最後の一人との出会い方sideY
 初めてククールを見た時、うわー、きれいな男の人って初めて見た、と思った。
 銀色の髪も瞳もきれいだったし、顔立ちがすごく整っていた。なんというか顔のどの部分もケチをつけるところがない、みたいな。肌も艶があったし。
 こういう人って年取るの大変だろうなー。太れないし、ハゲにもなれないし。今でもきっと体型維持とか肌のお手入れとか頑張ってるんだ。ちょっと尊敬だな、うん。
 みたいな感想をあとでゼシカに言ったらツボにはまったみたいで大笑いされ、ヤンガスには苦笑された。トロデ王にはなんか叱られた。美しい者の陰の努力を見抜くようなこと言ってはならないんだって。だからククールには言ってないんだけど。
 えっと、それとククールに手を握られた時、剣だこと弓だこがしっかりついてたんで、ああ、この人は陰でこっそり頑張るタイプの人なんだな、と思った。カッコつけだけど、悪い人じゃないみたい、助けてくれたし。わりといい人だよ、うん。
 そんな風に思ってたんで、マルチェロさんにククールを連れていってもらえないかと聞かれた時、僕は嬉しくなってにっこりうなずいたんだ。
 うなずいてからあ、ククールの意思確認してないや、と思ったんだけど、ついてくるって言ってくれたからまあ結果オーライ。

 ククールは最初弱かったけど、レベルを上げていくうちに欠かせない戦力になってきた。
 力は僕よりかなり弱いし、身の軽さを重視する剣術を使うから武器も防具も軽いものしか装備できないし、ゼシカと同じぐらい打たれ弱いんだけど。動きが速いから回復や援護のタイミングに遅滞がなくて、本職の僧侶なだけあって呪文技術も高い。ククールがヤンガスに代わってとどめ役を受け持ったり、二人が残った敵二体をそれぞれ片づけたりすることも多くなってきた。ククール、頑張ってたもんね。
 ククールにそう言うと、
「ふーん。そりゃどうも」
 と素っ気ない返事が返ってきた。けど、そのあとしばらくこっちを見なかったところからみると、けっこう嬉しかったみたい。
 ククールはレベル上げの初日にこっそり剣の訓練をしてたことがバレてから、剣の訓練をすることを隠さなくなった。もちろん喧伝するわけじゃないんだけど、女の人のところへ行くって嘘はつかなくなったんだ。
 時々白粉の匂いをさせて帰ってくることもあるけど、別に剣の訓練に行くって嘘をついたわけじゃないし。
 バラしちゃってククールには悪いことしちゃったなぁ、と思うんだけど、そのおかげでククールが僕たちとずっと一緒にいたい寂しがりやさんだってことがわかったから、別にいいよね。トロデ王に相談したら喜んでたから、ククールを寂しがらせるようなことはしなくてすみそう。
 それでとりあえずレベル上げを終えた僕たちは、アスカンタに向かって出発した。かなりの長旅になるって聞いてたから気合入れてたんだけど、本当に長旅だった。
 うじゃうじゃ出てくる敵自体は修道院跡地に出てきたのより弱かったから旅程そのものはスムーズだったんだけど、とにかく距離が長かった。宝箱を探してしょっちゅう街道を外れるせいもあるんだろうけど(でも、もらえるものはもらっておくべきだよね? なにかすごいアイテムが手に入るかもしれないんだし)。
 何度も野営をした。ククールは最初ぶちぶち言ってたけど、逃げ出したりはしなかった。そのうち慣れてきたのか文句も出なくなったけど。
 そんなこんなでもうだいたい半分ぐらいまで来たでがす、とヤンガスが言った日の夜、川辺の教会にたどりついて、そこで休ませてもらった。しかもタダで。ラッキー。
 信仰心の強い人たちらしく、トロデ王を見ても驚きはしたけど拒否反応は起こさなかったんで、トロデ王も一緒にベッドで休むことができたのが嬉しかった。旅が始まって以来初めてのことかも。
