「じゃ、それは放送委員会に回して放送。講堂やステージでの催し物の時間は? 第二講堂が少し遅れ気味? なら第二講堂責任者にこのままだとお仕置きコースだっつっといて」
「迷子が何人だと? 三人? たわけ、迷子放送部はなにをしている! 十分おきに放送だ、掲示板にも写真を転送しておくのを忘れるな!」
「販売する食品を食べてお腹が痛くなった、っていう、人が? 今すぐ行きます、あくまで低姿勢に、今責任者が来ますからって言ってもたせて、ください」
「演算機を壊された? 誰か明確な破壊行為を行った人物が? いないならば修理費はあなた方から徴収させていただきますがよろしいですか?」
 文化祭。生徒会は怒涛のように忙しかった。
 前日までに終わらせるべき仕事は完璧に終えていたにもかかわらず(そしてそれだけでも死ぬほど忙しかったのだが)、どこからともなく厄介事やら仕事やらが出てくること出てくること。それに対する対処、イベントが無事進んでいるかの確認、その他もろもろで目が回るほど忙しく、一番下っ端のアーヴィンドは使い走りにされてあっちこっちを駆けずり回らされた。
 生徒会の忙しさにはこの半年で慣れたつもりではあったが、それにしても今日の忙しさは桁が違っている。まだ昼にもなっていないというのにアーヴィンドはすでに青息吐息だった。
「こんちわーっ、アーヴいますかーっ?」
「ヴィオ……」
 下部委員会やらなにやらも出入りして殺気立っている生徒会室に、空気を読まずに現れた友人にアーヴィンドは顔面蒼白になった。なにも、今この時に出てこなくても!
 速水が笑顔でヴィオの方を向き(その間も手は凄まじい速さで案件を処理しているのがすごい)、笑顔で訊ねる。
「おやー、どーしたのヴィオくん。今僕たち死ぬほど忙しいんだけどー?」
「えーと、クラスと部活の仕事終わったから、アーヴと文化祭回りたいなって」
 速水の威圧感をまるで感じないかのように受け流すヴィオもある意味すごいかもしれない。セオ先輩など自分に言われているわけでもないのに泣いているというのに。
 が、速水は数秒殺意を込めた目でヴィオを見つめると、にっこり笑って手を振った。
「了解。いいよー、アーヴィンくんを二時間貸し出して差し上げましょう」
「え、えぇっ!?」
 思わず叫ぶアーヴィンドに、速水は笑顔で視線を向ける。
「おや、二時間じゃご不満?」
「そ、そういうことではなくて! 今生徒会は多忙を極めているというのに、僕が抜けて大丈夫なんですか!?」
「んー、まーそーなんだけどー。アーヴィンくんに見ておいてほしい仕事は大体終わったしー。それに」
「……それに?」
「この学校の文化祭、アーヴィンくん初めてでしょ? 友達との思い出を作って来年から頑張って働いてもらうのもありかなー、って」
「……会長」
「ま、そーいうことだから楽しんできなよ。ただし二時間から遅れたら殺すからね?」
「……わかりました。二時間だけ、行ってきます」
「はいはいオーライーv」
 揃って出ていくアーヴィンドとヴィオの後ろで笑顔で手を振る速水に、「二時間でって……鬼だな、この人」と思った者は、根こそぎお仕置きされたことを、アーヴィンドは知らない。


「んー、どっこから回るかなー。お化け屋敷、メイド焼きそば屋、兄貴たこ焼き屋……『流星疑似体験プラネタリウム』とか『魚となって喰らいあえ! 決死体験inアクアリウム』とかってなんだろ?」
「星を見たり魚を見たりする催し物だよ……最初に並んでいる文字は謎だけど」
 アーヴィンドとヴィオは並んで喋りながら校舎内を回っていた。飾り付けられ、普段ならいないはずの人々が歩き回る校舎。違和感はあったが、それ以上に心が浮き立つ。侯爵家の跡取りとして育てられ、こういったいわゆる祭というものには縁がなかったアーヴィンドだからなおさらだ。
「なーなー、アーヴはどこに行きたい?」
「僕は……ヴィオに任せるよ」
「ぶー、それじゃつまんねーよー」
「ヴィオと一緒に回れるなら、きっとどこも楽しいだろうと思うから」
「……んー、そっか! じゃー俺の楽しいとこ回るなっ」
 上機嫌になったヴィオは、アーヴィンドの掌をぎゅっと握って引っ張った。子供のような掌の熱が、アーヴィンドは照れくさくなりながらも嬉しくて黙ってついていく。
