拍手小話『八百万間堂昔話』〜『三匹の子豚』

 昔話……か。親が子に伝え聞かせる物語。太古より連綿と連なる人の営みだな。
 私にかつて語られた物語は、すべて神話寓話の類でしかなかったが……それでもいい、というならばあえて語ろう。
 昔々、あるところに、三匹の子豚の兄弟が一緒に暮らしていた。……妙な話だ。豚は一度の出産で十三〜十四匹の子供を産むのだから、一緒に暮らしている、すなわち同時期に出産した子豚にしてはあまりに数が少なすぎるだろうに。それともよほど大量に捕食されたのだろうか。
ヴィオ「俺豚かー、ブーブーとかで話した方がいいのかな? えへへー、でもなんか一番お兄ちゃんなのって新鮮だなー、あ、でも夜になったらお姉ちゃん?」
ランパート「人のこと言えた義理じゃないけど、あんたもたいがいトンチキな体質だよな……まー年齢的にも俺が次男なのは普通だけど」
走一「それで俺が末っ子か……別にいいんだけど、なんだか一抹の不安を覚えるのは気のせいかな」
 兄弟は、もういい年になったので独立することになり、それぞれに家を建てることになった。……家を建てれば独立できるというのはどこからくる考えなのだ? 精神的な側面はさておくとして、そもそも彼らが自立できるだけの経済的基盤を持っているとは思えんが。それ以前になぜ豚が家を建てるのだ? 最初の説明で野生の豚だと思っていたのだが、人間と同じような文化技術を持っているならば、これは我々の知る豚の範疇に当てはまらないのではないか? 少なくとも二足歩行し手と道具を使える時点で獣の定義には当てはまるまい。
バス「さ、子供たち。ワタクシが一日一時間の弾き語りで貯めたお金を貸してあげますから、それぞれの好きな家を建てるのですよ」
ヴィオ「わーい、おかーさんありがとー! すごい髭生やしてるお母さんだけどありがとー!」
ランパート「それを言っちゃあおしまいだろ……でも、家かぁ。どんなのがいいかな……やっぱりさっぱりしたのかな」
走一「ちゃんとした家を建てます、お母さん。……ていうか借金なんだ、これって……」
バス「もちろんです。金の切れ目が縁の切れ目と言うでしょう? 独立しても縁が切れないようにという親心ですよ」
ランパート「それ絶対そういう風に使う言葉じゃないよな」


 長男は藁の家を建てた。……これは彼らの文化技術の程度の低さを示すものなのだろうか。少なくとも私の知る人間社会では藁で作った建築物を家をは呼ばないのだが。
ランパート「あのさぁ……これって、家っつーより、小屋じゃん?」
ヴィオ「えー、ちゃんと家だよ? だって雨も風も防げるし!」
走一「……床がなくて地面の上に直接寝るしかなくて家具やなんかもほぼ皆無でも?」
ヴィオ「うん! 寒かったら藁の上に寝るからあったかいし! 余ったお金で装備買ったんだ、これでバリバリ冒険していっぱい稼いで強くなるぞー!」
走一「はぁ……まぁ、本人がいいって言うなら口出しはできないけど」
 次男は木の家を建てた。……木材が豊富な地域ではよくある選択だな、つまり彼らの住まう地方は家を建てられるだけの質を持つ木材が豊富に取得できることを示すわけか。そうでなければ親に金を出してもらったばかりの若造がこうもあっさり家を建てることはできまい。
ヴィオ「わー! ランパートの家ってでっかいなー!」
ランパート「そうか? 家に人呼ぶこと考えたらこんくらいになっちゃうだろ」
走一「ランパートらしい選択だな。さっぱりしてるけど内装にけっこう手間とお金かけてる感じ。風通しのいい涼しい家だから、こういう季節にはちょうどいいかも」
ランパート「ああ、家のせいで体調崩すなんてことになったらやってらんないもんな! 俺はこの家からボクシングの世界チャンピオンを目指すぜ!」
 三男は煉瓦の家を建てた。……つまり、この近辺からは良質の粘土も得られるわけか。家の建材については非常に豊富な場所なのだな。将来都市へと育つ可能性があるかもしれん。
ヴィオ「走一の家は煉瓦かー! ……あのさ、煉瓦ってなに?」
走一「……粘土に砂とか石灰とかを混ぜて、練って長方体とかに成型したのを乾燥させて窯で焼いたものだよ。こういう風にいくつも重ねて、間にセメントモルタルなんかを塗ってくっつけるんだ」
ランパート「へー、すげーなー……けど、高かったんじゃねぇの?」
走一「それなりには高かったけど……やっぱり水はけが第一だから。俺の相棒を守るためにも、なんとしても水漏れなんかがないようにしないと!」
ランパート「……あー、そっか、走一は車命なんだもんな……」
走一「ああ! 俺の相棒、スーパー7を気持ちよく走らせてやるためには手間暇惜しむ余裕なんてないさ!」
ヴィオ「なーなー。ランパート、車ってなに?」
ランパート「え……っとー、とりあえずナレーターの人に聞いたら一番わかりやすく教えてくれると思うぜ」
ヴィオ「そっか!」
 ……とにかく、三兄弟はそれぞれにそれぞれの家を建てたのだった。


