『追い出せ煩悩! 除夜の鐘撞いて賞金ゲット』という矛盾した大会(年末の恒例である年越し魔王の退治と、新しい魔王の接近に対抗するためらしい。アーヴィンドなりに調査して探り当てた)の受付をしながら、アーヴィンドはぼんやり考えていた。
 今年一年。いろいろあった。本当にいろんなことが。
 両親を説得してこの学校にやってきて。初っ端から生徒会に勧誘されて。
 その仕事(主に速水会長)に振り回されて、けっこう散々な目に合ったりもした。そっちの仕事が忙しくて課題の提出が間に合わなくて泣きそうになったりもした。生徒会関連以外でもけっこういろいろ大変なことがあったりして、この学校に来てよかったかと十割思えるか、と聞かれたら素直にうなずけない気持ちもある。
 でも。
 は、とアーヴィンドは近づいてくる生徒に笑顔を向けた。
「『追い出せ煩悩! 除夜の鐘撞いて賞金ゲット』大会の受付はこちらです」
 そうにっこり微笑んで相手の顔を赤くさせながらも、頭の一部は回想を始めていた。今年一年のことを。


 たとえば、あれは春。
「アーヴィンド・クラーク・リズレイ・プリチャードと申します。これから一年、よろしくお願いします」
 学校での自己紹介なんて初めてのことに、ドキドキしながら言った言葉。言ってぺこりと頭を下げると、周囲がわずかにざわめいた。
 呪いをかけられてからこういう風にたくさんの人の前に出るのは初めてで、少しばかり緊張していると、周囲からいっせいに声が飛んできた。
「ねぇねぇアーヴィンドくん、趣味は?」
「生年月日は?」
「血液型は?」
「お姉さんか妹いるっ?」
「どんな子がタイプー?」
 一気に浴びせられる質問に、混乱しつつも必死に答えようと口を開くが、その前に担任教師のバコタ・イリージアン先生が冷たく言った。
「静かにしろ」
 その迫力のある声に、全員思わず静まり返る。
「聞きたいことがあるならあとで個人的に聞け。ただし」
 ぎらっ、と瞳が輝いた気がした。
「見境なく質問して相手の邪魔をするような行為があれば、俺が懇切丁寧にその根性を指導してやるからな」
 全員声もなくこくこくとうなずいてしまった。
 そしてそれから学校のいろんな部署を回る時、やたら声をかけられ無神経な質問をぶつけられたりすることがあって、ようやくそれがどれだけ優しい気遣いであったか知るようになり、アーヴィンドはバコタという教師を心から信頼するようになったのだ。


 たとえば、あれは五月。
 初めての中間試験に向け、アーヴィンドは必死で勉強をしていた。勇者科はその中でもいくつもの科があり、授業がある。その中から自由に授業が選択できるのだ。
 アーヴィンドが主に選択しているのは神学科と学術科。神学科は信仰を鍛える(主に精神鍛錬)のはもちろんだが、神の知識もきちんと深めなくてはならないし、学術科は知識を武器にできるようにほぼありとあらゆる知識を頭に入れなくてはならない。当然、机の前での勉強が大変なことになる。
 でも戦士科の授業も選択しているので体の鍛錬も休むわけにはいかない。図書館の目立たない場所で(図書室ではなく一個の建物として図書館がある)必死に知識を頭に詰め込んでいると(教室や人の多い場所では勉強を教えてとやってくる生徒たちがいて、そして頼みを断るのが苦手なアーヴィンドはついついそれを受けてしまい自分の勉強ができなくなるのだ)、ふ、と目の前に影が落ちた。
 え、と思わず顔を上げようとすると、それよりも早く影は身を翻して去っていく。図書館内ということを考慮してか、静かなのにひどく素早いその動きに目を見開きはしたものの、なんだったのかと首を傾げていると、かさり、と机の前で紙の束が音を立てた。
 さっきまでは確かにそんなところにそんなものはなかった。さっきの影が置いていったのか、と読んでみて驚く。そこに書いてあったのはアーヴィンドが難渋していた神学科と学術科の勉強内容のまとめが書いてあったのだ。押さえるべき場所、覚えるべきところ、理論構築の手助けになる本や効率的な勉強方法までまとめてあった。
 誰が、これを? もしかして僕のために書いてくれたのだろうか? こんなにたくさん、さぞ大変だっただろうに。
 驚きながら読み進めて、気がついた。この字、どこかで読んだことがある。
 どこだっただろう、と思考を回転させて思い出した。生徒会の議事録でだ。
 じゃあ、これは、生徒会書記。つまり、セオ・レイリンバートル先輩が?
