delicious how to cook of mystery
「おっはー、お二人さん!」
「…………」
「あ、時田くん、おはよー」
 元気に声をかけてくる渉に、閃はわずかに会釈を返し、園亞はいつものように笑顔で――けれど、普段より少し元気のない声で返事をする。その様子に、渉はやれやれといったように苦笑した。
「なに、まだ喧嘩してんの? この前あんだけいちゃこいておきながら。まーったくできたてカップルってのは浮き沈みが激しいよなー」
「…………」
「うーん、別に、喧嘩してるってわけじゃないんだけどねー……」
「……ま、いーけどさ。なぁ四物、俺閃とちょっと話があるから、先行ってもらってていいか?」
「え、うん、私はいいけど……」
「断る。俺には護衛の仕事がある、護衛対象から離れるわけにはいかない」
「閃くん……」
「……あっそ。ならここで、きっぱりはっきり言わせてもらうけどな」
 ぎろり、と渉は閃を睨みつけ、周囲の人々にも聞こえるような大声で言った。
「閃、いつまでもぶすっくれてねーでいい加減仲直りしやがれボケっ! どーせまたお前一人でくっだらねーこと考えて四物と距離取ろうとしてんだろうけど、見え見えなんだよ! 自分のこと好きだっつってくれてる女の子に、手前勝手な理屈で辛い思い味わわせてんじゃねーよタコっ!」
「っ……」
「時田くん……」
「厨二病もいい加減にしやがれこの勘違いヤロー! どーせまた俺らには言えないって思い込んでるばっかばかしー理由でぐじぐじ悩んでんだろーけど、そんなもんはお前以外の奴にはまるっきりどーでもいいことなんだってちったぁ理解しやがれ! 土日終わってもまだ仲直りしてなかったら俺ぁいい加減実力行使に出るからなっ!」
 こちらを睨みつけて息を荒げながらそう喚いたあと、渉はぷいっと顔を背けて足早にその場を歩み去る。その瞳にわずかに涙が浮かんでいるのを見て取ってしまった閃は、ぎりぃっと音がするほど強く奥歯を噛み締める――だが、渉に声をかけるどころか、口を開くことさえしなかった。
 当然、園亞に、なにか言葉をかけることも。
 園亞も、自分に物言いたげな視線を注ぐが、なにか言葉にしてくることはない。少し先を歩く自分のあとを、無言でついてきた。
 その事実に、渾身の力をこめて奥歯を噛み締める。そうしなければ耐えられないほど――
 閃は、悔しく、憤ろしかった。

 園亞が妖怪だということを知って、一週間が過ぎた。その間、閃は園亞と、一言も口を利いていない。
 当然の帰結として、学校でも誰にも――渉を除き、ということだが、誰からも話しかけられることはなかった。しじゅう殺気を周囲に振りまいていれば、わざわざ話しかけてこようなどと考える物好きはまずいない。
 無言のまま園亞と共に学校に行き、無言のまますぐ近くで園亞を護衛し、無言のまま帰宅まで園亞につき従う。家では基本的に、鍛錬の時以外は与えられた自室から出ることはない(園亞もほとんど自室から出ないようになっているし)。そして、一言も園亞と話すことはない。
 無視するというのではない。声をかけられれば足を止めるし、無言のままではあるが会釈等で挨拶はする。
 だが、個人的な接触をすることは一切やめていた。これまで一緒に取っていた食事も別々に取る。むしろ自分の食事はもう用意しなくていいと四物家の使用人たちには告げていた。当然彼らからは相当反感を買っていると思うが(娘のように可愛がっている園亞お嬢さまの信頼を裏切ったことになるのだ、当然だ)、閃はもうなすべきことを決めていた、迷うことはない。
 ――できる限り早く、白蛇≠殲滅し、ここを出て行く。
 閃はそう決めていた。そもそもこれまで二ヶ月近く一つところにとどまっているというのがそもそも長すぎたのだ。自分はひとつところにとどまれば周囲に迷惑をかける。もっと早く片をつけて、ここを出ていくべきだった。
 だからこそさっさと白蛇≠片付ける。それは自分に課せられた仕事で、ヒーロー(予定)としての当然しておかなければならない仕事だ。
 そのため現在は、全力で情報収集に傾注している時期だった。白蛇≠フ本拠地、構成員、それぞれの所在地、できる限り調べて残党が出るような取りこぼしのないよう一気に片づけるつもりだ。今回は煌の力を最初から借りる。圧倒的な攻撃力で反撃も許さないまま消し炭にして、万一取り逃がしたり復活する相手が出た時にも、恐怖心を植え付けて反抗できないようにせねばならない。
 だから、今日も部屋で必死にBHFとにらめっこしていた。閃にも煌にもコンピュータを的確に操ってネットから犯罪組織の調査ができるような技術の持ち合わせはないが、今できる情報収集の手づるはBHSSぐらいしかない。できる限りの場所で白蛇の情報を求め、知り合い全部に白蛇の情報を教えてくれるよう頼んでいた。
 だが、それでも結果ははかばかしくない。白蛇は妖怪で結成された犯罪組織では中程度というレベルではあるが、ザ・ビーストの下部組織という情報もあるし、情報統制はそれなりにしっかりしている。そうなるとよほど情報収集に長けた妖怪でも(もちろん人間でも)、詳しい情報を短期間で調べるのは難しい。それに閃には情報収集に長けた妖怪の知り合いなんてごくわずかしかいないし、その妖怪たちは別に仕事があって名も売れている。白蛇なんて中途半端な組織のことをわざわざ時間をかけて調べる必要性など微塵もない。そもそもひとつの犯罪組織の情報を完璧に調べ尽くすのはその妖怪たちでも難しい、と厄介な条件が揃い踏みしているのだ。
 それがわかっていたからこそ閃はこれまで白蛇を潰すのを先延ばしにしていた――のだが、もはや自分に残された時間など存在しない。一秒でも早く仕事を終え、ここから立ち去らなければならないのだ。
「……ふぅん」
「……なんだ、煌。なにか言いたいことでもあるのか」
「いや、別に? ただ、思っただけさ」
「なにを」
「お前はよっぽど園亞が気に入ってたんだな、ってな」
 にやにや笑いながら煌が告げた言葉に、閃はぎっと殺気を込めた視線で応えた。自分が何をしようが煌には堪えないだろうことはわかっている。自分が心の中でなにを感じなにを考えているかも、煌にはわかっていただろう。――だからこそ、それに自分は怒りを感じるのだと、園亞に対する好意を持ち出されることが自分はたまらなく憤ろしいのだとはっきり主張しておきたかった。
 煌はふふん、と鼻を鳴らしてごろりと自身のベッドに寝転がる。煌はこの一週間の間、いかにも自分をからかって楽しんでいるという顔で、自分とつかずはなれずの距離を保ってきた。ときおり一言二言自分を嘲弄する言葉を吐いては、すぐに離れて遠くから自分をからかうように見つめてくる。
 つまり、それだけ自分の怒りが激しいことを知っているのだろう――と考えるほど、閃はおめでたくもないし煌のことを知らないわけでもない。どんな状況でもまったく斟酌することなく真正面から言いたいことを言うのが煌という妖怪だ。たぶん、なにかまだ企んでいることがあるのだろう――それがなにかは知らないが。実際、煌がからかうような笑顔の奥で、用心深く機をうかがっている気配を、なんとなく閃は感じ取っていた。
 それでも、閃のやることは変わらない。煌がなにを考えていようとも。ただ、仕事を果たし、一刻も早くここを出て行くだけだ。
 ――と、こんこん、と部屋の扉が数度ノックされた。閃は跳ねるように立ち上がり刀をいつでも抜ける体勢になってから、「はい」と答えた。
「申し訳ありません、草薙さま。お館さまと奥さまが、草薙さまをお呼びです。お嬢さまとご一緒に、外で食事をしないか、との仰せですが」
「………は?」

「いや、急に呼び立ててすまないね。突然のことで申し訳ないが、我々としても突然時間が空いたものでね」
「もし予定が空いていれば、という気持ちで声をかけさせてもらったのだけれど。お二人に予定が入っていなくてほっとしたわ」
「………いえ」
 ずいぶん久しぶりに顔を合わせることになる、園亞の父と母――四物孝治と四物玲子がリムジンの向かい側の席から(今自分たちは四物家の自家用胴長リムジンという代物に乗っているのだ。そして前後を当然のようにSPの車が護衛している)にこにこと話しかけてくるのに、閃はぶっきらぼうな口調で言葉を返す。閃としては自分が園亞に冷たくしているのを自覚している以上、おそらく叱りつけるために呼ばれたのだと思っていたのだが、二人の以前と同じくにこやかな態度に、認めたくはないが少し気圧されていた。
 二人はもともとひどく忙しく、園亞と顔を合わせること自体相当珍しいことなのだと聞いていた。閃など雇われる時以来顔を合わせるのはこれが初めてだ。そんな席で場の空気を壊すのもよくないだろうという気持ちもあったし、元来人見知り気味な閃がよく知らない相手に踏み入った話をするのがためらわれたというのもある。
 だが考えるより先に動くべし、というのも閃の信条だ。自分のこと、そして園亞のことについて話そうと口を開くと、そのタイミングがわかっていたかのように孝治が笑顔を向けてくる。
「君が話したいことがあるのはわかるが、それは食事を終えてからにしないかね? 久しぶりの娘との食事の席だ、せっかくの食事がまずくなるような真似はしたくないのでね」
「……わかりました」
 そのある意味まっとうな言い分に、閃はとりあえず口を閉じる。園亞に必要以上に嫌な思いをさせることは、閃としても望むところではなかった。――現在進行形で一番嫌な思いをさせているのが自分だと、わかっていても。
 園亞は両親に挟まれてにこにこと笑顔を振りまいているが、自分の方に視線が向くと一瞬その笑顔が翳る。自分以上ではないかと思うほどわかりやすい表情の変化に、内心苦笑してから、すぐにその苦笑を憤りをもって打ち消す。自分にそんな感情を抱く資格はない、と。
 この一週間何度も味わってきた悔しさと憤ろしさがまたも猛烈な勢いで湧き上がってきて、閃はうつむいた。刀を握りしめ、ぐっと奥歯を噛み締めてその感情をやり過ごそうとする。
 ――と、ふいにちりん、と鈴の鳴る音が聞こえた。
 はっと顔を上げる――が、視線の先にいたのは猫だった。四物家の飼い猫、銀色猫のツリンだ。どこから入ってきてどこにいたのか、小さな体を持ち上げて園亞の足元に鎮座している。
「あ、ツリン……」
「おや園亞、ツリンを連れてきていたのかね?」
「ううん、そういうわけじゃないけど……こっそりついてきてたのかなぁ? ツリンも箕輪さんのお料理、食べたいの?」
 にゃぁん、とツリンが答えて鳴く声に、孝治と玲子が小さく苦笑する。
「まぁ、あの店なら、我々の席に猫を同席させることくらいはしてくれるかもしれんが」
「どうするの、園亞? ツリンも同席させてもらえるよう頼んでみましょうか?」
 なぁん。
「……ううん、そういうわけじゃないみたい。私たちのこと心配してついてきただけみたいだから、別に料理は出してくれなくていいって」
「おや、そうか? ならツリンには車の中で待っていてもらうとするか」
「うん、そうしてあげて。なにか用事があったら出てくると思うし」
 ……こういう会話も、孝治たちにとっては子供っぽい娘をあしらってやっているだけのつもりなのかもしれないが、今の閃には本当に園亞がツリンと会話しているようにしか聞こえない。園亞がどういう系列の妖怪なのかは知らないが、動物と会話する能力は動物系の妖怪以外でも別に珍しい能力ではない。
 その認識に、何度も胃の腑をねじくれさせている閃になど当然かまうこともなく、リムジンはしずしずと進んで目的地へとたどりついた。かなり広々とした駐車場の中央にリムジンは堂々と駐車し、SPたちの車が周囲を取り囲む。
「……その店は、貸し切りになってるんですね?」
 そうでなければあまりに迷惑すぎるだろうという想いから口に出して問うと、孝治は笑って首を振った。
「いや、離れは貸し切りだが、母屋での営業は普通にやっているよ。まぁこの店の離れはもともと、我々のような護衛をいつも連れているような人間用に造られた場所だから、当然と言えば当然なんだが、この店の営業のメインは母屋での、一見でも誰でも入れる定食屋のような店だからね」
「……定食屋?」
 四物コンツェルンの総帥の言葉にしてはあまりにそぐわない言葉に驚いて目を見開く閃に、孝治と玲子は顔を見合わせて微笑み、園亞はにこにこっと満面の笑顔を閃に向けた。
「だいじょぶだよー、閃くん。箕輪さんのお料理って、ほんっとにおいしいんだから!」
「…………」
 その言葉に閃は無言で応えることしかできなかった。園亞は一瞬困ったような表情を浮かべたが、すぐに両親に挟まれた格好で、両親にじゃれついたり笑顔を返したりと元気な娘としての姿を見せつける。
 両親に心配をかけたくない、という園亞の心情は閃としても理解できた。できるならそれに協力したいとも思う――だが、それでも、閃は、園亞に素直に接することはできないのだ。絶対に。
 SPたちに囲まれながら店内へと入る。すみずみまできれいに掃き清められ、絵画や美術品などで趣味のいい装飾がほどこされた廊下は、店の周囲を木々が囲んでいるせいか、少し離れれば車が勢いよく行き交う国道があるというのにしんと静まり返って、穏やかな空気を創り出していた。
 廊下には店員らしき黒髪のギャルソンが待っていて、こちらに笑顔を向けて一礼する。その動きは堂に入っており、素人目にも美しく見える。まだ年若いが、相当に経験を積んだギャルソンなのは自然と分かった。
「いらっしゃいませ、四物さま。お待ちしておりました。お席へご案内いたします」
「ああ、頼むよ、小此木くん」
「今日はどんな料理が出てくるか、楽しみにしていたのよ」
 笑顔で答える園亞の両親の態度で、この店には相当何度も来ているのだということが自然と知れる。なのでますます奇妙な感じがした。四物コンツェルンの総帥が、定食屋のような店を何度も利用するとはとても思えない。どうにも奇妙な店だ、と警戒のレベルが自然と向上した。
 薄暗いというほどではないが明るいというほどでもない、不思議な雰囲気の照明の個室に入る。周囲を取り囲んでいたSPたちは、なぜか部屋に入ることなく外で足を止めた。それがますます奇妙な感じを高めていたのだが、そんな閃の考えなど当然斟酌することなく、孝治と玲子は円テーブルの前の席に着く。小此木と呼ばれたギャルソンが自然な動作で椅子を引くので、自分たちも作法を思い出そうとしなくとも素直に席に着くことができた。
