その顔は意地悪したくなる
「……ご飯とお味噌汁が食べたい………」
 新次郎はある夜、突然そう思った。
 万事にすんなり適応する性格ゆえ食についても新次郎はわりとあっさりアメリカ食文化に馴染んだが、それでも幼い頃から食べつけたものはやはり味覚の基本を成しているのだ。
 なので、さっそくサニーサイド邸に電話をしてみた。
「サニーさん、ぼく、ご飯とお味噌汁が食べたいので分けていただけないでしょうか」
『なぁに、日本食が食べたいのかい? オーケーオーケー、だったらボクが大河くんを朝食の席にご招待するよ。ちょうど明日はタマゴヤキ定食の日だし」
「そうなんですか!? ありがとうございます!」
 と、新次郎は喜んだ。今までサニーサイドに何度も騙されてきたことをころっと忘れて。

「………サニーさん、これは、なんですか?」
「なにって、タマゴヤキ定食だよ?」
 にっこり笑ってさあ召し上がれと手で示すサニーサイドに、新次郎は間違いを指摘すべきかしばし悩んだ。
 確かに卵を焼いている。そういう意味では卵焼きではある。だが。
 卵焼きというのは溶いた卵に場合によってはだし汁や砂糖を加え層のように重ねて焼いたものであり、決して真っ黒焦げになった卵の殻の上にへばりついている白身のことではないはずだ。
『どうしよう……ここはやっぱり言ってあげた方がいいのかな。日本の食べ物をちゃんと認識してもらうためにも、教えてあげた方が……そうだよな、うん、教えてあげよう!』
「あの、サニーさん!」
「ん、なんだい?」
 輝くような笑顔を浮かべてこちらを見るサニーに新次郎の心はちくちくと痛んだが、ちゃんと言わなきゃと心を奮い立たせて顔を上げる。
「あのですね、サニーさん。卵焼きっていうのは溶き卵を何層も重ねて焼いたもので、生卵を殻のまま焼いたものじゃないんです……」
「…………」
 笑顔のまま黙りこむサニー。やっぱり悪いこと言っちゃったかなぁ、と新次郎は眉尻を下げたが、サニーはすぐに大声で笑い出した。
「大河く〜ん、本気にしてもらっちゃ困るよ〜。イッツ・アメリカンジョーク! ジョ〜ダンに決まってるでしょ〜?」
「え、そ、そうなんですか!?」
 ほっとしてから顔を赤くする新次郎。そうだよないくらサニーさんだってあれはないよな。うわぁ本気にしちゃって恥ずかしい。
 サニーは笑顔のままパンパンと手を叩いて召使いを呼んだ。サニーの家の案外少ない召使いが新しい盆を持ってくる。
 それを見て、新次郎はうっと言葉に詰まった。
「さあ召し上がれ、大河くん。うちのシェフが手塩にかけて作った一品だよ」
「……サニーさん、これって……」
「タマゴヤキ定食だろう?」
 また輝くような笑顔を見せるサニーに、新次郎はちょっと半泣きになった。
 確かに溶き卵を何層も重ねて焼いたものではある。だが、普通卵焼きには小麦粉は入れないし、クリームも入れない。
 つまり卵焼きはミルクレープではない。
「あの、サニーさん……」
「さあ食べてくれ大河くん、君のために作らせた品だよ」
「あの、サニーさん、これも卵焼きじゃ……」
 そう言うととたんにサニーは悲痛な顔でよろめいた。
「大河くん……ボクの作らせた卵焼き、気に入らないのかい?」
「え!? いや、というか、卵焼きじゃ……」
「そうか、気に入らないのか……残念だ、君のために特別に作らせたのに……」
「あの、サニーさん」
「いや、いいんだ……ボクなりに一生懸命考えたんだけど、君には気に入ってもらえなかったんだね……残念だよ、本当に……」
「サニーさん……」
 ぐっと心が痛んだ新次郎は、覚悟を決めた。見当外れだけど、サニーさんはサニーさんなりにぼくのことを気遣ってくれたんだ。食べたって死ぬわけじゃないんだ、サムライとしてここはサニーさんの気持ちに応えてあげなくちゃ!
「じゃあ……いただきます」
「お、食べてくれるかい! じゃあご飯と飲み物も一緒に食べてね。日本食はそういうものなんだろう?」
