前回の冒険での経験点は、
・最大の障害がモンスターレベル7のデュラハン。
・倒した敵の合計レベルは38。
 なので、
・アーヴィンド……3626
・ヴィオ……3636(デュラハンとの戦闘中に一ゾロ)
・フェイク……1136(デュラハンとの戦闘中に一ゾロ)
 となりました。
 成長は、
・アーヴィンド:ファイター2→3。
・ヴィオ:シャーマン4→5。
 以上です。
候子は貴族と決闘する
「……なるほど。ご依頼の内容はわかりました」
 いつもと同じように、飲んだくれた冒険者たちがたむろする『古代王国への扉』亭。その騒がしい店内のちょうど死角になる場所にあたる隅で、アーヴィンドは一人の女性と相対していた。
 年頃は四十なるならず、派手ではないが仕立てのいい衣服に身を包み、上品なつつましい美しさをたたえた面差しの婦人だ。おそらくはそれなりの身代の商家の奥、というところだろう。
 だがその顔は悲嘆と憤激に歪み、本来の美しさは損なわれていた。アーヴィンドと話をしている間にも、今にも泣き叫ばんばかりに何度も身悶えを繰り返し、感じている苦痛と悲しみを周囲にふりまいている。
 そんな婦人に、アーヴィンドは真正面から向き合いながらも、左右を固める二人と素早く視線を交わした。これは自分たちパーティに対しての依頼なのだから、仲間たちともきちんと相談をしなければ答えは出せない。
 だがフェイクはあっさりと肩をすくめて『任せた』と口を動かしてみせ、ヴィオはきょとんとした顔で『なんで早く答えてあげないの?』とばかりに首を傾げている。
 ふ、と小さく息を吐いてから、「じゃあ、いいかな?」と確認を取ると、フェイクもヴィオもあっさりうなずいてくれたので、アーヴィンドは「それでは……!」と顔を輝かせる婦人に向かいうなずいてみせた。
「はい。アンペール子爵家子息、ギャストン・イジドールの強姦罪を立証する依頼、お受けいたします」

「ねーねーアーヴ、ごーかんざいってなに?」
 改めて作戦会議を、と自分たちの部屋に移るやヴィオが告げた言葉に、アーヴィンドは一瞬絶句してから気づいた。
 ヴィオは蛮族の出身で、おまけにその部族は普通なら刃傷沙汰になるような性的に屈辱的な行為を巫覡に強いるような人々なのだ。しかもその巫覡というのはヴィオのことであり、その上ヴィオにはそれらの行為を強いられていた≠ニいう感覚がない。それほど性に対する考え方が違うならば、強姦という罪に対する考え方も違って当然だろう。
 ここはきちんと話をしなければ、とアーヴィンドは形を改めてヴィオに向かい合った。
「ヴィオ。強姦罪というのはね、姦淫を強いる、つまり本来なら子供を作るための神聖な行為を、相手の同意なしに無理やり行うことをいうんだ。それは魂の殺人であると言う人もいるほど残酷な行為で――」
「へー……? ねーアーヴ、子供作るって……どういう風にやるの?」
「はっ?」
 いつも通りのきょとんとした顔で訊ねられ、アーヴィンドは一瞬言葉を失った。子供を作るってどういう風にやるの、って。まさか。ヴィオは、知ら、ない?
