前回の冒険での経験点は、
・最大の障害がモンスターレベル8のアンデッド・ナイト。
・倒した敵の合計レベルは128。
・フィリマは冒険に参加したキャラクターとみなします。
 なので、
・アーヴィンド……4320
・ヴィオ……4330(戦闘中に一ゾロ)
・フェイク……1330(危険感知判定に一ゾロ)
 となりました。
 成長は、
・アーヴィンド:セージ4→5、ファイター3→4。
・ヴィオ:ファイター5→6。
 以上です。
候子は自室で暗殺者を導く
 ――灰の中にいる。
 自分はずっと、生まれた時から、灰の中にいた。周りのなにもかもすべてが、灰だった。薪の燃えカス、軽くつつけば崩れるような、頼りないものしか存在しなかった。
 道を歩く。動くものが目に入る。――それだけで、どうすればそれを殺すことができるかが見える。
 目に入る生きとし生けるものすべての殺し方が自然とわかる。どんな筋骨たくましい戦士も、いかにもいくつもの魔法を操りそうな魔法使いも、どう意識を逸らし、どう刃をねじり込めば死ぬかが見えてしまう。
 そんな頼りないものしか存在しない中で、自分は一人、茫洋とたたずんでいた。自分はすべてを殺せる。だから、誰を殺せばいいのか、思いつかなかった。誰を殺しても、どんなふうに殺しても、同じことのように思えた。
 それで自分は言われるままに殺した。目の前に現れる灰が殺せと言う者を殺した。目の前の灰も、どうすれば殺せるかは当たり前のように見えていたけれど、自分に向けられる言葉に逆らう必然性も思いつかなかったから。
 殺す。血がしぶく。反吐を吐く。小便大便が漏れる。それでも灰は、灰だ。今にも崩れそうな脆いものを崩した。ごく当たり前のことが起きただけだ。
 ……………………。
 灰の中にいる。
 灰の中にいる。
 灰の中に―――
 ――――――――!
 体が震えた。全身が痺れた。思ってもいなかったことが目の前で起きた。
 輝くものが見える。
 灰の中で、ただひとつ、極彩色に輝くものが見えたのだ。自分の体を震わせ、目を向けるだけで体中を痺れさせる、たまらなく眩しく輝くものが。
 ああ――そうか。自分は、あれを殺すべきなのだ。
 たったひとつ、あれを殺すために、自分はこれまで存在し続けていたのだ。

『古代王国への扉』亭に向かう道を、アーヴィンドとヴィオは笑いさざめきながら歩いていた。実際、相当浮き立った気分だったのだ。
「はーっ、でもさー、俺らも強くなったよなー! なんかいろんなゴブリンがいっぱいいたのにさ、フェイクの手借りないで倒せちゃったし!」
「そうだね……僕たちだけの力で村をひとつ護れたというのも嬉しいし。それに報酬も弾んでもらえたしね。普通の冒険者の仕事をしてきちんとお金がもらえたっていう、ごく当たり前のことではあるんだけど、なんだかちょっと嬉しいよ」
 自分たちが今回受けたのは、ゴブリン退治の依頼だった。よくある依頼ではあるのだが、少し違うのはその数だ。ゴブリンの王種に率いられた、精霊使い種やホブゴブリンも複数存在する、実にその数、百以上にもなる大規模な群れがある村を襲撃したのだ。
 なんでそこまで大規模な群れがオラン近辺の村に現れたのかというと、事件解決後の調査で、その群れが現れた村はずれの洞窟に古代王国期の転移装置が発見されたため、その装置でどこからか転移してきたのだろうと思われるのだが、とにかくそんな圧倒的な数の群れに襲撃され、その村は必死に立てこもって耐えながらオランの冒険者の店へ救援要請を送った。そして、その要請に応えるべく選ばれたのが自分たちなのだ。
 理由としてはまずなによりも、フェイクがその村に行ったことがあるので本来なら一週間近くかかる移動時間の浪費をなくせるからなのだが、のみならず自分とヴィオの能力に対する信頼もあってのことらしい。押し寄せるワイトの群れから村を護り、不死の騎士を相手取って一体は無事倒した、という話を聞いて、『古代王国への扉』亭主人のランドは自分たちが相当の強さを有する、と認識を改めていたのだそうだ。
 そしてフェイクと共に転移した自分たちは、ヴィオの野伏の技と精霊使いの術、そしてフェイクの使い魔でゴブリンたちの偵察を行い、主にアーヴィンドが作戦を立案してゴブリン退治にかかった。百を超えるゴブリンと戦うというのだから村人たちは自分たちも戦わせられるだろうと覚悟を決めていたようだが、情報を精査して、うまくいけば自分たちだけで対処が可能だと踏んだのだ。
 そして結果は大成功。要は地形と罠、それに魔法を利用した分断と各個撃破、加えて奇襲と火責めというごく当たり前の戦術だったのだが、予想以上に図に当たってフェイクに労を取らせることもなくゴブリンたちを掃討し終えることができた。
 村人たちには涙ながらに感謝され、たっぷりと報酬を弾んでもらえたし、魔法装置のことを賢者の学院に報告して礼金をもらうこともできた。正直ちょっと浮かれたくなるくらいうまいこと尽くしの一件だったので、アーヴィンドとしても(調子に乗るのは禁物、と自らを戒めつつも)、今回は自分なりに成すべきことを成せた、と嬉しくなっていたのだ。
 フェイクは魔法装置についてもう少し詳しく聞きたい、という賢者たちに捕まってまだ賢者の学院に残っている。なので自分たちは先に『古代王国への扉』亭に帰って、冒険の成功を祝った小宴会の準備をするつもりなのだ。報酬の合計はかなりの額になったので、そのくらいはしてもいいだろう。
 ヴィオに魔法の武器を買うための資金としても大きく前進したし、魔晶石を買い足す余裕もできそうだ。生活費も少なくともしばらくは心配する必要はない。安堵と喜びの心を楽しみながら、大切な仲間と家路を歩く――
 ――瞬間、なにか、銀色の光が閃いた。
 ぶしゃあっ!
