八百万間学園の体育祭は、毎年あまり盛り上がらないのだそうだ。
 なにせ魔王を倒してしまうような連中がごろごろしている学校だ、その運動能力はほとんど人間外という生徒も数多い。だが学園に通う生徒の半数は普通科、つまり一般人。それと人間外を真正面からぶつからせるわけにはいかない。
 なので毎年生徒会は勇者科の生徒に能力封印の呪をかけるか、当たり障りのない軽い競技にするかで、人間外が全力を振り絞ってぶつかり合う様を日常的に目にしている学園の生徒たちはいまひとつ盛り上がらないのだという。
 それは今年の生徒会でも同様で、速水生徒会長は残念そうな顔をしながらも地味なプログラムを組み、それが受け容れられた。毎年恒例だとプログラムの最後に『熱血魔王退治会』というのが挿入されているがこの学園に入学してもう半年以上経つアーヴィンドにはいつものことだったのであっさり流したし。
 だから体育祭はたぶん平和だろうな、と思っていたのに。
「うおおおおおぉっ、死ねやボケぇ!」
「死ぬかクソボケてめぇが死ねぇっ!」
 グラウンドで繰り広げられる戦場のような抗争にアーヴィンドは深くため息をついた。ただの輪投げなのに凄まじい勢いで輪が赤組白組の領土を飛び交い、懸命にこちらに押し寄せようとする選手たちを打ち倒していく。どー見ても体育祭とはかけ離れた光景だった。
 しみじみと思った。なんで、こんなことになってるんだろう?
 そして、と必死に周囲を観察してなにも考えないようにしつつそれでもついつい思った。僕はなにをやってるんだろう?


 それはもちろん速水の企みだった。
 選手宣誓の前の生徒会挨拶というプログラム。速水は業務連絡をあっさり済ませ、笑顔で一枚のチケットを振ったのだ。
『あー、それと前日決まったことなんですがー、今回我が生徒会はMVP制度を導入します。見事MVPを受賞した生徒にはこの『全校生徒の中から一人だけいうことをなんでも聞かせられる券』が贈られます!』
『………おぉぉぉ!』
 生徒たちは湧いた。そんな話を聞いていなかったアーヴィンドは当然ぎょっとし、そんなもの生徒の同意なしに発行していいわけが! とおろおろしたが、問題はそれだけに留まらなかった。
『あーでもMVPの選出基準がまだ決まってないんですよねー……戦いなら一番多くの敵を倒した選手で決まりなのにね? でもそれでもいいかもなー、わかりやすいですよね。もちろん武器や魔法持ち出したら反則負けですけど。種目で使う道具オンリーで一番多く敵選手を倒した人がいたら、けっこうMVPって感じなのにね?』
『…………』
 一瞬の沈黙ののち、選手たちは一気に殺気だった。勇者科が主に。普通科は悲鳴を上げている。
 速水はそんな反応は当然予想していたのだろう、笑顔で続けた。
『でもポイントそれだけじゃつまんないなー、捕まえたら高ポイントのボーナスキャラとか、どうですか?』
 明らかになにかをたくらんでいるであろう、イイ笑顔で。


 アーヴィンドは当然解散になったあと生徒会スペースまで走って速水を睨みつけた。
「どういうことですか」
「どういうことって?」
 にっこり笑う速水を、アーヴィンドは小さくため息をついてから再度睨みつける。
「いつから計画なさってたんですか」
「最初からー♪」
「これじゃ体育祭にならないでしょ」
「盛り上がらない体育祭より盛り上がるお祭り騒ぎ♪ それに勝たないとMVPポイントは手に入らないし勝利に貢献した人にもポイント入るから競技にも熱が入るだろうし〜」
「安全対策はどうなってるんですか。勇者科の人間に競技の道具を使ってとはいえ殴られたら普通科の人死にかねませんよ」
「万全に決まってるでしょー? 普通科の生徒にはポーション・オブ・タフネスの改良版配布してあるからね。どんな攻撃来ても死んだりしないよ♪」
「なら大丈夫ですね……」
「まぁ本物は高いからほとんど偽薬なんだけどねv」
「駄目じゃないですかー!」
「心配無用、医療班は待機させてあるし〜」
 頭をくらくらさせながらアーヴィンドは問うた。
「……また魔王対策なんですか」
 この人は本当に毎回毎回こっちには知らせずに勝手なことを、と怨念をこめて言うと、速水はくすりと笑って首を振った。
「半分はね。でももう半分は違う」
「……え?」
「ちなみに他の生徒会メンバーは知ってるよ。僕が知らせたわけじゃなく自分で調べたんだけど。まぁ今回は知っておいてもらった方が楽なこともあるから僕もわりとわかりやすく動いたんだけどね?」
「そ、れはどういう」
 速水はにっこり、とぽややんとした無邪気な(ように一見感じられる)笑みを浮かべた。
「ひ・み・つv」
「……そうですか」
 こうなったらこの人はなにを言っても喋ってはくれまい。一人だけ蚊帳の外か、と寂しく悔しくなりながら自分だけ役に立たないよりはと普通の生徒同様応援席に向かうべくぐっと奥歯を噛み締めて背を向ける。
 と。
「アーヴィンくんには知らないままでやってほしいことがあるんだよー」
 がっしと肩をつかまれた。不吉な予感と共に振り向くと、速水は恐ろしいまでにイイ(そして邪悪な)笑顔でアーヴィンドに袋を差し出している。
「なん……ですかそれ」
「心配しないでいいよ。アーヴィンくん初心者だから優しくしてあげるからv」
 にっこり。
 その笑顔に、アーヴィンドの背筋がぞっと凍った。