 驚いて立ち上がり駆け出しかけ、図書館内であることを思い出して早足で生徒会室へと急ぐ。中間試験前ということで生徒会活動は(特に早急に対処すべきこともないし)休みだったのだが、そこしかセオ先輩がいる場所が思い当たらなかったのだ。
 はたしてセオはそこにいて、アーヴィンドが心からお礼を言うと真っ赤になってなぜか謝られてしまったのだが、その時からアーヴィンドはまともに話ができないので少し困った人だなと思っていたセオ先輩を、本当に優しい人だなと心から尊敬するようになったのだ。


 たとえば、あれは梅雨時。
 部活の様子を見て回る命を受けテニス部に行った時のこと。その日も雨が降っていて、テニス部は屋内での筋肉トレーニングを行っていた。
「あーっ、ちくしょーいい加減思いっきり体動かしてぇーっ! 毎日毎日基礎トレーニングばっかじゃ体なまっちまうよー!」
 部員の中で、まだ中等部なのではないだろうか、自分と同程度の背の高さ(その頃はまだそうだった)の少年が喚いている。
「まぁまぁ。基礎トレーニングも大事だしさ、しょうがないじゃない雨なんだし。止まない雨はないんだから、いつかは晴れて思いきりボールが打てるよ」
「けどよー、練習ってのは楽しくねーと効果が半減するんだぜ? いっつも基礎トレばっかじゃ張り合いねーよ。ったく、俺のこの黄金の右手が錆びついちまうぜ」
「……ま、確かにね。お前の右手が黄金かどうかはともかく」
「なんだとボケリョーマっ」
 まだ初等部なんじゃないかと思えるほど背の高さの違う二人の少年と話している声がふいに荒くなったのに少し慌てて、おせっかいかとは思ったが仲裁をすべく顔に微笑みを浮かべて割って入った。
「君、そんなにテニスが上手なの?」
 その少年は驚いたようで、目をぱちぱちさせた。
「え……はぁ」
「……誰、あんた」
「リョーマくん……アーヴィンド先輩だよ、高等部の。生徒会庶務が選ばれたって話題になったじゃない。覚えてない?」
「知らない」
「そーなのか?」
 まぁそんなものだよな、別に話題になりたいわけでもないし、とアーヴィンドは苦笑しつつ言った。
「すごいね、まだ中等部でしょう? 始めたばっかりなんじゃないの?」
「いや、俺は物心ついた頃から親父に仕込まれてるんで。一応小学生の頃地区優勝してるぐらいの腕は」
「地区優勝ぐらいの腕で自慢する気?」
「ざけんなてめぇ別に自慢してねぇだろやるかリョーマっ!」
 まずい、仲裁するつもりだったのに、とアーヴィンドが慌てると、リョーマと呼ばれた方とは反対の背の低い子が少し困ったように笑いながら割って入った。
「ほら、二人とも! 生徒会の先輩の前で喧嘩しないでよ」
「だってなー天野、こいつが」
「俺のせいにする気?」
「一から十までてめぇのせいじゃねーかっ」
「ほら、また。アーヴィンド先輩呆れてるよ? テニス部の部費に影響するかもよ?」
『……う』
「それに、そうでなくても俺も梅雨で欲求不満なんだから、練習の時くらい仲良くしようよ。それ以外の時も仲良くしてくれた方が嬉しいけどさ」
「うー……わかったよ」
「……仕方ないね」
 そして背の高い少年はこちらを向き、ぺこっと頭を下げて言ったのだ。
「すんませんした! でも、俺ら全国目指してマジ頑張ってるんで、部費削るのはカンベンしてください!」
「……うん。応援してるから、仲良くね」
「はいっ! しっかり全国優勝してみせますよ、期待しててください!」
 にっと笑うその笑顔が印象的で、アーヴィンドはあとで部員名簿と照らし合わせ、彼らの名前――赤月隼人、越前リョーマ、天野騎一――を知った。そして、彼らがレギュラーで中等部が全国制覇したことを知って、有言実行なんだな、と少し嬉しい気持ちになったのだ。


 たとえば、七夕。
