窓から月明かりのさす書庫で、亜麻色の髪を後ろで縛った少女がひどく古ぼけた本をパラパラとめくっていた。 よくよく見ればその古ぼけた本はクリアファイルで、中にはヒエログリフ(聖痕文字)で何事かひどく長々と記述されたパピルス――古代エジプトから伝わる伝統の製法で作られた紙――が一見無造作に挟まれている。酔狂なことに、古びた感じのした本の背表紙をわざわざクリアファイルに綴じなおしてあるらしい。 冷静な、というより無表情な顔でぺらぺらとクリアファイルをめくっていた少女の手がふと、止まる。 少女の冷たく冴えた瞳が新しくめくった一枚のパピルスを凝視した。形のよい唇が開き、その隙間から言葉が漏れる。 「……ほう?」 感心したような響きだった。 「エジプトに宇宙人の残した局地地震発生装置が眠ってるぅ?」 栗色の髪を上で二つに分けて結んだ少女がいかにもうさんくさそうに眉を寄せて言った。 「なにそれ。千影ちゃん」 「情報だよ。世界征服のための」 千影と呼ばれた亜麻色の髪を後ろで結んだ少女は、冷静な表情で言う。 ここは会議室のように見えた。 直径10m近い円形の部屋に、同じく完全な円形の、一本の木から削り出したと思われる全く継ぎ目のない大きく頑丈そうな机が置かれている。机には十三個椅子が備え付けられており、その椅子の前にはコンピューターの端末がそれぞれ設置されている。 その椅子に座っているのは、十二人の少女たちだった。 いずれも若い。十代前半から半ば、というところだろう。 だが、彼女たちはただの少女たちではない。 将来世界を征服する(かもしれない)少女たち、シスター・プリンセス″なのだ! ここはシスター・プリンセス(以下シスプリ)の会議室なのである。シスプリの最高幹部である(他にもスタッフは山といる)彼女たちの会議は常に十二人で行われ、その内容が外に漏れることは(基本的に…)ない。 本来なら十三番目の席の主人にも参加してほしいところであるが、彼が会議に参加したことは一度としてない。 シスプリの会議の内容は、十三番目の席の主人には絶対秘密なのだ。 彼女たちの、世界の誰より一番大大大好きな兄″には。 「情報…ってさ。そんだけじゃなんのことか全然わかんないよ。ねぇ咲耶ちゃん?」 いかにも元気そうなスポーティな格好をした少女が隣にいた栗色の髪の少女に話を振る。 このスポーティな少女の名は衛という。 咲耶と呼ばれた栗色の髪の少女は大きくうなずいた。 「そうよ。大体なんなのその宇宙人って。トンデモ話?」 「トンデモ話ってなに?」 「元は単にトンデモなく奇妙な話をさす言葉だったのデスけど、いつのまにか宇宙人とか電波とかヤバイ人系の話をさすようになった話のことデス。チェキ!」 栗色の髪のロリロリした格好をした少女に尋ねられ、茶色の髪の少女が無意味に決めポーズをとった。ロリロリした少女は雛子、茶色の髪の少女は四葉である。 「これはそういった類の話ではないよ。志須田家の書庫にあった資料から見つけてきたんだ、かなり信憑性はあると思う」 「でも、宇宙人っていうのはいくらなんでも……」 そう言ったのは明るい色の髪をしたバトンを小脇に抱えた少女であった。 彼女は花穂。 「地球外生命体が太古の昔から何度も地球に訪れ地球の歴史に影響を与えてきたというのはその筋では常識だよ」 「…どの筋?」 「これをどう判断するかは君達しだいだが、それなりの信憑性はあるということは覚えておいてほしい」 『うーん……』 千影の他の少女たちは考えこむ。 「志須田家の蔵書の中から見つかったのでしょう? それなら全くの駄法螺というわけではないと思いますけど」 黒髪を後ろで縛った和装の少女が言った。 