拍手ネタ小説『全然関係ない二人を適当な状況にぶっ込んでみました』
〜『現代日本、居酒屋を訪れた建築会社勤務サラリーマンとその店のアルバイト』

ラグ「みなさんどうもこんにちは。当サイトDQ3・1stパーティで戦士をやっているラグディオ・ミルトスです」
ディラ「同じくDQ3から、ただしあたしは2ndパーティの、このサイトの女性キャラ中随一の人気を誇る女武闘家ディラ・メスノンでーっすv みんな、久しぶりーっv」
ラグ「随一の人気、って……(そういうことを自分で言うかな、普通……)」
ディラ「なーによー、いーじゃないのよっ、少なくとも前にやった人気投票じゃ女性キャラで一番人気だったんだからー。あたし嘘ついてないもーん。みんなーっ、あたしのこと好きーっ? あたしもみんなのこと大好きーっ!」
ラグ「…………(その年でそういう新人アイドルみたいなノリはかなりきついものが……)」
ディラ「……なんか言った?(ギヌラ)」
ラグ「(ぶんぶんぶん)いやなんでもないよ本当に。さぁ、今回の拍手小説の紹介を始めよう」
ディラ「ちっ、ごまかしおって。まー確かにお仕事はちゃんとしないとね……えーと、『全然関係ない二人を適当な状況にぶっこんでみました』の第三弾は、あたしディラとこのラグの二人で、『現代日本、居酒屋を訪れた建築会社勤務サラリーマンとその店のアルバイト』っていうのをやりまーっす!」
ラグ「前回同様、現代日本というのは『現代日本同様の文化風俗を持つカタカナ名前の国』とお読み換えください。これも前回同様、拍手小説の感想を送りたい方のため前後の説明を入れても九話構成になっています。一応それなりに大人同士の話ですが、若い方にも楽しんでいただけるよう頑張りたいです」
ディラ「あ、なによそれ、あんたあたしが若くないとでも言う気? 言っとくけどあたしまだ二十(ピー)歳のうら若き乙女」
ラグ「では、どうぞっ!」
ディラ「あっコラ逃げんな! ……ゆっくり楽しんでいってくださいねv(笑顔でウィンクv)」


「でよぉ、ウチのカミさん、言うに事欠いて『鬱陶しいからあっち行って』なんぞと抜かすんだぜ? たまにちっと優しくしてやろーかとしたらこれだ。っとに、誰が稼いでると思ってんだか」
「まったくだよなぁ、っとに世の女房どもは亭主に対する尊敬の念がなさすぎるっ! 疲れて帰ってきたってのにあれしろこれしろって喚くわ、少しは労われとか言えば『アタシだって疲れてるのよ』から始まる文句が数十倍は返ってくるわ! 主人のことをなんだと思ってんだ!」
「ガキができたらさらに始末が悪いぜ。妊娠中はイライラしてこっちに当り散らすし、産んだら産んだでやれこの日は休めのガキの面倒見ろの。こっちゃ毎日仕事を勤め上げるだけで疲れ切ってんだっつーの!」
「んっとになぁ、結婚なんてするもんじゃねぇよ。まったく、気楽な独身貴族のお前がうらやましいぜ」
「はは……」
 かつての同窓生たちにそう言われ、ラグは苦笑して砂肝を噛んだ。自分にそういうことを愚痴って、どういう反応を求めているのだろう、こいつらは。
「んでよ、たま〜に息抜きすりゃ『いいご身分ねぇアタシは朝から晩まで家で汗水垂らして』から始まる文句のオンパレード! ふざけんなてめぇは家でぐーたらしてんだろーがこっちゃあ周囲に気ぃ遣って胃痛くしながら体張って稼いでんだ、って何度張っ倒してやりたくなったかしれねぇよ」
「そうそう、家事労働がどんだけ辛いかとか価値を認めろとか金払えとか文句言うけどなぁ、そもそもてめぇは金稼げるほどきっちり家事やってねーだろっつーんだ。メシはまずいし掃除は手抜きだし。シャツにアイロンかけんの忘れてたとか抜かした時は本気でぶん殴ってやりたくなったぜ」
「口動かすより働け、っつーんだよなぁ。この不況の中こっちがどんだけ苦労して稼いでると思ってんだか。やいのやいの言うんなら、掃除婦でも内職でもなんでもいいから俺らと同じだけ稼いでからにしろ、っつーんだよ。なぁ?」
 盛り上がる場の空気の中、ラグは一人むっつりと黙り込んでいた。今この状況でなにかを言えば、どうしたって同窓生たちに対する叱責やら批判やらにしかならないとわかっていたからだ。
「っとに、あのクソアマどもは……」
「生中レバニラベーコンポテトソーセージお待たせいたしましたー!」
 どんどんどん、と料理とビールが置かれる。ラグと同窓生たちは思わず揃って運んできたウェイトレスの女の子を見てしまった。
 自分たちのテーブルを担当するウェイトレスであるこの女の子は、美人だった。くっきりした顔貌も、頭の後ろでポニーテールにしているきれいな黒髪からのぞくうなじも、色気のない居酒屋の制服の上からでもはっきりわかるその豊満なプロポーションも、どんな男が見ても美人だと太鼓判を押すことは疑いがない。
 特に、胸。制服をはちきれそうなほど大きく盛り上がらせているその胸は、グラビアアイドルでもおかしくないだろうと思うほどの迫力だった。そこらの遊び人よりよほど女慣れしているという自負を持つラグでさえ、初めて見た時は目がいってしまったほどに。
