拍手ネタ小説『全然関係ない二人を適当な状況にぶっ込んでみました』
〜『現代日本、夜の公園を訪れた高給取り営業マンと男子中学生』

ロン「お初にお目にかかる方もお馴染みの方もみなさんごきげんよう。当サイトDQ3・1stパーティでかつて武闘家を、今は賢者をやっているジンロンだ。ロンと呼んでくれ」
ライ「サモンナイト4で一応主人公やってるライだ、よろしくな。仕事は食堂兼宿屋の雇われ店長やってる」
ロン「『全然関係ない二人を適当な状況にぶっこんでみました』の第四弾――これで最後でもあるのだが、とにかく今回は『現代日本、夜の公園を訪れた高給取り営業マンと男子中学生』というのをやる予定だ」
ライ「前回、前々回と同様に、現代日本ってーのは『現代日本同様の文化風俗を持つカタカナ名前の国』と読み替えてくれ、だってさ」
ロン「ああ、念のため言っておくが、当然この話には隠し要素は一切ない――が、俺が同性愛者なのは変らないので、そこらへんに拒否反応を起こす方は自衛していただくことを希望する。つまりこれから先の文章に文句をつけてこられても取り合わんぞ、ということだ」
ライ「あんたな……お客にそういう口利くんじゃねぇよ、曲がりなりにも大人だろーが。……とにかく、楽しんでもらえるよう、俺らなりに頑張ります(ぺこり)」
ロン「心行くまで、ご堪能あれ」


「……やれやれ」
 そうロンは口に出しつつ、夜の公園のベンチで大きく背伸びをした。空に雲はなかったが、首都圏のことで星はろくに見えない。
 だがそれでも酒気を帯びた顔には、紺色に塗りつぶされた空とそこを吹き渡る風は心地よかった。さっきまでいたのが『楽しい酒の席』というにはほど遠いものだったのでなおさらだ。
「ああ、まったく……気色の悪い物を見た。まだ吐き気がする。つまらんことこの上ない時間を過ごしてしまった。まったく、なんでこの世にあんなものの存在が許されているのだか。とっとと跡形もなく消滅してくれればいいものを。やはり世界の最終的な幸福のためには、あのような愚物の掃除がなによりも急務だな」
 そう口に出して愚痴りまくる自分に、かなり悪酔いしているな、と評価を下す。普段のロンならば、たとえ自分にであれ口に出して愚痴をこぼすということはしない。自制心が強い、というよりは自己愛が強いのだろうと自分で思う。自分が好きなので、自分の格好悪い姿を見るのが嫌なのだ。
 ただ、今回味わった苦行は、ロンとしては実際愚痴るほかないものだった。課長に飲みに誘われたので渋々ながら行ってみたら(しつこい性格なので断るとあとあとまで尾を引くのだ。ロンは課長補佐なので仕事上はしじゅう顔を合わさざるを得ないし)、「実は君のことを見染めたお嬢さんがいてねぇ、とりあえず今日は私の紹介で食事でもということで、いや見合いとかそんなに堅苦しく考えなくていいから」ときやがった。
 正直「ふざけるな」と殴り倒してやりたくなったが(ちなみにロンは叔父が武術家で幼いころから仕込まれているので素手で人を殺せるぐらいの腕は持っている)、そうもいかないのでなんとか穏便に断ろうとするも「まぁ今日は食事だけでいいから」だの「とても気立てのいい娘さんでねぇ」だの、結婚するつもりはないと言い切ったら「なら今日の食事だけでもきちんと相手の方をもてなしたまえ。私の顔を潰すつもりなのかね」ときたもんだ。
 あんたの顔が潰れようと二目と見られない御面相になろうと俺としてはどうでもいいんだが、とはさすがに言えなかったので、結局ロンは課長の友人の娘さんだという(たぶんその友人というのは取引先の重役の一人とかなんだろうが)女を、それなりにお高い店での前菜からデザートまでの二時間半、えんえん笑顔で優しく紳士的にもてなさなければならなかったのだ。正直拷問以外のなにものでもなかった。
 その女というのが、美人ではあったが男に媚びることに時間と神経のほとんどを使っているような、ロンの一番嫌いな女だったからなおさらだ。女に媚びられてもロンは少しも嬉しくない。というか、気色悪い。美人だろうがなんだろうが、ロンにとっては女の顔の形としての美醜など、汲み取り便所の美観と同程度にどうでもいいものなのだから。
 なぜならロンは同性愛者――ゲイだからだ。ロンにとっては性欲の対象も恋愛の対象も、自分と同じ男性以外にはなりえない。
 ロンとしてはそれを隠しているつもりはない。誰彼かまわず言いふらしているつもりもないが。聞かれれば答えるし、聞かれなければ相手が誤解するにまかせる。無駄に割を食うのも馬鹿馬鹿しいが、自分の性癖に微塵も恥じるところのないロンとしては、ひた隠しにして身勝手なヘテロ(異性愛者)どもに膝を屈するのもごめんなのだ。どこかのゲイ作家も言っていたが、「差別されるのは気にしないが差別に屈するのは腹立たしい」というわけで。
 が、やはりこの性癖を理解できるような頭の構造をしていないだろう相手に自分の性癖を告白するのはやはりそれなりに気合が必要なので、そういう意味でも非常に疲れた。いつ言うことになってもいいように、と常に気合スイッチをオンにしていたので、精神的な消耗度が高かったのだ。
 はぁ、と深々と息をつく。自分が世の中から外れた、いろんな意味でマイノリティに属する人間であることは自覚している。そして世の中には、マイノリティを当然のように迫害する人間がどれだけ多いかも知っている。
 別にそのこと自体はどうでもいい。階級意識と迫害意識はマジョリティ(多数派)特有のものというわけではないし、自分がマイノリティであることは別に悲しむことでも誇ることでも、そして特に気合を入れて楽しむものでもないと思っている。
 ただ、自分はたまたまそういう人間だった、というだけのことなのだから。マジョリティたちと同じように。
 が、そう理解してはいるのだが、たまにこう、そういう理解が面倒くさくなってくるというか、自分(たち)だけが割を食っているようで面白くないというか、「世の中のマジョリティども全員爆死しろ」という気分になる時もあるのだ。
 そして、今日はそういう気分だった。
「あの鬱陶しいクソブスが、貴様のような化粧臭い女にまとわりつかれても俺は少しも嬉しくないというのだ、女の股のことしか考えていない雄犬どもと一緒にするな雌豚。別にハリウッド女優並の美貌というわけでもなかろうに、しなを作ったところで無様にしか見えんぞ。俺に声をかけるくらいならあのバーコードハゲ(課長)でも口説いていろ、俗物同士で似合いだ。あのすだれ頭、飲みにいくたびに店の女に鼻の下を伸ばすだけならどうでもいいが、俺に口説かせようとするのはどういうつもりだ? 部下のおこぼれでも期待してるのか、見苦しい。貴様のような奴は女で失敗して破滅するか、せいぜい定年後家庭の粗大ゴミ化するかが関の山だ視界的公害男」
 真っ暗な公園のベンチに座り、そうぶつぶつとひたすらに怨嗟の言葉を呟く。はたから見たらどう見ても危ない人間だな、とは思ったが今はそういう気遣いをするのも面倒くさい。
 と、だだっ、と足早に目の前を走りすぎていく人影があった。
 む、と眉を寄せる。別に目の前を通り過ぎただけで目障りだと言うような酔っ払いに堕する気はないが、今目の前を走っていった人影は、せいぜいが中学生か、ひょっとしたら小学生というくらいの背の高さしかなかった。
