拍手ネタ決議『無限戦隊ヤオヨロジャー・4』

「さーって、全員集まったことだし、毎回恒例の『今回の拍手小話どういう話にするか会議』始めるよー」
「はーいっ!」
「うん、よい子のお返事ありがとう。で、今回は、前回突然生えた設定を踏まえつつ、キャラ話のラストをやる予定なんだけど。どーいう風に話を展開させていったもんかね? ぶっちゃけ、ほぼノープランなんだけど」
「ノープランなのかよっ! ……んー、そーだなー、前回生えた設定がアレだから……基本は改造人間の悲哀的なパターンになると思うんだよ」
「いつから僕は改造人間になったんだい」
「超能力者でもいいぜ?」
「そういう問題じゃなくて」
「だっからさー、なんでもいいけど、人の間に住む人じゃない存在の、人とは違う力を持つがゆえの悲哀って話が基本だろってことだよ! そっからいろいろ話を転がしてくわけでさー」
「……なるほど。意外にしっかり考えてるんだね」
「へっへっへ、当然だろ? 前回はほとんどなんの振りもなく設定出されたから泡食ったけど、そーいう設定も特撮じゃ基本だからな! そんでそれを今回のキャラ話に絡めていろいろとこう……おい、今回の主役。今回はお前の回なんだからもーちょい気合入れてネタ出せよ」
「……気合入れろっつわれてもなぁ……俺こーいう机の前に座って話考えんのとか苦手なんだよ。頭ん中ぐじゃぐじゃして暴れだしたくなっちまうっつーか」
「え……そう、なん、ですか?」
「ああ、俺はいっつも頭働かせるより体動かしてばっかだったからな。前の話もみんなそんな感じてやったのばっかだったし」
「全部脊髄反射かよー……ある意味大したもんっちゃそうなんだけど」
「あ。なら、今回もそのパターンでいくってのは?」
「そのパターンって?」
「だから、素のまんまのこの子を話の中にぶっこむわけよ。もう怒涛のように展開する話の中で、あっぷあっぷするこの子を見て楽しむ! そういう感じなんていいんじゃないかと思うんだけど、どう?」
『おお〜……』
「いいかもな、それ! 素な分リアルな反応が引き出せそうだぜ!」
「なんか面白そうだね! どういう風にやればいいかわかんないって、ドキドキして楽しそう!」
「はい、その案採用、と。……そういうわけだから、今回の主役殿は会議室から退場してね〜」
「……まぁ、あーいうこと言ったのは俺だし、別にいーけどよ。あんま変な話にはすんなよ? 俺の方だってどう反応していいかわかんなくなっちまう時とかあるんだからな(退場)」
「……さて。じゃ、どういう話にしていくか、なわけだけど」
「そりゃーもちろん、愛と性の嵐に翻弄され溺れていく美少年みたいな、こう官能小説的な……」
「却下。拍手小話はどんな世代のどんな人でも見れる健全な話を目指してるんだからね、一応」
「あっはっは、じょーだんだってば。さすがに子供もできた身でそーいうのやるのはさすがに」
「……ふむ。ならば、その方向で進めた方がいいのではないのか?」
「え……ちょ、まさか……」
「? なにを驚いた顔をしておる。母≠ニいうものに対する慕情はあやつの話の中で大きな転機となっているのであろう?」
「あ、や、そ、そーか、そーいう方向性か……そーだな、そーいうのはありっちゃありかもしんねーけど」
「え゛〜〜〜〜? あたし母親役? あの子もう十五なのに? やーよぉ、なんかあたしがすっごい老けたみたいじゃない」
「実際年取ってんのは確かなんだろ……っでででででで!!」
「はーい、ぼくー、命が惜しかったら発言には気をつけなさいね〜。お年頃の女には年と体重の話題はタブーよv」
「んー……だったらどうすっかなー。あいつのキャラ話なんだから、あいつのキャラ性と絡めなきゃなんねーのは確かなんだけど」
「………ふむ。なら、相手が展開を知らないっていうことを活かして、こんな感じの話はどうかな?」
「うお! マジでそれやんのか! タブーじゃねぇの?」
「健全でありながらタブーギリギリを目指すのもありかと思って。んで、こうして、こう話を転がして……」
「うわ、お前相変わらずそっちの話の展開力すげーな……」
 …………
 ………
 ……


 奨学生であり、早朝と放課後は毎日学校に紹介された場所でアルバイトしているライの朝は当然、いつも恐ろしく早い。
「………っし! 起きるか!」
 目覚ましがけたたましく鳴る数秒前に飛び起きて、ベルが鳴るのを止めてからベッドから降りる。素早く身支度を整えて、洗面所へ。冬であろうが冷たい水を頭からかぶり、さっぱりとしてから台所へ向かう。
 ライの料理への情熱の根本的なところには、『自分で食ってうまいものを作りたい』というのがある。だからライはどんなに忙しい時だろうが自分の食事にも手を抜かない。というか、自身の栄養管理を怠るような奴は料理人として失格だと思っている。
 今日の朝食のメニューは洋風雑炊と鶏肉の温サラダ、プラスしてしらすとひじきのホットサンドイッチ。洋風雑炊には塩麹と豆乳を入れて味と栄養を調え、温サラダには作り置きのトマトソースをかけて、チーズも散らしてボリューム感もアップさせている。しらすとひじきをサンドイッチに使うと言うと驚く奴もたまにいるが、この組み合わせは実はかなり合うし、栄養的にも朝にもってこいなのだ。
 食べながら料理を舌がどう味わうかで今日の体調をチェック。食べ終えたら手早く後片付けをし、それから誰もいない部屋に「行ってきます!」と告げてバイト先の店へと向かう。
 中等部に入った頃からだから、もうかなり長い付き合いになるバイト先の店に「おはようございます!」と挨拶しつつ入り、さっそく仕込みを手伝う。理事長が紹介してくれた店なのだが、実は知る人ぞ知る隠れた名店というやつらしく、これだけ長く働いていてもまだまだ学ぶことは数多い。それでも雑用だけではなく、仕込みの一部を任せてもらうぐらいには見込まれているので、朝は五時から八時まで、夜は六時から九時まで働かせてもらっている。
 仕込みを終えたらダッシュで学校へ。遅刻ギリギリに教室の中に滑り込み、自分の机に座る――や、ほとんどの場合そのまま睡眠態勢に入ってしまう。基本的にライはこういう机の前でやる勉強は苦手で、本は料理の本以外は読んだら五秒で寝入ってしまうことがほとんどなのだ。
 奨学生なので、一応勉強は赤点を取らないようにはしなくてはならないのだが(この学校には高等部から専門課程があり、特に願い出ればそちらの方の技術で奨学補助を受けることができるのですさまじい高得点というのを取る必要はない)、そこのところは友人たちにも協力してもらってなんとかしている。ありがたいことにこの学校の教師には優しい人間が多く、ライの事情については広く知られていることもあり授業中に眠っていてもスルーしてくれることがほとんどなのだ。
 そして昼休みになったら飛び起きて、仕事場にダッシュする。ライは基本的には昼休みは食堂で働くか購買でパンを売るかしている。ありがたいことにメニュー開発にも加わらせてもらっているので、客から生の反応が聞ける分仕事のやりがいもあった。
 放課後になったらヤオヨロジャー――特撮ヒーローものっぽい格好をして悪事を働く妙な連中ドーガスを倒す仕事の一環として訓練を二〜三時間ほど。まぁ、もともとライは気分転換などによく稽古をしていたので、それが効率よくできるというのはありがたいことなのかもしれない。
 それから店にダッシュして九時まで働き、家に戻って風呂に入って寝る。昼食・夕食は仕事をしながらまかないをもらっているので帰ってから支度する必要はない。さすがに疲れていることが多いので、それもありがたいことではあった。
 そういう生活を、ライは中等部に入った時から基本毎日続けている(ヤオヨロジャーに入る前は訓練の時間は店で働いていたのだが)。