 手際よく注文の品を並べて去っていこうとする女の子に、同窓生の一人が(酔った勢いなのだろう)声をかける。
「おねえちゃん、おっぱい大きいねぇ」
「おい、セクハラだぞ、それは」
「あはは、ありがとうございまーっす。そちらのお客さんもお気遣いありがとうございまーっす」
 反射的にラグは声をかけた奴を小突いたが、その女の子(胸の名札には『メスノン』と書かれていた)は気にした風もなく笑ってウィンクしてみせた。強調するように腰を振りつつ、テーブルの上の食べ終えた皿とジョッキを持ってテーブルを離れていく。
 テーブルについた全員が、ほうっとため息を漏らす。
「いっやぁ……いい女じゃねぇか。今時珍しいぜ、あんな子」
「やっぱ女ってのはああじゃなくっちゃなぁ。いくつだ、大学生か?」
「それにやっぱあの胸だろ。独身だったら絶対声かけてるな」
「彼氏いると思うか」
「いるだろそりゃ。あのでかい胸をわしわし揉んでんだろうなぁ、くっそ許せねぇ!」
 さっきまでとは別の方向に盛り上がる同窓生たちの間で、ラグは一人息をついた。たぶん、セクハラの声をかけた時に、一瞬ではあるが彼女のこめかみがぴくりと、明らかに怒りの感情でうごめいたのに気づいてしまう自分は、これからもずっとこいつらと同じように盛り上がることはできないのだろう。


 かなりに飲んだつもりだが、結局さして酔うこともできず、暗い家路をたどる。ラグの家はここから歩いて帰れる距離にあるのだ。さして仲のよかった相手もいないプチ同窓会に会費を払ってまで参加したのは、それが要因の一つだった。
 が、それだけというわけではない。そしてそれだけではない方の要因が、ラグがザルと言っていいほど酒に強いとはいえ、生ビールを大ジョッキで二十杯は飲みながらも、微塵も酔えない理由なのだろう、と自分でもはっきりわかっていた。
「……結婚、か」
 小さく息をつく。三十の年を数えれば、職場でも当然のように勧められる結婚≠ニいうもの。人生の墓場だのなんだの悪し様に言われつつも、現代でもやはりする方が当たり前だと思われている代物。
 人は、なぜそれに踏み切ることができるのだろう。この人と一生を共にしたいなどと、なぜ思えるのだろう。
 他人同士が家族になるというのは、控えめに言っても決して生易しいことじゃないのに。
「……ん?」
 ラグはふと、女性の叫び声が聞こえたような気がして眉をひそめた。一度足を止め、改めて耳を澄ませる。――確かに、女性の叫ぶような、わめくような声がはっきりと聞こえた。
 この先の公園からだ、とラグは足を速めた。中学生から力仕事のバイトをし、今も建築会社の現場で働いているラグは、荒事には慣れている。同僚はどいつもこいつも不良少年のように血の気が多い奴らばかり、しかもゴツいマッチョがほとんどなのだ、鍛えられもする。少なくとも最近の根性のないヤンキーの十人やそこらは相手できる自信があった。
 不意を討てるよう警戒しつつ、早足で公園に踏み込む――や。
「ざけんじゃないわよこのクソボケ野郎ーっ!」
 そう叫びながら目の前の男を殴り飛ばしている、居酒屋のウェイトレスの姿が見えた。
 ラグは思わずぽかんとした。さっき居酒屋で自分たちのテーブルを担当していたウェイトレス、メスノンという名札をつけていた女の子が振るった鉄拳は、文字通り見事なほどに相手の男を吹っ飛ばしたのだ。数mも。
 自分より背の高い、大の男を宙に舞わせるほどの拳。おそらくはダメージを与えようと思って殴ったのではなく、吹っ飛ばそうという意図を持って放たれたものだったのだろうが、だからこそわかった。あの腰の入り方といい、足腰の安定感といい、この子はたぶん格闘技をかなり本気でやっている。
 のみならず身体能力もだいぶに鍛えられているだろう。あの服の下では、おそらく総身をしっかり筋肉が鎧っているに違いない。
「あんたあたしのことなんだと思ってんのよ!? 仮にも恋人との約束に遅刻しといて、その理由が『友達が酔っ払ってるのを寝かしつけてきたから』ぁ!? 正気でもの言ってんのあんた!?」
 殴られた相手の男は(この女の子の恋人ということになるのだろう)殴られたせいか激しく咳き込みながらも、必死に反論しようとしたようだったが(声が小さくてラグにはよく聞こえなかった)、メスノンというあの女の子は荒々しくそれを遮る。
「あーもーいい聞きたくない! どんなに言い訳したってあんたがあたしより友達を優先したっていうのは事実でしょ!」
 またも反論しようとする男に向かい、メスノンはざっと構えを取った。
「うるっさい! とっとと失せなさいよこのボケ野郎! あんたがあたしのこと世界で一番好きって断言できるようになるまで顔見せんじゃないわよっ!」
