前回の冒険での経験点は、
・最大の障害がモンスターレベル7のワイバーン。
・倒した敵の合計レベルは15。
 なので、
・アーヴィンド……3560(ワイバーンの攻撃防御時に一ゾロ)
・ヴィオ……3550
・フェイク……1050
 となりました。
 成長は、
・アーヴィンド:プリースト3→4、ファイター1→2。
・ヴィオ:ファイター2→3、レンジャー1→2。
 以上です。
候子は仲間と遺跡を探る
 がらん、と扉についた鐘を鳴らしながら、アーヴィンドとヴィオは揃って『古代王国への扉』亭の扉を開けた。走って帰ってきたのでまだ息が荒い。店主のランドが笑って果汁を絞り冷やしたものを出してくれる。
「お前ら、また稽古か? まったく、よく続くな」
「ったりまえだろー? 俺らはもっともっと強くなるんだから。な、アーヴ?」
「うん、そうだね……」
 アーヴィンドは息をぜぇぜぇといわせながら答えた。なにせヴィオは硬革鎧しかつけていないが、アーヴィンドは(実戦に近づけようという意見を取り入れて)金属でできているせいでずっしりと重い薄片鎧(金属片に穴を開けたものを繋げて作成した鎧)を身につけて走りこみも稽古もやったのだ。まだ戦士としても冒険者としてもまだまだなアーヴィンドは、どうしても息が荒くなってしまう。
「お前さんに言ったんじゃねぇよ、ヴィオ。そっちの坊ちゃんに言ったのさ」
「ぼっ……」
「そっちの坊ちゃんは陽が昇る前に起き出してファリス神殿に行ってミサの手伝いしてお勤めして、そのあと賢者の学院で授業受けて、部屋でも礼法やらなんやらの勉強して、それに加えてやっとうの稽古だろ? そんなちんまい体でよくもつな、って感心してんだよ」
「……いえ。両親の反対を押し切って冒険者の道を選んだ以上、研鑽を怠らないのは当然のことだと思っていますから」
 アーヴィンドとしては坊ちゃんという呼び方だのちんまい体扱いだのに猛烈に抗議を申し立てたいところではあったのだが、世話になっている冒険者の店店主に怒るのも気が引ける。一応頭を下げて謝意を示した。
「あーっ、なんだよー俺が怠けてるみたいな言い草してー。言っとくけどなー、俺だって精霊の声聞いたり、お喋りしたり、一人でも稽古したりして頑張ってんだからなっ」
「はいはい、お前さんも頑張ってるよ。……まぁ実際、お前らみたいなガキがよく頑張ってるなとは思うよ。冒険者ってのは普段は酒かっくらってくだ巻いてるようなのが多いからな」
「……それは」
 この一週間でわかってきていたことだったけれども。冒険者の店の主人に言われると、重みが増して複雑だ。
 冒険者たちをならず者として扱う世間の評価に染まる気はないし、この店の冒険者たちはみな実力者でかつ親切な人々ばかりだということもこの一週間で実感している。だが、普段の冒険者たちというのは、仕事のない時間に鍛錬をするよりもぐだぐだと怠けている方が多い、というのも観察して理解できてきた事実だった。
 今朝起きてきた時にテーブルの上で沈没していた男たちは帰ってきた時も変わらず同じテーブルで飲んだくれている。この店で寝起きする大半の人間は陽が高く昇っても起きるよりベッドの中で高いびきということの方が多い。
 つまり冒険者になる前から毎朝陽が昇る前より起き出して訓練に明け暮れていたアーヴィンドにしてみれば、信じられないほど怠け者、という人間がほとんどだったのだ。人にはそれぞれ生活規則というものがあるから、と自分に言い聞かせながらも、衝撃を受けたのは確かだった。
「俺らはそんな怠け者にはならないもーん。一緒にいっぱい稽古していっぱい強くなろうって決めたんだよなっ、アーヴっ」
「……うん、そうだよね。一緒に頑張ろうって決めたんだよね」
「おうっ」
 に、と笑ってヴィオは拳を突き出してくる。やっぱりこの少年は自分の仲間として最上の相手だ。少し照れくさく思いながらもがつん、と拳を打ち合わせ――
 ようとしたらぽんと音を立ててヴィオが女になった。
「っ……」
「あー、相変わらず素早いな……しっかし女になったり男になったり、そんなにころころ性別変えてよく平気だな?」
「だーって生まれた時からこうだもん。ちゃんといっつも対策整えてるんだよ? 胸が膨らんでも痛くないよーにいっつもゆったりした服着たりズボンもゆるいの穿いて痛くないよーにしてさー」
「いや、そういうことじゃないんだが……まぁいいさ。飯の注文は?」
「うんっ、ガーリックトーストと鳥の腿揚げとカボチャのコロッケとたまねぎスープー!」
「僕は、丸パンとベーコンとほうれん草のキッシュ、それから白身魚と岩蟹のスープを」
 アーヴィンドも必死に冷静を装いながら言う。アーヴィンドとしては実は夜になりヴィオが女性になるたびにどう反応していいかわからずどぎまぎしてしまうのだが、ヴィオは男と女で態度を変えるようなことは嫌だろうと懸命に流す努力をしているのだ。成功しているかどうかはわからないが。
 注文を受けて厨房へそれを伝えに行くランドを見送っていると、ヴィオが弾むような調子で話しかけてきた。
「でもさー、前の仕事から一週間くらい経ってるじゃん? そろそろ新しい仕事したいよねー」
「そうだね……いつまでも稽古ばっかりっていうのも、正直面白いものじゃないし」
 まだまだ自分たちが未熟なのはわかっているが、でも少しずつ上達はしてきている。一週間前よりは腕も上がったと思う。そうなると自分の実力を試してみたくなるし、それに。
 あの冒険の、背筋がぞくぞくするような、世界中どこへでも飛んでいけそうな、命を懸けて戦っているのだという感覚をまた味わってみたいと、こっそり思ってもいるのだった。
 あの感覚を冒険者の人たちはいつも味わっているのだろうか。みんなそれに取り憑かれているのだろうか? ヴィオは、フェイクはどう感じたのだろう?