 なにかが噴き出す音がする。同時にかっと体が熱くなったかと思うと、ざーっと音が感じられるほどすさまじい勢いで冷えていく。それなのに喉は焼けた油を注がれたかと思うほど、焦げるような燃えるような苛烈なまでの熱に支配されている。
 ――数瞬後、ようやく、自分は喉を斬られて血を噴き出しているのだ、と理解した。
「………アーヴっ!!!」
 ヴィオの絶叫が聞こえる。駄目だ、ヴィオにそんな声を上げさせるようなことをしてはいけない、彼――と呼ぶべきか彼女と呼ぶべきかまだ迷うところのある自分の仲間は、自分にとってなにより大切な――などと状況をわきまえずに思考が空転する。
 それでもヴィオを支えなくてはと反射的に手が伸び、ぐらり、と身体が傾く。え、ただ手を伸ばしただけなのに、と思ってから数瞬後、ああ自分は今ひどく体調が悪いのだな、という事実が頭の中に浮かんでくる。
 その情けないよろめきが、アーヴィンドの命を救った。再度閃いた銀閃は空を切ったのだ。けれど流水のごとき動きで体勢を整えたそれ≠ヘ、そのまま舞のごとき美しさすら感じさせる動きで次の攻撃へと移ろうとし――
「戦乙女よ、お前の投槍をぶつけろ!」
 ――ヴィオの掲げた手から放たれた一閃に、吹き飛ばされた。
 一瞬の攻防を呆然と見終えてからさらに数瞬、はっとアーヴィンドは我に返る。血の噴き出す、息をするだけで斬りつけられたような痛みを覚える喉を懸命に動かして、癒し≠フ呪文を唱えた。
「我が神ファリスよ、御身の癒しを………!=v
 ひどく頼りない声だったが、祈りの言葉は神に届いた。アーヴィンドの喉の傷は見る間に癒え、まだ痛みはするものの血もほどんど出てこない状態まで戻る。神の恩寵は体力と同時に精神状態までも回復させ、ようやく頭がまともに動くようになってくる。
 そうしてアーヴィンドは、ようやく自分を攻撃した相手を見つめ――仰天した。
 一見した印象は、『子供』だった。アーヴィンドよりもはるかに小さい、十歳にもならない程度の子供。それが体に釣り合わないほどの大きさのマントを着け、フードをかぶり、覆面までした怪しげな格好でこちらと相対している。
 その腹には、ヴィオの戦乙女の槍≠フ直撃を受けて大きな穴が開いていた。よほど強烈な気迫がこもっていたのだろう、ただでさえ強力な攻撃呪文だというのに、いつもよりさらに威力が増している。
 だが、その子供の姿をした相手は、まったく動じた様子がなかった。半瞬にも足りない間自分たちを見つめたのち、素早く踵を返して走り出す。
 その足の速さは驚異的だった。足の速さには自信のあるアーヴィンドやヴィオでさえもはるかに及ばないほどの素早さで、彼方まで駆け去り姿を消す。
「あっ、こらっ!」
「追っちゃ駄目だ、ヴィオ」
 アーヴィンドは、低く呟いた。ヴィオが仰天したように振り向いて、必死な顔で抗議する。
「なんでだよ! あいつ……だって、あいつ……アーヴを、殺そうとしたんだぞっ!」
「わかってる――だからこそ、今追っちゃ駄目だ。僕たちはあいつが突然放ってきた攻撃に、まともに対応することもできなかった。向こうはもともと正面からの斬り合いが本業じゃない。相手の不意を衝き、隙を狙い、力を出させない状態で勝つ訓練をしている本職中の本職なんだ。街中とはいえ深追いしたら、人込みやなんかで視界が奪われた瞬間にでも攻撃されかねない」
「え……アーヴ、あいつがどんな奴だか、知ってるのっ!?」
「いいや、彼――だか彼女だかの個人情報を知ってるわけじゃない。ただ、相手の氏素性にある程度の見当がつく、というだけだ」
「……どんな奴、なの?」
 おそるおそる、といったように問うてきたヴィオに、アーヴィンドは深く重いため息をつき、告げた。
「暗殺者だよ――グラスランナーの」

 ねぐらに戻ると、いつも自分に誰かを殺すよう言ってくる灰が、慌てて別の灰を呼び、自分の傷を癒してくれた。正直、助かった。あの精霊使いが放った呪文は、自分にとっても相当深い打撃を与えていたからだ。
 あの精霊使いを殺す方法も、もちろん見えてはいる――だが、今の自分にとっては鬱陶しい邪魔者でしかない。自分は殺すべき相手をようやく見つけたのだ。他の灰を相手にしている暇はない。
 そもそも、目標が誰かを連れている時に仕掛けるなどという馬鹿げた真似をしたのがまずかったのだ。しかも往来の、周囲に通る者もいない中でなどと。あの輝かしいものを見つけられた歓喜で正直我を忘れてしまっていた。次はきちんとあの輝かしいものの氏素性を調べ、きちんと正しいやり方で殺さなければ。
 灰がなにやら自分に喚いている。どこでなにをしてきたのだ、誰にやられた、わしに逆らう者には罰を与えなければ。話を聞いているのか、薄汚い犬風情が、貴様などわしの言葉ひとつでどうとでも殺せるのだぞ。
 意味の分からないことを口早に喚き立てる灰を、自分は淡々と眺めた。これはたぶん、自分があの輝かしいものを殺そうとするのを邪魔しようとしているのだろう。そんなことは当然許せないので、殺すことに決めた。
 今自分とこの灰は二人きり。部屋の外には別の灰が何人もいて、この灰が一声かければすぐにでも入ってくるだろう。
 だが、そんなことは殺せるか否かにはまったく関係がない。
 静かに間合いを詰める。相手が近づいてくることを意識できないような穏やかな歩法で。灰はまだ大声で喚いている。聞いているのか貴様、貴様はわしの道具なのだぞ、わしがいなければ貴様はとうてい生きていくことなどできないのだ、わかっているのか。
 だから、軽く跳んで灰の腹に膝を入れた。灰のたるんだ腹に突き刺さった一撃は、一瞬灰の呼吸と動きを止める。
 それから足を払う。灰が倒れる直前に襟首をつかみ、音がしない倒れ方で床に倒す。
 後は喉を短剣で掻き切るだけだ。ぶしゃあっ、と血が噴き出て、体が震え体内に残っていた体液を撒き散らす。それを避けながら立ち上がって、部屋の外に出る。
 外の灰はまともに部屋の中に注意を払わず、立ち話をして笑っていた。殺す必要はないようなので、それらの視界と意識の外で、どちらにも引っかからない動きでそのまま通り過ぎて外に出る。
 まずはあの輝かしいものがどこにいるのかを調べなければ。湧き上がってくる幸福感に、一瞬陶然として目を閉じる。
 ああ、自分はようやく――殺すべきものに巡り会えたのだ。

 がちゃり、と扉を開けてフェイクが入ってくる。一瞬びくりと身を震わせてから、過敏になるな、と自分を戒めた。かなりの確率で長丁場になりそうなのだ、気を張り詰めさせ過ぎていてはもたなくなる。相手はふと気を緩めた瞬間に仕掛けてくるのだから。
 フェイクはずかずかと自分たちの部屋の真ん中まで来て、ぼすん、とヴィオのベッドに腰掛けた。思わず問いかけるような目で見る自分たちに、軽く肩をすくめて告げる。
「今んとこ周囲にはこの部屋見張ってる奴も魔法使ってる奴もいねぇよ。透視≠ニ遠見=A生気感知≠フ重ね掛けで調べた」
「……そう、か」
 ふぅ、と安堵の吐息が漏れる。それからいやいやと小さく首を振った。今はいないのだろうが、敵はいつ襲ってくるかわからない。気を緩めずに、常に一定以上の警戒心を保ち続けなければ。
 座ろうとしない自分たちに、フェイクは肩をすくめて説明する。
「盗賊ギルドと、お前の実家を回ってきた。……が、どちらも大した収穫はなかった。お前の実家は仰天してたぜ。政敵がいないわけではないが、賢者の国オランに侯爵家の嫡子に暗殺者を差し向けるような輩はいるはずがない、ってな。だからそれは自分たちに筋違いの恨みをぶつける下賤の輩に違いない、と向こうでは結論付けたようだが。お前を実家で護衛する、とも言ってたが……どうする? 確かに、侯爵家の屋敷ともなればここよりははるかに護りは堅くなるぜ?」
「……まず情報をできる限り集め終えてから判断するよ。確かに冒険者の店にいては迷惑がかかる可能性が高いし、実家に戻った方がいいかもしれないけれど……戻れば僕はどうしても動きにくくなる。僕が動く必要のある情報が入ってくるかもしれないしね」
「ま、そうだな。続けるぞ。――盗賊ギルドの方は、自分たちは一切関知していない、と主張してたな。アールダメン侯爵家は盗賊ギルドにも相応の金を積んでるから敵対する気なんぞない、そもそも自分たちは暗殺者ギルドじゃないんだから金で命をやり取りする仕事はしてない、自分たちが暗殺者を動かすのはせいぜいが掟破りをした同業者ぐらいだ、ってな。俺の見たところ、嘘はついてないと思う」