「あ、あの……ね、ヴィオ。君は、君の村では、巫覡、だったんだよね?」
「うん」
「じゃあ……普通、子供の作り方、みたいなことについては詳しいんじゃないのかな? ほら、子供を取り上げたりする役目を負うこともあるだろうし」
 できる限り遠まわしに(だって『君村の人たちにけしからぬことをされていたんじゃないのかい?』と聞くわけにはいかない)訊ねると、ヴィオはあっさり首を振った。
「そーいうのは女がやるんだよ。俺、男になったり女になったりしてたから、ばーちゃんもどっちの役目させるか迷って、結局男の役目させたんだって。男の穢れを赤子に持ち込むわけにはいかないって」
「男の、穢れ……?」
「えっとー、ばーちゃんの、っていうか村の教えではさ、男ってのは穢れてるもんなんだよ。血を騒がせたり、暴れさせたり、いろいろするからさ。狩りの時とか、喧嘩の時とか。だからそういう穢れを外に出して、男の巫が受け止めるの。それでようやく女と子供を作れるようになるんだよ。男の巫がいない時は専用の道具があるから、それ使うんだけどね。だから、穢れを受け止める男の巫は、女と子供作るとか一生できないしやり方とか知るひつよーもないんだって」
「………、時と場所によって正しいとされていることは違うというのは承知しているし、それを一方的な価値観でどうこう言うのは間違っている、とはわかっているけれど……」
「あー、心配すんな。俺が十年前に村に来て、ちっとずつ外の価値観を流入させてったからな。おまけにあの村の呪い師の一族はヴィオが最後だから、これ以上そんな奴は出ねぇよ。ヴィオ自身にもいろいろ話してやったから、それだけ≠ェ正しい教えじゃないってのはわかってるさ。な?」
「うん。ごーにいりてはごーにしたがえってやつだろ?」
「……それ、ならば、いいけれど」
 アーヴィンド自身の感情としてはヴィオに『そのような教えは言語道断であり、今後絶対に従ってはいけない』と言い張りたかったのだが、理性はそのような感情を押しつけてはいけないと告げている。そしてアーヴィンドの奉ずる神は、一時の感情で行動するのは愚者の所業だと教えているのだ。アーヴィンドは一瞬口をつぐみ、それから改めて告げた。
「とにかく。子供を作るための行為を、相手の同意なしに行うことが、どれだけ非道な行為かは、わかるよね?」
「あ、うん。嫌いな奴と子供できちゃったら、絶対やだもんな」
「うん。だから、強姦罪は本来なら、厳しく、重く裁かれるべき最悪の犯罪のひとつなんだけれど……困ったことに、現代でさえ強姦罪は裁かれにくい犯罪なんだ。犯された罪に比して、裁かれる罪はあまりに少ない」
「へ? そーなの? なんで?」
「……ひとつには、女性を、特に社会的地位の低い女性の感情を軽視する見方は現代でもまだ根強いこと。女性は男性より劣った存在であり、男性がほしいままにするために存在するものである、というように考えている男性は、現代でも決して少なくないんだよ」
「えー!? なんだよそれ、そんなのおかしーじゃん! 女の人は子供産んでくれる、すっげー偉い人なのに!」
 少なくとも女性に対する良識には共通点があったことにほっとしつつ、アーヴィンドはうなずいて続ける。
「うん、その通りなんだけど……太古から、男というのは外で獲物を狩り、敵と戦う役目を負うことが多かったよね? つまり命を懸けた役目を負うことが多かった。それに神の多くが男性であるという事実を偏った見方で捉えて、男というものは女性より地位の高い存在である、とする考え方はそれこそ太古から連綿と受け継がれているんだ。男が命を懸けて戦うことが日常茶飯事ではなくなった現代でもね」
「うー……でも、そんなのさぁ、おかしくない? どー考えたって間違ってんじゃん。女の人だって戦おうと思えば戦えるのにさ」
「そう、間違っている。でも、戦わない女性の多くは男性より力が弱い。この世の人間の心は決してみな清らかとは言えない、自分よりも弱い存在は自分の好きなようにしていいという、それこそ暗黒神の教えのような考え方を心の中に抱いている人間の数は、まだまだ少ないとは言えないんだ。そして、裁き手である裁判官たちは、自分の力で現在の地位を築いたという自負の強い男性たちがほとんど。女性を蔑視する考え方を持っている人間は、相当といっていいほどの数がいるんだよ」
