ベルガラックのカジノの後継者である双子を護衛した報酬としてもらった六百枚のコインを、ユルトは四人それぞれに百五十枚ずつ分配した。 「使い方は自由ね。それぞれ好きに遊んで、使い果たしても遊びたかったら自己負担ってことで」 「へぇ、儲けようとは考えてねぇんだ?」 からかい半分にそう言うと、ユルトは真面目な顔でうなずく。 「賭け事は胴元が一番得するようにできてるんだって近衛兵の先輩が言ってたもん。お金稼ぎは地道が一番」 「でもはぐれメタル鎧とかグリンガムの鞭とかほしくない?」 ゼシカが少しばかり面白がるように問うと、ユルトは大きくうなずいた。 「ほしい、すごくほしい、超ほしい。絶対大勝ちして景品いっぱいもらいたい」 「さっきと言ってること違うじゃねえか」 そう突っこむとユルトはぷうっと膨れる。眉がいくぶん垂れているところをみると、膨れちょい悲しみモードってとこか。 「夢と現実は違うっていってるの。願うことが全部かなうなんて方が珍しいんだからね」 「へぇ、ユルトらしからぬ現実を見据えたご意見」 「なんだよー、それ。僕ちゃんとげんじつてきだよ? 賭博で儲けるには経験と運と時間となによりお金が必要だってちゃんとわかってるもん。負けない賭け方をして大量に儲けるのって暇とお金を持て余してないとできないんでしょ?」 「……まあ、裏技を使わなければな」 それがわかってるなら、確かにユルトもカジノに関してはそこそこ現実的だといえるかもしれない。 「とにかく、儲けようとは考えないで、この六百枚は天からの贈り物だと思ってすっきり消費しちゃおう。えんえんカジノにいられるわけじゃないし、パッと遊んでパッと使ってそれで終わり。決定」 重々しい口調でそう言うユルトに、俺たちは苦笑気味ながらもうなずいた。 この一つの街の装備を全部買わなければ次に進まないアイテムマニアが、カジノの景品に未練たらたらなのはよくわかっていたからだ。 俺は(ポーカーがあったら当然そこに行ったんだが)、ちょっと考えてルーレットに向かうことにした。スロットは目押しのできないタイプだしビンゴは出る数字も渡される数字も完全にカジノ側が管理してるし、少しでもこの腕を発揮できるものっていったらルーレットしかないからな。 ヤンガスはスロットへ、ゼシカはビンゴへ向かったが、ユルトは俺についてきた。 「お前もルーレット?」 「うん。パルミドのカジノじゃできなかったから」 なるほどね。珍しいもの好きのユルトらしい。 俺たちは同じテーブルに着いた。ヒゲのディーラーが澄ましてどの数字にお賭けになりますかと聞いてくる。 何回か様子を見て、傾向を読む。投げ方からして普段はやっぱり適当に放っているだけみたいだが(そりゃそうだ不正しなくても基本的にカジノ側が儲かるようにできてるんだし)、それでもディーラーの癖で落ちやすい数字落ちにくい数字っていうのはある。 よし、と心を決めてベットする。1〜6に六マス賭け、三十枚だ。ここは六マス賭けの時だけいくぶん期待値が高めになっている。 俺の様子をじーっとうかがっていたユルトも賭けた――が、俺は少し驚いた。ユルトはいきなり数字の1にコインを全額(百五十枚)賭けたからだ。 「おい、いきなり全財産賭けか? しかも一つの数字に」 耳元に囁くと、ユルトはこっくりうなずく。 「もし万一当たってああやっぱり全額賭けとけばよかったーとか一つの数字で当たってたかもとか思うのやだもん」 ……まあ、それもわからないわけじゃないが。ギャンブルで儲けるっつー可能性をハナっから否定した考え方だな。こいつやっぱり基本的に小市民なんだ。 ディーラーが玉を放る。玉が道を転がる独特の音が響き、数字のポケットへ落ちる―― その落ちた場所は、一番だった。 「………うっそ―――っ!!」 