前回の冒険での経験点は、
・最大の障害が冒険者レベル8のホーント(あの昇天の過程はニナのアクトレス技能+精神力ボーナスとギドの精神抵抗力の対抗判定を何度かくり返したものとしています)。
・倒した敵の合計レベルは8。
・ニナは冒険に参加したキャラクターとみなします。
 なので、
・アーヴィンド……4020
・ヴィオ……4020
・フェイク……1020
 となりました。
 成長は、
・アーヴィンド:プリースト5→6。
 以上です。
候子は二人の娘を救う
「知ってるか。お前さんの評判、オランでけっこう高まってるぜ」
「……え?」
 三人で食事をしている時、ふいにフェイクが言った言葉にアーヴィンドは目をぱちくりとさせた。自分に言っている言葉なのはわかるが、内容が自分とはあまりに似つかわしくない。
 評判? なにに対して?
「おー、アーヴひょーばんになってるんだっ」
「ああ。もともとアールダメン候子が呪いをかけられて冒険者になったって話は一時オラン中の話題をさらったくらいだからな」
「え、でも、僕はあまりそういった気配を感じた覚えはないけど……」
「ああ、そりゃお前さんが単純に鈍い上に、生活範囲が狭いからあまり人の噂話に晒される機会がないのと……あとはまぁ、俺も少しばかり動いたからな。まだ冒険者として駆け出しもいいとこだってのに、周りにやいのやいの騒がれたら面白くないだろう?」
「それは、もちろん……」
「で、実際、一週間前までお前らは大してでかい仕事はしてなかったからな、お前の噂はわりとあっさり沈静化してくれたんだが。一週間前に、センティナ劇場でスペクターを昇天させただろう? あの劇場はわりと格式高いからな、あの時にもけっこうな数のお貴族さんだの豪商だのが来てたわけだ」
「……富裕層に、名が売れたということ?」
「富裕層だけじゃねぇな。お前劇団員一人一人に対面して話聞いただろ? その時に、むらむらーっときた奴らが男女問わずで山ほどいてな」
「……ああ……」
「単純に欲情したのと候子だってのと美形だってのに熱を上げる奴やら、口説きなんかには物慣れない風情をかもし出すくせに聞くことは聞くあたりにできる奴だって思った奴もいるし。なにより大騒ぎになった事件をあっという間に解決しちまったのは間違いがない、あのあとスペクターは一度も出てないんだからな。そんなこんなで劇団員のほとんどがお前のことをあっちこっちで喋りまくったわけだ」
「…………」
「アールダメン候子で、美形で、有能な、魔獣に呪いをかけられた不遇の貴公子。そりゃたいていの奴らは『物語みたい!』って飛びつくさ。そんなこんなで噂は再燃、どこもかしこもお前の話でもちきりとまでは言わんが、あちらこちらでけっこう話題になってるわけさ、お前さんがな」
「へー! アーヴすっげー! ……でもさ、なんで今度はフェイク動かなかったの? 前はアーヴが騒がれないよーに、なんかしてたんだろ?」
「そりゃ、お前らもそれなりに冒険者が板についてきたように見えたからな。一人前の冒険者にとっちゃ名が売れるってのはそれだけ仕事が来やすくなるってことだ、歓迎こそすれ厭うこっちゃない。それに実際、ここまででかくなった噂を消すのはそう簡単にはいかないからな。それが自分の好みの噂かってことはまた別だが」
「…………」
「どしたの、アーヴ? なんか難しー顔してるけど」
「……とりあえず、これまで噂を食い止めてくれてありがとう」
 そう頭を下げると、フェイクはわずかに眉を上げてみせてから、「どういたしまして」と頭を下げ返してきた。おそらくは、自分の心情を正確に読み取ってくれたのだろう。
 ヴィオはどうにもぴんとこない様子で首を傾げたりしていたが、自分が大丈夫だよと微笑むとにっこーっ、と笑い返してくれたので、アーヴィンドはむしろほっとした気分になった。

 このままでは、また同じことになってしまう。
 アーヴィンドの危惧は、つまるところそれにつきた。それは、確かに客観的な視点からいえば、アールダメン候子が冒険者になる、しかも魔獣に呪いをかけられて、というのは面白い話題になるとは思うけれども、自分は人の噂になるために冒険者を志したわけではない。
 自分はただ、自分の力で生きてみたいと思っただけなのだ。アールダメン候子としてではなく、ただのアーヴィンドの力で、自分の人生を生きてみたかった。侯爵家に生まれたせいでも、富裕な家に生まれたせいでもなく、自分は自分の力で生きていると、誇れるようになりたかった。
 そうでなければあの人に顔向けできないと、そう思ったから。
 それが今、またたまたま侯爵家に生まれたという理由で勝手に評判が一人歩きしている。自分はまだ冒険者になって一ヶ月の若造でしかないのに。いくつかなんとかこなすことのできた仕事も、みんな他の人の力に頼ってやっと解決できたものでしかないのに。
 やっとのことで冒険者になることができたというのに、このままではまたあの人に顔向けできないような人生を送ることになってしまう。それは正直あまりに耐えがたく、気にしないようにするしかないとわかっていてもつい鬱々とした気分になってしまうのだ。
「どうした、アーヴィンド? 食が進んでいないようだが」
「……申し訳ありません。少し、考え事を」
 そう父に答えて、アーヴィンドは身に着いた作法に従いスズキのパイ包み焼きを一口大に切って口に運んだ。オラン近海で今朝獲れたばかりの鱸の中から、上等なものだけを海路で運んできて、バターも小麦粉も最高級のものだけを使った料理は、確かにとてもおいしいと思えるものではあったが、原価だけでも100ガメルを超えるだろうことを考えるとついつい眉間に皺が寄ってしまう。
 週に一度の授業の日の昼食。午前中みっちり授業をこなしたあとは、たいてい両親と昼食を取る。もっとも、両親ともにいろいろと忙しい$l間なので、この一ヶ月の間ですらそれが果たせないことは何度もあったが。
 アーヴィンドとしては、正直無理をして一緒に食事をしてくれなくても、という気持ちが強かったのでそれに文句をつける気はまったくなかった。たとえ、その忙しい≠ニいう内容が、他の貴族との社交という名の遊興や浪費であっても。
 ……アーヴィンドは、両親のことを嫌っているとも、憎んでいるとも思っていない。ただ、『尊敬できない』とは確かに思っていた。
 両親は、二人ともに、オランからアトン戦役の爪跡が癒えた頃に生まれ、オラン有数の大貴族としての生を当然のものとして育ってきた。人にかしずかれることを当然とし、常に最上質のものを与えられる生活を当然とし、飢えたことも凍えたこともないのを、自分たちが普通の人間より価値の高い存在であるという考え方を当然として生きてきた人たち。
 確かにアールダメン侯爵という名はそういった人生を送るのに値するかもしれない。何千、場合によっては何万という人間を、不満の出ないよう、少しでも幸せな生活ができるよう負わされる責任にはそれだけの重みがある。
 だが、両親にとって、現在の生活はどこまでも当然のものなのだ。その生活ができることが当然、できない方がおかしい。それが領民たちの、あるいは他の領地の人々の、日々食べていくのもやっとという人々の納めるものによって成り立っている生活だという考えはまるでない。
 だから当然、感謝しようという考えも、それに応えるよう尽力しようという考えもない。自らの責務を果たそうとはするが、それはあくまで自分たちのため。名誉、金、評判、そういったものを手に入れるために努力するだけであって、領民や使用人が自分たちに奉仕することはあくまで当然≠セと思っているのだ。
 それに対する感情を漏らした時、フェイクはこう言って肩をすくめた。
「そんなもん、別にお前さんの両親に限ったことじゃない。たいていの奴はそう思ってるさ」
「そう、でしょうか」
「ああ。たいていの貴族が、ってことじゃなく、一般庶民だろうがスラムで泥をすすって生きてるような奴だろうが、な。与えられているものは当然のように受け取るのに、いつもこれが足りないあれが得られないと不平不満をぶつける。妻や母が家のあれこれをすることを、夫や父が金を稼ぐことを、恋人が自分を愛することを、自分の国が戦争や貿易で他国の民を踏みつけ利益を得ることを、当然のことと考えてそれに感謝したり応えたり償ったりはしようとしない」
「…………」
「はっきり言って人間だろうが妖精だろうが、生き物はみんなそうだと思うね。価値観が違うから他種族や違う階層の奴――他人の醜さは目につくが、自分の醜さには鈍感だ。だって自分にとってはそれが当然≠ネんだからな。年を取れば感覚が鈍磨するからよけいそうなる。そしてそれは、別に悪いことじゃない。自分の醜さを見つめないですむってのは、それだけ生きるのが楽になるってことだからな」
 それはたいていの$l間にとってこの上ない救いだ。そう言ったフェイクの言葉には、山のような人生を見てきた人間の重みがあった。
