「チキチキ! 梅雨時恒例、大麻雀大会〜!」
 どんどんぱふぱふ、とにぎやかしを行う談話室(これがまた呆れるくらい広いのだ)に集まった生徒たちに、アーヴィンドは頭がくらくらするのを覚えた。
「速水会長……なんなんですか、これは?」
「え? 今言ったでしょ、チキチキ梅雨時恒例大麻雀大会v」
 速水はにっこり笑ってウインクする。そういう答えを求めているのではないのだが、と思いつつもついついどうでもいいことを聞いてしまった。
「恒例、なんですか?」
「そ! 僕が一年の時に始まったんだけどね。梅雨時って外に出れないこと多いでしょ? だからみんなで麻雀して憂さを晴らしちゃおう! って企画なんだv 優勝者には豪華商品が! 学校の方にも認可されてる公式生徒会行事なんだよ?」
「だって……学生ですよ、僕たちは?」
「んもー固いこと言わないのっ。お金賭けてないんだからいいでしょー?」
「でも、風紀上問題が……」
「いまさらいまさら。寮内で一番多い娯楽って、麻雀じゃん」
「…………」
 アーヴィンドは沈黙した。確かにその通りだし、違法だということも知っているはずなのに賭け麻雀が行われていることも知っている。
「とりあえず、最初は見学しててよ。予定通り受け持ちで半荘終わったところは点数の集計お願い。交代してまた半荘やるからね」
 アーヴィンドは小さくため息をついて、うなずいた。なんだか最近日に日に流される回数が増えているような気がする。


「純チャン三色ドラ1! ハネマンっ!」
 ターン、と麻雀牌を雀卓に叩きつけて、九龍は叫んだ。その声に同じ卓についていた生徒たちはいっせいに呻き声を上げる。
「おいーマジかよっ、お前何回上がってんだよっ」
「これでもー四本場だぞっ。いい加減他に親回しやがれ」
「いやいやなにを言ってるんだい諸君。これは勝負だよ? 勝負に手抜きがあっちゃあ問題じゃないか。……っつーわっけで親になりたいんだったら俺を倒してからにしなっ」
「マジかよ〜……」
 別の卓でも似たような光景が繰り広げられていた。
「ツモ、ホンイツっ!」
「げ、マジ〜!?」
「ユルトてめーそんな初心な顔してやりこんでんじゃんかよ、麻雀」
「誰もやってないなんて言ってないじゃん。姫が好きでさー、つき合わされたんだよね。最初は城の兵士の先輩に教えてもらったんだけど」
「ロン、チートイドラ2!」
「クソ、やられた。つか兄一、お前なんで金持ちのくせにそんな強いんだよ!?」
「誰が金持ちだ。生活費だけでもアップアップしてるんだぞ。母さんに仕込まれたんだよ、社会に出た時絶対役立つとか言って。今のところこーいうところでしか役に立ってないけどな……」
 それぞれの卓でそれぞれの戦いが繰り広げられている。しかし仮にも勇者を育成する学校の生徒ともあろうものが土曜の休日を潰してまでこんな自堕落な遊びをしていていいものだろうか。アーヴィンドとしてはついついため息をついてしまう。
 と、ふいに少し先から喚声が上がった。喚声というか、むしろ絶叫に近い。
 滝川先輩の声だ、とアーヴィンドは気付き、その卓が自分の受け持ちであることにも気付くと、小さく息を吸い込んでからそちらに向かった。