 それぞれの家を建ててからも、三兄弟は頻繁に互いの家を行き来していた。……なんのためにそんなことをするのだろう。彼らはもはや独立したのだから、互いに頼りあう必要など微塵もないだろうに。それともいまだ独立するだけの経済基盤がないがゆえの相互協力ということなのか?
ヴィオ「そんでさー、この前の冒険で俺ようやくバルジャベ使えるようになってさー」
ランパート「俺はまだろくに試合組ませてもらえてねーんだよー。実力ではジムでも有数だと思ってるんだけどなー」
走一「まぁ下っ端の時期は誰にだってあるって。俺だって相棒をちゃんと扱えるようになるまでは本当いろんな苦労が……」
 ……こういうものを仲がいい、と呼ぶのだろうか。私には理解できない関係だ。別段理解したいとも思わないが。
 そして、その仲のいい子豚の三兄弟を、獲物を狙う狩人の目で見つめる狼がいた。……そもそもが狼は豚の捕食者なのだから狩人という言葉はふさわしくないとも思うが。
萌「……呪うわ」


 狼はまず、長男の子豚の藁の家を訪れた。家の扉を叩いて言う。……藁で作った家の扉というものを叩いて、家人の注意を喚起する用を成すのだろうか? 正直そうは思えないが。
萌「子豚くん……子豚、くん……私……を、中に……入れて、ちょう、だい……」
ヴィオ「うん、いーよー!」
 長男は素直に扉を開け、狼を中に入れた。……ということでいいのか? そういうことでいいのならば、私としては口を出す気はないが。
萌「入れ……た、わね?」
ヴィオ「へ? うん、入れたけど……えと、なんの用? ていうか誰?」
萌「私……は、大き……な、悪い、狼。あなたを、食べる……ために、やって、きたの……よ」
ヴィオ「へ? 食べる!? うわ、やだよそんなの、そっちがその気ならこっちだって戦うぞ!」
萌「呪う……わ」
 そうして子豚長男と、狼の戦いが始まった。……ということでいいのだな? しかし、狼の戦力がはっきりしていないので、結果を予測しにくい戦いではあるな。


ヴィオ「わーん、ランパート、俺負けちゃったよー!」
ランパート「へ……うわ、どうしたんだヴィオ!? なんかすごいぼろぼろだぞ!?」
 長男子豚は服をぼろぼろに切り裂かれ、体中に痣を作り、全身粘液まみれのまさにぼろぼろと言うにふさわしい姿で次男の前に現れた。次男は長男を介抱したが、長男はぐすぐすと泣きじゃくりながらひたすらに訴える。
ヴィオ「ちっちゃな女の子なのに、あの狼ひどいんだよー! 俺、もー口に出せないよーなやり方でずたぼろになるまで弄ばれて食われちゃったんだよー! もう俺、しばらく女の子になりたくないよー! なっちゃうけど!」
ランパート「え……もてあそばれる……って、食われる……って。あの……つまり、そういうことなのか?」
ヴィオ「へ? そーいうことって、なにが?」
ランパート「…………いや、いい、言わなくて……」
 長男子豚が実際になにをされたのか激しい不安を覚えた次男子豚は、狼の襲来に備えることにした。サバイバル技術も仕込まれている次男子豚は、家のあちらこちらに罠を仕掛け、自身は家の中央に陣取って狼が弱ったところを叩く作戦を取ったのだ。……確かに、一対一での防御戦となれば尋常なやり方ではあるな。
萌「子豚、くん……子豚、くん……私を、中に、入れて、ちょう……だい」
ランパート「入れたらなにをする気だよ」
萌「あなたを、食べる、の、よ……」
ランパート「んなこと言われて入れる奴がいるかよ! きっぱり断る!」
萌「そ……う。それなら、私……は、腹を立て……て、ぶーぶー、息を……吹き、つけて……あなたの、家を、吹き飛ばす……わ」
ランパート「やれるもんならやってみろ! 俺はそんなことじゃ負けないからなっ」
萌「わかっ……た、わ(ずごおっむ)」
ランパート「へ? ずごお……? なんだよその効果音、なんつーかそのすっげー嫌な予感がすんだけど……」
萌「N.E.P、発射準備……完了」
ランパート「え……なに? えぬ……?」
萌「発……射」
 ずごごごごごごごごぉぉぉぉぉぉおおおおおどぎゅおおおぉぉぉおおおむ!!!!
 ……という轟音と共に次男子豚の家は完全に消滅した。資料によると、N.E.Pというのは時間軸を操作して対象の存在そのものを消滅させる超兵器らしい。なるほど、木造の家のひとつやふたつ一瞬で消滅させられるわけだな。
ランパート「んなこと言ってる場合かあぁぁ! ていうか家が吹っ飛んだだけならまだしも俺の今の状態かなりひど」
萌「呪う……わ」
ランパート「ひ!! ちょ、待った、たんま、わっちょっとやだそれダメだってマジダメだってばほんとごめん頼むから勘弁してーっ!!!」
 そうして、次男子豚も狼に食われた。……ということで、いいのか?