 確かにそうかもしれない、とは思う。自分の弱さ、醜さ、そういうものを見ないですむというのは、確かに人生の一助にはなるのだ。
 だが、それは理解していても、やはりどうしても思ってしまうのだ。奉仕されて、豊かな生活が送れて当然だと、自分たちが他の人間よりいい思いをするのが当然だと、本当に自分たちは他の人間より価値が高いのだと思っているようにしか見えない父と母を見るたびに。
 醜い。愚かだ。ああはなるまい。――自分を産み育ててくれた両親に対しこんなことを考えるのは、至高神の使徒として恥ずべきことだと何度も懺悔を繰り返しつつも。
「――なのだよ。どうだ、アーヴィンド、ここはひとつ」
「……え」
 はっと物思いから醒めて、アーヴィンドは父に向かいにっこりと微笑んだ。
「すいません、父上。今、なんと?」
「どうした、アーヴィンド、私の話を聞き逃すなどお前にしては珍しいな。……お茶会への招待状が来ているのだよ。ノーデリカ伯爵令嬢から、お前にな」
「お茶会……ですか」
 アーヴィンドはわずかに眉を寄せた。アーヴィンドは当然、お茶会は初めてではない。貴族たち、特にその子女が集まって行う、お茶を楽しむと称した社交の場。正式に社交界に出たわけではないが、アールダメン候家にすり寄る貴族のご友人≠ニいうものには事欠かなかったし、その際の作法もみっちり叩き込まれてはいる。
 だが、どうにも好きにはなれなかった。お茶とお茶菓子を楽しむという行為そのものは好きだが、貴族のお茶会というのはすなわち社交と称した情報戦だ。笑顔でお喋りをしながら他者の隙をうかがい、会話の中で敵を蹴落とし、自身の評判を高めるよう画策する。
 そういった行為は貴族に限ったことではないとフェイクは言うかもしれないが、それでもやはりアーヴィンドにとってそれは、ファリスの御心にかなう行為とは思えなかった。同じ国の貴族同士が相争うことが、民たちにどれだけの迷惑をかけるかわかっているのかと問いたくなるのだ。
 そう思いつつも、このお茶会を断るのは難しいだろうな、と理性は判断していた。ノーデリカ伯は最近急速に勢力を拡大している大貴族。アールダメン候家にはさすがに及ばないが、このままいけば宮廷内の一勢力となるだろう、と聞いている。
 こうしてお茶会に招くということは、ノーデリカ伯はアールダメン候家と敵対する意思はない(少なくともそう思わせたい)ということ。それをあっさり断ってしまっては敵対心があるのかと勘繰られかねない。万が一にもないだろうとは思うが、父に対し謀殺などを仕掛けさせないためにも、ここは顔を出しておくべきだろう。
「わかりました、お受けします。日取りはいつ頃なのでしょうか?」
「いや、それが今日なのだよ」
「……今日? ずいぶん急ですね」
「うむ。なんでもご令嬢がお前の……この前の劇場の件を聞き、前々から予定していたお茶会にぜひにも招きたいと言ったそうでな。ノーデリカ伯にどうかと頭を下げられてはむげにするわけにもいくまい。ご友人たちを驚かせたいそうなのでな、返事は略式でかまわないとのことだ」
「……そうですか。わかりました、父上」
 自分がどういう役割を求められているかがわかり、小さく息をつく。ああ、やはりお茶会というものは、どうにも好きになれそうにない。

「まぁ! まぁまぁまぁまぁまぁまぁ!」
「あら……まぁ、本当に……!」
「まさか、本当にいらしてくださるなんて……! まぁ、なんて素敵なことかしら!」
 きゃあきゃあと品よく、けれどかしましく声を立てる少女たちに、アーヴィンドはにっこりと作法の授業で叩き込まれた微笑を浮かべた。
「お招きありがとうございます、ノーデリカ伯爵令嬢フェレイヌ殿。アールダメン候子アーヴィンド、参上いたしました」
 そしてできるだけ優雅に一礼すると、きゃーっと少女たちから歓声のような悲鳴のような声が上がる。その中には男は一人もいない。やれやれ、とこっそり小さく息をついた。
 つまり、自分はこのお茶会で道化師役を求められているのだろう。貴族の少女たちにきゃあきゃあと騒がれてお茶会をにぎわせる役。確かに候子でありながら呪いをかけられて冒険者となった、などという相手はそういう役にはもってこいだが。
 それぞれに(お茶会という状況はわきまえつつも)自らの家の権勢を誇るように豪奢な服をまとった少女たちは、優雅な挨拶をこちらに向けたのちわっとばかりに自分を取り囲んだ。頬を赤く染め、興奮した態で、淑女の慎みをどこかに置き忘れたような勢いで。
「ねぇねぇ、アーヴィンドさま。あなたは魔獣に呪いをかけられて冒険者におなりになったのだということですけれど、本当なんですの?」
「ええ、本当です」
 きゃーっ、とまた嬌声。そしてまた別の少女が勢い込んで訊ねてくる。
「それではこれも本当なのですか? センティナ劇場に、劇の最中に突然現れた幽霊を昇天させたというのも……!」
「ええ……といっても私のしたことはあくまで幽霊――スペクターの動機を推理し、対処法を考えた程度です。本当にあのスペクターを昇天させたのは、別の人の力ですよ」
「あぁ! お話に聞きましたわ、グラスランナーを狙った殺人鬼の幽霊なのですって!」
「まぁ怖い! 殺人鬼だなんて、そんな幽霊を相手にアーヴィンドさまは立ち向かわれたのですか!?」
「なんて勇ましい方なのかしら、そんな恐ろしい幽霊に立ち向かうなんて!」
「いえ、戦いの時に私が行ったのは、あくまで後方支援です。真正面からあれだけ強い幽霊と立ち向かった方や、その幽霊に体を貸した仲間の方がはるかに勇気があると思いますよ」
「まぁ、アーヴィンドさまったら、謙虚な方なのね、そんな風におっしゃるなんて」
「でも、幽霊に体を貸したなんて、恐ろしい……! もし二度と幽霊が離れなかったらどうなさるおつもりでしたの?」
「勝算はそれなりにありましたし、あの状況ではなによりも幽霊が現れないことが恐ろしかったので、一度の機会にできるだけのことをやっておこうと。幽霊が離れようとしないならば、それならそれでやりようがありましたから」
「まぁ……! すごいわ、すごく簡単なことみたいにおっしゃるのね! アーヴィンドさまって本当に頭のいい方でいらっしゃるのねぇ」
「いえ、まだまだ自分の未熟さをたえず思い知らされる日々ですよ……」
 目を輝かせて自分を取り囲む少女たちに、笑顔で受け答えをする。呪いのせいだろう、少女たちの勢いがいつもよりさらに激しかったり目が血走っていたりするのにやや気圧されはするが、アーヴィンドにとってこういった少女たちの相手は慣れた仕事だった。
 昔からアーヴィンドは少女たちに、あるいは女性たちに道化師扱いされる質だったのだ。お茶会でも、一族の集まりでも、いつも少女や女性たちに取り囲まれなんやかやと騒がれ肴にされる。
 おそらくは自分の顔立ちが女性たちの警戒心を削ぐせいなのだろうが、あまりにいつもそうなので(そのせいで男の友人が神殿に入るまでまるでできなかったほどなのだ)アーヴィンドとしてはもうすっかり慣れきって、抵抗する気持ちも起こらなかった。
 彼女たちが自分を肴にして楽しみたいというならば、お茶の時間の間くらいそれに奉仕するのが男子としての義務だろう。そんな気持ちまであるほどなので、微笑みを顔に浮かべたまま黄色い声で騒ぐ少女たちに落ち着いて応えることができた。
 と、ノーデリカ伯爵令嬢である、フィレイヌがふと、小さくうつむいた。
「フィレイヌ殿。どうか、なさいましたか?」
「ああ……アーヴィンドさまっ」
 突然によよよ、と自分にしがみつかんばかりの勢いでフィレイヌが倒れこんできた。驚きつつも支えると、フィレイヌは瞳に涙を浮かべながらしっかりアーヴィンドの手を握って訴える。
「アーヴィンドさま、実は私、アーヴィンドさまをお呼びしたのにはわけがあるのですっ」
「……わけ、とは?」
「お聞きくださるのですか? アーヴィンドさま……私をお救いくださるのですか?」
 こちらを上目遣いで見上げながら自分の体を押し付けてくるフィレイヌに、心中で小さく息をついてから、顔はあくまで真剣にフィレイヌと向き合ってうなずく。
「私でお役に立てることならば、なんなりとおっしゃってください」
「ああ……ありがとうございます、本当にありがとうございます。アーヴィンドさまにしかできないことですの」
 フィレイヌはそっと涙を拭いながら安堵の表情を浮かべてみせ、それから真剣な顔になって告げる。
「実は、アーヴィンドさま。わたくし……一年前に、首なし騎士の来訪を受けたことがありますの」
「……え?」
 アーヴィンドは一瞬絶句した。首なし騎士。その言葉に該当する存在を、自分はひとつしか知らない。
「首のない馬の引く戦車に乗った、首を小脇に抱えた騎士が、一年前私のいた別荘にやってきて、私を指差したのですっ」