 笑顔でそう言われ、新次郎はうううと泣きそうになりながらもミルクレープを箸で切り取った。ミルクレープのバターとクリームの香りが周囲に広がる。
 口に運ぶ。新次郎は朝からミルクレープはきついというほど年を取っているわけではないし、ミルクレープ自体もわりと好きだ。ご飯と味噌汁の香り漂う食卓でさえなければ。
 鼻に入ってくる和の香りと、口から抜けるバターと生クリームの香りに頭をくらくらさせながらも毒食らわば皿までの心境で白米も口に運ぶ。
 白米のほっこりした味わいとミルクレープの重量感のある味わいの不調和。文化の違いというのはこうまで重いものなのかと思いつつ吐き気が沸き起こる。
 なんとかその味を洗い流そうと飲み物を口の中に流し込み、吹きそうになった。その飲み物は薬草茶だったのだ。
 しかも果物のフレーバーとハーブのフレーバーが同時に入っているやつ。単品で味わうならまだしも、この状況だと不調和をさらに倍化させることになる。
『だめだ、吐いちゃ駄目だ、サニーさんが親切で出してくれたものなんだから!』
 必死に自分にそう言い聞かせ、涙目になりながら全部一気に飲み下す。胃の腑がぐわぁっとねじれるのがわかった。
 ………食べた! と達成感を感じながらサニーを見上げる――そして絶句した。
 サニーの盆には紛うことなき、日本製卵焼きが載っていたのだ。
「サニーさんっ!」
 叫んで立ち上がると、サニーはにっこりと星組隊員たちにこぞって胡散臭いと言われる笑みを浮かべて言う。
「なんだい、大河くん?」
「そ、その、その料理っ……」
「ああ、これかい? 溶き卵にダシスープを加えて何層も重ねて焼いたものだよ。おいしいよね」
「………騙したんですねー!」
 涙目でサニーを睨みつけるが、サニーは涼しい顔で笑う。
「まぁねぇ。まさか本当に騙されるとは思ってなかったけどさ。ボクはこれでも日本通なんだよ? タマゴヤキぐらい知らないわけがないじゃない」
「なんでそういうことするんですかー! サニーさんの意地悪、鬼ー!」
「人聞きの悪いこと言うねぇ。軽い朝のジョーダンってやつでしょ? 星組隊長たるものこのくらいは軽〜く流せなくっちゃ」
「ううう……サニーさん、ぼくのこときらいなんですか?」
「あはは、まぁ、ちょっと、ね」
「………………」
 笑顔で言われ、思わず新次郎はしゅんとする。だがサニーは気にした様子もなく笑い声を上げた。
「あはは、まぁそんなに気にしないで。ほら、ちゃんとしたタマゴヤキ大河くんの分もあるよ。シオジャケとダイコンオロシつきだよ」
「……醤油もあります?」
「あるよ」
 にっこり笑ってそう言われ、新次郎は気を取り直すことにした。サニーサイドの意地悪はいつものことだし、普通のご飯と味噌汁、それに大根おろしつき卵焼きと塩ジャケが食べられるのならそれはそれで分のいい取引という気がする。
 そんなわけで新次郎はそのあとサニーと二人でからかわれながらも楽しく食事を取ったのだった。サニーサイドのマスタードとケチャップと大根おろしという食べ方に吐き気を催しながらも。

「……っていうことが今朝あったんだよ。ホントに大河くんって面白いよねぇ」
 などと笑いながらサニーは新次郎のいないところで星組たちに話した。
「サニー、あんまり大河くんをいじめちゃだめよ。あれでも星組隊長なんだから」
「いや、それはわかってるけどさ。あんまりわかりやすいもんだからついちょっかいかけちゃうんだよねぇ」
「………ふむ」
 それを聞いて、昴は静かに扇を開いた。

「新次郎、明日朝食を一緒に取らないかい?」
「え!? いいんですか? それならぜひ!」
「……サニーサイドが知っている新次郎を僕が知らないというのは許せないからな……」
「え、なにか言いました?」
「いや、なにも」

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