 ぎっ、とヤクザ顔負けの迫力で睨まれて、男はしばしためらっていたが結局すごすごと退散した。メスノンはその後ろ姿をしばしそのまま睨みつけていたが、やがてふっ、といかにも虚しげな息をついて踵を返す。
 ――とたん、その姿をじっと見つめていたラグとばっちり目が合った。
 不意を討たれたのだろう、ぽかん、と口を開けるメスノンに、ラグはどういう表情を取るか迷ってから、結局浮かべ慣れた、少し困ったような微笑を浮かべて言う。
「いいパンチだったね。拳は痛めていないかい?」
 その問いに、メスノンはようやく調子を取り戻した顔で笑ってみせた。
「平気よ、お気遣いどうも。――けどお兄さん。あんた女のあんなところを見といて、見物料もなしで済ますつもり?」
「……コーヒーでいいかい?」
「ロイヤルミルクティーで。あたし紅茶党なの」


 自動販売機でロイヤルミルクティーと自分の分のコーヒーを買ってくると、メスノンはラグを公園のベンチに誘った。ついでだから愚痴の聞き役にしてしまおうというつもりらしい。ラグは女性の愚痴を聞くのは嫌いではないので、それに従った。
 最初に自己紹介をする。メスノンは自分をディラと名前で呼ぶようにと言った。
「あたし自分の苗字嫌いなの。そのかわりお兄さんのことも名前で呼ばせてもらうから」
「いや……それは、誤解を受けたりしないかい? 彼とかにさ」
 一応そう聞いてみたが、相手はふんと鼻を鳴らして断言する。
「むしろ誤解するような根性があるならしてみろって感じね。つか、仲いい奴らはたいていあたしのこと名前で呼ぶんだから、いまさらお兄さん一人でどうこう言わないでしょ」
「……じゃあ、遠慮なく。俺のことはラグでいい」
「ラグか。ラグはなにやってる人?」
「建築会社のサラリーマン」
「へー。ジムにでも通ってんの、そんなムキムキマッチョな体しちゃって」
「まぁ、一応……学生の頃から肉体労働のバイトしてたら、そこで一緒に働いてた人にジムに誘われて、その流れで会社にも誘われたようなもんだから、ちょくちょく行っとかないとまずいんだよ」
「ほほー。ねね、それって身の危険感じるようなことなかった? 男にジムに誘われるとかってモロ貞操の危機フラグじゃない」
「……ノーコメント。少なくとも今はそういうことはないよ。……というか、俺のことはどうでもいいだろう」
「なんでよ。聞いちゃいけない?」
「いけないってわけじゃないけど……君は愚痴を聞かせようと思って俺を誘ったんじゃないのか?」
「愚痴、ねぇ………どうなのかな」
 ディラは苦笑して子供のように足をぷらぷら揺らしてみせる。ジーパンを穿いていたので危ないことはないのだが、彼女の足がすらりと長いのに気づかされ、ラグはなんとなく目を逸らした。
 とりあえず、自分から水を向けてみる。
「彼とは長いの?」
「恋人として、っつーことならそんなに長くはないわね。せいぜい半年ってとこ」
「友達の期間の方が長かった?」
「友達、っつーか……なんやかや一緒にやってた仲間っつーか。それが三年ぐらいかなー」
「へぇ……それは確かに、学生にとっては長い時間だね」
「まーね。なんだかんだで腐れ縁ってやつ」
「それでも付き合ってみようって思ったんだ」
「んー……そーねー……」
 考えるように背を逸らす。当然その大きな胸が強調される。わざとやってるのかな、と眉を寄せつつラグはまた微妙に視線を逸らした。
「なんていうかさぁ、あたし最初はあいつの愚痴聞きポジションだったのよね。あいつ、仲間内の、あたしとは別の奴好きだったから」
「……それは」
「で、そいつには暑苦しいくらいラブラブな恋人がいて。あいつ――あたしの男ね、もそいつにはその相手とくっつくのが一番お似合いだって思ってて。でも好きだっていうんで、その愚痴をあたしにこぼすことこぼすこと。ったく、何度か本気で張っ倒してやろうかと思ったっつの」
「その頃から……好きだった?」
 その問いに、ディラは一瞬表情を感情の感じられないものに変えた。
「まーね。腹の立つことに」
「……そうか。それは、辛かったな」
「べっつにぃ。あいつ最初っからあたしのこと全然女として意識してなかったからさ、そういう扱いされんのはもー慣れてたし。あいつも他に愚痴る奴いなかっただろーから、まーしょーがないかなとも思えたしね。後々のためにあいつの弱味握れんのはそれはそれでおいしかったし」
「そうか。でもすごいよ。君は、強い子だな」
 微笑んで言うと、ディラは少し目をぱちぱちと瞬かせてからくくっと喉の奥で笑う。
「なに、お兄さんあんたあたしのこと口説いてんの?」
「いや、そういうわけじゃないさ。単純に、偉いなと思っただけだよ」
「ふぅん。あんたけっこう遊んでるでしょ」
「いや。単に女慣れしてるだけ」
「本当かなー」
 またくくっ、と笑ってから、ひょいとベンチから飛び降り立ち上がる。
「ねぇ、ラグ兄さん」
 その呼び方に、ラグは思わず目を見開いた。
「なに? この呼ばれ方嫌い? いいじゃない、あたしたち年齢差大きいからこの呼び方が一番しっくりくるんだもの」