 ――それはすなわち、デュラハンの死の宣告=B

「……というわけなんだ。事後承諾のような形になって申し訳ないけど、どうかこの仕事を一緒にやってもらえないかな」
 テーブルについたフェイクとヴィオに頭を下げる。と、ヴィオが首を傾げて言ってきた。
「なーなー、デュラハンってなに? なにしてる人?」
「……いや、デュラハンは人間じゃないんだ。死せる者≠ネんだよ。本来ありえざる、あってはならない命。死してなお動く生ある者の敵対者の一体なんだ」
「へー……そーなんだ。悪い奴なの?」
「……悪いとか、いいとかいう段階の判断じゃなく……死せる者≠ニいうのは、基本的に生ある者すべてに敵対する存在なんだ。基本的に、生きているものはすべて攻撃してくる。なんのためかは種類によって違うけどね」
「そーなんだ」
「うん。そしてデュラハンの特性として、死の宣告≠ニいうものがある。夜更けに目指す家の戸口にやってきて、戸口をノックし、家人が戸を開けて顔を出すと家の中を指差して死≠予言して帰っていく。そしておおよそ一年後、その予言を受けたもののところへやってきて殺害するんだ」
「へ? なんで?」
「なんで……って。そういう存在だからとしか言いようがない、かな。死せる者≠フ生態……というか、特徴の詳しい研究はほとんど進んでいないんだ、死せる者≠笆obのような存在は基本的に出会えばすぐに殺し合いになってしまうから……」
「ふーん……たいへんなんだなー。けどさ、デュラハンってすごくめんどくさいことするとか思わねー? 殺したいのになんで最初に来た時に殺さないんだろ? 一年も経ったらさ、どんな奴だって絶対なんか対抗策考えてると思うのに」
「そうだね……でも死せる者≠フ中には、そういった意味不明な行動を取るものは少なくないんだ。この前会ったスペクターのようなホーントたちもそうだけれど、死せる者≠ニいうのは根本的に強い妄執によって肉体を保たせているのかもしれないね。解放された島から伝わってきたことなんだけど、死せる者≠ニいうのはすべて破壊の女神カーディスの申し子であるっていう学説があるんだけど……」
「アーヴィンド。話がずれてる」
 フェイクに冷静な声で言われ、アーヴィンドははっと我に返った。「ごめん……」と頭を下げてから二人に向けて言う。
「とにかく、デュラハンの襲撃から令嬢を守るっていう仕事を受けてきたんだ。狙われているのはその別荘にいた別の人間かもしれないという辺りを聞いてみたら、その別荘にいた使用人は全員オラン宅に呼び寄せているそうなんだ。令嬢から狙われているのが使用人だとしても報酬は払う、という言質は取った」
「ふむ」
「報酬は前金で二千、後金で八千。しばらくノーデリカ伯爵の家に泊まりこむことになるだろうけど、その間の飲食と寝床は保障されてる。正式に仕事を請けるのは二人に話をしてからとは言ったけど、僕はぜひともこの仕事を請けたいし、向こうにもそれを伝えてある」
「ふぅん。そりゃまたなんでだ?」
「それは、だって。曲がりなりにもファリスの使徒として、デュラハンが生ある者の命を奪おうとするのを座して見ていることはできないよ」
「相手はノーデリカ伯爵家だぞ? 優秀な郎党が山ほどいるだろう。なぜ俺たちに依頼する?」
「……これが令嬢からの依頼だからだ、と思うよ」
「なるほど。そこらへんは、きっちりわかってるわけだ」
 にやり、と笑むフェイクに、アーヴィンドは無言でうなずいた。
 伯爵家ともあろうものが、しかも飛ぶ鳥を落とす勢いの家が、令嬢たちに死の宣告≠されて座して待っているはずがない。死の宣告≠ヘ一年後に問答無用で訪れる殺しの予告だ。デュラハンは強い部類に入る死せる者≠ニはいえ立ち向かいようがないほど強いわけではない、優秀な冒険者なり神官戦士の一団なりがいればまず負けずにすむはずだ。
 それなのになぜぽっと出の冒険者である自分たちに依頼するのか。それは令嬢フィレイヌの意志以外考えられない。伯爵からでなくフィレイヌから行われた依頼であること、突然に自分をお茶会に招いたこと、いちいちがその予測を裏付ける。
 要するに、フィレイヌは自分という珍しい生き物を最大限までしゃぶりつくそうと考えたのだろう。道化が必死になって自分を守るため働くさまを見て興じようという持てる者の傲慢な遊戯。フィレイヌの突然の発言に驚きの声がなかったことを思うと、おそらくは他の少女たちも全員そのための協力者のはずだ。
 場合によると、アールダメン候家と公的でない繋がりを作っておこう、と(伯爵は)考えているのかもしれない。令嬢からの依頼という形にすることで、伯爵家としては無関係という形を取りながら繋がりを作り、なんらかの取引に使おうと考える可能性もないではない。
 そういったことは、わかってはいるけれども。
「それでも、デュラハンが人の命を奪おうとしているのを放っておく気にはなれないよ。僕たちがいなくとも大丈夫かもしれないとは思うけれど、大丈夫ではない、令嬢に限らず誰かに被害が出る可能性もある。少なくとも僕たちが戦力として加わることで、その可能性を減ずることはできるはずだと思うんだ」
「ふぅん……ま、確かにな。お前がそう考えているんなら、俺としては文句はない。俺もその仕事、請けよう」
「ありがとう。……ヴィオは、どうかな?」
「へ? どうって?」
「この仕事。請けてくれる?」
「へ? だってアーヴが請けるんだろ? だったら俺も請けるに決まってんじゃん」
 目をぱちぱちさせてそう言われ、アーヴィンドは思わず顔を押さえた。かぁっと熱くなった顔を見られるのが、正直恥ずかしかったので。
「アーヴー? どしたのー?」
「……いや、なんでもないよ。じゃあこの仕事、問題なく請けるということで、いいかな?」
「うんっ!」
「ああ。……となると、だ。お前ら、今の戦力はどのくらいなんだ?」
『え?』
 フェイクに等分に見られながら言われて、アーヴィンドとヴィオは顔を見合わせて答えてしまったが、フェイクは当然のような顔をしながら言葉を重ねる。
「え? じゃない。お前らが今どれくらい強いのか知っておかないと作戦の立てようがないだろうが。まさか作戦も立てずに護衛の任務をやって、無事終えられると思っていたわけじゃないだろうな?」
「そ……れは、もちろん。作戦は、きちんと立てるつもりでいたよ」
 ただ、フェイクが作戦の段階から自分たちの力を当てにする、とは正直考えていなかっただけだ。フェイクと自分たちの間には圧倒的なまでの差がある。はっきり言ってデュラハンだって、フェイクにかかれば簡単に片付けられる相手だろう。
 優秀な冒険者としての性によるものなのか――それともフェイクが本当に、自分たちを仲間として頼りにしているのか。それはわからなかったが、この自分から見ればそれこそ天と地ほどに実力の違う存在に当てにされるというのは、正直、ぞくっとするほど嬉しいものがあった。
 だが、それはそれとして。
「……どのくらいなんだろう」
「は? お前、自分の強さも把握できてないのにデュラハン相手の仕事を請けたのか」
「そ、そうじゃなくて! 自分の能力はわかっているつもりだけれど、他の人と比べてどうか、っていう指標がないんだよ。ファリス神殿では毎日お勤めしているけれど、僕は実家との関係で基本的に立場は神学生ということになっているから、奉仕活動をするにも許可が必要で。魔術はバレン師以外からの教えを受けたことがないから比べる相手がバレン師しかいないし……戦士としての能力もヴィオと比べるしかなくて」
「ふん……比較対象がいない、ね。けど自分になにができて、なにができないかはわかるんだろう? 言ってみな」
「ええと、神聖魔法は保存≠竍悪霊払い≠ワでなら使うことができるようになった。日々の祈りの時に魔法の練習もしているから、間違いはないよ。魔術師としての能力は……この前からまったく変わっていない。戦士としての能力は、せいぜいがゴブリンとやりあえるぐらいかな」
「えっとね、俺は状態回復≠ョらいまでは使えるよ。あと、殴りあってもアーヴより二枚上手って感じ」
「ふむ」
 小さくうなずいてから、フェイクは告げる。
「よし。ならアーヴィンド、今回の仕事はお前が鍵だな」
「え……えぇっ!?」
 思わず叫んで立ち上がる。思ってもみなかった言葉に愕然と目と口を開いてしまったが、フェイクはしごく当然のことを言ったという顔だ。
「別に驚くようなことじゃないだろう。司祭は死せる者¢ホ策の専門家だ」
「だけど、僕とフェイクじゃあまりに実力が」
「え、そーなの? しさいってアーヴィンドみたいな奴のことだよな?」
「え……うん、まぁ。始原の巨人≠フ体から生まれた神を信仰し、神聖魔法を使う存在を司祭や神官と呼ぶんだけれど……神聖魔法には死せる者≠ノ対抗するための呪文がいくつもあるんだ」
「へー。だったら別にアーヴィンドが鍵になるの当たり前じゃん」