「――マジで?」
「は? 嘘言ってどうすんだよ」
 訓練の休憩時間、生活スケジュールの話になった時に自分の生活をそう説明したライに、ヤオヨロジャーの同僚である滝川が愕然とした顔でそう言ってくるのに、ライはきょとんとして答えた。が、滝川は驚愕の表情を崩しはしない。
「お前、マジでそんな生活続けてんの? 中等部入った時から?」
「だから嘘言ってどうすんだって」
「うわー、ライ先輩すごいねー! ボクそんなに朝早く起きて夜遅くまで働くなんてできないよ!」
 滝川と同じようにヤオヨロジャーの同僚にして理事長の息子で後輩であるセデルが目をきらきらさせて言うのに、ライは苦笑して首を振る。
「んな大したこっちゃねーって。ホントにすげー奴ならちゃんと学校の授業も起きて集中して聞いてるよ。今の俺が頑張れてんのはいろんな人に俺の不得意なとこフォローしてもらってるおかげだし」
「あの……でも、ほんとに、すごいと、思います。そういう風に、毎日、頑張ってらっしゃるのは……」
 先輩なのにいつもこちらに敬語を使ってくる同僚、セオも真剣な顔でそううなずくが、ライとしてはやはり苦笑しながら肩をすくめるしかない。
「だっから、マジでそんな大したこっちゃねーんだって。もう慣れてるし。俺にはたまたまそういう生活が向いてたってだけでさ。それに、店やってる人だったらこういう生活してる人いっぱいいるぜ?」
「……ふんッ、そーかよ。ま、俺には関係ねーけどなッ」
 セオと同じく先輩で同僚だが、こちらはいつも(体は小さいが)態度がでかい風祭は仏頂面でそんな風に言う。ライが眉を寄せ、「なにが?」と訊ねたが、「なんでもねェよッ!」と怒鳴られてしまった。


「……マジで、そんな大したこっちゃねーんだけどなぁ」
 ライはそうひとりごちつつ、素早くマッシュルームのトルネ(飾り剥き)を終えた。自分の働いている店はビストロ風でありながら、フレンチをメインにかなり広いジャンルの料理に手を出している。その上客の回転が早いので、こういうある程度作り置きしておかなければならない(特にいろんな料理に使い回すような)ものは、すぐに在庫が少なくなってしまうのだ。
「好きでやってる仕事なんだから、ちょっとくらい忙しかろうが別に平気だし」
 そんなことを呟きつつ手早く野菜を刻む。この手の雑用は基本的にライの仕事だ。味付けや仕上げを任されてもきっちり仕上げる自信くらいはあるが、ここは店主の店なのだから店主がそういう大事なところの仕事をするのは当然なので、特に文句を言ったことはない。自分がまだまだ修行中なのも確かだし。
『っつーか、お客さんにうまい料理食わせるためなら、そんくらいやって当然だし』
 などと考えながら仕事の終わりにゴミの類を袋にまとめ、外に出す。飲食業をやっている以上どうしたって生ゴミの類は大量に出てきてしまう、その手のものの後始末をするのもライの役目だった。
「自分がやりたいことをやるために頑張るのなんて、当たり前以前の話だし……」
「うぶぅ、っえ」
「は!?」
 小さく言葉にしながら店に戻ろうとした時、唐突に聞こえてきた呻き声にライは仰天して振り向いた。バケツに隠れて見えなかったが、店の裏口前の路地裏に、女の人が倒れている。
 女の人の服装についてよく知っているわけではないが、なんとなく高そうなスーツに身を包んでいるのに、あからさまにゲロを吐いている途中でぶっ倒れました、という格好で、ゲロの匂いを周囲にまき散らしながら倒れている女性に、ライは思わず大きく顔をしかめた。
 近づいて、耳をすませる。呼吸音は正常。つまり、ゲロが気管に詰まったりはしていないらしい。季節はまだ冬の終わり、一晩中ここにいれば間違いなく風邪を引くだろう。ライは酔っ払いというものは基本的に嫌いだ。だから、放っていってもいい、とも思うのだが――
「くそ」
 小さく舌打ちし、店の中に取って返す。後片付けの類はもうすでに終わっていたも同然なのだ、ちゃっちゃと片付けて「お疲れ様でしたー!」と挨拶して店を出る。
 それから裏に回る。さっきの女性は変わらず裏路地にぶっ倒れていた。はぁ、と息をついてから体を起こし、口元に残ったゲロを(準備してきた濡れタオルで)拭いて、何度も声をかけて意識がまったく残っていないのを確認し、再度はぁ、とため息をついてからひょいとその女性の体を持ち上げた。
 格好としては両腕でその女性の体を抱える格好だ。この女性はかなり体が大きく、ライよりも頭一つ分近く背が高かったので、背負う格好では足を引きずってしまう。女性にはさすがにそれは申し訳ない。
 店からライの家まではさして離れていない。ライは女性を部屋に連れ込み、少し考えたが結局そのままベッドに寝かせ、自分はさっと風呂に入ってから床で毛布をかぶってさっさと眠った。