「いや……嫌じゃない、その呼び方で構わないよ」
 ただ、驚いただけだ。その呼び方で自分を呼ぶ奴らとは、もう会えないだろうと思っていたから。
「じゃ、ラグ兄さん。あんた明日は仕事?」
「ああ」
「じゃ、帰りにまたここに寄ってよ。あたしのバイトしてる店寄って。あたし明日もこのくらいの時間に上がるから、デートしましょ」
「ばぁっ?」
 思わず声を上げてしまったが、ディラはかまわずくくっとまた喉の奥で笑ってひょい、と飲み干した紅茶の缶をゴミ箱に放り去っていく。呆然としてしまったラグにくるりと振り向いて、明らかにぶりっ子の演技をしていますという顔と声で言う。
「約束よ?」
 それをやはり呆然とラグは見送った。慣れているつもりではいても、男にとって女性というのはやはり、謎だ。


「……当て馬にしたいというなら、あらかじめ言っておいてもらえると助かるんだけど」
 会って一番そう言うと、ディラは大爆笑した。
「あっはっは! 最初にそれ言うんだ! ラグ兄さんってほーんと、兄さん≠ネのねー!」
「……まぁね」
「ふっくく……ま、そういうつもりが皆無とは言わないけど。でも大部分はそういうつもりじゃないわよ、単にいい男とオハナシしたかっただけ。男がいたって、そんくらいしてもいーでしょ?」
「いい男、ねぇ」
 ラグは苦笑する。確かに、自分は愚痴をこぼすにはいい男ではあるだろう。そういう役には実際、相当なレベルで慣れている。
「いいよ、じゃあ話をしようか。好きな話をどうぞ」
「そんじゃ遠慮なく。ねぇラグ兄さん、あんた恋人いる?」
 ぶっ、と吹き出してしまったラグに、ディラは女の子らしいかしましさできゃんきゃらと笑う。考えてみれば久々に聞く女の子らしい笑い声に、ラグは顔をしかめてみせた。
「俺の話は別にどうでも」
「好きな話をどうぞって言ったじゃなーい。ね、恋人いるの? 答えてってばぁ」
 言ってさりげなく体を擦りつけてこようとするディラから、大きく身をかわして宣言する。
「俺は彼氏がいる女の子と肉体的接触をする趣味はないから。お話ならいいけど、そこから先はアウトだ」
 我ながらきっぱりとしていると思う宣言に、ディラは微塵もめげずくっくと笑う。
「かったーい。ま、そーいうとこがラグ兄さんらしいのかな。年下の世間知らずの子とか、玄人さんとかにモテるタイプね」
「そう、普通の同年代の女性には敬遠されるタイプなんだよ」
「でも結婚相手にはもってこい。そろそろ同じ職場の女とか、上司の紹介で見合いした女とかから狙いつけられたりしてんじゃないの?」
「…………」
「あっは、図星だ」
 くっくっく、とディラは笑ってみせる。よく笑う子だな、と思いつつも、肩をすくめて言ってやる。
「言っておくけど、全部きちんと断っているから。同じ職場内に女性はいないから、気まずくなる心配はしなくていいし」
「へー。なんで? そういうタイプの女嫌い? ラグ兄さんは家庭的な女とかが好みだと思ったんだけどなー」
「いや、好みとか、そういうことじゃなくて。確かに家庭的な女性は嫌いじゃないけど、いやそもそも男に狙いをつけるような女性を家庭的と言っていいのかは疑問の余地があると思うけど、とにかくそもそも俺は結婚するつもりがないから。少なくとも、しばらくはね」
「あらま、なんで? わりと結婚願望強い方かなとか思ったんだけど」
「ノーコメント」
「結婚したかった女性にフラれたから?」
「…………」
 さすがにムッとしてじろりと一睨みをくれようとしたが、ディラの思いの他真剣な眼差しとぶつかって戸惑った。なぜ彼女がこんな顔をする必要があるんだ。
「結婚とまではいかなくても。好きな人がこっちを向いてくれない、相手にしてくれないとか思ってんじゃないの? 男として見てくれない、愚痴の聞き役にしかなれない相手のこと考えてうじうじ落ち込んでたんじゃないの?」
「……なにを」
「違う?」
 違う。
 と言うべきところだった。そうすべきだったし、自分でもそう言えると思っていた。
 だが、言えたはずのその言葉が、なぜか口から出なかった。
「……ま、違うんだったら違うでいいのよ。なんかラグ兄さん、行きずりのあたしに妙に優しいっつーか、まーそれは単に女に優しいのかもとも思ったんだけど、なんかあたし励ますみたいなこと言ったじゃない? それも強がらなくてもいいんだよ気持ちはわかるから、みたいな顔で。もしあたしの境遇に身につまされるとこがあんなら、今度はあたしの方があんたの話聞く番かと思っただけで。いらないっつーなら別にいいの、時間とらせてごめんね」
 ぴょん、とベンチを飛び降りて歩き出す――その後ろ姿に、ラグは声をかけていた。
「本当に、そういうつもりじゃないんだ。……なかったはずなんだ」
「そう?」
「そういう対象になんて、考えたこともなかったはずなんだ。それが当たり前なんだ。そうでなけりゃ……俺はそれこそ、生きるのも許されない最低の人間だってことになっちまうんだ」