 第一講堂に続く中庭の露店で焼きとうもろこしを買ってかじる。「高いわりにまずいなー」と大声で言うヴィオにひやひやしつつ(なぜか生徒会で)叩き込まれた優雅な笑みを浮かべてごまかし、第一講堂に出た。
 とたんわっと歓声が押し寄せた。え、なんだなんだ、と思う間もなくヴィオと共にぐいぐいと引っ張られて前へ押し出される。
『おおー! 生徒会の新一年生カップルが新たに登場! これで趨勢はますますわからなくなってまいりましたっ!』
「え? ちょ……あなたは」
 マイクに派手な衣装に金ぴか蝶ネクタイ、と今時どうかと思うほどの司会者スタイルに一瞬脳内の生徒ファイルが誤認識をきたしたが、すぐに首を振って正気づいた。というかそもそも思い出す必要もないほど知っている人間だ。
「遺跡研究会の葉佩九龍先輩……あの、僕たちは」
『いいっていいってわかってるから。皆まで言うな、君もこのコンテストに参加したいんだろう?』
「は? あの」
『そーいうわけで新参加者登場でますます盛り上がってきたところで! まーずはコスプレ審査だーっ!』
 そう言われて思い出した。第一講堂のこの時間の催しは……!
「なーなー、アーヴ、ここに書いてある『カップルコンテスト』ってなに?」
 アーヴィンドは思わず叫んだ。
「遺跡研究会でカップルコンテストってなんでなんですか!?」
「え、まず突っ込むとこそこ?」


「というか! ヴィオは今男子なんですよ!? なんで僕とカップ……」
「えーだってー、ヴィオたんの昼は男で夜は女になるって体質は学内では有名だしー。アーヴィっちの老若男女フェロモン体質も超有名だしー。この二人ならわりとアリって奴多いしー」
「わりとアリってなんですかそれ」
「ともあれそんな二人が現れたなら周りで騒いで盛り上げてやるのが青春真っ只中の男子のあるべき姿ってもんだろ! カップル内に一人くらい色物がいても、っつーかむしろいるべき! 面白いし!」
「それが本音なんですね……」
「まーまー、いいからさくさく衣装選びなってv このイベントは遺跡研究会の他にも服飾研究会コスプレ研究会心理学研究会に愛と性の教団等々も協賛してんだからさーv」
「今一個明らかに怪しい団体がありましたよね……」
「じゃーそーいうことでっ」
 あっさりと立ち去られ、アーヴィンドはため息をついた。横で衣装を見比べているヴィオに訊ねる。
「ヴィオ……君は参加してもいいの? 君は女性でもあるけれど、今は男子なんだから僕と一緒じゃ変な目で見られるよ」
「えー? なんで?」
「なんでって……」
「いーじゃん別にそんなの。俺アーヴ好きだしさー、アーヴと一緒なら変な目で見られても別にいーよ」
「……ヴィオ」
「それに、なんか面白そーじゃん♪」
「ヴィオ……」
 アーヴィンドは思わず脱力しつつも、衣装選びを始めた。別に賞を取りたいわけではないが、恥はかきたくない。少なくともそれほどはおかしくない衣装を選ばなければ。
 ほどなくして、審査が始まった。
『いっちばーん、ゲット&ユィーナペア! コスはDQ3戦士コス! 鎧の意味ねんじゃね? と思うほどの露出度の高さときわどさを誇るビキニアーマーでの登場です!」
『おお〜!!』
「………っ……」
「うおぉぉっ、ナイスだ、たまらん色っぽいぞユィーナァァァッ!!! 体全体で俺を誘ってくれているんだなっ、もー辛抱たまらん俺と共に行こうレッツゴーヘヴンウィズミーユィーナァァァッ!!!」
 ばきっ。
「そもそもこんな催し物は嫌だと言った私を無理やり引っ張ってきてどういうつもりですかその言動は。そもそもコンテストそのものの意義まで崩壊させるつもりですか? 非言語の世界に逃走するのは止めてくださいと何度言ったら」
「すまん、ちゃんと正気に戻る、普通の言葉話すぞユィーナ」
『にばーん、ユーリル&マーニャペア! コスは黒と銀糸のチャイナ! 普段より露出度低いのにスリットからのぞく生足はより艶かしい! しゃなりしゃなりと歩く姿も色っぽく登場です!』
『おお〜!!』
「んもー、なによその言い草。まるであたしの普段のカッコが色っぽくないみたいじゃない」
