「アーヴィンくーん。お茶ー」
 ソファの上にごろごろと寝そべりながら言ってくる速水生徒会長に、アーヴィンドは(生徒会書記セオに議題のまとめ方について教わっていたところなので)少し困った顔をしながらもうなずいて立ち上がった。
「茶葉はなにがいいですか?」
「そーだねー、ディンブラかな。なんかあれでさっぱりしたい気分〜」
「わかりました。……ちょっと失礼します、セオ先輩」
「え、い、いえっ、お気になさらずっ」
 後輩の自分に敬語を使われても困るんだけどなぁ、と思いつつアーヴィンドはいつでもお茶が淹れられるように準備してある生徒会室のすぐ隣の給湯室へと向かった。休憩にちょうどいいタイミングなのは確かだ。生徒会長は仕事してないけど。
 お湯を沸かしながら考える。自分は本当にこんなところにいていいものだろうか。
 八百万間学園生徒会、生徒会室。成り行きと自分なりの決意をもって、自分はそこで庶務として働くことになった。
 まぁ、要は雑用係や使いっぱしりをやれということだ。しかも庶務に選ばれたのはなぜか自分一人きりなので、生徒会の仕事を教わるのも速水会長に用事を言いつけられるのも主に自分一人に集中している。
 まぁそれはともかくとしても、自分のような未熟者が本当に生徒会に入っていいものだろうか。授業と自主鍛錬だけでも正直あっぷあっぷしているというのに。
 喫茶店が開けるんじゃないかと思うほど大量に準備された茶葉の缶を取りお湯を沸かしつつ、アーヴィンドは小さくため息をついた。


「お茶淹れてまいり……」
「なんでだよーっ! 速水、お前そんなに俺らに嫌がらせしたいのかよっ!」
 生徒会を揺るがす叫び声に、アーヴィンドは一瞬びくりとしたが、声の主を見て納得する。あれは滝川陽平先輩、ロボット研究会のエースだ。また予算案のことで文句をつけにきたのだろう。
「別にぃ? 嫌がらせってわけじゃないよ、正当に活動記録を評価してるだけv」
「だっからなんで予算が20%もカットなんだよっ、俺ら対魔王戦でもすっげー活躍してるじゃん!?」
「まぁねぇ」
「そーだろっ!? うちは活動に他の部よりずーっと金がかかるんだからなっ、例年の予算でも足りないくらいだっ!」
「ふんふん、例年の予算でもねぇ……」
 速水はにこにこ微笑みながらぱんぱん。と手を叩いた。
「マリちゃーん、ロボ研の予算案見せてあげてー?」
「はい、会長」
 生徒会会計の志須田鞠絵がびらり、と一枚のグラフを取り出す。
「こちらがあなた方ロボット研究会の行った活動功績を示したグラフですわ」
「おー! やっぱ俺らすっげー活躍してんじゃん!」
「そしてこちらがあなた方ロボット研究会が日々の活動及び魔王との対戦時に破壊した建物の被害総額です」
「………へ?」
「いかに修復系の術者がいるとはいえ、大規模破壊に対応できる術者などほとんどいませんので、このうち62%の建築物は建築研究会に依頼して建て直さねばなりませんでした。その際かかった費用がこれだけで、さらに再度の結界の設置にかかった費用がこれだけ、その上に魔王を不用意な場所で倒したせいで周囲を侵した瘴気の被害総額がこれだけですから――」
「ううううううう………」
 頭からぷすんぷすん煙を立てそうな勢いで呆然とする滝川に、速水会長はにっこり笑いかける。
「そういうわけで、滝川? ロボ研の予算を増やしたいなら、とりあえず周囲の建物を壊さないように戦うことを覚えようね?」
「うううう……どちくしょー!!」
 叫んで生徒会室を飛び出ていく滝川。この一ヶ月ですっかりそういう光景にも慣れたアーヴィンドは、開けっ放しにされた生徒会室の扉をきちんと閉めた。