「で、でも……僕とフェイクじゃ実力が違いすぎるだろう? 戦いでは足手まといになってしまうと」
「なに言ってる。実力に差があるのと足手まといになるのは同じこっちゃないだろが。そしてお前は俺と同等ではないにしろ、デュラハンと戦うに際しては大きな戦力になるだけの神聖魔法の使い手だ」
「え……そう、かな」
「ああ。はっきり言ってもう高司祭級、ひとつの街の神殿を任されても少しもおかしくないぐらいにはなってるぜ」
「えぇ……!?」
 大きく目を見開く。はっきり言って思ってもみなかった言葉だった。だって自分は一ヶ月前まで、本当に神官見習い程度の実力しかなかったというのに。
「ま、お前らほど早いのは特例中の特例だがな、冒険者になってしばらくはとんとん拍子に実力つけてく奴ってのはけっこういるんだ」
「そ、そうなの?」
「ああ。神官見習いぐらいの実力しかなかった奴があっという間に高司祭級の魔法を使えるようになったり、ゴブリンに四苦八苦してた奴がアイアンゴーレムとも渡り合えるようになったり。まぁそういう奴らも、ある程度いったら伸び悩むのが大半だけどな」
「そ、そういうものなんだ……」
「英雄とか呼ばれるような奴はたいていそういう奴らの中から生まれてくる。冒険者としての暮らしが性に合った、冒険者になるべくしてなった、冒険者になるために生まれてきたみたいな奴らの中からな」
「…………」
 アーヴィンドは思わずほぅ、と息をついた。冒険者になるために生まれてきた。まるで物語のような話だ。でもそれは、この世界では、冒険者としての人生の中では本当に当たり前のように存在するものなのだ。
「で、今のお前はデュラハンに対してはこの中で一番の戦力になるだけの実力を身につけている、ってわけさ」
「えぇ……!? ど、どうしてそんな」
「まずなにより、お前ほどの実力だったら普通のデュラハンなら聖なる光≠通せるだろう」
「そ、れは、そうだけど」
聖なる光≠ニいうのは神聖魔法のひとつで、自分の周囲大股十歩ほどに眩しい光を放つ呪文だ。普通の生き物ならただ目が眩むだけだが、死せる者≠ェこの光を浴びるとその不浄な生命力に損害を受ける。
「デュラハンってのは必ず馬と戦車と一緒に出てくるもんだから聖なる光≠ヘうってつけの魔法だ、なにせ後ろから放てばこっちには損害がないんだからな。それにそれが通ればヴィオの実力でも十二分にデュラハンとやりあえる」
「……確かに」
 そのデュラハンが普通のデュラハンならば、そうなるはずだ。自分のヴィオの戦士としての実力に対する見立てが正しければ。
「今のお前なら、聖なる光≠ヘ何回放てる?」
「気絶覚悟なら、十回は……」
「だろう? それだけでデュラハンを滅ぼすのにはお釣りがくる計算だぜ。デュラハンが真っ昼間から出てくるってことはないだろうから、ヴィオも治癒≠ェ使えるだろう、前線で戦いつつの癒し手に回れる。俺たちが前線を支えて、お前が後方からひたすら聖なる光≠使いまくれば、まず間違いなく大過なく勝てる計算だぜ。ま、予想外のことはいつだって起こりえるから、油断は禁物だがな」
「……なるほど……」
 きちんと説明されると、確かにその通りだ。デュラハンが普通のデュラハンであれば、自分の知識が間違い出ないのならば、大した被害を出さずに勝てるはず。
「そっかー、それじゃーそーいうさくせんでいくってことで、いーよね?」
「うん。いいと思う」
「ああ。じゃ、さっそく行くとするか。詳しい護衛の計画は屋敷を見て本人たちと話し合わにゃ立てようもないし。日数にどれくらいの余裕があるのかは知らんが、早めに行くにこしたことはないだろう」
「うん、その途中でヴィオに銀製の槍を買っていかないとね。今の所持金なら、品質が高いものが買えるはず」
「へ? なんで?」
「デュラハンには銀か魔法の武器でないと傷がつけられないんだよ。心配しなくてもいいよ、パーティに有用な買い物だから僕からも資金を」
「いや、武器なら自分の金で買うのが普通だろ。金が足りないならともかく、そのくらいの金ならあるだろう?」
「でも……それだけ払うと生活費がかなり圧迫されてしまうし」
「それなら生活費の方を貸せよ。……まぁそれより先に本人の意志か、ヴィオ、どうする?」
「んー……俺もなんか、すごい武器があるんならほしーなって思うけど、俺のお金で買えるなら買いたいなぁ。自分の武器を、自分で稼いだ金で買うって、なんかいいじゃん」
「……そう、だね」
 その気持ちはアーヴィンドにも理解できた。神殿への奉仕などで必死に溜めた資金で買った、最高品質の薄片鎧には他の装備よりもいくぶん思い入れがある。
「わかった、じゃあ……」
 と、口を開くや、古代王国への扉£烽フ扉がばぁんと音を立てて開かれた。それからほとんど倒れこむように、襤褸と大差ない服をまとった少女が店の中へと飛び込んで叫ぶ。
「助けて、くださいっ!」
「おいおい、どうしたお嬢ちゃん?」
「助けがいるなら、払うもん払ってくれりゃ力になってやるぜ?」
 わいわいと近寄ってくる店の冒険者たちに、少女はぜぇはぁと荒い息をつき震えながらも、気丈にぶんぶんと首を振った。
「お金は、ありません。うちはただの貧乏薬師で、いつも食うや食わずでやってるから、貯金なんてまるでないんですもの」
「おいおい、冒険者にもの頼むのに金がないってどういうことだよ」
「それじゃあこっちとしてもどうにもしようがねぇなぁ」
 ぎゅっと唇を噛みながらも、少女はうなずいてみせる。
「わかってます。普通の冒険者に頼むのには、お金がいるって。だから、ここに来たんです」
「は?」
「ここには、魔獣に呪いをかけられた、アールダメン侯子さまがいらっしゃるんでしょう?」
 真剣な顔でそう言われ、アーヴィンドは思わず目を見開いた。助けが必要かと身構えながらも、他の冒険者たちが相手をするならば出しゃばるのはやめておこうと静観していたのだが、まさか指名があろうとは。
 軽くヴィオとフェイクに諮るような視線を向け、フェイクがうなずきヴィオが笑顔を返してくれるのを確認してから立ち上がってその少女へと歩み寄る。
「私に、なにかご用でしょうか」
「ああ、侯子さま! わたし」
「申し訳ありません、最初に申し上げておきたいのですが。今の私は、侯子としての身分を持っているわけではありません」
「え……でも」
「今現在、私は一時的に侯子としての身分を返上している身です。父母とは繋がりを持っていますし彼らと共にいるならば身分の保障はされますが、彼らがいなければ私はただのファリス神に仕える神官の一冒険者にしかすぎません」
「ほ……本当、なんですか?」
「ええ」
 もちろん、本当だ。こんなことでファリス神の神官が嘘をつくはずがない。国府に申し出て正式に一時侯子としての身分を返上させていただいている。なので現在アーヴィンド自身には、アールダメン侯子として与えられている地位も権力も使うことはまったくできないのだ。
 これは冒険者になることになった時からあらかじめ行っていたことで(両親はそれが早く自分たちのところへ戻ってくる一助になると思ったのだろう、反対はしなかった)、ヴィオとフェイクも知っていることだ。
 少女は一瞬ぽかんとしたが、すぐにぶるぶるっと首を振り、勢い込んでアーヴィンドの手を握ってきた。
「でも、あなたは、すごい冒険者でいらっしゃるんでしょう? 幽霊をあっさり昇天させてしまうくらい!」
「すごい、というほどでは。私はまだまだ駆け出しです。日々自らの無力さを思い知らされるばかりで」
「それでもいいんですっ! だって、首なし騎士は倒せるんでしょうっ!?」
 一瞬、アーヴィンドは目を大きく見開いてしまうのを止めることができなかった。
「首なし騎士、というと……」
「一年前、それがうちに来たんですっ! その時はなにがなんだかさっぱりわからなかったんですけど、最近村の長老に聞いたんですっ! 首なし騎士は最初に訪れた一年後に、またやってきてその家の人間を殺すって! お願いしますっ、どうか、私たちを助けてくださいっ!」
 そう泣き叫ばんばかりの声音で言い、少女は深々と頭を下げた。

 少女(名前はアンというそうだ)には食事をさせ、アーヴィンドたちの部屋で休ませた(アーヴィンドとヴィオは同じ部屋に寝起きしている。夜は異性なのだから好ましくないことだとは思うし恥ずかしい思いをすることもしばしばだったが、駆け出しが個室を使えるわけがない)。かなり体力を消耗しているようだったからだ。
 その行為には、アンのいない場所で作戦会議を行いたい、という身勝手な思惑も働いていたのだけれども。
「……で、どうすんだ」
 フェイクがワインをくゆらせながら問うのに、ヴィオがきょとんと首を傾げる。
「どうするって、なにが?」
「あのお嬢ちゃんの依頼を請けるのかどうか、ってことだ」
「え? 請けないの?」
