ずずぅ、と速水は緑茶をすすった。
「はー……平和だねー」
「けっこうなことだと思いますけど」
「じゃあ言い換えようか。暇だねー」
「……会長、そういうトラブルを招きたがっているような発言は不穏当ではと……」
「ご、ごめんなさいっ、俺が馬鹿なせいで」
「はいはいセオくん毎度の卑屈思考回路で話止めるのやめてねー。……だってさー。文化祭は来月、体育祭は再来月、今月って特に行事ないんだもん。それまでの準備なんかは僕たち優秀だから全部終わっちゃってるしさー」
「暇なら学内の見回りでも行ってくるがよい。誰も止めぬ」
「んー……」
 ごろごろと生徒会室のソファの上で転がる速水に、アーヴィンドはため息をついた。こういう状況になるとこの人は、たいてい――
「よし、決めた!」
「……なにをですか」
 聞きたくないなーと思いながらも人としての習慣に逆らえず訊ねると、速水は笑った。
「突発イベント作ろう! マリちゃん、予算案作成して!」
 やっぱり。


『チャチャラチャッ! 秋のはじめに突発かくし芸大会〜!』
「……なんですかチャチャラチャって」
「チキチキばかりでは芸がないとか言っていたから変えたのだろう。いささか無理がある掛け声という気がするが」
『ルールは簡単。天岩戸――ここに用意した扉に隠れた女神さまに、天岩戸を開けてでも見たい! と思わせるような芸をした人が優勝〜! 優勝者には商品として食券三十枚が贈られます!』
『おお〜!』
『それじゃあくじ引きの順番に芸してくださいなー。面白くなかった人にはお仕置きだということを忘れずに!』
『おお〜……』
 どんなことにも全力投球、といえば聞こえはいいのだが。もーちょっと尋常な方向にその情熱を向けてくれないものだろうか、とアーヴィンドとしては思うのだった。


「いちばーん、ランパート! 曲芸やります!」
 言うやランパートはひょいひょいとジャグリングを始める。その動きはなかなか堂に入っていて、周囲から『おお〜』という感嘆の声と拍手が送られ始めた。
 だが速水はにっこり笑ってなぜか隣に吊り下げられている紐を引っ張る。
「普通でつまんない。お仕置き!」
「へ? ちょ、ま」
 カーン! とランパートの頭に降ってきたたらいが直撃する。「おおおおお……!」と呻きながらごろごろ転がるランパート。
 選手たちの間に走った戦慄など気にも留めず、速水はにっこりとぽややんとした笑みを浮かべた。
「さー、さくさくいくよー♪」


「に……二番、セオ……ご、ごめ、んなさい……」
「セオ先輩もやるんですかっ!?」
「生徒会代表でやれ、と速水が泣いて首を振るセオに言いつけていた」
「なんで止めないんですか副会長……」
「なぜ止めなくてはならんのだ?」
 きっぱりと言われ、アーヴィンドは思わず頭を押さえた。
 しかし、セオはいったいどのようなかくし芸をするのだろう。少しばかり興味はある。
「詩の……暗唱、やります……」
 言ってセオは詩を詠じはじめた。しゃんと立ち、よく徹る声で詠うその姿は普段と違って凛々しささえ感じられる。
 だが判決は無情だった。
「わたしは見る、母の中にいる夏の子供たちが、ぼってりと逞しい子宮の天候を引き裂いて――=v
「無駄に長い。お仕置き!」
 ぱかっ、となぜかセオの下の床が開く。「あーっ!」と叫びながら落ちていくセオ。
 思わず駆け出しかけたが、落とし穴はわりと低かったらしく自力で呪文をかけふよふよと上がってくるのを見てほっとした。
 顔はぐすぐすに泣き崩れていたが。


「さんばーんっ、セデル!」
「セデルリーヴ殿下……じゃない、セデルくんもやるんですか!?」
「ノリノリで参加したと言っていたぞ」
「駄目だったらセデルくんにもお仕置きを……?」
「であろうな」
 そんなアーヴィンドたちの会話など知りもせず、セデルはにこにこ笑顔で宣言した。
「ギガデインで、花火やりまーっす!」
「花火……?」
 セデルが呪文を唱えると、バリバリバリ! と雷撃が巻き起こる。いやここ室内なんですが! とアーヴィンドが叫ぶ前に、電光はぐいっと捻じ曲がり、一瞬だが宙に絵を描いた。
「え……なに描いたんだ? あれ」
「豚……?」
「いや、虫の顔じゃね?」
「獅子舞のお獅子じゃないの?」
「違うよーっ! わかんないの、ルビアに決まってるじゃない!」
『…………』
 なんでそんなピンポイントなところを、と思ったのはアーヴィンドだけではないはずだ。
「んー、着想はよかったんだけど技術が未熟だね。お仕置き!」
「え、えーっ!?」
 突然現れたマッチョな二人組がセデルを押さえつける。ルビアが「お兄ちゃん!」と悲鳴を上げたがそれも軽く無視して、腕を振り上げ――
 ぺしっ。
「いったーっ!」
「……しっぺ、ですか」
「着想はよかったんでちょっとだけ優しく。……それにセデルとルビア泣かせたら荒れ狂う御仁がいるし」
「ですね……」