「惚れた腫れたに倫理なんて持ち出しても意味ないんじゃないの。要は行動に移す時のやり方でしょ?」
 くるり、とこちらを向き、背中側で手を組んで顔を突き出し言ってくるディラに、しかしラグは首を振った。
「そうじゃない。俺がそんなことを考えるなんてこと自体、あの人の想いに対する冒涜なんだよ。あの人に対する、最低の裏切りなんだ。だからそうじゃないと……そう自分を、なんとか説得できていた、はずなのに……」
「ふーん。それであたしの言葉でごまかしきれなくなったってわけ? そりゃまた光栄の至り」
 思わず恨めしげな顔で見るラグに、ディラは悪びれもせず、あくまで堂々と言ってのける。
「で? ラグ兄さんのそのあの人≠チてのは誰なわけよ。言ってみなさいよ、でないと話が進まないでしょー?」
「……母さんだよ」
 が、ラグがそう言った瞬間は、さすがにディラも表情が凍った。


「……俺の産みの母親は、年ごまかして風俗で働いてたんだけど。痴情のもつれで俺が八歳の時に刺されて死んだ。孤児院に収容された俺は、憤懣を周りにぶつけて暴れた。その頃から体がでかかったから、大人でもまともにぶつかろうとする奴がいなくて。荒れ放題に荒れてた俺を、引き取ってくれたのが母さんなんだ。母さんは方々の孤児院で問題児扱いされてる奴らを引き取るのが趣味というか、生き甲斐みたいな……変わった人で。それも、相手の子供の意志を最大限に尊重するくせに、一度そういう話が出た奴は何度も通ってでも引き取ろうとするような……って、なんだよ、そのため息は?」
「いやー……ちょっと、安堵のあまり。さすがのあたしも第一親等との近親相姦はお勧めしかねたから、ほっとしたわ」
 本気で安堵した顔で汗を拭ってみせるディラに、ラグはむっとして反論する。
「血の繋がりの問題じゃないだろ。俺はあの人が母親として寄せてくれる愛情を裏切ってるんだぞ」
「なに言ってんの血の繋がり超大事な問題よ。ヤる時に子供ができたらどうしようとか思いながらヤってたらたつものもたたないんじゃないの、フツーの男は?」
「あ――あのなっ」
 ラグは思わず声を上げたが、ディラはあくまで真面目な顔だ。思わず脱力して、首を振る。
「……そもそも、そういう状態に持ち込みたいとは思わないんだよ、俺は」
「恋愛対象として考えたんじゃないの?」
「だから、そうじゃなくて、なんていうか……」
 ラグは眉を寄せ、言葉を探しながら口を開いた。
「俺は、母さんが大好きだったんだ。いや、大好きだ。世界で一番好きだ、というかこの世でただ一人愛する人だ。母さんがいない人生なんてなんの意味もない、価値もない、俺のすべては母さんのためにあると思っていた、いや、いる。きちんと言葉にしてそう考えていたわけじゃないけど」
「……ふーん、そう。そりゃまた……フツーのマザコンのレベルちょっと超えてるわね」
 いろんな言いたいことを我慢しているだろう顔で言うディラに、ラグは苦笑する。
「俺としては、恩返しのつもりだったんだよ。親の消えた俺の家族になってくれて、愛してくれて育ててくれて。一生懸命働いて、疲れてるだろうにいつも俺たちのために温かいご飯を作ってくれた。いつも笑顔で優しくしてくれた。そんな母さんを、今度は俺が思いきり幸せにしてあげるんだって、学生時代からバイトに明け暮れて、家計を助けて、稼げるようになっても給料はほとんど家計に入れていた」
「……一緒に暮らしてたの?」
「いや、別々だ。稼げるようになったら自立するのが不文律だったから。だから、生活費をぎりぎりまで削って、つきあい用の金をある程度残した他は、全部送金してた」
「……あんたのお母さんってそれ受け取ってたわけ?」
「いや……一部を受け取っただけで送り返してきた。これだけで充分助かるから、あとは自分のために使いなさい、って」
「あーそー……まともな人格の持ち主でよかったわ」
「だから、俺は他のやり方で必死に役に立とうとしてきた。顔を出していろいろと手伝うのは母さんが気を遣わないように一ヶ月に一回だったけど、他の引き取った奴――兄弟に金を渡してバイトで稼いだから家計に入れると言うよう因果を含めさせたり。新しく引き取った子が実はまとまった金を持ってました、という形になるように隠し口座を作ったり。やんちゃをする兄弟がいたら速攻シメて反省させたり。他にもいろいろ……」
「………ふーん………」
「母さんに笑っていてほしかった。母さんを幸せにしたかった。あの優しい人のために生きれることが嬉しかったんだ。風俗嬢でヤクザの情婦だった女の息子で、世の中になにも成すことのないまま生きて、これからもそう生きるだろうはずだった、社会のゴミでしかなかった俺に、生きる意味を、価値を与えてくれた人に尽くせることが、愛せることが幸せでしょうがなかったんだよ。俺にはそれ以外いらなかった。それ以外のものなんてみんな俺にとってはゴミ同然だったんだ」
「……ラグ兄さん、一応聞いとくけど、あんた女性経験あんのよね?」
