「チキチキ! 夏の終わりの林間学校恒例肝試し大会〜!」
「会長、なんでお化けの格好してらっしゃるんですか?」
 ため息をつきながら訊ねるアーヴィンドに、速水はにっこりと答えた。
「これから僕らが生徒会の記録に残すべく肝試し大会の現場を回るからに決まってるじゃないか!」
「はぁ……で、それになぜ僕がご一緒しなければならないのでしょうか?」
「えー、アーヴィンくん僕につきあってくれないの?」
 うるるん、と目を潤ませてこちらを見つめる速水に、アーヴィンドは再度ため息をつく。
「他の生徒会役員のみなさんは……」
「あー舞は出発するのと戻ってきた人間の管理するから駄目なんだよ。マリちゃんとセオくんは参加側に回るよう僕が手配しておきました。二人とも肝試しを違う意味で楽しんでくれそうだからv」
「……僕がついていかなくとも会長は完璧に業務をこなされると思うのですが」
「そりゃ当然。でも誰か一人道連れがいないとボケもツッコミもやりがいがないでしょ? そしてできるなら相方は常識人の方が気合が入る! ってことで、アーヴィンくん一緒に行かない?」
 にっこり笑う速水に、アーヴィンは深々とため息をつき、うなずいた。
「では……ご一緒させていただきます」


「はいはいこちら第一関門、生温い風の吹く曲がり角〜。ここを通る者には魔法で作った生温くてなまぐさ〜い風が吹き付け、嫌な気分にさせると同時に明かりを消してしまいます〜」
「……会長、誰に向かって説明しているんですか?」
「ビデオの向こうの視聴者〜v」
「……はぁ」
 アーヴィンドはまたもため息をつく。道からは見えない(でもこちらからは見える)場所からこっそり道をのぞいているのだが、こんなことになんの意味があるのか正直わからない。肝試しの現場を記録に残してどうしようというのだろうか。肝試しを楽しむ人間がいるのはわかるが現場に行ってまでそんなことを記録せずとも、というかこんなことに予算が割かれる意味がわからない。
「お、来た来た来たよ〜。あれは……セオくん&天野くんペアだね。男同士ペアってたまに出るんだよねー、この学校男子の方が多いからさ。セオくんが天野くんの背中にひっついてる、わー親子みたーい」
「身長と年齢が近すぎることを無視しても順番と立場が逆だと思うのですが」
 天野はびくびくしながら周囲を見回しているセオに優しく言葉をかけながら、引っ張っていってやっているようだ。
「セオ先輩、そんなに緊張しないでください。俺、そんなにひどい人に見えますか?」
「ごめ、ちがっ、違うんです、でも俺、俺なんかが天野くんと一緒じゃ、頼りにならないし、迷惑、だって思って」
「うーん……あの、セオ先輩」
 そう天野が口を開いた時、ふわぁ、と風が吹いた。セオの持っていた蝋燭の灯りがふっと消える。
「わっ」
「!! ご、ごめ、ごめんなさ、ごめんな、ごめんなさい……! お、俺、俺なんかがこんな、蝋燭持ってたから灯り、消し、消し、消しちゃって」
「ああ、気にすることないですよ。俺、ライター持ってますから。花火に使ったのそのまま持ってたんです」
「え……」
「ちょっと待っててくださいね」
 天野はライターの火をつけ、蝋燭の灯りを点した。セオは感動したような目で天野を見る。
「天野く、すご、すごいですね……」
「敬語じゃなくて普通に話していいですよ。俺、そっちのが嬉しいです」
「で、でも」
 セオの方を向いた天野が、にこっと笑ってみせる。
「俺、セオ先輩が優しくてすっごいいい人なの知ってますから。尊敬してますもん。そういう人に敬語使われたら、恐縮しちゃいます」
「え、え、え!?」
「無理にとはいえませんけど、普通に気楽に俺とも話してくれたら、嬉しいですよ」
「う、う……は、うっ、うん……」
 泣きそうな顔でうなずくセオ。にこっと笑う天野。中一と高一の会話とは思えないが、和やかなシチュエーションではある。
「うーん、セオくんとあれだけナチュラルに和やかに会話できるのは、ウチの生徒の中でもきーくんくらいだろうねー」
「……はぁ」