「うー……」
「そして、強姦罪が裁かれにくい理由のもうひとつには、被害者自身がその犯罪を知られたくない、と思いがちなことが挙げられる。世の中には処女性というものを過剰に重視する考え方が未だしっかり根を張っている、そんなことが世間に知られたら後ろ指を指され、嫁の貰い手がなくなると考えてしまうんだ。被害者の女性は、少しも悪くないというのにね」
「なんだよそれっ! そんなのおかしーよ、絶対っ」
「うん、おかしい。だけど世の中にはそういった偏見が本当にまだ存在しているんだ。信じられないほど時代遅れだと、僕も思うけれど」
「ううー……」
「そして……今回のように、加害者が社会的地位の高い存在である場合。たとえば強姦を行った人間がその土地の領主だったりした場合、訴え出る相手がそもそもいないよね? 領主は基本的に、その土地の行政権すべてを一手に担っているんだから。法による裁きも当然領主の権能のうちに含まれる」
「え!? それじゃーそーいう奴が悪いことし始めたら誰も止められないってこと!?」
「いや、そういう時のために国王が諜報網を張り巡らせているんだ。あまりにも目に余るようだったら兵を動かすこともあるし、場合によっては治められている土地の人々が冒険者や神殿の協力を得て悪政を打倒することもある」
「はへー……そっかー、冒険者ってそーいうこともするんだー。すごいなっ!」
「そうだね。小集団とはいえ騎士隊に勝るとも劣らない戦力になりうるのが冒険者なんだよ。僕たちは、まだまだ未熟だけれど……」
「うんうんっ、早く強くなれるよー頑張ろーなっ!」
「うん……そうだね。えっと、話を元に戻すけど、とにかくそういった領主が行う悪行のひとつとして一番ありふれたもののひとつが強姦なんだ。そしてそれは、多く摘発されず、時には問題にもされず終わってしまうことがある。女性一人や二人の貞操など、取り締まるほどの問題ではない、というおかしな考えがこのオランでさえまだまだ広く蔓延しているから」
「うー……ひでぇ、それっ!」
「うん。そういったことを行い咎められないのは領主だけじゃない。豪商、豪農、誉れの高い騎士のように、社会的地位の高い人間がその罪を犯した場合、まず取り締まる方が腰が引けるんだ。そいつらを敵に回して自分の地位が危なくなったら、と怯えたり、袖の下をもらってそいつらの下僕となってしまっている場合だってある。オランはおそらくアレクラストでも有数の文明国家ではあるけれど、そういった輩の根絶にはいまだ至っていないのが現状なんだ」
「ううー……」
「だからね。そういう犯罪を裁いてほしい、と思った時に、一番頼りにされるのは、地位にも権力にもかしずかず戦う者たち――僕たち、冒険者なんだよ」
「あ、そっか! じゃー俺ら、頑張ってそのごーかんざい、りっしょー? しないとなっ」
「うん……」
「見通しはぶっちゃけ暗いけどな」
 フェイクがぼそりと言った言葉に、ヴィオはむーと頬を膨らませて反論した。
「なんでだよーっ。フェイクはりっしょーしたくないのかよ?」
「んなわけねぇだろ。金と権力使って女弄ぶクズは俺も死ぬほど嫌いだ。が、そういう奴らの罪を立証するのが難しいから、世の中にはそーいう事例があふれてんだろ」
「うー……そんなに、難しいの?」
「まぁな。世の中、金とコネのある奴は強い。罪を犯しても袖の下でなかったことにされるのはザラ、特に強姦罪ときちゃあな……アーヴィンドがさっきいろいろ言ってたことに加え、強姦罪ってなぁ『女の方から誘ったんだ』って男の主張が通っちまったらそれで終わりだからな。裁判で争おうとすりゃあ十中十、金とコネのある奴の方の勝ちだ」
「えええー!? そーなの!? どーしよう……」
「そこらへんはわかってんだろ? 法と秩序の神ファリスの信徒としては」
 アーヴィンドは慎重にうなずく。
「そういった判例は今までに何度も読んだから。犯罪を裁く役目を与えられた裁判官が、いまだどれだけ蒙昧な偏見に目を閉ざされているかは、よく知っているよ」
「で、そこをわざわざ受けた、ってことは。お前さんにはなんか見通しがあるってことなんだろ?」
「え!? そーなのっ、アーヴすげぇ!」
 アーヴィンドは苦笑を――深い、深い苦笑を浮かべながら、またうなずく。
