<sideYu> 朝起きると、なんだか妙に体が寒い気がした。ぞくぞくするっていうか。そのくせ妙に頭だけ熱かったりして。 なんだか体に力が入らなくて、ヤンガスに朝飯でがすよーと言われても動く気になれなくてぽけーっとしてると、みんながぎゅーっと眉を寄せてこっちを見てくる。 「兄貴……熱があるんじゃないでがすか?」 「ねつ?」 僕は首を傾げる。言ってる意味はわかるんだけどー、なんかぴんとこないかも。耳には入ってるんだけど頭まで届いてない感じ。 「頭痛くない? 体熱っぽかったりしない?」 「んー……」 「駄目だこりゃ頭回ってねぇな。ちょい顔貸せ」 うん、とうなずいてひょいと顔を突き出すと、ククールはこつんとおでこをくっつけてきた。ちょっと子供みたいで恥ずかしいかも……でも、ククールのおでこ冷たくて気持ちいい……。 「……うわ、もろ熱。けっこう高い。風邪かこりゃ? お前腹出して寝ただろ」 「そんなことないよー……」 「こりゃユルト! お前家臣の分際で熱を出したりしてよいと思っておるのか! きちんと体調管理をしろといつも言っておるだろうが!」 「ごめんなさーい……」 「こんな時に言うことじゃないだろうが!」 「しょうがねぇな……いったんどっかベッドのあるとこまで戻るか。どこがいいかな……」 「川辺の教会は? あそこならトロデ王も出入りできるし」 そういうわけで、僕たちは川辺の教会まで戻ることになった。 「ほれ、腹出して。薬塗ってやるから。……ったく、なんでこの俺が男なんか脱がさなきゃならねーんだ」 「馬鹿言ってないでさっさとやる! ユルト、服借りてきたから。薬塗り終わったら着替えさせてあげるね」 「兄貴、なんかほしいものないでがすか? 隣のじいさんちから果物もらってきたでがすが……」 「これ、ユルト! わしが手ずから水を汲んで布巾を絞ってきてやったぞ。感謝するがよい!」 ぶつぶつ言いながら僧侶らしく医者みたいに薬を調合してくれるククール。誰かを看病する経験があんまりなかったのか、なんだか楽しそうなゼシカ。すごく心配していろいろかまってくれるヤンガス。ぶきっちょなのに真面目に看病してくれるトロデ王。 みんなに世話をかけちゃうのはすごくごめんって思うんだけど。なんか、こういうの初めてで、嬉しかったり、くすぐったかったりする。 あー、なんか僕すごくみんなのこと好きだなー、と思ってにやにやしてたら、なに笑ってんだとククールに唇をひねり上げられた。 ので、ぷーと膨れて、「今すごくククールやみんなのこと好きだと思ってたのにー」って言ったら、なんだかすごく妙な顔をして「そりゃどうも」って言われちゃった。 そのあとククールなんかみんなにいじめられてたけど。なんでだろ? <sideYa> 「みんなありがとー! もう大丈夫だよ!」 一日休んだ翌日兄貴がそう元気に笑ったので、俺はほっとした。兄貴はやっぱりこんな風にお日さまみてえに笑ってるのが一番いい。 なので全員で出発の準備をしていると、ふいに兄貴がこっちをじーっと見てるのに気づいた。 「兄貴、なんでがすかい?」 「………んーとね」 兄貴はすたすたと俺に近寄り、ひょいと俺の額に額をくっつけてきた。俺が少しどぎまぎしているとむっと唇を尖らせる。 「やっぱり、ヤンガス熱ある」 「へ!? いや、あっしは別にそんなこたぁ」 「嘘。熱いもん。僕よりずっと熱いよ。僕の看病で無理したんでしょ?」 「え!? いや、そんなこたぁ……」 そりゃ確かにじいさんに果物をもらったお礼に畑を耕しまくったり、そのあと川上まで冷たい水を汲みに行ったりはしたが……。 「やれやれ、仕方ねぇなぁ。また一日足止めかよ」 「文句言わないの。あんただっていつそういう状況になるかわからないんだからね」 「おやおや。俺は健康管理には気をつけているつもりだぜ、レディ。ベッドを供にした相手に病気をうつすわけにはいかないからな」 そんなことを言いつつククールとゼシカも荷物を置く。俺は慌てて飛び上がった。 「心配するこたぁありやせんよ兄貴! あっしぁまったくもって元気元気で……」 そこまで言うとぐらぁ、と頭が揺れた。世界が回る。体の芯がぐらぐらした。 「ほら、やっぱり具合悪いんじゃないか。ちゃんと休まなきゃダメだよ」 めっ、と腰に手を当てて言う兄貴の言葉に、俺は渋々今日一日ベッドで休むことになった。 その間中、兄貴は細々と俺の世話を焼いてくれた。なにかほしいものはないか、果物はいるか、水は飲みたくないか。 俺が恐縮すると、兄貴はにっこり笑って言う。 「ヤンガスだって僕におんなじことしてくれたじゃない。僕とヤンガスは義兄弟でしょ? 仲間でしょ? 好き同士だから、相手が病気になったらいろいろ面倒見るんだ」 その主張に、思わず目頭が熱くなって布団を引っかぶる。その向こうから、無粋な声が聞こえてきた。 「ま、しこたま寝てとっととよくなってもらいたいもんだぜ。こんな可愛くないオヤジの診察するなんて一度で充分だからな」 「あんた、それすごく遠まわしにユルトを可愛いって言ってない?」 「……誤解だよゼシカ。ただこいつに比べればたいていの人間は可愛く見えるってだけのことさ」 俺は思わず拳を握り締めた。