武装ファイヤー!
 テロリストを二人ともひん剥いてなぜかネネちゃんが持っていた縄で縛り上げ、剣道場部室へ放り込み。
 武装の配分は迷ったが、結局風間くんとネネちゃんが銃を、まさおくんはトランシーバーを持つことに決めた。ボーちゃんは素手でも充分強そうだし、しんのすけは剣道場から木刀を持っていくと言ったからだ。
「木刀って……銃相手に木刀で渡りあうつもりか? 無茶なことするなよ、本気で死ぬぞ?」
「大丈夫ダゾ、オラはこう見えてもむがいりゅーの免許皆伝なんだゾ。たぶん」
「たぶんってなんだっ、たぶんで命かけるなこの大馬鹿者ーっ!」
「風間くんったらそんなにオラのことを心配して……やっぱりオラのこと愛してくれていたのね」
「気色悪い声を出すなあぁぁ!」
「ちょっと! 風間くん、大声出さないでよ! 気づかれるでしょ!」
「ご、ごめん……」
「はーやれやれ、本当に風間くんはしょうがないなぁ。これで何回目?」
「その全ての理由を作っている奴が偉そうにっ……!」
「風間くん!」
「ごめん……」
 などといつものごとく騒ぎながら移動する。テロリストに見つかれば命の危険があるというのに、喉元過ぎれば熱かったことすら忘れてあっさりマイペースを取り戻す五人なのだった。
「でも……これからどうしようか」
 まさおくんがふいに言った一言に、全員顔を見合わせる。
「どうしようって……僕に聞かれても……」
「あたしみたいなか弱い女の子にテロリスト対策なんか考えられるわけないじゃない。みんなが考えてよ」
「か弱いって誰が?」
「しんちゃん……殺すわよ」
「今殺さなくてもこのままだと全員殺されちゃうよぉ……みんな死んじゃうんだ……うわはぁん!」
「そ、そんなこと言っちゃ駄目だっ! なんとか希望を持って、力を合わせないと……」
「力をあわせればどうにかなる状況、これが? もうっ、なんでこんなことになったのよっ。責任者出てこい、シメたらぁ!」
 いつのまにか廊下の真ん中で足を止めて言い合っていると――ボーちゃんが突然叫んだ。
「前に走って!」
『え?』
 しんのすけをのぞく全員がきょとんとした瞬間、ババババ! と凄まじい音がしてガラスが割れた。
「早く!」
 わけがわからず呆然とする三人を、ボーちゃんとしんのすけが引っ張って廊下の曲がり角に連れ込んだ。ふぅ、と息をつくボーちゃん。
「え……ボーちゃん、なに?」
 風間くんの問いに答えが返ってくるよりも早く、またババババ! という音がして今度は廊下の奥の扉のガラスが割れる。なにか小さなものを高速で何個も投げつけられたように、粉々に。
 それを認識してざーっと顔から血の気を引かせ、風間くんはおそるおそる聞いた。
「も……もしかして、またテロリストに見つかった、ってことかな………?」
「もしかしてもなにも、それ以外のなんだってのよ」
 へっ、と吐き捨てるように言うネネちゃんに、まさおくんが泣き喚く。
「うわぁん、どうしよう〜!? このままじゃまた大変なことになっちゃうよぉ!」
 テロリストたちはなぜかいっこうに近寄ってこようとしない。散発的に銃を撃ってくるだけだ。
 しかしこちらの廊下は行き止まり、向こうが道をふさいでいる限り逃げることはできない。
「ど、どうして近寄ってこないんだろう……?」
「……まさおくん。トランシーバーのスイッチ入れて」
「え? う、うん」
 慌ててスイッチを入れたトランシーバーからは、落ち着いているがどこかイっちゃってる感じの男の声が聞こえてくる。
『……繰り返す、F〜M班は二階廊下奥に急行しろ。紛れ込んだネズミを早く狩り出せ。繰り返す……』
「……二階廊下奥、って、ここのことだよね」
「ネズミ、って……僕たちのこと?」
「ネズミなんてひどいぞ! せめてゴキブリと言ってくれなくちゃあ」
「そっちの方がもっとひどいだろーっ! そうじゃなくて……!」
「あたしたちのためにいくつも部隊が送られてるってこと!? なんで!?」
 騒ぐみんなを見ながら、ボーちゃんは少し瞑目して言った。
「……さっきの二人を倒したのを、警戒されてるんだと思う」
『えぇぇぇ!?』
「あの二人あれだけ厳重に縛ってやったのに逃げ出したの!?」
「連絡が入らなくなったから、倒されたと判断したんだと思う」
「そんなぁっ! こっちは普通の高校生なのに!」
「そんなこと言ってる場合!? とりあえず今撃ってる二人をなんとかしなきゃ、本当に殺されちゃう………!」
 ネネちゃんはぎゅっと唇を噛んで、銃の引き金に指をかけた。
「ね、ネネちゃん! 本気で銃撃つつもり!?」
「なに言ってんのそれ以外に方法ないでしょ! ……あれ? あれ……なんで引き金が引けないのよ!?」