 女を送っていってから飲み屋で少しでも憂さを晴らそうと飲みまくったので、日付はもう変りかけている。そんな年の子供が出歩いていていい時間ではない。
 教育委員会の回し者になる気はないが、少しばかり気になったので、立ち上がり早足であとを追った。万一厄介事に巻き込まれていたのだとしたら、見過ごすのも寝覚めが悪い。
 が、その子供は、おそろしく足が速かった。陸上かなにかの選手なのか、それともよほど必死なのか。あっという間に見えなくなりかかるのに、後者だった時のことを考えて――というよりは単純にムッとして本気で追いかけようと足に力を入れる。
 が、走り出しかけてロンはその足を止めた。その子供が公園の奥の、小さな池の前で足を止め、すさまじい勢いで怒鳴り始めたからだ。
「ざけんなあのクソボケ親父ーっ! てめぇ何様だ十年も放っといて勝手なこと抜かしてんじゃねぇっ、そもそもてめぇに偉そうなこと言える資格があんのかてめぇだって家出人なんだろーがっ! 高校に行ってねぇ奴が高校行けなんぞと抜かすな説得力ねーんだよっ! てめぇなんざに俺の人生どうこう言われる筋合いねーってんだ! お前程度の腕で食ってけると思ってんのかだぁ? わかんねーからやってみようってんだがたがた抜かすな偉そうに! 母さんのことも考えろだなんぞそれこそてめぇに言われたかねぇんだよーっ!」
 それからもまだまだ怒涛の勢いで続く怒号。が、そのほぼすべてがその親父という男に対する憤懣で占められていた。
 親の無理解、理不尽、偉そうな態度に対する不満、苛立ち。まぁ、この年頃の少年としては(ちゃんと見たら声も後姿も少年だった)一般的な青春の叫びだ。大人としては、ここは何事もなかったかのようにスルーして生暖かく見守ってやるのが優しさというもの、かもしれない。
 が、ロンは別に優しい大人ではないし、今日は心がささくれていたし、第一ここまで追いかけてきたのになにもしないでそのまま帰るというのは面白くないので、軽く因縁をつけてみることにして、怒鳴り疲れたのか息を継いだところを狙って一歩を踏み出し声をかけた。
「おい、少年」


 ばっと振り向いた少年の顔を見て、ロンは少しばかり驚いた。相手がちょっといないくらいの美少年だったからだ。
 まぁ、このくらいの年の子供相手にどうこうするような恥知らずではないが、それはそれとして恋愛対象になりうる性の持ち主が見目がよいのは精神衛生上非常によろしい。なので少しばかりいい気持ちになりながら続ける。
「青春のやりきれなさを虚空にぶつけるのもいいが、時間も考えたらどうだ。この時間にそこまでの大声で怒鳴ればどう考えても近所迷惑だぞ」
「あ……」
 少年は反論したそうに眉を寄せてわずかにわなないたが、結局素直に頭を下げてきた。
「すいません、でした」
「ふむ」
 そうあっさり(いかにも強気な感情を隠した顔で)謝られても困る。こっちとしても、もっと絡んで反応を引き出したくなってくるではないか(ロンは意地っ張りな子供をいじるのは好きな方だ)。
「父親と喧嘩するのはけっこうなことだが、それを本人に言わずこんなところで叫ぶというのは君のような年の子にしては珍しいな。父親本人と喧嘩したら負けそうだからか?」
「誰が! ……っ、いや、勝てるかどうかは、そりゃ確かに怪しいけど、そういうことじゃなくて。母さんが……心配するから」
「ほう、親孝行だな。だが、ご母堂も家族の一員だろう。ならば一般的な母親は家族の会話から仲間外れにされれば寂しいと思うと思うが?」
「そりゃ……そうかもしんねーけど。母さんは、病み上がりだから」
「ほう」
 誰かに話したい、という気持ちがもともとあったのだろう。話しながら水を向けてやると、その少年――ライはわりとあっさり打ち明けた。
「俺のうち、もともと、母さんと妹が病気で。母さんは外国の病院で療養することになって、妹のエリカは親父と一緒にそれについていくことになったんだけど」
「……君一人だけ残されたのか? 普通ならそういう場合、家族全員で一緒に行くものだと思うが」
「親父が言うには、母さんとエリカの病気のウイルスの……たいこういでんし、とかが俺にはないから、とからしいけど。だから遺伝病扱いだとかで。どこまで本当なんだかは知らねーけどさ。まぁ、俺まで面倒見るのめんどくさかったんじゃねぇの?」
「面倒、ね……君の保護者の当てでもあったのか」
「親父、っつーか……母さんの友達のテイラーさんって人が、俺を家で働かせる代わりに生活費学費もろもろ出してくれるってことになったんだ」
「……あからさまに労働基準法違反だと思うが」
「法律的にどうとかは、わかんねーけどさ。でもテイラーさんはたぶん、俺とそこんちの子供の区別はっきりつけるのと、俺に気ぃ使わせないためにそういうことにしたんじゃねーかな? 親父と別れたの俺が五歳の時だったし、役に立てるほど俺働けなかっただろ」
「…………。それで?」
「そこの家で俺、たいてい厨房の手伝いさせてもらってたんだけどさ。そこの料理人の人にいろいろ教えてもらって、料理で食っていきたいって思うようになったんだ。料理の腕も、一応食った人に喜んでもらえるくらいには上達したし……テイラーさんたちに弟子入りできるとこ世話してもらえたから、中学卒業したらそこで働くって決めてた」
「ふむ」
「そーいう時にいきなり! なんの前触れもなくあのクソ親父が帰ってきやがって! 母さんとエリカの病気が治ったのはよかったけど、これからは家族で暮らすんだから父親の言うことを聞け、だとか抜かしやがるんだぜ!? そんで働くのやめて高校行けって! 冗談じゃねぇふざけんなって何度も怒鳴ったんだけど、あのクソ親父聞く耳も持ちゃしねぇ! 未成年だから親の許しがないと働けねぇとかってなんなんだよそれ、ざっけんな! ガキの頃からほっぽりぱなしにしといたくせしやがって!」
「ライ。声がでかい」
「あ……っと、ごめん、なさい」
「いや」
 やれやれ、とロンは暗い空を見上げた。またなかなかハードな家庭環境に育ったものだ。この現代で親に身売りのような真似をされながら、さしてぐれもせず育ってきたというだけでも大したものだというのに、そこに帰ってきた親に両親面されても、母親の心配をするとはなんというか、人間ができているというか……ああそうか、言い表すのにちょうどいい言葉があった。
いじらしい=B
「……それで、どうするんだ、君は。父親の言う通り、高校へ行くのか?」
「冗談じゃねぇ! 死んでも親父の言う通りになんてなってやるもんかよ! 絶対親父言い負かして約束してた店で働かせてもらうさ」
「そうか」
 ロンは名刺入れを取り出した。名刺の裏に、さらさらと自身の住所を走り書きし、すっとライに差し出す。
「? ……なんだよ、これ」
「大人の手が必要になることがあったらそこに連絡してくれ。貸すだけの時間がある時なら手を貸そう」
 ライはぽかん、とした顔になった。ほとんど呆然と自分を見上げながら、おそるおそる訊ねてくる。
「……なんで?」
「敢闘賞、というところか」
「は……?」