「どうかなさったんですか?」
「どーしたもこーしたもねーよっ!」
 滝川が絶叫してアーヴィンドの胸倉をすがるようにつかむ。同じ卓を囲んでいるのは、なぜか撃沈している男子生徒二人と、それから――
「……って、なんでセデル初等部生徒会長がここにっ!?」
 思わず叫んでしまったアーヴィンドに、滝川があ、まずった、とでも言いたげな少しばつの悪い顔で言う。
「いやさ、セデルがどっからか聞きつけてきて参加したいっつーからさ。速水もいいっつったんだぜ? 飛び入りゲストは大会を盛り上げるとかつってさ」
「そういう問題じゃないでしょう! セデル初等部生徒会長はまだ小学生なんですよ、そんな子供に賭博を教えていいと思って」
「だ、だって金賭けてねーじゃん……」
「本来金をかける遊戯であることには違いないでしょう!」
「……アーヴィンさん、そんなにボクが参加するの嫌?」
 悲しそうな瞳で見つめられ、アーヴィンドはう、と言葉に詰まった。
「そういう問題ではなく、セデル初等部生徒会長の教育上問題があると……陛下はご存知なんですか?」
「お父さん? うん、知ってるよ! ボクちゃんとまーじゃん大会に参加してくるって言ってきたもん! ボクがやってみたいって言ったらそれも経験だろうねって言ってくれたよ! なんか拳押さえながらふるふるしてたけど」
 アーヴィンドは額を押さえた。
「セデル初等部生徒会長、正直僕もセデル初等部生徒会長にはまだこういう遊びは早すぎると……」
「ねぇ、アーヴィンさん、なんでわざわざボクの名前呼ぶ時に初等部生徒会長ってつけるの? 呼び捨てでいいよー、いちいち役職名つけるの面倒じゃない?」
「……ですがそれは」
 曲がりなりにもグランバニアの一貴族として、と言うべきかどうか逡巡するアーヴィンドに、セデルはにっこりと笑いかける。
「それにボク、アーヴィンさんに普通に名前呼んでほしいよ。役職名つきだとすごく遠慮されてる気がするんだもん」
「う……」
 口ごもるアーヴィンドを、セデルはあくまで純真な瞳で見上げる。
「普通に呼んで? ボク、アーヴィンさんと普通に仲良くなりたいよ……」
 少し寂しそうに言われ、アーヴィンドは陥落した。こんないとけない子供にここまで言われてあくまで形式を押し通すのは、まるで自分が人でなしのような気がしてしまう。自分がどうしても王子たちに壁を作ってしまいがちなのは確かなのだ。自分だってこの学園の中では貴族の身分で話をしたくないと思っている、ならばセデルも同じでも少しもおかしくない。
 滝川たちの視線が痛くなってきていることもあり、アーヴィンドは申し訳ない気分になりながら頭を下げた。
「申し訳ありません、セデル……さん。これからはできるだけ普通に話させていただきます」
 アーヴィンドなりの精一杯くだけた話し方だったが、セデルはむーっと顔を膨らませる。
「敬語やめてってば」
「そ……それは、その、おいおい。……すいません、急に頭を切り替えられないみたいです」


「それで、いったいなにがあったんですか?」
「あー、そうそうっ、聞いてくれよっ!」
 滝川が泣きそうな顔になってまたアーヴィンドの胸の辺りをきゅっと握る。
「こいつ、セデル! のっけから親になって、しかも天和出しやがったんだよ!」
「………はぁ!?」
 アーヴィンドは絶句した。天和といえば親の時配られた牌ですでに上がっているというとんでもなく幸運でなければ見られない代物。それをいきなり?
「しかもそんだけじゃねぇんだぜっ、こいつさっき地和出しやがったんだよ! 天和と地和が半荘で出るなんて、明らかにおかしいだろっ!?」
「はぁぁ!?」
「信じらんねぇだろっ、もーハコだよハコっ」
「えへへー、点いっぱいもらっちゃったんだっ。ボクって麻雀の才能あるのかな?」
「ざけんなビギナーズラックだビキナーズラックっ! あと一回あるんだぞあと一回!」
 滝川のすでに悲痛な響きを持っている絶叫に、アーヴィンドは小さく息をついた。