 気になるが、聞けないでいる。ヴィオにそんなもの感じなかったと言われるのが、少し怖くて。
「なら、古代遺跡、行ってみるか?」
「! フェイクさん!」
 こそという音も立てずいつの間にかアーヴィンドが座っている席の隣に座っているフェイクを発見し、アーヴィンドは仰天して声を上げた。腕の違いはわかっているが、気配をまるで知覚できなかったのはやっぱり少しばかり悔しい。
「こだいいせきって、なに?」
「お前、俺が教えてやったことまた忘れやがったな? 古代遺跡ってのは魔法王国カストゥール時代の建築物のことだよ。冒険者なら誰もが一度は挑戦する危険と一攫千金が隣り合わせになってる場所。罠やら守護の魔獣やら、そして宝やらが場合によってはてんこもりの遺跡さ」
「おおー!」
 場合によってはというのはどこにかかるのだろう、と疑問に思いつつもアーヴィンドは声を潜めた。
「古代遺跡の情報が手に入ったんですか?」
 古代遺跡というのは当然ながら一度探索しつくされたら冒険者としての意義はまるでなくなる。なので冒険者たちの間では、未探索の古代遺跡の情報を得るため熾烈な情報戦が展開されていると聞いていたのだが。
「そうじゃないさ。情報を得る必要もないほど有名で、かつ未探索の部分が山とある誰にでも入っていける遺跡があるだろうが」
「へー。どこどこ?」
 にやりと笑うフェイク、目を輝かせるヴィオ。一瞬首を傾げて、アーヴィンドは目をみはった。
「堕ちた都市=c…!」
「ご名答」
 笑顔を崩さないまま優雅に礼をするフェイクに、アーヴィンドはくらくらする頭を押さえた。それは、確かにあそこならば古代の宝は山とあるだろうけれど。
「なーなー、なにそれ? おちたとしってなーに?」
「……古代遺跡の中でも最大の、カストゥール時代には宙に浮いていた都市だよ。今では魔獣や不死なる者の巣窟になっている……冒険者たちの最大の目標であると同時にその中で死んでいった者も数知れない……」
「へー! すっごー、そんなのがあるんだー! なーなー、行っていいの、そこ?」
「ああ、別に許可を得なきゃ入れないってもんでもないからな。入るだけなら誰でもできる」
「その代わり、脱出するにはそれなりの実力を要する……ということですよね」
 じっとフェイクを見つめ言うと、フェイクは軽く肩をすくめた。
「そういうことだな。冒険ってのはそういうもんだろう? だから、行くかどうかはお前らの判断次第だ。冒険者なら一度は行っておけ、って場所ではあるが、むしろそういう場所だからこそ行くか退くかは自分の判断でやれ」
『…………』
 アーヴィンドとヴィオはしばし視線を交わしあった。この一週間共に稽古してきて、少しずつ、なんとなくではあるが瞳を見れば相手の心の動きは伝わるようになってきている。
 瞳から伝わる相手の心の動きはひとつ。瞳のみならず体全体から伝わってくる強烈な冒険心。好奇心と挑戦欲でいっぱいになって、わくわくしているとすぐにわかる熱い瞳の輝き。
 おそらくヴィオにもこちらの心の動きは伝わったのだろう、同時にうんとうなずき、フェイクの方に向き直った。
「行ってみたいです。協力して、いただけますか?」
「俺も! こだいいせきってどんなのか知りたいし、そこで冒険とかしてみたい!」
「……いいだろう」
 フェイクはゆっくりとうなずき、またにやりと笑う。
「じゃあ、飯を食ったら行くとするか」
「え? どこに?」
「もしかして、食事のあとすぐ出発なんでしょうか? すいません、旅の準備をしていないので、支度するまで待っていただけないでしょうか」
「旅の準備なんざ必要ないさ」
 にぃ、と唇の両端を吊り上げたままフェイクは言う。
「軽く跳べばいいだけのことだからな」
「とぶ? どこに?」
 ヴィオはその言葉に小さく首を傾げ、アーヴィンドは目を見開いた。

「……本当にいろんな場所に拠点を持っていらっしゃるんですね」
「ま、これだけ長く生きていればな」
「うわー……全然違う場所だー。やっぱフェイクの魔法ってすげーなっ」
 パダの街、裏通りの一角。そこにある家に跳んで≠ォたアーヴィンドたちは揃ってこそこそと街の外に出た。
 つまり、フェイクの転移≠使ってパダのフェイクの拠点にまで全員瞬間移動したわけだ。オラン〜パダ間を結ぶ『曙光と落日の街道』は人の足でも三日程度の時間しかかからないが、フェイクはその時間すらあっさりと無視してしまったことになる。
 この近辺は素人だけで歩くのは危険だから、とアーヴィンドたちが外に出るのを押し留めたフェイクは、転移≠ノ使用した精神力を回復するためひとつだけしかない寝室で眠りにつき、アーヴィンドたちは部屋の中でできる鍛錬を終えたのち居間のソファで眠った。幸いソファは二つあったので。
 いつも通りに夜明けと共に起き出して、一人軽く体を動かしているうちにフェイクが起きてきて、いつもより無愛想な仏頂面でヴィオを叩き起こし「遺跡行くぞ、遺跡!」とがなったので慌てて準備をして街の外に出たのだが。
「……お前ら、もう少し疑問ってやつを持て」
『え?』
 街の外に広がる廃墟、堕ちた都市≠目前にして唐突にやや不機嫌な声を出され、アーヴィンドとヴィオは顔を見合わせた。
「あの……疑問、といいますと?」
「古代遺跡行くんなら近くの賢者の学院で下調べしたり、魔獣の生態調べたり、やることはいくらでもあるだろ。行くなら行くで遺跡のどこに行くのか、なにを目的にして行くのか、進撃基準撤退基準、そのくらいの打ち合わせはしとけ。たとえ自分より腕が上な奴と一緒でも引率される気分でいるんじゃないぞ。本職の冒険者名乗るならな」
『う……』
 確かに言われてみればその通りで、まったく反論のしようがない。自分たちはまだまだ遊び気分が抜けていないのかもしれない。
 アーヴィンドとしては心の底から真剣なつもりだというのに。なにが足りないのだろう?