 意味がわからない、というように眉根を寄せるライに、くすりとロンは笑ってみせた。


「やだ、ロンちゃんってばショタコンだったのぉ?」
 素っ頓狂な声を上げる男(たまたまこの店で何度か一緒になっただけの、さして親しくもない相手だ)に面倒くさげな一瞥を投げてから、ロンは一応抗弁の言葉を述べた。
「俺は子供を相手にする趣味も好き好んで法律を犯す趣味もない」
「んもぉ、真面目ぶっちゃってぇ。どうせ頭の中ではもうその子とくんずほぐれつヌレヌレのぐっちょんぐっちょんになっちゃってんでしょぉ?」
「……だから子供は趣味じゃないと言ってるだろうが」
「嘘ぉ。ならなんでその子に声なんてかけたのよぉ」
「単純に、放っておくのも気の毒だと思っただけだ」
「うっそだぁ! 若い子からロマンスグレーまでまで据え膳食い散らかすわ掌の中で転がすわって思いっきり派手に遊んでたロンちゃんがー」
 きゃんきゃら騒ぐ男に言い返すのが面倒になって、ロンはママ(中年の男)に声をかけた。
「いくらだ」
「ツケにしておきますよ。またどうぞ」
「それはどうも」
「ちょっとぉ、待ちなさいよぉ。どーせどーやってその子に突っ込もーか考えてんでしょーが聞かせてみなさいよぉ」
 絡んでくる男を無視し、ロンはさっさと立ち上がって店を出た。さすがに店外まではさっきの男も追ってはこない。
 酔いを醒ましながら、てろてろと道を歩く。行き交う人の性別は、圧倒的に男が多かった。
 それもそのはず、ここは新宿二丁目、日本のゲイのメッカだ。ビアンがいないわけではないが、日本において自らの性向をはっきり表す女性同性愛者の数は、男性同性愛者の数よりまだかなり少ない。
「なんでその子に声をかけたのか、か……」
 小さくそんなことを呟いてみる。その答えは、基本的なところでは、さっき男に言った言葉の通りだった。
 まだ若い、いとけなさすら感じさせる子供が、これまで十年もずっと親に放り捨てられて一人で生きてきた子が、唐突に戻ってきた親にいいようにされるなどというのは、ロンの価値観からいえば論外だった。頑張っている人間には、頑張っただけの報酬があってしかるべきだ。それが子供ならなおのこと。
 自分なりにその不条理を是正したいと思った。本来与えられるべきものがあの子に与えられるように、世界のひずみを正すべきだと。
 優しさもなくはないが、それよりは目の前で倒れた人間を病院へ連れていく、というような義務感の方が強かった。ロンは女の性を持つ者はまったく好きではなかったが、たとえライが少女だったとしても同じことをしただろう。そもそもロンは美少年は好みではないのだ(自分が美少年として可愛がられる対象だったので)。
 ただ、それだけではない気がするのもまた、確かなことだった。
 あれから、あの子とは何度か話をした。どうやらライはストレスが溜まるとあの公園で愚痴を怒鳴ることにしていたらしく、課長に飲まされて酔った夜などに、『もしかしたらあの子がふらっと出てきたりしているかも』と公園に寄ってみると、たいてい池の前で一人ぽつんとたたずんでいる姿を見つけることができた(近所迷惑かなと思うと怒鳴れなくなったようだった)。
「そこの少年。浮世で働く成人男性の心の憂さを晴らすために、その青春の苛立ちを俺にぶつけてみる気はないか」
 そんなように声をかけると、そのたびにライははっとしたようにこちらを振り向いてから、ひどく眉を寄せ唇を尖らせた仏頂面で、しぶしぶという感じにうなずく(だが男というものをそれなりに知っているロンは、耳の赤さなどから決して嫌がっているわけではないことはわかっていた)。
「あのクソ親父、ちゃらんぽらんなくせに頑固ったらねーんだ。俺が何度自分の考えてること説明してやっても、『ガキは学校に行くもんだ』ってだけで片付けちまいやがって」
「クソ親父の奴せこいったらねぇよ! 俺とはまともに向かい合わねぇくせしやがって、周りの外堀から埋めてきやがるっつーか、母さんやエリカに俺が高校行かないこと、すっげー自分に都合のいいように伝えやがって! 母さんたちは病み上がりだってのに、心配かけるなんてなに考えてやがんだ!」
 そんなもろもろの愚痴というか、ほぼ父親に対する文句を、ロンは「そうか」「ふむ」「なるほど」などと淡々と相槌を打ちながら聞く。こういう話に、自分なりにアドバイスをしようなんぞという考えがどれほど見当違いかは経験上からもよく知っているのだ。
 そうして相槌を打っていると、たいていライはだんだんと勢いを失い、愚痴をこぼしたことを恥じるような顔でうつむいて、「それじゃ、俺は帰るから」と小さく言ってくる。
 それにロンはいつも「そうか。ならば俺もそろそろ帰るとするか」と立ち上がり(たいてい公園のベンチで話すのだ)、ライに一瞬ひどく困った顔をされてから、「……あり、がとな」とひどく申し訳なさそうな声で言われる。
 そしてそれに頭をぽんぽんと軽く叩いてやってから、家路に着くというのがここ最近の終業後(残業することも多いが)のパターンだった。
「確かに、我ながら下心を疑われてしかるべき行動ではあるな……」
 普通、ただの義務感でそう毎日のように愚痴聞きにつきあうことはしない。少なくともロンはしない。曲がりなりにも管理職として、日々ストレスやらなにやらに忙殺されているというのに、これ以上無駄に体力気力をすり減らすような真似は普段の自分なら絶対にやらないはずだ。それこそ、下心でもなければ。
 そして、ロンはライに対し、『将来有望』という以上の性的欲望はまったくない、と断言できる。
「我ながらなんでここまでつきあうのか、不思議でしょうがないんだが」
 ただ、それでも自分にとって、ライにつきあうのは苦ではないのは確かだった。それどころか、男と楽しく飲んでいても、ライのことが気になって早めに切り上げてしまうほど自分の中であの少年の重要度は高いようで。
 日々会社で忙しく働き、その延長として会社の人間とある程度つきあい、それ以外の時間にはいい男と楽しく遊ぶ、ないしその準備をする。そういう生活をずっと続けてきたというのに、あの少年がなぜかその中に大きく飛び込んできている。
 別にライに対し下心があるわけでもないのに。毎週末やっていた二丁目巡りも早めに切り上げ、出会い系サイトのチェックもなんとなく気が乗らずにやめてしまう。そんな生活は、自分にとってまったく意味のないものであるはずなのに。
「……まったく、人生というのはいつもながら、わからんものだ」
 そんなことを呟きつつ、ロンは駅へと歩いた。今から帰れば、たぶんライが公園にとぼとぼとやってくるのにちょうど行き会うことができるだろう(ライと会う公園は帰路の途中の駅にあるのだ)。


「ん」
 仏頂面でそう言って突き出してくる箱に、ロンは数度目を瞬かせた。
 いつもながらの夜の公園。いつもながらの夜のベンチ。そこに座ったとたんにライが仏頂面で、耳を赤くしながら突き出してきた、持っていた保温袋の中の小さな箱。
 それはどう見ても、弁当箱にしか見えないものだった。
「お前が作ってくれたのか?」
「……ん」
「それは、すまんな。これは、お前なりの俺へのお礼、ということでいいのか?」
