「新次郎ってお酒飲めないの?」 二月公演の打ち上げでジェミニが不思議そうに放った質問に、新次郎は苦笑した。 「だって紐育じゃ飲酒は二十一歳まで禁止じゃないか」 「あ、うん、そうなんだけど。でもボクの知ってる男の子って、みんなお酒飲める年齢の前からお酒飲みたがったから。新次郎は全然そんなことないでしょ? だから、なんでかなーって」 「それは――」 軍人として依存性薬物は摂取しないとか、酒は体に悪いからとか、そういうもっともらしく嘘でもない理由も頭に浮かんだのだが、結局新次郎は一番大きな理由を話した。基本的に嘘がつけない奴なのだ。 「ぼく、酒癖が悪いらしくって」 「酒癖?」 「うん。一度士官学校の先輩たちに引っ張られて酒盛りに参加したことあるんだけどさ、それに参加した先輩みんなから『お前はもう絶対酒は飲むな』って言われちゃって。僕は酒を飲んだ時の記憶とかきれいに消えちゃってるんだけど」 「へぇ〜……」 「面白いじゃないか。一度どれほどすごいのか見てみたいね。新次郎、ちょっと一杯やってみるかい?」 「え、い、いいですよ! ぼく、本当にお酒は駄目なんです!」 絡んできたサジータに大きく手を振って拒否する。酒を飲んだ次の日一日中ひどい頭痛と吐き気にさいなまれたのだ。もはや酒は新次郎にとって鬼門と決め付けている。 「大河く〜ん、ダメだよそんなことじゃ。男としてお酒の一杯や二杯飲めるようじゃないとこの先やっていけないよ? もちろん星組隊長としても問題が」 「え……」 「おじさま! 馬鹿なことをおっしゃらないでください!」 「サニー、サジータ。おやめなさい、大河くんはまだ飲酒年齢に達してはいないんだから。悪ふざけは二十一歳になってからね」 「へいへい。まったくいい子ちゃんだねー二人は」 ダイアナとラチェットにたしなめられ、二人は笑いながら引っこんだ。もともとそれほど絶対に飲ませたかったわけでもないのだ。 ほっとしたら喉が渇き、飲み物のテーブルに向かった新次郎に、昴がにっこり笑ってグラスを差し出す。 「ほら、大河。どうぞ」 「あ、昴さん、ありがとうございます!」 喜んで新次郎は昴の手から、ずんぐりとしたボディにすんなりと長い足のついたグラスを受け取り一息に飲んだ。 葡萄の香りがぷうんと漂う透明な飲み物で、さっぱりとした甘酸っぱい味を新次郎は楽しむ――が、飲んだとたんカァッと喉の奥が熱くなってきた。 「あの、昴さん、それって白ワインじゃ……」 「おや、そうだったかな? うっかりしていたよ。すまないな、大河」 新次郎はもうそんなことを聞いてはいなかった。虚ろな、けれど熱っぽい目でぼんやりと周囲を見渡し、ふらふらと歩き出す。 慌てて支えようと近寄るジェミニを酔っ払い特有のふわふわした動きでかわし、新次郎はぽすん、と近くにいたサニーにもたれかかった。 「あーらら大河くん、白ワイン一杯で酔っ払っちゃったのかい? しょうがないな〜本当に君は」 「サニー……さぁん……」 妙に熱っぽい、少し掠れた声でそう言うと、新次郎はすりすりっ、とサニーに擦り寄った。 「どうしたんだい大河くんってば。君に擦り寄られてもボクはあんまり嬉しくないんだけどな〜」 「サニーさん……ぼくのこと、きらい、ですか………?」 潤んだ瞳で上気した顔でそう聞かれ、サニーはぽりぽりと頭を掻いて苦笑した(その脇でダイアナが「まぁ、大河さんったら……」とか言いつつ嬉しそうに見ている)。 「うーん、まぁ、ちょっと、ね」 「……ホントに? ホントに、ぼくのこときらい?」 ふぇっ、と顔を歪めて、今にも泣きそうな顔で、しっかり胸に飛び込まれつつそう聞かれ、サニーは珍しく困った顔になる。 「うーん、真正面からそう聞かれると困っちゃうんだけどなー」 「ぼくのこと、きらい? そばにいてもいけないくらい………?」 なんとなく周囲から注視されながらの台詞に、サニーはふぅ、とため息をついて言う。 「別に、嫌いってわけじゃあないよ」 「ホントに? なら、なら、そばにいていい?」 