 それがわからない限り、自分はまだまだ駆け出しだということなのだろう。まだ一回しかまともな冒険をしていないのだから、当然なのかもしれないけれど。
「……申し訳ありませんでした。改めて、お願いしてもいいですか。これから向かう遺跡の情報を、教えていただきたいのですが」
 そう頭を下げると、フェイクはわずかに眉をひそめ、それから肩をすくめた。
「そう言うなら、教えてやるがね」
 全員道端に座り込み、フェイクがこれから向かう館のことを解説するのをヴィオと二人で聞きながら、アーヴィンドはぎゅっと拳を握り締め、改めて決意を固めた。自分はフェイクに比べればまるでなっていない新米なのだろう。だけど、だからって、退く気はない。

 フェイクの一歩後ろから、流水のように静かに、かつ流れるように進む背中を追う。アーヴィンドはヴィオと並びながら進むその道行きに、少しずつ慣れてきていた。
堕ちた都市≠ヘ不思議な空間だった。基本的には朽ち果て植物などの生え出した廃墟なのだが(建築物にカストゥール王国の遺跡ならではの文化的な特徴を見分けられるほどの知識がアーヴィンドにはないことがわかった)、生えている植物がまずまったくもって普通でない。明らかにオランの植生とは違う植物が当然のように生えているし、一度などクリーピング・ツリーに出会ったこともあった(幸い全員で殴りつけたら向こうが動くより早く倒すことができたが)。
 まだ朝早いせいか獣の声などはさほどしなかったが、それでもときおり「クェーッケッケッケッ」だの「ギャルルギョルルギャルル」だのと不気味な鳴き声が響く。「魔獣の鳴き声でしょうか」とおそるおそる訊ねてみると「自分で確かめてみたらどうだ」と返された。
 潜る予定の遺跡は以前一度フェイクが潜った館の地下。隠し扉を見つけたものの、その時パーティ全員が満身創痍だったため厳重に隠蔽して戻ってきたのだという。
「あれを見つけられる奴はそうそういないだろう。もちろん可能性はないわけじゃないが、うまくすればそれなりの宝が手に入る可能性はある」
 力強く言うフェイクに、アーヴィンドとヴィオはうなずいた。自分たちはどちらも宝を得ることを冒険の目的としているわけではないが、もちろんないよりある方が嬉しい。いつまでもヴィオに硬革鎧を装備させておくのは正直気がもめて仕方ない、精霊使いでも装備できる銀の金属鎧を買いたいが手持ちの金では難しいと思っていたのだ。
 フェイクはゆっくりと注意深く、だが一瞬の遅滞もなく周囲を警戒しながら奥へ奥へと進んでいく。罠の仕掛けてある可能性のある古代遺跡というのにフェイクは何度も潜ったことがあるのだろう。アーヴィンドは最初どこに注意を払えばいいのか、フェイクとどう足並みを合わせればいいのか、うまく呼吸がつかめず戸惑っていたが、次第に慣れた。要は稽古だと思えばいいのだ。相手(この場合周囲の状況)に注意を向けつつそれに囚われず世界の全てに注意を向ける、つまりは集中≠キればいい。
 ヴィオはあっさり馴染んだというか、鼻歌まで歌いながら気楽にフェイクのあとについていっている。野伏の技術を持つヴィオは、そういった注意をどこに向けるか、力の入れ方抜き方という技術に慣れているのだろう、歩き方も堂に入ったものだ。
 たぶん自分の動きがはたから見たら一番不恰好だろうな、と思いつつも奥に進んでいくと、フェイクは中程度の大きさの館の扉の前で足を止め、振り返った。
「この中だ。罠が仕掛けなおされてる可能性もある。気をつけろよ」
「はい」
「おうっ」
 フェイクは注意深く罠を調べ、鍵を開け、自分たちを入り口で待たせたまま一歩一歩中に入っていく。床の罠を調べているんだな、と思いつつ周囲を観察していると、ヴィオが鋭く叫んで槍を構えた。
「アーヴ、フェイク! なんか出た!」
「っ」
「ち!」
 フェイクが慌てたように駆け戻るより早く、戦いは始まっていた。グラスランナー程度の大きさだが手足がやたらひょろ長いその生き物は、針のように細い剣を振りかざし攻撃しようとしてくる。
「く!」
 一週間ヴィオと実戦さながらの稽古をつけた甲斐があったのだろうか、体の方が反射的に動いた。右手のメイスを振り上げ、脳天めがけて振り下ろす。幸い力がうまく乗ったようで、相手は頭蓋骨をあっさり砕かれて倒れた。
「でぇいっ!」
 ヴィオが槍で胸を突く。またもあっさり体を貫かれて敵は倒れる。もしかしたらこいつらは小さな体な分ひどくひ弱いのかもしれない、と思った時、はっと気付いた。
 最後の一体がこちらに向けて呪文を唱えている。あれは古代語呪文、しかもその内容は。
「光よ風よ、我が命にて吹き荒れよ。我はマナを使役する者なり。今ここに我が敵を討つ一瞬の稲妻を迸らせん!=v
『っ!』
 中級程度の腕を持つ魔術師でなければ使えない電撃≠フ呪文。それが横方向に並んでいた自分とヴィオに炸裂した。
 じぃん、という体が痺れるような感覚と肌が焼ける擦り傷を数十倍強くしたような激痛。以前ワイバーンやドッペルゲンガーに食らったほどではないがやはり強烈な痛みにアーヴィンドは奥歯を噛み締め、同時に敵に憤りを覚えた。
「お返しだ!」
 思わず叫びながら駆け寄ってメイスを振り下ろす。だがそれを敵はぎりぎりでかわした。しまった! と思う暇もなく敵はさらに呪文を唱え始め――
 横から駆け込んできたヴィオの槍に貫かれた。ほ、と思わず息をついてヴィオに頭を下げる。
「ありがとう。助かったよ、ヴィオ」
「どーいたしましてっ。俺たちどーとーな仲間だからとーぜんだって」