「第二かんもーん、柳のところに揺らめく白い影! 真っ暗い中でざわざわ流れる柳の影に、ふわわ〜って白いのが浮いてたらドキッとするよ〜。女の子の抱きつきポイントだね!」
「……そうですか」
「お、あれに見えるは。仕事が一区切りついたから珍しく学校行事に参加したビアンカ王妃とククール青年。浮気不倫姦通アリアリペアって感じじゃーないか」
「会長、曲がりなりにも国民が王妃に対してそのような台詞は不穏当では」
 だが実際少しばかり怪しげな雰囲気をかもし出している二人ではあった。ビアンカはククールの腕にびったりと抱きついて離れず、ククールはビアンカににこやかに話しかけている。国王陛下はお気に障らなかったのだろうか、とついつい心配しながら眺めていると、ちょうど二人が柳の前を通る瞬間風が吹き、同時に白い影が揺らめいた。
「………ッキャァァァァァ――――ッ!!!!」
 絶叫とともにビアンカの手の中から爆炎が放たれた。横のククールは「どわ!」と叫んで避けるがわずかに髪の先が焦げている。魔法障壁が張られていなければ山火事になっていたところだ。
「キャァァァァッ、いやぁぁぁぁぁっ!!!」
 びゅおんぶおんびしばしびし。ビアンカは愛用のグリンガムの鞭をぶんぶんとめったやたらに振り回す。目にも止まらぬ速さのその攻撃を、ククールはかわしきれず「ぶごうごふが!」と叫びつつびしばしと殴られた。
「イヤァァァァァッ!!!」
 きゃーぎゃー喚きながらビアンカはククールを置き去りに疾走し、あとに残されたのはずたぼろになったククールただ一人。
「……うーん、まぁ王室にスキャンダルの気配がなくてよかったよね!」
「……そうですね」
 ビアンカ王妃があそこまで怖がりという可能性はククール先輩も思わなかったんだろうな、と思いつつアーヴィンドはまたもため息をついた。


「第三関門、呻きながら歩き回る死体。ここからちょっとずつ本気でいくよー。道を歩いていると地の底から響いてくるような呻き声が聞こえてきて、周囲を見渡してみると一瞬大量の歩き回る死体の海の中に自分たちが立っているという幻視が」
「…………」
「あれ? どしたのアーヴィンくん。なんか顔が暗いけど?」
「……いえ、なんでもありません」
「お、あれに見えるは我らがアディローム国王陛下と……マリちゃんじゃん。めっずらしい組み合わせだなー、こっちに向かってすごい速さで歩いてくるよ。ほら、そこで呻き声が聞こえて」
 ウォオオォォオォ……。
「別に僕はビアンカのやることにいちいち口出しする気はないけど夫とはいえ口やかましい夫になる気はないしだけどなにもわざわざよりによってこんな行事に参加しなくてもいいんじゃないかよりによってあんな男と一緒に組まされて別にだからどうっていうんじゃないけど大したことじゃないけどなにもわざわざそんな真似しなくたって(ぶつぶつ)」
「どうしてどうして私は兄上様とご一緒できないんですのその時だけを楽しみに頑張ってこの企画の予算案を作りましたのにどうしてその努力は報われないんですの兄上様と暗闇の中二人きりで守られながらの道行きをずっと想像してきましたのにどうしてどうしてどうして(ぶつぶつぶつ)」
 二人は凄まじい速さでお互いに目もくれず一瞬たりとも足を止めないで呻き声の上がる場所を通過した。
「……うーん、まぁ、肝試しの相手はくじ引きで決まるからね!」
「……はぁ。そうですね」