「………仕事っ!」
「あ、起きたか?」
 叫びながら勢いよく跳ね起きた女性に、ライは台所から声をかけた。基本六畳一間の小さな部屋なので、台所からでも普通にベッドの上が見える。
 ライは手早く酒で蒸した鶏肉を鍋の中にちぎり入れ、火が通り終わる数瞬前にさっと卵を回し入れた。数瞬待ってからざっと器に盛り、盆に載せてちゃぶ台の前へ持っていく。本来ならこのくらいの部屋のコンロではそんなことは無理だっただろうが、大家に許可を得てコンロを変えさせてもらっているので、火力は充分あるのだ。
「食えるか? 簡単な鳥粥だけど」
「え……と。えー……」
「俺はライ。あんたが酔っぱらって倒れてた路地裏に裏口がある店で働いてる。昨日あんたが倒れてるの見て、放っとくわけにもいかねーから家に連れてきた」
「あ、そう……」
「……服に関してはいじくってねーから、窮屈だろうけど文句いうなよ。見知らぬ男に服脱がされるよかいいだろ」
「や、うん。それはいいんだけど……」
「起きれるならとっとと起きて食えよ。飯が冷める」
「………はい」
 女性はのろのろと起きてちゃぶ台の前に座った。ライはその向かいに自分の分を置き、「いただきます」と手を合わせてから食べ始める。
 女性も戸惑った顔をしながらもずずっ、と粥をすすったが、とたん目を見開いて勢いよく粥をすすり始めた。うし、とこっそり笑んでから、自分もばくばくと粥(と、あらかじめ作って冷凍しておいた飯を焼きおにぎりにしたもの)を食べ始める。
 女性が食べ終えて、ふぅ、と満足の息を漏らすのを見計らって声をかける。
「まだ腹減ってたら、残り鍋にあるから。あとしじみの味噌汁も作っといたから」
「あ、うん……」
「帰るんだったら鍵とかもともとかけてねーからそのまんま出てっていいから。風呂も使いたきゃどーぞ。ただし着替えとかは自分で用意しろよな」
「や……鍵かけないってのは、さすがに不用心じゃない?」
「いーんだよ、もともと取られるようなもん持ってねーし」
 この家にあるのは使い古したタンスと同様に使い古したベッド、あとは冷蔵庫とコンロぐらいだ。どれも泥棒が持っていくようなものじゃない。
「あ……けど。位牌に触ったり、汚したりしたら許さねぇからな。あとは、そうだな、食べ終わった器は水につけといてくれれば俺があとで洗うから」
「え……」
 自分の分の器を洗い終わると、ライはずかずかと女性の横を通り抜け、すっと位牌の前でしばし手を合わせてから、立ち上がって玄関へと向かった。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい……」
 返ってきた声に一瞬驚く――が、即座に首を振って外へと出ていった。これだから、酔っ払いを拾うのは、好きじゃないんだ。

「あ、おかえりーんv」
「……なんでまだいるんだ?」
「ま、ま、そんなこと言わないでさ。ご飯できてるわよ」
「は……?」
 家の扉を開けるやエプロン姿の酔っ払い女性(今はもう酔っていないようだったが)に出迎えられ、ライは思わず眉を寄せつつも中に入った。確かに、家の中にはうまそうな匂いが充満しているが。これは、肉じゃが、だろうか。
「……なんでエプロンなんてつけてんの? それ、俺のじゃねーよな?」
「一度家に戻ってまた来たの。お風呂沸かすね。どうせ入るなら温かいお風呂の方がいいだろうと思って待ってたんだ」
「や……それは、いいけどさ」
「あ、ご飯だったら食べちゃってていいわよ。あたしもさっき食べたばっかだから温めなくていいよね」
 言いながらてきぱきと配膳し、お茶を淹れ、さっとちゃぶ台に器を並べる。メニューは飯とわかめと油揚げの味噌汁の他に、肉じゃが、豆腐のサラダ、焼いたホッケの干物、あさりと厚揚げの酒蒸し、のようだった。どれも見た目と匂いで判断した限りではちゃんとできているように思える。一応店で(今日は学校が休日なので朝からずっと店で働いていたのだ)まかないで軽くすませてはきたのだが、作ってくれた飯を無駄にするのもなんだし、手を洗って席に着く。
「………いただきます」
「はい、どうぞ」
 そう手を合わせると、風呂場から戻ってきた女性がテーブルの前に座り、にっこり笑ってそう言ってきた。なんだか妙に居心地の悪い気分でまず肉じゃがから口に入れる――と、思わず声が漏れた。
「……うまい」
「でっしょお?」
 嬉しげに笑って言う女性にますます居心地が悪くなりながらも、ばくばく料理を食べ進める。肉じゃがの味付けも、ホッケの焼き加減も、酒蒸しの味もちゃんとしている。プロの料理人のものとは明らかに違うが、素直にうまいと思えた。プロの味ではないけれど、むしろだからよけいにほっとするというか、なんというか、主婦っぽいというか――
「……家庭的な味」
「ん?」
「っ、なんでもねーよ」
 思わず口の中から漏れた言葉を打ち消すように箸を動かす。豆腐のサラダを口の中に運び、思わず目を見開いた。
「これ……味噌で漬けてあるのか? なんか味付けはしてあるだろうと思ったけど」
「お、さっすがプロの料理人ねー。家から持ってきたのよ。水分切って、味噌とみりんで作った漬け床に、これは三日漬けただけなんだけど、意外とイケるのよねー。和風チーズって感じで、酒にも合うし」
「……意外とマメなんだな」
「あ、なーによ意外ってー。あんたそんなにあたしのこと粗忽な女だと思ってたわけ?」
「そりゃ……普通マメな奴は酔っぱらって路地裏でゲロ吐いたまんま寝るような真似しねーだろうと思ったしさ。しかも今冬だってのに」
「あー……そーんなとこまで見られちゃったかー。まいったわね、こりゃ。あたしだって普段はそんな真似しないわよ。昨日はなんていうかもう、仕事で死ぬほど嫌なことがあって飲まなきゃやってらんなかったってだけでさー」
「嫌なことって?」
「上司にセクハラされて、上の方にコネのある同僚に勝手な言い草でこつこつ育てた営業先持ってかれて、部下の失敗押しつけられた。ちなみにそいつら全員が男で、女をメスとしか思ってないよーな奴らでね。そりゃもー腹立って腹立って、顔面に一発入れてやろーかと何度思ったことか」
「はぁ……そりゃ、大変だっただろうな。俺、会社とか入ったことないからよくわかんねーけど」
「……で、そんな風にムカついて腹立って酔っぱらって路地裏でダウンしてたあたしを、あなたが助けて、二日酔いの朝においしい朝ごはん作ってくれたわけ。この夕飯はそのお礼。ま、今日あたし仕事休みだったしね」
「……別に、そんな大したことじゃねーだろ」
 そう言ったのだが、女性はにこにこ笑いながらテーブルに肘をついてこっちを見ている。ますます居心地が悪くなってひたすら箸を進めたが、女性はライが食べ終わろうというところに再び声をかけてきた。
「ね。なんであたしのこと助けてくれたの?」
「別に……助けるとか、んな大仰なこっちゃねーって」
「じゃあどういうこと?」
「もともとうちには取るようなもんねーし、相手がとち狂って妙なことしでかしてもなんとかできる自信はあるし。だから酔っ払いとか拾って帰るの、これが初めてじゃねーし」
「理由になってなーい。どんだけ助けない理由がなかったとしても、相手を実際に助ける理由にはなんないわよ?」
「だから、そんな大したこっちゃねーんだって。俺は料理人目指してんだから、死にそうな人とか、腹減ってる人がいたら飯食わせるのとか普通だし。それに、女の人なんだからあんなとこで寝かして風邪引かすわけにはいかねーだろ」
「ふーん、女の人だから、かぁ。……ふふっ。ふふふふっ」
「……なんだよ」
「ううんー、別に? ただー、いい男だなーって思ってただけー」
「はっ……? な、に言って……」
「ね。名前、ライって言うのよね」
「ああ、そうだけど」
「あたし、ヴィラっていうの。ヴィラ・レイン」
「……はぁ」
「ね。……また、この家遊びに来ていい?」
「はっ?」
 思ってもいなかった台詞に、ひどく居心地の悪い気分でいたライはぽかんと口を開けた。