「ん」
「なるほど。では、ありがたく受け取ろう。……ここで食った方がいいのか?」
「……別に、どっちでもいいけど。感想は聞かせてくれると嬉しい、かな」
「ふむ、ではここで」
 言ってロンは膝の上で弁当箱を開く。保温袋に入っていただけあって、まだほこほこと温かい。
 中身はおにぎり、から揚げ、卵焼き、リヨン風サラダ、春巻き、とほぼ弁当の定番メニュー。こちらが食事をしてきたことを想定しているのだろう、一品一品は小さく量も少ないが、バラエティは豊かだった。
 さっそくおにぎりをひとつ取って、かぶりつく――や、思わず目を見開いてしまった。
「……これは」
 思わず呟いてから、食事中に喋るのはまずかろうと咀嚼を始める。おにぎりをもぐもぐやりつつ、おかずをまず一品一品味を確かめてから一緒に食べた。小さな弁当のことで完食するのにさして時間はかからなかったが、食べ終わるやいいタイミングで水筒に入れてあったであろう熱いお茶が差し出される。
「……どうだ?」
 真剣な顔で発される問い。まずお茶を一杯すすり飲んでから、ロンはこちらも真剣な顔でうなずいた。
「うまかった。非常に」
「……ほんとか!?」
 ぱぁっとライの顔が輝く。それに再度うなずいて言った。
「嘘偽りなくうまかった。おにぎりに混ぜ込んである刻んだ漬物、たぶんこれは自家製だな? 俺は漬物にはうるさい方だが、少なくとも市販のものじゃこの歯ごたえと風味は出ん」
「ああ、高菜の唐辛子漬けとたくあん、しば漬けと味噌漬け、全部自分で漬けた」
「他のおかずも一見普通の家庭料理だが、いちいちに見事な技が利いている。から揚げのつけだれの味付け、隠し味、卵焼きの焼き加減塩加減、リヨン風サラダや春巻きの具材はおそらく全体の味の配分を考えているだろう?」
「ああ……ああ! 俺なりに、食べた時に一番舌や胃が落ち着く味にしようって思ったんだ!」
「堪能させてもらった。さすが料理人を志すだけあるな、いちいちがすでにプロの技だ。これは確かに、その気があるならとっとといい店に弟子入りして名料理人を目指した方がいいだろうな」
「……ほんとに? マジで、言ってんだよな?」
「俺は冗談は好きだが、気を許した相手に嘘を言う趣味はない」
「……っっっしゃあっ!」
 歓声を上げて小さくガッツポーズを取る。これまで見たことのなかった満面の笑顔に、少しばかり胸の辺りが疼いた。この子はしばらくこうして満面の笑顔を浮かべることもなかったのだろうと思うと、柄にもなく。
「そっかー、やっぱ弟子入りした方がいいって思うかぁ……へへっ。けど、ロンさんって実はかなりグルメなんじゃねぇの? 春巻きの具材にまで言及されるとは思わなかったぜ」
「まぁ、料理は好きな方だからな。味にはある程度敏感になっておかないと、店で食ったうまい料理を再現できん」
「へぇ、やっぱりかなり食通じゃんか。店で食った料理を自分流にでも再現できる奴なんて、そうそういねぇよ。あ、もしかして、働いてる会社がそういう関係とか?」
「いや、別にそういうわけじゃない。俺の会社は物流関係……商品を運ぶことを仕事にしてる会社でな。情報流通にも手を出してはいるが。俺はそこの営業課だ」
「営業課……って、あれだよな、セールスマンみてーなことするんだよな?」
「まぁな。俺は課長補佐だから、下を取りまとめて尻を叩いたり上に責任を追及されていびられたりもするが」
「へぇ……ロンさんも、大変だな。やっぱり、ストレスとか溜まるんだよな?」
「ああ、それはな。飲まなきゃやってられん、という気分になるのもしょっちゅうだ」
「そっか。ならさ。……俺の愚痴ばっか聞いてたら、よけいにストレス溜まるんじゃねぇの」
 思わず目をぱちくりとさせたが、こちらをうかがうように見るライの顔は真剣だ。もしかしたらこの話をしたくて自分の仕事の話などを振ったのかもしれない。
 やれやれ、と思わず苦笑する。まったく、わかりのいい子供というのはいつの時代も損をするものだ。
「まぁ、確かに人の愚痴などいちいち聞いていては、ストレスでパンクしそうにもなるがな」
「……だよな」
「だが、お前に関しては別にそうでもない」
「は?」
 ぽかん、とした顔になる。
「俺も、なぜかいろいろと考えてみたんだが。理由らしい理由は見つからなかったが……そうだな。ありていに言うならば」
「言うならば?」
「お前を見ていると、なにかしてやりたくなるんだ」
「はっ……?」
「必死に頑張っているお前に、手を貸してやりたくなる。お前の力になりたくなるんだ。なぜかは自分でもよくわからんのだがな」
「は……」
 ぽかんとした顔のまま呟いてから、ぽうっとライは顔を赤らめた。「なに言ってんだよ」「なんだよ、その恥ずかしい台詞……」とかぶつぶつ呟きつつ視線を逸らす。
 それを微笑ましく眺めつつも、ロンは自分の心を冷静な視線で見つめた。
 そう、本当になぜかはわからないのだが、自分の中にはライに対してなにかをしてやりたい、力を貸してやりたいという強い気持ちがある。この子を労わってやりたい、ねぎらってやりたい、この子が自分の人生を生きられるようにしてやりたいと。
 けれど、そんな優しい気持ちがどこから来るのか、ロンは我ながらさっぱりわからないのだ。これまでずっと、現代社会を生きる一人のゲイとして、それなりに汚れてただれた生活を続けてきて、それでいいと、自分の人生にそれなりに満足しているはずだったのに。


「なぁ、ジンロンくん。どうかね、あのお嬢さんもぜひにとおっしゃっているんだよ」
「いえ、何度も申しますが、私は結婚するつもりはまったくありませんので」
 何度もしつこく勧めてくる課長に内心舌打ちしながら、ロンは笑顔で答える。本当にいちいち面倒くさい奴だ鬱陶しいとっととこの世から消滅しろ、と内心では怒涛のように罵倒していても、顔と声には感情をまったく乗せないのは勤め人としての必須スキルだ。
「なにを言っているんだねいい若いもんが。君はまだ未婚だろう? 男というのはね、結婚して初めて一人前なんだよ。妻と子供を養って、男としての責任を背負って、ようやく一人の男として立つことができるんだ」
「いえ、ですから私は自分勝手な人間ですし、そのような責任を背負うことはできないと」
 その画一的かつ一方的な価値観に吐き気すら覚えながら笑顔で言うと、課長は唾を飛ばしながら喚きたてやがる。
「そういう君だからこそ早く身を固めることが必要なんじゃないかね! 責任を背負うことで人はそれにふさわしい人格を身につけることができる、そうだろう! 男として一人前にならなければ、仕事も半人前のことしかできんよ!?」
 ああまったく面倒くさいこのバーコードハゲが顔面に一発入れて鼻の骨を折ってやろうか。イライラムカムカしながら課長の言葉を受け流す。仕事が暇な時期なのをいいことに、さっきから一時間もえんえんこの話を繰り返しているのだ。
「相手のお嬢さんに不満があるわけじゃないんだろう? だったらいいじゃないかね、先方は喜んでくださってるんだから――」
「あります」
「……は?」
「相手の方に、私としては、非常に不満があります」