 と、小此木が礼儀正しい笑顔を浮かべたまま、ふいに自分に顔を近づけ問うた。
「お客様。当店のシェフが、ぜひお客様に一皿、料理をお送りしたいと申しておるのですが」
「………え?」
「あ、それってプレゼント≠チてやつだよね? 前に一度私ももらったことある!」
「さようで」
「この店では、シェフが時々一皿料理を客に贈ることがあるのよ」
「むろん、お受けになるもならないもお客様の自由です。ですが、お受けいただければ必ずやお客様の舌を満足させられることと存じます。もちろん納得していただけない場合はお代はいただきません」
「その料理の分、きちんと他の料理は腹具合にちょうどいいように調節してくれるからね。どうだい、せっかくだから、受けてみては」
「…………」
 閃はどういうことか少しばかり訝ったものの、すぐに「俺は構いませんが」とうなずいた。一応依頼者である四物夫妻の顔を潰したくはないし、園亞の反応からしてこういう事態は珍しくはあってもありえない事態ではないのだろう。それならわざわざ自分を狙い撃ちにしたという可能性は低い。もちろん警戒はするが、わざわざ断る必要もないだろう。
 その答えにギャルソンは控えめな笑顔でうなずいて、部屋を出た。メニューはすでに配られているので、四物夫妻は楽しげに手書きのメニューをめくりながら食事とワインの組み合わせについてどうのこうのと会話を交わしている。二人に挟まれた園亞はいかにもよくわかっていないという顔をしているが、それでも楽しげに会話に加わっていた。
 閃もメニューをめくってみる。読みやすい日本語で書かれた手書きのメニューは、ずいぶん枚数が多かった。一品料理の書かれたページが何枚も重ねられた後に、定食のメニューが同様に何枚も書かれ、その後に前菜、スープ、魚料理肉料理デザートと並んだコースメニューが書かれている。
 書かれたメニューは、料理数という意味でも多かったが、バラエティの豊かさという点から見ても恐ろしく多かった。それこそ街の定食屋にあるような丼ものや定食などどこにでもある庶民的メニューも相当な数並んでいるが、国産牛フィレ肉のポワレ 季節の温野菜とマスタードソース オレンジの香りのブールパチュー≠竍木の実とキャラメルのタルトフィーヌ 濃厚なミルクのソルベ シナモンの風味≠フようないかにも高級という感じを漂わせる料理、さらにはカバタッピ≠竍ミシュマシュ≠フような聞いたこともない料理名までずらずらと書き連ねてある。
 こんな料理を同時に注文されて対応できるのだろうか。いやメニューに書いてあるのだからそうなのだろうが、それにしたってわざわざひとつの店で同時にこんなかけ離れた料理を出す必要があるのだろうか。四物コンツェルンの総帥がわざわざ家族でやってくるほどなのだから、うまい店なのは間違いないのだろうが……。
 と、部屋の扉が開き、ギャルソンが入ってきた。美しさすら感じる所作で円テーブルに歩み寄り、すっと閃の前に漆塗りの椀、それに箸と箸置きを置く。
 白絹のテーブルクロスと円テーブルからはかけ離れた料理に驚いて、思わず「これは……?」と口走った閃に、小此木と呼ばれたギャルソンは控えめな笑顔で応えた。
「味噌汁でございます」
「味噌汁……?」
「はい。お好きな作法でお召し上がりください」
「…………」
 味噌汁に食べる作法もなにもないような気がするのだが、四物夫妻の方を見ても笑顔でうなずかれてしまったので、仕方なく閃は味噌汁の椀の蓋を取った。食事の前に味噌汁って、と思いながら箸を取り、椀を左手に持って、味噌の溶けた汁をとりあえず普通にすする――
 ――瞬間、硬直した。
 なんだ。なんだこれは。これは、いったい。
 味噌は合わせ味噌で、具はわかめと豆腐というごく普通の味噌汁だ。そしてたぶん、これは出汁を取る鰹節が、これまで閃が飲んできた味噌汁よりもかなり少ない。量自体も少ないだろうし、なにより、これはたぶん三番だしだ。
 和食の基本となる出汁は、昆布と鰹節から煮出すものだが、昆布は沸騰直前に取り出し、鰹節は煮立ったらすぐに火を消すのが鉄則だ。その一瞬に引き出せる旨味を味わうのが一番だしなのだが、二番だしはその一番だしを取った昆布と鰹節をぐらぐらと煮立てて取る。当然その分雑味は出るが、時間をかけて取った旨味の凝縮されただし汁ができるわけだ。味噌汁や煮物など、出汁の他にしっかりと味付けがされる料理に使われる。ここまでは、たいていの料理屋でも使われている。
 だが三番だしというのは、二番だしを取った昆布と鰹節をさらにもう一度煮立てて取るのだ。当然ながら取れるだしというのはごく薄くなり、旨味もなくなるので、まともな店ならまず使わないし、閃もこれまでほとんどそんなだしを使った料理を食べたことはない。
 だが、これは三番だしだ、と直感できた。なぜか、はっきりわかったのだ。これは、二番だしを適当にとった余りを使って作られた味噌汁だと。
 わかめや豆腐の切り方も乱雑で、丁寧に仕事をしているという感じがまるでしない。閃がこれまで摂ってきた食事は、適当な店で栄養補給のためだけに摂ったものか、煌が閃をよりうまい肉になるように出してきたそんじょそこらのプロなど裸足で逃げ出すようなものかのどちらかだ。こんな味噌汁は、覚えている限り初めてだった。
 ――それなのに。
 身体が震える。心が叫ぶ。慕わしさに全身が痺れる。
 歓喜、いや違う、これは、懐旧。懐かしい、懐かしいと体中の細胞が叫んでいる。
 これは――そうだ。思い出した。これは、昔。閃が一人になる前に、煌と組んで賞金稼ぎを始める前に、しょっちゅう味わっていた味――母の、味だ。
 思わずこぼれそうになる涙を必死で奥歯を噛んで堪える。駄目だ、他人の前でなんて泣きたくないと必死に心に言い聞かせる。
 それなのに、舌は、口は、全力で母の味を味わい、脳に叫ぶように伝え聞かせる。母の味を、まだ閃が子供だった、子供のままでいることが許された、子供でいることが当然だった頃の時間を思い出させる。
 それが、たまらなく。体中が、痺れて。
「………っ」
 閃はせめて自身の視界の中だけでも園亞たちの視線から逃れたくて、目を覆った。飲み終えた味噌汁の椀をテーブルに置き、震える声で言葉を紡ぐ。
「俺、はっ………」
 わぁんわぁんわぁんわぁん!
 おそらくはパトカーのサイレンがすさまじい音で店内に鳴り響いた。閃は反射的に立ち上がり刀に手をかけて周囲の気配を確認するが、サイレンはどんどん音量を大きくしておそらくは母屋の前辺りで止まる。
 どうする、この場から園亞たちを連れて逃げるか、それとも状況がつかめるまでこの場で待つか、と刹那の間に思考を巡らせるが、結論が出るより先に孝治が告げた。
「閃くん。なにやらトラブルがあったようだね。すまないが様子を見に行って来てくれないか?」
「……しかし、こちらの護衛は」
「サイレンの近さからして、トラブルはこの店の中か、少なくとも近辺で起きたことは間違いない。その程度ならば君が少し見に行ってくる間ぐらいなら問題はないさ。君以外の護衛も連れてきているのだしね」
「……ですが」
「私は、自分で言うのもなんだが忙しい身でね。こうして娘と食事をできる機会など、一ヶ月に一回もない。それをなんとか絞り出して、家族そろってこうしてとっておきの店に食事に来たというのに、無粋な輩に邪魔をされたくないのだよ」
「っ……」
 そう穏やかな口調で言い放つ孝治の姿には、なるほど、四物コンツェルンを束ねる総帥にふさわしい貫禄があった。閃としては(そういった力を持つ妖怪ならば扉を閉めた部屋に気づかれないまま侵入するのもたやすいと知っているので)席を外すのには抵抗があったのだが、孝治たちがおそろしく忙しい人なのは知っているし、せっかくの家族での食事を邪魔されたくないという気持ちもわかる。
 命令という形になってはいるが、閃としても家族の団欒を邪魔させたくはない。「承知しました」と小さくうなずいて部屋を出て、SPに目礼しながら廊下を曲がる。
 そこでズボンをずり下ろし(こんなところで尻を丸出しにするのはやはり恥ずかしかったが、護衛として他人を護っている以上、頼るべき時に頼らずに失敗する愚を犯すわけにもいかない)、煌に出てきてもらう。閃の心身を燃やす熱がしばし体を通り抜けた後、静かに煌が姿を表した。
「……ここで俺を呼び出すってことは、どっちに俺を行かせるつもりだ?」
「園亞たちの周りの護衛を。俺から離れることになるけど、できるよな」
「ま、別にいいけどな。俺としてはお前の身の方が心配なんだがね。どうせすぐ別れる予定の相手だ、そこまで必死になって護る必要もねぇだろう?」
「っ………!」
 きっ、と反射的に怒りを込めて睨みつけ、煌のにやにや笑っている顔と目が合って、向こうが挑発するつもりで言ったのに気づいてふいと目を逸らす。
「……与えられた仕事をきっちりやるのは人として当たり前だろう」
「俺は人じゃねぇけどな。実際、お前の方が心配だってのは真面目に言ってんだぜ? お前がなんとしてもあいつらを護りたいってぇなら少しは譲ってもいいが、別にそこまで切羽詰まった状況じゃねぇってんなら俺はお前を護る方に回る。ぶっちゃけ、園亞よりお前の方が危険度で言うならはるかに高いんだからな」
「それはっ……だけどっ……!」
 なぁん。
 ふいに響いた鳴き声に、閃は驚いて振り向く。声の主は、いつの間にか閃の足元近くまで近づいてきていた子猫――ツリンだった。
「……? いつの間に、車から」
「なんだ。閃についていくってか?」
 なぁん。
「ふぅん、まぁいいけどな。一応聞いとくが、閃を護る気あんのか?」
 なぁん、にぃ。
「ふん……ま、そういうことなら納得はできるか。もししくじったら殺すからな」
「ちょ、ちょっと待った。煌、お前動物と話なんてできなかったよな?」
「ああ。それが?」
「それがって……今、ツリンと話してたよな?」
「まぁな。だから?」
「だ、だから、って……」
 数瞬かけて、考えをまとめて言葉にする。
「……もしかして、ツリンも、妖怪なのか?」
 その言葉に煌はちらりとツリンを見る。ツリンも煌の方をちらりと見上げる。それからふふん、と煌は笑った。
「好きに思えばいいんじゃねぇの? 園亞と違って、この猫が妖怪だろうとどうだろうと、お前のこれからの行動方針ってやつは揺らがねぇだろ?」
「っ………」
 閃は一瞬言葉に詰まる。煌は、やはり、自分がなぜ極力園亞と関わらないようにしているか、わかっているのだろう。
 正直、たまらなく悔しく、憤ろしい――それでも、閃がこれからどう行動するかが、変わるわけではないのだが。
「ま、俺はこいつが出てきたなら園亞たちの方の護衛に回ってやってもいいぜ。どうせすぐに合流するだろうし。……ま、なんにせよとっとと行った方がよくねぇか? あんま長々話してたら警察帰っちまうだろ。雇い主に状況探って来いって言われたわけだしよ」
「……わかった」
 完全に納得できたわけではないが、確かに警察が帰る前に情報を仕入れたいのは確かだ。足早に歩を進め、とりあえず厨房があるのではないかと思われる方向へ向かう。その後ろを、ツリンがなぁん、と小さな鳴き声を立てながら追ってきた。
 通路を曲がった先に、さらに曲がり角があり、そこから眩しい灯りと、かすかに湯気が漏れているを見つけ、足を早める。そちらから言い争う声も聞こえたので、おそらくはそこに騒動の元があるのだろうと判断して、曲がり角を曲がって顔を出した。
「失礼。なにか問題でもありましたか?」
 閃がそう声をかけたのは、厨房の反対側の入り口(おそらくは母屋の店舗部分と繋がっているのだろう)前で押し問答をしている、コックコートを着けた小柄な人影と、ギャルソンの制服を着た背の高い男、そしておそらくは警察の人間と思われる背広姿の数人の男たちのうち、誰というつもりもなかったのだが、全員が反応してこちらを向いた。
 向こうの顔と真正面から向き合う形になって、閃は内心少なからず驚いた。警察の人間らしい男たちの顔は普通の警察らしいものだったし、ギャルソンらしき男はがっちりした体に見合った、男らしく骨太の顔つきをしている。だが、シェフ(なのだろう、厨房内に料理をする時に見合った服装をしている者が他にいないから。外から見た限りではこの店はかなり大きな部類で、厨房もそれに見合う大きさだというのに、それを回しているシェフが一人だけというのは奇妙な気がしたが)である小柄な人影の顔は、どこからどう見ても未成年、というよりまだ小学生くらいの少年の顔つきだったのだ。
 美少年、と言ってもいいくらい整った顔立ちの、不思議に目を惹く、ある意味浮世離れしたというか、この世ならぬ雰囲気を纏っているというか、あえて言うなら『神がかった』という言葉が一番近いような、そんな雰囲気の少年。それが厳しく口を引き結び、鋭い視線をこちらに向けてきた――
 と思うや、その目が大きく見開かれた。と同時に、だっと調理台の前に走り寄り、目にも止まらぬ――本当に、閃の目にすら見きれない速さで包丁を走らせた、と思うやギャルソンの口の中に調理したなにかを突っ込む。
「う、ぉおおおおお――――!!? む、もむ、もむ………」
「はい、浩くん。生野菜とスモークサーモンと海老の生春巻き。定番だけど、サイズとソースの組み合わせを工夫するとけっこうおいしいでしょ?」
「んむ、まむ、もむ……お、ふ、ふぅ。ああ、さっすが祐さん、あっという間に作った料理なのにすっげーうめーよ!」
「そう? よかった」
 閃は一瞬ぽかんとしたが、すぐにはっと気づく。さっき、このがっちりした体格のギャルソンは、閃を見て、いきり立った。今まで閃を喰おうとしてきた、何人もの妖怪と同じように。
 そしてこのシェフの外見の幼さ。それに相反する尋常ならざる雰囲気。なにより、さっきの人間に可能だとはとうてい思えない超高速の包丁さばき。
 おそらく、この二人は妖怪だ。そして、たぶん、互いにそのことを明かしている。もしかすると、この店は妖怪たちの経営する店――場合によってはネットワークのたまり場かもしれない。