俺もギャラリーも驚いたが、一番驚いているのはユルトだった(ディーラーはさすがプロと言うべきか驚きはしなかった)。目をまん丸にして、まじまじとルーレット盤を見ている。 「ねぇククール、ルーレットって当たるものなの? 一回目で当たっちゃったよ? 二十八倍だから……よんせんにひゃくまい? うわーすごーい」 「まぁどんなギャンブルでも当たる時は当たるけど……ずいぶん都合よく当たったもんだな……」 二十八倍のコインを返されて、方々からおめでとうございますと言われ、ユルトはほえーとかうひーとか歓声とも悲鳴ともつかないものをあげた。少し困っているようにも見えたが、次のベットが始まると真剣な顔になってまた一つの番号に賭ける。今度は(一度に五百枚までしか賭けられないからだろう)五百枚だった。 そんなに都合よくはいかないぞ、と負けない賭け方を教えてやろうかとも思ったが、やめた。最初に使いきると言ってコインを分けたのはこいつだ、いまさら口を出すのも野暮だと思ったのだ。 ユルトはそのあと四回外れた。そのたびに悔しそうに膝を叩く。まあそういうのもギャンブラーの経験だ、と思って見ていると―― 五回目にまた当たった。 今度のコインは一万四千枚。ほんの六回でユルトのコインは百倍にまで膨れ上がったのだ。 「うわー、カジノってけっこう当たるものなんだねー。僕って運いいかも」 嬉しげに笑ってユルトはその後も五百枚一マス賭けを続け、三万枚までコインを増やした。それから「他のゲームもやってみたい」とルーレットのテーブルから離れたのだ。 俺はその背中を見送って、はーっとため息をついていた。なんなんだ、あの異常なまでの運。 イカサマじゃない、それは確かだ。ディーラーの玉の放り方は意識的な動きはほとんど感じられなかったし、第一カジノがユルトに儲けさせる必要なんてまったくない。 つまりこれは単純に運。ビギナーズ・ラックというやつなのだろう。 それにしても大したもんだ。玉が賭けたひとつの数字に入る確率は三十七分の一、三十七回に一度しか入らない確率なんだ。 それを三回も当てるなんて、ざっと五万分の一の確率しかない。 まぁ当たる時は当たって不思議はないんだが。他のゲームへいってあっさり全額スったなんてことにならなきゃいいけどな。あ、むしろそれを求めてるのか。 などと思いつつ俺は負けない賭け方で地道に儲けていったんだが、スロットコーナーの方で騒ぎが聞こえてきたのをなんとはなしに聞いて愕然とした。 「百コインスロットでバンダナつけた若い子がスリーセブン出したらしい!」 愕然としたのは当然、頭の中で一連の帰結がよぎったからだ。 バンダナ。若い。つまり、ユルト。 その予測は、当然間違ってなかった。 あとでつらつら考えてみるに、これはユルトの体質が問題なのだろうと思う。 特異点。幸運とトラブルを大量に消費する体質。街道を歩いていてもしょっちゅう魔物に襲われ(その全てを撃退してきたので俺たちもここまでレベルが上がったわけだが)、旅に行き詰ればどこからともなく助けが差し伸べられる。旅に関わりある事件もない事件も、必ずこいつが訪れるのに前後して起きる。 起こりにくいことこそがこいつの周りでは起きる、それで普通出るはずのないバカ当たりが出たりしたのだろう。 まあ理屈がどうあれ、今重要なのはユルトがとんでもない当たりを引き当てまくってるってことだった。 「見て見てヤンガスゼシカククール、すごいでしょ! もうコイン二十五万枚だよ?」 「うおおおぉっ、さすがユルトの兄貴でがす! とんでもねぇ、とんでもねぇ当たりだ!」 「すごーい! 最初の千倍以上ってことでしょ? ユルトってギャンブルの才能あったんだ!」 ごく素直に自慢するユルトにごく素直に感嘆するヤンガスとゼシカ。