「うおー! お姫様だお姫様だー!」
「お姫様を俺たち赤組の手に取り戻せー!」
「ざけんなボケ姫は俺ら紫組のだ!」
「冗談じゃねぇ緑組だ!」
「どいてろタコ桃組だ!」
 飛び交う罵声と殺到する男子生徒の中、アーヴィンドはにっこりと物心ついた時から叩き込まれた優雅で貴族的な笑みを少し儚げに変えて笑う。もちろん内心では泣いているが生徒会ブースでは速水が笑顔で『やれ』と無言の命令を出しているし。
 その笑みに男子生徒たちは(応援の女子生徒たちも)ごくりと唾を飲み込み、顔を真っ赤にして殺到する。それを次々勇者科の猛者たちが(互いに繰り広げている死闘の合間に)薙ぎ倒していく。
 深々とため息をつきたいところではあったが、速水の無言の命令には逆らえない。あくまで表面上は優雅に、空中を自走する椅子の上で笑った。
 アーヴィンドがなにをやっているかというと、お姫様だ。
 正確にはボーナスキャラだ。競技の中で触れたり抱きしめたりキスしたり(あとになるほど高ボーナス。アーヴィンドは必死に拒絶したが速水が許してくれるわけがない)するとMVP用のポイントにボーナスが入るキャラだ。
 しかも普通科ならばポイントが十倍という下駄の履かせよう。普通科はこれを捕まえなさいよー、という意図が見えるようだ。
 勇者科は普通に選手を倒した方が高ポイントなので(こちらを横目で見つつも、ある程度……というには多かった気もするがあくまである程度と主張したい数の例外を除き)、選手を攻撃する。普通科は逃げ回る姫を捕まえようと懸命になる。攻撃力防御力の差は圧倒的だが、なにせ獲物が体育用具、簡単にはいかない。
 現在の輪投げでもびしばし輪が当たっている普通科生徒もけっこう元気にこちらに近寄ってきたりして、アーヴィンドとしてはひやひやしてしょうがない。
 もちろん姫なわけだから当然女装。絶対変になると主張したのだが速水は許してくれずしっかりばっちり化粧を施しドレスを着せられた。そして速水の技術か(認めたくないことにアーヴィンドがまだ背が低く骨格が華奢なせいか)非常に美しい女性と我ながら形容するしかない姿になって選手たちの前に出されたわけだ。
 困ったことにこういう時に限って呪いはフルバースト、生徒たちは欲情しまくり。自分無事に体育祭を終えられるんだろうか、と泣きたくなりつつも顔はあくまで優雅に笑んだ。


 ボーナスキャラをすること五回ほど。アーヴィンドの出場競技が次の次に迫って、アーヴィンドは必死に頭を下げた。
「お願いします、競技にはちゃんと出させてください。この日のためにちゃんと練習してきたんです」
 速水はにっこり笑ってうなずいた。
「もちろんだよ、僕がそんな横暴なことするわけないじゃない? その間の代わりはちゃんと用意してあるよ」
「速水会長……」
 思わず(そんな筋合いではないのに)感謝の目で速水を見る。速水はにっこり笑って化粧道具を取り出した。
「アーヴィンくんが青春の汗を流している間の代わりは、僕がするよ!」
 ――えぇ!?
 と思ったが速水はそれを実行し、前の競技が終わるぎりぎり前に入場門に駆け込んだアーヴィンドは自分より美しい速水の姫姿を拝むこととなった。
 だが速水の姫は微妙にアーヴィンドのものより人気がなく、びくびくしながら生徒会ブースに戻ったアーヴィンドに速水は満面の笑顔で「お帰り、アーヴィンくん、待ってたよ。……暗黒神への生贄って心清い少年でもよかったんだよね?」と訊ねアーヴィンドの首を思いきり横に振り回させた。