 速水会長の指揮の下『レッツテレビプレイ〜七夕フィーリングカップルでみんなの願いをかなえよう』という妙なイベントが無事終了し、ほっとしているところに、学生食堂の面々から差し入れが届いた。七夕ということで冷や麦料理各種。スタッフたちでありがたくそれをいただいていると、ライがじっと笹を見ているのに気がついた。
「どうかしたの? そんなに笹を見つめて」
「え、いや……」
 わずかに眉をひそめて、ライは小さく言った。
「アーヴィンド先輩はさ。願いがかなわなかったことってあるか?」
「え……」
 今まで接してきたライの言動の中では珍しい、というか考えにくい言葉に、アーヴィンドは目を見開いた。ライはさらに珍しい無表情で、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「俺は、あるよ。何度願っても無駄だってわかってるのに何度も同じこと願って、それがやっぱり無駄に終わってくの何度もあるよ」
「ライくん……」
「なんか……笹見てて、そのこと思い出して」
 そう言ってから、はっとしたようにライは笑顔になった。
「悪い、こんなこと言われても困るよな。なに言ってんだろーな俺。ごめん、忘れてくれ」
 アーヴィンドは戸惑ったが、それでも必死に首を振った。
「忘れないよ。……僕にできることなんてそうないだろうけど、愚痴や悩み事の聞き役にくらいいくらだってなるよ」
「……なんで?」
「え」
「なんでそう思うんだ?」
 アーヴィンドは戸惑った。確かに彼と自分とは大して仲がいいというわけじゃない。クラスどころか学年も違うし、同じ部活というわけでもない。アーヴィンドはいつも自分のことで手一杯で、他人を救えるような立派な人間ではまったくない。
 でも。
「いつもおいしいご飯を作ってくれてるお礼。そのくらいのことは、したいって思うよ」
 顔に笑顔を載せて言ったその言葉にライは少し戸惑ったような顔をしてから、少し笑って言った。
「ありがとな」
 それからたまに少し話をするようになって、アーヴィンドとライはお互いを呼び捨てにするようになったのだ。


 たとえば、夏休み。
 たまたま生徒会活動がない日にヴィオにプールに誘われて、アーヴィンドは少し恥ずかしい気もしながらも嬉しくてうなずいた。街のウォータースライダーが有名だというプールを選んで中に入る。
 プールの中に、ふと知っている顔を見つけた。
「あ……」
「どしたの?」
「大河さんだ」
 ロボ研の中でも最優秀な一人、大河新次郎。彼はロボ研に行った時に(あと魔王との戦いで何度か)顔を合わせたことがある。そうでなくとも有名人だし。アーヴィンドも彼の優秀さは認めている。
 だが、夏休みの初め、臨海学校でのぞき行為を行っているのを見て以来、アーヴィンドの彼に対する信頼度はもはや地の底なのだった。
「……また女性たちに囲まれているな」
「わー、すげー、女ばっかー」
星組≠ニ呼ばれる戦闘グループの隊長である新次郎は、たいていそのメンバーである女性と行動を共にしている。それが有名人である理由のひとつでもあった。八百万間学園広しといえども、そういう人間は他には兄一ぐらいしかいない。
 なんだか嫌なものを見たような気分になってしまい、小さく祈りを捧げて懺悔して、それからヴィオに笑顔を向けた。
「じゃあ、どのプールから泳ごうか?」
「うんっ、えっとー俺一番でかいウォータースライダーがいい!」
 それから一時間強、ヴィオとひたすら無心に遊んで(こういうこともこの学園に来るまでアーヴィンドにはなかったことだった)、休憩しようとプールサイドに腰を落ち着けて。なにか食べ物と飲み物を買ってこようとアーヴィンドはヴィオを残し店に向かった。
 と、そこでまた新次郎の姿を見た。う、と思わず一歩退きそうになる自分を叱って前に出る。声をかけるべきかどうか、しばし新次郎を見つめながら逡巡した。
 と、気付いた。新次郎が両手一杯に荷物を抱え込んでいることに。