「第四関門ー、迫り来る足音。あそこらへんを通った時から後ろからひたひたと足音が追いかけてくるんだよね。足を止めると足音も止まる、でも歩いても走っても一定の距離を置いて追いかけてくる、全速力で走り出すと後ろからぼんやりした光がどんどん追いかけてきてそれが鎌を持った血まみれの幽霊だと気付くというシナリオ」
「…………………」
「あれ、どしたのアーヴィンくん? 顔色悪いよ?」
「いえなんでもありません」
「そう? お、見て見て、すごい速さで走ってくる二人組がいる。おー、そろそろ光も出てき始めてるな。あと少しで幽霊の姿が見え出すねー。ほらほら見てごらん、ちょっとずつ血まみれの幽霊の姿になり始めてるよー」
「ちょ、な、なんでどんなに走っても追いかけてくんだよぉぉ!」
「きゃーっ、いやーっ、怖いわ助けて、って逃げてないで助けなさいよあんたあームカつくウサギ殴らせろぉぉ!」
「滝川とネネ嬢のペアかー。まー滝川としては抱きつかれても嬉しくないだろうしいいかな。……ん? どうしたのアーヴィンくん? 目の前を幽霊が通り過ぎてからなんか顔が引きつってるけど」
「……いえ、なんでも、ありません……」


「第五関門〜、沼から伸びる手。道を歩いているとふとずぶりと沈む泥に足をとられる、当然足を上げる、でも道は次々崩れて進めない。そしていつしか闇の中、自分の足をとったのは泥にまみれた死体の手だと気付いた時には、周囲の泥の中から次々と手が生えて人を泥の中へと引きずりこみ」
「もう、いいです!」
 叫んだアーヴィンドに、速水はきょとんと首を傾げてみせる。
「もういいって、なにが?」
「会長……会長はわかってらしたんでしょう、僕が……怪談とか苦手だってことを! それをからかおうと思って、肝試し大会の現場を連れまわしたんでしょう!?」
 顔から火が出そうだったが、必死にアーヴィンドはまくし立てた。
「そうですよ僕は怖がりですよ特にこういう肝試し大会とか大嫌いですよ、でもそれをわざわざからかわなくてもいいでしょう!? 僕だって恥ずかしいと思ってるんですからなにもそんなにいじめなくったって」
「なんのこと?」
 速水の静かな声に、アーヴィンドはカッと頭に血を上らせて顔を上げる。
「会長、いい加減に――」
 そして表情を固まらせた。速水の、雰囲気がおかしい。お化けのコスチュームをまとってはいたが、あくまで軽い雰囲気のもので、暗闇の中一緒にいても特に怖いと思うことはなかったのに。
 うつむいた速水の頭から、ざんばらの長い髪が伸びる。うつむいた顔を深く覆って表情がわからない。くっくっく、とくぐもった笑い声がして、同時に肩が揺れた。
「会長って、誰だい? そんな人、僕たちと一緒にいたっけ? 僕たちは、最初っから、ここに入った時から二人っきりだったよねぇ?」
「か、いちょ」
「君は僕とずーっと一緒にいたじゃないかぁ。こーんな顔をした、この僕とさぁ……」
 ばっと髪を乱し顔を上げた速水――であったはずのものの顔は、見事なまでにのっぺらぼうだった。
「――ぎゃあぁぁぁぁあぁっ!!!」


 闇の中を必死に走る。走る。走る。何人かの人間に会ったような追い抜いたような、でも向き合ったらまたのっぺらぼうの顔を見せられるのではないかと思ったらとても足を止められなかった。
 それでも全速力で走っている以上息が切れて足は止まる。そこは神社だった。お堂の奥、蝋燭の並ぶ台の脇に、真新しいお札が壁に何枚も貼られている。
 肝試し大会の折り返し地点にやってきたのだ、と気付いた。参加者はあのお札を取って往路とは別の道を通って宿舎に帰るのだ。
 そうだ、宿舎に帰ればいいのだ、と明るい考えが心に灯った。さっきのあれがなんだったのかはわからないけど、宿舎にまで帰ればみんないる。怖いものはなくなる。きっとあれも会長の悪ふざけだったということになるに決まっているんだ。
 そう考えると心の底からほっとして、お札を取ろうと壁に手を伸ばした。早く帰ろう。早く。
 そう思いながらお札を手に取った瞬間、ずぼぁ! と壁から出てきた手がアーヴィンドの手をつかんだ。
「…………!」
 ほとんど反射的に必死に暴れるがその冷たい腐ったような匂いのする手はしっかりとアーヴィンドの手をつかんで放さない。むしろ凄まじい力でぐいぐいと自分の方にアーヴィンドの体を引き寄せていく――
「――っぎゃあぁぁぁあぁっ!!!」


