしか出したことないのに」
「お前はそもそも賭ける額が少なすぎるだろが。小さく賭けてるんだから当たりの時も小さい理屈だ」
「だってさー、あたしはローグと違ってたくさん賭けてたらすぐ負けちゃうんだもん。あーあー、でもいいなー……あたしも新しい装備ほしいなー。メタルキング鎧も破壊の鉄球も装備できないんだもん」
「お前はグリンガムの鞭が超強力だし、第一この街で手に入れたドラゴンローブやったばかりだろが。贅沢言うな」
「うー、そうだけどー」
「……ま、他の奴のいい装備が出てるのに自分のがない、っていうのが面白くないのはわかるけどな」
「え、え? そ、そう?」
「ああ。だからこそ俺は心底ミレーユに申し訳ないと思うわけだ。この街じゃ水鏡の盾以外ろくに装備が手に入らなかったからな」
「へ? ……あ! あーっ、ごめんミレーユっ、あたしってば全然気づかなくってっ」
「あら、まぁ。なにを言ってるの、いいのよ、バーバラ。私は装備にそんなにこだわりはないし……もう、ローグったら、意地悪ね。そんなことを言って、私がどう答えるか、わかってるんでしょう?」
「もちろんわかっちゃいるが、いい女にはたまにはわがままを言ってほしいという俺のちょっとした欲望を言葉にしてみた」
「……もう」
「チャモロ、鎧の具合はどうだ? サイズは合ってるようだが」
「あ、は、はい。申し訳ありません、確かにサイズは合っていると思うのですが……首のところが、ちょっと」
「ん? ……ああ、首回りのパーツが少しずれてるな。背中側が……ちょっとじっとしてろ」
「あっ」
「……よし、どうだ? 違和感はないか?」
「はい……いいよう、です。ありがとうございます、ローグさん」
「どういたしまして」
「ローグさんローグさん、私はどうです? おかしなところとかありませんか? 個人的にはなかなかナイスな男ぶりだと思うのですが」
「そうだな、破壊の鉄球もメタルキング鎧もお前にとってはまず最強装備だと思うぞ」
「やっぱりそう思います!? ……ってあれ、ローグさん、私の男ぶりについてのところはスルーですか!?」
「プルリップルリリップルルップルルッ」
「お、ルーキー! 似合うぞーその鎧! お前は元がいいからどんな装備でも似合うが、その鎧はまた格別だな!」
「なのにルーキーはそんなに褒めるんですか!? ……もしやローグさん、私のこの姿があまりにも似合っているとか眩しくて見えないとかそういう……駄目ですよローグさん、私はあくまで女の人が好きで」
「やかましいわ」
 ごすっ、とローグの拳がアモスの脳天にめり込むのに、全員がそれぞれに大笑いする。それをテリーは、眉も動かさず、声もかけずに、無表情で見ていた。
 と、ローグがこちらを向いた。目が合って、思わず驚いて目を見開いてしまう。が、ローグの方は少しも驚かず、ずかずかと近寄ってきて間合いに入り、ぐい、と腕を引っ張った。
「いい年こいてお前は『仲間に入れてください』ぐらいのことも言えねぇのか、一人ぼっちキャラも時と場所を考えて発揮しろ」
「は!? 誰が一人ぼっちキャラだ! というかなんで俺がそんなことを言わなきゃならない!」
「そんなもんお前が仲間に入れてほしいからに決まってるだろが」
「誰がいつそんなことを言った!」
「は? なに抜かしこいてるんだお前、そんな雨に濡れながら路地裏をうろつく犬のような目でこちらを見ながら言えた台詞か」
「だ……っ、誰がそんな目をしてるというんだっ、勝手に人の目に妙な形容をつけるな!」
「ほら、いいからメタルキング鎧と破壊の鉄球、お前の分。お前の今着けてる装備はとりあえず取っておくが、こっちの装備が落ち着いたら下取りに出すからな。文句があるなら今のうちに言えよ」
「勝手に決めるな!」
「ほう? 万年思春期の最強ジャンキーの分際で、強い装備をやろうってのに文句をつける気か?」
「人に勝手な評価をつけるなと何度言えばわかる! 俺はなっ……」
 俺をお前のいいようにできる存在だと思うな。
 俺はお前のおもちゃじゃない。
 俺を馬鹿にするな、下に見るな、対等の存在だと認めろ。
 俺を無視するな、俺の方を向け。
 ――俺はお前にとって、どうでもいい存在なのか。
 口からほとばしりかけた、そんな種々の感情が絡まり合った言葉に、テリーははっとして口を閉じた。
 冗談じゃない、そんな感情、認めない。そんな子供の駄々のような言葉、口に出してたまるか。自分はこいつのことを、殺してやりたいと、敵だと、嫌って、憎んで。
 本当に、殺してやりたい、と。
 顔をこわばらせ、口も動かせず、ただひたすらに殺意を込めてローグを睨むテリーを見て、ローグはふむ、と眉を動かし、すい、と顔を近づけてきた。反射的にテリーが剣を抜く前に、間合いの中へ入り込み、耳元に口を寄せ、囁く。