「でも、ロボット研究会の予算案をそんなに削って、大丈夫なんですか?」
 お茶を飲みながらアーヴィンドが訪ねると、生徒会副会長である舞先輩が(名前で呼べと言われているのだ)肩をすくめた。
「ロボ研が建築物を破壊する率が高いのは事実だ。ある程度予算案を減らさねば、他の部にもしめしがつくまい」
「ですけれど、ロボットは研究のみならず整備・維持にも相当に資金が必要になるはずですし……戦いでも主力のひとつであるロボット研究会の戦力が落ちてしまうのは学園防衛上問題があるのでは……」
「あー、それは大丈夫。ロボ研にはシスプリ≠ェいるからね」
「え、しす……?」
「シスプリ。ここにいる鞠絵ちゃんとはじめとする志須田財閥のお嬢さんたちがさ。なんのかんの名目つけて寄付金渡したり予算案ごまかしたり特許料ふんだくったり、いろいろしてくれるから」
「あの……それは学園の風紀上問題があるのでは……」
「へーきへーき、一応合法だからv」
「一応、って……」
 本当にいいのかなぁ、と思いつつ周囲を見回してみるが、副会長も会計も涼しい顔をしている。ただ書記のセオ先輩だけは泣きそうな顔でびくびくぶるぶるしていたのだが、この人に聞くのはあまりに不憫な気がしてやめておいた。


「この遺跡研究会という同好会に対する予算案、人数のわりに多すぎませんか?」
 今度は会計の方の仕事を教えてもらっている最中にアーヴィンドが言うと、鞠絵は満足げにうなずいた。
「いいところに目をつけましたわね。確かにその通りです」
「では、なぜ? それにこの遺跡研究会というのは、入学式で魔王の封印を解いてしまった葉佩という方が活動している部活でしょう。しかも部活中の活動でそうなったと聞いていますし……そのような同好会に多額の予算を与えるのはいい結果をもたらさないのでは」
「確かに普通ならそう考えるところですわね」
「え……というと、なにか普通でないことが?」
 鞠絵は手早くデータを呼び出しながら微笑む。
「これをごらんなさい。遺跡研究会のここ数年の活動事例です」
「……ほとんど月に一回の割合で魔王を出現させているじゃないですか」
「では、こちらのデータを参照してみたらどう思われます?」
「これは……対魔王戦の戦闘記録、ですよね……あ?」
 アーヴィンドは思わず目を見開いた。
「これは……遺跡研究会関係の人間が出現させた魔王だけが、明らかに、簡単に倒せている……? しかも、遺跡研究会関連で魔王が出現してからしばらく、魔王が出てきていない……」
「そう。意図的なのかどうかはいまだ不明ですが、遺跡研究会の面々は封印を解いたり魔王を召喚させてしまう際、魔王の力が削がれるようにしている節があるのです。そういった実績を残している以上、遺跡研究会にはある程度自由に活動させておく価値がある」
「つまり……遺跡研究会の活動で世界のガス抜きをさせようと?」
「その通り」
 アーヴィンドはふぅ、と息をついた。そんな考え方をしたことはなかった。先手を打って弱い魔王を出現させることで世界の安定を招く。そんな世界を操るような考え方はアーヴィンドの思考の埒外にあった。
 八百万間学園の生徒会にいる以上、こういう考え方にも慣らされざるをえないんだろうな、と思うとアーヴィンドは少しばかり気分が重くなった。


「他に予算案を見ていて気付いたことは?」
「えぇと……スポーツ系の部活は総じて低予算なのに、テニス部だけはかなり優遇されてますよね? それはやっぱり実績があるからですか?」
「もちろん。この学園では優秀な人材は基本的に戦闘系の部活に入るためスポーツ系はいまひとつ弱いのですが、テニス部だけはなぜか伝統的に強いのですわ。戦闘にも役立つほど強力な球を打てる人材もたまにいますしね」
「なるほど……あと、戦闘系の部活、ということなんですが。『勇者部』と『武術部』がツートップで、あとは基本的に小さい、という形になるんでしょうか?」
「ええ。対魔王戦闘における戦力はその二つの部、そして花形のロボット研究会が主軸になっています。いくつか部を掛け持ちしている生徒も多いのですが、戦力になるような生徒はその三つのうちどれかに入っているのが普通ですわ」
 勇者部とはその名の通り勇者を育成するための部活だ。八百万間学園がそもそも勇者育成をスローガンに掲げる学校なのだが、授業だけでは物足りなかったり余暇のすべてを修練に費やしたいと思うような生徒はそこに入る。ただ、勇者部ではパーティ単位で活動することが求められるため、団体行動を好まない生徒や戦闘の技術的な側面を重視する生徒は武術部に入るのだと部活動オリエンテーションで教わった。
 今のところアーヴィンドはどの部活にも入っていない。生徒会に入ると決めた以上余所見をするのはよくないのではと思ったせいと、まだ学校にも慣れていないのに生徒会に部活動も加わったらきちんとこなす自信がないせいもあった。
「アーヴィンくんもその三つのうちのどれか入っといた方がいいかもねー。生徒会役員にはコネ作りも大切な仕事だよ」
「え、みなさんも部活入ってらっしゃるんですか?」
「まぁね〜。僕はロボ研と戦術研究会」
「私はそれに加えて数学研究会にも入っている」
「わたくしはロボ研と経済研究会に」
「えと、あの、俺は、その」
「勇者部だよねー? 体育のラグ先生やロン先生ともパーティ組んでる、勇者部期待のホープ!」
「えっ、いえっ、ちがっ、俺そんなホープなんていわれるほどのことは本当に全然……ごめんなさい……」
「セオ先輩、落ち着いてください」
 涙ぐむセオをなだめながら、アーヴィンドは自分が入るとしたらどこだろうと考えていた。