 あの女性たちに持っていくのか、とまた少し嫌な気持ちになってから思い出した。星組の面々は、新次郎に対する信頼度・好感度が戦闘能力に影響するのだとか。つまり部下たちをきちんと生き残らせるためにも、新次郎は彼女たちに好かれていなくてはならないのだ。
 だからあんな風に女性のために頑張っているのだろうか、と見ていると、ふいにだっとすごい勢いで子供が新次郎に向け突っ込んできた。
「わっ!」
 荷物のせいで前が見えず反応が遅れたのだろう、新次郎は荷物を落としかけた。だがぎりぎりでそれを支えてそっと下ろし、突っ込んできた子供に優しく声をかける。
「どうしたんだい? 急に突っ込んできちゃ危ないよ?」
「ママが、いないの……ここにいるって言ったのに、いないのぉ……」
 迷子か。新次郎もそう判断したのだろう、少し困った顔をしてからうなずいた。
「よし、お兄ちゃんが君のママを探してあげるよ。君とママの名前は?」
「いえ、この子は僕が引き受けます」
 アーヴィンドが進み出て言うと、新次郎はあ、という顔になった。
「君は、確か生徒会の……」
「庶務をやってます、アーヴィンドです。部下の方たちにそれを持っていかなくちゃならないんでしょう? この子は僕が引き受けますよ」
 そう言って荷物を指すと、新次郎は一瞬あ、という顔になったが首を振った。
「ううん、この子はぼくに抱きついてきたんだし。なにより一人より二人の方が早く見つかるだろ? この子を早くお母さんのところに連れていってあげないと」
 アーヴィンドは少し目を見開いて、それからうなずき言った。
「じゃあ、すぐ近くに僕の友達がいますから、一緒にそこまでお母さんを探しながら行きましょう。そこに荷物を置いて部下の方たちを呼びに行って、みんなで探したらいいんじゃないでしょうか」
「あ、そうだね、それがいい」
 そう言って笑い、本当に最後まで全力でその子のお母さんを探した新次郎を見て、この人はやっぱり会長に認められるだけのことはある人なんだなぁ、とアーヴィンドは見直したのだ。


 たとえば、文化祭数日後。
 アーヴィンドは机の中に入っていた手紙で、放課後使われていない教室に呼び出された。当然警戒していたのは言うまでもない。これまでにも何度か呼び出されて大勢で襲われる(男女どちらにも)ということはあったし、何度かは本気で危ない思いをして会長に出てきてもらう羽目になったことすらあったのだ。
 今度はそんなことがないように、とヴィオとフェイクに見張っていてくれるよう頼んだ。自分もまだまだ未熟ではあるが、足には自信がある方だし、警戒していけば逃げられないことはないだろうと思ったのだ。
 教室はがらんとしていて人気がなかった。周囲の様子を確認しつつ中に入り、中を見渡す。それでも誰もいない。
 困ってしばらく待ってみたが、指定の時間から十五分経っても誰も来ないので、ヴィオとフェイクをこれ以上つきあわせるのも申し訳ないし、自分にも生徒会で仕事があるので帰ることにした。
 生徒会室に行くといつも通り生徒会役員たちはばりばりと仕事をしている。遅れてすいません、と挨拶すると笑顔で会長に言われた。
「いーよいーよ。どーせ誰かに呼び出されたんでしょ?」
「はい……」
「で、誰も来なかったから帰ってきたんでしょ?」
「え、なんでそれを」
 驚くと、速水はにっこり笑った。
「遺跡研究会副部長葉佩九龍からのでんごーん。『心配しなくても遺跡研究会から犯罪者は出さないよん』だってさ」
「え、それは」
「遺跡研究会の部員がね、君をなんとかものにしたくて……ちなみに女子部員だったらしいけど、α波発生装置を持ち出したんだって。そんで三十分くらい一緒に歩いて好感度アップしたところを押し倒そうとしてたみたいなんだ。それを九龍がぎりぎりで捕まえてやめさせたんだって。そっちに時間がかかったのとアーヴィンくんが携帯情報端末の類持ってないから連絡遅れてごめんな、っつってたよ」
「……はぁ。それは、ありがたいですけど」