 それからちょくちょく、ヴィラはライの家にやってくるようになった。それも、ライにちょうど相手をする時間がある時を見計らって。
「はろはろーん。ライー、田舎からおいしー野菜送ってきてくれたのよー、一緒に鍋しない?」
「お、鍋か! いいな、どの野菜もうまそうじゃん、腕の振るい甲斐があるぜ!」
 そんな風に、一緒に台所に立って飯を作ったり。
「ライー……ごめんー、酔ったー、お願い一晩泊めてぇー……」
「わっぷ、酒くさ……ヴィラさんあんた呑みすぎるのもいい加減にしとけよな!」
 そんな風に、飲みすぎたヴィラの面倒を看たり。
 新作料理の味見をしてもらったり、ヴィラの仕事の愚痴を聞いたり、学校の話を聞き出されたり、思い出話を聞かされたり。
 そういうことが、何度も何度もあった。けれども。
「ねぇねぇ、ライー」
「なんだよ、ヴィラさん。悪いけどおかわりならもうないぜ?」
「あたしってそんなに魅力ない?」
 その問いは、ライにとっては、本当に予想外だったので、思わずぶほっ、と噴いてしまった。
 げほっ、げはっ、と何度も咳をしてから、ばっとヴィラの方を向いて叫ぶ。
「な……っななななっ、なななに言ってんだよあんたはぁっ!?」
「だからー、あたしってそんなに魅力ない? って」
「言い直さなくても聞こえてるっ! っつか、ふざけてんなよヴィラさん! そーいう、誤解されるようなことしれっと」
「誤解って?」
「だ……っ、だからっ! そーいう、まるでヴィラさんが俺に、その……なんか、あれだ、気が……あるみたいなこと言うのは」
「あるわよ? 気」
「は!? だから、ふざけんなって」
「ふざけてないってば。あたしは、マジで、あんたを落としたいと思ってんのよ」
「は―――」
 一瞬ぽかんとした。それから、その言葉の意味に気づいて一気に頭に血が昇った。
「な――に、言って」
「気がついてなかったわけ? あたしがそれ以外のなんの目的で、何度も何度もこの家に来てるか、考えたこと、なかった?」
 すう、とヴィラが立ち上がる。仕事帰りだったので、スーツを脱いで着替えたまんまの(そう、着替えを常備するくらい何度もヴィラは自分の家に通っていたのだ)Tシャツに短パンというラフな格好のヴィラがこちらに近寄ってくる。そこから垣間見える肌が、今までそんなこと考えたことすらなかったのに、震えるほどなまめかしく見えた。
「あたしがあんたをどう思ってるか、なにをしたいって、してほしいって思ってるか、そういうこと、考えたこと、なかった?」
 ヴィラが近づいてくる。洗い髪が空気に流れる。化粧を落としても紅い唇が動く。その大きな胸が、肌の匂いが嗅げるほど近く、体温の気配が伝わってくるほど近くなって――
 どんっ、とライはヴィラを押しのけて、転がるようにして身をもぎ離した。死にそうなほど熱い、たぶん真っ赤になっているだろう顔で、涙目になりながら叫んだ。
「ごめん!」
 それだけしか言えず、ばっと身をひるがえし、部屋の外へとまろび出て、走り出した。