「しっかし、暇だよねー」
 ふあー、とソファに寝転がりながらあくびをする速水に、舞は冷たい視線を浴びせた。
「暇なら学校の見回りでもしてくるがよい。お前の分の仕事はアーヴィンドの分の仕事が終わるまでないようなものだからな」
「すいません、僕の仕事が遅いせいで……」
 思わず落ち込んだ顔を見せると、速水はふっと笑って扇子を広げてみせる。
「そーいう風に気ばっか遣ってると人生楽しめないよ〜? このガッコでやってくにはある程度の鈍感力も必要だって。セオくん見てればわかるでしょ?」
「う……」
「ご、ごめ、ごめんな、さいっ、俺が、教えるの下手だから、アーヴィンドくんやっ、会長にまで、迷惑かけちゃってっ……」
 涙ながらに言うセオに、アーヴィンドは苦笑した。確かに、この人を見ていると細かいことにこだわるのが馬鹿馬鹿しく思えてくるというのはあるかもしれない。
「まぁ、会長はどうせいつものごとく差し入れを待っているのでしょう?」
「さぁ、どうかな〜?」
 差し入れか、とアーヴィンドはここ一ヶ月出された差し入れを思い出す。宮廷料理人でもここまではできないだろうというほど精緻な芸術品のようなケーキから、単純素朴でも料理する際のすべてに最大限神経が行き届いている玄米おにぎりまで、スイーツから軽食までバラエティ豊かでどれをとってもおいしい差し入れ。
 それを生徒会の労をねぎらうためという名目で、午後のお茶の時間に前後して家庭科の先生兼学生食堂の料理人箕輪祐とその弟子たちが届けてくれるのだ。最初は戸惑っていたが、今ではもうすっかり慣れた。箕輪や他の弟子たちの都合も考慮して余裕のある時にだけ、ということだし。
「速水さーん!」
 ばーん、と扉が開いて小さな人影がちょこちょこと中に入ってくる。グランバニアの王子・王女にして初等部生徒会会長・副会長、セデルリーヴ王子とルビアレーナ王女だ。後ろからラインハットの王子にして初等部生徒会会計、コリンズも入ってくる。
「おー、初等部生徒会役員がお揃いで」
「どうした、お前たち。初等部の方でなにかあったか?」
「ううんっ、そうじゃなくてね。一緒に箕輪先生の差し入れ食べようって思って!」
「今日は書記の子がいないから……」
「先生に聞いたらあんたらと一緒だったら一緒に作ってくれるっていうからさ」
「ふーん……そっか。ま、いいタイミングかな」
「え、なにが?」
「ううん、こっちの話〜♪」