 これ以上イライラしたら本気で手が出てしまうかもしれん、と危ぶみ始めたロンは、さっさとケリをつけることにしてにっこり笑顔でそう言った。課長はぽかんとしていたが、すぐにまた顔を真っ赤にして唾を飛ばしてくる。
「どこがかね! きれいなお嬢さんじゃないかね、気立てもいいし、君のことをあんなに好いてくださってるんだから受けるのが筋というものだろう!」
「残念ですが、私は男に媚びることにしか時間と神経を使っていない女性というのは女性の中でももっとも嫌悪するタイプに入ります。女性の顔の美醜については、私は専門家ではありませんが、少なくとも彼女の顔が美しいとは私には思えません。もともと結婚するつもりはありませんが、そのような女性と結婚するのは死んでもごめんです」
 きっぱり言い放つと課長はまたぱかっと口を開けたが、「仕事に戻ってよろしいでしょうか?」と微笑むと、また唾を飛ばしながらばんばんと机を叩いてきた。
「なにを言っているのかね君は! まるでホモみたいなことを言うもんじゃないよ、男に一生懸命尽くしてくれる、理想的な女性じゃないかね! ホモじゃないんだから男らしく女性の可愛らしさを受け容れてやってだね」
「私はそうですが」
「……は? なにが」
「私はゲイ、課長の言葉で言うならばホモです。男性同性愛者ですが、それが?」
 そうにっこり笑って言い切った瞬間、ざわめいていた課の中が、一瞬でし―――――ん、と静まり返った。
 課全体から視線が集中しているのを感じたが、微塵も表情を揺らさずにっこり笑顔で「仕事に戻ってよろしいでしょうか?」と繰り返すと、課長はぽかんとした顔でこちらを見つめ、こくこくとうなずいた。小さく会釈を返してから席に戻る。
 周りの奴らがいっせいにこちらを見ながらひそひそ話を始めたのはわかっていたが、ロンは静かに仕事を続けた。

 終業後、ロンは帰り道の途中で居酒屋に入り、ごく軽く夕食をとって家路についた。途中の駅で降り、しばらく歩いて、もうだいぶ暗くなっている公園の奥の池の前に座り込む。
 遊歩道から外れた池の前なので、辺りは草で覆われている。スーツの尻が汚れるな、と思ったが、どうせ今日着ているのは安いスーツなので気にしないことにした。
 どんどん墨色に染められていく世界の中を、一人黙って座って待つ。誰を? もちろん、あの少年を。
 いい大人が中学生になんの話をするつもりなのだか、と少しばかり苦笑する。少なくとも、子供に聞かせて意味のある話ではないし、これまでの自分の振る舞い(子供の青春の愚痴を聞いてやっている大人)からすると違和感は拭えない。
 ただ、今日あったことを話す相手として、自分が他に思いつく人間がいないのは確かなことだった。
 なぜ? そう自分に問いかけてみる。ゲイの友達がいないわけでもない、愚痴っても受け止めてくれるだけの余裕を持った人間もいる、なのになぜ現在進行形で青春の壁にぶつかっている中学生にこんなことを?
 意味があるわけじゃない、ただ、自分は。
「ロンさん!」
 後ろから声をかけられて、ロンはゆっくりと立ち上がった。ライが驚きに大きく目を見開いて駆け寄ってくる。
「どうしたんだよ、こんな時間からここに来るなんて今までなかったじゃん」
 腕時計を見る。時間は夜の八時ほどだった。普段自分がここに来るのはせいぜいが十時過ぎほどだから、確かにこれまでにないことではある。が。
「……お前はいつもこんな時間からここに来ていたのか」
「え、や、別にそういうわけじゃないけど……今日は、親父がいなかったし。母さんたちも、検査入院してるし。だからせっかくだから、弁当作ってこうかなって……で、作ったら、できるだけ入れ違いにならないように、って思ったから……」
 ややうつむき加減にぼそぼそというライに、小さく苦笑して頭を撫でてやる。
「!」
「これまでも何度も待たせてしまっていたのか? 悪かったな。本当に」
「……っ、やめろよ! ガキ扱いすんなって」
 ばっとロンの手を叩き落としてから、気まずげな顔になっておずおずとこちらを見上げてくる。
「……ロンさん、なんかあったのか?」
 その問いに小さく苦笑してから、どう答えようかと考えて、結局正直な気持ちを言った。
「あったわけじゃない。……ただ、まったくない、と言えないのが面白くない、というところか」
「は……?」
「お前がよければ、少し愚痴を聞いてもらいたいんだが、いいか」
 淡々とした表情でそう訊ねると、ライは目を見開いてから、こっくりと真剣な顔でうなずく。それに苦笑してから、ベンチへ移って、今日のことを話した。
 真剣な顔で話を聞いていたライが真剣な顔で最初に言ったのは、ロンとしては予想外の言葉だったが。
「ロンさんって、ホモ……じゃねぇや、ゲイだったのか」
「は?」
 思わず目を見開いてしまったが、考えてみれば確かに自分が同性愛者なことはこの少年には言っていなかった。思わず苦笑して、軽い口調で訊ねる。
「すまなかったな。驚かせたか」
「や……驚いたは、驚いたけどさ。けど、言われてみればそれっぽいとこあったなと思うし……それに、俺みたいなガキにそんなこと言うってことは、それだけロンさんが、俺のこと信用してくれたことだって思うから」
 こちらを真正面から見つめながら真面目な顔で言うライに微笑む。微笑んでから、ひょいと、倒れこむように腰の辺りに抱きついた。
「わ! な……ロンさん、なに?」
「……俺としては、別に、なにかあった、というほどのことじゃなかったはずなんだ」
「え……?」
「カミングアウトだなんだと大仰に騒ぎ立てるほどのことでもない。ただ、隠しているわけでもない自分の性癖を普通に話しただけだ。それで世の中に異性愛者しかいないと信じて疑わない偏狭なヘテロ――異性愛者どもがどれだけ驚こうと俺の知ったことではないし、そのせいでこっちを害そうとするならばいつでも喧嘩を買う準備はできている」
「…………」
「そのはずだったし、実際それに違いはない。ただ……なんというかな。そのいちいちに……重圧感というか、気後れというか、そういうものを感じている自分に、正直失望してな」
「失望……?」
「ああ。自分は差別に屈するのはごめんだし、向こうが喧嘩を売ってくるなら遠慮なく買うつもりだ。それは確かだ。あの時性癖を明かしたことにも後悔はない。だが、それなのに、俺の中には気弱な、情けない部分があってな。何事もなく済ませられたならと……性癖を明かしたことによる軋轢を、厭う気持ちがある。それに……思いのほか、がっかりしてな」
「…………」
「今日一日、周囲のひそひそ話やら陰口やら、こっそりこちらを観察しているのにこちらが見ればすぐ目を逸らすだの、話しかけるとあからさまに、まるでこちらが化け物でもあるかのような振る舞いをされるのだのに耐えて。俺自身は昨日となにも変わっていないのにそういう振る舞いをされるのは予想していたことだし、あいつらにはなにも期待していなかったはずなのに、腹の立つことに……そういうなんやかやにうんざりして、気分が滅入ってしまっているのが、悔しくてな」
「…………」