「ああ、そこらへんは後腐れのない女を適当に。そういう女の扱い方は産みの母親で充分学べたから。念のため言っておくけど、後腐れのないというのは、ちゃんと同意を得た上で、だから」
「あー、そー……」
「だけど……母さんにとっては、俺だけじゃ不足だったんだ」
 がっくり、とうなだれる。今も思い出す、あの悪夢のような瞬間。
「……再婚する、って言ったんだ。母さんが」
「再婚? っていうか、その人既婚者だったの?」
「ああ、子供を流産してしまった経験からそういう人生を送るようになったって言ってた。それで離婚して、それからずっと独り身で俺たちを育ててくれたんだけど……たまたま知り合った、独身のまま生きてきたちょっと大きな会社の社長をしてる男に、見染められて。押して押して押しまくられて、結婚の約束をしてしまったんだ……」
「へー、いい話じゃない」
「いい話……?」
 思わず恨めしげに睨んだが、ディラは気にもせず歯に衣着せず言ってくる。
「頑張って生きてきた人が報われるような頼れる男を見つけた、いい話でしょ。それともその男が大悪人だとか人非人だったりすんの?」
「いや……手を尽くして身辺を調査したけど、浮いた話はないし、会社は経営状態は良好だし、評判も仕事には厳しいけど真面目とか怖いけど頼りになるとかそういう感じの話ばかりで……」
「つまり、反対する理由がなーんにもない、と。そんでラグ兄さんとしては、どうすればいいのかわかんなくなっちゃったわけね?」
「………ああ」
 母さんが結婚してしまう。夫ができてしまう。ただ一人の頼れる男ができてしまう。
 ならば自分にどんな価値がある? 母さんが困った時に頼る相手がいるのに。稼ぎも社会的地位も自分よりはるかに上の男が、もうちゃんといるのに。
 改めて自分の人生を振り返ってみて、母さんに尽くす以外の存在価値を見いだせず、ラグは本当に途方に暮れてしまったのだ。
「……ねぇ、いっこ教えてあげよっか」
「……なにを?」
「あたしの男のこと、覚えてる?」
「ああ。君の仲間内の恋人のいる子が好きで、その愚痴を君にこぼしてたんだろ」
「そ。そんであいつ、あたしの巧みな誘惑で向こうの方から『好きだ、つきあってくれ』と言っときながら、まーだその好きな奴のこと引きずってんのよねー。もちろん態度には表さないようにしてるし仲間の一人の範囲を出ないようにはしてるけど、それでもどっかでまだ好きー、とか思ってんの。まったくムカつくったら」
「ああ……もしかして昨日荒れてたのは、その仲間の子の面倒を見てたせいで約束に遅刻されたからかい?」
「そ。ムッカつくでしょ、あたしにもっと気ぃ遣えって感じ」
「まぁ、確かに異性の友人と対する時には、そういう気遣いは必要だろうね」
「……異性の友人、ねー」
 小さく呟いてから、ディラはひょい、とラグの顔をのぞきこんできた。
「ね、メルアドとケー番交換しようよ」
「え」
「あたしたちってさ。いい愚痴りあい友達になれると思わない?」
 にぃっ、と笑ったその笑顔は、ラグの好むような女性らしさからやや遠くはあったが、たいていの人間を魅了するに足るものだった。


 それから、ラグとディラは、何度もその公園で会った。愚痴りたくなるとディラがメールを入れてくるので、ラグがディラの働く飲み屋に行って、飲んだ帰りに仕事上がりのディラと話すのだ。
「ったく、あのバカったら、なんでとっととあたしに頭下げてこないのよっ。申し訳なさそーな顔して逃げるだけでさっ、苛つくったら」
「まぁ、正直合わす顔がないと思ってるんじゃないかなぁ。君に感謝してるからこそ、きちんとできない自信の情けなさが身に沁みるというか」
「けっ、あたしはあいつに感謝してほしーわけじゃないのよっ、惚れてほしいのっ。ったく、いっちいち煮え切らない奴っ」
 最初はいつもそんな風にディラが愚痴るのを聞いていればいいのだが、やがてディラは「それで、ラグ兄さんの方はどうなわけ?」と水を向けてくる。そのたびに「いや、俺は別に」となんとかかわそうとするのだが、いつも巧みに誘導されてぼろぼろとしょうもないことを話してしまう。
「母さんさ……電話でしか話してないけど、本当に幸せそうでさ……結婚式には絶対に来てね、なんて言うんだ……」
「んなもんトーゼンでしょ。女としての晴れ姿よ? いろんな人に見てほしいって思うのが当たり前でしょーが」
「うああ―――嫌だー無理だー祝福なんてできっこないぃぃぃ、この世から結婚なんてもの消え去ってしまえばいいのにぃぃぃ」
 しかも酒が入っていることもあって、かなりみっともなく愚痴ってしまったりもした。だがディラは微塵も動揺せず、あっさりかつ適当に、おおざっぱな慰めをしてそれで終わらせる。