ランパート「走一ーっ! 思いっきり負けちゃったよちくしょーっ! 俺これでも腕には自信あったのにっ、あんな風に襲われて、あんなこと、無理やり……!」
走一「ちょ、ちょっと待ってくれよ、襲われたって……無理やり、って……!?」
 次男子豚に訴えられ、マセガキ……というのか? ともかく、隠してはいるが実は年齢に比して性に対する興味が旺盛な三男子豚は、長男子豚と同様にずたぼろになっている次男子豚を見て、性的な行為を全力で連想し、妄想して内心相当な性的興奮を覚えたが、とにかく自分たちが狙いをつけられていることは理解したので、対策を練った。
走一「……木造建築を一撃で吹っ飛ばすような武装を持ってるんだろ? だったら家に閉じこもってもあんまり意味がないと思う」
ヴィオ「へ? 煉瓦の家だったらじょーぶだから平気なんじゃないの?」
走一「そりゃ、木造よりはいくらか丈夫だろうとは思うけど、家を一個丸ごと吹っ飛ばすような武装の前じゃ誤差の範囲内だよ。それよりも……むしろ、こちらから攻めていった方がいい気がする」
ランパート「え、攻める!? マジで!? 走一、お前あの狼攻めれんの、マジすげーなどういう経験積んでんだ!?」
走一「(赤)べ、別に経験とか積んでるわけじゃないけど! 攻めるっていうか、交渉して勝負するような形に持っていって、負けたら手を出さない、というような話にしたらどうかと思うんだ」
ヴィオ「おー、なるほどー!」
 そう考えた三男子豚は、あえて家には篭もらず、相棒と称するほど愛用している車に乗って狼を待った。
萌「子豚、くん……子豚、くん。私を、中に、入れ……て、ちょう……だい」
ヴィオ「へ? 中にって、もう外に出てるじゃん」
ランパート「えっと……体の中に入れてくれ、とか? うわぁ怖ぇ!」
走一「………(赤)。い、言っておくけどなっ、俺はそう簡単に食われたりしないぞっ!」
萌「そ……う? 私と、戦って、勝てる……の?」
走一「いや、俺は兄弟の中で一番弱い……けど、車の運転にだけは自信があるんだ。だから……レースをしよう。もしあんたが勝ったら、俺は……その、大人しく、あんたに、えっと……その」
ヴィオ「走一、なにどもってんの? 顔も赤いし」
走一「う、うるさいなっ! とにかく、逆らわない。でもこの勝負から逃げるっていうなら、俺はこの相棒に乗ってどこまでも逃げるからな。どうだ、この勝負、受けてみる気は?」
萌「……わかっ、たわ。ルール、は?」
走一「ゴールは地図のこの地点、こことこことここのチェックポイントを通ればルートは自由。使う車も自由。相手への意図的な妨害行為は禁止。これでどうだ?」
萌「…まかせて」
 双方の合意を得、レースが実施されることとなった。


 観客兼審判が二人の兄弟子豚しかいなかったので、判定用の機材の準備に若干費用が必要だったが、母親から渡された資金がまだ残っていたので問題はなかった。レース開始前、三男子豚は愛車に搭乗したが、狼は特に乗り物には乗っていない。
走一「……走っていくつもりか? 行っとくけど、俺と相棒をあんまりなめないほうがいいぞ」
萌「なめて……ない、わ。お互い……容赦、なしで」
走一「……わかった」
ヴィオ「よっし、行くぞー……よーい! スタート!」
走一「行くぞ! スーパー7……!」
萌「(ひゅんっ)」
走一「……え?」
 スタート、の声と同時に狼の姿はしゅっと消えた。と思ったらチェックポイントに次々現れ、あっという間にゴールにたどり着き、それから瞬時に子豚たちのところに戻ってくる。
走一「え……あの……え?」
萌「私……テレポートパス……持ってる……の。超常能力……として……使うと、好きな場所……に、瞬時に……移動、できる……」
走一「な……ちょ……インチキだーっ!」
萌「レースの、ルールには、乗っ取ってる……わ。ルートは……自由、使う車も……自由、妨害行為も……して……いない」
走一「そ、それはそーかもしんないけどだけどだけどーっ」
萌「勝った……ら、逆らわない……のよ、ね?」
走一「え……ちょ……そ、れは、確かに、そう言ったけど、でも、そんな、それって」
萌「……呪うわ」
走一「ちょ……待って、待ってくれってば、わ、や、だめ、だめだって、ほんとだめ、ごめん許して、待ってお願い、うわっ、ちょっ、そんな、そんなとこ、頼むから、お願い許して、わぁぁだめだめほんとだめああああぁぁぁーっ!!!」
 ……結果、三男子豚も長男次男同様、狼に情け容赦なく食われることになったのだった。