 妖怪たちの互助組織、というよりほとんどが仲間同士での助け合いサークルのようなものであるネットワークは、たまり場≠ニ呼ばれる拠点を持つものも多い。そして、たまり場≠ノは妖怪たちの力の影響を受けてか、特殊な力を持つものもまた多いのだ。特殊な結界を張って人間が近寄れないようにしたり、異空間に入っていて特殊な暗号やら試練やらを乗り越えなければ妖怪ですら中に入れないようになっていたり。
 そういったものがさらに力を増すと隠れ里≠ニ呼ばれる、集落がまるごと異界に入っているような代物になったりもするわけだが、その反面こうして(ネットワークそのものの性質に拠るものか)人間たちの出入りを完全にフリーにして、店舗としての役目を持たせたたまり場もあると聞いている。
 こんなところで店舗を開いている以上、悪事を働く妖怪たちのネットワークということはそうそうないだろうが、賞金稼ぎ協会に登録されている日本政府に認められた妖怪のネットワークということもないだろう。協会に登録されたネットワークの情報すべてを覚えているわけではないが、ざっと頭に入れるぐらいのことはしている。
 だがそもそも協会に登録されているネットワークというのがきわめて少ないため(妖怪たちからしてみれば政府とは極力関わりたくないというのが本音だというのは知っている)、まっとうな妖怪たちのネットワークでないと言い切ることもできない。とりあえず話しかけてみるかと口を開きかけた時、刑事たちの一人が憤懣に満ちた声を上げる。
「おい! 話聞いてるのかお前。警察舐めてんのか、あぁっ!?」
「舐めた覚えはありませんが」
 少年シェフはギャルソンにかけた優しい声とは打って変わって冷たい声で答える。どうやらこちらも相当頭にきているらしい。優しく美しい響きの声が、零下の冷たさをもって周囲に広がる。
「ふざけるな、このもぐり料理人が。警察が、礼状持ってお前を捕まえに来てんだぞ。恐れ入りますと頭を下げるくらいの常識も知らんのか、あぁっ!?」
「ですから、今日のお客さまに料理をお出ししたらどこにでも参りますと申し上げたはずです」
「それがふざけてる、と言っとるんだ! 警察ってぇのはな、お前を逮捕して、監獄に叩き込む権限持ってんだぞ! ちったぁそれを理解しろ、このイカレ坊主が!」
「祐さんっ! マッポ連中の言うことなんざ聞くことねぇよ、とっとと叩き出しちまおうぜ! てめぇら誰に喧嘩売ってると思ってんだ、あぁ!?」
「浩くん、それはやめて、それから落ち着いて。……警察の方々の権限は存じていますが、逮捕の前には慣例として被疑者に身支度や最低限の荷物の準備をする程度の余裕は与えられるはずです。私は料理人で、今日は私の料理を楽しみにして来てくださったお客さまがいる。その方々に対し、せめて心づくしの料理をお出しするくらいは、身支度として認めてくださってもいいのではないでしょうか」
 ふいに伏し目がちになる少年シェフに、刑事たちは一瞬気圧されたように後ろに下がった。閃も少年シェフの気配に、一瞬思わず圧倒される。その仕草には、ほとんどの人間を自然と圧倒するような、凄みというべきものがあった。
 しかし、礼状が出ているとは。曲がりなりにも賞金稼ぎで、警察ともそれなりに縁のある閃はそれなりに知っているが、普通一般的に生活している堅気の人間には、まず任意同行を求めるはずだ。もちろん拒否されて逃げ出される可能性もあるので容疑が固まっていれば礼状を取っておくものだが、逆に言えば礼状が出たというのは、検察官が『この被疑者はまず間違いなく公判維持・有罪にできる』と考えている、ということになる。
 そして二十一世紀現在、文明国なら当然裁判は証拠裁判主義――事実の認定は証拠によるとする考え方に則っている。つまり、被疑者を有罪にできると言えるだけの証拠を警察は有している、ということだ。
 妖怪がそんな証拠を残すというのは、正直違和感がある。対応した妖力・妖術を持つ妖怪なら完全犯罪などいくらでも創り出せるのに。だがだからといって、自分になにができるのだろうか。園亞にすら圧倒的に及ばない程度の力しか持っていない、自分が――
「えーっ!? 祐さんが、警察に捕まっちゃうの!?」
 唐突に背後から聞こえた叫び声に閃はびっくぅっ! と飛び上がった。のろのろと振り向いた先には、園亞が目を大きく見開いて口に手を当てて驚きを表しており、その背後を煌が守っている。
「……あなたは、四物さん、でしたね? すいません、お待たせしてしまって。少々トラブルがありまして。できればすぐにでもお料理をお持ちしたいんですが」
「ううん、そんなのいいですよ、祐さん。警察の人たちに捕まりそうになってるんでしょう?」
「ええ……お恥ずかしいことですが」
「なんでそんなことになったんですか? あの、お巡りさん、祐さんは優しくて、ほんとにおいしい料理を作ってくれるんです。今日だってずっと難しい顔してた閃くんを、すごく感動した顔にしちゃってたし!」
 むぐっ、と思わず言葉に詰まる。それは確かなことではあるのだが、そういうことを今言う必要はないだろうというか、いやそれ以前に今その台詞はあまりに場違いというかなんというか――
「おやおや、箕輪くんが、逮捕? それはまたずいぶんとおかしなことになっているねぇ」
「そうですわね、あなた。なにがどうなってそうなったのか、聞かせていただきたいところだわ」
 閃がそうして言葉に詰まっていた間に園亞の背後から姿を表した孝治と玲子に、思わず一瞬固まる。なんでここに連れてきたんだ、と煌に非難の視線を向けるが、煌は俺のせいじゃねぇし、とでも言いたそうな顔で肩をすくめてみせる。
「すまないね、閃くん。時間がかかっていたようなのでね、護衛の手間を減らすためにも我々も様子を見に来させてもらったよ」
「せっかくの食事会ですもの、できるだけ早くみんなで一緒に食事を始めたかったの。わかっていただけるかしら?」
「………はい。申し訳ありません」
 つまるところ仕事が遅いと言われているようなものなので思わずぐむっと奥歯を噛み締めたが、様子の確認というだけの仕事と考えれば確かに時間がかかりすぎていると言われても仕方ない気もしたので、黙って一礼した。その会話を聞いていたのかいなかったのか、刑事たちが、こちらに歩み寄りかけて背の高いギャルソンに阻まれる。
「ちょっとあんたら、見てわかんないのか、今取り込み中――って、おい! 邪魔だってのがわからんのか小僧! お前も公務執行妨害でしょっぴくぞ!」
「あんたらこそ何度言ったらわかるんだよ、そのきったない格好で厨房に入ろうなんてなに考えてんだ! うちの店は服まできっちり消毒してる奴以外の厨房の立ち入りは厳禁なんだよ!」
「だから! 警察舐めてんのかクソガキ! 俺らはそこのガキを捕まえに来てんだよ! ったく、本当はいくつなのか知らないが、こいつが三十路越えってさすがに無理があるだろうがっ」
 刑事の言葉に思わず納得しながらも、無断で厨房に入らなくてよかった、と内心ほっとする。閃たちは厨房の南西側入り口前から、南東側入り口前で揉めている人々に話しかけていたのだが、全員厨房内には一歩も入っていない。プロの料理人ならばむやみに厨房に入られることは喧嘩を売っているも同じだろうと考えて気をつけていたのだ。
 と、孝治がぱんぱん、と手を叩いて注目を集め、堂々とした笑顔で告げる。
「まぁ、話を聞いてくれんかね。君たちはどこに所属している警察官なのかね?」
「……我々は警視庁捜査第三課第5係に所属している者だが、それがなにか?」
「それでは……渡部くんにお願いすればいいかね。確か今の警視総監は渡部くんだったと思うが」
「東京都知事の日浦さんにもお願いした方がいいのではなくて? あの方には、この前都の財政についてアドバイスをしてさしあげましたから、このくらいの働きならば労を厭わずにやってくださると思うわ」
 刑事たちが全員、目を見開いてぎょっとした表情になる。その中のリーダー格らしい一人が、気圧されながらも傲然と顔を上げて問うた。
「……失礼。あなた方はいったいどこのどなたなんですかね」
「私は四物コンツェルンの総帥をやっている、四物孝治というものだ。他の面々は私の家族と、まぁ護衛だね。今日はなんとか時間が取れたので家族で食事をしようとこの店にやってきたのだが、なにやらトラブルがあったようだね?」
『…………!』
 その言葉に刑事たちがどよめくが、リーダー格らしい刑事はあくまで傲然とした態度で言ってのける。
「それは失礼。だがあなたがどんな金持ちで権力がある人間だろうと、あくまで一般市民であることには変わりない。どれだけ警視総監だの都知事だのにコネがあろうが、刑事事件の令状が出ている以上、それに横槍を入れこたぁできません。申し訳ないが、口出ししないでもらいましょうか」
 そう言ってすごむ刑事に、孝治はあくまで朗らかに笑って答えた。
「もちろんだとも。私はあくまで一般市民だ。そもそも、たとえ国家権力を行使しうる立場にいる人間だとて、刑事事件を自らのほしいままに操るなんぞということは許されていない。そんなことをした時点で法を犯したことになるのだから、君のような誠実で勇気のある警察官に捕えられることになるだろう。よくわかっているとも。……だが私はただ、手間を省くことにはならないか、と思っているだけだよ」
「手間?」
「ああ。どのような容疑で逮捕しようとしているのかは知らないが、私は彼、箕輪祐くんが軽々しく法を犯すような輩ではないことを知っている。なので、君たちが彼を逮捕しようとしていること自体に違和感を覚えるのだよ。君たちはこのままでは、誤認逮捕をすることになるのではないか、と少々心配してしまってね。近頃はまた警察官の不祥事が槍玉にあげられ始めている時期だろう?」
「……素人さんが口を出すもんじゃあないですよ。こちらにはきっちり証拠があるから、しっかり令状を取って逮捕までこぎつけて」
「ああ、私は素人だがね。我々の護衛には犯罪学に明るい者もいるのだよ。もちろん警察諸君に及ぶものではないだろうが……私は箕輪くんという料理人が本当に気に入っているのでね。彼のためにできる限り力を尽くしたいと思っている。それこそ、彼の保釈金を肩代わりしてもいいと思うくらいにはね」
『…………!』
「なにも逮捕をやめろと言っているのじゃない。捜査第三課ということは窃盗事件なのだろう? その手の事件の正式な逮捕は、普通家宅捜索が終わってから、ということになるはずだ。それまでの……三十分かそこらかな? の間で、我々の有するスタッフが君たちの疑いに対する反証を見つけられたら、冤罪や誤認逮捕を防ぐためにも、逮捕は中止ということになるはずだ。その辺りの融通を利かせてもらえないか、と渡部くんなり日浦くんなりに頼もうと思ったのだよ。どうかね?」
「……しかしですね、現にこうして令状が」
「もちろん、我々の有するスタッフが反証を見つけられなかったとしたら、君たちに無駄な時間を取らせてしまったお詫びに、できるだけのことをして差し上げたいと思っているよ」
 一瞬、その場の空気が固まった。
「こう言ってはなんだが、私はそれなりに顔が広いし、まぁたいていの人間よりはすぐに動かせる資金に余裕もある。公務の邪魔をしたお詫びとして、できる限りの誠意を尽くしたいと思っているのだが……どうかね。少し融通を利かせてはもらえないかね?」
「……警察官に、堂々と、賄賂ですか」
「まさか。私は君たちに、慈悲を乞うているんだよ。何度も言うが、私は箕輪くんという料理人が本当に気に入っているのでね、彼のためにできる限りのことをしてやりたいと思っている。彼のために保釈金も払うだろうし弁護人の世話もするだろう。だからどうか、私にできる限りのお返しをするから、少しだけ融通を利かせてはくれないか、と頼んでいる。それだけに過ぎない。もし彼を逮捕前に開放することができる可能性があるのなら、手を尽くさずにはいられないからね。どうか頼めないだろうか? 私から渡部くんなり日浦くんなりに頭を下げて、問題のないよう処理してもらうが」
『………………』
 緊張した表情で素早く(相手の目を見ないようにしながら)視線を交わす刑事たちをよそに、閃は思わず小声で、ただし鋭く孝治に問いかけていた。
「すいません、その『我々のスタッフ』というのは誰のことですか」
 孝治はにっこり笑って答えてのける。
「もちろん、君たちさ。どうか私の信頼に応えてくれたまえよ?」
「………………」
 一瞬無茶言うな! と叫びたい気持ちになる――だが、もしここのシェフが冤罪を着せられようとしているのだとしたら、それを放っておくことはいくらなんでもできない。曲がりなりにも自分は正義のヒーロー(予定)だ、助けられるものならなんとかして助けるのが当たり前。
 閃の印象としては濡れ衣の可能性はかなり高い。だがだからといって確実に助けられるわけでもない。閃はこんな状況で役立つような知識の持ち合わせなんぞない。煌だって確か犯罪学の知識なんて持っていなかったはずだ。
 それでも、だからといって、ここで放り出す気にはなれない。そして気持ちがそう動いている以上、閃にできるのは全力で突っ込むことだけだ。
「――わかりました。できる限り、やってみます」
 なので、そう閃はうなずいた。

「……………………」
 閃は口を一文字に引き結びながら、言う言葉を探そうと試みた。なんで園亞と一緒に調査しなければならないのか、納得できる説明をしてほしかったからだ。
 だが孝治と玲子のにこにこと微笑みながらこちらに向ける視線に、少なくとも今はこの人たちはこちらの話を聞くつもりがまったくないということをなんとなく悟り、は、と小さく息を吐いて刑事の一人に向き直った。
 ここはこの店――看板らしきものが離れの入り口にはなかったので知らなかったが、カルパ・タルーという名前らしい――の一室。おそらくは待合室のように使っているところのようだ。箕輪――シェフとギャルソン(広里浩というらしい)は仕事に戻り、刑事に見張られながら母屋の方の客に料理を出している(今から逮捕しようという状況下でそれだけの妥協を警察から引き出すあたり、あの箕輪というシェフ、かなりのやり手だ)。
 ともあれ、待合室にいるのは自分と煌、それに園亞と刑事が一人。そして自分たちの後ろから用意された椅子に座り、孝治と玲子がにこにことこちらの様子を見ている。それと自分たちの足元で丸くなっている子猫のツリンだ。部屋の中で警備しているSPたちもいるし(もちろん部屋の外で警備をしている者もいる)、窓もない。少なくとも邪魔が入ることはそうそうないだろう。そう見極めをつけて、閃は刑事へ向き直って話しかけた。