「いいことを教えてやる、テリー。俺は確かにイカサマをした」
「………は?」
「忘れたのか? やかましいくらいさえずってただろうが、カジノで。ここまで当たりまくるのは確率的におかしいだのなんだのと」
「っ………!」
 反射的に叫びかけ、テリーに半ば本能となるほど叩き込まれている警戒心が現在の状況とローグの言葉をどう判断するかせわしなく働いてここで騒ぎを起こすのはまずい、と感じ体の動きを止めさせる。そこにローグは、耳元に口を近づけた格好のまま、静かに囁き続けた。
「心配するな、そのイカサマは絶対にばれはしないし、騒ぎになるようなこともない。どこのカジノに行っても俺の稼いだコインは実績として残り続ける――だが、俺は確かにイカサマをしたのさ」
「……なにが言いたい」
 テリーの耳元で、ローグはくくっと笑う。その声は楽しげだった。見事な戦果を数え上げでもしているかのように。
「お前はそのままでいい、ってことだよ」
「……なんだと?」
「反発し、受け容れられず、拒絶して反抗して対抗して。そのことが自身を苦しめていたとしても、それを経てしか手に入れられないものが、至れない場所がある。お前の疑念がたまさかに真実を突いた、今回のようにな」
「…………」
「さ、行くぞ。予定通り、あの湖跡に向かう。もう昼過ぎだから、どこかで飯を食ってからな」
 あっさりと声をいつもの調子に変えて、ローグはくるりとこちらに背を向け歩き出す。少し離れた場所で待っている仲間たちに手を上げてみせながら。
 テリーは眉を寄せ、混乱する頭を必死に整理しながらローグの背中を睨んだ。ローグがなにを考えているかは、さっぱりわからないしわかりたくもないが、今自分は、ローグが抱えているなにがしかの真実に触れた、という気がした。
 だからといって自分がローグに対する対応を変えることはありえないし、そんなことをローグも期待してはいないだろう。この腹の立つほどそつのない奴は、自分がどう感じ、どう考えるかも読んでいるのだろうから。
 だが、しかし。こいつは、今、たぶんこいつなりのやり方で、テリーに見せたのだ。自身の真実の欠片を。他の仲間たちには見せない部分を。
「……おい、ローグ」
「なんだ、自称天才剣士」
「貴様そんなに俺に喧嘩を売りたいのか!?」
「そういうわけじゃないが、お前にクールぶった態度を取られると反射的に馬鹿にしたくなる」
「この……常時無駄に態度のでかい俺様男がっ……!」
「貴様に言われる筋合いはない。で、なんだ、テリー」
「……お前、どうやって、どんなイカサマをした。少なくとも、目でわかるようなイカサマはしかけていなかったはずだ」
「ほう。わかるのか?」
「ガキの頃からどうやって一人で生き延びるだけの金を稼いできたと思う。イカサマの横行する賭場で身代を賭けたなんて経験はくさるほどあるんだ」
 そう無感情な口調を繕って問うと、ローグはふん、と鼻を鳴らしてぶっきらぼうに答えた。
「夢で調べたのさ。あの勝負を何度も夢で見たから、俺は次にどちらに賭ければいいか知っていた。簡単だろ」
「………ふん」
 言う気はない、ということか。
 まあいい。デスタムーアを倒すまであと少し。それまでにこいつが命を懸けて剣を振るうところを見る機会は腐るほどあるはずだ。こいつの底のところは、その姿を見ればおのずと知れる。
 少なくとも、それまでは。
 テリーは少し足を速め、仲間たちに追いつこうとするローグを追い抜いた。と、ローグの眉間にびしっと皺が寄り、足の動きがわずかに加速して、テリーを追い抜く。別に追い抜かれたくらいでどうこう言うほど器が小さくはないが、少しばかりイラッとして、テリーはさらに足を速め――それを数秒の間に何度も繰り返し、もはや競歩のような状態でテリーとローグは仲間たちのところへ向かい突撃した。
「なにを早足になってるんだ貴様! そんなに追い抜かれるのが嫌なのか、ガキかお前は!」
「俺に追い抜かれるや抜き返してくる奴に言われたくはない。というか他の奴らなら気にしなかっただろうが、貴様ごときに追い抜かれるのは微妙に気に障る」
「貴様なんぞにごとき扱いされる覚えはない!」
「……お前のような鈍感男なぞごとき扱いでも充分すぎるだろが引っ込んでろボケ!」
「お前が引っ込んでいろこの不審者!」
「おーい、お前らー、街の外に出る道こっちだぞー」
「もー、ローグってばテリーが相手だとすーぐムキになるんだからー。子供みたい!」
「あら、うふふ。たとえそうでも、私は、とても嬉しいわ」
「へ? なんで?」
「ローグがあの子のことを、とても大切にしてくれているんだ、ってわかるから」
「………へ? な、なんで?」
「ふふ。さあ、なんでかしらね」

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