ヴィオ「うわーん、おかーさーん!」
ランパート「俺たち狼に食われちゃったよぉ……ちくしょーっ!」
走一「ひっ……うっ……ぐずっ……おれ、もう、お婿にいけない……」
 母親は、泣きついてきた子供たちににっこりと笑顔を向け、言った。
バス「まぁまぁあなたたち、そんなに落ち込んではいけません。それはもちろんショックなことではあったでしょうが、人生何事も経験ですよ。そんな珍奇な経験を持った男の子はめったにいません、今後そんな経験があった時にちゃんと対処できるようになっただけでもとても有益なことですよ?」
走一「……こんなこと、どー考えても今後またあるとは思えないけど……」
バス「人生一寸先は闇といいますから、わかりませんよ? ……とにかく、あなたたちには独立は早かったようですね。まだあなたたちの部屋は残してありますから、家に戻ってゆっくり休みなさい」
ヴィオ「うん……ありがと、お母さん」
ランパート「わかった、そうする……」
走一「うん……うっ、ぐす……」
 三男子豚はこっそりやられたことを反芻して顔を赤くしたりもしていたようだが……ショックを受けながらもそんなことができるとは器用な人種だな、マセガキというものは。とにかく、それぞれ部屋に引き取った。
 そののち、母親は髭面ににこにこと笑みを浮かべ、家の外に出て、闇からすぅっと抜け出るようにやってきた狼から袋を受け取る。
萌「……約束の、ものは、ここに。全部無修正、ノーカット。指定通りの……シチュエーションと、カメラワークで……撮った」
バス「ありがとうございます。さすが、あなたに依頼してよかった。代金は規定の方法で」
萌「……なぜ……こんな、ことを? 犯罪は、犯してない……けど、自分の、子供たちには、普通……やらせようとか、考えない。独立資金、まで出して……いるし」
バス「なにをおっしゃいます。それは登山家に『なぜ山に登るの?』と訊ねるようなものですぞ?」
萌「……そこに、山が、あるから?」
バス「その通り。ワタクシはアーティストですからな、目の前にすばらしい素材があるならばそれを使ってこの上なくすばらしい作品を創り出すのがライフワークで……」
ヴィオ「……らいふわーく……って、なに」
バス「おっほぉ!?」
 首筋に槍を突きつけられ固まった母親に(感知に一ゾロを振った)、次男子豚が逆方向から棍を当てる。
ランパート「どーいうことだよ、母さん。なんであんたが狼とつるんでるわけ?」
走一「……ちゃんと説明してほしいんだけど」
 三男子豚もかなり据わった目で母親を睨む。すでに愛車に搭乗済みだ。
バス「……えーと……ですな」
 母親は素早く周囲を見回したが、完全に取り囲まれていて逃げ場がない。狼に助けを求めようにもすでに狼はテレポートパスで脱出している。しばしの沈黙ののち、明るい笑顔で楽器を取り出した。
バス「そんな怖い顔をしていては駄目ですぞ? 新たな芸術作品を作り出す一助となれたのですし、むしろここは喜びの宴を!」
三人『誰がするか!』
 ということで怒りを爆発させた三匹の子豚によって母親は完膚なきまでにぼこぼこにされ、簀巻きにされて家の外に蹴りだされた。治癒呪文を唱えられないよう猿轡も完備で。当然撮られた作品≠熹j壊された。
 ……この物語に対し私の意見は特にないが、この物語から教訓を得ようとするならば……
 1.うまい話には裏がある。
 2.真実とは常に残酷なものだ。
 3.親兄弟といえども信用することはできない、おのおのの感情・欲望で簡単に裏切りうる。
 ……ということだろうか。やはりこの世界は、驚くほどの無情で満ちているものなのだ、という結論をもってこの物語の終わりとしたい。
バス「ワタクシは決して諦めませんぞ! 生ある限り第二第三の作品を……!」
ランパート「いい加減に、しろっ!(がすっ)」
 ……そして、世の中には本当に、諦めの悪い者というものがいるものだ、という事実も添えて。


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