「そーじゃねぇって。けど普段と違うカッコって気分が変わるだろ? いいじゃん、マーニャはなに着ても似合うってことで」
「……ばーか」
『さんばーん、兄一&十二人の妹ペアー、つかもーペアじゃねーし! タキシードとウェディングドレスという王道ど真ん中のコスでハーレム状態で登場です!』
『ぶーぶー!!』
「……だからな、なにも全員で出なくても……」
「だってー、あにぃと一緒にベストカップル賞取りたかったんだもん。みんな譲らないからさー」
「いいじゃない、結婚式の予行演習だと思えば。フフv」
「だから俺は妹と結婚する気はないって言ってるのに……」
(というかなんで生徒会の仕事で忙しいはずの鞠絵先輩まであそこに……)
 などと考えている間にも見る間にコンテストは進み、アーヴィンドたちの番がやってきてしまった。


『じゅうにばーん、アーヴィンド&ヴィオペア! 夜しか男女の関係になれないという不遇カップル! コスは……おーっとこれは意外、中世王子様コス&王女様コスで攻めてきたーっ!』
『おおお、お?』
「…………」
 アーヴィンドは内心ひやひやしながら無言でヴィオと並びステージを回った。ヴィオはもとよりどちらの性別の時も中性的な風貌をしているのだが、中世貴族階級の衣服というのは露出度が低くコルセットでぎりぎり締め付けるので女の服装もさほど女を感じさせない。これなら男の時のヴィオが着てもおかしくはないだろうと思ったのだが。
 観衆はどよどよとどよめいている。やはりミスコンじゃないかと思われるほど女子たちを前面に押し出したコスの中では異彩を放っているだろう。やはり恥をかかせてしまったろうか、とドキドキしていると、観衆のざわめきがふと耳に入ってきた。
「な、なぁ……あっちの、男の方……なんか、ミョーに色っぽくねぇか?」
「つか、すっげー美人だよなぁ……男じゃねーよ、あれ。ぜってー男装の麗人だ」
「ううん、男の子よぉ。あーん綺麗ー、美形ー、可愛いー」
 ざわめきがどよめきに、どよめきが歓声に。いつしか観衆からは時ならぬアーヴィンドコールが巻き起こっていた。『アーヴィンド! アーヴィンド!』と叫ばれ、血走った目で見つめられ。呪いのせいだとわかってはいるものの、やっぱりちょっと怖い。
『はーいこれで全カップルの第一審査が終了しました〜。続いて水着審査いっちゃおうぜベイベー!』
 水着審査!? そんなものまであるのか、とひきつるアーヴィンドの横で、ヴィオは暢気に首を傾げる。
「なーなーアーヴー、みずぎしんさってなにするの? みずぎ見せるの? それなんか楽しいの?」
「いや、たぶん楽しくないと思うけど」
 相手しながらも困っていた。水着審査ということは自分たちが明らかにどちらも男だということがわかってしまう。それではさすがにブーイングを受けるだろう。ヴィオにそんな思いはさせたくないし、自分も正直恥ずかしい。
 なにか対応策は、と必死に考えていると、不意にユィーナがつかつかと舞台袖から出てきてぎっと講堂の中央右辺りに視線を飛ばした。
「そこの遺跡研究会二年! なにをしているのですか!?」
「え、お、俺っスか!?」
 学内でも目つきのきつい美人として有名なユィーナに睨まれて、その男子はびくりと震えたが、そこににこにこしながら九龍が現れて視線を遮る。
「まーまー、なにをそんなに怒ってるのかなユィーナさん? 心配しなくともボケツッコミペアではぶっちぎりで君らが一位だぜ?」
「そういうことを聞いているのではありません。そこで貸し出しを行っているのはなんですかと聞いているのです」
「えー? なにってまー……恋と友情のおまじないアイテム?」
「α波発生装置なのですね……何度も何度も風紀委員会に摘発されておきながら、風紀委員長である私の前で……!」
「いやいやいや、だからこれ持って一緒に歩けばみるみるうちに好感度アーップ! っていってもこれで恋と友情の間の壁を突き抜けるのは不可能なんだよ? そこらへんは本人の努力にかかってんだしさ、何度も言ってるけど」
「私も何度も言っていますが、一時とはいえ感情を操作する魔法、呪術、呪文、道具、特殊能力の類は校則で取り締まられています。例外はありません。あなた方があくまでそれを使用すると言い張るなら私も風紀委員としての権限を持ってそれを徴収させていただきますが?」
