「――おい。お前らに客が来ているぞ」 闘技場内、ランパートの部屋。その入り口から、ゴーツが声をかけた。 「客? 誰?」 怪訝そうにランパートが聞く。基本的に虜囚剣闘士が部屋にいる時は正式な手続きを踏まなければ貴族でさえ面会はできない。その手続きがやたらと大仰で面倒くさいので、虜囚剣闘士と会うのは外出時に闘技場の外で、が普通なのだ。 「二十代後半ぐらいの黒髪の女の人と、ピンク色の髪の女の子ピノッチアでしたよ。確か、レディとララティーナって名乗りでしたけど」 シフラムがそう言うや、マスターは素早く立ち上がった。顔になにか企んでいるような笑みを浮かべつつ、急ぎ足でシフラムに歩み寄る。 「すぐに会う。案内してくれ」 「はぁ……わかりました」 「マスター、その二人って例の助け≠チてやつか?」 ランパートも即座にマスターに追従しつつ言う。夫唱婦随というわけでもないが、この二人は基本的にどこでも一緒だ。 マスターはそんなランパートに軽く笑ってうなずいた。 「ああ。この世で俺の次に頼りになる奴さ」 「――久しぶりだな」 「久しぶりね」 マスターとレディ。同じ年頃の黒ずくめの男女は、闘技場応接室で相対して笑みを交し合った。 男と女ということで身長差はあるし、服装も全然違うし、レディは黒ずくめと言っても長い髪を赤く大きなリボンで結んでいるのだが、この二人並べてみるとほとんど印象が変わらない。 「マスター。その人が助け=H」 「ああ。名前はレディ、どうしても人の名前っぽく呼びたければザ・レディ=B俺と同門の人形師だよ」 「マスターと同門……」 ランパートはピンとこない様子で、わずかに首を傾げた。ランパートにしてみれば親の友達というぐらい縁遠い存在なのだろう。 だがレディは心得た様子で笑ってみせた。 「こいつとは子供の頃からのつきあいだからね、いろいろと過去話知ってるわよ。修行時代に何度女の子口説いて師匠に怒鳴られたかとかね」 「あ、こら……!」 「へぇ! ねぇ他には? 他にはどんなこと知ってるの?」 ランパートはあっさり食いついてレディに笑顔を見せた。自分に近しい人間の知らない話というのは子供ならずとも気になるところ、無理もない。 「やめろこんな奴の話聞くなランパート! ……というかな、レディ。お前俺だってお前の過去話知ってること忘れてないか……?」 「え、レディの過去話? 聞きたい聞きたい聞きたーい!」 声を上げたのはレディの連れてきた少女ピノッチアだった。ピンク色をしたさらさらの長髪にアクアマリンの瞳、目まぐるしく変わる表情は誰もが第一級に可愛い女の子、と太鼓判を押すだろう。 「……えーと、まだ紹介してなかったわね。この子はララティーナ。私の作ったピノッチアよ」 「ララティーナです。よろしくね!」 にこっと笑うララティーナに、マスターは苦笑しつつもうなずき、ランパートは元気に「よろしくな!」と答える。 「それじゃこちらも。ララティーナ、俺はマスター。で、こいつがランパート、俺のピノッチアだ」 「よろしく!」 にこっと朗らかな笑顔を浮かべるランパートに、レディとララティーナもにっこりと笑みを返した。 「いい子みたいじゃない。あなたが作ったのに」 「馬鹿を言うな、俺が作ったからこそこんなに可愛くて優しくて元気で少年らしいいい子に育ったんだ。どうだこの艶のある肌! 少年らしい元気でそれでいて端正な顔立ち! 太すぎも細すぎもしない、これ以上ないほど完成された太さのたまらなくそそる太腿! もーどーせいっちゅーんじゃっちゅーほどにラブキューだろうっ!」 「……肌や顔と太腿を同列に論ずるあなたの変態っぷりはいまさらとして。確かにランパートくんはなかなかレベル高いけど、私のララティーナの方が上ねはっきり言って。見なさいこのサラサラの髪、少女の魅力たっぷりの驚くほど細い手足、女の子のトキメキを宿してほのかに盛り上がった胸! どこをとってもたまらないほどにキュアフルじゃない!」 「……なんだと? 確かにララティーナがなかなか可愛いのは認めるが、俺のランパートの方が上なのは誰が見ても明らかだろう! 髪で言うならランパートの硬く跳ねた髪は少年の青い色気がフルバーストだし、手足で言うならランパートの華奢さと将来の有望さを同時に感じさせるしゃんと伸びた手足に勝るものはない! それに胸と言ったな、ランパートの平らな胸があらわになった時の超絶的なセクシーさをお前は知らんのか!?」 「変態くさいことばっかり言ってるんじゃないわよ! 私のララティーナがどんなに性格が純真で素直で優しいか、その笑顔がどれだけ人の心を癒しているかあなた全然わかっていないわね!」 「性格だったらうちのランパートを超えるピノッチアなんて存在せん! 元気で素直で適度に意地っ張りで、その全てがどれだけ人の心を震わせると思ってる! のみならずランパートは――」 いい年をした男女にもかかわらず、いつしか顔を思いきり近づけて自慢合戦する二人。ランパートは呆れたような顔で、ララティーナはにこにこしながら、その言い争いを見つめる。 「……なぁ、そっちのレディさんもいっつもこんな風なのか?」 「うん、レディいっつもこんな風だよ! マスターさんも?」 「うん。隙あらば俺の自慢しようとしたがるんだ」 「ランパートくんも大変だね」 「ララティーナもな」 相互理解を深めるピノッチア'sをよそに、人形師たちはさんざんやった言い合いをようやく落ち着けて、話し合いに移っていた。 「……で、私を呼んだのは例の件、近日中に仕掛けるってことで間違いないのね?」 「ああ。詳しいことはここに書いてある」 すっと手紙を差し出すマスター。 「用心深いのね。けっこうなことだわ」 「連絡は当日まで取れない。なんとかできるか?」 「誰に言っているの。私と私の作ったピノッチアよ」 「おっと、失言だったな」 に、と笑みを交し合うマスターとレディ。ランパートもその隣に立ち、真剣な顔で言う。 「頼むぜ、レディさん、ララティーナ。俺たち、なんとしてもやらなきゃならないんだ」 「任せて、ランパート。私だってここのやり方は腹に据えかねてるのよ」 「うんうん、ララティ頑張っちゃう!」 ララティーナも脇に立ち、さっと手を差し出した。ランパートは無言でその上に手を重ねる。マスターとレディもそれに続き、視線を見交わしてうなずいた。 「やるぞ、みんな! なんとしてもやり遂げるんだ!」 『おお!』 マスターの言葉に、全員腹の底から声を出して答えた。誰かに聞こえた時のために、具体的な目的を言えないため勢いには少し欠けたが。 「ランパートさん! マスターさん! チャンピオンとの対戦の日にちが決まりましたよ!」 「――決まったか」 マスターは静かにそう言った。ランパートも真剣な顔でマスターの横からシフラムを見る。 「対戦日、いつだ?」 「次の日曜日だ」 ぶっきらぼうに言うゴーツ。ランパートはぎゅっと拳を握り締めた。 「とうとう、か」 「わぁ、気合入ってますねぇ」 気楽に言うシフラムに、ランパートは笑った。 「そりゃそうだよ。だって俺はその日のために虜囚剣闘士になったんだもん」 |