「……それじゃ、事件の概要について話してもらえますか」
「……まったく。推理小説じゃあるまいし、なんで部外者に事件の話をしなけりゃならないんだか」
 まだ若い刑事はそう忌々しげに呟いてから手帳を開き、こちらに向き直って口早に話し始める。
「窃盗事案が発生したのは昨日、六月二日の午前二時三十七分。場所は銀座の宝石店ジュエリー華押、対象物は総額約一億六千万の宝石類。犯人は、裏口から合鍵によって鍵を開けて侵入し、防犯システムのうち警報機器を無力化した上で、ショーケースを合鍵で開け盗み出したと思われる。そののち裏口から逃走したと思われるが、その後の逃走経路は不明。ただ無力化されていなかった防犯カメラがあったため、犯行の一部は記録が残されている。その記録をジュエリー華押の関係者に見せたところ、雇われ店長であるところの大山啓二(51)の証言により、被疑者は品川区大井町のレストランカルパ・タルー≠フ雇われシェフ、箕輪祐であると判明。聞き込みの結果、被疑者は五月二十五日に商談のためジュエリー華押を訪れており、その際合鍵の型を取ったと思われる。――以上の調査結果をもって俺たちは被疑者に対する逮捕令状を得たわけだが、それ以上に、なにか質問は?」
 文句をつけられるものならつけてみろ、と言わんばかりの顔でこちらを睨みつけてくる刑事に、少しばかりムカッときて睨み返しながら訊ねる。
「その店の鍵は、そんなに簡単に型が取れるものなんですか。商談に訪れたっていうなら、店員が……その時は店長さんですか? が、席を外す時間なんてそんなに長くないでしょう」
「……店長は商談――百万を軽く越える値段の装飾品をいくつも購入するというので奥の部屋に通したそうだが、その際一時間ほど意識を失ってしまった時間があったそうだ。被疑者は医学の知識があったとかで、貧血と判断したのであまり騒ぎにしない方がいいだろうとソファに寝かせたまま待っていたそうだが、それだけの時間があれば精巧な型を取る時間としてはそれなりに妥当だ」
「じゃあ、もうひとつ。なんで犯人は警報機器を無力化したのに、防犯カメラを全部無力化しなかったのか、妥当な推論は出てるんですか? まるでわざと顔を見せようとしてたみたいに」
「無力化されていなかったのは、店が警備会社に依頼して設置した防犯システムとは別に存在する小型の隠しカメラだ。そのカメラは夜間、店に人がいない時間のみ作動する充電式のスタンドアロンタイプ。被疑者はその防犯カメラに気づかなかった可能性が高い」
「そう、ですか……」
 刑事の返答にしばし、言葉に詰まる。とりあえず気がついた奇妙な部分にちゃんとした答えが出されてしまった。相手は犯罪捜査のプロなのだから当然と言えば当然だが、これからどう話を進めればいいのか。
 ぐ、と奥歯を噛み締めながら考えていると、煌がやれやれというように頭を掻きながら発言した。
「つぅか、お前らもその店長とやらも、よくまともにあのシェフが犯人だって考えられたな」
「なに……?」
「あいつ、少なくとも見かけは小学生にしか見えねぇだろ。それが宝石盗んだところが映像に残ってたからって、よくまぁなんの違和感も覚えずに即犯人扱いできたもんだな、警視庁の刑事が。それに宝石屋の店長も、小学生にしか見えない奴を、いっくら上客だからって、一見客相手に応接室に通すなんざ、少しばかり思いきりがよすぎねぇか?」
 おお、と内心感心しながら、できる限り冷静な表情を装って(どこまでできているか自信はないが)、刑事に視線を向ける。とりあえず煌もやる気がないわけではないらしい。そして煌は、肉体的にも精神的にも、性能自体が普通の人間とは桁違いに優れている。
「……当然その映像を鑑識に渡して精査した。だが担当者は映像にまったく不審な点はない、自身の職を賭けてもいい、とまで断言したんだ。疑いを差し挟む方が無茶だろう。大山は……本人の証言によると、その相手は不思議にこちらの警戒心を削ぐ相手で、最初は不審に思ったが話していくうちに疑いの目を向ける気がまったくしなくなってくる、ということで……」
「そりゃまたずいぶんうさんくさい話だな」
「確かにうさんくさい話ではあるが、大山は店で取り扱う商品には保険を掛けてはいたものの、商品の代金分が満額戻ってくるわけじゃない。下手をすれば仕入れ値すら割り込むレベルだ。そもそも高価な宝飾品を夜間金庫に入れずに置いてあるということ自体、重過失として保険金が下りない理由になりうる」
「ふぅん……その店、商品を金庫に入れてないってのは、いつもなのか?」
「いや、普段はそんなことはないらしい。ただ、その日は大山の娘が倒れたとかで店長が店を閉める時になっても戻って来なかったんだそうだ。金庫の暗証番号を知ってるのは、ジュエリー華押では店長である大山とオーナーだけ。娘のそばを一時たりとも離れたくなかった大山は、電話で指示して商品をショーケースに入れたままにしておくことにしたらしい」
「へぇ、そんな日をわざわざ狙い撃ちにして盗みに入ったわけか、その被疑者とやらは」
「……確かに怪しいのは認めるが、大山の娘が一時的に昏睡状態に陥ったのは間違いないことだ。大学病院の記録に残っている。回復するまで大山がそのそばを離れなかったのも、家族のみならず看護士、医師、何人もの人間が確認している。演技で昏睡状態に陥るなんてことは不可能だし、医師たちを抱き込んで偽証したなんてことになったら、最大でも獲得金額が一億六千万というのは少なすぎる。大学病院でカルテのみならず、人の目も含めて偽装するってのは相当難しいぞ」
「ま、それは確かにな。しかし、事件が起きたのが昨日だってのに、またずいぶん手回しよく動いたもんだな? 普通もう少し警察組織ってのは腰が重いもんだと思ってたが?」
「……本庁の人間が出張るくらいには一億六千万って金額は大きいし、証拠も充分だ。逃走を防ぐためにも盗品売買を防ぐためにも、急ぐのは別におかしなことじゃない」
「まぁな。上の人間にどんなつもりがあろうと、下の人間としては仕事を懸命に果たすってのはごく当たり前の心得だしな?」
「……その通りだ」
「で、お前にその心当たりはあるのか?」
「さぁな。ジュエリー華押のオーナーはかなり政財界に顔が利くって話だから、そこから話が動いたんじゃないのか」
「ふん……なるほど」
 そう言うと煌は肩をすくめて引き下がった。閃がちろりとそちらの方を見ると、『さぁ、どうする?』とでも言いたげな表情でにやりと笑ってみせる。この野郎、とも思ったが、少なくとも煌は今は自分で解決する気はないとなれば、閃としては自分でなんとかしようと全力を尽くすのみだ。
 これまでに出た情報を考え合わせると、箕輪はおそらく、誰かに嵌められた可能性が高い。箕輪を犯人とする決定的な証拠である防犯カメラの映像からして、犯人の仕込みだろう。警察をここまで早く逮捕に踏み切らせるほど動かしたのもその犯人によるものだとしか思えない。――おそらくは、妖怪の。
 箕輪が妖怪であるのだから、恨まれている相手も妖怪である可能性が高い。もちろん人間である可能性もあるにはあるが、こういった人間の間に隠れ潜みながら人間と共存する妖怪は、人間と深いかかわりを持つことがそもそも少ないし、恨み≠ニ呼ばれるほどの強い負の感情を持たれるようなことはできるだけ避け、持たれたならば可及的速やかに対処するのが普通だ。
 強い負の感情を持つ者はなんとか突き崩せるところがないか相手を観察する。強い熱意を持って観察されれば人間と違うところに気づかれる可能性が高くなる。もしそうなれば妖怪の存在を一般の人間に気づかせ、魔女狩りの悪夢を創り出す一助になりかねない。だからこそ普通の妖怪は、人間にあまり嫌われないようにするやり方は心得ているし、それができない、したくないという妖怪はそもそも人間社会と関わろうとしない。
 なにより防犯カメラの映像も、店を訪れたという箕輪の姿も、妖怪ならば当たり前のように作れる≠烽フだ。化ける力を持っている妖怪は数多いし、目撃者の心をいじって箕輪が店を訪れた記憶を作り出すこともできる。カメラの記憶媒体に直接干渉して偽の映像記録を作れる妖怪もそれなりにいるし、幻影を使って映像を創り出すという手だってある。
 そもそも妖怪であるだろう箕輪が窃盗を働こうとするなら、こんなに簡単に見つかるへまをするわけがない。妖力妖術をうまく使えば目撃者なしで宝飾店に侵入することなどたやすいだろうし、そもそも普通の妖怪は『機械に映ろう』と意識していなければ機械には映らない代物なのだから。赤外線に反応することも映像に映ることもなく、たやすく完全犯罪が可能なはずだ。
 ただ、妖怪に嵌められたにしては、警察の上の人間が事態を動かしたらしいのが気にかかる。普通妖怪というのはそこまで大きな社会的影響力を持ってはいない。八百万の神たちのように国の一部組織に強い影響力を持つ者や、『ザ・ビースト』のように巨大複合企業級の影響力を広範囲に持っている者は例外中の例外だ。
 単純に、普通に妖怪として生まれたならば、後ろ盾がまったくないから社会的に高い地位を得るのは難しいし、年を取らない妖怪が高い社会的地位を得るのは面倒なことの方が多い。それに妖怪というものの精神構造自体が、社会的権力というものとたいがいの場合相容れないようにできているのだそうで、普通妖怪というのは国家権力の届かない闇にひっそりと隠れ住もうとするのが普通のはずだ。
 犯人の妖怪が権力者に取り入っているという可能性はそれなりにあるが、ともあれ、今情報を仕入れられる当ては、箕輪本人ぐらいからしかない。うん、とうなずいてから立ち上がり、閃は刑事に訊ねた。
「箕輪さんに少し話を聞きたいんですが、いいですか」
「聞いたところでどうにかなる話だと思うのか? どう考えてもあのコックが犯人だとしか考えられんだろうが」
「……お話をお聞きして、それなりに考えついたこともあったので」
「えーっ、閃くんすっごーい! ちょっと刑事さんのお話聞いただけでもうそんなことわかっちゃったのっ、私頑張って聞いてたけどぜんぜん、わかんなぃ………」
 普段と同じ調子で勢い込んで話しかけてきた園亞は、言葉を返そうとも視線を向けようもしない自分に怖気づいたのだろう、しゅるしゅると勢いを減じてしゅん、とうつむいてしまった。部屋の中が気まずい空気で満ち、閃の神経に針で刺したような痛みを与える。
 それは単純に気まずい空気によるプレッシャーというよりも、閃自身の内面からもたらされる痛みと言った方が似つかわしかっただろう。閃自身の信条と、閃がこれまでの人生で創り上げてきた良識が、『女の子にこんな辛い思いをさせるなんて』『こんな風に女の子を傷つけるなんて最低だ』と主張する。
 だが、それでも、閃はしゅんとした顔の園亞を無視して立ち上がった。『そうしなければならない』と、自分がこれから生きる以上そうする以外に道はないとしか、閃には思えなかったからだ。

「――すいません。少しお話をお聞きしてもいいですか」
 厨房の入り口からそう声をかけると、厨房で忙しく立ち働いていた箕輪は、ちらりとこちらに視線を投げかけて軽やかに笑って答えた。
「いいよ。作業しながらでいいんならね」
「……ありがとうございます」
 この人状況わかってんのかな、とちらりと思うものの、実際自分のような若造が調査をすると言っても当てにできないと思うのが普通だろうと思い直し、気にしないことにして箕輪に向き直る。
 文字通り『目にも止まらない』手さばきで、次から次へと料理を創り上げていく箕輪の姿は、傍から見ると少しばかり尋常ならざるものに見えるだろう。厨房の入り口から箕輪を見張っている刑事たちも、あからさまに不審げな視線を向けてきていた。おそらくは妖怪としての力によるものだろうが、こんなところを人間に見せて大丈夫なのかな、と他人事ながら心配になってしまう。
 それはとにかく、自分の仕事は事件の調査だ。素早く厨房内を飛び回る箕輪に忙しく目を動かしながら、問いかける。
「お聞きしたいんですが。誰か、恨まれている相手に心当たりはありませんか?」
「―――そうだね。あるよ」
「えっ」
 まさかそう返ってくるとは思わず、うっかり仰天した声を上げてしまった閃にかまわず、箕輪はすばやく手足を動かし料理を仕上げながら言葉を重ねる。箕輪の響きのいい声で、遠い場所のことを詠うように語る様は、どこか心を夢見心地にするような、不思議な雰囲気に満ちていた。
「昔。僕は一人の男に料理を作った。おいしいと思ってほしい、幸せを感じてほしいと思いながら。そして、その男はそれを食べて、飢えを満たされ、幸福を感じてしまった」
「…………」
「だからその男は僕を恨んでいる。生まれてからずっと、刹那の熱で飢えをやり過ごすことで生きてきたその男は。満足を、満たされることを知らされたがゆえに、焼けた釘を打たれたような焦燥が彼を責めさいなんでいるがゆえに。僕を飢えさせるために、死力を尽くして、何度も何度も罠を仕掛けている」
「…………」
「けれどそれは彼の想いの大きさがゆえ。強く、烈しく想うがゆえに、僕の想いは熱した石にかける水のように、彼の生を割り壊さんとするものとなった。けれど、ゆえに、だからこそ――僕は、彼をも満たすことを祈り、糧食を幸福に満ちた膳へと変える。僕の心身と、魂をかけて。それが、僕の、すべて――」
 そう詠うように言祝いだ、と思うや、ずいっと目の前に皿が突き出された。
「はい、若鶏のコンフィ。季節の野菜と豆のトマト煮込み添え」
「…………、は?」
 ぽかんとする閃をよそに、厨房の隅の小さな席にその皿は置かれる。そしてナイフとフォークが置かれ、水が用意され、略式ながらあっという間に席がしつらえられていく。
「……って、いや、ちょっと待ってくれ! なんでいきなりこんな」
「これは本当なら君が最初のプレゼントを食べたあとに出す予定の品だったんだよ。プレゼントを二品出すっていうのは、けっこう珍しいことなんだけどね」
 その言葉に、思わず目を瞬かせる。プレゼント。あの母さんと同じ味の味噌汁か。やはりあの味噌汁も妖怪としての妖力で創り出したものなのだろうか。ということはこの料理も? いや、しかし、こんな料理自分はほとんど食べたことがないのだが。というかそもそも箕輪はなにを考えて料理をわざわざプレゼントなんてしているのだ?