「……そう、か」
「ギルドが基本的に金で暗殺者を派遣する仕事はしてないのは事実だしな。もしそれを曲げることがあったなら、巨額の金が動くだろうしどうしたって少しは噂になる。で、俺の持ってる情報の伝手の中にはそんな話はまるで入ってきてない。盗賊ギルドは関係してない、ってのは信じていいと思うぜ」
「…………」
 唇に拳を当て、考える。ならば、盗賊ギルドに属していないもぐりの盗賊だ、というのだろうか。あそこまでの腕の持ち主が? 確かに、グラスランナーには盗賊ギルドとあまり関わりを持ちたがらない盗賊も多いと聞くが――
「が、一応、それなりの手がかりは手に入れた」
「っ!」
「どんなっ!?」
 自分のみならずヴィオも勢い込んでフェイクに迫る。フェイクも退がりもせずに、怜悧な瞳で自分たちを見据えながら話し始めた。
「俺が昔アレクラスト大陸中を巡ってた頃のことなんだが。俺は、かつてファンドリアと呼ばれた場所で、暗殺者ギルドと関わったことがある」
「――――!」
「え……ふぁ? んどりあ、って、なに?」
「……アトン戦役のことは覚えている? その時に滅びた王国のひとつだよ。旧ファン王国が邪竜クリシュの襲来によって滅びた際に生まれた、混沌の国……アトン戦役の際に無政府状態になったところを、ファン王国の生き残りの血を引く王族が治めていた国、オーファンに攻め寄せられて新ファン王国の一部となった……」
「ま、一応そういうことになってはいるな」
「……なにか、僕の知らないことが?」
「ファンドリアと呼ばれた地は、確かにファン王国の一部となった。だが、その内実はさほど変わっちゃいねぇんだよ」
「! ……どういうこと?」
「ファンドリアってのはそもそもが、いくつもの組織が勝手に舵取りをして、暗闘と交渉による綱引きの末にどこかが利権を得る、そんなことをくり返してた国だった。その組織ってのも、国を治めることを主目的としてるところじゃない。商人に、盗賊に、暗殺者に、ダークエルフ。暗黒神の神殿なんてのまで一大勢力を築いてたくらいだ。だから王家だの貴族だの、いわゆる政府に属する奴らは、せいぜいがその機嫌取りをするか、そいつらの思うがままに動かされるのが主な仕事だった」
「――それは、つまり………」
「そう。そもそも無政府状態を造り上げてたのは、そういった組織の連中なんだよ。アトン戦役の混乱で、このままではうまい汁を吸いにくい、ってな。そういう時のために準備しておいた、自分たちがこの国を動かしてるんだと思い込ませた連中を生贄の羊にしてな。暗黒神神殿は、最高司祭までその中に加わるなんて酔狂なことやってたらしいが、まぁオーファンに支配されりゃ自分たちは信仰を禁じられるだろうから当然と言えば当然か。要は、ファンドリアをオーファンに支配させ、その陰で暗躍して新たな政府も自分たちの手の内に呑み込む。そういう算段だったらしいぜ」
「そんな……」
「この話は現地じゃ有名でな。各国の王侯貴族も、少しでも情報に通じてりゃ知ってる話だ。お前の親父さんも知ってるだろうから、貴族の役目を果たすようになってりゃもう教えられてただろうぜ」
「…………」
「とにかく、かつてファンドリアと呼ばれた地は、ファン王国の一部ではあるものの、なんとか支配力を強めようとする政府とその手をすり抜けようとする各種組織との泥沼の争いの中にある。だから治安自体は前より悪化してるんじゃねぇか。政府よりもそれぞれの属する組織の利益を優先するのは前と変わってねぇし。ま、困窮した市民が政府に訴え出た時に保護してくれる可能性は、前より上がったらしいがね。少なくとも、都市外の一般民衆は今の方がいいと思ってるんじゃねぇか。治安が悪化してるのは主に都市部だし」
「………少なくとも、無駄ではなかったわけか」
「まぁどの組織も隠然たる勢力を保ってるのは、前と変わらねぇがね。とにかくだ、暗殺者ギルドも以前と変わらずファンドリアと呼ばれた地には存在する。もちろん偽装はしっかりほどこしちゃあいるが。――で、その中で、俺はある話を聞いた。『グラスランナーの暗殺者を造り出す』って計画についてだ」
『――――!』
 一気に緊張を高めて視線を集中させる自分たちを、鋭い視線で見返しながら、フェイクは続ける。
「グラスランナーってのは生まれついての盗賊と呼ばれるほど、盗賊としての適性の高い種族だ。種族の中にも脈々とそういう技術は継承され続けてるらしいしな。だが、暗殺者に仕立て上げるなんてことは、これまでやられたことがなかった。なにせ、あいつらは放浪するのが人生だからな。ギルド内の機密に関わらざるを得ない暗殺者なんてのにしたら姿を消された時にとんでもないことになるし、そもそも性格的にそんな仕事に向いていないことこの上ない」
「……確かに」
 グラスランナーという種は種族を挙げて陽気、かつ(人間に比して)いい加減だ。秘密を守るのも苦手だし、それに人を殺すことで口を糊することもしたがらないだろう。そもそも縛られることが大嫌いな彼らは、盗賊ギルドであれ暗殺者ギルドであれ、相手が行動を強制しようとするならば気配を察して逃げ出すに違いない。
「だから、その種族的な性格を打ち消したグラスランナーを造れないか、って試みが行われたらしいのさ」
「え………?」
「グラスランナーの夫妻から赤ん坊を奪い、ギルド内で外部から隔離して育てる。赤ん坊の頃から徹底してギルドに従うことを教え込み、グラスランナーの種族的な特性が発現できないようにする。……個人的にゃ、子供を魔獣と合成するのと、さして変わらん方法だと思うが」
「…………そんな、ことが」
 アーヴィンドは思わず絶句した。それは――まさに、その子供の人生を、奪い取ることと同じではないか。
「……それで、その育てられた子供って、どうなったの?」
「全員死んだらしい」
「っ! 全員!?」
「ああ。グラスランナーの種族の血によるものか、それとも赤ん坊から暗殺者として育て上げるってこと自体が無謀だったのかはわからんがな。とにかく計画は大失敗――といっても、元手がさしてかかったわけでもないし、そもそも落ち目の幹部が大逆転を狙って行った計画だからギルド自体にはさして影響はなかったらしいが」
「…………」
「それが五十年ほど前のことになる。その後俺はファンドリアだった地を離れたから、その後については知らん――が、もうひとつネタがある」
「もうひとつ……?」
「ああ。二年ほど前、オランでも有数の富裕な商人、マックギニス家に強盗が入った。護衛は眠らされた上に皆殺し、家人も全員殺されていた。小さな仕事で家を離れていた、三男坊のロッコをのぞいて。――このロッコは、その事件の前に、隊商を任されてファン王国まで行っている。で、商売は無事に済んだものの、盗賊に襲われて得た利益のほとんどを奪われたそうだ」
「…………それは」
「で、ロッコは親の跡を継いで、マックギニスの莫大な財産を独り占めにした。当時はそれなりに騒がれたが、なにせ証拠がまるでない。親戚連中は冒険者を雇って盗賊ギルドにまで探りを入れたが、ギルドは関係を否定。やったとしたらロッコの子飼いの戦力だろうと雇われた奴らは結論付けたが、そうこうしているうちにその親戚連中にまで強盗の魔の手が伸び、一番騒いでいた奴らが護衛ごと皆殺しにされて金品を奪われるという事態に陥った。親戚連中は怖気づいて手を引き、ロッコはそれから悠々自適な遊民生活を楽しんでいたらしい。――昨日までは」
「え……」
「昨日の夜――っつっても数時間前のことになるが、ロッコは殺された。護衛が扉の前で護っている部屋の中で。証拠らしい証拠はまるで残さないままに、喉をきれいに斬り裂かれて。誰にも見られず、知られないうちに。――ちなみに、この喉をきれいに斬り裂かれた≠チてのは、二年前のマックギニス家襲撃の際も、その親戚の襲撃の際にも、共通する死体の特徴らしいぜ」
「―――………」
 アーヴィンドは思わず絶句してから、唇に拳を当て考える。つまり、どういうことだ。そのロッコ・マックギニスという男が自分に暗殺者を放ったと? いや、今は商売もせずに遊民生活をしている男が、なぜ自分を殺そうとするのだ? そもそもなぜ本人が殺されているのか。暗殺者との間に、なにか仲違いがあったというのか?