まったく単純というかなんというか、と苦笑する気持ちもあるが大したもんだと思うのも確かだ。 だが、俺はユルトの自慢を聞き流しつつ内心こりゃヤバいな、と思っていた。ルーレット、スロット、ビンゴとバカ当たりを引き続け、今やユルト(と、俺たち)の周りには黒山の人だかりができている。 あやかろうというのか少しでもコインをかすめとろうというのか。羨望と嫉妬の視線がびしびし突き刺さってくるのを感じる。 こいつらはいい。鬱陶しいのは確かだが実害はない。だが――― 「お客様、少々よろしいでしょうか?」 ――やっぱきやがったか。 俺はきょとんとするユルトを守るように一歩前に出た。声をかけてきたのは髪に白いものの混じった、いかにも老練なディーラーだ。 「なにか用か?」 俺が答えると、ディーラーはこちらの警戒心を解こうとでもいうのか、優雅な笑みを浮かべて言ってくる。 「お客様はずいぶんとコインが貯まっているように見受けられますが……」 「イカサマをしてるとでも? おいおい、ここのカジノは客に言いがかりをつけるのか?」 「ご冗談を。ただ少々提案がございまして……」 「提案?」 ユルトがひょいと俺の脇から顔を突き出してくる。このやろ、こいつを交えずに話を進めようと思ったのに。 「はい。お客様はお見受けしたところずいぶんとコインが貯まっておられる。そこでそのコインをさらに一気に増やせるチャンスのある、当カジノ特別テーブルへご招待申し上げようと思いまして」 「特別テーブルって?」 「一流のお客様専用のテーブルでして、そちらでは賭け金が最低でも一万枚からとなっております」 「一万枚!?」 「はい。当然一回の勝負で動くコインもそれ相応の量となります。勝てば最低でも一回一万コインの儲けとなりますが?」 「最高だと?」 「そうですね、バカラで十万コインをタイに賭け、当たった場合――八倍の八十万コインが支払われます」 「八十万!」 ユルトは大きく目を見開いて一瞬あんぐりと口を開け、それから目を輝かせてこくこくとうなずいた。 「やります、それやります! 絶対やります!」 「おいこらユルト!」 俺が止める間もなくユルトは俺の脇から前に抜け出てそう言ってしまう。ディーラーはにっこりとうなずいて、朗々と叫んだ。 「特別テーブルを! お客様はバカラをお望みです!」 「………ユルト………」 「え、なに?」 俺はにわかに騒然としだした店内で、ユルトに鋭く耳打ちする。 「こんの、バカッ! アホかお前は、二十五万枚をドブに捨てる気か!」 「え、え?」 「いいか、こういう風に儲けてる時にさも儲けさせてあげますよーって話を持ちかけてきた奴はな、こっちをケツの毛までむしってやろうって魂胆に決まってるんだよ! あいつらはお前が儲けすぎたっていうんでコインを根こそぎ奪い取る気なんだ!」 「そうなの? でも勝てば八十万枚って……」 「そんなに都合よくいくかバカ! 運だけならお前なら勝てるかもしれないけどな、向こうが勝たせてくれるわけないだろうが!」 ユルトは目を見開いて、首を傾げた。 「イカサマするってこと?」 「声が大きい!」 頭をはたいて、俺の方に引き寄せ囁く。 「いいか、受けちまったもんは仕方がない。俺が横で相手の動きを見張っててやる。お前は……いまさらコツだなんだっつっても仕方ない、頑張って賭けてろ。ただ最初からあんまりコインぶっこむなよ、相手の技を見切る時間が要るからな。お前の運に期待するぞ!」 「うん」 本当にわかってるんだかはなはだ怪しかったが、ユルトは純真そのものという顔でこくんとうなずく。 正直不利なことがわかりきってるこんなゲームに参加したくはなかったが、考えようによってはこれはチャンスだ。俺はイカサマを仕掛ける方だが、当然見抜き方もよく知っている。