 中等部一年競技、玉入れ。これにも当然のようにアーヴィンドは姫として登場させられた。
 どこからドレスを持ってきたのか速水は数競技ごとにお色直しをさせる。今回はちょっと地味な水色のワンピースだったが、アーヴィンドが速水の指示通り『にこ……と消えそうに儚く頼りなげに』笑んだらいっせいに会場が沸いた。
 そして広がる戦場の輪。当然のように飛び交う玉。だがまだ中一では勇者科の力もすごいというほどではなく、投げあいも微笑ましいレベルのものに留まっている。
 少しばかりほっとしながら駆け回る椅子の上で微笑んでいると、突然すさまじい速さで走り寄り椅子の上に飛び乗ってきた男子生徒がいた。
 固まるアーヴィンドに、その生徒は笑う。中等部普通科一年テニス部、赤月隼人。
「よっしゃぁ捕まえたぜ! これで高ポイントは俺のものだな!」
 弾けるように笑って隼人はアーヴィンドに手を伸ばす。アーヴィンドは思わずびくんと震える。隼人の背は悔しいがすでにアーヴィンドより高い。まだ面差しは少年の雰囲気を残しているとはいえ、自分より体の大きい男に襲われる、という状況に体の方が勝手に怯えてしまった。
「え……」
 隼人はびくんとされたことにびっくりしたようで動きが止まる。アーヴィンドははっとしてこれならば! と気合を入れ、何度か見た舞台演劇を思い出しつつす、と表情を翳らせる。
 あわあわ、と慌てたように手を上下させる隼人にいける! と瞳にわずかに涙を浮かべ、いじめる? と問いかけるような悲しげな顔です、と首を傾げて不安そうに隼人を見つめる。素人演技ではあるが泣き落とすつもりで全身全霊をこめて演ってみた。
 どうだ!? と隼人を見つめて固まる。隼人は顔が赤かった。ごくり、と唾を飲み込み、固まっていた指をにぎにぎと動かし、どこか不安そうな顔をしながらも確かな決意をこめてそろそろとアーヴィンドの肩へ手を伸ばしてくる。
 おいおいおいおいなんでそうなる!? と固まっているうちに隼人の手が肩に触れ――


 かけたところにまた新たな生徒が椅子に飛び乗ってきた。同中等部一年テニス部、越前リョーマ。
「お前、邪魔」
「……っだコラァ邪魔はそっちだろ俺が先にお姫様に近づいたんだ横入りすんじゃねーよ!」
「そんなの関係ないでしょ。まだやってないんだから早い者勝ちじゃない」
「関係あるっ! 俺が先にこの人のこと……(なぜかこちらを見て顔を赤らめ)っとにかく駄目だ! 俺が先だ!」
「……ふーん。お前人前でこの人にキスとかできるの」
「キ……っ!?」
 隼人は顔を真っ赤にし、アーヴィンドはなんてよけいなことをー! とリョーマを呪いたくなった。
「キスの方が高得点だって会長言ってたでしょ。それともなに? わざわざ椅子に飛び乗ってせっかくの高ポイント無駄にするつもり?」
「っておま、キ……って、え、キ……!?」
「できないならそこで見てたら」
 リョーマが勢いよくこちらに手を伸ばしかけて、隼人が勢いよくそれを防いで怒鳴る。
「誰もできねぇなんて言ってねぇだろ! けっけどなー、この人だってそーいうの嫌かもしんねーしっ」
 うんうん嫌だ嫌だ絶対嫌だ!
「嫌だったらこんな役引き受けないでしょ。案外誰かにキスしてほしいとか思ってるんじゃないの」
「え」
 不意を衝かれたようにこちらを振り向く隼人。んなわけないんなわけない! と言いたくても喋ったら素性がバレるので黙ったまま必死に想いをこめて相手を見つめるしかないアーヴィンド。
 嫌だよ嫌だよ嫌ですよ、という想いをこめて見つめたのに、隼人はごくり、と唾を飲み込んでなぜか覚悟を決めた表情になった。ちょっと待ったァー! と叫びたいのに隼人は勢いよくこちらに手を伸ばし、
「ちょっと待ったぁー!」
 新たに飛び乗ってきた女子生徒に遮られた。同中等部一年テニス部、赤月巴。
「なっ、と、巴っ!?(裏返った声で)」
「お姫さまとのキスを独り占めしようったってそうはいかないよはやくん。お姫さまとのチューは私のものだからね!」
「え……」
「えぇぇぇ!?」
 アーヴィンドはもはや完全に固まって声も出ない。いやもとから出せないが。
「なっなっなっ、お前女じゃん! なんでこの人とキスしたがんだよ!」
「えー、だってお姫さますっごい可愛いもん。チュってしたいなーって思っちゃいけない? はやくんはなんでお姫さまとキスしたいの?」
「なっなぁっ、おっ俺はキスしたいとかじゃなくポイントのためにだなぁっ」
「えー、ポイントのためにキスするなんてお姫さま可哀想。やっぱり愛がないと、愛が」
「……お前の方にも愛があるとは思えないけど。ポイントのために公衆の面前でキスするってのも馬鹿みたいじゃないの?」
「あーっリョーマてめぇさっきはキスする覚悟がないなら引っ込んでろとか言ったじゃねーかっ」
 ぎゃあぎゃあ騒ぐ三人のテニス部員たちの前でアーヴィンドが固まっていると、タイミングよく競技終了の笛が鳴った。
 アーヴィンドは心底ほっとして周囲に笑みを振りまきつつ退場したが、隼人がなぜかどこか切なげにこちらを見ているのに気付き固まり、ごめんなさいごめんなさい忘れてくれますように忘れてくれますように、と必死に心の中で頭を下げたのだった。