 それで救われる、というわけではまったくないが、少しは楽な気分になるのは確かだった。誰かに愚痴るということをラグはこれまでほとんどしたことがなかったが(母さんに心配なんてかけたくなかったし、そもそも母さんしか見えていなかったので愚痴りたくなるようなことがあまりなかった)、人に愚痴をこぼすというのは確かにストレス解消になるのだと実感した。母の結婚を嘆き、悲しみ、夫となる男を憎み呪う感情を表に出すことで、確かに少しスッキリしていたのだ。
 だからどうだ、というわけではない。母の結婚はやっぱり嫌だしそのことを思うと気が重いしそれにまつわる諸々のイベントも逃げ出したいことこの上ない。ディラだって、自分に愚痴ったところで恋人の気持ちがより自分に向くというわけでもないだろう。
 けれども、ないよりはある方が間違いなく気は楽になる。
 そんな今まで経験したことのなかったことを知りながら、ラグはそれまでと同じ日常生活を続けていた。

 その日の現場から、ラグは直帰することに決めた。同僚が報告を取りまとめて持って行ってくれるというので、言葉に甘えることにしたのだ。
 今日はどうしようかな、と携帯を見ながら考える。これまでのところディラから連絡は来ていないが、あの居酒屋はラグの家から徒歩で行ける場所にあるので、夕飯がてら寄っても別にまったく問題はない。それに、前触れなくいきなり呼び出されると言うことはこれまでも一再ならずあったし。
「……行ってみるか」
 それに、たまにはこちらから向こうを呼び出したっていいだろう。いつも呼び出されてるんだから。こっちから先に愚痴につきあってもらってもいいはずだ。
 あのこちらより十歳近く年下なのに、相当に態度がでかい女の子を愚痴につきあわせる、という考えにラグは思わずくすくす笑った。高飛車な女は何人も知っているが、あんな風に偉そうな態度が堂に入っている女の子というのとは初めて会った。しかもその態度が嫌味な感じがしないというのだから、実際大したものだ。ああいうのを男らしい女というのかな、と思いつつ角を曲がる。
 そして、あ、と口を開いた。自分の二十mほど先を、ディラが男と二人連れで歩いている。
 反射的に声をかけよう、と手を上げる――が、ラグはその手をのろのろと下ろした。
 数瞬遅れて、気づいた。一緒に歩いている男は、ディラとあの公園で出会った時に見た、ディラの恋人だ。
 ディラとその男は、楽しげに笑いあい、じゃれ合いながら歩いている。人通りも皆無ではない道を、いちゃいちゃと。
 腕を組みながら、今まで見たことのないような甘えた表情で胸を押しつけるディラ。それに相手の男は少し照れた顔をしながらも、ディラを抱き寄せ耳元に何事か囁く。それにディラはくっくと笑い、囁き返す。背の高さがあまり変わらないこともあり、それこそ今にも唇がくっつきそうな距離で囁き合う二人の姿は、『公衆の面前でいちゃいちゃべたべたと』というそしりを受けはするだろうが、睦まじい恋人と誰もがうなずくだろうものだった。
 それをしばしじっと見つめてから、ラグは踵を返した。


 夜、公園。バイトの始まる前ぐらいの時間にメールを入れておいた通り、バイトが終わって少ししたぐらいの時間にディラは現れた。
「やっほー、ラグ兄さーん。なになに、あんたがあたし呼び出すなんて珍しいじゃなーい。なんかあったわけ?」
 ラグはディラの言葉に小さく首を振ってから、告げた。
「もうこういう風に会うのはやめにしよう、ディラ」
 ディラは一瞬ぽかんと口を開けて、それからぎっとこちらを睨んできた。彼女のこういう顔は、実際迫力がある。
「なによ。どういうこと?」
「今日、君と君の彼が一緒に歩いているのを見たよ」
「え……あ、そう? 声かけてくれてよかったのに」
「すごく仲がよさそうだった。幸せそうだったよ。間違いなく愛し合ってる恋人って、誰もが疑わないくらいに」
「……だから、なに?」
 ぎゅっと顔をしかめるディラに、ラグは小さく拳を握りしめてから言う。
「男として、断言するよ。彼は君のことを愛してる。本気でだ。心の底からだ」
「…………」
「最初は君の友人を好きだったかもしれない。でも彼が今愛してるのは君だ。間違いなく。君の疑念は理不尽だし、無意味だ。君のすべきことは彼を信用して、彼との人生を楽しむことで」
「つまり、こういうこと? あんたはあたしとの逢瀬に飽きたって」
「っ………話を聞いてたのか、君は!?」
 思わず声を荒げて立ち上がるが、ディラも一歩も引かず睨み返してくる。
「つまりはそういうことでしょ。ぐだぐだ言ってるけど、要はもう飽きた、会いたくない、やーめたってことでしょ。だったら言い訳しないでよ男らしくない、きっぱりさっぱりはっきり縁切りしてくれりゃいいじゃないの」
「なんでそうなるんだ! 俺はただ、君の恋人のためにも俺とこういうところで会っているのはよくないだろうと」
「なに、あたしの男の顔見たら浮気してるみたいで罪悪感でも沸いたわけ? それとも嫉妬でもしてるわけ、あたしとあいつが――」
 そこまで言って、ディラは驚いた顔になって言葉を止めた。たぶん、ラグが傷ついた顔になっているのに気づいたからだろう。ラグ自身、自分がそんな顔をしていることに驚いた。