「んー……」
 九龍は少し考えるような顔をして、にっこり笑って言った。
「撤収! 会員は全員周囲の道具持ってA-3地点に集合!」
「ちくしょーっ、おいしい商売だったのにー!」
「だっから言ったんだよ風紀委員長は絶対気付くってー副部長のバカヤロー!」
「ていうか『カップルコンテストに出るほどは突き抜けられない今一歩カップルを狙う!』とか『コンテストに落ちたカップルのもっとラブラブになりてー! って思う切ないハートをキャッチュする!』とか言ってたけど絶対風紀委員長に挑戦してたよね……光学迷彩まで持ち出してたし」
 ぶつぶつ言いながら風のような速さで逃げていく遺跡研究会員たち。一瞬呆気に取られて、「待ちなさい!」とユィーナは走り出す。
「おおうっユィーナっ、その格好で大捕り物とはもしや俺へのサービスかっ? だがちょっと待てっ、お前の胸や股間を見ていいのは俺だけだろうっ、せめて俺のだいぶ大きめジャケットを羽織れ!」
「え……」
 そう言われて初めてユィーナは自分が水着姿だと気付いたらしく、真っ赤になって更衣室に戻ったが、その前にゲットに「水着に俺の大きめジャケットを羽織ってセクシーショット! はやってくれないのかっ! せっかく九龍の奴とも共謀したのにっ!」と叫ばれて「あなたそんなことにまで関わっていたんですか!」と鋼の剣でお仕置きされていた。
 これで軽く五十分は潰れた。


「……疲れたね」
「えーそう? 面白かったじゃん!」
 にっかり笑顔で言うヴィオに、アーヴィンドはわずかに苦笑する。実際この友人はある意味大物にはなると思う。
 教室内での催し物をちらりと見つつ、アーヴィンドたちは第二講堂へ向かっていた。そこではこの時間、女装コンテストなるものが開催されているのだそうだ。
「……なんでそんなもの見たいの?」
「えーだってさー、俺もある意味女装みたいなもんじゃん? 男装かもだけど。だから女装ってちゃんとする人はどーなってんのか知りたくてさー」
 そう言われると反論はできないが、基本的に謹厳実直をむねとするアーヴィンドとしては、そういう色物系の催し物はどうしても警戒してしまう。自分までまた飛び込みでやらされたら嫌だし。
 できるだけ早く終わってくれないものか、と思いつつも真面目な性格ゆえ途中の道で時間を潰すこともできず、第二講堂に到着する。そこは意外にもかなり盛り上がっていた。
『レッディィス、アァンド、ジェェントルメェン! さーていよいよ最後の投票ですっ! お手元のスイッチで、この二人のどちらがより美しいか投票お願いしますっ! それからこの二人の正体が何者か、というクイズも変わらず募集中!』
 ステージの上で微笑んでいる二人の女性(にしか見えないが男性なのだろう、どちらも)に向けて歓声が押し寄せる。片方は妖艶な黒髪。もう片方は豪奢な金髪。どちらも美しいドレスを身にまとい、優雅に微笑んでいる。
「うわー、どっちもきれーい」
「そうだね……」
 認めたくないが、この二人はどちらもきれいだと言わざるを得ない。美しいという言葉を献上するに値する美貌だ。化粧がすごいのか素材がいいのか、どちらも男だとはとても思えない。
 渡されたスイッチで投票を行い、結果黒髪が勝利した。優雅な所作でトロフィーを受け取り、にっこり会場に向け微笑んでみせる。「クイズの正解者にはのちほどメールでご褒美画像をお送りします!」という言葉のあと全員舞台袖に引っ込み、大会は終わりとなった。
 第二講堂を出ながら話をする。
「うーん、どっちもすげーきれいだったなー。やっぱりプロは違うな!」
「あの人たちも女装のプロというわけじゃないだろうけど……確かにきれいではあったね」
 認めたくはないが。
「ふむふむ。ちなみに君たちはどっちに投票したのかな?」
「え……速水会長!?」
 驚いて振り向くと、声の通りそこには速水が立っている。わずかに乱れた制服の上には満面の笑顔が乗っているが、アーヴィンドは本能的に危険を感じた。
「あの、なんでこんなところに……お仕事は?」
「んもーアーヴィンくん、時間はできるものじゃなくて作るものだよ? ちょっとだけ舞たちに任せて抜けてきちゃったv それより君たち、どっちに投票したの?」