「……いや、そういう問題じゃなくて! あなたには聞きたいことが」
「君の聞きたいことはだいたいわかるから、先に料理を食べてくれないかな? コンフィは冷めてもいけるけど、やっぱり温かい方がおいしいから。その間に、君の疑問に思うだろうことをまとめておくよ」
「…………」
 そう言われると、閃としても反論しづらい。自分にわざわざ頼んでもいない料理を出すということは、他の人にはもう料理を出し終わったということなのだろう。やはり箕輪の料理を作る早さは人間外だ、というのはともかく、頼んでいないにしろせっかく作ってもらった料理を無駄にするなんてことは言語道断だし、どうせならおいしい状態で食べるのが作ってくれた人に対する礼儀だ。閃は席に着き、自分を気遣ってのことなのか、普通に店で出る料理よりいくぶん小さい気がするその皿に向き合った。
 こういうところのテーブルマナーに詳しいわけではないが、ナイフもフォークも一揃えしかなかったので、それを使って肉を切り取り、口に運ぶ。かりっとよく焼けた皮の感触と、ほろほろと柔らかい肉の感触が歯に伝わってきた。香ばしさと肉の旨味も同時に舌の上に広がる。この手の高級料理には苦手意識があるが、おいしい、と素直に思えた。
「……………、? …………? ? ?」
 だが、食べ進めていくうちに、あれ、と思ってしまった。この料理と同じ味の料理を、自分は以前食べたことがある気がする。
 それも、けっこう最近に。どこでだろう。どこで食べたんだろう。こんな料理、自分からわざわざ食べることなんて絶対にないのに。
 まぁ最近は四物家にお世話になっている関係上、この手の料理を食べる経験もそれなりにあったが―――
「……………!!」
 その瞬間、はっとした。そうだ、これは。この味は。誘拐されていた園亞を助け、四物家に招待された夜に出された料理と同じ味だ。
 本当は妖怪だった園亞を、人間の女の子と思い込んで必死になって助けようとして。それでも力が足りずに結局煌の力を借りることになって。自分にしてみれば無様この上ない救出劇だった。だがそれでも、園亞の両親は、自分たちに園亞を護ってくれと依頼したのだ。煌も込みでの話ではあったけれども。心底困惑したけれども断りきれず、今日まで流されるままに園亞の護衛を続けてきてしまった。なんて、愚かな――
 そう落ち込みそうになる感情を、口に運んでいる料理がぼやけさせる。おいしい料理を食べている最中に落ち込むというのは、難しいし馬鹿馬鹿しい。作ってくれた人と食材のためにも素直に味わおう、と首を振ってまた一口口に運ぶ――や、気づいた。
 自分は、初めてこの料理を食べた時、緊張と困惑でまともに味がわからなかったはずなのに。
 その認識は、一瞬自分を驚かせて、それからゆっくりと、『心底驚愕』や『仰天』と言いたくなるほどにまで、自分の心に衝撃を染み込ませていった。『自分は、四物家の料理を『おいしい』と思えるようになっている』。『自分は、四物家の環境に、馴染んできている』。その認識は、閃にとっては強烈なショックだったのだ。
 自分はここにいるべきじゃない、とずっと思っていたはずなのに。早くここから去らなければ、とくり返し考えていたはずなのに。ブルジョワな生活環境や、普通の子供に囲まれた学園生活に、馴染めないと、自分には馴染まない世界だと思っていたのに。
 自分の体は、心は、園亞のいる環境を、当たり前のように受け容れてきていたのだ。
「――はい。君の聞きたいことは、これで全部かな?」
 そう言ってペンを走らせていた手帳を差し出され、ようやく自分がいつの間にか料理を食べ終えていたことに気づく。まだ衝撃も冷めやらぬ状態だったが、今はそんなことを考えている場合じゃない、家宅捜索が終わるまでになんとか容疑を晴らさなけりゃならないんだから、と自分の頬を叩き、手帳に向き直った。
 そこにはきれいな字とわかりやすい文章で、大量の情報が記されていた。
『アリバイ:自宅(店の上階)で一人で就寝していたため、なし』
『犯人の心当たり:妖怪が一体。餓鬼・御堂司(名前を変えている可能性あり)。彼は自分を過去のいきさつから強く恨んでいる。自分を苦しめるために手を尽くして事件に巻き込んだり陥れたりしたことが何度もあった』
『犯行方法の心当たり:御堂に化ける能力はない。だが透明化することはできるので、おそらくは自分の姿に化けられる妖怪を用意し、透明化し精神を操作する術を使いつつ店長の警戒心を削ぎながら情報を残したものと思われる。犯行時は映像情報を書き換えられる妖怪と共に合鍵を使い機械に映像を残さないようにしながら店に侵入し、犯行を行ったのではないだろうか』
『容疑を晴らす心当たり:まったくないわけではないが、難しい。映像が残っている以上警察の行動を理屈で止めるのは至難。ただ、おそらくこの犯行は御堂一人の手で行ったものではない。御堂は基本的に自分への攻撃を一人で実行したがる傾向があるし、組織に属するのに向かない彼が他者を動かすには金銭を使うしかないが、彼は金銭的に裕福というわけではない。おそらく金銭的に富裕な、妖怪たちのネットワークにもコネのある存在と協力して行ったと思われる。その存在は君たちをターゲットにしているかもしれない(わざわざ君たちがやってくる日に警察を動かした、という点から考えて)。なので、君たちの行動次第で御堂の協力者が動く可能性はあるのではないだろうか』
『協力者の氏素性について:金銭的に裕福であり、人間社会に強いコネと権力を持ち、妖怪の裏社会的なネットワークにもある程度のコネを持つ存在。そして、もしそのターゲットが君たちならば、おそらくは君たちに近しいところにいる、君たちの味方。なぜなら君たちが今日やってくるのは四物氏が突然決めたことであるため、四物氏の意志を左右できる立場にいなければ君たちをターゲットにすることが不可能だからだ。そして君たちがターゲットなのだとしたら、君たちに害意を持っている可能性は低い。なぜなら訪れた料理店のコックが突然逮捕されたところで、衝撃を受けて生活に支障をきたすような精神の持ち主は、見たところ君たちの中には一人もいないように見受けられるからだ。園亞嬢の性格を見越した上で、彼女に問題解決に乗り出してもらい、護衛を手薄にすることはできるにしても、この店のお客を害するためには店にいる妖怪を全員相手取らなくてはならない。妖怪のネットワークにコネがあるなら当然有しているだろう情報と、普通の常識があれば難しいと思うはずだ。となれば、協力者の目的は、君たちの目の前で事件を起こすことで、君たちになんらかの感情を起こさせる、ないし君たちにさせたかったことがある、ぐらいしか思いつかない』
「………――――」
 読み進めるうちに、閃は少しずつ表情をこわばらせていった。当然のように妖怪がどうこうと書いてくる辺り、ある程度こちらの氏素性を把握されているのだろうという警戒心もあったが、それ以上にもしこの論理展開が正しいのならば(そして、閃には誤謬を見つけられなかったのだが)今回の事件を起こしたのは、というか少なくとも協力者としての立場を得たのは、普通に考えて――
「あっ!!!」
 唐突に園亞が上げた大声に、閃の思考は断ち切られた。反射的に園亞の方を見ると、園亞が慌てた表情で勢いよくこちらを向いたのと目が合い、慌てて顔を逸らす。
 だが園亞は真剣な表情で逸らした顔の先に回り込み、小声ながらもやはり真剣な口調で告げる。
「あのっ、閃くんっ。私、すっかり忘れてたんだけどっ」
「…………」
「私、探し物をするための魔法、知ってるのっ」
「………え」
 思わず声をこぼしたのに気づいているのかいないのか、真剣この上ない口調で園亞はまくしたてた。
「えっと、人や物を探すことができる魔法なんだけどっ。うまくいけば品物のある場所の情景がわかるし、1.5q以内だったらそこまでの行き方もわかるのっ。使う時に、探す物に関連する品物がないとダメなんだけど……でも、近くにあるんだったらなくてもなんとかなると思うっ。だから、警察の人たちに、なくなった宝石がどういうものか写真とか見せてもらって、その魔法使ったら盗まれた物の場所分かると思うんだけどっ、どうかなっ」
「…………――――」
 閃は真正面からそう訊ねられ、数瞬言葉を失った。
 そんな便利な魔法があるならなんでもっと早く言わないのかという思考や(まぁ園亞の粗忽さからすればやむをえないことではあるだろう)、そうやって盗まれた物を見つけてもただ見つけただけでは箕輪の容疑は晴れないのではないかという思考も頭をよぎったが、それ以前に、園亞とちゃんと話すという行為自体に、強い拒否感というか、『そんなことをしてはならない』という気持ちが湧き上がってきてしまったのだ。
 今はそんな場合じゃない。いやそれでも自分は園亞と話したくないし話すべきではない。いや今園亞は依頼に関わるきわめて重要な話をしているのだ、きちんと話さなければ依頼を果たせない。正義のヒーロー(予定)としてそんなことはすべきじゃない。いやそもそも話しかけてくる女の子に対してほとんど無視するような行為自体が正義のヒーロー(予定)のするべきことじゃないだろう。でも、そうだけど、それはわかっているけれど、閃の名誉が、心根が、もう園亞と話さないまま別れて二度と会わないようにした方がいい、と主張していて――
 頭の中がぐるぐる回る。どうすればいいどうすればいいと繰り返し自問自答する。一瞬煌に相談したい、なんて思考が頭をよぎるが、こんなことで相談しても流されるだけに決まってる、と経験上からも性質上からも知っているので頭から追い出して必死に考える。
 どうすればいい。どうするのが正しいんだ。どうすれば自分の進むべき道を進めるんだ。自分のやるべきことを、やらなくちゃならないことを、外れてはいけない、外れるなど許されない道を――
「閃くんっ」
 はしっ、と唐突に両頬を挟まれ、閃は目を白黒させた。園亞が、両手で閃の両頬を挟んで、真正面すぐ近くからまっすぐこちらを見ている。
「閃くんがどんなこと考えてるのか私にはよくわからないけどっ……たぶん、私が考えるよりすっごいすっごい難しいこと考えてるんだと思うけどっ、でも! 私が話しかけてる時は、ちゃんと私の方見て、私のこと考えて答えてよっ! なんか……なんていうか……なんだかっ、その……」
 必死に言葉を探している顔で口をぱくぱくさせてから、園亞は小さな声で、おずおずと告げた。
「さみ、しい、かな、って。……そういう風に思うの、だめ?」
「―――――」
 閃は数瞬、絶句した。
 それからぼろぼろっ、と唐突に涙をこぼした。
「わっ! わぁ、閃くん、どうしたの、大丈夫? どこか痛いの? なんか、私がやなこと言っちゃった?」
「……っちがっ……」
「おーら、気にすんな園亞。お前は全然間違ってねーから」
 そう後ろから声をかけてきた煌に思わずぎっ、と渾身の力を込めて睨みつけると、煌は平然とその視線を受け止めて、は、と小さく息を吐き、それからぐいっと閃を片腕で抱き寄せた。
「っ………」
「こんなところでいったい何年間足踏みしてんだ、てめぇは」
「―――――」
「お前が今泣いてんのも、怒ってんのも、少しも間違っちゃいねぇよ。当たり前だろーがそんなもん。たかだか人間が、自分の感情思い通りにコントロールしようなんぞと、思い上がってんじゃねぇよ」
「―――…………」
 つまり、もしかして。煌は、ずっと自分がこの感情を持っていたことをわかっていて。心配していたのだろうか。
 なにも口出しせず。ひたすらずっと見守りながら。心の中で、ずっと心配を。
「……っ……ぅ……っ、っ……、……っ、……っ」
「ったく、こんなとこで泣いてんじゃねぇよ。俺はお前の泣いてるとこ、園亞はともかくとしてその他大勢に見られるなんぞごめんなんだぞ。ぶっちゃけ周りの奴ら今すぐぶっ殺してぇくらいなんだからな」
「なっ、駄目だろそれはっ!」
「そうね、それはできればやめてもらいたいわね」
「っ!?」
 慌てて振り向く――や、閃は思わず目を見開いた。目の前に、女性が立っている。『濡れた黒曜石のような』などと柄にもない形容をしても物足りない、肌がぞくぞくするほど濡れ濡れとした輝きを放つ黒い髪と黒い瞳。体の奥を問答無用で疼かせる、チョコレートのような色合いと甘やかな薫りを漂わせる褐色の肌。ぽってりとした、という形容でも足りない、背筋が痺れるような色気を放つ唇。絶世の美女――いや、これはもはやそういう段階ではない。顔貌、肌、表情、体型、それらすべてが尋常の美しい≠ニいう段階を越えている。
 これは、おそらく。
「あんたは……ツリン、なのか?」
 その絶世を超えた美女は、くすり、と閃の肌を泡立たせるような笑い声を立てた。
「あら、よくわかったわね。勘がいいこと」
「……単にかまをかけただけだ」
 こんな異常なまでの美しさを持つのは妖怪以外ありえない、という発想から、最近自分の周りにいた妖怪らしきものの名前を挙げてみただけだ。それを知ってか知らずか、ツリンはくすくす、と喉の奥で少し猫の鳴き声に似た声を立てて笑う。
「そうね、勘がいいは褒めすぎね。どちらかというとあなたは鈍感と言っていいのじゃないかしら? 私のみならず、ずっとあなたと一緒にいた園亞についてですら、妖怪だと疑ってみることすらしなかったのですものね」
「―――! お前、こんなところで……!」
「あら、ここがどんなところだか、あなたはわかっているのかしら?」
 言われて初めて、周囲に漂う気配の違いに気がつき、閃はばばっと周囲の様子を確認する。いつの間にか、周囲から、人の気配が消えていた。もともとどういう音響工学を使ったのか、少し歩けば車の行き交う道路があるというのに静かな雰囲気の店だったが、今はそういう段階ではなく、人の生活音というものがまるっきり聞こえなくなっている。
 箕輪もいつの間にか姿を消し、反対側の入り口を固めていた刑事たちは寝転がっていびきを立てている。誘眠の妖術だ、と反射的に思ってから、連鎖するように確信する。これは、強力な人払いの妖術だ。自分の選んだ相手だけを、妖力で造り出した異空間に取り込む妖術。
 この異空間には人はもちろん、妖怪も術者の選んだ者以外は入れない。術者は相当に強力な妖怪か、人払いの能力に特化しているか、になるのだが。
 この術者は――おそらくツリンは前者だ、と閃は悟り、反射的に警戒態勢に入る。半ば以上勘だが、おそらく間違ってはいない。ツリンはたぶん、相当に強力な妖怪だ。
