親父にも後ろ回し蹴られたことないのにっ!
 剣道場は幸い鍵が開いていた。開けた剣道部員はそのまま講堂に向かったのだろう。
「まさおくん、靴脱いだままにしてちゃダメだよ」
「え、なんで?」
「まさおくん……バッカじゃないの!? これから剣道場の中に入って鍵閉めるんだから、靴を残しておいたらあたしたちが中にいるのバレバレじゃない!」
「あ、そっか! ごめんね、みんな……」
「うむ。これからは気をつけるのですぞ」
「とか言いながら靴を残していくなこの大たわけーっ!」
「……あんまり大きい声出すと、見つかる」
「ご、ごめんボーちゃん」
「やれやれ、まったく風間くんにも困ったもんですなぁ」
「お前な……!」
 などと騒ぎつつも、全員素早く靴を持って剣道場の中に入り、風間くんが鍵を閉めた。ガチャッ、という重々しい音に、しんのすけをのぞく全員がようやく安心したように息をつく。
「……これで、当面は安心だね」
「でも、いつまで隠れてればいいのかなぁ」
「テロリストたちが排除されるまで、今までの例だと最低でも数日はかかるから……そのくらいだね……」
「えぇっ!? じゃあその間のご飯やなんかは!?」
「……我慢するしか、ないんじゃないかな………」
『えぇ〜っ!?』
 しんのすけ、まさおくん、ネネちゃんが揃って声を上げた。
「そんなぁ〜っ! 何日もご飯食べられなかったら死んじゃうよぉっ!」
「あたしいやよそんなの! 誰か決死隊になって食料調達してきてよ!」
「そうだそうだ! 調達してこい風間くん!」
「なんで僕なんだよ!」
「なんとなく」
「なんとなくで他人に命かけさせるなぁぁっ!!」
「静かに!」
 ボーちゃんがめったに聞かないほど鋭い声で叫んだのに、他の四人は思わず静まり返った。
 ボーちゃんのその声には、それこそ真剣のごとき迫力があったのだ。
「ど、どうしたの、ボーちゃん?」
「……誰か、近づいてくる」
『え!?』
 絶句する風間くん、ネネちゃん、まさおくんに剣道場入り口から離れるよう手で指示して、ボーちゃんは入り口の脇に立った。ちなみにしんのすけはいつものごとく飄々とした顔でボーちゃんの後ろに立っている。
 確かに、音が聞こえた。足音、トランシーバーの雑音、そして話し声が扉脇の通風孔を通して聞こえてくる。
『………剣道場から物音。生徒のものと思われます………』
『………了解。これより確認します………』
 コツ、コツ、コツ。靴が床を叩く冷たい音が響いてくる。
 風間くんたちは恐怖に声もなく、固まりながらその音を聞いた。音はどんどん近づいてきて、剣道場の入り口の前で止まった。
 ガチャ、ガチャ。数度鍵のかかった入り口の扉をいじくる音。
 鍵かかってるんだよ開かないんだよ諦めてくれ頼むから、と内心必死に願う。しばし間があって、諦めてくれたのか、とほっとしかけた頃――
 バババ!!!
 短く、そしてとんでもなく大きい、体の芯に響く音。それが銃声で、銃で鍵を吹っ飛ばしたのだと気づいたのは扉が開き始めてからだった。
 ガラ、ガラガラ。扉が勢いよく開いていく――
 恐怖と緊張で風間くんが気絶しかかったその瞬間、ボーちゃんは素早く動いた。
 雷光の、と言っても過言ではないと風間くんには思えるほどの速さで、だっと踏み込み扉から顔を出した男に痛烈な後ろ回し蹴りを放つ。それは見事に頭に命中し、男は文字通り吹っ飛んだ。
 ボーちゃんの動きはそれだけでは終わらなかった。大きく開け放たれた扉から、後方に待機していた銃を構えた男に向けて迅雷の動きで疾走する。
 男は慌てて銃を撃とうとするが、この距離では男が引き金を引くよりボーちゃんが踏み込む方が早かった。距離を一mよりさらに縮め、ドスッと膝蹴りを腹に放ち、耐えられずに体を折ったところで後頭部に肘打ち。
 うっ、と一声呻いて男は気絶した。
「………………」
 呆然とそれを見守る風間くんの前で、まさおくんが顔を真っ赤にして拍手していた。
「うわー、すごい、すごい、ボーちゃん、すっごーい!」
「うむうむ、いい仕事してますなぁ」
「ちょっと! そんなこと言ってないで手伝ってよ! こいつらから銃と弾奪って身ぐるみ剥いどかなきゃならないんだから……!」
 ネネちゃんはすでに身ぐるみを剥ぎ始めている。「ほーい」と返事をしてしんのすけがそれを手伝い始めた。
 あとに続こうとするまさおくんに、風間くんは慌てて訊ねる。
「ちょっと待ってよ、まさおくん。なんでみんなボーちゃんがあんなアクション映画張りの動きをしたのに、全然冷静なの? さっきのボーちゃん、めちゃくちゃすごかったのに……」
「え、風間くん、知らないの?」
 まさおくんはきょとんとした。
「ボーちゃんって、中学の時に空手で全国優勝してるんだよ」
「………本気で?」
「うん。それだけじゃなくて少林寺やテコンドーや、古武術もやってるって言ったかな。将来はK-1格闘家になるんじゃないかって言われてるくらいめちゃくちゃ強いんだから」
「…………」
 幼馴染みの思ってもみなかった特技に呆然とする風間くん。
「僕たちは中学の頃からボーちゃんが活躍するところ見てるからそんなには驚かなかったけど、やっぱりボーちゃんってテロリストよりも強いんだね! ホントすごいよ、ねぇ風間くん?」
「………そうだね………」
「ほら二人とも! 話してないで手動かしてよ!」
 てきぱきと二人の男の身ぐるみを剥ぎながらネネちゃんが怒鳴る。
「ちょ、ちょっと……ネネちゃん、身ぐるみ剥いでどうする気?」
「どうもこうも、武器はないよりあった方がいいでしょ。いつまでもここにはいられないんだから」
「え……」
「そうだねっ、剣道場って連絡してたもんね。いつまでも帰ってこなかったらこっちにいっぱい兵隊差し向けてくるかも……」
「だから銃とかトランシーバーとか持っていくのよ。ほら手伝って!」
 切り替えの早い女、ネネちゃんに叱咤され、風間くんはようやく手伝いに動き出した。

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