「お、みんな揃ってるね!」
 生徒会室の扉が開き、ワゴンを押す箕輪とその弟子が入ってきた。
「おっ、待ってました!」
「今日のメニューは点心だよ。熱いうちに食べてね?」
『はーい!』
「ほら、ライくん。配って」
「わかってるよっ」
 ライ――学生食堂の料理人兼調理部&武術部に所属する中等部の生徒で、箕輪の弟子ということになっている少年は仏頂面で言った。学生食堂ではいつもにこにこ愛想がいいのになぜこういう時は仏頂面なのか最初は不思議だったが、なんでも箕輪に対する対抗心のためらしい。
 ライには師匠と呼ぶべき人がすでに存在していたため、この学園に来てから知り合い、こてんぱんに打ち負かされた箕輪に対しては素直に師匠と敬うことができず、『味を盗んでやる!』などとついつい喧嘩腰に接してしまうのだそうだ。そのくせ箕輪が料理をする時はいつも一緒にやって技術を学び、『三歩退がって師の影を踏まず』を実践しているくらい尊敬しているのだから、実際この少年は素直ではない。
 箕輪はその初等部の生徒のような顔と体でいつもにこにこ微笑んでいるので内心は窺い知れないが、その驚異的な料理を作る早さで下ごしらえから仕上げまで全部一人で普通よりはるかに早くできてしまうのに、ライ他数人の弟子にだけは同じ厨房で仕事をすることを許しているというあたり、やはり数少ない弟子として認めてはいるのだと思う。
「じゃ、いっただっきまーす!」
 セデル初等部会長(同じ生徒として扱えといわれているのだから名前で呼ぶしかないが、侯爵家の跡継ぎとしての教育を受けてきたアーヴィンドには、やはり王子を呼び捨てるのには抵抗があった)が元気に嬉しげに歓声を上げ、ぱくりと小籠包を口の中に放り込む。
「あふっ、あひっ、おいひいよ、箕輪先生、ライさん!」
「ありがとう」
「そっか……へへっ」
 ルビア初等部副会長はお茶を飲みつつ桃包に小さく口を開けてかぶりつき、コリンズは芝麻球をぱくつく。速水も杏仁豆腐を口の中に含み、舞も鞠絵も蛋撻やら薩奇馬やらを口に運んでほう、とため息をついている。セオは周囲を見渡して全員が食べているのを確認してから、ほっとしたように馬拉を口に運んだ。
 アーヴィンドも(本来なら一番下っ端の自分が一番最後に食べるべきなのだろうが、そうするとセオがいつまで経っても食べてくれないので)図々しくならない程度に月餅にかぶりつく。そしてその芳醇な甘みと絶妙な歯ごたえ、鼻がすっきりするような香ばしさにしばし唸った。
 いつも思うことだが、これほどまでにおいしい食事は貴族の子息として人よりはるかに贅沢な食事をしてきたであろうアーヴィンドでも味わったことがない。これほどの技術を持っているとは、やはり八百万間学園はどこをとっても並みではないなと思った。


 と、ふいにがたん、と窓が開いた。
「?」
 風かな、と思って閉めようと立ち上がる。が、それより早く窓からぎゅごるるるるると音を立てて黒い影が入ってきた。圧倒的な質量を感じさせる、黒い影。
 その影は窓際でぎゅごるるると人の形を取った。影のような、けれど明確な質感と迫力を持った姿で、優雅にこちらに一礼する。
『やぁやぁ八百万間学園生徒会の諸君。お会いできて光栄だ』
「やぁやぁ窓から入ってくる礼儀知らずさん。一応氏素性を聞いておこうか?」
 冷静な顔で微笑む速水に、黒い影はふっと笑い声を立てた。
『我は影を支配する魔王、ナゥラトゥーラ。魔王の宿敵である八百万間学園の中枢である諸君らを殺し、世界を我が手につかんでみせよう』
「ふーん? で、どうやって僕たちを殺すつもり?」
『我が力をもってすれば、単体ではさして戦闘能力も高くない貴様らなど、恐るるに足りんわ!』
 ナゥラトゥーラの体から、何本もの黒い瘴気に満ちた触手がドリルのように回転しながら伸びだす――


 が、それは途中で止まった。
『!?』
「悪いけど、そーいうわけにはいかないんだよねー」
 がっし、といつの間にかナゥラトゥーラの背後に立っていた男子生徒が、ナゥラトゥーラの体をつかんでいるのだ。勇者部のエースでトロデーン王国王女ミーティアの護衛でもある近衛兵、ユルトだとアーヴィンドは気づいた。
「いちおー僕もこの学校の生徒だし、生徒会長を殺されるとちょっと困るし。それにここで一働きすれば、勇者部の予算さらにプラスしてくれるって会長言ってるし、ね!」
 ぐいん、と凄まじい剛力でナゥラトゥーラをぶん投げる。ナゥラトゥーラは悲鳴を上げながら生徒会室の窓から中庭に落ちた。
「ついでに追い討ちっ!」
 ユルトが剣を抜き、ふわりと宙を飛んでナゥラトゥーラに剣を突き立てた。ナゥラトゥーラは『ぐあぁぁぁ!』と呻いてうごめき、逃げ出す。だが中庭は生徒たちの憩いの場、すなわちこの学園では戦力になる人間がごろごろしている場所ということなのだ。
「あ、魔王だ! 魔王がいたっ! よーしくらえ秘剣・斬絶月!」
「ドラゴンフレア!」
「秘拳・五龍殺!」
「秘拳・黄龍!」
 部屋の中にいた面々も、窓から身を乗り出して攻撃を開始する。
「こんの野郎、人がもの食ってる時に攻めてくるなんざどーいう神経してんだ! ぶっ倒す! おらぁっ!」
 ライが持っていた巨大な光線銃(プラズマブラストというそうな)を抜き瞬時に連打した。ナゥラトゥーラはその膨大なエネルギーに『ぎゃあぁぁ!』と悲鳴を上げる。
「ボクもやるぞっ! ギガデイーン!」
「イオナズン!」
 グランバニアの王子王女たちも呪文でナゥラトゥーラを攻撃する。さらに、箕輪もため息をつきながらではあるが、ライの横に進み出る。
「あんまりやりたくはない、やりたくはないんだけど……生徒たちを守るのも僕の仕事だし。なにより……」
 ぎらり、と瞳を輝かせてくるりと舞い、箕輪はその姿を変えた。肌は赤銅色に、髪も伸びて金色に、右手には包丁体には布とインド風のきらきらしい衣装がどこからともなく現れる。
「思いをこめて作った料理を台無しにされるようなことは、断じて許すわけにはいかない!」
 そう叫び、なにか薬のようなものを口に含むと――
「辛―――――ッ!!!」
 口から業火を吐き出した。その業火は一直線にナゥラトゥーラへと突き進み、ナゥラトゥーラを包み込んで焼く。
『ぐぎゃあぁぁぁぁぁっ!!』
 それがとどめになって、ナゥラトゥーラはあっさりと滅びた。