 ヴィオが驚いたような声で言うのに、フェイクが小さく息をつく。
「ヴィオ。なんでお前は請けるのが当然だと思うんだ?」
「え、だってさ、あの子冒険者に頼む金ないんだろ? 俺らが受けないとでゅ? でゅらはんにやられちゃうわけじゃん。だったらやるだろ、普通? まず勝てる相手だ、ってフェイク言ってたじゃん」
「……ま、そりゃそうなんだがな」
 フェイクは小さく肩をすくめ、ワインで喉を潤してから告げた。
「お前のそーいう考えには、いくつか駄目なとこがあるな」
「えぇ? どこどこ?」
「まず、ひとつ。冒険者は慈善事業はしない、ってことだ」
「へ? じぜ?」
「慈善事業。報酬をもらわないまま仕事をするわけにはいかないんだよ」
「えー、なんでなんで? お金ないとご飯食べれないのはわかったけど、今ご飯食べるお金あるんだしいいじゃん、そんなにけちけちしなくったって」
「ま、単純に考えればそうだがな。だが長い目で見るとそういう考え方はいかにもまずい」
「えー、なんで?」
「いいか、まず俺らが冒険者やってるのは、最終目的はもちろん人によって違うが、『冒険で金を稼ぐ』っていうのがまずある。金を稼がないと飯が食えない、そうしないとまともに冒険もできない。だから基本的に、俺たち冒険者は冒険でできるだけ金を稼がないとならない。ここまではいいな?」
「うん」
「なら金が充分ある時ならただ働きしていいのか。これは冒険者によって異論はあるだろうが、俺はきっぱり『よくない』と答えるね」
「えー……? なんで?」
「まず、きりがないってことがある。一度くらいならただ働きしてもさほど苦じゃない、それは確かだ。だが一度あることは二度ある。二度あることは三度ある。一度ただ働きしてもらった奴はまたなにかあった時にもただ働きしてもらいたがる。そいつがそう思わなくても、他の奴は、『あいつがただ働きしてもらったなら自分だって』と期待する。そういう連鎖に巻き込まれるのは俺はごめんだし、他の冒険者にだって迷惑がかかる」
「うー……そーかなー?」
「俺にとってはそうだな。次に、商売の仁義としてよくない、ってことがある。俺らは冒険者として看板出してる。つまりは本職だ。本職の人間は、相応の対価をもらわなけりゃ腕を振るうべきじゃない。そうしなけりゃ腕の価値が下がる。世界の商売がちゃんと回るためには、本職の人間は自分の腕を振るう時にはきっちりその分の報酬を要求するべきなのさ。そうしなけりゃその商売全体の価値が下がる」
「えー……なんで?」
「さっきの話と同じさ。俺らが極端な安値で仕事を請けたら、他の奴だってそのくらいの値段で仕事してもらいたがる。俺ら以外の奴に仕事を依頼する奴も、あいつらがあのくらいの値段ならこいつらだって、と値段を下げたがる。つまり、腕にふさわしい値段を払ってもらわないのに働くのは、同じ商売に生きる世界全員にとって害にしかならない」
「うー……」
「最後に、人の仁義としてよくないのさ。なにもしてないのになにかをしてもらう、ってのは物乞いの発想だ。普通に金を払って仕事をしてもらうならお互いの立場は対等だが、なにもせずに慈悲をくれろと言うなら、金の代わりにそいつの誇りってもんを売ることになる。そいつの意に反して頭を下げさせられ、見下される。相手の方だってごく当たり前のことをした、とはいかない。気遣いやら礼儀やら、そういうもんが歪んじまう。だから、俺は慈善事業は絶対にしない」
「うー……でもさー、あのアン? って子、もーすぐデュラハンに襲われるんでしょ? だったらじぜんじぎょーがどーとか言ってる場合じゃないじゃん、さっさと助けてから決めるとかじゃだめなの?」
「いや、そういうのは俺もありだと思うぜ。むしろそれが普通のやり方だろ。けど、だ。思い出してみろよ、俺らは伯爵からの依頼を請けたんだぞ。向こうもデュラハンにいつ襲われるかわからない状況だ、そっち放り出してあのお嬢ちゃんの依頼を請けるのか?」
「あ! そっか、それはだめだよな、どーしよー?」
「だから、それをこれから話し合おうってのさ。……どうする、アーヴィンド?」
 問われてアーヴィンドは、ゆっくりと顔を上げた。眉間に深く皺が刻まれているのが自分でもわかる。ずっとそのことについて考えていたのだ、当たり前だ。
 難しい問題だと思った。単純にこちらを立てればあちらが立たず、という問題ではない。言ってしまえば伯爵令嬢の方は自分たちがいなくても郎党たちだけで方をつけられる可能性が高い。そうでなくとも伯爵家の財力があれば腕のいい冒険者をいくらでも雇える。だが、アンの方は自分たち以外に、今のところ当てがない。
 しかしだからといってアンの方の仕事を請ければいい、というものでもない。フェイクの言った言葉は正論だ、冒険者として、曲がりなりにも本職として看板を出している身として、そして人として無報酬で仕事を請けるべきではないという言葉は正しいと、アーヴィンドのアールダメン候子として教育を受けた部分が言っている。
 だが、ファリスの神官としてのアーヴィンドは、そういう問題ではない、ときっぱり言っていた。力のない者がいて、それに自分たちは力を貸すことができる。なのにそれをしないのは怠慢という悪徳でしかない、と自分の中のファリスの教えが言うのだ。正しきことを成してくれという、懇願するような想いとともに。
 どうすればいい。どうすれば。そう何度も何度も考えて、それでも結論が出ない。こうすればいいのではないかという想いや、こうしたいという想いを裏付ける、現実的な方法が思いつかないのだ。
「……僕は……わからない」
 それだけ言って羞恥とともに顔を伏せる。なんて、情けない。恥ずかしい。ファリスの神官として、アールダメン候子として高い教育を受けた身として――なにより、あの人と、一時であろうとも共に、冒険≠した身として――
 という心底からの羞恥を、フェイクは一言できっぱり切って捨てた。
「阿呆。わからないとか言ってる場合か、なんでもいいから考えを少しはひねり出せ」
「……え?」
「え? 考え、少しでいいの?」
「少しでもないよりはマシだ。なにか考えがあるならそれを叩き台に少しはマシな計画も立てられるだろうが、まったく皆無じゃどうにもしようがねぇ」
「たたきだい?」
「よーするに、その考えを元にみんなで計画を考えよう、ってことさ。人間の知恵ってのは一人じゃどうしたってどっかに隙ができるが、数が多けりゃ、そしてそいつらが全員きっちり私心なく考えりゃ、それだけ隙ができる可能性を減らせる」
「へー、そーなんだ」
「三人寄ればラーダの恵みあり、っつうだろうが。ま、烏合の衆って言葉もあるがな」
「………そうか」
 アーヴィンドは、小さく呟いた。そうだ、そうなのだ。アーヴィンドに今与えられている問題は、一人で解決しなければならないものではない。
 むしろ、するべきではないのだ。この仕事は、自分≠ナはなく、自分と、対等の立場の仲間たちで組んだパーティ≠ノ与えられたものなのだから。
「一人で何人もの人の運命をどうこうしようなど、どうしようもない不遜、ということか……」
「へ? アーヴ、なにそれ?」
「いや。僕はやっぱりまだまだどうしようもなく未熟だ、って思っただけ」
「えー? そーかなー?」
「未熟でもなんでもいいからなんか考えろ。そうしなけりゃ死人が出る可能性が高いんだぞ」
「うん」
 アーヴィンドはこっくりとうなずく。そうだ、未熟だろうとなんだろうと、冒険者をやっていれば問題は次から次へとやってくるのだ。それに対して、拗ねてみても怖気てみても始まらない。なにもしなければ最悪の結果に終わるのだ、ならなんとか少しはマシな結果に終わるよう全身全霊を振り絞るしかない。
「僕は、アンさんと伯爵令嬢、双方の依頼をなんとかして請けたいと思っているんだ」
「え、そーなの?」
「ほう。一応、理由を聞こうか」
「まず……アンさんの依頼を請けなければ、彼女ないし彼女の家族に犠牲者が出ることは明白だよね。かといって一度請けると言った以上、伯爵令嬢の依頼を断るわけにもいかない。ならば残る道は、双方の依頼を請けて双方のデュラハンに対処する、これだけだと思うんだ」
「おー、そっかー! ならどっちも助かるよな!」
「ふん……まず聞こう。アンの依頼を請けて、俺たちになにか得があるのか?」
「うん、いくつか。……まず、彼女たちがごく普通の庶民である、ということなんだ」
「ほう」
「僕の名は富裕層に売れているんだよね。だったら、ここで伯爵の依頼だけを受けて、アンさんの依頼を放り出すことは、僕たち評判のパーティにいい結果をもたらさないと思うんだ。僕が侯子であることを理由に、富裕層、特に貴族階級御用達のような印象を与えてしまう。それは冒険者としては、非常に依頼の幅を狭めると思う」
「ふん……それから?」