相手のイカサマを見抜き、ディーラーにこっそり指摘することができれば、カジノ側から口止め料として大金(大コインか)をせしめることができる。 相手も当然百戦錬磨だろうし、不利なことは不利だが――勝負師としてはこっちの方が張り合いがある。 俺にしては珍しくそう前向きに考えてよし、と気合を入れているところに、特別テーブルの用意ができたって、というゼシカの声がした。 ユルトは「わかったー!」と大声で答えると、うじゃうじゃと人が集まっているテーブルへ向かった。特別テーブルの客を迎えようというのだろう、さーっと人だかりが割れていくのを見て、俺は小さく息をついてからユルトのあとを追った。 バカラというのは、カードゲームの一種だ。だが最初から賭けることを念頭において作られているあたり、普通のカードゲームとはいくぶん違うかもしれない。 ブラックジャックに少し似ていて、大ざっぱにいえば二枚のカードの合計が9に近い方が勝ち、なのだが正確に言うとずいぶん違う。 まず賭ける側がプレイヤーとバンカーどちらが勝つか、あるいは引き分けるか(タイ)を予想して、そのどれかに賭け金を置く。それからディーラーがプレイヤーとバンカーに二枚ずつカードを配る。 ここで双方の数字によって三枚目を引くかどうかが自動的に決まり、三枚目を配る数字だったら配ってゲーム終了。ちなみに十以上の数は全てゼロとして扱われ、数字の合計が十以上になった場合は一桁目の数字だけを使う。 つまりカードをどう引くか、ではなく次のカードはどんなものがきてどちらが勝つか(引き分けるか)を予想するゲームなのだ。 勝ち負けで当たれば賭け金と同額、引き分けで当たれば八倍の配当金が手に入るが、バンカー側の勝ちに賭けて当たった場合5%をディーラーに支払わなきゃならないので、確率的にはいくぶんバンカーの勝ちに賭けるのが有利だと言われてる。 ――が、なにより重要なのは、賭ける場所を選んでからカードを配るので、ディーラーにその気と腕があればイカサマし放題ってことだ。 さっきの白髪ディーラーとテーブルを挟んで向かい合わせに座ったユルトの隣に立つ。ゼシカとヤンガスもユルトの隣に立った。 その後ろや横に、ギャラリーが黒山の人だかりを作っている。 周りのひそひそ囁く声を気にした様子もなく(そりゃそうだこいつにそんな神経はない)、ユルトはディーラーと対峙した。ディーラーはさっきの和やかな顔とはうって変わって、無表情を作っている。 「どちらにお賭けになりますか」 そう低く耳に気持ちよい声で問われ、満座の注目の中ユルトはあっさりと、特製の一枚一万のコインをひとつ置いて言った。 「タイで」 ギャラリーがどよめく。当然のことながらタイになる確率は勝負がつく可能性よりはるかに低い。 俺も正直げっ、と思ったが、しばし悩んで言うのはやめた。横から口を出してこいつの運を奪い取ってはどうしようもない。イカサマができない以上、勝つにはどうしたってこいつの常識外れの幸運が必要なんだ。 それよりも俺はディーラーをしっかり見てなきゃならない。俺は軽くカードをシャッフルするディーラーをじっと見つめた。 当然のことながら、カードさばきは抜群にうまい。鮮やかな手つきでしゃっしゃっと二枚ずつカードを配る。 配られたカードは、プレイヤー側が1と8、バンカー側が2と6。プレイヤー側の勝ち。 ――つまりユルトの賭け金は没収。 おぉぉ、と呻くような声がギャラリーから起こる。ゼシカとヤンガスも残念そうな呻きを漏らした。 俺は唇を噛み締めていた。イカサマをしなかったのか、それともこのディーラーが俺ですらとてもかなわないほどの腕前なのか。――イカサマをしたという兆候は見つけられなかったのだ。 ユルトはちょっと眉をひそめただけで、取り乱しはしなかった。 