「いまさら警戒しなくてもいいわ。これまでの二ヶ月の間に、あなたを殺す気ならとうに殺せた、というのはあなたにもわかっているでしょう?」
「…………」
「まず、念のため聞いておきましょうか。あなたはこの事件、どう始末をつけるつもり?」
「……あんたに言う必要はないだろう」
「あら、生意気を言うこと。なら、誰に言う必要があるのかしら?」
「………っ」
 閃は小さく息を吸い、それからぐいっと目元をぬぐって、ぎっとツリンを睨みつけて真正面から告げた。
「園亞と、箕輪さんと……それから、孝治さんと玲子さんだ」
「……ふぅん?」
「え……え? あの、なんで、お父さんとお母さんに……?」
「………れは」
「ふふ。まぁいいわ。それがわかっているなら、今回怒る相手は、あの二人と園亞に譲ってあげる」
「えぇ? って、ツリン、それってどういう」
「あなたは自分の心の思う通りにすればいいのよ、園亞。私の可愛い弟子にしてご主人様。言ったでしょう? 魔術の基本は、心を押さえつけることではなく、解き放ちながら制することだと」
「え、あの……そう、だっけ……?」
「あなたの意識は覚えていなくても、あなたの心は知っているわ。だからこそあなたは私の弟子にしてご主人様足りえているのですもの。――さ、行くわよ、火神」
「はァ? 俺ぁてめぇに指図される覚えねぇぞ」
「図々しい上に面倒くさい男ね。『少し二人っきりにしてあげましょう』と言ってあげなければ動けないの?」
「………チッ。わぁったよ。おい、閃。ちっと外すからその間にとっとと話つけやがれ」
「え、あ」
「心配しなくとも邪魔は絶対にさせないから安心して、園亞。――それじゃ、ごゆっくり」
 言うや、二人はとっとと厨房の戸外に出て姿を消してしまう。一瞬呆然としてから、ぐっ、と拳を握りしめる。そうだ、自分は、まずなによりも先に園亞と話をつけなくてはならない。
 数度深呼吸をしてから、えいっとばかりに園亞に真正面から向き直る。園亞は不意を討たれたように目を見開いて、わたわたと周囲を見回してから、おずおずと自分を、少し下の目線から見上げた。
「え、っと。閃くん……なに?」
 そのどこか不安げに揺れる視線に、反射的に回れ右して逃げ出したくなる――だが、閃はぐっと奥歯を噛み締め、ぎっと園亞を見つめ返す。自分の信条も、心情も、真情も、ここで逃げ出せなどとは言っていない。
「……園亞」
「う、うん、なに?」
 びゅおっ! と音がするほどの勢いで、閃は全力で頭を下げた。礼儀作法として正しいのかどうかはわからないが、九十度を超えるほど深く、心情的には土下座に近いくらいの勢いだ。
「ごめん!」
「…………え、えっと、なに、が?」
 困ったような声で返ってくる返事に、頭を上げることなく腹の底から言う。
「園亞を避けて、まともに話そうともしなくてごめん! 園亞とまともに向き合わないで、逃げ出そうとして悪かった!」
「え、えっと……あの。えっと……あの。……なんで……そんなこと、したの?」
「ひとつには、馬鹿馬鹿しいプライドだ。自分よりも強い、妖怪って存在を護るつもりでいた自分が、恥ずかしくてしょうがなかった」
「え、えぇ!? 私閃くんより強いなんてこと絶対」
「もうひとつには、みっともない意地だ。俺は悪い妖怪を倒すために生きてきたし、これからもそうするつもりだ。だからってわけじゃないけど、自分でも馬鹿だとわかってはいたんだけど、園亞に騙されたみたいな気持ちになっちゃって、悔しくて口を利いてやらない、みたいにガキっぽく意地を張ってたんだ」
「あ、あー……」
「でも、根本にあるのは、俺が……これからどう生きればいいか、わからなくなっちゃってた、せいだと思う。自分でも、はっきり気づいてなかったけど」
「え、え? と、どういう意味?」
「……俺は、人と関わらずに、人を巻き添えにせずに、一人で生きていくのが正しいと思ってた。煌っていう相棒がいる時点でこれ以上を望むなんて高望みが過ぎるだろうと思ったから、妖怪関係の知り合いにもできる限り距離を置いたし、一般人なんかとは話しもしないで生きていくべきだ、って」
「う、あ、えー、と」
「だから、園亞ともできる限り関わらないのが正しいんだ、って思ってた。……だけど、そうじゃない、って知らされて……」
「え、そうじゃないって……どういうこと?」
「……園亞は一般人で。本来なら俺には関わらないでいられる、関わるべきじゃない相手で……」
「う、でも、あの、閃くん……私」
「――でも、妖怪だ、って。俺より強い、巻き添えにすることを心配する必要がない、心配する方が失礼な相手と……その、親しく、なっちゃって………」
「親し……ぅぇっ!?」
「だから、どうすればいいのか、わからなくなった。どうするのが俺の人生の正しい道なのか、どうすれば道を外れなくてすむのか、さっぱりわからなくなっちゃったんだ」
 他の存在を巻き添えにすべきではない。他人からは距離を置くべき。それが間違っているとは、今でも閃には思えない。
 けれど、園亞は、すでに自分と深く関わっているのだ。園亞の周りの環境にも慣れ親しむほどに。――別れるのが寂しい、なんてことすら思ってしまうほどに。
 そして、それは園亞も同じなのだと。自分が園亞が傷ついた時に傷つくように、自分が傷ついた時に園亞も傷つくのだと。園亞との関わり合いは、自分だけで結論を出していいことではなく、園亞と一緒に考えねばならないほど、すでに自分と園亞は近しい関係になっているのだと、それを実感させられた時、閃の瞳からは涙がこぼれたのだ。
 巻き添えにする心配のない相手ならば近づいていいのか。それならば自分はこれまでずっと周囲に対しとても失礼なことをしてきたことになるのではないか。自分がどう感じようが最後まで一度決めた道を貫き通すべきではないか。そんな風にぐるぐると考える閃に、園亞は告げた。
 寂しいと。一緒にいるんだから、自分のことを見てと。自分と一緒に考えようと。
 そして煌は言ったのだ。寂しいと感じてもいいのだと。寂しい時に泣くのも、自分の弱さ愚かさを恥じて怒るのも、それはどちらも間違ってはいない、同時に存在するのが当たり前なのだと。
「えぇっと……うーん……うーんと……あのさ。つまり、閃くんは、どうしたいの?」
 そんな自分が勢いに任せて語った言葉を、うんうん唸りながら考えていた園亞におずおずとそう問われ、閃は一瞬言葉に詰まる。どうしたいのか。それを言葉に出してしまって本当にいいのか。明日にも周りの人々が押し寄せた妖怪たちに皆殺しにされてしまうかもしれないのに、そんなことを望んで本当にいいのか。
 それを考えただけで体中が引き絞られるように痛む。声が凍りつき四肢が麻痺して固まってしまう。どうすればいい、どうすれば、と無限に重ねられる問いに威圧されて動けなくなる。
 けれど、園亞のおずおずと告げた言葉が、煌の温もりが、背中をそっと押す。彼女にちゃんと向き合えないのは嫌だ、と心が大きな声で叫ぶ。
 だから、閃は、震える声で答えた。
「俺、は……できれば、まだ、園亞と一緒にいたいって……思う、けど」
 園亞は目と口をぽかーんと大きく開いた。唖然を絵に描いたような表情になり、きょとーんとした声で「……ほんとに?」と小さく問うてくるのに閃も小さくうなずきを返すと、とたん嬉しい≠絵に描いたような笑顔になって、閃に突撃してきた。
「わっ! と、ちょっ」
「よかったぁっ! すっごい、すっごいすっごい嬉しいっ! まだ閃くん、うちにいてくれるんだっ!」
「や、その、まだ決めたわけじゃ」
「よかったぁっ……ほんとに、ほんとによかったっ……閃くん、もう、うちからいなくなっちゃうんじゃないかって、私、すっごいすっごい、心配したんだよ? 心配したんだからぁっ……」
 うぐうぐ、と自分に抱きつきながら涙声で言う園亞に、どうしよう、どうすればいいんだ、と一瞬混乱してから、閃は小さく息を吐き、園亞の背中にそっと腕を回した。自分の感情が命ずるままに。一緒にいたい、という言葉に全身全霊で喜んでくれたことに、閃の中にも、ぐっとこみ上げてくるものがあったからだ。

「……えっ、と。事件の話、していいかな?」
「うんっ!」
 にっこにこ、と全開の笑顔をこちらに向けてくる園亞に、ついつい気圧されて視線を逸らし気味になりつつ、閃は話を進める。なんというか、正直こんな風に全力の笑顔を向けられるとやはりひるむものはあるのだが、一度向き合うと決めたんだから、と気合を入れてできる限り真正面から向かい合う。
「その、園亞。園亞がさっき言ってた魔法のことなんだけど……」
「あ、うんっ! 今から使う?」
「いや、その前に話さなくちゃならない相手がいる、と思うんだ。俺の考えが正しければ、なんだけど……その、園亞。園亞のご両親は、園亞が妖怪だってことを、知ってるのか?」
 これまでずっと人間だと思っていた相手を妖怪と呼ぶことはやはり閃には相当な心理的抵抗があることだったが、園亞は毛ほども同様の気配を見せず、ごく素直な感情を表したまま首を傾げてみせる。
「うーん、どうなんだろ? 聞いてみたことないからわかんないなぁ。私は自分が妖怪? だってこと知らなかったし、お父さんたちも知らないんじゃないかなー、とは思うけど……知ってて内緒にしてたのかもしれないし」
「……そうか。園亞に聞きたいんだけど、園亞のご両親は、なんていうか……園亞のことを溺愛してるよな?」
「できあい? あ、あー、すごく好きってこと? うん! お父さんともお母さんとも、私仲良しだよ!」
「そうだよな。それで、園亞の子供としての意見を聞いておきたいんだけど……園亞のご両親は、園亞のために、犯罪……とまではいかなくとも、法に触れるかどうかぎりぎりのライン、ぐらいのことをやったりする可能性、あるか?」
「えーっ!? そんなのない……と思うけどなぁ。お父さんもお母さんもそんなことしてるとこ一度も見たことないし、お父さんは会社でもちゃんとしたお仕事してるっていつも言ってるもん」
「……そう、か」
 あれだけ大きな会社を経営しておきながら、完全にクリーンな経営を行えていると主張すること自体非常にうさんくさいものを感じるのだが、これはたぶんそもそも園亞に聞くこと自体が間違っていたということなのだろう。少し考えて、別のことを訊ねてみた。
「園亞。あのツリンっていう……子猫の姿と人間の女性の姿を両方取れる妖怪のことだけど」
「あ、うん。ツリンがどうかしたの?」
「あのツリンは、園亞を弟子でご主人様だって言ってたけど、どういうことだ?」
「えっと、あのね。私もちょっと前まで知らなかったんだけど、ツリンって、すごい昔から生きてる妖怪なんだって。なんか、エジプトでピラミッドとか造ってるの見たことあるくらいの」
「……本当に?」
 エジプトでピラミッドを造っていた時期というのは、閃の記憶が正しければ紀元前二千六百年代から千八百年代くらいだったはず。となれば年齢は最低でも四千歳近い。そこまで年を経た妖怪はそれだけ強力な妖力を身に着けている分、人とはあまり関わらぬよう生きているのが普通だ。こんなところをうろつきまわっているということはそうそうないはず。
 ……まぁ煌のように、それ以上に年を経ながら自分のようなちっぽけな人間にくっついている物好きもいる以上、例外はいくらでもいるのだろうが。
「うん。なんかね、ツリンって、昔エジプトの神さまの、けんぞく? だったんだって。確か、ばすてとって女神さまだったと思うんだけど」
「バステト女神……? 確か、猫の頭した神さまだったよな。それの眷属だから猫、ってことなのか……」
「なんかね、ツリンは神さまの国で魔法の知識をつかさどってたらしいんだけど、なんか太陽じゃなくて月? だったから、ばすてとさんに嫌われちゃったとかで、それからずっと世界を巡って魔法使いを弟子に取っては育て上げてたんだって。なんか、ツリンは、自分では使えないんだけど、どんな魔法の知識も持ってるみたいで、夢の中でずっと私にも魔法を教えてくれたとかなんとかで、だから私も魔法を使えるようになった、とかなんとか」
「……そうか」
 いまいちよくわからないところもあるが、それはあとでツリン本人に直接聞けばいい。それより聞いておきたいのは。
「ツリンはいつ頃から園亞と一緒にいるんだ?」
「えっと……なんかね、私は気づいてなかったんだけど、私が子供の頃からいるみたい。私や家の人たちの記憶をいじって、ちょっと前から飼ってるって思わせてたんだって。子猫の姿を不自然に思われないのと、できるだけ自分を目立たせないために、って」
「………。なら、先にツリンに話を通しておいた方がいいか」
「あら、私になんのご用かしら?」
 唐突に声をかけられ、ばっと振り向いた先には、子猫の姿のツリンが当然のように座していた。どこかスフィンクスを思わせる香箱座りは可愛らしいと言っていいものだったが、閃は小さく息を吐いてツリンと向き合う。
「もうわかってるんじゃないかと思うけど。……率直に聞く。この事件に、あんたはどのくらい関わってるんだ?」
「え? ツリンが、事件に? え、なんで!?」
 仰天した声を上げる園亞に、ツリンは猫の姿でくすくすと笑い声を立てて、園亞に話しかけた。
「園亞。悪いけれど、孝治と玲子を呼んできてもらえるかしら?」
「え、お父さんとお母さんを? なんで、っていうかここってお父さんとお母さんいるの?」
「ええ、この世界は私の妖術で創った通常とはわずかに位相のずれた空間なの。私が妖術を使った瞬間にこの無人の世界は生まれ、同時に妖術の効果範囲の中にいる私の意図した存在をいくらでもこの世界に引きずり込める。孝治と玲子と、その護衛たちもきちんとこの世界に引き込んであるわ。向こうは少し忙しいかもしれないから時間がかかると思うけれど、向こうの用事が終わるまで待っていいから、二人を連れてきてもらえない?」
「あ、うん。いいよ、わかった」
 園亞はこっくりうなずいて厨房を出て行く。それには、と小さく息を吐いてから、できるだけ静かにツリンに問うた。
「園亞には知られたくない話をする、ってことか?」
「ふふ。なのにあなたは園亞を止めなかったのね?」
「……俺だって、園亞に後ろ暗いものや、親しい人が行う悪事を見せたいとは思ってないからな」
「あら、面白いことを言うのね? じゃあ、そうね。これから聞きましょうか。私はこの事件と関係がない、とあなたは思っていたのじゃないの?」