名は春歌。 「局地地震発生装置というものがあれば、制圧並びに経済戦略に極めて大きな力を得ることは確かですわ……」 黒髪に眼鏡の少女が眼鏡を押し上げつつ言う。 彼女は鞠絵という名を持っている。 「うーん……でも宇宙人っていうのがいくらなんでもうさんくさいっていうか……」 「怪しさ大爆発ですのね」 咲耶に合いの手を入れた巻き髪の少女。 白雪という。 「うーん……」 それぞれに腕組みやら何やらをして、考えこむ少女たち。 しばしの間を置いて、亜麻色の髪を編んだ少女が声をかけた。 可憐という名の少女である。 「ねえ…みんな? もうすぐ夏休みよね?」 「? …そうね」 「お兄ちゃんの大学も、夏休みよね?」 「そうだね。それが?」 「うん。最近お兄ちゃんと旅行すること、ないなあって思わない?」 その言葉に少女たちはほわんと夢見るような表情になる。 「そうよねー…お兄様いっつも忙しいって言って誘っても受けて下さらないんですもの」 「ヒナおにいたまと遊びに行きたい……」 「一緒に泳いだりジェットスキーとかしたいよねー」 「そうでしょう? だから思ったの。これをきっかけにしたらお兄ちゃんと一緒に旅行できるんじゃないかって」 おおおぉっ。少女たちが沸いた。 「そっかー! それいいかも! これをネタにして説得すれば、あにぃも……」 「旅行に来て下さるかもしれませんわね!」 「よーっし! アタシ賛成に一票! 宇宙人のテクノロジーってのに興味もあるしね」 そう行った少女は髪をショートカットにしてスパナを持っている。 鈴凛という名だ。 「花穂も賛成!」 「姫もですの!」 次々と少女たちは賛同の声を上げる。 「亞里亞ね……兄やとお旅行に行きたい……」 最後に銀髪のフリフリのドレスを着こんだ少女が言った。 彼女は亞里亞というのだが、とにかく最後の一人も賛成したのを見て咲耶がにっこり笑った。 「よし! じゃあ決定ね。私達は宇宙人の残した装置をきっかけにしてお兄様とエジプト旅行に行くことにします!」 『異議なし!』 「お兄ちゃん(以下略)、可憐(以下略)と(ご)一緒に旅行行かない(行きませんか&行かないかい&行かないデスか)?」 「は……?」 十二人揃ってキラキラした瞳で見上げられ、妹たちのお兄ちゃん(以下略)であるところの兄一はあっけに取られて口を開けた。 兄の通う某有名国立大学の構内。ゼミ用のやや狭い教室。 そこにいきなり美少女たちが十二人も現れたのだから視線の集中放火を浴びるのは当然といえば当然だった。 「お前らな……大学には来るなっていつも言ってるだろ?」 「だってだってだって、待ちきれなかったんだモン!」 「申し訳ありません兄君さま…でも早くしないと兄君さまにご予定が入ってしまうかもしれないと思いまして……」 「お兄ちゃま…一緒にエジプト行かない?」 「実はとんでもない情報が入りまして……」 「下手をするとこの地球そのものが危ない状況になってきてしまったんだよ、兄くん」 「ああもう、わかったから! 最初から一人ずつゆっくり話してくれよ!」 周囲から興味深げな視線を投げかけられたりクスクス笑い声がしたりしているのがわかり、兄はうろたえつつも妹たちを制した。 既に教室の入り口には人だかりができはじめている。当然と言えば当然だが、この可愛い妹たちはこの大学ではかなり有名だった。ことあるごとに兄のところへ(揃っての時もあるし別々にのときもあるが)現れるからである。 その度に兄は可愛い可愛い妹たちに悪い虫が付かないよう四苦八苦しなければならないし、後で死ぬほどからかわれるのは確実だしなので、妹たちに大学に来ないようよーっく言い聞かせておいたのだが、妹たちはその気になったら兄のいうことなんぞ聞きゃしないのだった。 