 そもそも、あのグラスランナーの暗殺者が、ファンドリアと呼ばれた地の暗殺者ギルドで造られ、そこからロッコ・マックギニスの手の内へ流れたとするならば、なぜ今雇い主を殺すのか。時間的に自分を殺そうとした後に殺したことになるが、なぜ後ろ盾を失うような真似を。それは、つまり、その暗殺者が―――
「………フェイク」
 しばしの思考ののち、アーヴィンドは顔を上げた。自分が考えたことが正しいかどうか、確かめねばならない。
「まず、推測が正しいかどうか確かめよう。それと暗殺者に対する情報も仕入れなくてはならない。だから、僕としては僕の両親を引き込むべきだと思う」
「ふん?」
「手に入れた情報を僕の両親に明かし、両親から資金を引き出して……確認なんだけれど、フェイクはまだファンドリアに瞬間移動≠ナきる?」
「そうだな、できるだろう。五十年前から行っちゃいないが、そうそう地形の変わらない場所の心当たりもある」
「じゃあ、暗殺者ギルドから先ほどの計画についての情報を仕入れることは」
「任せとけ。資金が入るなら話の進みも早くなるだろうしな」
「じゃあ、頼めるかな。ただ、僕はオランの屋敷に移動して、そこに籠って暗殺者を迎え撃つから、ファンドリアに跳ぶ前に相手を捕える罠をいくつか仕掛けてほしいんだけれど」
「おう」
「アーヴっ、俺は俺は!?」
「ヴィオは僕と一緒にいて、暗殺者を警戒してほしい。……正直僕一人ではあの暗殺者がまた襲ってきた時に勝てる自信がない。腕前がまるで違う上に、相手はグラスランナーだ。まず魔法は抵抗されると考えるべきだろう。気弾≠ぶつけるにしても、一撃で相手を倒すのはまず無理だ。でも二人がかりなら話はまるで違ってくるし、ヴィオの勘の鋭さも頼りにできる。野伏としての罠も仕掛けられるだろうしね。……頼めるかな」
「もっちろんっ!」
 力を込めてうなずくヴィオに、アーヴィンドも小さく笑みを浮かべてうなずき返す。そう、自分には仲間がいてくれる。いきなり暗殺者に狙われたことに恐怖や不安を覚えないわけではないが、彼ら(という呼称が正しいのかはとりあえずおいておいて)がいれば、こんな唐突かつ意味の分からない状況に放り込まれても戦う気概は自然と生まれる。
 だからこそ、アーヴィンドは気になるのだ。突然自分を襲ったグラスランナー――おそらくは暗殺者としての生しか与えられなかったあの小さな達人は、なにを喜びとして生に立ち向かっているのだろうかと。

 手に入れた情報を整理して、頭の中に叩き込む。対処すべき事項はさほど多くはない。有力な侯爵家の子息、本人は冒険者で司祭級の実力を持つ、仲間にオランでも随一の腕を持つ盗賊と高位の精霊使いがいる。そんなところか。
 自分が情報を集める方法は、基本的に盗賊ギルド等情報を扱う機関に侵入し、書類を盗み見たり会話を盗み聞きしたりといった手段に依っている。当然十全に知りたい情報がなんでも得られるわけではないが、真に殺すために必要な情報は実際に目標のいる場所に侵入してみなければわからないのだから大した問題にはならない。
 あの輝かしいものが普段寝起きしているという冒険者の店に向かう。だが輝かしいものは冒険者の店を一時的に辞しているようだった。実家の侯爵家の屋敷に戻っているらしいという情報を聞きつけるが、侯爵家の屋敷というのがどこにあるのかわからない。
 なので、冒険者の店の主人が寝床に入ったところを奇襲する。眠っている男の上に馬乗りになり、小さく腹に膝を入れて起こしながら、短剣を突きつけて低く告げる。
「アールダメン侯爵家の屋敷の場所を教えろ」
「っ……あんた……まさか、アーヴィンドを襲った暗殺者……か?」
 その言葉を聞くや、自分の体中を甘美な衝撃が襲う。アーヴィンド。あの輝かしいものは、アーヴィンドというのか。自分のことを覚えていたのか。そして他の人間に話してくれていたのか。そんないくつもの事実が、ひどく甘やかな電撃となって、自分の体を痺れさせる。
「……質問を許した覚えはない。早く答えろ。さもなければ殺す」
「……答えれば、殺さない、と?」
「質問は許さないと言ったはずだ。早く答えろ。さもなければお前を殺して他の奴に聞く」
「…………。地図を書きたいんだが、起き上がってもいいか」
「いいだろう。ただし、こちらはお前をいつでも殺せる位置にいるのを忘れるな」
 男は立ち上がり、机の前に着き、さらさらと紙に地図を描いて目的の場所らしき地点に丸をつける。渡されたそれを確認したのち男に向き直り、数瞬考えてからこう告げる。
「このことは誰にも話すな。話せば今度は間違いなく殺す」
「………ああ」
「ベッドに入って目をつむって百数えろ。数え終わるまでに目を開ければ殺す」
「わかった……」
 男が素直にベッドに入り目をつむるのを確認してから、音を立てないまま天井裏から部屋を出る。その間男はまったく目を開けようとしなかった。
 そのことに幾分か安堵を覚える。――ようやく殺すべきものが見つかったのに、どうでもいい灰を殺して、今の幸福な気分を壊したくはなかったのだ。

「ランドさんを、あの暗殺者が………!?」
 思わず漏らした呟きを聞きとがめ、ヴィオが勢い込んで迫ってくる。
「え、なになに、どういうこと!? ランドさん襲ったの!? あいつが!? なんで!?」
「わからない……けど、この手紙を読んだ限りでは……侯爵家の屋敷がどこにあるか聞き出すために、寝ているところに襲撃をかけてきた、らしいんだけど……」
「えぇ……?」
 ヴィオが怪訝そうな顔になる。自分もたぶんそんなような顔をしているだろう。
「え、だって、アーヴの家ってすっげーでかいし、どこにあるかってけっこー有名だよな? この近くの人だったら、だいたいどのへんってわかってるし、神殿の人に聞いたらすぐわかっちゃうよな? そんなこと聞きにランドさん襲ってきたの?」
「少なくとも、口に出して聞かれたのはそれだけだ、とランドさんは書いている。……そして、そのことを誰かに話せば殺す、と脅されたってことも」
「えぇ!? な、なんかそれって……なんか……なんか変じゃないっ?」
「うん、そうだね……。……とにかく、ランドさんは人を介しての書面でとはいえ、危険を冒して僕たちにそのことを教えてくれたんだ。ランドさんとしては、店の冒険者の命に関わる情報を漏らしてしまったことで忸怩たる想いがあるからあえて教えてくれたらしいけれど」
「でも、それって別にランドさんが断っても他の誰かから聞き出せちゃうよな?」
「うん、断固として教えないなんて言っても無意味だから素直に教えた面はあると思うけれど。とにかく、ランドさんには改めてお詫びとお礼をしなくちゃならないな……父上たちからもお礼をしてくれるよう働きかけはするけど、僕たちも僕たちなりになにかお礼をしないとね」
「そーだなっ!」
「まぁ、もちろんこの危機を脱してからの話ではあるんだけれど」
「んー、そーだな。でもそれはそれで頑張るぞ! って気合が入るからなんかよくない?」
「うん……そうだね」
 そんな会話を交わしながらさらさらと返事を書き上げ、部屋を出て応接間に向かう。そこで待っている使者に、返信を渡してできる限り丁重に挨拶した上でお帰り願う。渡した返信は何人もの人間を介した上で、ランドの元へと届けられるだろう。
 それからすぐに自分たちの部屋に戻る。アーヴィンドたちは、ここ数日、ずっとオラン郊外のアールダメン候家の屋敷の離れにこもりっぱなしなのだ。
 食事も部屋で取るし、応対しないわけにはいかない相手でもなければアーヴィンドを訪ねてきた客にはお引き取り願っている。部屋を出るのはせいぜいが風呂と用を足す時ぐらい。とにかく徹底して引きこもり、暗殺者に隙を見せないようにしているのだ。
 離れの周囲には、天井裏やバルコニーなど、盗賊が侵入経路として使いそうな場所にはフェイクが罠を仕掛けていってくれている。木陰や茂み等の、野外の人が身を隠せそうな場所にはヴィオが野伏の技で罠を仕掛けてくれた。
 とにかくできる限り罠を仕掛けた場所に引きこもり、暗殺者を待ち受ける。それがフェイクが戻るまでの自分たちの基本戦術だった。フェイクが情報を持ち帰って来てくれれば打つ手も考えつけるだろうが、なぜ相手が自分を殺そうとしたのかも、手口の傾向もわからない今は、それぐらいしか手が思いつかない。