あのハレンチ野郎が。 元気になったら一発殴ってやる、と心に決め、一人思った。 早く治そう。 <sideZ> ヤンガスが治って、今度こそ出発、っていうことになったんだけど――それはさらに延期されることになった。 今度は私が熱を出してしまったのだ。そんなに高いわけじゃないけど、長い距離を歩くのはきつい、ぐらいの熱を。 馬車で運んでもらうわけにもいかないし、もう一泊させてもらい、できるだけ早く病気を治すことに決まった。 「ごめんね、みんな……迷惑、かけて」 私の言葉に、みんな揃って首を振る。 「ゼシカだって僕のこと看病してくれたじゃないか」 「困ったときはおたがいさまでげす」 「君みたいなレディを介抱できるのは男にとって本懐さ」 ……まあ、最後の一人はともかくとして。 ククールに診察してもらって(服を脱ぐのは断固として拒否したけど)、たっぷり眠って。みんなにいろいろ看病してもらって。 なんだか懐かしいなぁ、と思い返していた。私も小さい頃はよくこうやって熱を出してたっけ。 母さんは家事全般に手を出さなかったから、看病するのは当然メイドの子たちなんだけど。家族じゃないっていうのが寂しくて。 そんな思いを感じたのか、サーベルト兄さんはしょっちゅう私の様子を見に来てくれたっけ。花を摘んできてくれたりして。あの頃は兄さんも、決して大人ではなかっただろうに、ちっちゃな妹のために恥ずかしい思いをしながらそんなことをしてくれたのよね。 兄さんは、そういうことがさりげなくできる人だった。 「ゼシカ、なにかほしいものある?」 ユルトににっこり笑ってそう聞かれ、私はつい「花が見たいな」なんて言ってしまった。 「はな?」 きょとんとするユルト。はっとして、ごめん冗談、という暇もなく、ユルトは大きく笑んでうなずく。 「わかった、ちょっと待ってて!」 そう叫んで駆け出してしまった。私が呆気にとられて待っていると、十分もしないうちに戻ってきて、花瓶を差し出す。 ――この花は―― 「リーザス村に飛んでいって、ゼシカが好きな花を教えてもらったんだ。花壇にいっぱいあるって言ってたから、ちょっと切ってもらっちゃった。……いやだった?」 私の一番好きな、兄さんの摘んでくれた花。 私はユルトの言葉に首を振って、布団をかぶった。なんだか涙がこぼれそうになったからだ。 <sideK> なんなんだ、この状況。そりゃちょっと熱っぽいと言ったのは俺だが、ククールも休まなくちゃダメだよという言葉にうなずいたのは俺だが! 「ククールー、なにかほしいものある?」 「ほれ、起きるでがす。軽く腹に入れてから薬を飲むでがすよ」 「終わったら服着替えさせてあげるわよ」 「……いい。なんもいらん。頼むから放っておいてくれ」 俺の懇願に、こいつらは声を揃えて「遠慮なんかするな」と笑った。 ……違う! 遠慮じゃない! 心底嫌なんだ! 看病をするのはいい。面倒くさいが。服を脱がすのも体を拭くのもいい。 だが、自分が服を脱がされたり体を拭かれたり薬を飲まされたりと面倒を見られるのは嫌なんだ! 「そのこだわりはどこからくるわけ?」 ゼシカが笑う。 「……別に。いい歳した男が面倒見られてるのはみっともいいもんじゃないだろ」 「ヤンガスだって面倒見られてたじゃない」 「俺とあいつは違うさ」 「そりゃそうだけど。なにもそんなにカッコつけなくてもいいんじゃないの? 第一無駄よ、あんたが嫌って言っても少なくともユルトは諦めないわよ」 俺はため息をついた。そうだろうなと心底思えたからだ。 俺はユルトと二人っきりになった時言ってみた。もう世話を焼かないでくれ頼むからと。こいつが看病を諦めれば他のみんなも手は出さなくなるだろう。 「なんで?」 予想通り、ユルトはちょっと首を傾げて言った。 「だから……恥ずかしいんだよ」 「どこが? 誰だって弱った時は誰かに世話焼いてもらわなきゃダメなんだよ」 「……俺は世話なんか焼いてもらった覚えねえよ」 声が低くなる。熱を出しても、誰からも省みられなかった頃。このまま一人で死んでいくんじゃないかというたまらない不安。そんなものを思い出してしまったからだ。 だから、看病されるのは嫌いだ。もうそんなものは不要になったほど強くなった自分が、揺らぎそうな気がするから。 ユルトは、またちょっと首を今度は反対方向に傾げると、すっと俺に近づいてきた。 「……なんだよ」 訊ねても答えず、黙って寝ている俺と視線を合わす。それから、こつんとおでこをくっつけた。 「……おい」 「大丈夫」 妙に優しく、静かな声だった。目の前のユルトの顔がやんわりと笑む。 「もう、怖くないよ。僕がいるからね。僕たちがついてるからね。ずっとずっと大丈夫だからね」 「な……」 「いい子、いい子」 そう言ってちゅ、と子供にするようにおでこにキスをひとつ。 俺はかぁっと顔を熱くしてユルトを睨んだが、ユルトはちーとも答えない様子でにこにこ笑っているので、かえって恥ずかしくなってきて布団を引っかぶった。 ……ホント、こいつにつきあってたら心に棚がいくつあっても足りねぇ。 翌日、俺はたっぷり眠って全快し、俺たちパーティを襲った病気の脅威は去ったのだった。 |