「……なるほどなぁ……そんで、お前最近店がない日でも帰り早かったりしたんだ」
「……うん」
 ライは(近所で、同学年の同僚で、その上こいつも一人暮らしな)滝川の家に転がり込んで、話を聞いてもらっていた。春先とはいえ、夜はまだまだ冷える。風呂上がりだったので冷え切っていたライの体を、滝川は毛布を出して温めてくれた(まぁ、その出し方が適当というか上の布団が落ちるのもおかまいなしだったので片付けたのは自分だし、それでも寒かったので温かい飲み物(はちみつ入りのホットミルク)を作ったのも自分だが)。
「そんでさぁ。お前、マジにその人の気持ちとか、気づいてなかったわけ?」
「……うん。考えたこともなかった」
「なんで?」
「なんで、って……」
「その人がわざわざそんなこと言ってきたってことはさ、フツー、その人、お前のことかなり誘惑とかしてたと思うんだよ。なんつーかこー、いちゃいちゃーっとしてきたり、胸見せたりさー」
「……詳しいな。経験談か?」
「いや、ドラマで見た感じだとそーかなーって」
「……あっそ」
「だからさー、その人としてはやっぱさ、かなり積極的にお前にアプローチかけてたのにスルーされてて、思いあまって行動に出ちゃったわけだろ? で、お前はさ、相手の人がそんだけ積極的なのに気がつかなかったわけじゃん。それって、お前がよっぽど、そりゃもーものすんげー鈍感だったか、なんか……ムイシキ? 的にこー、スルーしなきゃとかいう気持ちが働いたのかな、ってさ」
「………どうなん、だろーな」
 そう呟いてライはミルクをすする。自分自身、本当によくわからなかった。
 ただ、今から思い返すと、確かにヴィラは自分を誘惑してきていたんだろうな、というのはなんとなく理解できた。ヴィラは基本的に自分の部屋ではよく薄着していたし、料理をしている自分にくっついてきたりすることもあった。そんなヴィラに自分は、「はいはいちょっと待ってろって」などと当たり前のように言いながら相手をしていたのだ。相手は妙齢の女性で……こんな言い方をするのはむしろ失礼な気もするが、かなりの美人で……自分の背中やら後頭部やらに、胸やらなにやらを、押しつけたりもしてきていて……
 思い返していてとてつもなく恥ずかしくなり、ライは顔を熱くしながらずぶずぶと毛布の中に沈没しかけた。どんだけ鈍感なんだよ、俺。自分で言うのもなんだけど。
「……まぁ、お前にも、いろいろあんだろーけどさ」
「………いろいろったって……別に、んな大したこっちゃねーよ」
 そう、本当に、大したことじゃない。自分でそう思う。母親が幼い頃に死んだのも、父親が病気の妹を連れて外国に行ったのも、それから一度も日本に帰らず金を送るだけで顔を見せないのも。小学校までずっと父親の友達の家に居候させられ、中学に入る時にぶち切れて父親の送金を一切断って奨学金制度の豊富な今の学校を受けたのも。そのくらいのこと別に自分だけというわけじゃないだろうし、長い人生そのくらいの苦労まるでない方がおかしいというものだろう。
 それこそ、今目の前にいる滝川にだって(母親に虐待されて福祉施設の人に今の学校を勧められたのだ、と(ぼかした話ではあったが)本人から聞いている)、セオにだって(両親に家を追い出されたのだそうだ、本人はそんな言い方はしていなかったが)、風祭にだってなんの不自由もなく育っているように見えるセデルにだって、そういう屈託はあるだろう。
 重要なのはそんなものに負けず胸を張って生きること。そう、心の底から思えるのに。
「……俺、なにやってんだろ」
「……んな、落ち込むなって。しょーがねーじゃん、そーいう……人にゃ好みとか、いろいろあんだからさ」
「そーいう問題じゃねーだろ」
「けっこうそーいう問題だよ。お前が、その女の人を恋人にしたいと思えなかった、ってとこなんだからさ。要は」
「……そうか?」
「俺はそう思うぜ。向こうの人にとっても……向こうの人が傷ついたってお前が思うんだったら、そーいう問題なんじゃねーの? 結局」
「そう……なのか、な」
「……ま、最終的にはさ、お前とその人がどうなるかってのは、お互い話しあってちゃんと考えて決めなきゃなんないことだし。気持ちも頭も、ちゃんと働かせてさ」
「……そう、だな」
「うん。だからさ、とりあえずその人にメール入れとけよ。悪かった、とか少し時間おいてから話しあおう、とかさ。このまんま終わっちまいたかねーんだろ?」
「そりゃ……そう、だけど……」
「だけど?」
「……あの人のメールアドレスとか、俺知らねぇし」
 ばたん。滝川がいきなりひっくり返ってから起き上がり、仰天した顔を向けてきた。
「……っはぁ!? なんで!? マジで!?」
「……ったり前だろ。っつか、俺携帯とか、プライベートで……ヤオヨロジャー関連用にもらったやつ以外使わねーし」
 使えない、というのもあるのだが(経済的事情も込みで)。
「ちょ、おま、だったらその人とどーやって連絡取ってたわけ!?」
「連絡とか取ったことなかったんだよ。いっつも向こうが遊びに来るのを受け容れてるってだけで。俺としちゃ、それでかまわないっつーか、暇な時にはいっつも会えたし、わざわざ会わなきゃなんない用事とか思いつかなかったし……」
「…………」
 滝川が立ち上がり、つかつかとこちらに歩み寄る――や、拳を落とされた。
「った! てめぇなにす」
「アホかお前! んなもんその人が可哀想すぎんだろが!」
「はっ?」
「要するにお前、自分からは全然その人に会おうなんて思わなかったんだろ? そーいうのを女は『私のことはどうでもいいのね』って言う風に思うんだよ! しょっちゅう一緒に飯食っといて、相手のことが嫌いじゃないってのに、そーいう風につれなくしてたらそりゃ相手の人も煮詰まるってのっ!」
「っ………」
 衝撃を受けてライは固まった。そんなつもりはまったくなかった、と言い切れる――が、そんな言葉がなにかの役に立つわけがない。自分は、間違いなく、ヴィラをずっと傷つけてきたのだ。
 ぐ、と唇を噛むライに、滝川ははぁ、と息をついて肩をすくめた。
「……まぁ、俺だってそーいうの知ったの最近だし、偉そうなこと言えねーんだけどさ」
「……どうやって知ったんだよ」
「え? いやその、あれだよ! ま……舞の友達と最近仲良くなって、いろいろ話聞いたんだよ! そんだけそんだけ!」
「そうか……」
 滝川は『え、納得すんの?』と拍子抜けしたような顔になったが、ライが勢いよく立ち上がるのを見て慌てて身を引く。
「え、ちょ、なに?」
「家に戻る。……もしかしたら、まだヴィラさんいるかもしれねーし」
「え……」
 滝川はちょっとぽかんとしたが、すぐににやっと笑ってぱぁんとライの尻を叩いてきた。
「よぉしよく言った、行ってこいっ!」
「おうっ!」