「一応……といっても、あまり褒められた手段ではないんだけどね。もしかしたら、両親に迷惑をかけてしまうかもしれないし……」
「それでも、その方法使おうと思ったんだろ?」
「うん……アンペール子爵家子息の乱行は以前から耳にしていたんだ。被害にあった女性も多いと聞いたし……ならば、僕の名誉や誇り程度でそれを止めることができるのならば、正義をもって行うのがファリスの信徒として、冒険者として正しい道じゃないかな、と……」
「また大仰な話だが……どんな手だ」
「ええと、まず、被害にあった女性に話を聞いてからになるんあけど。フェイクの力が、なにより重要なんだ」
「……ふむ?」

「おい、そこの。待て」
 声をかけられ、アーヴィンドはさっと緊張しながら、できるだけおずおずと声をかけてきた男の方を向いた。
「はい、なんでしょう、閣下」
 その呼称が気に入ったのか、相手――アンペール子爵家子息ギャストン・イジドールはふふんと笑い、じろじろとアーヴィンドを上から下まで眺め回した。
「お前、新しく入った使用人か?」
「はい。シーラと申します、どうぞよろしくお願いいたします」
 フェイクに訓練を受けた通りに、優雅になりすぎない程度に、適度に女性らしく柔らかく、落ち着いた声で答える(アーヴィンドの声はもとより柔らかく中性的で、その程度の心がけで十分女性の声に聞こえるのだそうだ)。もちろん同時にスカートの端をつまんで膝を折り、深々と礼をすることも忘れずに。
 ――つまり現在アーヴィンドは、女中の恰好をしているのだ。女に見えるように念入りに化粧と詰め物をした上で。
「ふん……どこの者だ」
「お許しください、申し上げられるような育ちではございません」
「なに? そんな者がこのアンペール子爵家にやってきたというのか、誰の紹介だ」
「ヴィルネ商会の奥さまでございます。以前よりそちらにてお仕えしていましたところ、こちらのお館のお仕事をご紹介いただきまして。誠心誠意お仕えいたしますので、見知りおいていただければ幸いに存じます」
 そう言って再び深々と頭を下げると、ギャストンはふん、と鼻を鳴らして去っていった。
 ほ、と思わず息をつく。よもやいきなり寝室に連れ込まれはしないだろうとは思っていたが、予想通りでほっとした。まだ館の中での証拠固めが終わっていないのだから。
 最終的にはギャストンに襲われて、そこを助けられるという展開に持ち込みたいと思ってはいたけれども。
 ――つまり、アーヴィンドの立てた策とはこれだった。女中に扮し、アンペール子爵家の中に潜り込んで情報を集め、最終的にはギャストン・イジドールに自分を襲わせてそこを現行犯で捕まえる。
 現行犯ならば言い逃れのしようもないし、一度罪が確定すれば余罪の追及もできる。事件をうやむやにしようにも襲われた相手がアールダメン候子ではもみ消しようもないし、重大事件として重く取り上げられることになるだろう。
 ……もちろん、アーヴィンドとしては自分の呪いを逆利用したこんなやり方を喜んで受け入れているわけではない。気分としては非常に嬉しくないし、他にもっと効果的な方法があったなら絶対にそちらを選んでいただろう。
 だが、アーヴィンドの思いつく策の中では、これが一番効果的だったのだ。アーヴィンドにかけられた欲情をそそる呪いがあるならば、貴族社会の風聞でも囁かれるほどの女好きであるアンペール子爵家子息はまず食いついてくるだろうと思ったし、フェイクの変装技術ならばそうそう自分が男だとは見破られないだろう。そして今は冒険者であり候子としての権能はなにひとつ使いえないとしても、自分がアールダメン候子であることは事実であり、その証言は重んじられることになるだろう。
 もちろん自分の評判は地に落ちるだろうが、法の届かぬ場所に正義の光を投げかけるためならば、そんなことはごくささいなことだとアーヴィンドは確信していたのだ。
 ギャストンが姿を消すのを見送ってから、ふ、と息をつき仕事に戻る。当然ながらアーヴィンドは女中としての仕事など一度もしたことがないので、少しでも形になるように短期間依頼人の家で特訓を受けねばならなかった。そしてこの館に女中として自分を紹介してくれたのも、依頼人であるヴィルネ商会の商会長夫人だ。依頼料は少し目減りしたが、元が大金なのでさほど減ったという感じはしなかったし、なにより今は食うに困るほど飢えているわけではない。