 アーヴィンドの両親は、侯爵家の人間としての仕事も忙しいことだろうに、離れの周囲に警護の人間を何十人も配備した上で、日に一回は自分の様子を見に来てくれている。それはありがたい話ではあるのだろうが、アーヴィンドとしては正直別のところに気と金を使ってほしいところではあった。フェイクとヴィオに情報収集のための資金と、自分の命を護る報酬を出してくれたのは非常にありがたいのだが、あそこまでの達人に対して人海戦術は効果が薄いことを、両親はあまりわかっていない気がするのだ。
 もちろん魔法使いが数十人攻撃呪文を一斉射すればたぶん気絶はさせられるだろうが、そもそも相手は暗殺の達人だ、そんなまともに兵を展開できる状況はそもそも作らないだろう。暗殺者というものは、真正面からの戦いではなく相手の虚を衝き意識の間隙を狙うことを是とするものなのだ。
 つまりそれは逆に言えば、両親が暗殺者を(少なくともあまり優秀な≒何度も任務をこなしている)飼っていないということの証左でもあり、少なからず安心する材料にはなったのだが。暗殺者への対策としては、傭兵の一団というのは、正直不適材不適所という気がするのは否めない。
 それでも自分を狙う難易度を上げる役には立つだろうし、相手の取る手を狭める役には立つので無意味ではない、とは思うのだが。十全の信頼を置けると思うのは、アーヴィンドとしてはやはり、フェイクやヴィオの罠と、ヴィオの勘という仲間びいきとも取れるものになってしまう。
 ヴィオ自身は『あそこまですごい腕の奴が相手だと、罠で捕えるどころか動きを捉えられる自信もあんまりないなー』と眉尻を下げていたのだが、野伏の技術は街を主戦場とする暗殺者には馴染みがないものだろうし、なによりいざ戦いになった時ヴィオの精霊使いとしての技はこの上なく役に立つだろう。昼間なら戦乙女の槍が相手に数発で致命的な打撃を与えるだろうし、夜間なら知られざる生命の精霊に呼びかけて傷や毒を治療できるはずだ。
 いざという時のためにヴィオの健康回復≠最大限まで強化するために、両親に資金を出してもらって大きな魔晶石も買ってもらった。できる準備はすべてした、はずだ。……両親に資金面の援助を頼んでしまったのは、アーヴィンドとしてはどうしても口惜しさを感じずにはいられないのだが。
 だが命の危険がある時にそんな口惜しいだの忸怩たる想いがだの言っている余裕はない。助かりたいのならば下げられる頭はすべて下げて、できる限りの助けを得るのが人として、というか冒険者としての自分の誇りだ。泥を啜ってでも生き延びる、というくらいの生き汚さは貴族の身にはふさわしくないかもしれないが、冒険者としてはこれ以上ふさわしい矜持はないだろう。
 向こうがどんな手を使ってくるにせよ、たとえ相手が自分よりはるかに高い技術を持っていようと、できる小細工は全部やり、使える手は全部使って、みっともなくともかろうじてでも生き延びる。それが今の自分にとっては、まさしく正義≠ネのだ。
 あの人はこんな自分を見てどう思うだろうか、とちらりと考えて、すぐに苦笑する。それこそあの人にとっては、自分のような木端の考えることなどどうでもいいことに違いない。

 これまで繰り返した試行の数々を振り返り、結論を下す。――今、あの輝かしいものがいるあの場所には、盗賊がいない。
 自分は周囲や屋敷の中に張り巡らされた罠はすべて慎重に避け、痕跡を残さず調査を進めてきた。だから、向こうは自分がまだ下調べをしている段階と思っている可能性もあり得る。
 だが、罠を新しく張り直すことがまるでなく、盗賊ギルドの方にも新しい動きがないということは、おそらく向こうは盗賊に自分の裏を探らせているのだろう。真っ先に盗賊ギルドを一度当たってから動きが見えなくなったということは、この街を一度離れているのかもしれない。
 そんなことには意味がないのに。自分はただ、あの輝かしいものを、自分の全力を尽くして殺したいだけなのに。
 だからここまで時間と手間をかけて、ゆっくりゆっくり、舌の上で転がすようにこの濃密な時間を楽しんできた。あの輝かしいものを手の内に収めるという、甘美な仕事を味わってきた。
 けれどそろそろ動くべき時だろう。侵入経路も殺害方法も充分に吟味した。これ以上は無駄に時間をかけることになる。それが仕事にどんな悪影響を及ぼすか、これまで自分は他人の仕事でさんざん見てきた。あの輝かしいものを殺すという、自分が生まれてきた唯一の意味である仕事で、そんな無様な姿をさらすわけにはいかなかった。そんな醜態をあの輝かしいものに見られたらと思うだけで、体中に痛みにも似た戦慄が走る。
 ああ――と、自分は声に出さずに呻く。もう終わりなのだ。あの輝かしいものとの時間も、自分の生も。
 自分は輝かしいものを殺したら、すぐに自分の喉を掻き切るつもりだった。自分の生きた意味を果たしたのに、それ以上無駄に生きるなど馬鹿馬鹿しいにもほどがある。それに、あの輝かしいものと一緒に死ぬのだと思うと、ひどく甘やかな疼きが全身を支配するのだ。こんな、これほどまでに素晴らしいものを、自分は味わい、噛みしめながら死ぬことができるのだと思うと、自分の生がそこまで価値のあるものなのかという驚きすら覚えてしまう。
 殺そう。その言葉と意志を、ひたすらに甘美なものとして噛みしめながら、自分はゆっくりと立ち上がった。

「相手の素性、割れたぜ」
「――本当に!? あ、いや、修辞技法上のものとはいえこんな言い方は失礼か。さすがフェイクだね」
「うんっ! すっごいよフェイク!」
「そこまで大したことしたわけじゃねぇさ。あれだけの資金がありゃ、普通に仕事してるだけでたいていのネタは引っ張り出せる」
 夜。アーヴィンドの部屋の中に瞬間移動≠オてきたフェイクを出迎え、自分たちは作戦会議を始める。基本的にフェイクは夜には一度こちらに戻ってきて進捗報告を行っていたのだが、ここまではっきり言い切ったのならばたぶん得られる情報はすべて得てきたということだろう、改めて作戦を決定しておかねばならない。
 夕食の時間はもう過ぎているが、厨房に頼んで軽い食事と飲み物を用意してもらう。食事を作っている間も(迷惑を承知で)ヴィオと一緒に絶えず見張り番に立ち、薬が投入されないよう確認して、自分の手で部屋まで持っていく。食事に薬が入れられる危険性に気づき、念には念を入れて可能性を潰しているのだが、当然ながら厨房の人間や侍女たちには評判が悪い行為だった。
 アーヴィンドとしても悪いとは思うが、実際に命に関わる以上なりふり構ってはいられない。周囲に気を配りながら無事部屋まで戻り、食事を終えたフェイクから一緒に軽食をつまみつつ話を聞いた。
「まず、だ。予測は間違っちゃいなかったぜ。今お前を襲ってるのは、ほぼ間違いなくファンドリアの暗殺者ギルドに育てられたグラスランナーだ」
「……やはり、そうか」
「ああ。暗殺者ギルドの記録を調べた。オランの商人、ロッコ・マックギニスに一千万ガメルでそいつの身上を売り渡したって記録がきっちり残ってる」
「……計画は成功していた、ということ?」
「成功ってわけでもなかったらしいな。なにせ生き残ったのはその暗殺者……ギルドじゃ名前を付けずに七十五番って番号で呼ばれてたらしいが、そいつだけだったらしいから。全員で百人以上集められたグラスランナーの赤ん坊の中でな」
「…………!」
「生き残ったそいつは、暗殺者としての英才教育を施され、おそろしく優秀な暗殺者に成長した。グラスランナー的な資質はまるでなく、言われたことにまったく逆らわずにどんな仕事もやってのける理想的な暗殺者だったらしいぜ。いくつも伝説を聞かされた。衆人環視の中標的を暗殺してみせたとか、人ごみの中歩く標的とすれ違いざまに喉を掻っ切ってみせたとか、聞いただけでもまるで隙の見当たらない厳重な警戒の中標的を殺ったとかな。男だったそうだが、グラスランナーな分色仕掛けなんてもんもしようがない、優秀な道具だったとほざいてたぜ」
「…………」
 フェイクの言葉に唇を噛み締めて考え込む。やはり、まず間違いなく、自分を襲ってきたのはその七十五番と呼ばれていたグラスランナーだ。すれ違いざまに喉を掻っ切るなんてことができる腕の持ち主がそうそう転がっているわけがない。
 だが、彼以外の赤ん坊は全員死んだという過酷な環境で生き延びてきた(グラスランナーとしての種族的な特性に反していたがゆえか、そもそもそのような環境そのものが生物の摂理に反していたのかはわからないが)そのグラスランナーが、なぜ突然、自分の雇い主だった男を殺し、自分を殺そうとしたのだろう。
 ロッコ・マックギニスに自分を殺す動機がなかったことは、両親の調査ではっきりしている。だというのに、なぜ、あそこまで突然に――?