「次に……彼女の家は薬師なんだよね。どれだけの腕なのかはわからないけれど、家を挙げて薬師をやっているのならばそれなりに患者の方が来ると思うんだ。そういう人たちに、僕たちパーティの話をしてもらえば、名が売れる――つまり仕事が来やすくなると思う」
「ふん。それで?」
「それから……彼女たちが薬師だというんなら、薬の現物支給をしてもらえるというのがある。病気っていうのはいつ訪れるかわからないものだし、僕やヴィオの呪文があっても、難しい病気だと完治は難しいことがほとんどだ。そういう時に安定した薬の供給源があるというのは、すごく助かることだと思う」
「ふむ。なるほどな」
 フェイクがうなずくのに、アーヴィンドは思わずほ、と息を吐いた。少なくとも、さほど見当違いな意見は言わずにすんだらしい。
 が、続けてフェイクがさらっと言った言葉に、思わず目を見開く。
「俺は、他にもいくつか手が打てると思う」
「……え?」
「せっかくデュラハン二体を同時に相手取るなんて珍しい話が転がり込んできたんだ、最大限に利用しなきゃ損ってもんだろう?」
 にやり、と笑ってみせたその顔は、控え目に言っても、何事か企んでいそうな顔だった。

「アーヴィンドさま、お茶が入りましてよ? エレミア産の茶葉ですの、私が調合いたしましたの、ぜひアーヴィンドさまにご賞味いただきたいですわ」
「あ、アーヴィンドさまっ! 私も特製の香草茶淹れたんですっ、淹れ立てだとすごくいい香りがするんですよっ。だから、あの、よろしければ……」
 伯爵令嬢と薬師の娘、二人に両側から挟まれて迫られ、アーヴィンドは内心こっそり嘆息した。
 討議を終えたのち、自分たちはまずオラン郊外のアンの家に向かって家族(両親と妹が一人いた)を拾い、ノーデリカ伯爵家に向かった。そして、真正面からノーデリカ伯に説得を行ったのだ。
「伯爵閣下の立場からしてみれば、筋違いと言われてもおかしくないことかもしれません。領民でもない人間が死の影に怯えていようと、手を貸さなければならない義務はない」
「ですが、今、命が実際に失われるかもしれない人がいて、貸すことができる力があるのです。それなのにその人を見捨てるのは、国を治める貴族の一人として、ファリスの信徒として、いいえそれ以前に人としてすべきではないと思われませんでしょうか」
「彼女たちには我々より他に頼ることができる者がいないのです。どうか彼女を、フィレイヌさまと共に守ることをお許し願えませんでしょうか」
「むろん、たとえ守る相手が増え、敵の数が一組増えようとも、ご令嬢に危害が加えられる可能性はほぼ皆無、といえる状態に持っていけると断言できます」
「報酬の増減? それは、むろん伯爵閣下の御心にお任せします(にっこり)」
 続いてフィレイヌ嬢にも説得を行った。
「我々貴族は、任ぜられた領地の統治を行うことが本分と承知しています。ですがこうして目の前に助けを求めている人がいて、助けを与える機会があり、能力がある。だというのに捨て置くのは、人として恥ずべきことではないでしょうか」
「少なくともデュラハンが襲ってくるまでは、あなたはこの館を動くことができません。ならば、ともに不幸な境遇に陥った相手に、一時の宿を与えることは可能なはずです」
 真摯な表情で誠実に説得を行い、「アーヴィンドさまは私のことよりもその娘の方が心配ですの?(うるうる)」とごねられれば真剣な、誇り高く、真に貴族らしいとアーヴィンドが思える表情でこう訴えた。
「あなたが心配であり、彼女が心配であり、お互いが幸福な人生を送れるかが心配なのです。アン嬢の家業は薬師ですが、少しでも多くの人を救うために薬代を安くしているので暮らしはいつもかつかつです。それでも自分たちの行いを、生を誇り懸命に生き抜いている。私にとって、彼女は尊敬できる女性です。……フィレイヌさま、あなたは、自らの生を他者に誇ることができますか?」
 フェイクには「そういう言い方は女には逆効果なこともあるぞ」と危ぶまれた説得方法だが、アーヴィンドとしてはこう言わなければ筋が通らない、という気持ちだった。
 デュラハンの死の宣告≠受けながら、それすらも遊び半分で通り抜けられると信じている厚顔と不遜。そんな気まぐれがひとつの家族を死に追いやった可能性もあったのに。
 そんな無恥を、幼稚な邪悪を、高い地位にある人間の娘が抱いていることは、どう転んでもいい結果をもたらさない。そう考えてアーヴィンドなりに真摯に行った説得に、フィレイヌは唇を噛みながらもうなずいた。
 そしてその一方、アン一家にも説得を行った。まずアン一家と話し合い、アン一家がかなりに腕のいい薬師だが、人を救おうとすることに必死なせいで身をかまいつける余裕も、金を貯める余裕もないことを知ったのち、アンの両親にこれをひとつの機会と捉えるべきだ、と訴えたのだ。
「あなた方のそのご意志はとても立派なことだと思います。そういった意志がどれだけ多くの人を救ったかを考えると、尊敬申し上げずにはいられません」
「ですが、今回のことでもわかるように、本来高い技術を持つ人間はそれに見合う料金を受け取るべきなのです。そうしなければ薬師という職業自体が、お互いの関係性が、相手の人間性が歪んでしまいます」
「もちろんだからといって今目の前で苦しんでいる人を助けなくていい、ということではありません。それは本末転倒です。ただ、助けたならばその次を考えねばなりません。その人がまた病むことのないように、その人を取り巻く環境を、その人が料金を払えるだけの賃金を得られるよう、働けるように社会を、なんとかすることを考えねばならないのです」
「そして、今回の事件はあなた方が、自らの、周囲の人間の窮状を、社会を創る人間に訴えるこの上ない機会になると思うのです。そして、あなた方の能力を示す機会にも」
「たとえば、オランには国立の施療所があり、貧しい人間の多い地域には特にいくつも作られています。それを現場の人間の視点から見た場合での改善点、おかしいと思うところ、そういう点を伯爵に教授してはどうでしょう。場合によっては自分ならばこうする、と主張するのもいいですね。他には、あなた方の持っている、市場の薬より効きのいい薬の主張なども。伯爵は機を見るに敏な方です、あなた方のその薬が商売になる、と思えば資金を投入して、市場に乗せてくれるでしょう」
「大丈夫です、伯爵と話す時には私が微力ながらご助力いたします。その代わり、あなた方がそれによって利益を得ることができたなら、その中からいくらかを我々に分けていただきたいのです。詳しい契約はめどがついた時に改めてさせていただきますが、今回のあなた方からの報酬はいくらかの薬とそれ、ということに」
 これらの案の骨子はフェイクが考え出したものだが、アーヴィンドも自分なりに修正に協力を行った。今回の一件を『不幸にも重なりあった』ではなく『縁ができた』と考えるやり方。そしてその縁を最大限に活かし、双方に利益を出させようとする方法。アーヴィンドにとってそれらは驚くべき思考法だったが、その正しさには確かに目を瞠るべきものがあったのだ。
 そして、それらの説得はなんとか効果を示し、自分たちとアン一家とフィレイヌたち死の宣告≠受けた者は、デュラハンが襲ってくるまで伯爵家の離れで居住し、共に暮らし、伯爵ともできるだけお茶会などの機会があった時には席を共にする、という状態を作り出すことができたのだが。
「さ、アーヴィンドさま、どうぞ」
「あのっ、アーヴィンドさまっ、どうか……」
 双方から迫られ、内心で深々と嘆息する。なぜ、この二人は自分にばかり会話を集中させるのか。
 共同生活三日目のお茶会。これまでで伯爵とアンの両親たちは薬草や施療の技術などについての話もしたりしているのだが(自分も全力で仲立ちを行ったし)、フィレイヌとアンはなぜか、最初から双方やっきになって自分に話しかけてくるのだ。どうやら、お互いに相手を意識(というか敵視)してしまっているせいで、自分の気を引こうと双方ムキになってしまっているらしい。
 このテラスでの茶会の席にいるのは自分とヴィオとフィレイヌとアン一家なのだが(フェイクは外部で敵を警戒)、アンの両親たちはアンを止めようとしてくれないし、給仕の使用人たちはこっそりとフィレイヌと自分を近づけようと全力を尽くしてくる。本当に、なんでこういうことになってしまっているんだろう、とこっそりため息をつく。
 自分の力が及ばなかったのだろうか、言葉を理解してもらえなかったのだろうか、とフェイクにこぼした時には、肩をすくめてこう言われた。
「っつぅか、単純にお前がそれだけうまそうな獲物に思えたっつーだけだろ」
「は? 獲物……?」
「お前の話しぶりやら考え方なんかを知って、本格的に落とす気になったんだろ、どっちも。アールダメン候子ってだけじゃなく、有能な奴だってな。おまけに顔もいいし、見てるだけでムラムラする雰囲気の持ち主だし」
「あの……本気で、おっしゃってます?」