 翌朝さっそく出発したんだけど、なんだかトロデ王とククールの様子がおかしい。なんか考えこんでるみたいな感じなんだよね。
 どうしたのかなって聞いてみたんだけど、二人とも答えてくれなかった。代わりにトロデ王にこんなことを言われたけど。
「ユルトよ、お前は確か親も兄弟もおらんのじゃったな?」
「はい、トロデ王」
「ふうむ、ゼシカは兄と死に別れ、ククールはあの通り仲が悪い。わしとミーティアの幸せ家族っぷりを見せつけては、なんだか悪い気がするのう」
「そんなことないですよ」
 僕はぷるぷると首を振った。そんなことで二人の幸せな姿が見られなくなっちゃうなんて、僕は絶対嫌だ。
「幸せな人は幸せのまんま生きてるのが一番いいんです。そっちの方が周りの人も絶対嬉しくなりますよ。幸せって誰かが見せて感じさせてくれないと、わかんなくなっちゃいますもん」
「そうか……」
 ふっと微笑むトロデ王。その顔自体はけっこう面白い顔だったけど、僕にはすごく暖かい笑顔に見えた。
 嬉しくなってえへへ、と笑う僕――の肩を、ぐいと細くて繊細だけどしっかりしたつくりの指がつかんだ。
 ククールの指だ。
「おい」
「なに?」
 なんだかずいぶん真剣な顔だ。
「ちょっと顔貸せ」
「どこに?」
「すぐそこだ。悪い、みんな、すぐ戻る!」
 という言葉もそこそこに、僕たちはみんなから離れた。大声を出さないと聞こえない、というぐらいの距離まで離れてから、怖い顔をして僕を睨むククール。
「ユルト」
「なに?」
「お前、両親も兄弟もいないのか」
「うん」
 僕はこっくりうなずく。
「いつから?」
「最初から……ねえ、なにが聞きたいの?」
「…………」
 ククールはしばし逡巡して、そして言った。
「お前、愛されて育ったっつってたよな」
「……うん」
 やっぱりそれか。
「誰に育てられたんだ」
「誰っていうことないなぁ。城のみんなにだよ」
「そいつらが、お前をそんなに愛してくれたってのか?」
「うーん、愛するっていうか……」
 僕は首を傾げた。そういうことは普段あまりに当然に僕の血肉に染みこんでいるので、改めて考えることはあんまりないのだ。
 でも、難しいことじゃない。
「例えばさ。仕事頑張ると、褒めてもらえるよね? 相手が根性曲がった人じゃなきゃ」
「……まあな」
「僕の周りには根性曲がった人があんまりいなかったんだよ。そういうこと」
「……一人も、か?」
「ううん、そりゃ意地悪なこと言ったりしたりする人いたよ。僕の手柄横取りしたり、僕に仕事押しつけたり、僕の仕事邪魔する人いた」
「…………」
「でも、僕には好きになれる人がいた。好きになってくれた人がいた。ささやかでも好意を持ってくれる人がいたんだよ。僕のことが大切だって言ってくれる人がいたんだ。一人でもそういう人がいるんだもの、幸せになれない方がおかしいでしょ?」
「…………」
「だからね、僕、ククールに愛されて育ったんだなって言われて嬉しかった。僕、自分がちゃんとそう見えるといいなって思いながら生きてきたから」
 そう言って笑うと、ククールは、なんだか苦しそうに口を開いた。
「……なんで、お前は……」
「?」
 僕がきょとんとしていると、ククールは妙に苦く笑って、肩をすくめた。
「いや……いいさ。それよりそろそろ行こうぜ、あんまり待たせても悪い」
「そうだね、行こっか!」
 僕が笑うとククールはやれやれと肩をすくめる。
 ――僕は全然気づかなかったんだけど、この時初めてククールは、僕や、僕たちのことを、一個の人格として見るようになったんだって。なんだか失礼な話だよね。

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