「いいよ」 「よかったぁ……」 新次郎は赤子のような微笑みを浮かべ――サニーのネクタイに手を伸ばして素早く解いた。 周囲の空気が一気に零下まで下がる。 「えっと、あの、大河くん………?」 「サニーさぁん……好きー」 と言いつつ新次郎は目にも止まらぬ速さでサニーのスーツを脱がし、シャツのボタンを外し、ベルトを外しズボンを脱がし―― 「って、大河くんっ、ちょっとちょっとちょっとちょっと!?」 「えへへぇ……サニーさぁん……」 微笑みだけは天使のように、新次郎はわずか数秒でサニーをパンツ一丁に剥いてしまった。サニーと新次郎をのぞけば全員女なこのパーティー、周囲からきゃーっと悲鳴が上がる。 「新次郎っ!」 なにをするんだかよくわからないけど新次郎を止めねば! と勢い込んで近づくジェミニ――それに新次郎はあの微笑みを浮かべたままふらふらっと近づく。 「まずい、ジェミニ、退がれ!」 「え……きゃーっ!」 今度はジェミニにしっかり新次郎は抱きついていたのだ。周囲の空気が凍りつく。 「ねぇ、ジェミニ……ぼくのこと、すき?」 「し、し、し、新次郎っ………」 「すき………?」 潤んだ瞳で、熱っぽい表情で、そう訊ねる新次郎に、ジェミニはかーっと頭に血を上らせて答える。 「そ、そりゃ、ボクだって、新次郎のことは、すごく大切な仲間だって思って……それに、なんていうの、男の子としてもさっ、なんていうか……いいかなって思うときもあったりするけどさ、そんな風に真正面から聞かれると……」 「すき………?」 「し、し、新次郎……」 「待て、ジェミニ、答えるな!」 「うん、その………すき、だよ?」 「よかったぁ……ぼくもジェミニのこと大好きー」 えへへぇ、と笑いつつ――今度はジェミニの服の紐に手がかかった。凍りついていた周囲の空気が一気に沸騰する。 「キャ――――――ッ! し、し、新次郎っ!?」 「ジェミニぃ……すきー」 「な、な、な、なにやってるんだこのバカっ! 離れろっ!」 「サジータさん……ぼくのこと、すき?」 「え、い、いや、その、急に言われても……」 「サジータ、なにをうろたえてるの! 大河くん、しっかりしなさい!」 「ラチェットさん、ぼくのことすき?」 「え、な、急に馬鹿なこと聞くんじゃありませんっ!」 「ぼく、馬鹿? ぐすっ……」 「え、いえ、違うの、そういうわけじゃなくて……ダイアナ! 昴! 助けてちょうだい!」 「……やれやれ」 昴はふぅ、と息をつくと、新次郎に近づいて彼をぐいっと自分の方に引き寄せた。 新次郎は当然うるうる瞳と熱っぽい表情で昴に抱きついてくる。 「昴さんっ、昴さんっ。昴さんは、ぼくのこと、すき、です、か……?」 昴はくすり、と笑って新次郎の顔をくい、と扇で持ち上げた。 「そういうことは、素面の時に言ってもらいたいな」 「昴さん……ぼくのこと、嫌いなの?」 ふぇっ、と泣きそうな顔になる新次郎に、昴はすっと顔を近づけた。 「――君ほど僕の心を心地よく乱す人間を、僕は知らないよ」 すぅっと、唇が触れるのではないかと思うほどに顔が近づき、新次郎は上気した顔をますます赤くしてどこかうっとりと目を閉じ――― とんっ、と昴が新次郎の首の後ろを突いたのと同時に、ぐったりと倒れた。 「――やれやれ。いちいち手をかけさせる奴だ」 ひょい、と新次郎をソファに寝かせ、昴は微笑んだ。 「まぁ、君の酒癖を見ることができたのは楽しかったけど――今度は二人っきりの時にしてもらいたいな」 そう言ってつんっ、と扇で鼻をつつく昴に、「もとはといえばあなたのせいでしょう!」というラチェットの怒号が炸裂したが、新次郎は幸せそうにむにゅむにゅ言っているだけだった。 翌日、楽屋で目覚めた新次郎は、頭痛と吐き気に耐えながら、「昨日なにがあったんでしょうか」と会った人に訊ねて回った。 そしてほぼ全員に「あんたはもう酒を飲むな!」というようなことを言われ、ぼくはいったい何をしたんだろうと首を傾げたのだった。 |