「……安全装置がかかってるんだと思う。それを解除しないと引き金は引けない」
「……どうやったら解除できるの?」
「……さぁ………」
 沈黙。ネネちゃんのこめかみにびしっと青筋が立ち、ネネちゃんはぐっと銃を握って――曲がり角から飛び出した。
「ネネちゃんっ!?」
 もちろん相手は銃を撃っていない時だったが、それでも風間くんは慌てて引きずり戻そうと廊下に飛び出す――だがそれより早く、ネネちゃんは大きく両手を振りかぶり、銃を思いきり投げた。
「な……!?」
 渾身の力で投げられた銃は、かなりの高速で宙を飛び、二人並んで立っていたテロリストの頭に見事に命中。テロリストたちはきれいにひっくり返った。
「………銃ってこういう使い方するものじゃないと思うな……」
「うっさいわね! 役に立つんならどっちでも同じでしょ!」
 そう言いつつずかずかとテロリストに近寄り、さっきと同じようにひん剥き始めるネネちゃんを恐々見つつ、まさおくんは銃とトランシーバーを取り上げた。
「お、重い……」
「銃はこのへんに隠しておけばいいと思う。使えない武器なら持っていても意味がない」
「しんのすけ持てよ」
「えぇ〜、オラお箸より重いもの持ったことないのに〜」
「嘘だろ?」
「うん、嘘」
「いいからとっとと運べっ! 命に関わるんだぞ!」
 ピ、ガガッ。
 トランシーバーが上げた鳴き声に、全員思わずそちらを注視する。
『―――聞こえているかね、ネズミ諸君』
 さっきもトランシーバーから聞こえてきた、落ち着いているのにイっちゃってる声。
『どこにいるかは知らんが、今すぐ投降した方が身のためだぞ。こちらの人数は数十人、その全員がプロだ。君たちがプロかアマかはともかく、この人数相手に勝てるはずがない』
「もう四人も倒されちゃったのに?」
「馬鹿、しんのすけ、答えるな!」
 風間くんの叫び声にトランシーバーの向こうは一瞬しんとして、それからヤバい感じの笑い声と共に言葉が発される。
『ほほう、ネズミはどうやら複数か。だがプロではないようだ』
「オラは髪短いからすぐにすむんだゾ」
「それはブローだろ! 答えるなって言ってるだろうが!」
『……おまけに頭も悪いようだ。今すぐ投降しろ。今なら命だけは助けてやってもいい』
「とーこーしたらゆうこりんの新しいDVD買ってくれる?」
『……貴様、俺をおちょくっているのか?』
「ちょっと」
「しんのすけえぇぇぇ!」
『……しんのすけ、か。その名前、殺すまでは覚えておいてやろう』
「えー、男に名前覚えられても嬉しくないゾ」
『……A〜E班を除く全隊に通達。ネズミを全力で狩り出せ。見つけ次第射殺してかまわん!』
 言うやぶちっと通信を切られ、まさおくんは絶叫した。
「しんちゃんっ、なんであんなこと言うんだよぉっ!? 殺されちゃうよ僕たち〜!」
「しんのすけ、お前には常識ってものがないのかあぁぁぁぁっ!」
「おいどんにはちっぽけな常識などありもはんっ!」
「西郷隆盛風に胸を張ってもダメだ―――っ! ど、どうすれば、どうすればいいんだ!? この状況で生き残るには……」
「……『釜のお米』を、各個撃破するしかない」
「え?」
 ボーちゃんがその無表情な顔を厳しく、けれど凛々しく引き締めて、全員の顔を見回して言う。
「投降しても、もう四人も敵を倒した以上、許される可能性は少ない。見せしめに、殺される可能性の方が、高い」
「え……」
「そ、そうだよね、さっきもそういう話になってたんだよね」
「うんうんオラもそれが言いたかったの」
「嘘つけぇぇぇっ!」
「こうなってしまった以上、本当に、僕たちだけでなんとか脱出するなり、敵を倒すなりするしかない」
「だ、だけど、僕たちにそんなこと……」
「……やってやろうじゃないの」
 さっきからずっと黙っていたネネちゃんがぼそりと呟いた。思わずそちらを注目する男子たちの視線など無視して、ネネちゃんは怒鳴る。
「だいたい高校の入学式にやってくるテロリストってなによそれ! あたしの高校生活のっけから台無しにしてくれてどういうつもり!? あと一時間遅く来ればあたしにはなんの関わりもないことだったのにっ!」
「いや、自分の高校なんだから関わりがないとは言えないと思うけど……」
「あーもームカつくっ、ウサギがいたら殴りてぇぇぇ! みんな、なんとしてもあいつら全員ぶちのめすわよ! 春日部防衛隊、ファイヤーッ!」
『ファ、ファイヤーッ!』
 ネネちゃんの言葉にしっかり乗ってしまう、三つ子の魂百まで的にノリのいい春日部防衛隊の面々であった。

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