「うん……」
 にかっと満面の笑みを浮かべるヴィオに、アーヴィンドも照れくささを覚えつつも笑みを返す。それからは、と気がついて慌ててヴィオの方に駆け寄った。
「そうだ、傷は大丈夫? 今僕が癒し≠」
「傷を治す時は残りの魔力とこれからどれだけ傷を負うかの可能性を考えてやれよ」
 いつの間にか背後にたたずんでいたフェイクが冷静というより冷徹な口調で言う。アーヴィンドは思ってもいなかった言葉に驚愕しながら振り向いた。
「傷を負ったら癒すのが間違ってるっておっしゃるんですか?」
「生物の持てる魔力は有限。必要以上に傷を癒したって次傷つけられた時用にとっておけるわけじゃない、生き延びるためには魔力を無駄遣いしないことも重要だってことだ」
「それは……そうかもしれませんけど」
 目の前で仲間が皮膚を焦がして、苦しんでいるのに。それを見過ごしていいものだろうか。未熟であろうとも至高神の使徒である自分が。
 それに戦術的にも悪い行動ではないはずだ。ここは古代遺跡。魔獣や魔法生物などが不意討ちを仕掛けてくる可能性も高い。そういう敵の初撃を持ちこたえる時には癒し≠フ呪文を使おうとしてもどうしても一歩遅れてしまう。そんな時、食らった怪我を治さなかったことが命取りになる可能性だってあるのじゃないだろうか。
 だがフェイクの言葉に理があるのも理解できるし、なにより自分はフェイクよりはるかに経験の浅い新米冒険者。普通ならフェイクの言葉に従うのが当然だろう。
 だけど、それでいいのだろうか。
 フェイクの言葉は正しい。それはわかるけれど、なにか反論したい気持ちが胸の中に渦巻いている。頭はフェイクに従うべきだと言うけれど、アーヴィンドの心臓は無意味に高鳴り、素直にその言葉を聞くのは嫌だと言っている。自分は、この人の操り人形じゃない、と。
 こんな感情、無意味な反抗心にしかすぎないのに。なのに胸は頭のいうことを聞いてくれない。アーヴィンドはぐるぐるする頭と胸を押さえかねて、うつむいた。
「んー、よくわかんないけど、フェイクは結局どーしろっつってんの?」
「どうしろって指示してるわけじゃない。自分の行動なんだから自分で考えろ」
「なーんだ、そっか。アーヴ、どーするかは任せたってさ!」
「え……」
 アーヴィンドは思わず目を見開いてしまった。どうするかは任せる。それはつまり、駆け出しの、フェイクに比べればお話にならないほど未熟な自分の判断を信頼する、ということではないのか? 
 思わずフェイクを見つめる。フェイクは肩をすくめ、当たり前のような顔でうなずいた。
「パーティを組んでるんだから忠告はするが、自分がどう行動するかは自分で決めることだろ。自分の冒険で、自分の命なんだからな」
「…………」
 アーヴィンドは思わず胸に拳を押し付けた。鎧があるのがもどかしい。なんだか、ひどく心臓が熱かった。
 この人はやっぱり、山ほどの冒険を成功させてきたプロの冒険者だ。自分の反抗心も、気負いも、卑屈さも、きっと見抜いていたのだろう。
 やっぱり自分はまだまだだ、と改めて思ったが、今朝よりは少し前向きに、だからこの人から学べることを学んで頑張ろう、と思えた。ヴィオの方に体を向けながら、フェイクに顔を向けて言う。
「じゃあ、僕はできるだけ傷は癒しておいた方がいいと思うので、ヴィオに癒し≠かけます」
「そうか。なら、そうしろ」
「はい」
 うなずいてヴィオの電撃でわずかに焦げた皮膚に手をかざし、呪文を唱え始める。
「至高なる神、ファリスよ。我が友にその恵みの力を与えたまえ。我が祈りに応え、我が友の傷を癒すことを我、ここに請い願うなり……=v
「うあー」
 まるで温かいお茶を飲んだ時のようなしみじみした声を上げるヴィオ。呪文は間違いなく効果を発揮し、傷は見る間に跡形もなく消えた。
 よかった、と内心ほっとする。ヴィオの肌に傷が残るのは(こんなことを考えるのは失礼だとわかってはいつつも)、やはり嫌だったのだ。
「んっ、全快! ありがと、アーヴ!」
「そう、よかった」
「って、アーヴ自分には呪文かけてないじゃん。大丈夫?」
「うん、僕は大してひどい怪我でもなかったから」
「癒し手が意地を張るとパーティの壊滅に繋がるぞ」
「っ……」
「そーだよなー、アーヴ前回もその前も大丈夫だって思いながら死にそうになってたもんなー」
「うぐ……」
 それを言われると、正直辛い。
「でも、本当に大丈夫なんだよ。本当に大した怪我じゃないんだ。貴重な魔力を使うほどじゃ」
「魔力の使い惜しみは命取りになるぞ。魔力は一日寝りゃ回復するが命はそうじゃないからな」
「う……」
「アーヴー、本当に大丈夫か? 危なかったら俺が快癒≠ゥけるぞ、夜になったらだけど」
「そんな、この程度の怪我で君の魔力をそこまで使うわけにはいかないよ! 本当に、癒し∴皷で充分全快するぐらいの痛みで」
『…………』
 じーっ、と見られてアーヴィンドは渋々うなずいた。なんだか顔が熱い気がする。
「……癒し≠かけるので、ちょっと待っていていただけますか」
「了解」
 少しばかり面白がるような顔と声だった。

 シー。魔法生物の一種。古代遺跡等で独自の集落を作り上げている。古代語魔法を使うが、コボルドよりもひ弱なので速攻でかたをつけるべし。
 フェイクに教えてもらったさっきの敵の情報を頭の中で反復しつつ、アーヴィンドはゆっくりとフェイクの数歩後ろから進んだ。オランに戻ったら、賢者の学院の図書室で調べてみよう。