 ――けれど、そんなライの感情とはまったく関係なく、事態はとうに動き始めていたのだ。


「はっ、はっ、はっ」
 荒い息をつきながら必死に走る。滝川の家とライの家は本気で走ればほんの数分の距離、あっという間に着いてしまう。あとは、あの角を曲がれば――
 というところで、ポケットの中の携帯(家の中でも携帯するように言われてる。インカムに変化もする)から、呼び出しコールがピピッと鳴った。
「っ……はいっ!」
『住宅街C-5エリアから波形パターンレッドの反応あり。ドーガスです、至急急行してくださいっ!』
「………っ、了解っ!」
 砕けよとばかりに携帯を握りしめながら、ライは言われた場所へと走り出した。自分はヤオヨロジャーとしての仕事をなによりも優先するよう理事長と契約している。だからそれを破れば家からも追い出されるだろうし少なくとも学校での仕事はなくなってしまうだろうし――なにより、ドーガスを放置していてはどんなひどいことが起こるかしれない。そんなものを放っておきながら、大切な相手と重要な話をするなんて芸当、少なくともライにはできない。
 ぎゅうっと唇をかみしめながら必死に走る。住宅街C-5エリアはライの家からほとんど離れていなかった。全力疾走すれば数十秒もかからない距離。それをあっという間に走り抜けて、言われた場所にたどり着く――や、目を見開いた。
 そこに立っているのは女だった。濃い化粧をし、派手な、というか無意味に露出度の高い衣装を着け、両手にはでかい爪をつけた。
 そんな女が、両手を空に舞わせるたびに、周囲の建物が斬り裂かれていく。いつものドーガスと同じような、妙な力を使っているのだろうというのは一目で判断がついた。
 だが、ライにとって大切なのは、そんなことではなかった。
「ヴィラ……さん?」
「はぁい、ライv」
 いつもと同じ声音、同じ口調、同じ響き。濃い化粧やらなにやらで顔ではほとんど判別がつかなくなっているが、気配でわかる。そこにいるのは、これまで何度も一緒に飯を食った相手、ヴィラ・レインだった。
「ちょっと、待てよ……待ってくれよ。なんだよ、それ。ヴィラさん、ずっと……まさか、ずっと、嘘ついてたのか!?」
「嘘、ねぇ?」
 にやっ、と唇の両端を吊り上げてからさらにひゅひゅんっ、と爪を振るう。ずばぁっ! と空気が斬り裂かれ、ライの服や体も同様に斬り裂かれた。
「あたしが嘘をついてたっていうならあんたも嘘をついてたじゃない、ライ。ヤオヨロジャーってこと、黙ってたでしょ?」
「っ、それは!」
「あたしとは関係ない話だから? そうよねぇ、あんた、あたしと関係を結ぼうとか、少しも思ってくれなかったもんねぇ」
「そんなこと!」
 必死の形相になっているだろう自分に、ヴィラはふふっと笑ってまた軽く爪を振るう。また服と体が斬り裂かれ、血がだらだらと流れ出た。
「どちらにしても、今の≠たしにはどうでもいいことよ。あたしはレディ・ツヴァイ。ドーガスの幹部」
「幹部………!」
「あたしの今の仕事はこの周辺で暴れたいだけ暴れて、建築物をずたずたにすること。中に誰がいるかとか、おかまいなしにね」
「なにを……っ!」
「仕事はちゃんとやらなきゃ。そうでしょ? あんたもやらなきゃならない仕事ってのがあるんじゃないの、ライ?」
 くすくす笑いながらヴィラは爪を振るう。楽しげに、軽やかに。
 ライの頭はひどく混乱していた。頭がぐるぐるするし、心臓はかんかんするし。この人はなにを言いたいのか、自分になにを求めているのか、なぜドーガスの幹部が自分のところに当然のような顔をしてやってきたのか、今までのヴィラは全部嘘だったのか、頭がぐらんぐらんするほどややこしい考えが頭の中を駆け巡る。
 だけれども。自分は、自分のすべきことは。自分に課されたことは。自分に与えられたものは。
 震える声で、自分がどうしたいのかもわからないまま、課された使命に従い、ブレスレットを身に着け、ライは叫んだ。
「……インフィニティ・チェンジッ!!!」


「……シルバーっ!」
 レッドに変身して戦いの場に駆けつけたものの、シルバーはすでに敵幹部と戦闘に入っていた。ちっと舌打ちして駆け寄ろうとする――が、苛烈なまでに鋭い声で制止された。
「手ぇ出すなっ!」
「は……? おま……」
 なに言ってんだよ、と言いかけて、やめる。シルバーの声にどんな感情が乗せられているか気づいたのだ。
 こいつ、なんか、泣きそうだ。
 会ってからこれまで、ずっと自分の調子を崩さなかった、しっかりした奴だったシルバーが。今にも泣きそうな、不安な子供みたいな声出してる。
 事情はさっぱりわからなかったが、少しぐるぐると考えてから、よし! と気合を入れて武器を構えつつも見守る態勢に入った。シルバーの戦いを邪魔するような奴がいたら即座に止められる態勢だ。
 いろいろ、なんだか、よくわからないけど。この戦いがシルバーにとって大切なことはわかった。だったら信頼してそれをやらせてやるのが、邪魔するような奴がいたら止めるのがリーダーの仕事だ。