「なーなー、フェイクー」
「なんだ」
「あのさ、そんなにすごいあんさつしゃ? だったならさ、そのあんさつしゃギルドではすごい役立ってたんだろ? なのに、なんでそのあんさつしゃギルドはさ、いきなりそいつ売っちゃったの? いっくら一千万ガメル払ってくれるって言ったってさ、一度っきりのお客なのに」
 はっ、とアーヴィンドは顔を上げた。確かに、そうだ。そこまで役立つ手駒ならば、政府と敵対している旧ファンドリアの暗殺者ギルドにとってはこの上ない道具なはず。なのになぜ、おそらくは一見の客だっただろうロッコにそんなことを?
 双方向からぶつけられた疑問の視線に、フェイクはかりかりとこめかみを掻くと、小さく肩をすくめて応えた。
「そいつが便利な道具でありながら、おそろしく危険な道具だってこともわかったからさ」
「………? どういうこと?」
「別に難しい話じゃない。単に、その七十五番がどんな命令にも必ず従う%zだってわかったからさ」
「………? ………、! まさか!」
「そう。その七十五番ってグラスランナーはな、どんな奴の命令にも従うんだ。誰かを殺す命令でありさえすりゃあな。そいつを教育した暗殺者ギルドの教導官だろうが、そいつの上司のギルド幹部だろうが、たまたま行き会った標的以外の人間だろうがな。それが知られて問題を起こし、もう組織の中に置いておくのはまずいと衆議一決しながらも、計画にかかった予算と時間を無駄にするのは惜しくて逡巡している時に、ロッコ・マックギニスが現れて、七十五番の身上を買い取らせてくれと頼んだわけさ。そりゃ当然、できるだけ高く売りつけて元を取りつつ厄介事とおさらばしようとするだろうよ」
「…………」
 アーヴィンドはぐ、と奥歯を噛み締める。もちろん、それは世界に溢れている不条理のひとつにすぎない――が、だからといって従容と受け容れるべきものでもない。赤ん坊の頃から暗殺者としての生のみを与えられてきた、心を壊さざるを得ないような環境にいる者が、邪魔になったからよそに売りつけられるなどという理不尽を自分がそれでよしと受け容れるのは、あまりに傲慢が過ぎる。
 もちろん、自分が今対処すべきなのはその暗殺者の攻勢であり、かつて七十五番と呼ばれたグラスランナーは自分にとってはいわば障害でしかない。それは理解している。仲間たちにここまで迷惑をかけ、助けてもらいながら自分の命以外に手を伸ばすというのも、形は違えどやはり傲慢と称すべき行為だろう。
 わかっているけれども。そのグラスランナーの生は、いくらなんでも、あまりにも――
 と、そこまで考えて、アーヴィンドははっとした。慌ててフェイクに向き直ると、フェイクも忌々しげな表情で小さくうなずく。
「……フェイクも、やっぱり、そう思うんだね」
「それ以外に考えようがないだろうよ」
「? え、なに? どーいうこと?」
「………僕をあの暗殺者が襲ってきたのは、僕にかけられたアブガヒードの呪いのせいなんじゃないか、ってことだよ」
「え? アーヴの呪いって……会った人たちに欲情されるって呪いだよね?」
「ヴィオ……今は女性なんだから、あまりそういう、その、よく……とかを直截に言うのはどうかと……」
「へ? 違ったっけ?」
「……いや、そうなんだけれどね。確かに僕にかけられた呪いは僕を視認した人を欲情させるというものなんだけれど。なんというか……」
「そういう話は今は置いとけ。要するに、だ。アーヴィンドの呪いは老若男女どんな奴にでも欲情を起こさせる代物だ。で、その七十五番って奴は、人生の要素が暗殺者のものしか、命ぜられた通りに人を殺す仕事しか存在しなかった奴だ。これまで感じたことのない強い情動に混乱して、それをすべて暗殺者の仕事に――標的を殺す殺意に変換したとするなら、一応の筋は通る」
「んーと……アーヴの呪いで欲情したけど、それまで欲情とかしたことなかったから、それまで一番身近だった人を殺そうとする気持ちに翻訳しちゃったってこと?」
「ま、そういうこったな」
「んー、そっかー。んー……でも、なんかさ。それって、なんかすごく、なんていうか……かわいそうじゃない?」
「っ!」
 アーヴィンドはばっと顔を上げヴィオに向き直った。ヴィオは少し驚いた顔をして、「なんか俺変なこと言った?」と首を傾げるが、アーヴィンドはぶんぶんと首を振って小さく口を開ける。
 だが、その感情を――自分と同じことをヴィオが感じてくれているその喜びを、なんと言い表せばよいのかわからずに、口を開けては閉じ開けては閉じというのをくり返す。自分と同じように、自分の命を懸命に守りながら、殺そうとしてくる敵の心を案じてくれることが、アーヴィンドにはひどく嬉しかったのだ。
「……ま、哀れな境遇の相手なのは確かだがな。向こうが本気でこっちを殺そうとしてきてる上に、人を何人殺してもまったく気にしない相手なのは確かなんだ。その上、俺に匹敵する腕の持ち主だしな。哀れんでると、命を失うことになるぞ」
「んー、まぁ、そうなんだけど……」
「……でも、基本方針は間違ってないと思うんだ」
「なに?」
 こちらに向き直るフェイクとヴィオに、アーヴィンドは真剣な口調で考えていたことを語る。
「少なくとも相手がこっちになにを求めているかは分かったんだ。そして向こうの心は、歪んでいたり邪悪に満ちているというより、まだ人としての形を成していない段階だということも分かった。つまり……交渉できる可能性があると思うんだ」
「……まぁ、お前ならそう言うと思ったがな。だが俺としては難しいと思うぞ? 向こうは思考概念に暗殺者としてのものしか存在してないんだ。標的と交渉しようなんぞ思いもしないだろうし、仕事の邪魔をする奴の話を聞こうなんぞという酔狂な真似もしないだろう。実際、仕事の最中によそから命令されてもまったく受け付けなかったから、誰の殺害命令も聞くっていう致命的な欠陥が知れるのに時間がかかったんだからな」
「うん、もちろんそれはわかっている。だけど、彼は僕を殺さなくてはならない義務があるわけじゃない。あくまで僕の呪いに引っかかって混乱して殺意を向けてきているだけだ」
「それはそうだが、種族としての特性を捻じ曲げられて、暗殺者としての生のみを与えられてここまで生きてきた奴だぞ。精神状態がどれほど荒んでるか想像もつかない。少なくともまっとうな人倫だの道徳だのって話はまず向こうには寝言としか聞こえんぞ」
「確かにそうだと思う。でも、なんというか……少なくとも今の彼は、暗殺のためだけの機械じゃない。呪いが原因にしろ、他者に欲情するという初めての感情を与えられている。グラスランナー本来の性質を取り戻しているとは言えないにしろ、人になり始めているとは言えると思うんだ」
「だが、だからといってどうするつもりだ。向こうは問答無用でこちらを殺しに来る、しかも暗殺者としての鍛え上げられた技術を使ってこちらを絶対に殺せる状況に持ち込もうと全力を尽くすだろう。その状況で向こうを殺さずにどうにかするってのはその分こちらの危険度が上がるんだぞ」
「うん……だから、フェイクとヴィオは彼を殺すつもりでいてくれてかまわない、というかそのつもりでいるべきだと思う。ただ、僕は曲がりなりにも至高神の声を聞いた者だ。僕には切るべき切り札がまだ残されていると思うんだ」
「なに……? どういうことだ」
「もちろん、こちらが反応できないうちに殺されてしまってはどうしようもないから、これまで同様に警戒は続けるべきだけどね。こちらが向こうの動きを読み切ることができれば、かなりの確率でなんとかなると思う」
「……おい。まさか……」
 顔をしかめるフェイクに、アーヴィンドは苦笑してうなずいてみせた。
「たぶん、フェイクが考えている通りの手だよ。……彼の心を僕がきちんと理解してあげられたなら、状況をひっくり返す一手になるはずだ。もちろんこんな手は、ヴィオがいてくれるから取れる奇手ではあるんだけれどね」
「おうっ、任せとけって!」
 まだなにも説明してはいないというのに、ヴィオは微塵の躊躇もなくにかっと笑ってくれる。その笑顔の力強さに、この上なく励まされながら、アーヴィンドは策の詳しい説明を始めた。

 闇の中を歩く。目標を目指し、闇の中を歩く。
 自分は闇の中を見通すことはできない。だが、なにも見えない状態で動くことには慣れていた。目標の家屋敷の見取り図はとうに手に入れている、どう動けばいいかはすでに体に叩き込んである。
 辺りをうろついている護衛らしき連中は、殺そうと思えばいくらでも殺せる木偶でしかない。なので放置しておくことに決めていた。連中の意識の向いていない場所を、音を立てずに気配を消して歩けば、こんな木偶たちはどれだけ近くを歩いていても気づかない。
 大きな庭を通り抜け、離れの中へと忍び入る。そこかしこに仕掛けられている罠の傾向はとうにつかんでいた、どれだけ新しく仕掛けようと避ける手間すらほとんどかかりはしない。
 音を立てず、人に見咎められることなく、奥へと進む。目標のいる場所はわかっていた。その部屋の前で立ち止まり、一応罠を確認したのち、静かに扉を開ける。
 そして即座に床を蹴った。部屋の中は闇に包まれていたが、三人、起きている人間の気配があるのを感じ取ったのだ。――その気配のひとつが目標だということも。
 待ち伏せされていたのだ、と理解する。だがかといっていったん退いて新たな機会を待つという気はなかった。自分の暗殺者としての勘が言っている。この目標は、自分を捕えるまで決して油断することはない、と。
 それだけ自分のことを目標が考えてくれていたのだと思うと、身が震えるほどの快感が奔る――だからこそ、今この時に殺さねばならない。これ以上時間をかけてはどうしても無駄に間を引き延ばす要素が入ってくる。自分を想ってくれたこの輝かしいものを、自分の技を尽くし、力を尽くして輝ける一時の内に殺してやらなければ―――!