 ランタンと光≠フ魔法で地下だというのに周囲は明るい。隠し扉は床にあり、そこから続く階段は当然地下へと続いていた。階段の一番下にあった部屋からは左右に扉があり、部屋を探索したのち右へと自分たちは進んだのだが。
「……これは、もしかして、部屋が円形の並びになっていませんか?」
 三つ目の部屋を探索し終えたのちアーヴィンドは言った。部屋の形といい、並び方といい、部屋が八つ並んで円形を成しているとしか思えない。
「ま、そうだろうな。それでなにか困ることでもあるのか?」
「あの……挟み撃ちにされたら避けようがないな、と思って」
 フェイクは扉を探る手を止め、しばしまじまじとアーヴィンドを見つめて、肩をすくめた。
「そうだな。ま、その時はその時だ。なんなら扉に罠でも仕掛けておくか? 冒険者の礼儀として、遺跡に仕掛けた罠は引っかかる同業者が出ないように解除しておくのが鉄則だがな」
「警戒したところで意味がない、ってことですね……」
「いや、警戒は必要さ。お前がそう思うなら、後方もしっかり警戒してろ」
 なんだか馬鹿にされてるような気がする、とアーヴィンドは眉をひそめながら次の部屋へ向かう扉を抜けた。地下の部屋はどうやら研究施設だったようなのだが、持ち主は都市の崩壊前にこの部屋から引き上げてしまったのか、残っているのは石の壁ぐらいのものだ。
 というか、そもそも考えてみれば、なぜ堕ちた都市≠ノ地下室があるのだろう? 宙に浮いていた都市なのだから、それが落っこちたところで地底に潜るはずなどないのに、この部屋は地面の下にある。
「フェイクさん、あの……」
 そのことについて訊ねてみると、フェイクはわずかに笑った。
「そうだな。いいところに気付いた」
「じゃあ、フェイクさんもわかって?」
「ああ、俺が最初この館に目をつけたのもその関係の魔法の品物が手に入らないかと思ったからなんだからな。ここの館の主は物質透過の魔術を研究してたんだ。この館の地下部分に相当する部屋にもその手の魔力を付与してたから地下に埋もれたんだと俺は睨んでる。魔力付与隠蔽≠ェかかってるのか魔力が尽きたのか、部屋の壁から魔力は感知できなかったけどな」
「なるほど……」
「なー、なに話してんのー? わけわかんねーよ俺!」
「え、えっとね……説明すると長くなるんだけど」
「要はたぶんここには宝がある、ってことだ。お前はなんにも考えないで不意討ち警戒してろ」
「おう、わかった!」
 それでいいのだろうか、と思いながらもアーヴィンドたちは部屋を探索しつつ前へと進む。どれだけ探してもまともな宝は見つからなかった。魔法の品物どころか実験用の機材の痕跡すらろくにない。これでは採算が取れないのではないだろうか。まぁアーヴィンドとしては金のために冒険者をやっているのではないからいいといえばいいのだが。
 と、フェイクが次の部屋に続く扉の前で足を止めた。
「あの……?」
「ちょっと待て。黙って、できるだけ静かにこっち来てみろ」
『?』
 顔を見合わせながらもアーヴィンドとヴィオは並んで扉の前に立った。促されるままにこっそりと扉の隙間から次の部屋をのぞく。
 そして、絶句した。部屋の中央、中空に、直径一m半はある、黒い毛を生やした巨大な目玉が浮かんでいたのだ。
「な! んっむ、むむー」
 大声で叫びかけるヴィオの口を慌てて塞ぎ、そろそろと後ろに退がる。半ば呆然としながら、おそるおそる訊ねた。
「あ、あの、あれって、バグベアード、ですよね?」
「お、よく知ってたな。それなりの知識を持つ賢者でもあれを知ってる奴は少ないってのに」
「そういうこと言ってる場合……!」
 思わず叫びかけて、ヴィオに口を塞がれる。まだアーヴィンド自身ヴィオの口を塞いでいたことに気づき、お互い顔を見合わせてそろそろと手を放した。
「ぶはっ。バグベアードって、どんな奴? 強いの?」
「ものすごく強いよ。古代王国の魔術師たちが創った魔獣なんだけど、五種類の光線を放つことができるんだ。洗脳とか麻痺とか冷凍とか。それがどれもすごく強力で、僕たちぐらいじゃ抵抗は難しいし、抵抗が不可能な金属を分解してしまう光線もあるし、なにより魔法でも武器でもその皮膚を貫くのは困難……」
「ほう、そこまで知ってるとは大したもんだ。どこでそんな知識覚えたんだ?」
「バレン師から『創成魔術により創り出された魔獣の生態及び能力概括』という本をお借りして……ってそんなことを言っている場合じゃないでしょう!」
「声がでかいぞ、アーヴィンド」
「っ!」
 慌てて口を塞ぐ。幸いバグベアードは気付かなかったようで、動き出しはしなかった。気付いてもあの体では扉を開けるのは難しいだろうが。
「……これは、逃げた方が、いい、ですよね」
 小さく喘ぎながら言うと、フェイクは一瞬面白そうな顔でアーヴィンドを見て、それから肩をすくめた。
「逃げられるならいいんだがな」
「追ってくるってことですか? でも、気付かれてないみたいですし」
「いや、気付かれてもあいつは動きがそう速くないから逃げることは不可能じゃない。ただ」
「ただ?」
「後方にも気配を感じる。お前の案じた通り、挟み撃ちにされそうになってるわけだ」
「!」
 アーヴィンドは再び絶句した。それは、もしかしてとてもまずい状況なのではないだろうか。
「どうすれば……後ろの敵はなにが……いっそ、バグベアードを突破した方がいいんでしょうか!?」
「それも手ではあるな。が、俺としては二正面作戦を提案したい」
「え」
「俺がバグベアードを倒すから、お前らはそれまで後方からくる敵の攻撃に持ちこたえろ。一分持ちこたえれば、俺がバグベアードを倒してやる」