「最終的に始末をつけるために話をする必要があるのがあの四人だってだけだ。あんたが事件そのものに関わっている可能性は正直半々くらいだと思ってるんだが、先にあんたに聞いた方が話が早く進みそうだからな」
「ふぅん……まぁ、いいということにしてあげましょう。それで? 私に聞きたいことというのは?」
「――園亞が妖怪だってことを、あんたは園亞の周りの人間にいつ伝えた?」
 ぎっ、と半ば殺気を込めて睨みつけながらの問いに、ツリンはくっくっくっと喉の奥で笑声を鳴らした。
「伝えたかどうか、を聞かないところは加点してあげるわ。――そうね、かなり早くから、と言っていいと思うわよ? 私が園亞を見出したのは園亞が五、六歳の頃だけれど、それから半年が経った頃にはもう教えていたもの。両親二人も、周りの従僕たちも、みんな園亞に首ったけで、園亞の敵に回ることは絶対にない、と確信できたから」
「園亞を護るためか? それとも、お前の目的のためか」
「半々。私としては、園亞がある程度長く――そうね、十六歳前ぐらいまでは自分のことを人間だと思っていてくれた方がありがたかったのよ。園亞が言っていたように私は園亞を魔術師として教育することを目的としているわけだけれど、私は夢の中で園亞を教育する際に、まず魔術師としての土台から創り上げようとしたの。これまでそうしてきたようにね。肉体と精神と魂を練り上げ、魔術を使えるようになるよりも先に魔術師として高い能力を駆使できるだけの素地を創り上げることが私のやり方。それには園亞が魔的、妖的なものにまったく無垢で無知であった方がいいの。もちろんそのためには園亞を護れるだけの力のある保護者がいてくれなければならないのだけど……孝治と玲子は、その点申し分ない保護者だったわ」
「……園亞がこんな風に突然自分が妖怪だってことを知ることも、お前にとっては計算済みだったのか?」
「正直、あまりありがたくない知り方ではあるけれど、ある程度覚悟はしていたわ。あなたたちを四物家に迎え入れた時から」
「…………」
「あなたたちが初めて四物家に立ち入った――不法侵入する少し前に、私は園亞に呪文について教えることを始めていたの。園亞は私としても、十二分に満足できるだけの魔術師としての素地を手にしてくれていたから。まだ夢の中でしか使ってはいなかったけれど。もちろん初めて覚えることなのだから、どれだけ優秀でもそれなりに覚えるには時間がかかった。――だけど、あなたたちと出会った後、園亞は突然爆発的に、スポンジが水を吸うという例えでも足りないほどに私の教える呪文をいくつも覚え始めた。まるで、園亞という妖怪が上の段階へ進もうとでもしているように。すぐにわかったわ、刻が来た≠フだと。あなたたちとの出会いをきっかけに、園亞という存在が持つ力が上がり始めているのだと」
 煌が以前に教えてくれたことを思いだす。自分の体に訪れた爆発的な強化。それが園亞という妖怪にも同様に働いているというのは、ある意味当然なことではあった。
「あなたたちという存在は正負どちらの要因にもなりうるだろうことはわかっていたけれど、園亞という存在はあなたたちをすでに受け容れていた。園亞の心情としてもあなたたちを好いていたようだし――まぁ、園亞はもともとどんな相手も嫌うことはそうそうないのだけれど、それを差っ引いても、ね。選択の余地はなかったわ。私はあなたたちが呼び込むトラブルを従容として受け容れる決意をしたわけよ」
「園亞のご両親も、か?」
「そうね――」
「我々は、もとより、園亞の生きる道を阻害するなどということは、天地がひっくり返ってもしないと心に決めているのだよ」
「………孝治さん、玲子さん」
 近づいてくる足音ですでに察していたが、孝治と玲子が穏やかな、けれど苛烈なまでの迫力を持った笑みを浮かべ、厨房内に入ってくる。その笑みだけででも、彼らがどれだけ熾烈な人生を歩んでいるか、同時にどれだけ園亞を愛しているかが自然と知れた。
「閃くん。私の人生がどんなものか、知っているかね?」
「………、いいえ」
「私は四物家の嫡男として生まれたが……四物家というのは、一応戦前から続く財閥系の家柄ではあるのだが、私が生まれた時にすでに落ち目だった家でね。経営状況は赤字もいいところ、企業グループとしての態を成すことすら難しくなっている状況だった。そのくせ気位だけは無駄に高くてね、社交には馬鹿馬鹿しいほどの金をつぎ込んで、そのくせ経営状態を改善する意欲も能力もなく、周囲からは陰口を叩かれ嘲笑われ、ともう散々な有様でね。私はそんな中で、少し頭がよく生まれついたものだから、なんとしても周囲を見返してやる、馬鹿な親も親族も自分を馬鹿にした連中みんなも、足を舐めんばかりにひれ伏させてやる、とそんなことばかりを考えて育った」
 現在の四物コンツェルンの状況からは考えられない言葉だ。少し驚いた閃に、孝治は苛烈な笑みを浮かべたまま続ける。
「幸い私には経営の才能があり、運もよかった。学生時代から経営に参画し、親や親族連中を一掃して権力を一手に握り、経営状況を赤字から黒字へと転じさせ、グループをどんどんと大きくし、世界に冠たる四物コンツェルン、と称されるまでにした。そして、それだけのことを成しても欠片も満足せず、もっと上を、もっと上をと貪欲に働き続けた。――だから、政略結婚で結婚した妻も、ほどなくして生まれた娘も、私にとってはどうでもいいことだったのだ。グループを継がせる息子でないことを残念がる、という傲慢な思考さえ抱かなかった。私にとっては、四物コンツェルンは、私の動かす、私の物でしかなかったからだ」
「…………」
 それも、今の孝治からは考えられない台詞だ。
「だが、娘が――園亞が、三歳になる頃だったか。妻が、玲子が、私がたまたま本家屋敷に立ち寄った時に詰め寄ってきたのだよ。娘と会え、そして話せ、とね」
「私はこの人と結婚した頃は、本当にどうしようもない、鼻持ちならない小娘でした。政略結婚を承知したのは、なによりも私が結婚に価値を認めていなかったからです。その頃の私にとって価値があったのは、四物コンツェルン総帥の妻という地位と、与えられる膨大なお金だけ。娘は一応の仕事として産んだだけで、産んだ後はベビーシッター任せ。まだ園亞がお乳を飲んでいる頃から遊び回り、娘の顔を見ることすらなかったのです。園亞が二歳になった頃、たまたま、偶然、園亞と本家屋敷の前で出会うまで」
 今度は玲子が口を開き、語り始める。玲子の笑みも、視線も、孝治に劣ることがないほど苛烈なものだった。
「私は遊び相手に門の前まで送られ、下ろされるまで、園亞と使用人がそこにいることにすら気づきませんでした。気づいた時には、苛立ちすら覚えたのです。邪魔なもの、目障りなものが出てきた、鬱陶しい、と」
「……それは……」
「えぇ、母親どころか、人としても失格でしょうね。使用人ですら、明らかに非難の目で私を見てきましたから。――けれど、園亞は、そうでなかった。笑ったのです、あの子は。そして心底嬉しげに歩み寄ってきて、『おかあさん、おかえりなさい』と――まるで私の帰りを何度も出迎えてでもいるかのように、一生懸命働いてきた母親を出迎えでもするように、愛しげに、そう言ったのです」
「…………」
 なんとなく、その光景が想像できる。
 園亞はいつもそうだ。自分に与えられた悪意も、敵意も、無関心すらも、優しいものに変えてしまう。彼女の優しい、柔らかな世界の中に包み込んでしまう。それは彼女にとってごく当たり前のことで、おかしいと言われてもたぶん、『え、え?』ときょとんとした顔をして首を傾げるのだろう。
「その時は、私は仰天して、その場から逃げ出すことしかできませんでした。けれど、それからなにをしていても、あの子のその笑顔が頭から離れなくなって。なんでそんな笑顔ができるのか、私を本当に優しい母親だと思ってでもいるのか、そんなことを考えて、悩んで――そして、園亞にもう一度会いに行った時、園亞はまた同じ笑顔で笑ってくれたのです。『おかあさん』と、本当に嬉しげな笑顔で」
「…………」
「それから、私はようやく母親としての仕事を始めました。毎日園亞と顔を合わせ、一緒に食事をし、一緒に散歩をし、転んだら抱き起してやり――そんな普通の母親なら当然のように行っていることを。そして、知ったのです。それが私にとって、この上ない喜びになりえるのだということを」
「そして、玲子が真っ当な母親になった後、私に直談判して、私に父親としての義務を果たさせてくれた。園亞と出会い、娘の愛を受け、私も遅ればせながら父としての義務を果たし始め、それが至上の喜びになることを知った。――それから、私たちの人生は、園亞のためにあるものになった」
「え……」
「懸命に働き、グループを成長させ、金と権力を増大させ――そういった仕事はすべて、私たちにとっては園亞のために行っていることなのだよ。園亞がよりよき人生を歩むため。園亞によりよい世界で生きてもらうため」
「園亞を囲い込むなどということは、私たちがしていいことではありません。園亞は私たちとはまるで関係のない、自身の力で、あのような優しい子に育ったのです。ですから、私たちは、園亞が生きたいと思うように生きてもらう、そのための世界を創ることに全力を注いでいるのです」
「園亞がなにかしたいと思った時に応えられるように。園亞が行きたいと思う道を進めるように。園亞が欲しいと思うならば総帥の地位を与えるだろうし、いらないと言うならば総帥の地位を押しつけようとする輩から全力で護るだろう。私たちにとって四物コンツェルンなど、園亞を護る力を得るための道具でしかないのだから」
「園亞の通う学園は園亞のために創りました。園亞を護りながら、縛ることのないように。園亞を真綿でくるむように育てるのではなく、よいものも悪いものも同じように周囲にありながら、幸福な世界を創り上げられるように。優秀な教師、善良な教師、無能な教師、暗愚な教師、それらをバランスよく配置し、生徒も良家の子女だけに囲まれることのないように広い層から受け入れ、どんな道をも目指せるようにいかなる分野においてもよい教育環境を創り出す。園亞のために、両親としてできることを、全力で行ってきた結果です」
「…………」
 親馬鹿――と一言で片づける気にはなれなかった。たぶんこの人たちには、それだけ強烈な衝撃だったのだろう。園亞という娘との出会いは。
 強烈なショックを受けて、こう生きると決めて、そのために全力を注ぐ。閃にも理解できる、閃に近しい生き方とすら呼べるものだ。
「だから、閃くん。私たちは、園亞が君をそばに置こうと思うならば、それを邪魔する気はまったくないのだよ」
「え……」
「園亞がどんな危険な目に遭おうとも、それは変わりません。園亞が自分の意志で、こう生きようと決めて行うことならば、どれほど、どれほど身を斬られるほどに心配だろうと、それを邪魔することは断じてしないと、私たちは決めているのだから」
「だが、閃くん。それは、園亞の害悪になるものを放っておく、という意味ではまったくない」
「………!」
 二人は笑みを消した。厳かな表情に殺気すら感じるような視線を乗せて、自分と真っ向から向き合う。
「あなたは園亞と、これからどう向き合っていくつもりなのかしら?」
「正直なところを聞かせてもらいたい」
 自分の背後に、煌の気配がず、と生まれる。たぶん煌は、園亞はともかくツリンは信用していないだろうから、ツリンが入ってきた時からすでに自分の後ろで監視していたのだろう。そして、今、閃に対する敵意と呼べるものに対し、殺気でもって返しているわけだ。――煌の殺気をぶつけられても孝治と玲子は微動だにしていない辺り、普通の人間では考えられない修羅場をくぐってきたのだろう。
 だが、閃もそれなりに修羅場をくぐってきたと自負している。そして、今は煌に場を任せるつもりは微塵もない。
「……俺は、園亞に、ひどい振る舞いをしました」
『…………』
「園亞がどう思っているかは、わかっているつもりです。謝罪して、許しも得たと思います。だけど、それとは別に……」
 自分の人生をどう使うかは決めている。それを変えるつもりは今もない。――けれど。
「園亞に、償いを……いや、お返しをしたいと思ってます。それが今の、正直な気持ちです」
 一緒にいたいという自分のわがままを、全身で全肯定して喜んでくれた。いつか別れることにはなるだろうと思う、けれどそれまでの間は自分なりに園亞と真摯に向き合いたかった。一緒に戦いたいという園亞の気持ちを、いつも受け容れてあげられるかはわからないけれど、駄目だと決め込んでしまうのではなく、受け止めて、考えて、受け容れたかった。助けてくれた時に素直にお礼が言いたかった。そしてできれば、今度は自分が園亞を助けてあげられるようになりたかった。
 悪い妖怪を一体でも多く倒すために生きてきた自分にそんなことができるのかは自信がない、けれど今はそんな自分の中に生まれた欲を、できる限りの力で叶えてみようと思ったのだ。それを自分の心が望んでいるから。頑固で、不器用で、人らしいことなんてろくにできない自分ができる、それがせいいっぱいのお返しだと思うから。
 そんな閃の言葉を聞き、孝治と玲子は微笑んだ。
「そうか。それはよかった」
「ええ。あなたを誅殺するようなことにならなくてすんだわ」
「心配しなくてもてめぇらごときにこいつを殺させるようなことさせるかよ。正犯従犯共犯実行犯、全員きっちり区別なく塵ひとつ残さねぇように火葬にしてやら」
「煌っ!」

「お待たせいたしました、赤ピーマンのムースでございます」
「わ、来た来たっ! 閃くん、これ! これすっごくおいしいの!」
 心底楽しげな表情ではしゃぐ園亞に苦笑する。園亞としては行きつけの店のシェフである箕輪を本当に心配していたのだろうし、その容疑が晴れて捕まらなくて済むとなれば、細かいことはさておくとしてよかったよかったと喜んでしまって問題のないことなのだろう。
 閃としては、そこまで素直にこの事件の決着を受け容れる気にはなれない。この事件はそもそもが、孝治と玲子が自分という人間を見極めるために、人や妖怪を使って起こした事件なのだから。
 妖怪の裏事情にもある程度通じている園亞の両親は、箕輪が御堂という妖怪につきまとわれているのももちろん知っていた。その動機も細かい心情もしっかりと。