「シッ!」
 扉の横で待ち伏せしていたおそらくは盗賊であろう男が小剣を振り下ろすより速く部屋の奥へと走る。おそらくは闇を見通す能力を持っている上に自分すらも上回りかねない冴えた技は、下手をすれば自分を一撃で仕留めかねないと思うほどの鋭さを持っていたが、今回は幸い自分の速さが勝った。
 見えたのは金属鎧で身を固めているだろう黒い影にすぎない。けれどわかる。それでもわかる。このたまらないほどの眩しい輝き。身が震えるほどの、体中が痺れるほどの、幸福と快感の源。それこそが、これこそが自分の、唯一の―――
「――――ッ!」
 二つ、自分の両の手から閃光が奔る。金属鎧の隙間を縫って目標の体を斬り裂く。そして同時にその体に、短剣にたっぷり塗り込んだ毒素を注ぎ込む。
 手に確かな手ごたえが伝わってきた。入った、と確信する。金属鎧に身を包んでいても、両手の短剣は確実に目標の喉を斬り裂いた。それでも完全には殺しきれていないだろうが、血中に大量に送り込まれた自分が独自に調合した毒は、闇の刃≠謔闡ャやかに体中に回り生命に打撃を与えるはずだ。
 事実、輝かしいものはかはっ、と血を吐いて倒れ込み――
「――生命の精霊よ、傷を癒せ!=v
 瞬時に傷を癒して立ち上がった。
 横に立っていた精霊使いの力か。だが精霊使いは一度に傷と毒を癒すことはできないはず。この毒は動けば動くほど体中に回って命を削る。毒を癒そうともその一瞬の挙動で命はさらに削られるはずだ。そこにすかさず畳み掛ければ、今度は確実に命を奪える。
「我が神ファリスよ、御身の癒しにて我が身の死毒を取り除きたまえ……!=v
 目標は血を吐きながらも毒を癒す。そこに渾身の力を込めた両手の刃を、
「万能なるマナよ、束縛の雷となりて我が敵を捕えよ!=v
 振り下ろす前に、自分の体を雷の網が取り巻いた。
 馬鹿な。盗賊の動きは確かに自分より遅かった。なのになぜ今度は、自分より早く呪文を――頭のどこかでそんな風に驚愕しながらも、雷の網で鈍る体を動かして、両手の刃を突き出そうとし――そこに、とん、と暖かい手が触れた。
 あの輝かしいものだ。眩しいほどに輝くあの生き物が、こちらに優しく触れながら微笑んでいる。その微笑みは、本当に、たまらなく、今まで存在すらしなかったほどに輝かしい。
 自分より速く動いて自分の体に触れたその輝かしいものは、微笑みながら穏やかに口を開いた。
「―――ファリスよ、この哀れな魂に救済を。世界に相対するための試練を賜りたまえ。他者の命奪うことなく、互いに心通わせ、理解し合い、幸福を得ることを、この者が奪いし他者の命の数だけ重ねさせたまえ―――=v
 朗々と鳴り響く声。頭が痺れるほど柔らかい声。それは自分の中に入り込み、心を包み込み――
 体の神経を直接引き絞るような激痛を与えて、意識を失わせた。

「ふぅ………」
 アーヴィンドは小さく安堵の息をついた。とりあえず、第一段階は無事終わった。
 限界まで魔力を高めた使命≠フ呪文をかけることで暗殺者の行動を封じる。それが自分の作戦の根本だったのだが、それを遂行するためにはそれなりに手間をかける必要があった。
 まず暗殺者が襲ってきやすいように夜は全員で闇の中で待ち伏せをし(今日は月明かりのおかげである程度室内も見通せたが、そうでなければ光≠フ呪文をかけた小石を隠しておき暗殺者が襲撃してきた後に隠し場所を蹴り飛ばして小石を飛びださせ、行動しながら視界を確保するつもりだった)、襲ってきたならばまずフェイクが全員に加速≠フ呪文をかける。そしてヴィオと自分は暗殺者の行動を待ち受け、暗殺者が自分を攻撃した際の傷を癒して毒を消し去る(この暗殺者が特殊な毒を使用するのはフェイクの調べでわかっていたので)。この時自分は解毒≠フ呪文を魔晶石を使ってかけることで、精神力をできる限り残しておく。
 そうやって暗殺者よりもはるかに自分たちの動きを速くして、アーヴィンドはできる限り魔力を強化して使命≠フ呪文をかけ、フェイクとヴィオは全力で動きを封じる。そういう作戦だったのだが、暗殺者が使命≠フ呪文による衝撃で気を失うというのは意外だった。
 アーヴィンドがかけた使命=\―神の御心にかなう達成可能な使命を与え、それに反する行いをした時激痛を与える呪文によって暗殺者に与えた使命は、『他者の命を奪うことなく心を通わせることを奪った命の数だけくり返す』というものだった。使命≠ヘ達成条件も完了条件もできる限り明確にしておかないと発動しないのだが、あらかじめ調べておいた通り、『心を通わせる』というのは明確な達成条件のうちに入っていたらしい。ファリスの慈悲に感謝の祈りを捧げて、アーヴィンドは仲間たちに向き直った。
「とりあえず、彼を縛り上げておこうか。彼に状況を理解してもらうまでは暴れないでいてもらわないと」
「ああ、任せとけ。……しかし、実際問題、お前こいつをどうするつもりだ」
電撃の網≠解除し、武装と体中に仕込まれた道具を取り上げた上で縛り上げていくフェイクが問う。
「使命≠フ呪文は確かにかかった。だがこいつが今までに山ほど人を、直近では自分を暗殺者ギルドから買い上げた商人を殺してるのは間違いない事実だ。罪の償いだなんだって話は俺の領分じゃねぇが、少なくともランドはこいつの声と姿を知ってる。あっさり無罪放免にして終わり、とはいかねぇぜ」
「うん……ランドさんには、事情を話して説得するしかないと思う。これから僕たちと一緒に仕事をすることになるわけだし、顔を合わせないのには無理があるし」
「……本気でこいつを冒険者にするつもりなんだな」
「うん」
 アーヴィンドははっきりと、強い意志を込めてうなずく。これまでに何度も全員で話し合い、それでも変わらなかった結論だった。
「暗殺者として、金で人を殺すことは罪には違いない。だけど、それ以外の生きる道を奪われてしまった者に、その罪をすべて背負わせるっていうのはあまりに一方的すぎると思う。彼に自らの犯した罪を、これまでの生がひどく残酷だったことをきちんと自覚させた上で、これから生きる道を自分で決めさせたい。僕はその力になりたいんだ。……そのためには、やっぱり身近にいないとできないことも多いから」
「だよなー。一緒にいないとできないことっていっぱいあるもん」
 しみじみとうなずくヴィオに、フェイクは眉を寄せて問う。
「で、ヴィオ。お前もアーヴィンドと一緒に、この暗殺者を真っ当な道に引き戻す、ってことでいいんだな?」
「んー、まっとうな道ってのがどんなのかはわかんないけどさ。アーヴが本気の本気でこいつ助けようとしてんのわかるから、それ手伝ってあげたいなって。それに、ひどい育て方された奴をさ、助けてあげるのって、そんな悪くないと思うし」