「……それは」
 アーヴィンドは唇に指を当てて忙しく思考を回転させた。確かにフェイクの力ならばバグベアードを一人で倒すのは不可能ではない。電撃の網≠ェうまくかかればバグベアードは完全に動きを封じられる。そこに攻撃をかければ確かに一分間で撃破するのも可能だ(アーヴィンドの知識が確かならば)。
 だが。
「戦力は集中させるべきじゃないでしょうか。二正面作戦は愚策です。癒し≠フ呪文があるだけでも」
「お前らに攻撃が集中する可能性を考えたら、俺一人の方がはるかにやりやすい」
「っ……」
 それは確かに、そうなのかもしれないけれども。
「だけど、それじゃ、僕たちは」
 フェイクの仲間じゃなくて、お荷物だ。
 そんな風に、フェイクだけに任せていて、共に冒険しているといえるだろうか。自分はフェイクに保護してもらうつもりはない。自分の意思と力で、生きてみると決めたのに。
 これじゃ、冒険者になる前となにも変わらない――
「それよりは不確定な邪魔が入るのを防いでくれる方がずっとありがたい」
「……え」
「少なくともお前がいれば引き際やら逃げ時やらを見失うことはないだろうが、できるだけ持ちこたえてくれると助かる。俺も極力早く片付けるように努力はするが、相手がバグベアードからさらに増えるとなると厳しいからな」
「……フェイク、さん」
「頼めるか、二人とも?」
 まじまじと顔を見つめると、フェイクは真剣な顔でこちらの顔をのぞきこんでくる。うまくあしらわれているのかもしれないという疑念を消すことはできなかったが、それよりも。
 後ろを任されているのだ、という思いにたまらなく、身震いするほどアーヴィンドは奮い立った。
「はい」
「おうっ」
 ヴィオと一緒に渾身の気迫をこめてうなずくと、フェイクはに、と笑う。
「よし。俺はこれから次の部屋に入るから、入ったらすぐ扉閉じろよ。お前らにまで攻撃がいったら二正面作戦の意味ないからな」
「え、はい……ですが透視≠フ呪文と併用すれば、安全に電撃の網≠フ呪文をかけることができるのでは?」
「いや、ここの壁は透視≠ェできないようになってるんだ。そこらへんもこの地下室に宝があると思った理由なんだが、ってそんなことはどうでもいい。そろそろ後ろの敵もこっちに近づいてきてる。魔法抵抗≠ゥけてから突っ込む、ついでにお前らにもかけとくからな、抵抗するなよ」
「はい」
「おうっ」
 す、とフェイクは腰に差していた美しい銀色に輝く小剣を抜き、振り回しながら流れるような流暢な詠唱で呪文を唱えた。
「万能なるマナよ、そが力を高めよ。敵意もて与えられし魔の力、退ける力を我らに与えん=v
「うぉ……なんだ、これ?」
「魔法抵抗≠フ呪文だよ。魔法に抵抗しやすくなる……僕も他人にかけられるのは初めてだけど」
「じゃ、行ってくるからな」
「お気をつけて!」
「がんばれよっ」
 自分たちの声に軽く手を上げて、フェイクはバグベアードの待つ部屋へと入り込んでいった。アーヴィンドたちはフェイクが出るや即座に扉を閉め、たたっと逆方向の扉へと向かう。
 そろそろ近づいてきているとは言っていたが、どんな敵なのだろう。自分たちだけの力で倒せるならいいが、と思いつつ二人でそっと通ってきた部屋をのぞきこみ、固まった。
 そこにはさっき向こうの部屋で見たのと似たような、けれど微妙に形の違う、黒い毛を生やした一m半の巨大な目玉がふよふよと宙に浮いていたからだ。
「っ!」
 大急ぎで扉を閉め、顔を見合わせる。おそらく自分の顔は引きつっているだろうとわかった。ヴィオは真剣な顔でこちらを見つめ、言う。
「あれって、ばぐべーあどってやつだよな」
「……バグベアードだよ。フェイクさんが戦いに向かった……」
「俺たちで、倒せる?」
「さっきも言ったと思うけど、まず不可能だ」
 きっぱり言うと、ヴィオは真剣な顔を崩さないままこっくりとうなずいた。
「わかった。じゃあ、フェイクが来るまでなんとか持ちこたえる方法考えないとな」
「っ……」
 そうだ、なにを怖気づいているんだ。敵が思ったよりちょっと強かったくらいで。冒険なんだ、いつもいつも自分より弱い敵が出てきてくれるわけがない。自分たちより強い敵が出てきたなら、知恵と工夫でなんとかしなきゃ。
 アーヴィンドはぎゅっとメイスを握り締め、うなずいた。
「そうだね。僕はここの扉をなんとか守ることができればフェイクさんが来るまで持ちこたえるのはそう難しくないと思う。二人でこの扉をなんとか支えていれば」
「! アーヴっ、上!」
「え」
 反射的に上を見上げて、アーヴィンドは三度絶句した。そこには扉の向こうにいたはずのバグベアードがこちらを見下ろしていたからだ。壁が水でできているかのように、体をぬぶりと抜け出させて。
 バグベアードがずるり、と壁から抜け出、ぎゅんっと高速で動き出す。慌てて避けようとするが熟練の戦士でも苦戦するほどの強さを持つバグベアードの攻撃をまだまだ未熟なアーヴィンドが避けられるわけがなかった。がすっ、と見事に体当たりされ、吹っ飛ばされて体を壁に打ち付けられる。
「つぅっ……」
「アーヴ!」
「僕のことはいい、それよりバグベアードを通さないようにして!」
 実は肋骨が折れたんじゃないかと思うくらい痛かったが、だからってここで逃げ出すわけにはいかない。後方の部屋では今フェイクがもう一体のバグベアードと戦っているし、フェイクのくれた信頼に応えたい。なにより、自分はこの程度で負けるほどやわじゃない!