それからもユルトはタイに一万コインをかけ続け、そのつど賭け金を没収されていった。ゴールドにして二十万という桁外れの大金が次々消えていくのに、ヤンガスやゼシカを含めたギャラリーは悲嘆のため息をつく。 俺は必死にディーラーを観察したが、どうしてもイカサマをしているようなところは発見できない。イカサマしていないのか、腕のせいなのか。まったくもってわからず、思わずぎりぎりと歯噛みした。 とかなんとかやっているうちにコインはみるみる減って、二十五万枚あったコインがもう残り十万枚になってしまった。 「どちらにお賭けになりますか」 ポーカーフェイスを崩さず、これまでとまったく同じ口調で語りかけてきたディーラー。ユルトもこれまでとまったく同じ口調で答えた。 「タイで」 ――そう言って、ユルトは残りの一万コイン十枚全部を、タイの場所に置いた。 「ちょ、ちょっと、ユルト!?」 「兄貴!?」 ゼシカとヤンガスが叫び、ギャラリーが大きくどよめく。ポーカーフェイスのディーラーの眉も、一瞬だが小さく動いた。 俺も正直どきりとしたが、すぐにいや、これはある意味正しいかもしれないと思い直した。ユルトは起こりにくいことこそを起こす体質なんだ、いっそこのくらいの大勝負に出た方がその体質を発揮しやすいかもしれない。 ――だが、そのためには俺がディーラーにイカサマをさせないことが第一条件なんだ。 きゅっと俺は唇を噛む。ディーラーがゆっくりとうなずいて、カードを手にとるのを見つめる。 これが最後のチャンスだ。 ディーラーがしゃっしゃっとカードを切る。二回、三回、おかしなところはない。 カードが配られる。プレイヤー――ユルト側に二枚。出てきたカードはジャックとクイーンだった。スコアは0。もう一枚引く手だ。 バンカー側にもカードが配られる。こちらの手は5が二枚――スコアは0だ。 ギャラリーがおおぉぉとどよめいた。ここまでの手だと見事にタイだ。 だがこれで終わりではない。このスコアだと両方もう一枚引くことになるのだ。 俺はぎゅっと拳を握り締め、一心不乱にディーラーの手を見つめた。ここまでのところは、どう見てもイカサマしてるようには見えなかったのだ。 ギャラリーが、ディーラーの同僚が、ゼシカがヤンガスが、息をつめてディーラーの手つきを見守る。ディーラーの手が華麗に閃いてプレイヤー側にカードを配る。 出てきたカードは――キング。スコアは0、最低点。 だがこの際スコアの高さ低さは問題じゃない。次のバンカー側のカードの数字で全てが決まる。 10かジャックかクイーンかキングか。このどれかだったらユルトの勝ち。 それ以外だったら、負け。 確率的には他の数字よりはるかに高い。 ディーラーの手が舞うように動き、山からカードを取って、バンカー側にカードを―― ――――! 俺はさっと髪をかき上げてディーラーと視線を合わせ、キラーン! と瞳を輝かせた。比喩じゃなく。 ディーラーはビシィ! とカードを配ろうとする姿勢のまま、見事に硬直する。俺の特技のひとつ、天使の眼差し――それを(人間用に威力を弱めたとはいえ)まともに食らったのだから当然だ。 俺は興奮で軽く息を荒げながらも、にやりと笑んでいた。やっと、見つけた。 イカサマをする瞬間をしっかり捕らえ、見事に固まらせた。こうなりゃはっきり言ってこっちのもんだ、カジノ側にねじこんで(カジノのトップと俺たちは面識があるわけだし)、ふんだくれるだけふんだくってやる。 固まったディーラーに、ギャラリーたちは騒ぎ始めた。天使の眼差しは俺の体質も関係した俺だけのオリジナル技だ、知ってる人間なんて仲間以外いない。元から目立たない技だし。 ユルトたちは気づいたのか俺にもの問いたげな視線を送ってきたが、口に出してはなにもいわなかった。