「めげるつもりはないしこれからも断固としてそういう扱いとは戦っていくつもりだ。だが、そのつもりに間違いはないのに、落ち込んだ気分になって、自分が性癖を明かすような状況にならなければよかったのに、なぞと思う部分があるのが、悔しく腹立たしく、忌々しく……こんな程度でくよくよしてしまっている自分が苛立たしく。みっともないと、わかっているのに、こう……」
「うん。わかるよ、その気持ち」
 真剣な声でうなずく動作が伝わってくる。ロンは腰に顔を埋めたまま、答えた。
「ほう。わかるか」
「うん、俺もさ、ガキの頃とか、親がいないことでいじめられたりしてさ。もちろん全員叩きのめしてやったけど。それをやっぱり親がいないからとか言ってくるおばさんとかに、うんざりしたりしてさ。そいつらに負けたくないって思って……それでも、親がいないこと言って、そっから面倒なことにならないかとか考えちゃって、そういうの、悔しいって思ったから。ロンさんだけじゃない」
「……ほう。俺だけじゃないか」
「うん、そう思うよ。誰だって、どんなにちゃんとしてる奴だってそう思っちまうと思う。だから、そのくらいで負けたことにとか、絶対ならないって。ロンさん、全然負けてないと思うぜ」
「そうか……負けてないか」
「うん……」
 そう言ってライは、そっと優しくロンの頭を撫でる。ロンはありがたくそれを受け容れた。
 そうか。そういうことか。だから自分は、彼に―――
 と、唐突に、闇の中を眩しい光が切り裂いた。自分たちを真白の輝きが照らし、瞳を焼く。同時におそろしく無粋な声が聞こえた。
「おい! そこでなにやってる! こんな暗がりで……しかもおい、お前はまだ子供じゃないか!」
 いかにも警官らしい横柄な声に、ぽかんとしているライの膝でロンは小さく息をつく。まったく、悪くない気分だったというのに、面倒なことになったものだ。


 そして、実際すさまじく面倒なことになったのだった。
「もう一度聞くぞ。お前はあの暗い公園の中で、あの中学生となにをしていた?」
「俺ももう何百回も繰り返してはっきり言ってもうやめにしたいと思っているが相手が公権力を振りかざすのでやむなく言うが、話を聞いてもらっていただけだ」
「ふざけるな! 話を聞くだけならあんな体勢でいる必要がどこにある!」
「あんたよっぽど記憶力が悪いようだな。相手によりかかりたい気分だったから、と何百回言わせる気だ」
「貴様、警察を舐めとると容赦せんぞ……? 正直に話したらどうだ、え、あの中学生になにをしようとしていた!」
「何百回何千回聞かれようと、俺の答えは変わらん。話を聞いてもらっていた、それだけだ。お前がどれほど品性下劣で性的対象と二人きりになれば押し倒すことしか考えていないのかは知らんが、俺はそこまで単純にはできていないし、そもそも子供は趣味じゃない」
「貴様! ふざけるのもいい加減にしろ!」
 いい加減にしてほしいのはこちらの方だ、という言葉をロンはため息で押し流した。別に相手や状況をおもんばかってではなく、いちいち反応するのも面倒になってきたので。
 あのあと警官と軽く押し問答になった時に、ライが愚痴の内容をなんの気なしに口にしたのがまずかった。警官は自分が強姦魔であるかのように怒り狂い、ライを家に帰してロンを交番に連行しようとしたのだ。
 ライは状況がよくつかめなかったようできょとんとしていたが、ロンは笑ってライを家に帰した。それなりに年を食った大人であるロンとしては、これからの話の流れはなんとなく予想できたので。
 交番に連行されたのち、ロンは警官たちに寄ってたかって責め立てられた。あそこでなにをしていただのあそこでなにをするつもりだっただの。
 ロンとしては正直に、あったこと思ったことをそのまま繰り返すしかなかったのだが、こういう同性愛者とみるや性犯罪者とイコールで結ぶような輩に対する憎悪をつい抑えられず、挑発するような態度を取ったせいだろう、一晩留置場にぶち込まれることになった。
 まぁ一晩くらいならいいか、と(その翌日が休みだったので)思っていたのだが、なぜか目が覚めるや取調室に叩き込まれて、「タレコミがあったぞ」と担当の刑事に得意満面という顔で言われたのだ。
「お前はあの少年を強姦する計画を立てていたそうだな?」
「会社の若い男たちにいつもセクハラしていたという情報が入ったぞ」
「抵抗できない部下たちをいつも口説きまわっていたそうだな?」
 こんな話をまくし立てられた時には、実際呆れ果てて口を開けてしまった。どこからこんな話を持ってきたのだろう。まさか新聞に載ったわけでもないだろうから、会社の方に連絡して、会社の奴らがあることないこと言い立てたとしか思えないのだけれども。
 なんというかまったく、ほとほと脱力するしかない気分だった。少なくともロンはライにどうこうしようなんぞかけらも思ったことがないので(本当に子供は趣味でないのだ)計画など立てた覚えも立てていると言った覚えもないし、会社の男にセクハラをした覚えもないし、口説いた覚えもまったくない(よほど惚れているならまだしも、世の中にはゲイの男がいっぱいいるのにわざわざ苦労したり無神経な言葉を浴びせられるリスクを背負ってまでヘテロを口説いてなんの意味があるというのだ)。
 なのにこうして拘留されて、取調べと称してぎゃんぎゃんと怒鳴りつけられているという馬鹿馬鹿しいこの状況。この署の上の方に同性愛者なり外れ者なりが嫌いな奴がいるのか、自分の担当刑事がよほど手柄がほしかったのか、それとも単にこの署がよほど暇なのか。
 おそらくはその全てなのだろうが、まぁ一番大きな理由は、自分が刑事たちに対し微塵も怖気を見せずに挑発的な態度を取るせいなのは理解していた。国家権力はヤクザと同じで、舐められたら終わりという面がある。なので面子には異常にこだわるようにできているのだ。
 実際、最初の取調べでも抗弁せず、申し訳ありませんと恐れ入るような態度をとっていれば、服を脱がせていたわけでもなし厳重注意でことを済ませることができただろう。が、ロンはそれをしなかった。
 それをやりたくない理由があったわけではない。皆無とは言わないが。
 それよりもただ、自分は面倒くさかったのだ。いちいちこいつらに合わせてやるのが。多数でいることがすなわち正しいと思っているような、愚か者どもに恐れ入りますと頭を下げてやるのが。
 自分はただ自分でいようとしているだけだ。それに文句を言われ、こちらに合わせろと言われるのがどうにも面白くなかった。そんな面倒なことをする気分になれなかった。自分の思う通りに思うことを言う方が、気分的に楽だったのだ。
 そういった思考が、根本的に傲慢で、相互の交流を妨げ、無理解を広め、相手により強固な拒絶と嫌悪感を与えるものだということはわかっている。が、そんなことは正直どうでもよかったのだ。
 ロンは別に自分を理解してほしいとは思わない。行き会う人すべてに理解してもらおうと神経を尖らせるなどというのは趣味でないし、そもそもそれは単なる押しつけにしかならないだろう。
 少なくとも自分は多数派であることに満足してそれ以外を疎外して足れりとしている人々も、あなたを理解してあげますよと上から目線で見下ろしてくる慈善家たちも、微塵も理解したいとは思わないのだから。