「うんうん、やっぱり箕輪先生の作った大根餅は最高だね!」
「そう? ありがとう」
「この肉まんもうまいよ! 皮がもちもちで中の肉は汁気たっぷりで」
「ナップ、これは肉まんというよりむしろ包子というべきだろう?」
「いちいちるっせぇな、食いもんにいちいち注釈つけんなよ鬱陶しい……はぐはぐ」
「澳継、ものを食いながら喋るな。……しかし実際さすがですね師匠、この技。以前よりさらに冴え渡っている。ライも腕を上げたな? この葱油餅、お前の作ったものだろう」
「ついでみたいに言うなよな。そりゃ、俺は先生に比べりゃまだまだ、だけどさ……」
 ナゥラトゥーラを倒すのに協力してくれた生徒たちも招待してのお茶会。生徒会役員たちも混じりながら喋っている中、アーヴィンドはこっそり速水に近寄り囁き声で訊ねた。
「会長。もしかして、あなたは今日ここに魔王が攻めてくることを知っていらしたんじゃないですか?」
「んー、なんでー?」
 速水は笑顔でプーアル茶を優雅に口に運びながら答える。
「知らなければ勇者部のエース、ユルトさんをわざわざ生徒会準備室に待機させておくようなことはしないでしょう。セデル初等部会長とルビア初等部副会長がやってきたことを幸運だというようなこともおっしゃっていましたし」
「ふーん。じゃあさ、どうやって僕は魔王が今日ここに来ることを知ったの? 僕が実は魔王たちに通じる情報網を持っているとでも?」
「そういうわけでは、ないですけど……」
 ただ、どうしても気になったのだ。速水会長がなにを考えているのか、なにか隠しているのではないかと。
「でも、実際無用心だよねぇ、君も。そーいうことは本人に聞く前に証拠固めをしておくのが必須じゃない? いっくら周りに人がいるからって、逆切れされて攻撃される可能性とか証拠固めする前に闇討ちされる可能性とか考えなかったの?」
「な」
 にぃ、と唇の両端を吊り上げて邪悪に笑んだ速水会長は、一転して明るい笑顔で言った。
「じょーだん、じょーだんだってv 僕がそんな悪いことするわけないでしょ? んもう騙されやすいんだからアーヴィンくんはv」
「……は」
「そもそもそんなことする意味ないしね」
 あったらやるのか。
 笑えないアーヴィンドに、速水は涼やかな笑顔のまま語りかけるように囁く。
「まぁ、僕は別に大したことをしたわけでもないし知ってるわけでもないよ。ただ魔王出現の統計を調べてそろそろここの近所にちょい弱めの魔王が出るなと予測したり、その時期に合わせて学園の結界がほころびているのを知っていながら補修命令を出さなかったり、むしろ生徒会室へ直通の抜け穴を作らせてみたりとかぐらいのことはできたかもしれないけどね?」
「……速水会長……」
「もちろん、これも冗談だよ、アーヴィンくん? 八百万間学園の生徒会長ともなれば、虚実清濁併せ呑むぐらいの気持ちはいつだって持っていないとね?」
 そうにっこり笑って、速水は愛玉子をつるりと飲んだ。
 ――八百万間生徒会の日常とは、おおむねこんな感じにすぎてゆくのだった。

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