 そして、ようやく、自覚した。
「……ごめん」
「……いや、こちらこそ、すまない」
 視線をうまく合わせられず、お互いに視線を逸らしてうつむく。暗闇の中、しばらく、二人とも黙って地面を見ていた。
「あの……さ」
「……ん?」
「あたし、もともとあんたのこと、けっこう好みだなって思ってたのよ」
「……そうかい?」
「うん。あたしけっこうマッチョって好きだからさ。いい体してんなーって思ったのよ、店で飲んでるの見た時から。ちょっと脱がして体見てみてぇなー、とかさ」
「オバさんみたいなことを言うなよ」
「この現代で女を二十年以上やってりゃ、大なり小なりオバさん要素は得ちゃうっての。……あんた最初に誘ったのは、そのせいもちょっとはあったかな」
「ひどい子だな。プチ浮気?」
「ちょっとそういう気持ちはあったかも、あはは。腹立ってたからそんくらいしてやってもって気もあったし、別にこんくらいなら浮気なんて言わないだろって気もしたし」
「そうか」
「友情と愛情の境界ってあいまいだよね。ていうか区別する意味なんてないし、できない気がする。同性とかだったら自分の趣味の違いで寝ることにはならないにしてもさ。それでも行きつくとこまでいっちゃったら、命も懸けるし人生懸けて面倒見たりもするし……だから……」
「うん」
「……あたしも、ちょっとあんたのこと、好きだった」
「……ああ。俺も、少しだけど君のこと、好きだったよ」
 そこでようやく視線を合わせて、苦笑を交わすことができた。
「あたしの男ほどいい男じゃないけどね」
「そうかい? 君は俺が好きだと思った女性の中では、一番いい女だけどね」
「あんたのお母さんのぞく、ででしょ?」
「というか、母さんはもう別格だから比べる次元にいないよ」
「このマザコン」
「お褒めいただき光栄の至り」
 軽く言葉を投げ合ってから、数歩の距離を空けて向かい合う。ディラがにこっと笑ってから、くるりと背を向け、顔だけ振り向いて別れを告げた。
「じゃあね。あたしよりいい女に惚れたら、教えに来てもいいわよ」
「……その時はもう、何年も経ってお互いさっぱりとした気分で会えるだろうから?」
「わかってんじゃないの」
 軽く笑って、今度こそ背を向け去っていく背中に、ラグは小さく別れを告げた。
「幸せに」
 ディラは軽く手を上げて応え、そのまま一度も振り向かずに歩み去った。
 ラグはそれを見えなくなるまで見つめてから、ベンチに腰を下ろし、携帯を開く。アドレス帳のディラのメンバーを開き、消去しようかどうか少し考えて、結局やめてアドレス帳の1番に登録してある相手に電話をかけた。
「あ、母さん? ごめん、こんな時間に。ん? いや、そうじゃないよ。そんなに困ったことがあったわけじゃない。ただ、ちょっと……まぁ、失恋しただけ。……あはは、ありがとう。なんだよ、俺は別に女の子に相手されなかったっていうわけじゃないんだって、昔から。……うん、ありがとう。……あのさ、母さん。言おう言おうと思って、なかなか言えなかったんだけど……うん。うん。ありがとう、でも、言うよ。うん……あのさ」
 軽く息を吸い込んでから、ゆっくり、はっきりと。
「結婚、おめでとう」
 その言葉を告げた時、すぅっ、と風が胸の中に吹き抜けた。
 涼しい風だった。すっきりとした感覚と、物悲しくも少しむなしいような、妙な寂しさが胸郭の中を吹き通る。
 夜空を見上げ、息をつく。それで、ようやくラグは、自分の初恋が終わったのだと、自覚することができたのだ。


ラグ「………えーと、『現代日本、居酒屋を訪れた建築会社勤務サラリーマンとその店のアルバイト』でした。みなさん、楽しんでいただけましたでしょうか?」
ディラ「いっやー……すごいわね、すばらしいわあたし。乙女じゃないの自分でやってて可愛いって思ったわ」
ラグ「だからそういうことを自分で言うのはどうかと……」
ディラ「なーによー、あんただって自分でやってて思わなかった? 本編では体験できないよーなプチだけど恋愛ものなんだからさ。俺カッコいい! とか俺マザコン! とかさー」
ラグ「マザ……って、あのなぁ。……正直、こういうの久々すぎて疲れたよ、俺は。もうこの年になると恋愛だのなんだのっていうのがおっくうになってくるっていうのがあるからさ」
ディラ「わーおっさん。あんたまだ二十代でしょ、一応? まだ役に立つんだから使いなさいよ、もったいないお化けが出るわよ」
ラグ「だからそういうことを女性が言うのはやめてくれと……」
ディラ「はいそーいうわけでっ、いちおー予定としてはあと一回この拍手小説更新する予定ですので、気が向いたら読みに来てくださると嬉しいでーすっv」
ラグ「……お読みくださり、どうもありがとうございました(ぺこり)」

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