「四番葉佩九龍ー! 瞬間芸やりまーっす!」
『おお〜』
「取り出だしましたる穀物とミネラル水。これを両手に持って『調合!』と唱えればー、はいあっという間に炊きたて白米の出来上がりー!」
『…………』
「さらに温めてもいないレトルトカレーと『調合!』。はーいじっくりことこと煮込んだ極上カレーライスの出来上がりっ! さらに……」
「個人特有のシステムの使用は反則。お仕置き!」
「わひゃあぁぁー!」
「五番野原しんのすけー。ものまねやるゾ」
『おお〜』
「んしょ、んしょ。がっくり」
「……なんだそれ?」
「ん? 富士の樹海で背伸ばししてる人のマネ〜」
「手抜きはダメ。お仕置き!」
「おあひぃぃぃ〜」
「六番ユルト、人形劇やります」
『おお〜……?』
「『キメラくん、キメラくん』『なんだいスライムくん』」
「モンスターをパクったのはよしとしても元ネタ古すぎ。お仕置き!」
「だわわわわわわ」
 そんな調子で挑戦者たちは次々と床に沈んでいった。


「あの……速水会長。この調子だと優勝者が出なくなってしまうのでは……」
「うーん、困ったね。……会場の空気としてはいい感じなんだよな、だからあと一押し……」
「……? 一押し、ですか?」
「あーなんでもないないこっちのことー。うーん……しょうがない、やっぱりここは秘密兵器の出番か」
 言って速水は携帯を取り出し、どこやらにメールを送る。どこへ送ったんですか、と聞く前に次の芸が始まった。
「三十二番滝川っ! 指一本で逆立ちやるぜ! はいっ!」
『おお〜!』
「他にもできる人いることやってどーすんの。お仕置き!」
「ぐはぁっ!」
「はい次の人〜……って、もういないじゃん」
 確かに、逃げ出したのかどうなのか、ギャラリーはいるのに次の選手の場所に並んでいる生徒はいない。やはりあのお仕置き連打に恐れをなしたのだろうか。
「会長……このままだと本当に優勝者なしということに……」
「うーん。しょうがない、我が生徒会の用意した秘密兵器に登場してもらいましょう!」
「秘密兵器……?」
「プチミント、カモ〜ン!」


『おおおぉぉおっ!』
 その少女が登場したとたん、ギャラリーが沸いた。頬をほんのり赤く染め、恥じらいながら立っているその少女は、実際絶世の、がつくんじゃないかと思うほどの美少女だった。
 長い金髪にぱっちりとした黒曜の瞳。華奢な印象を与えるのに芯の強さを感じさせる体。ミルク色の清楚でいてどこか色気を感じさせる肌。
 そんな美少女が恥らいながら、か細い声で言う。
「さ……三十三番、プチミント。……踊ります」
 言ってプチミントは踊り始める。意外にもそれは見事なタップダンスだった。華やかでテンポのいいその踊りに、ギャラリーからは拍手が惜しみなく送られる。
 踊りが終わると、速水に向け視線が送られた。こんな子にもお仕置きするのか、という非難の視線が大半だ。
 速水はにっこりと笑って、プチミントに言う。
「はーい、では芸のネタばらしをしてくださーい。君の本当の名前はなんですかー?」
 さっきのは本当の名前じゃないのか、とどよめくギャラリーの中、プチミントは顔を真っ赤にして、ひどくか細い声で言った。
「……大河、新次郎……です」
『え……』
「お……」
「男――――っ!?」
『嘘ぉぉぉっ!!』


 絶叫と共に天岩戸がバーンと開いて、中からいかにも悪の女魔族〜という感じの姿をした者が飛び出してきた。思わず固まる周囲に、即座に速水は高らかに命じる。
「はーいこの天照魔王、倒した生徒には賞金一万ゴールドが出るよーv 張り切っていこう!」
『はっ……しまった! つい結界を解いて外に……っこうなればここにいる奴ら全員倒してまた結界を張って引きこもってやるわ!』
 なんだかいまひとつ状況がつかめなくはあるが、それでもこの学園に通っていればそんなもの日常茶飯事だ。お仕置きされて床に沈んでいた者たちも即座に立ち上がり、戦いが始まった。


「……つまり、今回も実は魔王対策だったというわけなんですね」
 いつも通りに後始末をしながら、アーヴィンドはため息をついた。
「まぁね〜。一週間前に学校内に結界を張って引きこもってる新しい魔王が出たからさ。対策を考えてたんだけど。まぁ今すぐじゃなくてもよかったんだけど、暇だったからいっかな、って思って」
「か、会長、すごい、ですね……!」
「はーいセオくんありがとねっ」
「……で、なんでそれを生徒会の僕たちが知らないんですか」
「あら。アーヴィンくんお怒り?」
「……そういうわけじゃないですけど。会長の、いつも自分一人でなにもかも決めてしまうところについて、不満がないと言ったら嘘になるのは確かです」
「ふーん」
 おろおろと自分たちを見比べるセオに軽く手を振って、速水はわしゃわしゃとアーヴィンドの頭をかき回した。
「っ、なにするんですか」
「まーそんなに拗ねないでよー。気持ちはわかるけどさ、これが僕のやり方なの。僕は自分一人で計画を立てる方が身軽で動きいいんだよ」
「…………」
「それが不満ならさ、アーヴィンくんが会長になった時に、そーいうんじゃない生徒会を作っていけばいいんじゃない?」
 速水はにっこりと笑って言う。アーヴィンドはわずかに顔をしかめた。
「それって、現在の問題の解決になってないと思うんですが」
「あ、バレた?」

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