「ああ。ま、女の性として、争う敵がいるから燃え上がるってせいもあるだろうけどな。互いに互いが気に入らないみたいだし」
 そう、フィレイヌとアンは、控えめに言ってもかなり仲が悪かった。おどおどした顔でやってきたアンに、フィレイヌは慇懃無礼を絵に描いたような態度で接し、それでアンも一気にフィレイヌを敵と認識してしまったようなのだ。
 互いに互いの得意分野でアーヴィンドの気を引こうとやっきになり、幸いフィレイヌが使用人を使ってアン一家に嫌がらせをするようなことはないようだが、アーヴィンドにいないところではかなり険悪に言い争ったりしているらしい。アンが伯爵令嬢のフィレイヌに一歩も引かずに向かい合うほどの気概を持っていたのは意外だったが(そしてけっこうなことだとは思うのだが)、アーヴィンドとしてはこの状態はどうにも歓迎できなかった。
 ふ、と小さく息を吐き、差し出されたお茶のカップを、まずフィレイヌの方から(前回こういったことがあった際はアンから先に受け取ったので)受け取り、一口すする。そして続いてアンのほうを受け取り一口すする。ときおりお茶菓子を摘みつつ二つのカップのお茶を交互にすすり、飲み終えてから告げた。
「どちらもとてもおいしかったです、ありがとうございます」
「………! アーヴィンドさま、私の香草茶、ご満足いただけませんでしたかしら?」
「……いいえ。どちらもとてもおいしかったです。フィレイヌ殿のお茶は薫り高いエレミア産らしい深い香りを味わえましたし、アンさんの香草茶は独特の風味を堪能させていただきました。どちらもそれぞれにすばらしい味わいでしたよ。どうですか、フィレイヌ殿もアンさんも、お互いのお茶をご賞味されては?」
 お互い明らかにむっとした顔で、相手を睨むように見てから、無言でお互いのためにお茶を淹れ、すする。互いにその味わいに驚いたのだろう、明らかに目を見開いたが、そんなことをおくびにも出さずつんと澄ましてこんなことを言った。
「まぁ、本当にけっこうなお味ですこと、草を混ぜて作ったわりには。お茶の葉を買えない下々の人間にはもってこいなのでしょうね」
「そうですね、こちらのお茶もおいしいですよ、お嬢様が淹れたわりには。すごいですね伯爵令嬢って、お茶の葉の風味をちゃんと引き出せるほどの心得がなくても高い茶葉が買えるんですもの」
 お互いアーヴィンドには笑顔を向けながら、相手には鋭い視線を向ける。こんな機会なのにどうしてお互いをより高めあおうとしないんだろう。お互いの持っているもので利益を得ようという考えすらないようだ。このままでは、とアーヴィンドはこっそり眉間に皺を寄せた。

「なーなー、フィレイヌさまー」
 夕食後、サロンで不機嫌そうな顔でお茶を飲んでいたフィレイヌに、ヴィオが声をかけた。
「……なんですのあなたは。突然に」
「え? 俺はヴィオだよ、アーヴィンドの仲間の。もー忘れちゃった? フィレイヌさまって案外物忘れ」
「あなたがどなたかはちゃんと覚えています! ただ、馴れ馴れしいと申し上げているのです。伯爵の娘に対して、その態度は不敬だとは思いませんの?」
「へ? なんで?」
「なんで……って。伯爵という存在をなんだと思っているのですか、あなたは!? 我がノーデリカ伯爵家はオラン王家から直接所領をいただき、アトン戦役ではいくつもの武勲を挙げた名家中の名家なのですよ!?」
「ふーん……そーなんだ。で、なんで?」
「な、なんで、って……だからさっき説明したでしょう! 我がノーデリカ伯爵家は」
「だからさー、フィレイヌさまの家の人がすごいことやったのはわかるけど、それでなんでフィレイヌさまと普通に話しちゃいけないの?」
「な……」
 フィレイヌは一瞬絶句してから、勢い込んで「そんなことは当たり前でしょうっ!」と言いかかるが、ヴィオは肩をすくめてごくあっさりと言う。
「フィレイヌさまって、俺とあんま年変わんないし。別にすごい人ってわけでもないし。普通に話しかけるの、普通じゃないの?」
「す、すごい人じゃない、って……私はノーデリカ伯爵家の一人娘なのですよっ」
「でもフィレイヌさまって、別になんかすごいことできるわけでもすごいいい人ってわけでもないじゃん。アンとムキになって喧嘩するしさー」
「そ、それは……だけど」
「同じようにでゅらはんに狙われてんのにさ。仲良くしたり、協力したりしないで喧嘩してばっかでさ。なんか、すっげーみっともないと思うんだけど、フィレイヌさまは自分でそう思わないの?」
「っ……だって、それは……」
「うん。それは?」
「だって……」
 途中まで言って、フィレイヌはうなだれる。ヴィオの言葉に反論できないことに気づいてしまったのだろう。
 そこまで観察してから、アーヴィンドは小さくファリスへ懺悔の祈りを捧げ(覗き見をするような形になってしまったことを。この事態が落ち着いたらまたきちんと神殿で祈りを捧げなければならないだろうけれども)、隠れていた廊下の角を離れた。そろそろフェイクとの見張りの交代の時間だ。
 ヴィオに話してもらうことを頼んだのは正解だった、と改めて思う。アンに話してもらった時も、その明朗闊達な態度でうまくアンに自らの行為の正誤を自覚させてくれたのだ。
 これからは少しは二人が仲よくしてくれるといいのだけれど、と小さくため息をつく。あのように始終張り合って自分に話しかけてこられてはアーヴィンドも正直神経がくたびれるのだ。しかもデュラハンがいつ襲ってくるかもしれない状態で――
 がらんがろんがろん。唐突に、大きな鐘の音が鳴り響いた。
「!」
 声を発するよりも早く走り出す。これはつまり、来た″図だ。
 この鐘が鳴った時、この屋敷にいる人間は全員ロビーに集まるように、と何度も繰り返し訓練も行った。フィレイヌはヴィオが一緒にいるし、アンたちはそれぞれ部屋に引き取っている。この場所からならばまっすぐにロビーに向かった方が早い。
 ロビーに下りるや、目に入ってきたのは二頭引きの馬車に乗った騎士、それも首を小脇に抱えた明らかに生きてはいない存在――すなわちデュラハンと、それと真正面からやりあっているフェイクだった。
「フェイクさん!」
 叫んで駆け寄ろうとするより早く、フェイクが鋭く叫ぶ。
「打ち合わせ通りにやれ! こいつ一体だけだって保障はどこにもないぞ!」
「っ、うんっ」
 ばばっと周囲を観察し、二階からこけつまろびつという勢いで下りてきたアンとその家族たち、そして使用人たちに、「こちらへ!」と叫んでロビー中央、フェイクより十歩離れたくらいの場所に下りる。みんなで考えて、それがいいと決めたのだ。
「アーヴ! フェイク! 大丈夫!?」
「ヴィオ! 大丈夫、早くこっちへ!」
 フィレイヌを引っ張って走ってきたヴィオに、声をかける間もデュラハンとフェイクの戦いを注視しつつ、周囲を警戒する。フェイクに傷が入れば即癒し≠かけれるように。ヴィオがまだこちらに来ていない状態では聖なる光≠ヘ放てない。
「あ、アーヴィンドさまっ! あ、あ、あれがデュラハンですのっ!? あんな、あんな、おぞましいものがっ!?」
「……フィレイヌ殿はすでにご覧になっていたかと思っていましたが」
「私は眠っていたので使用人たちから姿を聞いただけですの! ああ……あんな……あんな! アーヴィンドさまっ」
 確かフィレイヌは自分を指差したと言っていた気がしたが、と思うアーヴィンドに、フィレイヌは半泣きでしなだれかかってくる。この状態で、精神状態も半ば狂乱状態だろうに、それでもしなだれかかれる意志の強さはある意味尊敬に値するかもしれない。
 が、そこにアンが噛みついた。
「ちょっと! あなた状況わかってるの!? 今アーヴィンドさまにしがみついたって邪魔にしかならないじゃないっ」
「まぁっ! あなた自分の立場がおわかりなのかしら!? 平民が、それも着る服もろくにないような人間がノーデリカ伯爵家の一人娘であるこの私に」
「ばっかじゃないのあなた、自分の立場がわかってないのはどっちよ! 今あたしたちの命を狙って襲ってくる敵がいて、そいつらからアーヴィンドさまたちはあたしたちを守って戦ってくれようとしてるのよ!? それの邪魔してどうしようってのよ馬鹿じゃないのあんた!?」
「………! そ、そんなことあなたに言われたくなんかないわ! 私がやらなかったら絶対あなたがやっていたじゃないのっ、物欲しそうな目でアーヴィンドさまを見ていたくせにっ」
「な、な、な、なんですってぇ!?」
「アーヴ、あっち!」
 ヴィオが叫ぶと同時に小走りに走り出す。どがん、という音とともに、フェイクが戦っているのとはまた別のデュラハンが館の中に殴りこんできたのだ。
 予想の範囲内だ、と乱れる心を叱りつける。こういう状態も想定して、自分たちは作戦を立てた。何度も修正をくり返しながら、穴がなくなるまで。ならばその作戦を実行するのみ!