「え……僕は、黒髪の方ですけど」
「俺金髪ー」
 速水は笑顔を崩さないままぽんぽんとアーヴィンドの肩を叩き、言った。
「アーヴィンくんあとで時間くれる? ちょっと話があるからv」
「……え?」
「じゃっあねーv」
 走り去っていく速水に、意図がわからずアーヴィンドは呆然とする。と、ヴィオが首を傾げて言った。
「もしかしてさー。さっきの金髪、速水会長じゃねー?」
 …………
「えぇっ!?」
「だってさー、なんか匂いが似てた気がすんだけど」
 どういう鼻をしてるんだとか速水会長どうしてそんなに女装が巧みなんですかとかいろいろ言いたいことはあったが、それよりも。
「……殺される……」
 命の恐怖に、アーヴィンドは顔から血の気を引かせた。
 これでさらに、三十分。


 どんどん人が多い方に向かっているような気がする。
 第二講堂を出てからアーヴィンドたちはあちらこちらの出し物をひやかし、歩きつつ露店でいろいろなものを食べながら第一校庭に向かっていた。そこでは勇者部の出し物があるとかで、勇者部に所属するヴィオは午前は準備等に回ったので午後はそれの参加側に回りたいのだとか。
 どういう出し物か聞いてみたところ。
「んーと、雪合戦の謎パワー版?」
 とわかったようなわからないような答えが返ってきた。アーヴィンドの記憶でも勇者部の出し物は『超パワー合戦』というわけのわからない代物だったと記憶している。
 ともあれ第一校庭、午後一時前。受付で参加希望だと告げると、なぜか腕輪を貸与された。マジックアイテムのような気配を感じるのだが、おそらくは使い捨て用の急造魔力付与だ。
 赤組白組にグループ分けされて向かい合う。アーヴィンドとヴィオは両方とも赤組だった。となるとたぶんなにかを投げ合う勝負だと思うのだが、投げるべきものはなにも用意されていない。
 午後二時ぴったりになると、演台の上に勇者部副部長にしてサマルトリアの王子、サウマリルト・エシュディ・サマルトリアが登った。すでに調整をしてあるのだろう、マイクを握り優雅な笑みを浮かべ言う。
『本日は勇者部出し物『超パワー合戦』にお越しくださりありがとうございます。司会及び実況を勤めさせていただきます勇者部副部長サウマリルトです』
 優雅に一礼をしてから、また微笑む。
『今日はみなさんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます』
 ――はい?
 どよめく客たちにかまわず、サウマリルトは解説を続ける。
『といっても、ご安心ください、勇者部の優秀な医療班が待機しておりますので本当に死ぬことはありえません。首がもげようが体が消滅しようが責任を持って蘇らさせていただきます。まぁ、安全対策は万全ですので、そのような状態に陥ることはまずありませんが』
 ほっとしたように静まっていく客の反応を見定めつつ、サウマリルトはまたも優雅に微笑む。
『この出し物は赤組白組に分かれて行う雪合戦の魔力版です。お配りした腕輪にはどなたでも精神力を魔力に変換し、弾丸として撃ち出せる力が込められています。狙う敵めがけ放て≠ニ一声唱えれば光の弾丸が飛んでいくので、それを用い敵軍を一人でも多く倒してください。倒せば倒すほど自軍及びご自身の得点になります。自分の腕に自信のある方は、敵のフィールドの突入しフラッグを取れば自軍及びご自身の得点に大きく加味されます』
 周囲に納得したような空気が広がっていく。なるほど、これならば誰でも気軽に戦闘気分が楽しめる。
『上位得点者には豪華商品を用意しておりますので、みなさん頑張ってください。では、ご準備の方よろしいでしょうか?』
 言われてアーヴィンドもヴィオも周囲の客たちも、さっと身構えた。実戦というわけではないが、確かにこれはちょっと面白そうだ。
『用意。……はじめっ!』
 カーン! というゴングの音と共に、戦いは始まった。


「放て=I」
「もぽろっ!?」
 言葉と同時に光の弾丸が飛んでいき、狙った敵を吹き飛ばす。速度は普通の弾丸と同程度だろう。が、当たると本気で人一人軽々と吹き飛ばす威力に、アーヴィンドは目を見張った。これ、ちょっと強力すぎやしないか?