「……っ!!」
「ふふっ、剣先に乱れが見えるわよぉ? どうしたの、あたしを倒すんじゃないわけ?」
「うるさいっ……!」
 武器を構え、いつも通りに剣と銃の二段構えでレディ・ツヴァイに打ちかかる――が、それでもシルバーは相手にまともな有効打を入れられないでいた。
 レディ・ツヴァイの動きは巧みだった。幹部というのは確かに伊達ではない。両手の爪は自分の剣を軽やかに受け止め、受け流し、銃での一撃もその軽やかな身のこなしでごくあっさりと避けられてしまう。
 だが、一撃も入れられていないのは、それ以上に自分の中から声がするからだった。
『だって、あれはヴィラさんなのに』。『自分はヴィラさんに謝ろうとしてたのに、なんで戦わなきゃならないんだ』。そんな声が何度も聞こえる。
 相手はただ自分をなにかに利用するつもりで近づいたのだとしても。なにか裏があったのだとしても。でも、確かに、あの時間、一緒に過ごした間、自分は。
「………っヴィラさんっ!」
 とうとうたまりかねてライは叫んだ。レディ・ツヴァイは――ヴィラは、以前何度も見たような、からかうような笑顔を自分に向ける。
「あらあら、攻撃やめちゃっていいのぉ? 正義のヒーローヤオヨロジャーがそんなことしちゃ、世の子供たちが」
「なんであんたはこんなことしてるんだよっ!?」
 必死の言葉に、ヴィラはくすりと笑う。
「なら、あんたはなんでヤオヨロジャーをやってるわけ?」
「え……そりゃ、バイトとか、義理とか、人が困ってるのを放っとくわけにもいかねーし……」
「あっは、あんたらしい。どこまでも地に足がついてるわよねぇ。だ・け・ど……あたしはもう、地に足がついてない女、な・の・よっ!」
 ぎゅんっ! という音が聞こえてくる錯覚を起こすほどの速さで、ヴィラはこちらに飛びかかってきた。はっと受け流そうとするも、ヴィラの攻撃はそれこそ目にも止まらないほど速く、鋭い。ずばっずばっ、とスーツを斬り裂かれて小さな爆発が起きた。
「っ、ヴィラさんっ……!」
「ほらほらどうしたの? 黙って受け流してるだけじゃ、殺されちゃう、わ、よっ!」
 ずばっずばっ。また小爆発。スーツの上からも伝わってくる痛みを歯を食いしばってごまかす。今回もやはりヴィラの動きを捉えることはできなかった。確かに、このまま一方的に攻撃されていては殺されかねないだろう――けれど。
「ヴィラさんっ! 話聞いてくれよっ、俺はヴィラさんとっ、話がしたいんだっ!」
「話、ねぇ……別れ話? 違うわよねぇ、あたしとあんたは、別れるもなにも、どういう関係も結んでない、もんねっ!」
 ずばっずばっ!
「っ……! ち……っ、違うっ………!」
「違うって、なにが、ぁ!?」
 ずばっずばっ!
「ぐ、うっ……! 俺は、ヴィラさんと……っ、一緒にいて、楽しかった! っ、家に戻って、ヴィラさんがいたら……っ、嬉しくてっ、一緒に喋ったり、飯食ったり、かまってくんのを相手したりすんのがっ……楽しかった、んだっ!」
「……へぇ」
 ずばっ、ずばぁっ!
「ぐ、が……っ、ふっ……、俺、ずっと……一人で暮らすのが当たり前で……っ、誰かと、家でそんな風に、喋るのとか、めちゃくちゃ久しぶりでっ……誰も、いないのが。一人なのが、当たり前でっ……」
「…………」
「だから、思ったんだ。自分じゃわかんなかったけど……ヴィラさんのこと、家族みたいだって、思って、たんだっ……!」
「……ふふっ……家族。家族、ね!」
 ずばっずばっずばっ!
「う、ぐ、あっ……っ……、そういうのが、嫌なんだとしても! 俺は、そういう風に思ったから! あんたのこと、大切だって思ったから! だから……っ!」
 よろめきながらも、体中の力を振り絞って、ぐっと剣をホルスターに収めた方の手を、ヴィラに向ける。自分にできるめいっぱいの誠心を込めて。
「あんたと、話が、したいんだ。このまんまで、終わらせたく、ないんだ………!」
 その言葉に、ヴィラはちょっと微笑んで、それからいかにも馬鹿にするように笑って、言った。
「あんたって、いい男だけど……やっぱ、ガキよねぇ」
 それからだんっと地面を蹴り、宙を待ってこちらに飛びかかってくる。攻撃を受け流そうと剣を抜き、必死に構える――が、そこに、唐突に、ひどく嫌な重みがかかった。
「………え」
 ぶしゅっ、と噴き出した血が自分の顔にかかる。火傷しそうなほど熱く感じられる血。それを噴き出しながら、ヴィラはくすり、と微笑んだ。
「ヴィラ……さん!?」
「ごめんね」
 どうすればいいのかわからず固まることしかできない自分に、ヴィラは少し悲しげに、少し嬉しげに、そして少し楽しげに笑った。ずるり、と体から剣を抜き、どんっ、と地面に転がる。
「ヴィラさんっ!!!」
「ごめんね……あんたの気持ちは、すごく、嬉しいんだけど。あたしは……ここにいるあたしは、もう、変われないの。もう、この世界では、キャラクター≠ェ、固まって、しまって、いるから……」
「なに言ってんだよっ、喋るなってば! 傷が……っ」
「昔、ね。あたしだった、あたしは、ディラ・メスノンって、いうの」
「黙れって!!」
「ね。名前、呼んで」
「っ………」
 ヴィラ――ディラは、震える手を自分の顔に伸ばす。今も体から血を噴き出しながら。蒼白な顔を微笑ませながら。
「お願い。名前、呼んで。あたしが、あたしだった時の、名前……」
「っ……っ………!」
 彼女がなにを喋っているのかはわからない。まるで意味がつかめない。だけど、彼女が、なにをしてほしいと思っているかは、わかった。
「ディラ、さん」
「…………」
「ディラ・メスノン。……ディラさん」
「ふふ……この期に及んで、さん付けとか。実際、あんたら、し……」
 そこで言葉が途切れた――と思うや、その姿が変わり始めた。人でないものに――怪物に。天を突くような大きさの怪物に。――これまで何度も戦ってきたドーガスの怪人たちと同じ、暴走だ。
「シルバーっ!」
 後ろから声がかかる。そこでようやく、自分の仲間たちが後ろで自分たちの戦いを見守ってくれていたことに気がついた。
 ぐ、と唇を噛んで、腹の底からあふれ出そうになるなにかを堪える。ぎゅっと拳を握りしめ、仲間たちにうなずいて、ぎっと天を睨みつけて叫んだ。
「召喚、ヤオヨロガーメント!」