 時間は流れて次が最終競技。『熱血魔王退治会』。
 熱血魔王というのは熱血が大好きな魔王なんだそうだ。だから体育祭に惹かれるのだろうとか。お約束通り大して強くはないがこの時期にしか活動せずガス抜きとして有効だということで使われている。
 ああようやくこの重荷から解放される、と深々とアーヴィンドは生徒会ブースで息をついた。まだドレスは着させられているが、さすがに魔王征伐の時にまでボーナスキャラは必要ないだろう。
 思わず笑顔を浮かべていると、速水にぽん、と肩を叩かれた。
「嬉しそうだね、アーヴィンくん?」
「ええ、まぁ」
「うんうん君が嬉しくて僕も嬉しいよ。じゃー機嫌のいいところで最後のお色直しいってみよーか!」
「え゛」
 ぴしぃ、と笑顔を固まらせたアーヴィンドに、速水はきらきら輝きを感じるほどイイ笑顔で笑ってするりとアーヴィンドのドレスに手をかけた。
「ちょ、は」
「最後が一番重要だからねー、思いきり気合入れないと! ウェディングドレスをモチーフにしたペチコートにフリルにリボンもしっかりついたゴージャス仕様だよ! 頭にはティアラで耳にはイヤリングね! さーコルセットしめしめしましょーねーv」
「や、は、やめ……」
 アーヴィンドは速水に連れて行かれながら必死に助けを求めて手を伸ばしたのだが、舞と鞠絵は静かに黙殺し、セオは泣きそうな心の底から助けたいと思っている顔でこちらを見たものの、やっぱり助けてはくれなかったのだった。