「放て≠チ!」
「へもっ!」
 ヴィオも弾丸を放ち敵の数を減らす。というか、障害物もなにもない今の段階では、双方ひたすらに撃ち合って数を減らすしかない。両軍の人数は同程度。高速で弾丸が飛びかい、高速で人が倒れていく。
「放て≠・!」
「ぐっ!」
 弾丸がアーヴィンドにまで飛んできた。反射的に対衝撃姿勢を取ってダメージに耐えるが、強烈な打撃に思わず一瞬くらりとする。
「弾丸食らっても倒れなければ失格じゃないよね……?」
「うんっ、耐えられさえすれば続行可能だぜっ。回復魔法は禁止だけどなー」
 それはちょっときつい、かもしれない。
『双方勢いよく弾丸を撃って数を減らしていっています! これからの展開をどうお考えになりますか、勇者部部長ロレイソムさん?』
『そーだな、まーここまでは戦場が限定されてる以上避けようのねー展開だ。だがもうそろそろ戦場に変化が起きる。この解説を聞くだけの注意力がある奴、状況に対応できるだけの柔軟性がある奴が生き残ることになるだろ』
 え、と解説が耳に入ったアーヴィンドは動きを止める。戦場に変化?
「どわぁっ!」
「わわわわわわわっ!?」
「ひえぇぇぇっ!」
 第一校庭に悲鳴がこだまする。突然校庭が隆起し始めたのだ。盛り上がった土は見る見るうちに形を整え、固まり、赤白双方の陣地に障害物とも砦ともつかない建築物を造り上げた。
 アーヴィンドも一瞬ぽかんとしたが、ロレイソム部長の解説を思い出し走り出した。障害物が増えたのなら戦術的思考のできる人間が圧倒的有利だ。
 ――開始から三十分、両軍は順調に数を減らし、相当に戦闘センスのある者かそれなりに訓練を受けた者しか残っていないという状況になった。あとは運よりどんどん実力の要素が強くなっていく。
 どうするか、と荒い息の下考えた。自分はまだまだ実力も戦術眼もさほど秀でているわけではない。力のある先輩でも参加していれば圧倒的に不利だ。ヴィオとも別れ別れになってしまったし。
 だが、だからといって諦めるのはアーヴィンドの流儀ではない。自分なりにできることをやろう、とできるだけ音を立てないようにこっそりと砦から一歩進み出る。
 とたん。
『わーっはははははははははっ』
『いーひひひひひひひっ』
『うくけけこけけぇっ』
 不気味な三つの声が空から降ってきた。反射的に空を見上げると、そこには巨大な鷹、蝙蝠、葉っぱ製とバラエティに富んだ翼をつけた魔族らしき者たちが三人。
『ぐわははは、一般人を連れ込むとは愚かな奴らめ。ここにいる者どもを人質に取り、我が鷹翼魔王と』
『空血魔王と』
『魔王チュパカブリンがこの学園を殲滅してくれるわ、うくけけけぇっ!』


 一瞬恐慌が走りかけた――と思った瞬間。
『さぁみなさん、高得点の元ボーナスキャラ、エネミーが現れました!』
 サウマリルトの流れるような司会が入った。
『へ? 貴様、なにを』
『このエネミーを倒せば大量得点が入ると共に高額賞金もゲットできます! ですが独自にエネミーを倒そうとするお邪魔キャラも動き出します。彼らに倒されないうちにエネミーを打ち倒せるよう頑張ってください! なお、お邪魔キャラに攻撃すると得点は没収されますのであしからず』
 アーヴィンドは思わず目を丸くする。これって、もしかして。
 思考を巡らせてから首を振る。今は思考の時ではない、戦いの時だ。武器は手元にないが、幸いこの腕輪があれば相当強力なダメージを与えられるだろう。
 わーわーと残った参加者たちが騒ぎながら一斉攻撃を仕掛ける。魔王たちは『ええい、鬱陶しい! ぐはっ!』『貴様らに用はな、げほぁっ!』と叫びながら攻撃のモーションに入ったが、その瞬間灰色の霧が三体の魔王を包んだ。
「ふぅ、マホトーン成功。これで巻き添えの心配はしなくてすむね。まぁ、うちの結界班は優秀だから、一般人が攻撃される可能性はさほど心配してなかったけど」
 ふいに後ろに降り立った声に慌てて振り向く。そこには戦闘装束に身を包んだ、勇者部部長+二人の副部長のパーティが魔王を見上げていた。