「ヴィオっ、闇の精霊≠ナ壁を!」
「え? あ、うん、わかった!」
 必死に立ち上がり、バグベアードの移動する道を塞ぐように部屋の中央に陣取っていたヴィオに並びながら指示を出す。ヴィオは一瞬きょとんとしたが、すぐに意図を読み取ったようで左手を動かしながら呪文を唱え始めた。
「暗きものよ、闇夜に潜む存在よ、暗黒と恐怖を生み出す我が友たる精霊よ! いざ現れ出でて我が前に闇を作り出せ!=v
 アーヴィンドには理解できないが、優しく軽やかで歌うような響きのその呪文が終わると、バグベアードの周囲は闇に包まれた。光≠フ呪文の効果内では闇の精霊は呼び出せないが、幸い光≠フ呪文をかけた松明はフェイクが持っているし、この部屋はそれなりの広さがあったのでぎりぎりでアーヴィンドたちまで闇に包まれないですむ。ほ、と息を吐きつつ改めて武器を構えた。
 バグベアードは確か闇を見通す能力はなかったはずだから、こうして闇で包んでやれば行動を封じることができる。様々な光線を発せられることもないし、闇の精霊を真正面に置けばフェイクの部屋へ向かわれることもなくなる。
 その代わり自分たちもバグベアードに手出しできなくなるが、自分たちの力でバグベアードに傷をつけられるとも思えないし、一番有効な策なはずだ。
 これでなんとか持ちこたえられるはず、と闇を睨む。
 とたん、闇が弾けた。
「え!?」
「うそっ、闇の精霊無視して突っ込んでき……うわっ!」
 闇の精霊ごと闇を食い破ったバグベアードは、今度はヴィオめがけ突撃してくる。ヴィオも必死にかわそうとするが、バグベアード相手では分が悪かった。
「っ! ぐ……う」
 ぐじゃっ! と、嫌な音がして、ヴィオが膝をつく。
「ヴィ……っ!」
 アーヴィンドは顔面蒼白になる。今のはもろに入った。急所に直撃、内臓が破裂したかもしれない。ヴィオの人並み外れた強靭さがあるから持ちこたえているだけで、普通なら死んでいる。
 一瞬頭の中からなにもかも吹っ飛んだ。なにをすべきか、どう戦うべきか。この強敵にどう対処すべきか。なにもかも忘れて、ただ目の前の死にそうな友人に駆け寄りたくなる。
「……っ」
 それを押し止めたのは、ヴィオの視線だった。
 ヴィオは苛烈な攻撃に膝をつきながらも、立ち上がろうとしていた。バグベアードをきっと睨んでいた。彼の視線は負けることを肯んじた人間のものではなく、諦めていない戦士のものだった。
 そうだ、自分も負けるために長い間稽古してきたわけじゃない。ここでうろたえてどうする。自分は世界のありとあらゆる理不尽と、戦って勝つと、そのために冒険者になるとあの人に誓ったのだろう!
 ぎりっと奥歯を噛み締めて素早く呪文を唱え始める。
「我が神ファリスよ、我らに加護を!=v
 祈りは聞き届けられた。自分とヴィオに同時にかけた癒し≠フ呪文は、見る間に傷を癒していく。
 だが自分の傷は完全に治ったが、ヴィオの傷は完全には治っていない。内出血しているのがはっきりわかる、赤い筋肉でそれでも槍を振り回す。
 バグベアードはあっさりとその攻撃を避けた。高空から嘲笑うようにヴィオに光線を発射する。まずい、と一瞬顔面蒼白になったが運がよかったのか、ヴィオはその光線を弾き返した。
 どうする、どうすればいい、とアーヴィンドは必死に考える。ここまで接近してしまったのなら闇の精霊で暗闇を作っても有効活用は難しい、ヴィオは暗闇を見通せるがアーヴィンドはできないのだ、癒しの呪文がかけられなくなるのは危険すぎる。だが他にこの強敵を倒す方法が、倒せなくとも持ちこたえる方法があるのか?