 だから単純にこう思う。俺のことを理解してくれとは言わない。だからあんたたちも、俺に自分たちのことを理解しろと言うな。社会人として必要最低限の交流はするから、それ以上のことを押しつけるな。俺はあんたたちと仲よくなろうとする気はまったくないのだから、こっちのことも放っておいてくれ、と。
 そういう態度がたいていの相手、特に良識派と呼ばれる存在にどれだけ騒ぎ立てられるかはわかっていたが、現在の状況をそれなりにわかっているロンとしては、その態度を取り繕う面倒くささよりぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる奴らを相手する面倒くささの方がまだマシだ。
 それにそれ以上に、正直に、なにはばかることのない真実を語るというのは心地よいことだし、自分は正直に生きてきたと誇ることができるのは、生きる上で極めて喜ばしいことだ。自分を好きな理由は、大いに越したことはない。
 なので、ばぁん! と机を叩いて、「貴様のようなオカマ野郎が人様の目に映るところに出てくるんじゃない、二丁目にでも引っ込んでいろ!」と怒鳴った中年刑事に、ロンはにっこり微笑んで言ってやった。
「黙れ、下衆」
「なっ……!」
「お前がどれだけ卑小かつ偏狭な価値観しか持てない人間かはよくわかったから、それを喚きたてないでくれるか。あんたにはそれがどれだけ他者にとって視覚と聴覚と精神の公害になるかということもろくに想像できないだろうから、仕方なく俺が大人になって頭を下げて頼んでやるから」
「ききききっ、貴様………!」
 こちらの胸倉をつかんできた刑事を(慌てて記録係の刑事が止めに入った)見下すように見てフッ、と笑ってやっていると、取調室の外から怒鳴り声が聞こえるのに気づき、思わず目を見開いた。この声は。
「……ッ! おい! なんだこの声は、お前ちょっと見てきて――」
 言い終わる前にバァン! と扉が開き、羽交い絞めにしている男を引きずって、銀髪の少年が飛び込んできた。蒼灰の瞳を怒りに輝かせて、白い頬を紅潮させ、怒涛の勢いでまくし立てる。
「おい! ふざけんなこのクソ刑事っ、なに考えてんだてめぇっ! なんでロンさんが性犯罪者になるんだよっ、お前らバカか!? ロンさんはいっつも俺の愚痴聞いててくれた人で、あの日もただ愚痴聞いただけだっ! 毎日みてーに中学生のガキの愚痴につきあって、なんにも偉そうなこと言わねぇでただそうかなるほどって聞いて、なのになにかしてくれとか全然言わなかった人なんだぞ!? 俺の料理食って、うまいってこれなら弟子入りした方がいいって真面目に言ってくれた人なんだぞ!? そんな人が変なことするわけねぇだろっ、勝手なこと抜かしてんじゃねぇバカヤローっ!!!」
 ぽかんとする刑事たちの横で、目を見開いてロンはその少年――ライを見つめたが、やがてにっこり笑ってこう言った。
「いい啖呵だな」
 ライは目をぱちくりとさせたが、ロンはにこにこと、心底から心楽しい気分でライを見つめた。
 まったく、いい啖呵だ。この取調室での不愉快な時間が、見事に塗り替えられるほどに。

 なんやかやの面倒な手続きはあったものの、それから一時間もしないうちにロンとライは署を出ることができた。実際なんの証拠もなく難癖をつけているも同然なのだから、当然だろう。
「ごめんな、ロンさん、来るのが遅れて。俺、朝学校行く前に交番に寄ったんだけど、ロンさんのこと知ってる人がいなくてさ。学校の帰りに行っていちゃもんつけてきた警官と会って、ロンさんのこと聞いたら言葉濁すから怪しいと思って詰め寄ったら、この警察署の留置所に送ったって言うから、慌ててこっち来たんだけど……」
「いや、助かった。本当にありがとう、すまなかったな」
 にっこり笑顔で言うと、しゅんとしていたライもほっとしたように笑顔を見せた。
「ごめんな、俺のせいで変なことになっちまって」
「いや、お前のせいじゃない。どちらかと言うと俺のせいさ。あと自分の価値観と相容れない存在にやかましく騒ぎ立てる警官どものせいだな」
「ははっ……言うよなぁ、ホント」
「俺は嫌いな奴の悪口を言う機会はできるだけ逃さないようにしてるのさ」
 すまして言ってから、二人でしばし声を揃えて笑い合う。
「……でも会社の方、大丈夫なのか。今日平日だろ」
「ああ、それについては心配ない。今日はもともと代休だったんだ。休日出勤のお返しというやつでな」
「そっか」
「……というか、さっき携帯を調べて知ったんだが。俺はクビ、ということになったらしい」
「はぁ!?」
 叫ぶライに耳を押さえてみせてから、ひょいと携帯の画面を突き出して見せる。
「人事決定としては異例の早さだな。あとで辞令を送る、だとさ。なんのかんの言っているが、まぁ俺が警察のお世話になったというのが大きかったんだろう。そしてゲイだということもな。もともと俺が誰に媚びることもなく、自分の能力だけで若いながらそれなりに出世していたので敵が多いこともあるんだろうが」
「んな……これっ……」
 きっ、と天を睨みあげてから駆け出そうとするのを、慌てて止める。
「こら、待て。どこへ行く気だ?」
「ロンさんの会社に決まってんだろっ!? こんなバカなこと黙って聞いていられるかっ!」
「心配するな、黙って聞く気は俺もない」
「え……裁判、起こしたりすんの?」
 こちらを見上げてくるのに、にやりと笑って首を振る。
「いや、もっと効果的なやり方だ。俺は営業課長補佐だぞ? めぼしい営業先とはつきあいがあってな、しかも極めて良好な関係を築いている。そこ全部に、実はこれこれしかじかのわけで解雇されまして、と言ったらどうなる? あの会社が裏でやってる悪事と、営業課の中の使えない人間やら誰やらが犯罪犯してるという話やらもさりげなく付け加えて」
 ライは目をぱちぱちとさせて、ぽかんと口を開けた。
「それ……マジで?」
「まぁ、悪事というのは犯罪にはなっていないが、立証できれば犯罪、というレベルではあるな。誰が犯罪を犯したというのも話に聞いただけだ、証拠はない。が、俺が話に聞いたことは事実だ。だから俺がこういう話を聞いたことがありますよ、と話しても嘘にはならんな」
「はぁ……」
「さらに商売敵ともそれなりにつきあいがあってな。そこ全部に瞬時にこういう情報を流す、というのもわりと簡単なことだ。俺の会社はそれなりに大きいので世間体が大事、しかも敵が多い。敵のみなさんはよってたかってそういうところを攻めてくださるだろうさ」
「……えげつねぇなぁ。けどなんか、ロンさんらしいかも。確かに、やられっぱなしってのは面白くねぇもんな」
「そういうことだ」
「……けどさ、それだと、再就職とか、面倒になったりするんじゃねぇの。やっぱ、業界の中って、狭かったりするんだろ」
 まったくよく気のつく子供だな、と苦笑する。だからこそ割を食っているのだろうが、ロンとしては、だからこそこの子に優しくしてやりたくなる。
「その点については心配ないだろう。俺は起業するつもりだからな」
「え……きぎょう?」
「会社を作ろうと思ってるのさ」
「えぇ!?」