 ロレイソムがにやりと笑って剣を抜く。
「へっへっへ、ようやっと出番か。やーっと戦えると思ったら体がうずうずしてくるぜ」
「一般人もいるのよ、あまり楽しみすぎないようにね」
 冷たい口調で言うのはもう一人の副部長にしてムーンブルク王女マリアだ。
「わーってるって。適度に盛り上げつつ全員抹殺! だろ?」
「うん、それでよろしく。巻き添え出したら会長に予算削減されかねないからねー」
「そりゃたまんねーな。お?」
 と、ふいにロレイソムがこちらを向いた。
「お前、確か生徒会の一年の……」
「グランバニアでも有数の大貴族、プリチャード家の候子アーヴィンドくん、だったよね?」
「え……は、はい。現在は八百万間学園の末席に名を連ねさせていただいております」
「別にそんなに固くなることはないのよ。今の私たちは同じ目的を持って戦う同志ですもの」
「はい……」
「ん、ならちょーどいいぜ。しっかり拝んでろよ、一年」
 ロレイソムが剣を構え、駆け出した。
「俺ら勇者部の力をなっ!」
「ロレ! ……そういうわけだから、お眼鏡にかなったら予算案考慮よろしくね? じゃ!」
「ロレイス! サウマリルト! ……では、アーヴィンドくん。戦いに参加するなら気をつけてね。……大地よ、全てを飲み込め。炎よ、全てを焼き払え。風よ、全てを吹き飛ばせ――=v
 そして、戦いは始まり――
 わりとあっさりと終わった。魔王が三体もいたにも関わらず。やはり勇者部のトップの実力は並ではない。
 入賞者に賞品授与をするのを見つつ(ちなみにアーヴィンドは十八位、ヴィオは十五位と入賞はできなかった)怪我人の手当てを手伝いながら、アーヴィンドはヴィオに訊ねた。
「つまり、これは毎年魔王退治をイベントにした勇者部恒例行事なんだね?」
「うん。なんかさー、ちょっとの間だけ学園結界を甘くして魔王を侵入させやすくしてるんだって。で、出てきたら担当の人が適度に盛り上げつつ倒す。腕輪があれば一般人も戦力になるしーとかいろいろ言ってたよ」
「そうか……」
 この学園のこういう思考にもすっかり馴染んできてしまったなぁ、とアーヴィンドは慨嘆した。ひとつ間違えれば大惨事になりえるイベントだというのに、今気になることといえば生徒会室に時間に間に合うよう帰れるかということくらい――
「あーっ!!」
 アーヴィンドは思わず叫び、ヴィオに「えっ、なにどーしたのっ?」と問われつつ音速で時計を見てさーっと血の気を引かせた。現在の時刻、午後二時。このイベントにかかった時間六十分。
 合計二時間二十分。この時点で速水の決めたリミットに、二十分の遅刻である。


「だいじょぶかー、アーヴィンドー」
 弱々しい声が聞こえて、アーヴィンドはぱちりと目を開けた。まだ頭がぐらぐらするが、かろうじて動ける程度の体力は回復したらしい。
 誰が声をかけてくれたのだろう、と見回して、自分と同じようにお仕置き部屋に転がされている人間を発見した。ロボ研のエースで一応面識のある相手、滝川だ。
「あの、もしかして、滝川さんも……?」
「おー、ちょっとくらいは舞と文化祭回らしてくれって速水に直談判したら問答無用でお仕置き部屋直行……っとにあいつって遠慮ってもんがねーよなー」
「そうですね……」
 ため息をつきつつ外を見る。外はすでに暗くなりかけていた。お仕置きの半分は仕事で返したとはいえ、けっこうな時間気を失っていたことになる。それも当然だろう、あんな――
 ぷるぷると首を振った。できるなら二度と思い出したくない。
「で、お前、どーすんの? お仕置き部屋コースってことはもー今日は仕事しなくていいってことだと思うけど」
「そうなんでしょうけど。迷惑をかけてしまったのは確かですし、今からでも戻ろうかと――」
 きぃ、とお仕置き部屋の扉が開き、アーヴィンドと滝川は固まった。速水がさらなるお仕置きを加えにやってきたのだろうか?