 第一回戦は意外と長引いた。この寮にはよほど麻雀の腕の立つ人間がごろごろしているらしい。二本場三本場は当たり前、という状況に、半荘だけの一回戦に相当な時間がかかる。
 すでに開始から三時間が過ぎて、アーヴィンドも少しばかり疲れてきていた。麻雀というのは真剣にやれば見るだけでもだいぶ体力を使う。
 と、速水が自分を手招きしているのに気がついた。
「速水会長……なにか?」
「うん、そろそろ僕らの出番が来る頃だから」
「え? 出番って」
 なんなんですか、と言う前にどっひゅーん、という音がして寮の談話室最奥にあった誰も座っていない雀卓から煙と共になにかが出てきた。煙のようにたちまちそれは大きく広がって、巨大な人の姿を取る。
『わーっはははははははっ、一年ぶりだな八百万間学園の諸君!』
 その煙巨人は(ピンク色の肌のあちこちに不気味なアクセサリーがついているいかにも魔族とか魔王とかそういうものっぽい感じの髭をたくわえた男だった)足の方を雀卓に残したまま、楽しげに言う。
『今年こそは勝って、この雀卓から解放させてもらうぞ! 生徒会長よ、いざ勝負!』
「はーいはい今年の生徒会長の速水厚志様ですよー。面倒だなぁとは思うけど勝負はするから安心してね」
 速水は軽くその煙巨人に笑いかけ、くるりと後ろを振り向いた。
「とまぁ、こういうわけだから。わかるよね?」
「……もしかしてその麻雀卓に封印されている魔王と毎年麻雀勝負してるとかいうんじゃないでしょうね? それでこっちが負けたら封印が解けるとかそこからこの麻雀大会が始まったとかそういう話なんじゃないでしょうね?」
「惜しい。負けたら封印が解けるのは確かなんだけどこの麻雀大会が始まったあとから魔王がやってきたんだよ。魔王フーシンガは麻雀に惹かれるようにできてるんだって。なにせ麻雀で世界征服しようとしてるくらいだから」
「麻雀でどうやって世界征服を……」
「世の中には脱衣麻雀で世界を救った女の子もいるんだから問題はないよ」
「すいません意味がわかりません」
「ま、ともかく。今年はアーヴィンくんが担当だから、頑張ってね?」
「え? ……担当って、なんのですか」
 速水はにっこり笑って言い放った。
「フーシンガとの麻雀対戦!」
「……えぇ!?」
 律儀に驚きつつも、アーヴィンドは内心ため息をつきつつ思っていた。やっぱり、そういう展開か。


 アーヴィンド以外に卓を囲むのは、中等部テニス部のスーパールーキーの一人、赤月隼人と勇者部の中でもエース級の生徒、ユーリルだった。どちらも自分の得意分野ではすこぶるつきに優秀だとアーヴィンドは知っているが、こういった勝負に向いているかどうかと聞かれると、うーんと首を傾げたくなってしまうのも確かな相手だ。
 東場からスタートで、起家はフーガ。南家は隼人、西家はユーリル、北家がアーヴィンドとなった。フーシンガがサイコロを振り、隼人の前から牌を持っていく。
 戦いが始まった。隼人とユーリルはやや緊張気味だが、フーシンガは鼻歌交じりだ。こちらを舐めているのか、それとも純粋に麻雀を楽しんでいるのか。どちらであっても付け入る隙はある。
 アーヴィンドは自分の牌を見た。一九牌の多いチャンタ模様。字牌がまるでないこともあってホンロウトウは無理そうだが、純チャンならいけるかもしれない。
 フーシンガが牌を捨て、場が回り始めた。フーシンガの捨牌は主に萬子と筒子、基本に乗っ取って一九牌から捨てている。タンヤオ狙いだろうか、しかし曲がりなりにも麻雀で世界を征服しようとする魔王がそんな安い手で上がるとも考えにくい。
 索子は捨てていないからホンイツかチンイツか? いや、考えていてもしょうがない、まずは自分の手を作っていかなくては。
「んー……うりゃっ!」
 眉根を寄せてどちらを捨てるか悩んでいた隼人が、サンピンを捨てた。それはドラなのに、と思ったが、他人に口出しするのはこういう大会ではご法度だということくらいわきまえている。
「んっ、と……」
 ややぎこちない手つきでユーリルが牌を取ってきて捨てる。迷った時間はほとんどなかったが、その分捨牌に迷彩がまるで施されていない。筒子と索子、字牌は来た端から捨てていくので、チンイツ狙いだとすぐわかる。
 数周回ったところで、アーヴィンドは隼人とユーリルの腕をだいたい見切っていた。隼人は超のつく初心者。時々『よくわかる麻雀入門』という本を取り出して読んでいるから役を全部覚えているかすら怪しい。ユーリルもそれに毛が生えた程度のようにアーヴィンドには思えた。さすがに本は見ていないが視線が自分の手から動かない。自分の手しか見ていないのだ。それでは玄人とはさすがに思えない。
 だがフーシンガの実力は読めない。ぽんぽんとテンポよく牌を切っているし、牌を扱う手さばきに無駄がないことからそれなりにやりこんでいるだろうことはわかるのだが。
 さらに数周して、アーヴィンドはそれなりの役でテンパッた。純チャン三色単騎ドラ1。12000。イーピン待ち。すでに一個出ているが筒子は捨てている人間が二人もいるので出る可能性はそう低くないはずだ。
 リーチをしてもこれ以上役はつかないので意味はない。なのでその分警戒されにくいはず。アーヴィンドは捨牌に注意しつつ、取ってきた白牌を捨てた。
 とたん、フーシンガが自分の手を倒した。
『ロン、字一色。役満、48000』
 アーヴィンドは一瞬目の前が真っ白くなった。


