不特攻野郎春日部防衛隊
『我々は民衆を篭絡し、専横をほしいままにする腐敗しきった日本政府に断固として立ち向かう革命の闘士たちである! 現在の日本政府は米国に尻尾を振って自らの利を得ようとする豚どもの群れであることは明白である! 我々は米国の植民地支配から脱却し、日本の自治と尊厳を取り戻すために戦っている戦士たちである!』
「ま……まさか、左翼の、テロリスト? いまどき?」
「『である』ばっかで語呂悪いゾ」
『これは神国日本の純潔を我ら人民の手に取り戻すための神聖なる闘争である!』
「いや、右翼なのか? ごく大ざっぱに分類すれば左翼は急進主義で右翼は保守主義だから、彼らの主張から考えると……」
「左でも右でもそんなことはどーだっていいのよ!」
 ネネちゃんがうらぁ! とばかりに地面を踏み鳴らして怒鳴った。
「重要なのはあたしたちの今日入学したばかりの学校が、武装集団に乗っ取られたってこと!」

 放送を聞くと、状況は大体以下の通りのようだった。
 テロリスト集団『釜のお米』はこの慶光高校に大量の人員を投入し、占拠した。講堂とセキュリティを管理するコンピュータールームを抑え、シャッターを下ろした上全ての扉に鍵をかけたので校外からの侵入はまず不可能である。
 校内に残っていた教師や生徒たちはほぼ全員講堂に集められ、監視されている。その中には現総理大臣の子息も含まれている。
『釜のお米』たちはこの約五十人の人質と引き換えに、総理大臣、内務大臣と国会議員全員の身柄を要求している。つまり人質の命が助かるかどうかはひとえに日本政府の対応にかかっているというわけだ。
『釜のお米』たちの正確な人数はわからないが、五十人の人質と学校の周囲を同時に監視するのに充分な人数であり、その全員が銃器によって武装していることが何度もほのめかされた。
 校内に残っている生徒及び教職員は、直ちに講堂に出頭せよ。校内で隠れている者を見つけた場合は、場合によっては射殺する……。

「ど、どどどどどど、どうするの〜!? テ、テテテテ、テロリストだよぉ、殺されちゃうよぉ!」
「落ち着いて! 落ち着くんだ、マサオくん! こういう場合は落ち着いてっ、慎重に考えれば最適な結論が出るはず……」
「落ち着いてる場合じゃないでしょ!? あたしたち今命の危機に晒されてるのよ!?」
「ぼっ、僕たち、死んじゃうの? やだよぉ、そんなのっ!」
 ぎゃんぎゃん喚いてなんとか精神の平衡を取ろうとする三人。そんなことをしてもなんの意味もないとはわかっているものの、この状況ではそうせずにはいられないのだろう。
 ボーちゃんも喚いてこそいないものの沈痛な面持ちで、何事か考えているようだ。
 そんな中、しんのすけだけがいつもと同じだった。
「風間くん、風間くん。これあげる」
「なんだよこんな時に! ……って、なんだこれ? 丸めたハンカチ……って、うっ、臭っ! なんだよこれ!?」
「オラのお屁。さっきものすごく見事なすかしっ屁ができたから記念に取っておいたの」
 バシッ。風間くんはそのハンカチを思いきり床に叩きつけて憤怒の形相でしんのすけの胸倉をつかんでがくがく揺らしながら怒鳴った。
「しんのすけぇっ! お、お、おまえって奴は、状況を考えるっていうことをしたことがないのかーっ!」
「風間くんの殺伐とした気持ちを和ませてあげようと思ったのに」
「和むか!」
「やれやれ、わがままだなぁ」
 しんのすけは『はーやれやれこいつにも困ったもんだぜ』みたいな顔で肩をすくめて首を振ると、みんなの白い視線を浴びながらひとつうなずき、あっさり言った。
「みんな落ち着いたことだし。そろそろ行きますか」
「へ? ……行くって、どこに?」
「『オカマのお豆』をやっつけに」
「オカマ……? って、もしかして『釜のお米』のこと?」
「そうとも言う」
「な、な、な………なに言ってるんだお前は―――っ!」
 風間くんが再び胸倉を引っつかんでがっくんがっくん揺らす。
「僕たちはごく普通の高校生なんだぞっ! 警察でも自衛隊でも特殊コマンドーでもないんだ! そんな僕らがテロリストに対抗できるわけないだろっ!」
「そうだよしんちゃん! ねぇ、やっぱり僕たち早く講堂に行った方がいいんじゃないかなぁ。こんなところテロリストの人たちに見つかったら殺されちゃうよ」
「……それ、やめた方がいい」
 ふいにボーちゃんがぼそっと言った。
「ど、どうして?」
「……テロリストに、殺されるかも」
「…………? なんで?」
 きょとんとした風間くんとマサオくんに、ふいにネネちゃんが声を上げた。
「そうよ。考えてみればあいつらの言いなりになってれば殺されないなんていう保証どこにもないじゃない。ていうか、人質になったら交渉がうまくいかないとか見せしめとかの理由であっさり殺されちゃうかもしれないのよ!」
「ええっ!?」
 悲鳴を上げるマサオくん。風間くんも言われてはっとしたように考えこむ。
「そうか……言われてみれば、その通りだ。というより、わずか五十人の命と引き換えに内務大臣と国会議員全員の身柄を引き渡せなんて要求飲めるわけないんだから、交渉は難航するだろう……あんなむちゃくちゃな要求するテロリストたちだ、頭に血が上って人質を殺す率は極めて高い!」
「えええっ!?」
「なるほどなるほど」
「しんのすけ……お前、わかって言ってたんじゃないのか!?」
「とにかく……テロリストたちに言われた通りに動くのはまずいかも。どこか隠れる場所があればいいんだけど……」
「それなら……剣道場とかいいんじゃないかな。あそこは中から鍵がかかるし、ここからも講堂の近くを通らずに行けるし……剣道場の鍵は生徒が管理してるから、たぶん開いてると思う」
「ほうほう。つまり、敵に対抗する武器を手に入れに行くわけですな?」
「違う! お前何考えてるんだよ!」
「出ることも入ることもできない建物で敵と戦うって、ダイガードだなーって」
「ダイガードはロボットアニメ! それを言うならダイハード! しかもどっちも微妙に古い!」
「風間くんよく知ってますなぁ。さすが隠れおたく」
「違ぁぁぁぁうっ! ぼくはただ……」
「……あんまり騒ぐと、危ない」
「あ」
「だめだよ風間くん、気をつけなくちゃ」
「お前がっ……! 言うな!(小声)」
 そんなやり取りのあと全員で協議して、とりあえず剣道場に行って立て篭もることに決定した。

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