「ランパート………」 マスターはじっと新作バトルコスチュームを身につけたランパートを上から下まで眺め、微笑んだ。 「きれいだぞ………」 「マスター………」 ランパートは少し照れくさそうに、しかし誇らしげにマスターを見る。 「お前はできる。絶対にできる。こんなに可愛くてきれいで天使みたいな子を、世界が放っておくはずはない」 「うん……」 マスターはランパートの顔を両手で挟み、子供に言って聞かせるように語りかける。 「お前を見たらみんなが惚れ惚れする。さすが壊さずの<宴塔pートだとみんながうっとりするんだ」 「うん……」 「大観衆の前でお前が華麗に舞う。その姿を見てみんながピノッチアってなんてきれいで素敵なんだろうって思うんだ」 「うん」 「今まで見たどんなピノッチアよりも美しいお前を見て、観衆はみんなお前の美しさに酔うんだ……」 「うん……」 「いつまでくっついておるつもりだっ! もうすぐ試合開始だぞっ!」 いつものごとくゴーツが怒鳴り、マスターとランパートは引き離された。だがマスターは微塵もめげることなくぐりんとゴーツたちの方を向いて問う。 「あんたらもこのランパートを見てなにか言いたいことがあるんじゃないのか?」 「………………」 ゴーツは苦虫を噛み潰したような顔でランパートを見る。今日のランパートは、確かに――美しかった。 衣装は白を基調にした長袖長ズボンに、袖口やら襟元やらに金糸でたっぷりと縫い取りがつけてある。当然のように飾り紐も金だ。宝石はどこにもつけてはいないが、ランパートのそのトパーズの瞳がなによりも美しい宝石になっている。 これ以上ないというほど王道の豪奢な服を着こなし、いつもより念入りに髪が整えられたランパートは、まるで―― 「……王子様みたいです」 シフラムの言葉に、マスターはにっと笑ってみせた。 「そうだろうそうだろう。今日は特別な日だからな、俺も特別に気合を入れたんだ! テーマはそのものずばりの王子様。老若男女がランパートの可愛さ、美しさ、格好よさに酔えるようにな……!」 いつもの解説を始めるマスターに、ゴーツはまたおもいきり顔をしかめた。こんな話など聞きたくはない。 ――自分も本当に『王子様のようだ』なんて思ってしまったことなど、記憶の彼方に放り捨ててしまいたいのだ。 ひとしきり騒ぐと、マスターはにっとランパートに笑いかけて言った。 「行くか」 「うん」 そう言って歩き出す二人は、まるでこれから王家の晩餐会にでも行くかのように、堂々と、誇らしげに見えた。 「ご来場の皆様、いよいよ! いよいよ本日のメインイベントでございます! 彗星のごとく現れた無敗の新人、壊さずの<宴塔pートと、ブレイクアップ♀J催当初から無敗のチャンピオン、瞬殺の<買Fーダ! ブレイクアップ℃nまって以来の好カードが、いよいよ、とうとう、ここに始まろうとしておりますっ!」 『うおおぉぉぉぉ!』 大入り満員の闘技場から大歓声が上がった。ブレイクアップ℃nまって以来の好カードというのは伊達ではない。カードの布告が出たとたん三十分でチケット売り切れというとんでもない状況に陥るほどの注目度なのだ。 おそらく、この試合を見るために来たという者たちが何人もいるのだろう。観客たちのテンションは上がりっぱなしだった。 「レッドゲート、民間所有ランパート! ホワイトゲート、皇帝陛下所有ヴェーダ!」 大歓声の中を、ランパートとヴェーダが舞台に進み出る。ランパートはトンファー、ヴェーダは大剣が武器。どちらももっとも愛用――試合でよく使っている武器だ。 「ランパートくん……勝てるでしょうか?」 「勝てない」 「は!?」 きっぱりとしたマスターの言葉に、シフラムもゴーツも目を剥いた。マスターはいつもとはまったく違う――ひどく硬い、睨みつけるような視線で舞台を見ている。 