 アーヴィンドの役目は家女中であり、特にこれという専門担当を持たず家の中の仕事を一通りこなす。要は雑用係であり、掃除であれ洗濯であれ庭仕事であれ、女中頭がやれということならばなんでもせねばならなかった。
 そして今頼まれているのは洗濯だ。といっても使用人たちの大量の衣類を洗って干しておけ、という命令なのでさほど神経質になる必要はないのだろうが、頼まれた仕事をきちんとやるのはファリス信徒として、というより人として当然。そしてギャストンに少しでもいい印象を与えるためにも、仕事に手を抜くわけにはいかない。アーヴィンドは足早に洗濯室へと歩を進めた。

「……ふ、ぅ」
 ぐるぐると腕を回転させて凝りをほぐし、アーヴィンドは息をついた。運動量自体は普段の稽古の方が激しいと思うのだが、こういった労働はまた体の違う筋肉を使うのか、体のあちらこちらがぴしぴしと痛む。
 とにかく今日頼まれた仕事は終わった。アンペール子爵家では使用人の風呂は三日に一回なため、体を見られる心配はしなくてもいい。あとは、使用人部屋に戻って眠りにつけばいい、ことになっているのだが。
 アーヴィンドは陽が落ちて暗くなった館の隅をそろそろと歩く。この館では使用人たちの使う明かりはひどく節約されているそうで、使用人たちしかいない辺りでは蝋燭立てすらまともに使うことは許されなかった。
 貴族的な視点から見ればそのような態度は言語道断だが(館を支えてくれる人々に対する感謝の念と気遣いの欠如は貴族として恥ずべきことだ)、今回に限っては助かった。闇の中をそろそろと歩いていると、耳元で低い声が響く。
『アーヴィンド』
 普段なら驚きをあらわにしていたかもしれないが、今回は綿密に打ち合わせ済みなのだ、表情も変えずに静かに答える。声も、耳元に伝わってくる気配も、打ち合わせ通りのものだった。
「フェイク……そちらの方の首尾はどう?」
『順調だ。馬鹿息子に弄ばれた連中の証言はだいたい取れた。家の方の収賄やら税の横領やらの証拠もつかめた。あとは裁判の根回しだな。そこん家の息がかかった奴らが集まらないようにしなきゃならねぇんだが、これはちっとばかし面倒かもしれねぇ。なんかでかい不祥事でもあれば、裁判官どもの中でも上級の奴らが出てくることになるんだろうが』
「……つまり、僕がなんとかうまく目的の相手に襲われれば一番いい、ってことだね」
『ま、そりゃそうだが。けど実際お前がどうこうできることじゃねぇだろ? お前に誘惑の手管発揮しろっつっても無理だろし』
「……それは、確かにそうだけど。でも今日、目的の相手に声をかけられたし、うまくすれば明日にでも……」
『ふぅん……ま、無理はするな。狙ってやるなよ、お前の方から誘ったって話になったら面倒だ」
「それは、そうだけど……」
『じゃ、打ち合わせ通りに』
 するる、と滑るように気配が遠ざかっていく。空を飛んでいるというのに、音がほとんどしないのだから、さすがフェイクの使い魔というべきだろう。
 今回初めて見せられたフェイクの使い魔は(普段はなんと袖口に隠れていたらしい。フェイクはあまり自分の使い魔の存在を知らしめたくないようなのだ)、蛇だった。それもただの蛇ではない、色が白いというのも普通ではないが、なにより翼が生えている(しかも羽毛の)というのだからはっきり言って常識を外れている。
 なんでも、フェイクのこの使い魔(名前はゲーレというそうだ)は、最初フェイクが召喚した際には普通の蛇だったのだが、冒険の中で魔獣創生の実験施設だった遺跡を見つけ、まだ動いていたその施設に入り込んでしまったゲーレがなんのかんので魔獣に改造されてしまい、通常あり得ざる翼持つ蛇≠ニいう使い魔を誕生させてしまったのだそうだ。こんな便利な使い魔になったのはただの幸運で、もうその施設は動いていないそうだが。
 暗いところでも自由に動け、目立たず音を立てず飛行できるということで使い魔としては重宝するそうだが、今まで自分たちと行った冒険では使う機会がなかったのを、今回連絡兼監視役として自分の近くに派遣するようフェイクが決めた。ゲーレの首にはいくつもマジックアイテムが装着されており、ゲーレを透明化させたりフェイクと通話したりできるというのだから、まさにもってこいの役どころだろう。