 滝川が逃げろ、と仕草で命令する。滝川さんは、とおろおろしながら仕草で聞くが、滝川は少し怖気づいた顔をしながらも任せろ、と胸を叩く。
 うろたえつつも、お仕置きを食らいたくない感情が申し訳なさに勝った。そろそろと奥の扉から脱出しようと進み、ふいに聞こえてきた声に動きを止める。
「滝川」
 生徒会副会長、舞の声だった。滝川が驚いたような声で答える。
「舞? どーしたんだよ、こんなとこで?」
「お前が死んでおらぬか見に来たのだ。曲がりなりにも同輩として、死体をそのままにしておくのは忍びないのでな」
「ちぇっ、なんだよそれー。……あーあ。あーあ、ちぇっくそっ」
「なにをふてくされている」
「だってさー。俺はさ、ちょっとくらい舞と回りたいってだけで速水のお仕置きにも耐えたのにさー。舞は『同輩』かよってさー。ちぇっ。ちぇーっだつまんねーの」
「……たわけ」
 ごつん、と額を小突く気配。
「ってーな」
「たわけ。たわけたわけ。お前のような大たわけは見たこともないぞ。ばかめ、ばかめ」
 がす、がす、とだんだん小突く力が強くなっていく気配。
「てっ、舞、マジ痛ぇんスけど、ちょっ舞っ!」
「曲がりなりにも男子を名乗るならば、女の心など察してしかるべきであろうっ! まったく私はなぜこんなたわけを選んでしまったのか、我ながら信じられぬ。ばかめっ」
「え、それって、舞……」
 ごそり、と体を起こす音。
「もしかして、さ。俺に会いたくて仕事抜けてきてくれた、とか?」
「…………」
「あ、そっそんなわけねーよなっ自惚れすぎだよなっ! わかってるわかってんだマジでただ舞が来てくれて嬉しかったっつーかなんつーか」
「……ばかめ」
 ぽすん、と体を人の胸に預けるような音。
「……舞」
「ばかめ……」
「ん……馬鹿だよな、ホント」
「…………」
「……キスしていい?」
「……たわけ……」
 ごそり、と衣擦れの音。ぐいっと体を引っ張る音。それから――
(わわわわわわわ)
 うっかり自分がのぞきをしてしまっていることに気付いたアーヴィンドは、極力静かに部屋を出た。幸いあの二人はお互いしか見えない状態になっているから大丈夫だろう。
 部屋を出て、はー、と息をつき祈りを捧げる。滝川さん、舞副会長、幸せになってください。


 ああ、ファイヤーストームだ。遠くから燃え上がる炎を見ながらぼんやりと思った。
 文化祭は無事終了し、今は後夜祭。後片付けやらなにやら、仕事のことはみんな一時忘れて、気の合う仲間と騒ぐ時間。
 近くに行けば顔見知りの何人かはいただろうが、アーヴィンドは遠くから燃える炎を眺めていた。仕事をすべて終えて頭が飽和状態になったのだろうか、頭がぽうっとしてうまく働かず、一人でぼんやり眺めていたかったのだ。
 炎と、人。自分たちが仕事を行ったことで、美しく舞えるものたちを。自分たちみんなの努力で成功した祭の終わりを楽しむものたちを。
「アーヴーっ……?」
 ヴィオが近くに駆け寄ってきた。ぼんやりと見上げるアーヴィンドに、戸惑ったような顔をして、それからうん、とうなずきアーヴィンドの横に腰を下ろす。
「……どうしたの、ヴィオ。なにか用事があったんじゃ……」
「一緒に踊らないかって言おうとしたんだけど、アーヴがなんか、切なそうだったからあとにすることにした!」
「切なそう、って」
「うん、無理に言葉にしなくていーんだよ。俺はちゃーんと、アーヴのそばにいるからさっ」
「…………」
 別に悲しいわけでもなんでもないのになぜか涙がにじみそうになって、アーヴィンドは慌てて下を向いた。感傷的になっているな、と自分の感情を認識する。たかが文化祭の終わりだというのに。
 でもかまわない。ヴィオがなにも言わずそばにいてくれるというのだから、ちょっとだけ甘えさせてもらおう。そうすればきっと、少女となったヴィオを、自分の方からフォークダンスに誘う勇気も湧いてくるだろう。
 炎がぱきりと音を立てるのが、聞こえた気がした。

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