「前々から考えには入れていたことでな。俺の物流関係のコネを使って、食品会社をやれたらと思っていたのさ。大手では儲けが少なくて取り扱わないような食材を、必要としているところに届ける。小さな会社にできるだけ安く運んでもらってな。しばらくは大変だろうが……俺は一応高給取りで、それをそれなりに投資に使ってたんでな、なんとか食ってはいけるはずだ」
 ライはぽかんとロンの言葉を聞いていたが、やがてははっと、少し苦笑するように笑った。
「ロンさんって、ほんといちいちそつがねぇよなぁ。大人だなぁって、思うぜ」
「ああ、だからこそお前も頑張ってできるだけ早く大人になってくれ。お得意様と持ち店はひとつでも多い方がいいからな」
「……は?」
「お前がいい店に弟子入りして、一流の料理人になって。そうしたら自分の店がいるだろう? 俺がその時金を出してやるから、オーナーにさせてもらった上で、俺の会社から食品を買ってくれ、と言ってるんだが」
「……はぁっ!?」
 仰天、という顔で目と口をかっぴらくのに、ロンは心外そうな顔をして首を傾げてやる。
「いやか?」
「い、いや、いやっていうか、なんでロンさんがそんなこと言うんだよ!? ロンさんがそんなことしなくちゃいけない義理なんて全然」
「もちろんない。だから義理で言うんじゃない。お前の料理を食って、これは一流の料理人になれる可能性を持っていると思った。だから一流の料理人になれたら金を出す、その価値があると思うからな。当然だろう」
「け、けど……」
「それに。俺は、同志には公然とひいきをする主義なんだ」
「は……? 同志って」
「周りに負けずに生きている奴ということさ」
 言ってにやりと笑うと、ライはまたぱかっと目と口を開けた。
 そう、つまり、自分がライになにかしてやりたいと思ったのは、そういうことだった。
 親がいなかったり、同性愛者だったり、そういう多数派とはかけ離れた外れ者としての生。それを生きながら、周りの圧力に負けず、歪められず、毅然と顔を上げて生きてきた子供。
 劣等感を抱かず、優越感も抱かず、ただ自分なりに、自分として生き、これからも生きようとしている相手。そういう同志との出会いは、人生に活力を与えてくれる。登山道で人と行き合った時のように、戦っている人間は自分だけではないと実感することは、嬉しく心地よく、心慰められる人生の吉事だ。
 そしてその戦っている同志がまだ子供で、その戦いに負けそうになっているとしたら、エールを送ってやりたくなる。その戦いに介入はできないけれど、自分なりのやり方で手助けをしてやりたくなる。自分がそうしてほしい、と子供の頃に思っていたように。
 なにせ、彼と自分は同志――志を同じくする者なのだから。
 ライはしばし呆然としていたが、やがて少し照れくさそうにではあったが、にやっと笑った。
「そっか。じゃあさっさと一人前の料理人になれるように、とりあえずは親父を説得しなくちゃな」
「おう、頑張れ。俺も手が必要だったら手を貸すし、愚痴ならいつでも聞いてやる」
 ロンもにやっと笑って拳を突き出す。ライは自身の握った拳をそれにがつんと打ち合わせ、また照れくさそうに笑った。


 もちろん毎週毎週というわけではないが、週末になるとロンはたいてい、秘書(これはわりと愛人を兼ねていることが多い。当然男だ)やら誰やらを連れて(もちろん一人の時も多いが)店に行く。ロンがオーナーになっている店のひとつ、創作割烹・おもかげ≠セ。
 今回は今週新しく雇った秘書なので(ロンは基本的にスケジュール等を自分で管理するので秘書にはあまり仕事がない。本気で仕事をやりたくなった者はたいてい社内の別セクションへ移るので、必然的に秘書は入れ代わりが激しいのだった)、紹介の意味も込めて誘った。まだ愛人というわけではないので、口説きの一環でもあるのだが。
「まぁ、あまり上品な店というわけではないが……味の方は格別だし、客あしらいも含めて一流の店だ」
 そんなことを言いながら、住宅街の間にひるがえっている暖簾をくぐる。とたん、「いらっしゃい!」という元気な声と、客のざわめきがこちらに響いてきた。
「お、なんだロンさんか」
 厨房の中でそう笑うのは、短く切った銀髪と、初めて会った時と変わらず澄んだ蒼灰の瞳を持った男――ライだった。もはや二十代も後半、料理人としても男としても、いい具合に脂が乗っている。
 この店もまだあまり雑誌やらテレビやらで紹介されてはいないが、その筋では隠れた名店として知られているし、なによりご近所では天下一品にうまい店、と大繁盛しているのだ。
「なんだとはご挨拶だな。席、空いてるか」
「おう、ちょっと待ってくれよ。おっちゃん、悪いな、ちょっとそっち詰めてくれ。ここ、一応その人の専用席だからさ」
 笑って酔客をあしらい、場所を空けさせる。この辺りはオーナーの特権だ。
「いい男だろう。だが口説くんじゃないぞ、あいつにはもうきっちり恋人がいるんだからな」
 そんなことを秘書に耳打ちして軽く抓られ、耳のいいライに聞きとがめられて「つまんねぇこと言ってんじゃねぇよ!」と怒鳴られる。揃って空けられたカウンターの席に座り、笑いかけられた。
「で、なんにする、オーナー?」
「そうだな……」
 少し考えるように顔を上げ、こちらを笑顔で見つめるライを見る。凛々しい眉、整った顔貌、なにより気風のいい爽やかな心映え。
 実際いい男になったものだ。今のライは、ロンとしてはかなり食指をそそられる相手だ。ぼやぼやしているうちに恋人を作られてしまったのには、正直痛恨の念を抱かないでもない。
 が、ふっと笑う。それでも、この位置には変えがたい。
 もう十年来の同志と、こうして会って、飯を食わせてもらう。家に帰れば一人の外れ者であろうとも、人生の中でそういう時間をたまに持てるならば、自分の人生はそう悪くはない、と文句なく笑って言いきれる。
「では、そうだな、今日はお前のお勧めを食わせてもらおうか。もちろん俺を満足させてくれるんだろうな?」
「あったり前だろ、舐めんなよ。ようし、ちょっと待ってな!」
 他の客の注文を片付けてから、自分のための料理にかかるライの姿を横目で眺めつつ、ロンは食事の前の幸福な時間を楽しんだ。


ロン「『現代日本、夜の公園を訪れた高給取り営業マンと男子中学生』、楽しんでいただけただろうか?」
ライ「えっと、こういう拍手小説は今回で終わり……っつーか、本当なら三月の終わりに更新しとく予定だったんだけど、なんやかやでここまでずれ込んじまってすいません。リンクやなんかを更新する予定があったんで、それに合わせてこっちも更新させてもらいました」
ロン「一応2010年四月には小説を更新できる予定なので、その際にもう一度拍手小話を更新する予定だ。つまりこの小説は短い命ということになるわけだが、俺たちもそれなりに頑張ったので、楽しんでいただけると嬉しい」
ライ「ったく、っとにロンさんってしょうがねぇ大人だよな。……きっちり大人なとこがまたタチ悪ぃっつーか」
ロン「お褒めの言葉としてありがたくいただいておこう。では、みなさん、またお会いできることを祈って」
ライ「読んでくださって、ほんとにありがとうございましたっ!」

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