「なに、なんかご不満?」
 少し面白がるような顔をして見つめる速水に、アーヴィンドは疑問をぶつけた。
「そもそもα波発生装置なんてものがあること自体間違ってるんじゃないかと思うんですけど。持って一緒に歩くだけでその人に対する好感度を上げるなんて、明らかに校則違反、というか人としての倫理に反しますし。研究対象として厳重に保管するならまだしも、部がいいように使ったり部員が持ち出したりするのでは……接収すべきだと思うんですが」
「ふむ」
 速水はわずかに口の端を吊り上げ、アーヴィンドに持っていたペンの先を突きつけた。
「アーヴィンくん。なんで遺跡研究会にあれだけの部費と権限を与えてるか覚えてる?」
「はい、もちろん。魔王の力のガス抜きのためですよね」
「うん正解。魔王の力を適度に弱め、有利に戦うためだね。で、α波発生装置がなんで遺跡研究会の所有物か知ってる?」
「え……遺跡で手に入れたものだから、ではないんですか?」
「半分正解。九龍が遺跡で手に入れたものを調合して作ったんだ。で、それを遺跡研究会に使わせてるのはね、あそこが一番効果的にα波発生装置を使えるからなわけ」
「え、それは」
「あれね、実は特殊な磁場の影響下でないと効果ないんだよ。魔王がいたり妙なもの封印されてたりする遺跡とか、無限ダンジョンとかね。そーいうとこに一番出かけてくのが遺跡研究会でしょ? で、あそこはチームで潜るから、チーム内に仲悪いのがいると困るわけ。勇者部とか、こっちに必要になった時は貸し出しオッケーって契約結んでるしね。今回の犯人の子はそれ知らなかったんだねー」
「じゃ、じゃあ文化祭の時にユィーナ先輩はなんで」
「あー、うちのガッコイベント時にはその特殊な磁場発生したりするから」
「それじゃあやっぱり」
「はい話最後まで聞いてー。あのね、あの装置って好感度を上げることはできるけど、嫌ってる人とかどうでもいい人とかを特別に好きにさせることはできないんだよ。絆で結ばれた親友とか恋人になるにはちゃんとイベント起こしてフラグ立てないと駄目なの。そりゃ好感度上がればイベント起きやすくはなるけど、それでも本人が決意して本気で行動起こさないと駄目なんだよ」
「……でも」
「なにより、お互いがお互いにとって特別な存在でないとろくに働かないしね。だいたいあんなもん金出してまで借りる奴なんて、お互い好きだけどあと一歩が踏み出せない恋人同士ぐらいじゃん。感情なんて脳内物質の乱れでけっこう簡単に揺れたりするんだよ、なら道具使って気持ちを確かにするのもアリじゃない?」
「それは」
「九龍ってあいつなりにそーいうモラルはちゃんと持ってるよ。ま、アーヴィンくんがそれは駄目だと思うなら、君の代になってから接収してね。僕はしないから。その時の根回しのためにもとりあえず、この書類遺跡研究会に持ってって判押してもらってきて」
 そうしてアーヴィンドは遺跡研究会に向かい、九龍に礼を言ったり謝られたりしたのをきっかけに、少し九龍たちと話すようになったのだ。


 たとえば、一週間前のクリスマス。
 速水は里帰りしない生徒たちのためにクリスマスパーティを企画し、それがまたおっそろしく派手かつ無茶なもので、アーヴィンドはじめ生徒会の面々はきりきり舞いさせられた。
「舞副会長、これアルコールじゃないんですよね……? なんだか酔っ払ってるような人たちいるんですけど」
「当然のことを聞くな。アルコールはあとで面倒なことになるから禁止、という速水の言葉に反してなんの益がある」
「そ、そうですよねすいませ」
「芝村で開発した新たな薬物を混入した飲料水だ。酩酊、多幸感、躁状態をもたらすが依存性はない。まぁまだ認可は受けていないがな」
「法律違反じゃないですかー!」
「安全性は充分確認してある」
『はーいそれじゃー次のゲームいっくよー! 社交ダンス版DDR!』
『ええええ!?』
「お前に有利なゲームが出たぞ。行かぬのか?」