 一瞬でハコテンにされたあとも、フーシンガの勢いは止まらなかった。
『ツモ、チンイツ三アンコドラ1。倍満一本場、8300オール』
『ロン、小三元三カンツホンロウトウ風牌。三倍満二本場、36600』
『ツモ、大三元。役満、16900オール』
『………………』
 次々と繰り出されるイカサマをしているとしか思えない勝ちっぷりに、卓の全員が顔面蒼白になっていた。待ちも役作りも無茶苦茶なのにどういう神の配剤かフーシンガは高得点で勝ち続けている。
 これはもう、勝てない。どうやったってここまでへこまされた後では勝ちようがない。
「あーらら、ずいぶんやられちゃってるねー」
 気楽な調子で見に来た速水に、アーヴィンドは泣きそうな瞳を向けた。
「速水会長っ……僕、僕の力じゃ……」
「会長っ、ぶっちゃけムリ! おれの腕じゃ勝てねぇって! もー解放しちゃってよくね!? おれが責任持って退治するからさ!」
「つか、考えてみたらなんで俺がこんなとこにいるんだよー!? 俺麻雀のルールもよく知らねーしただの中一のテニスプレイヤーだってのに!」
「……今頃気付いたわけ?」
「うっせぇぞリョーマっ、てめぇだって最初来た時はなんも言わなかったじゃねぇかっ!」
『くっくっく、愉快愉快。弱い敵を一方的にいたぶるのはたまらんのう。この分ならば問題なく封印を抜け出せそうだな。封印が解かれた暁には………』
 びし、と速水を指差し。
『まずは会長よ、貴様に徹マンをつきあってもらうぞ。大勝ちしてお前を支配下に置き、ゆっくりと八百万間学園、ひいては世界征服に乗り出してくれるわ!』
「だからなんで麻雀で支配とか征服とかができると……」
「まーまー。そこらへんはともかく、アーヴィンくん」
 速水はアーヴィンを軽く抱き寄せて囁いた。
「けっこう負けてるねぇ? 僕、グランバニアの麻雀打ちの中で『三倍の赤いアイツ』といわれた君の腕に期待してたんだけどな?」
「その名前で呼ぶのはやめてください……というか別に僕は麻雀のプロというわけでもなんでも」
「ひとつヒントをあげよう」
 アーヴィンドの言葉を遮って速水は言う。
「……なんですか?」
「フーシンガの名前を感じで書くとね、『風親我』になるんだよ」


 それがなにか、と言いかけてアーヴィンドは固まった。速水が試すような微笑みでこちらを見ている。
「言霊の力ってけっこう強烈だよ、特に魔王みたいなのにしてみればね。まぁ、そこらへんを考えつつちょっと頑張ってみちゃってよ」
 笑って手を振って去っていく速水をアーヴィンドは見送った。今、あの人は自分を試している。
 自分が答えを導き出せるかどうか。問題を解決する力があるかどうか。勝負が麻雀というのはこの際関係ない。これは会長から与えられた試練だ。
 それに応えられる自信なんて、正直かけらもないけれど―――
 アーヴィンドは小さく息を吸い込んだ。圧倒的に攻められてぼろぼろだった精神を必死にしゃっきりとさせる。
 やれるかどうかはわからない。だが、やってみる。そう決めたから自分はここにいるのだ――
 ぐっと握り拳を作ってから、アーヴィンドは雀卓に向き直った。