 がっし、とアーヴィンドの背後から伸びてきたワイヤーアームがその冷たい手をつかんだ。
「キャッチ成功しました!」
「即座に引き上げに移れ!」
 ぐいん、と凄まじい力で手が引き上げられていく。お堂の壁が割れ、手の背後にあった巨大な黒い塊が宙へと持ち上げられた。
「魔力固定班エナジー注入! 転移、非具象化を防げ! 攻撃班攻撃準備! 構え――放てっ!」
「だりゃぁっ!」
「でぇいっ!」
「イオナズン!」
「ライトニング・バインド!」
 次々放たれる攻撃、飛んでくる呪文。アーヴィンドの手首をつかんでいた手は外され、さらに攻撃が加えられていく。
「荒魂剣!」
『ミサイル発射!』
「とどめいくぞ! 秘拳・黄龍!」
 龍斗の気の爆発を食らって黒い塊は消滅した。
「よーし、撤収ー!」
 いつも通りにぱんぱんと手を叩いて近づいてくる人の姿が見える。その手にチェック用のノートがあるのを見て、アーヴィンドは状況を少しずつ飲み込み始めがっくりとうなだれた。


「……つまり、今回の肝試し大会は恐怖を食って具現する魔王トラスティの退治が目的だったんですね?」
「うん、そう」
「ありったけの恐怖を与えるために、予算つぎ込んでとんでもないお化け作って」
「リアルだったでしょ?」
「生徒たちの恐怖をトラスティに与えて具現させて、あらかじめ待機させていた人たちで倒すつもりだったんですね、最初から?」
「その通りだよ」
 速水の指示に従いノートを片手に使用した機材のチェックを行いながら、アーヴィンドは今回最大のため息をついた。
「どうして教えてくれなかったんですか」
「だーってあらかじめ教えておいたら恐怖が薄くなっちゃうじゃない? それじゃトラスティは具現しないかもしれなかったから」
「……せめて生徒会メンバーにくらい」
「アーヴィンくん怪談苦手みたいだったから、いっぱい恐怖感じてくれるかなーって期待したんだよ。だから即座に対応できたわけ」
 はぁぁ、と再び深いため息をつく。本当に、今回は自分ばっかり恥をかいた気がする。
「会長が僕を連れ出したのも、のっぺらぼうの姿をしてみたのもそのせいだったんですね……」
「え? なにそれ? なんのこと?」
「……え」
「僕はトラスティ対策で忙しかったんだからそんな暇ないよ。ていうかアーヴィンくん、ペアを組んだ相手は? 肝試し大会に参加して神社まで来たんじゃないの?」
「…………」
 じゃあ。
 じゃああれは。
 もしかして。
 頭が、世界がぐるんぐるんと回転し、ねじれ、崩壊していく。アーヴィンドはばったりと気絶して倒れた。
「……というのも嘘だけどと続けるつもりだったのになぁ。忙しいのに気ぃ失ってくれちゃって」


「はっ!」
 ばっと飛び起きたアーヴィンドは、ばばっと周囲を確認した。いつもの自分の部屋、自分のベッド。隣のベッドに寝ているのはいつも通りにヴィオ。
「……はぁぁ……」
 なんだ、夢だったんだ、と深々と息をつく。心の底からたまらなくほっとした。
 してから気付いた。ちょっと待った、じゃあ今日は何日だ?
 ばっとベッドサイドの卓上カレンダーを見る。アーヴィンドの認識では八月だったはずのそのカレンダーは、九月のものに変わっていた。
 時計を見る。月日も表示されるその時計に浮かんだ日時は、九月一日九時四十五分。
「……っ遅刻だっ!」
 慌てて飛び起きてヴィオを叩き起こし、必死の速度で着替える。どうしようどうしよう遅刻したら親元に帰されてしまうかも、と優等生なアーヴィンドは泣きそうになった。
 大慌てで学校まで行って、生徒会室に飛び込んでから、実はまだ八月三十一日でしたー、とお仕置きの種明かしをされがっくりと膝をつくことになるのだが。

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