 だけど、ヴィオはきっと退屈しているだろうな、と内心苦笑する。聞き込みも根回しもヴィオの不得意分野、というか努力しようがなにをしようがまともにできるようになる気がしなさそうな分野なのだから、現段階ではヴィオにできることはまるでないといっていい。
 曲がりなりにも冒険者として自分たちの力でやっていくことができかけているという今、そんな状態に置かれたらどれだけくさるかは自分に置き換えてみればすぐわかる。きっとヴィオなりにできることを探していることだろうが、今の状態では本当に実際ヴィオが役に立てそうなことがひとつもないのだ。
 申し訳ない気持ちもあったが、彼――というべきか彼女というべきか未だ迷っているかの人は、今までいつもその前向きな心で自分に力を与えてくれていた。今回くらい自分が頑張らなければ、冒険者として――それに、一人前になろうと志す男児として、あまりに恥ずかしい。
 うん、明日からも頑張らなければ、とまた一人気合いを入れて歩を進める――と、ふいにどこかから、悲鳴のようなものが聞こえた気がした。
「………?」
 耳をすませてみる。確かに悲鳴だ。かすかだが。それも女性の。なにかに襲われているような、それに必死に抵抗しているような、息も切れ切れの――
「!」
 アーヴィンドは走り出した。一応はヴィオから野伏の訓練を受けたこともある、冒険中の金属鎧を身にまとった状態ならともかく、今の女中服をまとっただけの状態ならばそうそう聞き間違えなどしない自信があった。全力で廊下を走り、曲がり角ごとに耳をすませて、また走り、あっという間に館の外れ、悲鳴の聞こえる扉の前に立つ。
「っ!」
 ぐいっと扉を回し引く――が、がちゃがちゃという音がするだけで、扉が開く気配もなければ扉の向こうの悲鳴がやむ気配もない。
 ぐ、と奥歯を噛みしめ、小さくファリスの印を切ってから、アーヴィンドはポケットから指輪を取り出した。フェイクから貸してもらった魔法の発動体の代わりになる指輪だ。フェイクはこの類のものをいくつも持っているというので、鎧を使わない以上あった方が便利だろうと貸してくれたのだが。
(今まさにこの時必要になっている。ファリスよ、思し召しに感謝します……そして他人の館の鍵を開けることをお許しください!)
「万能なるマナよ、万物の根源よ、我が前に道を開け。マナの前には閉ざされし錠も、扉も、みな障害とならじ!=v
 身振りとともに呪文を唱え扉に触れると、ピーン、と音を立てて扉が開いた。ほっとして素早く扉を開く――と、部屋の奥の暗がりの中から男女の声が聞こえてきた。
「お許しを……お許しください、ギャストンさま。私には、将来を誓った方が……」
「ふん……その将来を誓った方とやらは、お前がこんな淫売だと知っても愛してくれるかな? 愛しているわけでもない男に触れられて、こうもはしたなく――」
 カッ、と思わず満面に朱を注ぎながら、アーヴィンドはずいっと奥に踏み出し、声を上げた。
「ギャストン・イジドール閣下!」
 小さく息を呑むような音と、舌打ちの音。それが聞こえてから鬱陶しげな声が投げかけられてきた。
「なんの用だ、端女が。俺が取り込み中なのがわからんのか、邪魔だ、消えろ」
「恐れながら、閣下。将来を誓った相手のいる女性を戯れに嬲るとは、アンペール子爵家のご子息としてふさわしからぬ振る舞いかと存じます。どうか、ご自重を」
 館の中でも廊下にもろくに光の入っていない区域なので、アーヴィンドにはギャストンたちがどこにいるのか、どんな格好をしているかはよくわからない。それでもできるだけ胸を張って、堂々と言った。アーヴィンドにとっては疑いようもないほど正しい言葉だったからだ。
 が、ギャストンはふんと鼻を鳴らして一笑に付した。
「つまらんことを言うな。邪魔だ、消えろ」
「っ……畏れながら! ご自身の使用人に対しそのようなお振舞いに及ぶことは、アンペール子爵家の名にも泥を塗ることかと存じます! 自らに仕える者にけしからぬ振舞いを為すような人間が、領地を治め人を使うことがかないましょうか! 子爵の位を冠された家の子息として、閣下におかれましてはなにとぞ、自らのお振舞いに」
 そんなアーヴィンドの必死の言葉に、しかしギャストンはうるさげに、面倒くさげに言い捨てた。それこそ一顧だの価値もないように。