「ヴェーダは戦闘用に、戦うためだけに作られたピノッチア。人に近づくことを目的として作られたランパートとは、まったく質が違う。こと戦闘においては、ランパートはあいつには絶対に勝てない」 「そ、そんな……」 「だったらなぜあいつを戦わせる! お前はあいつが大事なのではなかったのか!?」 顔色を変えたゴーツをちらりと見て、マスターはわずかに頬を緩めて言う。 「心配してくれてるのか。ありがたいな」 「し、心配など誰もしておらん! 俺はただっ……」 「勝てないのにどうして勝負するんですか!? あなたは、だって、あなたは、そんなことする人じゃないでしょう!?」 食ってかかるシフラムもちらりと見た。そしてそれから視線を舞台に戻す。 「……この試合は勝つことが目的じゃない」 「え?」 「ビーカルダヤ帝国皇帝はヴェーダの試合すらめったに見に来ることはないが、ここまで名前が高まった剣闘士との好カード、周囲の貴族との兼ね合いからいっても見に来ないわけにはいかない。普段は王宮の奥に隠れて出てこない皇帝に会える唯一の機会だ。――そのために俺たちは、ランパートは今日まで戦ってきた……」 「は……?」 「なにを……言っている?」 マスターはもはや二人の言葉など意にも介さず、ひたすらに、どこか必死な目でマスターは舞台を見つめた。 「頼むぞ、ランパート……どうなってもいいから、どんな結果に終わってもいいから、頼むから……死ぬな……」 「はじめっ!」 その声と同時にヴェーダが目にも止まらぬ速さで動いた。姿を捉えきれなかったので、動く姿が見えたわけではないが。 まったく普段通りの行動。ヴェーダが姿を現した時には相手のピノッチアはもう倒れている――だが、ランパートはそうはならなかった。 ギィン! という甲高い音がして、同時にヴェーダが姿を現す。――ヴェーダの剣は、ランパートのトンファーで受けられていた。 おおおぉぉぉ! 観客が大歓声を上げる。ゴーツも思わず息を吐いていた。ヴェーダが初太刀で相手を仕留められなかったのは、これが初めてなのだ。 ヴェーダは無表情のままぎりぎりと剣を押し進める。ランパートもきっと相手を睨みながらトンファーで押し返す。 ほぼ完全に力は拮抗している――それを知ってか、ヴェーダはにぃ、と唇の両端を吊り上げた。 観客がどよめく。ヴェーダが表情を変えるところなど、今まで誰も見たことがなかったのだ。 ランパートがきゅっと唇を引き結んだ。ヴェーダのその表情が気に入らないらしい。珍しい、と思いつつもゴーツは思わず拳を握り締める。 そんな表情ですら、ランパートはたまらなく可愛らしい。 ヴェーダはぱっと後方に飛んで間合いを取り、そこから再度斬りかかってきた。今度もやはり、ときおり目が追いきれなくなるほどの速さで、だ。 しかしランパートはそのことごとくを受けていた。上方からの雷のような振り下ろしも、横脇を狙う疾風のような回し斬りも、迅雷の速さで襲い来る心臓を狙う突きも。 きっとヴェーダを睨み、どっしりと構え、どんな攻撃も冷静に受け流している。その様子は今までの戦いとなんの変わりもなかった。 もしかしてこのまま勝ってしまうのではないか――そんな思いが頭をよぎり、憤りとも喜びともつかぬ興奮が体を満たす。 だが、マスターをちらりと見ると、マスターは少しも興奮していないようだった。苦行に耐えているかのように、痛ましいような瞳でじっと舞台を見ている。 なにがそんなに苦しいのか――一瞬訊ねたくなったが、その前に舞台の上の状況が動いた。 『わああぁぁぁっ!!』 何度目かの大歓声。ランパートが攻勢に転じたのだ。攻撃の受け流しから体を回転させてそのまま攻めへ。ランパートのお得意のパターンだ。 ゴーツは思わず拳を握り締める――だが、マスターは叫んでいた。 「いかん!」 なにが? ――と思うより早く。 ヴェーダの剣がランパートの体を捕らえていた。 |