「だ、だって仕事が」
「今は急ぎの仕事はないであろう」
「アーヴーっ! 一緒にやろーぜーっ! 俺賞品の炎晶石ほしいんだ!」
 駆けてきたヴィオに、どう答えるか一瞬迷う。ヴィオに応えてやりたい気持ちはあるが、今仕事がと言ったばかりなのに。
「行くがよい、アーヴィンド。仕事ができれば私が片付けておく」
「でも」
「お前とお前の友を信頼せよ。お前の自由時間をゲームの間も確保できぬほど、我らは準備をおろそかにしていたか?」
 じっとこちらを見てわずかに笑む舞を、アーヴィンドは思わずまじまじと見返して、それから少し泣きそうになりながらうなずいた。
「……では、行かせていただきます」
「好きにせよ」
 ヴィオと一緒にゲームの真っ只中に向かいながら、アーヴィンドは涙をぎゅっと唇を引き結んで堪えた。舞副会長が友と呼んでくれるほど、自分たちは全力で仕事に立ち向かってきたのだと実感し、ひどく嬉しくなったのだ。


 そして、クリスマスパーティ後の夜。
「速水会長……なんでそのサンタ服ミニスカートなんですか」
「だって似合うし可愛いでしょ?」
「そしてなんでセオ先輩と僕はショートパンツなんですか」
「だって似合うし以下同文」
 そんな風にあしらわれながら、アーヴィンドたち生徒会役員はサンタの役目を果たしていた。今年一年頑張った生徒たちに、生徒会からクリスマスプレゼントを贈るのだ。
 たとえばライには天使のフライパンを。ユルトにはファイトいっぱつ&超万能ぐすりのセットを。滝川には業物超硬度カトラスを(舞と速水も個人的に贈り物をしたらしい)。兄一には(妹たちが贈ったであろう山ほどのプレゼントに埋もれていたが)洗剤各種+レポート用紙+細々とした文房具や消耗品を。新次郎にはなぜかテニス部御用達スポーツショップからテニスボールを十個。
 無事配り終えてああ、やっと仕事が終わった、とほっと息をついていると、速水が笑顔で袋からさらに箱をいくつか取り出した。
「? まだ配ってなかった生徒っていましたっけ?」
「ここにいるじゃない」
「え」
「はい、今年一年とっても頑張った舞と鞠絵ちゃんとセオくんとアーヴィンくんに、サンタクロースからプレゼントv」
「えぇっ!?」
 驚きながらも受け取って、開ける許可をもらう。アーヴィンドのプレゼントは鈴凛謹製携帯情報端末だった。『これでいつでも僕らと一緒だねv』とメッセージカードが添えられている。
 それを見ているうちになんだか泣きそうになってきて、思わずうつむくと、速水がくすっと笑って静かに言った。
「メリークリスマス」
 堪えきれずに一粒二粒涙をこぼしながら、アーヴィンドは「メリークリスマス」と震える声で返したのだった。


 アーヴィンドは回想を終え、小さく微笑んだ。そう、十割よかったと思えるわけではないけれど。本当に仕事は多いし大変だし疲れるし今でも勉強との両立にひぃひぃ言っているけれど。
 でも、この学校に来てよかった。問われた時には、そう答えられると思う。
「アーヴー」
 ヴィオがやってきてにこにこしながらお椀を差し出してくれる。
「差し入れだぞー。お汁粉先にちょっともらってきちゃった」
 へへ、と笑うヴィオに笑顔を返しながら、アーヴィンドは椀を受け取った。
「ありがとう。嬉しいよ」
「へへ。あ、それともー大会始まったから、受付締め切っちゃってもいいよって会長言ってたぞ」
「うん……でも鐘の音につられて参加したくなる人がいるかもしれないし」
「そっか! じゃー俺も一緒にいるっ。一緒にお汁粉食べよーなっ」
「うん」
 ぼうーん、と遠くでかすかに鐘の音が聞こえる。ああ始まったな、と思いながら、アーヴィンドはお汁粉をすすった。
 今年一年、お疲れ様でした。ありがとうございました。
 そして、来年もよろしく。

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