「悪くはないだろうがな……」
 暗殺者を完全に縛り上げたフェイクは一度言葉を切り、がりがりと頭を掻いて、じっとアーヴィンドを見つめた。アーヴィンドも静かに、だが切実な意志を持ってそれを見返す。
「なんでそこまでやる。こいつが罪を償うようになれるかどうかなんてまるでわからねぇんだぞ。それどころかその気になるかどうかも、日常生活をまともに贈れるようになるかどうかすらもわからん。そんな当てのない、しかもできたところで誰に褒められるわけでもないことを、むしろ事情を知ってる奴らは揃って殺しちまえと言うような奴を、どうしてそこまで必死になってやろうとする?」
「それが僕の信じる神の教えだから……っていうのもあるけれど。それ以上に、それが、かつて僕が受けた祝福だからだよ」
「なに?」
「祝福というか、恩かな。だってフェイクは、僕がどんな目に遭おうと困るわけでもないのに、僕とヴィオが一緒に冒険に出るのを、最初から見捨てずに助けてくれたよね?」
 フェイクは目を見開き、戸惑ったように髪をかき上げる。そんな初めて見る仕草に、もしかして照れてるんだろうか、とこっそり思った。
「や、それは……俺の単なる流儀っつーか、趣味っつーか。意地っつーか……一緒に冒険に出るなら助けが必要な時に助けるのは当たり前だしよ」
「うん、でも僕はすごく嬉しかったし、助かったよ。僕みたいな世間知らずのお坊ちゃんを、見捨てるでなく、かといって教え導くでなく、一人で立てるようにただそばで見守っててくれたよね。一人前の仲間として。それって、ものすごく大変なことだと思うんだ。……だから僕も、かつて僕がしてもらったように、人を助けたい。彼が自分の足で立てるように、そばにいて見守って、彼が助けてほしい時に手を差し伸べてあげたいんだ。それが僕の、せめてものお返しだから」
「…………」
 がりがりがり、とまた頭を掻いて、肩をすくめ、フェイクは言った。
「わかった」
「……ありがとう、フェイク」
「気にすんな。だが、俺の意見は変わってない。殺しちまった方が面倒が少ない、のみならず真っ当なやり方でもある。俺の手は当てにすんな。いいな?」
「うん、もちろん」
 真剣にうなずいて、暗殺者に向き直る。彼が目覚めたら、ゆっくり話をしなければならないだろう。彼の生き方、来し方行く末、自分がこれからどうしてほしいかについて。それよりも先に名前を付けてあげるべきだろうか?
 自分などにそんなことができるか、していいのかにもちろん不安はある。けれど、それでもせねばならない、と思うのだ。
 自分は、アールダメン候子としてしか生きていなかった自分は、かつて(自分の考えるよりは相当乱暴なやり方ではあったけれども)そうやって、生きるための力を与えてもらったのだから。

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キャラクター・データ
アーヴィンド・クラーク・リズレイ・プリチャード(人間、男、十五歳)
器用度 12(+2) 敏捷度 20(+3) 知力 23+1(+4) 筋力 15(+2) 生命力 19(+3) 精神力 20(+3)
保有技能 プリースト(ファリス)7、セージ5、ファイター4、ソーサラー2、レンジャー1、ノーブル3
冒険者レベル 6 生命抵抗力 9 精神抵抗力 9
経験点 451 所持金 1500ガメル+共有財産3470ガメル
武器 ヘビーメイス(必要筋力15) 攻撃力 7 打撃力 20 追加ダメージ 6
ダガー(必要筋力5) 攻撃力 6 打撃力 5 追加ダメージ 6
ロングボウ(必要筋力15) 攻撃力 6 打撃力 20 追加ダメージ 6
スモールシールド 回避力 7
ラメラー・アーマー(必要筋力15) 防御力 25 ダメージ減少 7
魔法 神聖魔法(ファリス)7レベル 魔力 11
古代語魔法2レベル 魔力 6
言語 会話:共通語、東方語、西方語、エルフ語、ドワーフ語、上位古代語、下位古代語
読文:共通語、東方語、西方語、ドワーフ語、上位古代語、下位古代語
マジックアイテム 魔晶石(5点×2、3点×6、2点×7、1点×6)
ヴィオ(人間、性別不詳、十五歳)
器用度 15(+2) 敏捷度 19(+3) 知力 18(+3) 筋力 18(+3) 生命力 21(+3) 精神力 21(+3)
保有技能 シャーマン6、ファイター6、レンジャー4
冒険者レベル 5 生命抵抗力 8 精神抵抗力 8
経験点 2961 所持金 1500ガメル
武器 銀のロングスピア(必要筋力18) 攻撃力 8 打撃力 25 追加ダメージ 9
ロングボウ(必要筋力18) 攻撃力 8 打撃力 23 追加ダメージ 9
なし 回避力 8
銀のチェイン・メイル(必要筋力18) 防御力 24 ダメージ減少 6
魔法 精霊魔法6レベル 魔力 9
言語 会話:共通語、東方語、精霊語
読文:共通語、東方語
マジックアイテム 魔晶石(5点×2、4点×2、3点×5、2点×5)
月の主<tェイク(ハーフエルフ、男、九十歳)
器用度 18(+3) 敏捷度 21(+3) 知力 19(+3) 筋力 10(+1) 生命力 18(+3) 精神力 21(+3)
保有技能 シーフ10、ソーサラー8、レンジャー7、セージ6、バード6
冒険者レベル 10 生命抵抗力 13 精神抵抗力 13
経験点 17941 所持金 財布の中に入ってるだけで10000ガメル程度
武器 月光の刃 攻撃力 16 打撃力 13 追加ダメージ 14
なし 回避力 16
ソフト・レザー+3(必要筋力5) 防御力 5 ダメージ減少 13
魔法 古代語魔法8レベル 魔力 11
呪歌 ヒーリング、レストア・メンタルパワー、チャーム、レクイエム、キュアリオスティ、ノスタルジィ
言語 会話:共通語、東方語、上位古代語、下位古代語、西方語、エルフ語、ドワーフ語、リザードマン語、ケンタウロス語、ゴブリン語、マーマン語、ジャイアント語、ハーピー語
読文:共通語、東方語、上位古代語、下位古代語、西方語、エルフ語、ドワーフ語
七十五番(グラスランナー、男、五十一歳)
器用度 24(+4) 敏捷度 28(+4) 知力 18(+3) 筋力 6(+1) 生命力 18(+3) 精神力 24(+4)
保有技能 シーフ9、レンジャー5、セージ2
冒険者レベル 9 生命抵抗力 12 精神抵抗力 13
経験点 0 所持金 なし
武器 銀の高品質ダガー×2 攻撃力 11 打撃力 5 追加ダメージ 10
なし 回避力 13
高品質ソフト・レザー 防御力 7 ダメージ減少 9
言語 会話:共通語、西方語、東方語
読文:共通語、西方語、東方語