「ヴィオ!」
 ヴィオが自分より九歩離れたところまで移動するや、アーヴィンドは声を上げる。ヴィオはこの位置でもう一体のデュラハンを迎え撃つのだ。
 もちろん、ヴィオの戦士としての腕はデュラハンと一対一でやりあえるほどではない。だからこそ、自分がそれを援護するのだ。
「――我が神ファリスよ。偉大なる太陽神よ。その清らなる光をここに来たらしめたまえ。我が祈りを力に、力を光に変え、世界をその偉大なる御力もて変革させたまえ!」
 高々と上げたアーヴィンドの掌の中から、カッ! とばかりに輝かしい光がほとばしる。それはこちらを見ている者全員の目を焼き、不浄なる生命の肉体を焼いた。
「きゃあっ! 眩しいっ! なに、なんなのこれは!? アーヴィンドさまっ、眩しいわっ!?」
「馬鹿ねっ、あんたアーヴィンドさまのお話聞いてなかったのっ!? 戦いになったら自分は光る呪文を使うから自分の方を見ないでくださいっておっしゃってたじゃないっ!」
「なっ、あなたに馬鹿なんて言われる筋合いないわっ、あなただってアーヴィンドさまがお話してたときは涎でも垂らしそうな顔でアーヴィンドさまの方を見てたくせにっ。どうせあとで他の人に教えてもらったんでしょっ」
「なっ……それこそ他の人に聞こうともしなかったあんたに言われたくないわよっ!」
 きっとヴィオを見つめ、様子をうかがいながら呪文を唱える。できるだけ早く、何度もデュラハンに打撃を与えなければ。聖なる光≠ナ目を焼かれていないデュラハンとヴィオを戦わせてはいけない。
「だいたいね、あなたは生意気なのよっ! たかだか貧乏薬師の娘のくせに、私に張り合おうだなんてどうかしてるわっ」
「ふざけないでよ! あんたはそりゃ伯爵令嬢かもしれないけどねっ、その名前に見合うだけのこと全然やってないじゃないっ! アーヴィンドさまとは大違いっ、あたしの方がよほどマシだわっ」
「っ、礼儀作法も教養もたしなみもない女がなにを抜かしているのかしらっ!?」
「っ、自分の食い扶持を自分で稼ぐこともできない女が偉そうに言わないでくれるっ!」
「っ……」
 思わず唇を噛む。聖なる光≠ヘ、体内の魔力でその威力を打ち消されれば、いかに眩しかろうとも目を見えない状態にすることはできない。デュラハンに抵抗されて剣を振るわれ、ヴィオの体が斬り裂かれた。
 だが、それでもアーヴィンドは聖なる光≠フ呪文を唱え続ける。これも計画のうちだ。アーヴィンドが癒し手に回ると、聖なる光≠ノよる打撃を与えられず、結果的に損害が増えるという目算のためだ。
 ヴィオは、肩口から斬り裂かれ、血を噴き出させながらも懸命に呪文を唱え、傷を癒す。
「私の方がアーヴィンドさまにはふさわしいのよっ!」
「あたしの方がまだマシだわっ」
「いいえ、私の方が」
「お静かに」
 そう告げた自分の声は、我ながらひどく冷えていた。
「集中できません」
 それだけ言って、固まった二人をよそに呪文を唱える。今戦っている仲間たちを援護するために、命を救うために、冒険者としての仕事をちゃんとやるために。
 なにより、自分自身の力で生きるために。自分の力で得た、祈りの力を紡ぐ。
「聖なる光よ………!=v

「ふぅ……ま、今回もなんとか無事うまくいったな。お疲れ」
「お疲れっ」
「お疲れさま」
 それぞれにグラスやジョッキの中の飲み物を飲み干してから、言葉を交わす。全身に心地よい疲労感が満ちていた。
「結局、ほーしゅーっていくらになったんだっけ? 増えたんだっけ、減ったんだっけ?」
「とりあえずは一万ガメルのまんまだな。あいつらの薬がうまく売れれば、ある程度の金は入ってくるだろうけど」
「最初はそう簡単にはいかないだろうけど……一応の商談がまとまったのは、いいことだよね」
「ま、それにはフィレイヌとアンの仲も関係してるだろうけどな。知ってるか? あいつら、友達になったんだとさ。一週間に一度、どちらがよりいい女に成長してるか勝負をするとか言ってやがったぜ」
「へぇ……意外だな。なにか理由でも?」
「そりゃお前のせいに決まってんだろ。お前にきっぱり叱られて、ヴィオの方ばっかり見つめられて、女として相手にされてないとわかったから負けてたまるかと燃え上がって、お互いにそう思ってるのがわかって同志認定したんだろうよ」
「え……ヴィ、オって、それは」
「んぐ? 俺が、なに?」
「ああ、いやなんでもないよ! なんでもないから!」
 そんな会話を交わしたのち、ふぅ、と小さく息を吐く。
「ん? どしたのアーヴ?」
「満足げなため息だな」
「え、そーなの?」
「うん……まぁね」
 アーヴィンドは小さく苦笑する。こんなことで満足していては甘い、とわかってはいるけれど。
「なんていうか……自分なりに、少しは成長してるんだな、って確信が持てた、っていうか」
「へー。今までは持ててなかったの?」
「うん。仕事が成功したっていっても、他の人の力を借りてばっかりだったし」
 でも、今回は、少なくとも自分たちパーティの力だけで戦って、勝った。
 自分の力で仲間たちを助けることができた。自分が戦力になった。自分がいなければ危うい戦い、自分が必要とされる戦いを経験し、その役をやりおおせることができた。
 それが、甘ったれた思考だとわかってはいるけれど、しみじみと嬉しい。
「ま、とりあえずはおめでとさん。これからは嫌でもお前の力じゃなきゃ駄目だって状況が来まくるからな、覚悟しとけよ」
「はいっ」
「なーなー、それって俺も?」
「当たり前だ。このパーティに精霊使いはお前だけだろーが」
「そっかー……えへへ、そっかー」
 にへらん、と笑うヴィオに、くすっと笑うと笑いながらつんつんと脇腹をつつかれた。思わずアーヴィンドも、くすくす笑いながらつつき返してしまう。子供っぽいとはわかっているけれど、なんというかそういうじゃれあいをしてみたくてたまらなかったのだ。
 ヴィオがつんつん脇腹をつつき、ぐりぐりと肘で押してくる。やり返すと、ふくくと笑いながら全身でじゃれついてくる。それを受け止めてじゃれあっていると、フェイクにさらっと言われた。
「どうでもいいが、それ以上やるなら部屋に戻ってやったらどうだ」
「え……!?」
 一瞬ぽかんとしてから、それからカッと顔が赤くなる。今は夜が明けているけれども、もし今のが女性に対してのものだとしたら、ひどくはしたない行為だということにようやく気づいたのだ。

戻る   次へ
『ソードワールドRPG』topへ

キャラクター・データ
アーヴィンド・クラーク・リズレイ・プリチャード(人間、男、十五歳)
器用度 12(+2) 敏捷度 20(+3) 知力 23(+3) 筋力 15(+2) 生命力 19(+3) 精神力 20(+3)
保有技能 プリースト(ファリス)6、セージ3、ファイター2、ソーサラー1、レンジャー1、ノーブル3
冒険者レベル 5 生命抵抗力 9 精神抵抗力 9
経験点 1250 所持金 2328ガメル
武器 ヘビーメイス(必要筋力15) 攻撃力 5 打撃力 20 追加ダメージ 4
ダガー(必要筋力5) 攻撃力 4 打撃力 5 追加ダメージ 4
ロングボウ(必要筋力15) 攻撃力 4 打撃力 20 追加ダメージ 4
スモールシールド 回避力 5
ラメラー・アーマー(必要筋力15) 防御力 25 ダメージ減少 6
魔法 神聖魔法(ファリス)6レベル 魔力 9
古代語魔法1レベル 魔力 4
言語 会話:共通語、東方語、西方語、ドワーフ語、上位古代語、下位古代語
読文:共通語、東方語、西方語、上位古代語、下位古代語
ヴィオ(人間、性別不詳、十五歳)
器用度 15(+2) 敏捷度 19(+3) 知力 18(+3) 筋力 18(+3) 生命力 21(+3) 精神力 21(+3)
保有技能 シャーマン4、ファイター4、レンジャー3
冒険者レベル 4 生命抵抗力 7 精神抵抗力 7
経験点 4240 所持金 2298ガメル
武器 ロングスピア(必要筋力18) 攻撃力 6 打撃力 23 追加ダメージ 7
ロングボウ(必要筋力18) 攻撃力 6 打撃力 23 追加ダメージ 7
なし 回避力 7
ハード・レザー(必要筋力9) 防御力 9 ダメージ減少 4
魔法 精霊魔法4レベル 魔力 7
言語 会話:共通語、東方語、精霊語
読文:共通語、東方語
月の主<tェイク(ハーフエルフ、男、九十歳)
器用度 18(+3) 敏捷度 21(+3) 知力 19(+3) 筋力 10(+1) 生命力 18(+3) 精神力 21(+3)
保有技能 シーフ10、ソーサラー8、レンジャー7、セージ6、バード6
冒険者レベル 10 生命抵抗力 13 精神抵抗力 13
経験点 7730 所持金 財布の中に入ってるだけで10000ガメル程度
武器 月光の刃 攻撃力 16 打撃力 13 追加ダメージ 14
なし 回避力 16
ソフト・レザー+3(必要筋力5) 防御力 5 ダメージ減少 13
魔法 古代語魔法8レベル 魔力 11
呪歌 ヒーリング、レストア・メンタルパワー、チャーム、レクイエム、キュアリオスティ、ノスタルジィ
言語 会話:共通語、東方語、上位古代語、下位古代語、西方語、エルフ語、ドワーフ語、リザードマン語、ケンタウロス語、ゴブリン語、マーマン語、ジャイアント語、ハーピー語
読文:共通語、東方語、上位古代語、下位古代語、西方語、エルフ語、ドワーフ語
フィレイヌ・グエンドリン・ルティエンス(人間、女、十五歳)
器用度 18(+3) 敏捷度 12(+2) 知力 15(+2) 筋力 10(+1) 生命力 15(+2) 精神力 18(+3)
保有技能 ノーブル2
冒険者レベル 0 生命抵抗力 0 精神抵抗力 0
経験点 0 所持金 10000ガメル程度
武器 なし 攻撃力 0 打撃力 0 追加ダメージ 0
なし 回避力 0
なし 防御力 0 ダメージ減少 0
言語 会話:共通語、東方語
読文:共通語、東方語
アン(人間、女、十五歳)
器用度 18(+3) 敏捷度 15(+2) 知力 18(+3) 筋力 11(+1) 生命力 16(+2) 精神力 12(+2)
保有技能 ヒーラー4
冒険者レベル 0 生命抵抗力 0 精神抵抗力 0
経験点 0 所持金 100ガメル程度
武器 なし 攻撃力 0 打撃力 0 追加ダメージ 0
なし 回避力 0
なし 防御力 0 ダメージ減少 0
言語 会話:共通語、東方語
読文:共通語、東方語