レコンシエイション
『スキュラが四体、ミノタウロスが六体、ゴルゴーン六体、きたかぜゾンビニ体、キメラニ体。一応言っとくけど今までで最高のゴージャスな部隊だぜ』
「……そーみたいっスね」
 滝川は自分の声が震えているような気がして、一度唾を飲みこんだ。
 確かにこれまでにない豪華な顔ぶれだった。スキュラは今までで最大でもニ体だったのに、一気に倍。ミノタウロスもゴルゴーンも今までで最も数が多い。
 だが、滝川の声が震えるのはそのせいではなかった。
 プレッシャーが復活していたのだ。
 初めて戦場に出た時と同じ。その時よりはずっと軽くはあるが、同質のもの。
 自分の体が押し潰されそうで、身がすくむ。大急ぎで敵幻獣を叩き潰さなければ、自分が壊れてしまいそうな気になる重圧。
 なんでだろう? この前の戦闘は覚えてないけど、その前の銀剣取った戦闘ではこのプレッシャーは感じなかったのに。
 でも――耐えられる。耐えてみせる。
 だって俺の後ろには芝村が乗っているんだから。
 何度も深呼吸して心臓の鼓動を静めようとしていると、速水の声がした。
『滝川機、敵中に突入せよ』
 ――またか。
 やはりこれは、自分を殺したいという気持ちの表われなのだろうか。
 やっぱり速水は俺のことが嫌いなんだ。殺したいほど。
 そう思うと胸がぎゅっと痛くなったが、それには当然かまわず速水は続けた。
『その前に、まずスキュラとミノタウロスにニ射しろ』
 ――え?
 速水がいきなりなにを言い出したのかわからず滝川は目をぱちくりさせた。
『今の三番機が防御姿勢をとれば、深刻なダメージになりうるのはスキュラの攻撃とミノタウロスの近接攻撃だけだ。だからミサイルの前にまずその二つを潰す。と言っても全部攻撃していたら敵に補足されてしまうから、ミサイルを撃つときに近くにいそうな奴だけにアサルトを撃つ。こいつと、こいつだ』
 目の端に表示された戦場マップが拡大され、敵のマーカーが二つちかちかと光った。
『スキュラ、ミノタウロスの順番で撃て。今の滝川機なら当たりどころがよければミノタウロスでもアサルトで一撃できる。射撃後すぐに移動してスモークを焚くのを忘れるなよ』
 滝川は少し茫然としてその言葉を聞いた。
 速水は――自分に、戦い方のアドバイスをしてくれているのではないか?
 なんで?
 少し息苦しくなりながら滝川は口を開く。
「……あの……速水……」
 が、滝川がなにか言う前に速水がくすりと笑んで言った。
『――この程度のこともできないのか?』
「――! やってやるよ、そのくらい!」
 カッとなった滝川は通信を切ると、士魂号を走り出させた。
 なんだよ速水の奴、あんな言い方して。何も笑うことねえじゃねえかよ。
 目にもの見せてやる、あのバカッタレ!
 いつのまにか楽になった呼吸で、滝川は息を大きく吸いこんだ。

『……ミノタウロスを撃破! ゴルゴーンを撃破! キメラを撃破! ……』
 報告が終わる前にすぐに跳んで射角を外した。移動範囲付近の敵幻獣は全滅していたので、攻撃はできないがやむをえないだろう。
 一発ゴルゴーンの体当たりをもらってしまって装甲が削れたが、幸い性能低下はない。
 残りはスキュラがニ体、ミノタウロスが一体、ゴルゴーンが一体、きたかぜゾンビが一体。善行がバズーカでスキュラを一撃してくれたおかげで、ミサイルの範囲内のスキュラがニ体とも落とせたのはラッキーだった。
 前と同じように、次は何をやればいいか必死に考えながら士魂号に行動を入力していく。次の跳躍で、ゴルゴーンが太刀の攻撃範囲内に入る。まずはそいつから――
『滝川機、スモークを焚け! その後前に二回跳んでスキュラに攻撃!』
 反射的に言葉通りに行動を入力してから、それが速水の声だということに気がついた。
 脚のポケットに入れてきた二個目の煙幕弾頭をアサルトにセットして、スモークを焚く。その間に敵幻獣がこっちに向いてくるので、できるだけ射角を外すように跳躍する。
『ゴルゴーンやきたかぜゾンビは壬生屋機や善行機に任せろ。スキュラが出た時はスモークを切らすな。少し遅れたらスモークの切れ間ができてたぞ。スモークが効いている間にスキュラを潰してしまえばあとはなんとでもなる。ミノタウロスは射程外からアサルトをニ射すればいい』
 跳躍している間に速水が解説する言葉が耳に入る。なんでこんなことを、と不思議に思いながらもスルスルと頭に入った。
 速水の戦術″が。
 そして体が動く。
 速水の言葉通りに。
『スモークが効いている間はスキュラはほとんど何もできない。爆撃の攻撃範囲外から太刀の攻撃範囲にスキュラを入れて――』
 大きく跳躍する。
『突け!』
 滝川機は速水の言うとおリに、軽々と機動した。

 学校に帰ってきてカーゴから下りると、滝川はウォードレスを脱ぐのもそこそこに速水を探した。
 舞に速水を探してくる、と言うと、いつもどおりの無愛想な顔でうむ、とうなずいた後、なすべきことをなすがよい、とかよくわからないことを言われた。
 小隊隊長室にはいない。
 裏庭に戻って瀬戸口に速水がどこに行ったか聞いてみる。
「校舎はずれの方に歩いていったけど?」
 校舎外れを歩いていた坂上に聞いてみる。
「プレハブ校舎の方に向かったようですが」
 プレハブ校舎の一階を探していなかったので、二階に上ってそこでボーっとしていた芳野に訊ねる。
「屋上へ歩いていったようよ」
 プレハブ校舎屋上への階段を勢いよく駆け上ると――
 速水はそこにいた。
 屋上に立って、静かに夜空を見上げている。
「速水ぃっ!」
 大声で叫ぶと、速水はこっちを向いた。
 その顔は完全な無表情だ。
 滝川ははた、と考えこんだ。考えなしに探してたけど、一体何言えばいいんだろう。
 「なんであんな事言ったんだ?」じゃ問い詰めてるみたいだし、「お前俺殺すのやめたの?」とか聞いたらまた切れられそうだし。第一あれは単なる気まぐれか何かで、実はまだ俺を殺したくてしょうがないかもしれないじゃないか。戦闘前にはそう言ってたんだし。
「………」
 速水は無言でこっちを見ている。何か言わなくちゃいけない。
 でも何を言おう。
 頭の中がぐるぐる回る。速水は俺を殺したいと思ってて、戦場でアドバイスしてくれて、そしたらなんだかすごく動きやすくて、少し楽に呼吸ができた。
「速水、あのさ………」
 考えた末に、滝川は言った。
「また、明日な」
 速水は全くの無表情でこっちを見ている。うわー俺すげー馬鹿なこと言っちゃったかも、と滝川が思いはじめた時、速水がひどくゆっくりと口を開いた。
「………また、明日」
 それを聞くと、なんだか自然に顔が笑えてきた。
 満面の笑顔で「おうっ!」と返すと、大きく手を振って階段を駆け下りる。
 嬉しかった。
 この言葉が何度も耳の中でリフレインしている。
 また、明日会おう。
 嬉しくて嬉しくて、星空を見てめちゃめちゃなことを叫びながら寮まで走って帰った。

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