 なので御堂を、そこからの繋がりで妖怪や人間を何人も雇い、箕輪が窃盗事件を起こしたかのように演出することはたやすかったのだろう。なにせ、宝飾品の盗まれた店であるジュエリー華押は、彼らの傘下にある店のひとつだったのだから。
 だから当然店の詳しい情報もだだ漏れで、それこそ赤子の手をひねるようにたやすく、『情報を仕入れ、潜入方法を確保し、警備状況を薄くして侵入された窃盗事件』を演出することができたわけだ。なので当然孝治と玲子がその気になれば、いつでも訴えを取り下げさせ、事件そのものを無効化してしまうことができた。
 だが、二人はそうせずに、自分に事件の解決を求めた。事件≠ニいう、人を助ける正義のヒーローになることを目指す自分ならばどうしたって関わらざるをえない状況を創り出し、園亞と自分を否応なしに会話させるために。
 つまり、自分と園亞を仲直りさせるためにあの二人は刑事事件を創り出しかけたのだ。少なくとも閃の常識からすれば、どう考えても正気の沙汰ではない。
 もちろんいつでも訴えを取り下げさせることができるからこそのことだろうし、それだけ自分が園亞を傷つけたせいで不安がらせてしまったということなのだろうが、それでもやっぱりあまりまっとうな親のすることではない。
 だが自分の宣言を孝治と玲子はとりあえず受け入れ、箕輪に対して謝罪してみせると共に、少し電話しただけで宝飾品のすべてをジュエリー華押に戻し、訴えを取り下げさせた上、『映像が間違いだった』という事実を創り出して誰も捕えられることのないまま事件を消滅させてくれた。さらに加えて、これまで同様、自分と園亞に自由な行動を許してくれた。気前がいい相手だと思うし、これ以上を求めてもしょうがない、ろくなことにならない、とも思う――が、閃はいまだ納得はいっていない。彼らに対する屈託は明確にある。
 ツリンに対してもそうだ。彼女にとって園亞はなんなのか。弟子で主人などと言っているが、幼い園亞を妖術で弄り、驚異的な魔術の素質を持たせるなんてやり口からして園亞を実験動物としか見ていないのじゃないだろうか、こちらに対しても園亞という実験動物を刺激するための材料としか見ていないのではないかという思いが消えない。まだろくに話してもいないのだから当然と言えば当然なのだが。
(……だけどまぁ)
 苦笑しつつも、自分の隣で楽しげな笑顔を浮かべる園亞を見やる。こんな楽しげな笑顔を消し去ってしまうよりは、屈託をとりあえず棚上げにしておく方がマシだろう。孝治も玲子も園亞に自分のやったことを知らせることだけは、絶対にしないようにと頼んできたのだから。
 そんな風に娘のためならたやすく道を踏み外す親子愛を放っておいていいと思っているわけではないが、こんなまっさらな笑顔を曇らせてしまうというのは、どう考えても正義のヒーロー(予定)の男のすることじゃない。
 そんな気持ちでまた小さく苦笑し、園亞に言われるままムースを口に運ぶ――や、思わず目を見開いた。
「うまい……!!! なんだこの料理! 煌の作った料理よりうまいってはっきり言い切れる料理、俺初めて食った!」
 一匙を思う存分味わったあと、思わずそうまくしたててしまった自分に、煌も(やや仏頂面ではあったが)うなずく。
「ああ、こいつは明らかに並みじゃねぇな。俺とは明らかにレベルが違う。長い時間を、全力で料理のために費やしてきた、とんでもねぇ料理人しか作れねぇ味だぜ」
「……お前がそこまで他人褒めるの初めて聞いた」
「うっせ、俺ぁマジで自分より上の技術持ってる相手に『俺の方が上だ』なんぞと吹けるほど物知らずじゃねぇんだよ」
「ふっふっふー、そうでしょそうでしょー。箕輪さんの料理って本当にすっごくおいしいんだから! あ、もちろんうちの岸部さんもすっごくお料理上手だけど、やっぱりお店やってるプロの人ってまた違うっていうか、箕輪さんはそういうプロの中でもすっごいお料理上手っていうか」
 嬉しげに笑う園亞に、自分たちもつられて自然と笑う。この料理は味わっているだけで自然と笑顔になってしまうだけの味わいを持っていたし、なにより園亞と一緒に笑いながら食事をする楽しさを、体の方が先に受け容れてしまっていたからだ。

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キャラクター・データ
草薙閃(くさなぎせん)
CP総計:240+65(未使用CP30)
体:14 敏:17 知:14 生:14(45+100+45+45=235CP)
基本移動力:7.75+1.625 基本致傷力:1D/2D よけ/受け/止め:8/13/- 防護点:なし
特徴:カリスマ1LV(5CP)、我慢強い(10CP)、戦闘即応(15CP)、容貌/美しい(15CP)、意志の強さ2LV(8CP)、直情(−10CP)、誓い/悪い妖怪をすべて倒す(−15CP)、名誉重視/ヒーローの名誉(−15CP)、不幸(−10CP)、性格傾向/負けず嫌い(−2CP)、方向音痴(−3CP)、ワカリやすい(−5CP)
癖:普段は仏頂面だけど実は泣き虫で怖がり、実は友達がほしい、貸しも借りも必ず返す、口癖「俺は悪を倒すヒーロー(予定)なんだぞっ!」、実は暗いところが怖い(−5CP)
技能:刀23(40CP)、空手17(4CP)、準備/刀17(0.5CP)、柔道16(2CP)、ランニング13(2CP)、投げ、脱出15(1CPずつ2CP)、忍び16(1CP)、登攀15(0.5CP)、自転車、水泳16(0.5CPずつ1CP)、軽業17(4CP)、コンピュータ操作14(1CP)、追跡13(1CP)、探索、応急処置、学業13(0.5CPずつ1.5CP)、生存/都市、調査、英語、鍵開け、家事12(0.5CPずつ2.5CP)、戦術12(1CP)
妖力:百夜妖玉(特殊な背景25CP、命+意識回復+1ターン1点の再生+超タフネス+疲れ知らず(他人に影響+40%、自分には効果がない−40%、人間には無効−20%、肉体ないし体液を摂取させなければ効果がない−20%、オフにできない−10%、丸ごと食うことで永久にその力を自分のものにできる(命のみ丸ごと食べないと効果がない)±0%、合計−50%)88CP、フェロモン(性別問わず+100%、人間には無効−20%、オフにできない−30%、意思判定に失敗すると相手はこちらを食おうとしてくる−50%、合計±0%)25CP、敵/悪の妖怪すべて/たいてい(国家レベル/ほぼいつもと同等とみなす)−120CP。合計18CP)

旧き火神・真なる迦具土・煌(こう)
CP総計:3008(未使用CP0)
体:410(人間時50) 敏:24 知:20 生:20/410(追加体力、追加HPはパートナーと離れると無効−20%。250+275+175+175+156=1031)
基本移動力:11+2.125 基本致傷力:42D/44D(人間時5D+2/8D−1) よけ/受け/止め:13/18/- 防護点:20(パートナーと離れると無効−20%。64CP)
人間に対する態度:獲物(−15CP) 基本セット:通常(100CP)
特徴:パートナー(200CPの人間、45CP)、美声(10CP)、カリスマ3LV(15CP)、好色(−15CP)、気まぐれ(−5CP)、直情(−10CP)、トリックスター(−15CP)、好奇心1LV(−5CP)、誓い/パートナーを自分の全てをかけて守り通す(−5CP)、お祭り好き(−5CP)、放火魔(−5CP)、誓い/友人は見捨てない(−5CP)
癖:パートナーをからかう、なんのかんの言いつつパートナーの言うことは聞く、派手好き、喧嘩は基本的に大好きだが面倒くさい喧嘩は嫌い、パートナーから力をもらう際にセクハラする(−5CP)
技能:空手25(8CP)、ランニング17(0.5CP)、性的魅力30(0.5CP)、飛行22(0.5CP)、軽業、歌唱、手品、すり、投げ21(0.5CPずつ2.5CP)、外交20(1CP)、英語、中国語、仏語、アラビア語、露語、地域知識/日本・富士山近辺、探索、礼儀作法、調理19(0.5CPずつ5CP)、戦術20(4CP)、動植物知識18(1CPずつ2CP)、言いくるめ、調査、鍵開け、尋問、追跡、家事、読唇術、生存/森林18(0.5CPずつ4CP)、毒物、歴史、嘘発見、医師、催眠術、診断17(0.5CPずつ4CP)、手術、呼吸法16(0.5CPずつ1CP)
外見の印象:畏怖すべき美(20CP) 変身:人間変身(瞬間+20%、パートナーと離れると無効−20%、合計±0%。15CP)
妖力:炎の体20LV(120CP)、無敵/熱(他人に影響+40%、140CP)、衣装(TPOに応じて変えられる、10CP)、超反射神経(パートナーと離れると無効−20%、48CP)、攻撃回数増加1LV(妖怪時のみ−30%、パートナーと離れると無効−20%、合計−50%。25CP)、加速(妖怪時のみ−30%、パートナーと離れると無効−20%、疲労5点−25%、合計−75%。25CP)、鉤爪3LV(非実体にも影響+20%、妖怪時のみ−30%、合計−10%。36CP)、飛行(妖怪時のみ−30%、パートナーと離れると無効−20%、合計−50%。20CP)、高速飛行5LV(瞬間停止可能+30%、妖怪時のみ−30%、パートナーと離れると無効−20%、合計−20%。80CP)、高速適応5LV(妖怪時のみ−30%、パートナーと離れると無効−20%、合計−50%。13CP)、無言の会話(妖力を持たない相手にも伝えられる+100%、人間にも伝えられる+100%、よりどころの中からでも使える+100%、パートナーのみ心の中で会話できる+25%、パートナーと離れると無効−20%、合計+305%。21CP)、闇視(パートナーと離れると無効−20%、20CP)、オーラ視覚3LV(35CP)、飲食不要(パートナーの精気が代替物、10CP)、睡眠不要(パートナーと離れると無効−20%、16CP)、巨大化34LV(妖怪時のみ−30%、パートナーと離れると無効−20%、疲労五点−25%、合計−75%。85CP)、無生物会話(30CP)、影潜み1LV(パートナーと離れると無効−20%、8CP)、清潔(パートナーから離れると無効−20%、4CP)、庇う(パートナーのみ-75%、5CP)
妖術:閃煌烈火50-24(エネルギー=熱属性、瞬間+20%、扇形3LV+30%、気絶攻撃+10%、目標選択+80%、妖怪時のみ−30%、パートナーと離れると使用不能−20%、手加減無用−10%、合計+80%。540+8CP)、闇造り1-18(瞬間+20%、範囲拡大16LV+320%、持続時間延長12LV+360%、合計+700%。16+2CP)、炎中和50-24(瞬間+20%、パートナーと離れると使用不能−20%、合計±0%。100+8CP)、炎変形20-24(瞬間+20%、パートナーと離れると使用不能−20%、合計±0%。60+8CP)、治癒20-20(病気治療できる+10%、毒浄化できる+40%、瞬間+20%、パートナーから離れると使用不能−20%、合計+50%。90+8CP)、閃光10-18(本人には無効+20%、瞬間+20%、パートナーから離れると使用不能−20%、合計+20%。48+2CP)、幻光1-18(瞬間+20%、範囲拡大16LV+320%、持続時間延長12LV+360%、合計700%。8+2CP)、火消しの風1-18(瞬間+20%、範囲拡大16LV+320%、持続時間延長12LV+360%、合計700%。16+2CP)、感情知覚10-18(パートナーから離れると使用不能−20%。16+2CP)、思考探知10-18(パートナーから離れると使用不能−20%。32+2CP)、記憶操作10-18(パートナーから離れると使用不能−20%。40+2CP)
弱点:よりどころ/閃の尻の痣(別の価値観を持つ生き物、一週間に一回触れねばならない、その中に姿を隠せるが痣が隠されると出られない。−30CP)
人間の顔:容貌/人外の美形(35CP)

四物園亞(よもつそのあ)
CP総計:627(未使用CP13点)
体:11 敏:13 知:10(呪文使用時のみ23) 生:12/62(10+30+200+20+25=265CP)
基本移動力:6.25+1.25 基本致傷力:1D−1/1D+1 よけ/受け/止め:6/-/- 防護点:5(バリア型−5%、−8で狙える胸元の痣の部分には防護点がない−10%、合計−15%。17CP)
人間に対する態度:善良(−30CP) 基本セット:機械に対して透明でない(80CP)
特徴:意志の強さ1LV(4CP)、カリスマ1LV(5CP)、後援者/両親の会社(きわめて強力な組織(国際的大企業四物コンツェルン)/まれ、13CP。敵/某闇会社/まれ、−10CPと足手まとい/25CPのお目付け役/知人関係/まれ、−3CPとで相殺)、朴訥(−10CP)、正直(−5CP)、好奇心(−10CP)、そそっかしい(−15CP)、健忘症(−15CP)、誠実(−10CP)
癖:自分は普通だと思っている天然、口癖「え、えっとえっと、なんだっけ?」、口癖「私だってそのくらいできるんだから」、胃袋が異空間に繋がっているとしか思えないほど食う、超ドジっ子属性(−5CP)
技能:バスケットボール13(2CP)、学業10(1CP)、軽業11(1CP)、投げ10(0.5CP)、水泳12(0.5CP)、ランニング10(1CP)
呪文:間抜け、眩惑、誘眠、体力賦与、生命力賦与、体力回復、小治癒、盾、韋駄天、集団誘眠、念動、浮揚、瞬間回避、水探知、水浄化、水作成、水破壊、脱水、他者移動、霜、冷凍、凍傷、鉱物探知、方向探知、毒見、腐敗、殺菌、療治、解毒、覚醒、追跡、敵感知、感情感知、嘘発見、読心31(1CPずつ35CP)、大治癒、倍速、飛行、高速飛行、瞬間移動、瞬間解毒、接合、瞬間接合、再生、瞬間再生30(1CPずつ10CP)
外見の印象:人間そっくり(20CP) 変身:なし
妖力:魔法の素質10LV(180CP)、追加疲労点30LV(90CP)
妖術:なし
弱点:行為衝動/悪い妖怪に襲われている人間がいたらその人間を全力で助けずにはいられない(−15CP)、腹ぺこ2LV(−15CP)、依存/マナ(一ヶ月ごと。−5CP)
人間の顔:普通の中学三年生、容貌/魅力的(5CP)、身元/正規の戸籍(15CP)、財産/貧乏(15CP)、我が家/古い屋敷(15CP)