『わーっははははっ!』
 割れ鐘のような声がグラウンドに響く。
「熱血魔王か!」
 そんなことを叫びながら武器を構える戦闘準備を整えた勇者科生徒たちだったが、その声は一気に固まった。いかにも魔王という感じの姿をした巨大な影が唐突にグラウンドに現れたのは確かだったが、その影は右腕に体育祭のボーナスキャラ、麗しの姫君を抱えていたからだ。
『わーっははは、このような至上の美姫を守りもせず置いておくとは愚かな者どもよ! この麗しき姫君はこの美の鑑賞者、魔王ジェジェーヌが貰い受けたぞ!』
 そう高笑いをしてしゅるしゅると姿を消していく。右腕に抱いた涙ぐんだ顔を必死に助けてと訴えるように生徒たちに向ける姫君も共に姿を消していった。
 呆然とする生徒たちに素早く速水の鋭い指示が飛ぶ。
『乱入してきた魔王に姫を誘拐された! 相手は次元隠蔽術を使って小刻みに移動してる、まだおそらくはグラウンドの中だ! ジェジェーヌの媒介はおそらく影、生徒たちは大至急怪しい影を探せ!』
 言われてはっとして生徒たちは影を探し始める。勇者科生徒と限らなかったせいか勢いか、普通科生徒もほとんどが血眼になって影と姫を探す。
「これは!?」
「違う、魔力を感じない!」
「あそこに妙な形の影ある!」
「これじゃ……ないっ! 魔力はあるけど偽者だ!」
「! 電灯の上に妙な影がっ……」
『それだっ!』
 隼人が影を見つけたと叫ぶや放たれた速水の声に、隼人はコンマの速度でボールを宙へと飛ばし相棒のラケットで打っていた。時速200km近い強烈なサーブが怪しい影に衝突する。
『ぐっ!』
 呻くような声が漏れ、しゅるしゅるとジェジェーヌの姿がむむむむと湧き上がってくる。右腕にはぐったりとした姫を抱え。
『姫!』
 思わず叫んで駆け寄ろうとした(隼人を含む)近くの生徒たちに、ジェジェーヌは『この程度で我を捕まえられると思うな!』と叫びまた姿を消す。
 再び躍起になってジェジェーヌを探す生徒たち。速水の指示が飛び、ジェジェーヌが見つかる。だが攻撃する前にまた素早く姿を消す。見つかる。姿を消す。見つかる。姿を消す。
 それが何度か繰り返され、生徒たちの顔に焦りが見え出した頃、唐突にグラウンドの中空に真っ赤な影が現出した。
『わーっはははは、来たぞ来た来たついに来た、全国民が待ち焦がれた熱血魔王ここにさんじょ」
『邪魔だっ!』
 全員一致で即殺された。
 ……そういう状況を見つつ、アーヴィンドは半泣きになりながら心の中で謝っていた。ごめんなさいごめんなさい、でもどうかどうかバレさせないでください。


「今回のテーマは、ずばり、『普通科生徒と勇者科生徒の垣根を取り払う』だったわけ。この二科の間にはけっこう暗くて深い溝があるからねー。そのためにはやっぱり共通の目的を持たなきゃ駄目でしょ? そのために姫が必要だったわけ。こういう風に普通科でもできることがあるんだって互いに知ってもらえれば距離が縮まるかもでしょ? それに熱血魔王はそろそろ限界に来てたからねー、全力パワーで消滅させた方がいいって結論に達したから、手加減する余裕のない状況を作り出すのにもちょうどよかったんだ」
「………………」
 アーヴィンドは無言でてきぱきと後片付けを続行した。
 体育祭はつつがなく終了した。優勝組に優勝旗と優勝杯が授与され、MVPである勇者部副部長サウマリルトにもチケットが贈呈された。
 贈呈役はボーナスキャラであるところの姫君。儚げな笑顔でそっと旗やカップを手渡すその姿に、生徒たちは吠えた。
 そしてその姫の正体であるところのアーヴィンドは、さっきからずーっと黙りこくっている。
「サウマリルトとディリィさんが協力して発動させたあの幻術を見破れる奴はまずいなかったし。うまい具合に姫君をサウマリルトが救わせたから、MVPは決定でチケットをちゃんと作る手間も省けたし。万々歳ってわけ」
「………………」
「それにこういう風に勇者のカッコいいところを見せれば勇者科に転科しようっていう気概のある生徒も出てくるかもだし。そしたら戦力アップ、士気もアップ! みたいな?」
「………………」
「……えーと。少なくとも99%は気付いてないと思うよ?」
「残りの1%は気付いてるんじゃないですかぁぁぁ!」
 アーヴィンドは耐えられず絶叫した。
「いくら目的があるとはいえ嘘をついて茶番を仕立てるのも問題がありますし、そのために幻の姫を作るなんてむちゃくちゃです! まかり間違って本気で姫に憧れて転科しちゃった生徒がいたらどう責任取るんですかーっ!」
「んー、それもまた人生?」
「ふざけないでくださいぃぃ!」
 本気で涙を浮かべながら泣き喚くアーヴィンドに、速水はわずかに苦笑した。
「そうだね。確かに今回はちょっとやりすぎたかなー、って思うよ」
「わかってるならやらないでくださ」
「でも、まぁこっちにもこっちの事情があってねー……」
「事情……?」
 きっと速水を見つめると、速水はてへっと笑ってみせた。
「そっちのが面白いとかv」
「会長ーっ!」
 泣き叫ぶアーヴィンドを速水はにこにこ笑顔で適当にあしらう。アーヴィンドはそれにムキになっていたので、気付かなかった。
 速水がわずかに、普通の人なら気付かないほどわずかに、拳を握り締めていたことに。

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