かしらかしら、ご当地かしら?
「の、の、野原くん!」
「お?」
 ひどく慌てた声をかけられて、しんのすけは振り向いた。
 そこには二十代半ばの痩せ細った、ひどく神経質そうな背広の男が息を切らせながら立っている。
「あんた誰」
「おい! 先生に向かってそんな口の聞きかたするなよ!」
 隣にいた風間くんが素早くツッコミを入れる。
「この人先生なの? オラ知らないゾ」
「お前が聞いてなかっただけだろうが! 入学式の後の始業式で紹介されただろ、新任の山田先生だよ!」
「そ、そうだ、新任の山田だ! 君に聞きたいことがあって……!」
「怪しい」
「はひっ!?」
 しんのすけは上から下まで山田先生をじろじろと見ながらジト目で言った。
「山田なんて平凡な名前してるところが怪しい。もしかしたら某国のスパイじゃないの?」
「アホか―――っ! お前はいくつだっ! 幼稚園児みたいなこと言ってるんじゃない!」
「ちちち、甘いな風間くん。悪の秘密組織じゃなくて某国と具体的になってるあたりがグレードアップしてるんだゾ」
「この馬鹿者ぉぉぉっ! 悪の秘密組織も某国も一緒だっ! そういうお子様的妄想を口にするなっ! 一緒にいる僕たちの人格まで疑われるじゃないかっ! すいません山田先生、なんのご用でしょうかっ!」
 しんのすけに(身長差があるのでちょっと苦しかったが)スリーパーホールドをかけつつ言う風間くんに、固まっていた山田先生は我に返ったように叫ぶ。
「あ、あのね野原くん! 君、入学式の挨拶文持ってるね!?」
「なにそれ」
 かくっとコケる山田先生。
 風間くんは締めをさらに強めつつガスガスとしんのすけに蹴りを入れた。
「この、馬鹿っ! お前入学式で挨拶しただろうが! あの挨拶文のことだよ!」
「風間くん本気で締め極ってる極ってる……うげ」
「そ、そうだ! あの挨拶文の原稿だ! 持っていないのかね!?」
「あー、あれかあれか。どこやったかなー、思い出せないなー……購買でダブルカツサンド買ってくれたら思い出すかも」
「先生に賄賂を要求するなぁぁっ! 第一なんでお前は入学初日から購買の一番高い製品を知ってるんだ!」
「オラはなんでも知っている。風間くんが今隣のクラスの女の子に片思いしてるのも」
「………! お前、どこでそんなこと……! 僕のあとをつけたのか!?」
「ほうほう、言ってみただけなのに本当にそうだったとは。意外な展開ですなぁ」
「し……し・ん・の・す・け――――っ!」
「私には君たちの漫才を聞いている暇はないっ! あの原稿をどこにやったのかね!?」
 山田先生のヒステリックな絶叫に、しんのすけは目をぱちくりさせて考えこんだ。
「うーんとーえーとー。オラは挨拶が終わったあと教室にきてー、そこまで持ってたのは覚えてるんだけどー……」
「……風間くんに渡した。風間くんは鞄の中に入れた」
 ぼそっとボーちゃんが言う。これまで喋ってなかったが、ネネちゃんもマサオくんもボーちゃんも一緒にいたのである。
「え? 僕が持ってたっけ?」
「捨ててなければ」
「渡してくれ! 早く!」
「は、はい……ちょっと待ってください」
 言われて慌てて鞄の中を探る風間くん。
「風間くん、渡さないほうがいいゾ。この人めちゃくちゃ怪しいゾ」
「失礼なこと言うなよ先生に! ……えっと、ありました」
 はい、と風間くんが手渡すと山田先生は奪い取るようにプリントをつかんで、走り去っていった。
「……なんだったんだろうね?」
「廊下を走っちゃ行けないんだゾ。先生なのにー」

「それにしてもこの学校ってわりと校舎狭いね。学費は高いくせに」
 教室での自己紹介etcを終えて生徒は生徒会員を除く全員が帰路についている――が、しんのすけたちは学校探検と銘打って校舎内をうろついていた。
「しょうがないだろっ。セキュリティにお金かけてるんだから」
「へぇ、学校なのにセキュリティがしっかりしてるの?」
 興味深そうなマサオくんの言葉に、風間くんはなんとなく得意げな気持ちになりながら説明を始めた。
「うん。塀の上には赤外線レーザーがついててね、監視カメラもついててほぼ二十四時間体制で敷地の周りを見張ってるんだ。校舎は出入り口は全部窓も含めて銃弾が当たっても破れないシャッターが下ろせるようになっててね、いざという時のために非常用食料も用意してあってほとんどシェルター並みの設備があるんだよ。その安全性から良家の子女もたくさん入学してるし、なんと! 総理大臣の息子も在学してるくらいなんだよ!」
「うわぁ、ホントに〜!? すごいねぇ〜!」
「二年生で、生徒会長をやってるそうだよ。朝礼とかで見たことある」
 ピンポンパンポーン。スピーカーから放送が流れた。
『現在学校に残っている生徒に連絡します。まだ学校に残っている生徒は、全員講堂に集合してください。くりかえします、まだ学校に残っている生徒は全員講堂に集合してください』
 ピンポンパンポーン。
「講堂に集合だって。何かあったのかしら?」
「急ごう。遅れたら先生に怒られちゃう」
「あ。ちょっと待って。オラ……」
「なんだよ?」
「朝の分のお通じが今ごろ来ちゃった。お便所行ってくるからちょっと待ってて」
「……はぁ!?」

「しんのすけ、早くしろよ!」
「うーん、もうちょっとー!」
 男子トイレの個室の前で、風間くんはイライラと足を踏み鳴らした。
「先生に怒られたらどうするんだよ! お前責任取って全員分怒られろよなっ!」
「風間くん冷たい。オラと風間くんの仲なのに」
「どういう仲だっ!」
「そう、オラと風間くんは一緒にトイレに入っちゃうようなくさ〜い仲」
「………馬鹿なこと言ってないでさっさと済ませろっ!」
「ほーい」
 男子トイレから出てきた風間くんは、ネネちゃん、マサオくん、ボーちゃんと顔を見合わせて疲れ果てた顔をした。
「ほんっとに、しんのすけって人に迷惑かけるのだけは天才的だよな。昔っから僕たちを巻きこんで……」
「悪い人間じゃないんだけどね……」
「そういえば、幼稚園の頃こういう風にしんちゃんのトイレが長かったせいでえらい目にあったことがあったわよね」
「あああったあった。あの時は本当に死ぬかと思ったよ。銃はつきつけられるわ飛行船から落っこちるわ……」
「……珍しい、経験」
「ボーちゃんそれは心広すぎだよー!」
 風間くんたちはくすくすと笑いあった。
 と、ガーッと音がする。
 何事かと思って周囲を見てみると、窓の部分のシャッターが閉まっていく。
「どうしたんだろう? 何かあったのかな?」
 ピンポンパンポーン。スピーカーから低い男の声が流れ出した。
『まだ講堂にやってきていない生徒諸君に告げる。この慶光高校は我々革命戦線『釜のお米』が占拠した』
「……………」
『はあぁぁぁぁ!?』
 風間くんたちは声を揃えて叫んだ。

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