 考える、考える、考える――それでも結論が出ない。なにか方法が。方法がきっとあるはず。あるはずなのに。
 ぐおん、とバグベアードがゆっくりと旋回を始めた。ヴィオに攻撃されるよりも早く、と必死に治癒の呪文を唱える――
 が、唐突にバグベアードの周囲に電撃の網が出現し、バグベアードはぽてんと床に落ちた。
 一瞬ヴィオと揃ってぽかん、と口を開けるが、舞うような動きで自分たちの後ろの扉からフェイクが現れたのを見て我に返った。アーヴィンドは癒しの呪文をヴィオにかけ、ヴィオは少し腰を引かせながらもバグベアードに槍を突き刺す。
 フェイクとアーヴィンドも加わって何度も必死に武器を振り下ろし、電撃の網が消滅する頃にはバグベアードはぴくりとも動かなくなっていた。

「どうやらここの壁そのものがここで研究してた魔術師の成功作だったらしいな」
 部屋を全て探索し終えると、フェイクはそう言って肩をすくめた。
「たぶん円の中心に部屋があって、そこから魔獣やらなにやらが抜け出られるように作ってあるんだ。だから不意討ちも挟み撃ちも自由自在ってことなんだろ。宝もそこにあるんだろうが、壁を透視することもできないんじゃ最高位の魔術師の完全無効化≠ョらいしか手がない。そしてそれをやっちまったら研究成果は手に入らない。こりゃ賢者の学院に情報売るくらいしか手がないな」
「えー? 宝なしー? ちくしょー、俺いっぱいがんばったのにー」
 がっくりと肩を落とすヴィオを慰めながら、アーヴィンドもため息をつきたい気分になっていた。ヴィオとは別の意味で。
 自分なりに必死に考えたつもりだったのに、結局起死回生となる案は思いつかずまたフェイクに助けられてしまった。正直忸怩たるものがある。自分は保護されるために冒険者となったわけではないのに。
 ちょっと、だいぶ、悔しい。
「ま、冒険者やってりゃこんなことは日常茶飯事さ。死ぬ思いしてお宝はまるでなし。むしろ収支は赤字ってな」
「うー……」
「それが嫌なら、冒険者辞めるか?」
 に、と口の両端を吊り上げてこちらを見るフェイク。その顔を見て、思わずお互いの顔を見合わせ、力を得てアーヴィンドとヴィオは勢いよく首を振った。
「じょーだんっ! こんなところでやめてたらわざわざ村出てきた意味ねーじゃんっ」
「僕は僕なりに真剣に冒険者の道を志したつもりです。むろん、まだまだ未熟なのは承知していますが、未熟だからこそ未熟なままで終わりたくはありません」
「ふん」
 フェイクは気負う自分たちを軽く笑い、それからぽんぽんと頭を叩いた。
「なら、この程度でめげてる暇はないだろ? まだ探索されてない遺跡も未達成の依頼も、まだまだこの世にはたくさんあるんだからな」
『…………』
 再び顔を見合わせ、アーヴィンドとヴィオはにっと笑い応えた。
「はい」
「おうっ」
「じゃ、帰るか。一眠りしたらオランに飛ぶぞ」
「あ、じゃあさじゃあさ、その前に俺街の見物したいー! 来た時はちゃんと見れなかったもん!」
「パダか……冒険者の街と言われているけれど、僕も来たことはないな」
「おー、じゃーアーヴも一緒に見物しよーぜっ。パダ探検隊結成だっ」
「ヴィオ……元気だね。でもそうだね、せっかく来たんだから後学のためにも」
 喋りながら歩く自分たちに、フェイクはわずかに苦笑した。
「ったく、お前らといると、年を実感するぜ。……つきあってやるから一人で物陰とか行くんじゃないぞ」
 その言葉にヴィオは「おうっ!」と答え、アーヴィンドはまるで僕たちが女性みたいな言い方だな、と思いつつも「はい」とうなずいたのだった。

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キャラクター・データ
アーヴィンド・クラーク・リズレイ・プリチャード(人間、男、十五歳)
器用度 12(+2) 敏捷度 20(+3) 知力 23(+3) 筋力 15(+2) 生命力 19(+3) 精神力 20(+3)
保有技能 プリースト(ファリス)4、セージ2、ファイター2、ソーサラー1、ノーブル3
冒険者レベル 4 生命抵抗力 7 精神抵抗力 7
経験点 93 所持金 88ガメル
武器 ヘビーメイス(必要筋力15) 攻撃力 5 打撃力 20 追加ダメージ 4
ダガー(必要筋力5) 攻撃力 4 打撃力 5 追加ダメージ 4
ロングボウ(必要筋力15) 攻撃力 4 打撃力 20 追加ダメージ 4
スモールシールド 回避力 5
ラメラー・アーマー(必要筋力15) 防御力 25 ダメージ減少 4
魔法 神聖魔法(ファリス)3レベル 魔力 7
古代語魔法1レベル 魔力 4
言語 会話:共通語、東方語、西方語、上位古代語、下位古代語
読文:共通語、東方語、西方語、上位古代語、下位古代語
ヴィオ(人間、性別不詳、十五歳)
器用度 15(+2) 敏捷度 19(+3) 知力 18(+3) 筋力 18(+3) 生命力 21(+3) 精神力 21(+3)
保有技能 シャーマン3、ファイター3、レンジャー2
冒険者レベル 3 生命抵抗力 6 精神抵抗力 6
経験点 583 所持金 58ガメル
武器 ロングスピア(必要筋力18) 攻撃力 5 打撃力 23 追加ダメージ 6
ロングボウ(必要筋力18) 攻撃力 5 打撃力 23 追加ダメージ 6
なし 回避力 6
ハード・レザー(必要筋力9) 防御力 9 ダメージ減少 3
魔法 精霊魔法3レベル 魔力 6
言語 会話:共通語、東方語、精霊語
読文:共通語、東方語
月の主<tェイク(ハーフエルフ、男、九十歳)
器用度 18(+3) 敏捷度 21(+3) 知力 19(+3) 筋力 10(+1) 生命力 18(+3) 精神力 21(+3)
保有技能 シーフ10、ソーサラー8、レンジャー7、セージ6、バード6
冒険者レベル 10 生命抵抗力 13 精神抵抗力 13
経験点 4583 所持金 財布の中に入ってるだけで10000ガメル程度
武器 月光の刃 攻撃力 16 打撃力 13 追加ダメージ 14
なし 回避力 16
ソフト・レザー+3(必要筋力5) 防御力 5 ダメージ減少 13
魔法 古代語魔法8レベル 魔力 11
呪歌 ヒーリング、レストア・メンタルパワー、チャーム、レクイエム、キュアリオスティ、ノスタルジィ
言語 会話:共通語、東方語、上位古代語、下位古代語、西方語、エルフ語、ドワーフ語、
リザードマン語、ケンタウロス語、ゴブリン語、マーマン語、ジャイアント語、ハーピー語
読文:共通語、東方語、上位古代語、下位古代語、西方語、エルフ語、ドワーフ語