よしよし。 脇に控えていたディーラーの同僚たちが、ディーラーをつついたりし始めるがディーラーは小揺るぎもしない。中の一人が、一瞬考えるような顔をしてから前に出た。 「皆様、申し訳ありません。ディーラーがふいに体調不良を起こしてしまったようなので、代理として私がカードを配らせていただきます」 固まったディーラーの脇で、カードの山から一枚取り、すっとバンカー側に滑らせる――と同時に、歓声と怒号が響き渡った。 カードは10。スコアは0。つまり、タイになったわけだ。 「うおおおぉぉぉっ、兄貴っ、兄貴兄貴っ、すげえでげす! 勝ったでがす、勝ったでがすよ!」 「十万枚でタイに賭けて勝ったから……八十万枚!? ちょっと、ホント? 本気で? す……すっごーい!」 ゼシカとヤンガスが大騒ぎしている。ギャラリーも狂ったように騒いでいた。俺はというとそれなりに驚いてはいたが、来るかもなと思っていたので騒ぎはしなかった。 ユルトはというと、なんだかぼんやりとカードを見ている。なにやってんだと少しからかってやりたくなって、横からユルトの頬をつついた。 「おい、なにぼーっとしてんだよ。お前が自分の勝利にうっとりするなんて死ぬほど似合わねえぞ?」 「………え……と」 ユルトがゆるゆるとこっちを向いて、ひどく頼りなげな口調で言った。 「勝った、の?」 「……ああ。お前の勝ちだぜ。コインは一気に八十万枚だ」 「はちじゅうまんまい………」 ぼーっと言ったかと思うと、その顔にぱーっと赤みが差して、こういう形容を男に使うのは正直嫌なんだがそれこそ花がほころぶような笑顔を浮かべた。 「やったぁっ!」 ガッツポーズを取ってヤンガスとゼシカと一緒にコインをもらいに行くユルトをやれやれと見送りつつ、俺はカードを配っていたイカサマディーラーに向き直った。まあこいつはもう別にどうでもいいか。八十万枚が手に入ったんだからこれ以上フォーグとユッケから絞り取るのもなんだし―― まあこいつもそのうち麻痺が解けるだろう、と思って立ち去ろうとし、その前にふと興味が湧いてディーラーの手を開かせた。もしディーラーがイカサマをせず、山から取った一枚を素直に出していたらどうなったんだろうか。 軽い気持ちで確かめてみて、俺は目を丸くし、それからふっと笑った。 カードの番号は9、スコアも当然9。バンカーの勝ち、ユルトの負けだったのだ。 ユルトとしては、最後の十万枚はほとんど自棄の選択だったらしい。 「あーやっぱり賭け事ってそううまくはいかないんだな、このまま全部取られちゃうんだなって思ったから、それならいっそ全部一気に消費しちゃえって思ったんだ。万一当たればラッキーって感じで。このままちまちまやって十万枚賭けられなくなるのもやだったし」 それに、とユルトは笑った。 「ククールのことだから、もう相手の技なんか見抜いちゃってるだろうと思ったからさ。イカサマされることは絶対にないって思ったもん」 「まあな。当然だろ」 最後の最後まで見抜けなかった(もしかしたらあの一回しかなかったのかもしれないんだが)ことなどおくびにも出さず俺が言うと、ユルトはさらに笑う。 「そうだよね! やっぱりククール信じててよかった!」 その笑顔はいつものごとく、思いっきり明るくて開けっぴろげで、俺のことを100%信じてるって感じの天然笑顔だ。俺はなんともくすぐったいというか、むず痒い感覚を味わいながらも、やれやれと肩をすくめてみせた。 景品の交換の時はけっこう大変だった。ギャラリーがうじゃうじゃと集まってくる中、大量に景品を交換しまくったのだ。 グリンガムの鞭が一個にはぐれメタル鎧全員分。隼の剣が五本に(三本は売り飛ばして金に換えるんだそうだ)聖者の灰が十個、スパンコールドレスが五個、祈りの指輪が二十個。 