「ギガントソードっ! インフィニティ・エナジーフルバースト! ギガントソード・エクシードモード!」
 叫びながら操縦桿を動かす。かつて家族のようにと思っていた人を殺すために。
 それはしなければならないことで、たぶんあの人も望んでいたことで、ならば自分以外の人にはやらせたくないことで。――それでも。
『インフィニティ・ギガント・スラーッシュ!!』
 ずばぁっ、と斬り裂かれたレディ・ツヴァイは、呻き声を上げたかと思うと眩しくなるほどの火花を放ちながら爆散する。それを、自分はただぐっと唇を噛みながら見つめていた。
 ぽん、と背中が叩かれる。自分の仲間が、仲間たちが、あるいは優しく笑って、あるいは仏頂面で、あるいはひどく悲しげな顔で、あるいはひどく静かな顔で自分を見つめていた。
「泣きたいんだろ? 泣いとけよ」
「っ……」
「どーせ俺たちしか聞いてる奴いねぇって。他の奴には内緒にしといてやるからさ。ほらっ」
「……お前、なに小学生みてーなこと……」
 震える声で、そこまで言うのが限界だった。スーツを脱いで、ライは、顔を覆い、ひどく久しぶりに声を上げて、泣いた。


「さて、みんな、今回もお疲れさま。……ライくんは?」
「えと、その。……滝川くんが、見てます。しばらく面倒看とく、って」
「へぇ……あいつがねぇ」
 司令室で、いつものブリーフィングの時間に、速水はわずかに苦笑してから、残りの三人に向き直った。
「で、そのドーガスの女幹部の言ってたことは、確かにそれで全部なんだね?」
「ああ。間違いねェよ」
「あの……俺たちが来る前に、なにか話してたなら、別、ですけど。俺たちが来た時に、ライくんは、ほとんど傷ついて、ませんでしたから。あまり長く、話していた、わけではない、と……」
「なるほど……」
 速水は小さく肩をすくめ、口の中だけで呟いた。
「さーて……理事長は、どう出るかな」
「? 司令、なんか言った?」
「ううんー、なんでもないよーセデルくんv」

 アディムは、できるだけ目立たない(けれど頑丈な)レンタカーを走らせて、学園へと急いだ。急がなければ、早く伝えなければ。そして――早く、あの子たちを逃がさなければ。あの女幹部があのこと≠口にしてしまった以上、向こうが動かないわけがない。
 守らなければ。なにより大切な子供たちを。幸福が存在するなど思ったこともなかった自分の生に、突然降りてきた天からの光。幸福の結晶。あの子たちだけは、なんとしても――
「おや、お早いですね、アディム理事長」
「――――!!」
 唐突に後ろから聞こえた声に、アディムは振り向きざまに杖を振るっていた。これ≠ヘ自分と同じもの≠セ、油断をすればこちらがやられ――
 ぞぶっ。
「………え」
 空を切った杖が、からからと転がる。げぼっ、と明らかに致死量の血が自分の口から漏れる。背後からの一撃が、自分の急所を貫いたのだと、その時になってようやく理解した。
「駄目じゃないですか、アディム理事長。ここはあなたのホームグラウンドであると同時に敵地でもあるってわかってるんですから、気をつけていただかないと」
「が………は」
「このままじゃあなたは、クライマックスを前に舞台から退場することになってしまいますよ? そんなことになったら、あなたの愛しいお子さんたちがどうなることか。わかってらっしゃるはずでしょうに」
 かつ、かつ、と地面を歩く音が、ゆっくりと自分の前に回ってくる。アディムは自分の体を支えきれず、ばたりと倒れた。体温がどんどん下がっている。まずい、これは、まずい――
 地面に伏した自分を、自分の相手は――生徒会長ローグィディオヌスは、頬に返り血を飛ばしながら、いつもとまるで変わらない爽やかな笑みを浮かべて見下ろした。
「まぁ、ゲームの相手に手加減をするなんていうのは無礼というのもおこがましい話ですしね。相手の犯した戦術ミスをしっかり衝くのがプレイヤーとしての役目でしょう。そういうわけなので――さようなら」
 にっこりと告げられて、後頭部をさらに強い衝撃が襲う。激痛すら感じる暇のない圧倒的な力。それは手を伸ばすこともできないままに、アディムの意識をあっさりと刈り取り――
 暗転。


「さて。ようやく俺の出番が回ってきたわけだが、お前ら、なにか言いたいことは?」
「大有りだよ! なんで僕があんなところで死んだみたいになってるんだいっ、あれじゃまるで僕が子供たちを残して死んじゃってるみたいじゃないか! 僕は僕の可愛い子供たちを残しては死なないと誓って」
「そーいう問題じゃねーだろ! だっからなんなんだよその設定、前回からさらに妙な設定が生えてきてるじゃないかよ、これじゃマジでレッド主役回ねーじゃん! っつか今回の主役だった奴に謝れーっ!」
「……や、俺は別にどっちでもいーんだけどさ……」
「そーねぇ。やりたいことはおおむねやらせてもらったし。ま、あたしの誘惑を最初っから最後まで全スルーされたのはちょっとショックだったけどぉ?」
「だっ、だからっ! 俺は、その、マジでそういう、考えたことなくて……なんつーか、一緒にいれたの、マジで、家族みたいな感じで……」
「あっはっは、じょーだんじょーだん。あれはあれで『十五歳の少年に恋する二十代後半の女』がやれて楽しかったわよぉ?」
「え、二十代後半だったの、あの人?」
「うん、設定年齢は。まぁ女幹部の方はどうだかわかんないけど?」
「……なんか意味深な発言だな……っていうかわざと裏を読ませようとしてねーか、それ?」
「うっふっふ、さぁね〜」
「……なんか、いろいろ思わせぶりだけど……どーすんだ次回? このままいっちまっていいのかよ?」
「ま、俺の役どころは最初から変わってないからな。これまで出番がなかったことだし、思う存分暴れさせてもらうつもりだ」
「僕は次回なんとしても復活を遂げて活躍してみせるよ!」
「ちげーよっ、活躍すんのはレッドだろ!? 最終回だぞっ、レッドが目立たなくてどーすんだよっ!」
「……ま、こんな風にいろんな人がいろんなこと言ってるわけだし。とりあえずは成り行き任せってことで。それでなんか問題が起きた時は……」
「起きた時は?」
「裏方に頑張ってもらおうよ!」
「……そーいう問題なのか?」
「まーまー、こーいうのは気楽な気分で挑んだ方がいいんだってば。緊張しすぎてるとなんとかできるもんもなんとかできなくなるよ? じゃ、次回も頑張りましょうってことで、お疲れ様でしたー」
『お疲れ様でしたー』

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