「ロンっ!」
 隼人がひどく嬉しげな声で言い自分の手を倒す。これまで一方的に取られるばかりだったのが取る立場になれたのだから当然だ。
 だが、その笑顔もアーヴィンドが計算を始めると曇ってしまった。タンヤオのみ、1000。
「あれだけ取られて千点だけかよぉー……」
「まーまー。これで親が移ったんだからこれからどんどん勝ってきゃいいじゃん」
 アーヴィンドは微笑みを浮かべてノーコメントを貫き通したが、内心では快哉を叫んでいた。隼人が勝ったのは隼人が早めにテンパッたと見た自分がどんどんと危険牌を捨てていったせいでもあるのだ。
 親を移すために。
 フーシンガは少し顔色を悪くして黙っている。もちろんそれだけでは自分の推測が当たっているかどうかは定かでないが。
 牌をかき回して、また最初から始める。牌が配られ、戦いが再会される。
 配牌を見る。いい手とは言いがたい、まとまりのない手牌。だがそれでも確率論と場の流れを読むことである程度はカバーできる。
 そして今、場の流れは自分に吹いている、かもしれない。
 牌を集め、役を作っていく。危険牌を避けながらも、時には危険を承知で一歩を踏み込む。それが勇者の、冒険者の生き方だ!
「ツモ! リーチピンフツモタンヤオドラ1、満貫! 2000、4000!」
「げ、マジかよー!」
「もー親終わりー!?」
「…………」
 フーシンガがぎろりとこちらを睨む。アーヴィンドはそれを睨み返した。自分だってなんの決心もせずこの学園にやってきたわけじゃない!
「ロン! 中風牌トイトイ三色同ポンドラ3、倍満っ!」
「ロン、リーチホンイツ」
「ロン! 小三元ホンロウトウドラ3、三倍満! 12900オール!」
 もちろん今は運が向いているだけだ。そして幸運はいつまでも続かない。
 でも幸運の女神がこちらを向いていてくれる間は、全力でその恩恵を受け取る。そしてそっぽを向かれれば早々に逃げ出す。
 そのくらいの見極めはできる。敵に幸運が向かないように向いている時間が少ないように全力を尽くし、幸運は全力で掴み取る。
 それができるのなら、自分は――
「……ロン。四暗刻、役満」
 なんにだってなれる。


「ふむふむ、ぎりぎりだったけど見事勝利したわけだね。ご苦労様」
「……はぁ、ありがとうございます……」
 アーヴィンドはよれよれになりながら頭を下げた。
 実際本当にぎりぎりの勝利だったのだ。途中でからくりに気付いて全力で追いかけたとはいえ、最初に思いきり点棒を奪い取られてしまっているから。
 フーシンガの麻雀における能力は、『場ないし自分の風と親が揃っている時における幸運』だった。あれだけ馬鹿ヅキしたのもそのおかげだ。それを速水のヒントで気付かされたアーヴィンドは、その状況を全力で早く流し、それ以外の時に点棒を奪い取る、という作戦に出た。ぎりぎりの戦いの末、フーシンガは今回も復活できず呪いの声を上げながら雀卓へ戻っていった。
 それにしたって自分にもあそこまで神がかった幸運がついていなければ勝つのは不可能だっただろうが。巻き添えを食った隼人とユーリルは見事にダブハコどころかトリプルハコを食らって撃沈したくらいだし。
 それを口にすると、速水は笑った。
「ま、ちょっと手助けしちゃったからねー」
「……え?」
「僕が後ろで見てたの、知ってるでしょ?」
「で、ですがイカサマをされた気配なんてまったく」
「僕ってとっても強運なんだよねー。その気になれば幸運の女神様もやれちゃうくらい」
 女神様って。
「なのでアーヴィンくんのうしろで勝利をちょっと願ってみたのでした。ま、今回の試験は合格だったからいいかなって。別に負けてもよかったんだけどね」
「……は?」
「まっさか僕がなんの考えもなしに魔王を解放するかもしれない戦いに君を放り込んだと思ってる? あっまーい。今回の魔王はぶっちゃけ倒そうと思えばいつでも倒せる奴なの。でも律儀に一年に一度、この時期だけ封印を破ろうとするからガス抜きにちょうどいいから放っておいてるんだよ。だから別に封印解かれちゃってもいいといえばいいんだよね」
「…………」
 アーヴィンドは襲ってくる頭痛に思わず額を押さえた。つまり、自分の必死の努力は、はっきり言って、無駄?
「でも、アーヴィンくんが負けてたら少なくとも今日の麻雀大会は無事に終われなかったのは確かだ」
「……………」
 思わず目を見開くと、速水はにっこり笑って言った。
「さ、表彰式の準備するよー。二回戦もーそろそろ終わりだからね」
「………はい」
 なんだか悔しい。こんなことで喜ぶ自分は非常にちょろい人間だという気がする。
「……そういえば、結局優勝したのは誰だったんですか?」
「ああ、滝川だよ」
「………はぁ!?」
 あの人が!? という思いをこめて目を見開くアーヴィンドに、速水は笑った。
「あいつ、あれで運いいんだよ。なにせ幸運の神様女神様がごっそりついてるからね」

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