「えーっと、ね……」 「お兄様、数日でいいのだけれど空いた日が取れないかしら?」 「一緒にエジプト旅行へ行かない? って誘いに来たんだけど」 「エジプトォ?」 兄は困惑した声を出した。 「無理だ。俺の家計にそんな余裕はないし、大体休みはバイトの予定がぎっちり詰まってるし……」 とたん、入り口の人だかりからブーイングが飛んだ。 「お前には人の心がないのかー!」 「こーんな可愛い妹ちゃんたちの誘いを断るなんて、それでも人間かー!」 「妹ちゃんたち、そんな薄情な兄ちゃん捨てて俺の妹にならないかー?」 「外野うるさい!」 一喝して喧騒を静めると、兄は妹たちに向き直った。 「悪いけど、本当に無理なんだ。そういうことだから……」 「待つデス、兄チャマ!」 「あのさ、実はアニキにどーっしても助けてほしいことができたんだ」 「助けてほしいこと?」 「兄上様、申し訳ありません、ちょっとお耳を……」 言われて中腰になって耳を寄せる兄に、かわるがわる妹たちが話しかける。 「あのね……エジプトで某国が局地地震発生装置を開発してるって情報が入ったの……」 「局地地震発生装置?」 「うん。既に実用段階に入ってて、完成後はそれを利用した都市制圧も計画されてるらしいの」 「そんなこと……できるのか?」 「原理的にはそう難しくないよ、要はプレートを刺激すればいいだけだもん。後はエネルギー量の問題。それをどう解決したかまではわかんないけどね」 「だから私達、その某国の企みを阻止するために立ち上がったのよ!」 「お願い、お兄ちゃん、可憐たちを手伝って?」 当然、某国がうんぬんという話は全くの嘘だ。 正義感が強く、面倒見がよい兄を引っ張り出すべく全員で考えた作戦である。 案の定、兄はうっと言葉につまった。かなり効果があったようだ。 「いやでも……旅費もないし……」 「旅費のことなら心配いらないわ、うちの自家用飛行機を使うから。向こうに行ってからの車も用意させておくから」 思わず『ブルジョワめ……』と心の中で呟く兄。 「…エジプトなんて暑い国、鞠絵の体によくないだろう。避暑に行ったほうがいいんじゃ……」 「ありがとうございます兄上様。心配していただけて、わたくしとっても嬉しい…でも大丈夫です。わたくしも最近かなり丈夫になってきたし、空調の聞く車内にいればどんなに暑くても問題ないですもの」 にっこり嬉しげにわらって言う鞠絵。 「第一! そんな危ないことお前らにさせられるわけがないだろう!?」 「でもお兄ちゃま。もし花穂たちが某国の陰謀を打ち砕かなかったら何千何万って人たちが泣くことになるんだよ?」 「うっ…だが何もお前達がやらなくても……」 「ボクたち以上の能力と志を持った人たちなんてこの世にいないよ! ボクたちがやらなきゃいけないんだ!」 「…しかし…」 ぼそぼそと耳打ちで話していた兄妹だったが、ささっと妹たちが兄を取り囲んで顔を見上げた。 「お兄ちゃん(以下略)、可憐(以下略)と(ご)一緒に旅行するの、イヤ(語尾変化略)……?」 「……」 兄ははーっ、と溜め息をついた。 「わかったよ。一緒に行くよ」 『やったぁっ!』 飛び跳ねる妹たち。外野がわーっと拍手をする。 「ただし! ちゃんと夏休みの宿題は持っていくんだぞ! 旅行中でも毎日勉強はするように!」 「うん! もっちろん!」 妹たちは兄に取りすがり嬉しげに笑いつつ言った。 『お兄ちゃん(以下略)、だーい好きっ!』 「やれやれ……」 兄はポリポリと頬をかいたが、その顔はやはり満更でもない顔だった。 |