それでもまだ二十万枚以上余っているコインを、ユルトは派手に消費した。ここのカジノは付属のレストランと宿屋があり、コインを使って食事と宿泊ができるようになってるんだが、それを一晩借り切るという行動に出たのだ。十万枚以上のコインが必要になった。 「派手に使うな。昨日フォーグとユッケの屋敷で贅沢な料理を食べたばっかりだってのに」 とからかうと、ユルトはにこにこ笑って、 「貸し切りだったらトロデ王も一緒にご飯食べて泊まれるでしょ? 姫様もいい厩で泊まれるし。たまには二人にも贅沢させてあげたいじゃん」 と言う。 ……まあ、こいつらしい発想ではあるな。 そんなわけでギャラリーの羨望を浴びながらユルトは契約を済ませ、街の外に行ってトロデ王と馬姫を連れてきた。トロデ王は馬車の中に入れて。 そして丸ごと借り切ったレストランと宿屋で、とびきり上等な食事とサービスを楽しみ、最上級のスイートルームに泊まる。 正直こんな贅沢が続くと明日から辛そうだな、と苦笑する気持ちもあったが、まあ今日ぐらいいいかと俺たちはトロデ王も揃って贅沢を楽しんだ。 明けて翌朝、俺たちがフロントへ降りていくと、そこには昨日のイカサマディーラーが待っていた。なんだか妙にそわそわしていたが、俺たちを見ると顔を真っ赤にして近寄ってきた。 「おはようございます」 ユルトがにっこり挨拶したが、そいつの視線はひたすら俺に注がれている。昨日の『天使の眼差し』のことで文句をつけにきたのか? と俺はじっと俺を見ているディーラーに言った。 「なにか用なのか、あんた?」 「用……そんな軽いものではありません」 なんか妙に濡れたような声でディーラーが言う。……なんかこいつの目、潤んでないか? 「私は、あなたに会いにきたのです」 「へぇ。そりゃまたなんで?」 俺が警戒しつつ軽い口調で言うと、そのディーラーはがばっと俺に覆いかぶさってきた。 「ぎゃあ!」 「付き合ってくださいッ!」 「なにをいきなり言ってんだアホーッ!」 俺は思わず本気でパンチしかけたが、その寸前でヤンガスが俺からそいつを引き離す。 「一般人に暴力を振るったら死んじまうでがすよ」 「死んでいいっ! いきなり男を押し倒すような男は死んでも誰も文句言わん!」 「むちゃくちゃ言わないの。……おじさん、なんでまたそんなこと思いついたわけ?」 ゼシカの問いに、そいつはきっと俺を睨んで。 「あなたの方から誘ったんじゃないですか!」 「はぁ!? 阿呆かてめぇ、俺がいつあんたを誘った!」 「あんな目で見ておいて誘っていないとは言わせませんよ!」 「だから誘ってねーって……あんな目?」 ふと気になって聞くと、そいつはほとんどうっとりとした表情で語り始める。 「そう……あの天使のように美しく清純で、それでいて娼婦のように熱く淫猥な眼差し! その視線に私はそれまでの常識を打ち砕かれ、あなたに魅了されたのです!」 「………天使の眼差し?」 一瞬の沈黙のあと、ヤンガスとゼシカはすすすすっとユルトを連れて俺から遠ざかった。 「おい! どこへ行く!」 「あんたのあの技って人間相手に使うとそんな風な反応になるのね」 「危険でがす。あんたは存在自体が危険物でがす」 「ユルト、気をつけなくちゃ駄目よ。あいつのそばにいると淫猥がうつるから」 「あいつはやっぱりハレンチ男でがす」 「おい、待て! 助けろ! こらユルト!」 俺に抱きつこうとするそいつを押しやりながらユルトに向けて怒鳴ると、ユルトはにっこりと笑って。 「ククール、モテモテだね!」 「………アホ―――ッ!!!」 そいつは結局ゼシカのぱふぱふ一発で正気に戻り、自分の家へ帰っていった。聞いた話だと奥さんも子供もいたらしい。 ……カリスマ技を人間に使うのは、できるだけ控えよう………。 |