「くだらん。俺に仕える者をどうしようと俺の勝手だろうが。俺がなにをしようが従うのが配下の者の忠義、逆らえば罰を与えるのが当然だろう。俺はアンペール家の子息、貴様らとは生まれながらにして価値の違う存在なのだからな」
 その言葉に、アーヴィンドの理性の糸は切れた。ぷっつりと。
 小さく光≠フ呪文を唱え、皓々とした明かりを生み出す。驚き慌てるギャストンたちの前につかつかと歩み寄り、懐に忍ばせていた白い手袋をばさっ、と投げつける。
「な……これは」
「ギャストン・イジドール閣下。あなたは今、アンペール家の子息として生まれたから、自分は仕えている者たちとは生まれながらにして価値が違うとおっしゃいましたね」
 ぎっ、とあられもない姿のギャストンを睨み下ろす。あまりの憤激に体がふるふると震えるのがわかったが、止められなかったし止める気にもなれなかった。
「その言葉、至高神の御前でも言えるかどうか確かめさせていただきます。――至高神の信徒である私、アーヴィンド・クラーク・リズレイ・プリチャードは、ファリスとマイリーとオランの法に従い、あなたに決闘を申し込みます!」
 その言葉にギャストンは、その分厚い唇の重なった口を、ぽかんと大きく開いた。

「……しっかし、お前さんも無茶やるな」
 呆れたような、少しばかり面白がるような顔をしながら、フェイクがアーヴィンドをつつく。
「まさか決闘たぁね。そりゃまぁオランでも一応貴族同士の決闘のための法ってのはあるが、そんなもんもうここ何十年も使われてない法だろ。そんなもんまで引っ張り出して、やっこさんに赤っ恥かかせたかったのかよ?」
「……ごめん。ギャストンの、貴族にあるまじき言葉を聞いていたら、つい、頭に血が上ってしまって……」
 アーヴィンドはしゅんと小さくなった。いかにギャストンの言い草に腹が立ったとはいえ、軽挙妄動のそしりは免れない行動だ。
 だが、ギャストンの言ったことは、あまりにもいちいちアーヴィンドの怒りのツボを突いていたのだ。自らの生れついた地位に対する責任の放棄、権力をほしいままにして目下の者をいいようにしようとする傲慢、自らを他者より無条件に価値があると信ずる高慢、その根拠を貴族としての血に求める愚昧、すべてアーヴィンドが心底嫌悪し、そうはなるまいと自らを律している悪しき典型そのままだった。
「だけど……正確には今回は貴族同士の決闘、という形ではないよ。ファリスの信徒同士の争いがどうしようもなくこじれた際に、決闘によってめいめいの正しさを証明した、という判例があったから、それを引っ張り出してきたんだ」
「そりゃファリスっつーよりマイリーの範疇って気がするけどな」
「うん。審判はマイリーの司祭が行ったとなっているよ」
「おいおい、他の神の司祭引っ張ってきてまで決闘すんのか?」
「決闘の勝敗が問題ではなく、どれだけ自らの正しさを神の前に証明できるかが問題だからね……もちろん、当時のマイリーの神殿長とファリスの神殿長が個人的に親交を結んでいた、というのも大きかったんだろうけど。今回無事引き受けてくださる方がいて、ほっとした」
「……ふん。あくまで一信徒と一信徒としての戦い、ってことにしたいわけか。ま、お前は一応候子の身分を返上してる身だからな。けどお前がアールダメン候子だって事実は消えない。アンペール子爵家もファリス信者なのには違いない。なのにこの決闘の申し込みを退ければ、ファリス神殿とそれに繋がる貴族のお歴々、果ては王家からも目をつけられる羽目になる。受ければギャストンのやらかしたことが白日の下にさらされる……どっちにしても追い込まれるわけか。なかなかうまい手ではあるな」
「あの時は、そこまで考えたわけではないけど……」
「っていうか、アーヴさぁっ」
 ヴィオがひょい、と自分に飛びついて、首を傾げた顔を近づける。
「そのけっとー申し込んだ奴に、ちゃんと勝てるの?」
 こちらをはっきりと案ずる顔になっているヴィオに、小さく苦笑する。
「少なくとも、ギャストン本人が出てきたなら負けることはまずないと思うよ。僕もまだまだ未熟者だけれど、ギャストンは少なくとも剣はまるっきりの素人だから」
「え、そーなんだ!」
「でも、たぶんギャストンは代理人を立ててくるだろう、と思う」
「えー、そんなのいいの? ずるじゃん!」
「神の前に正しさを証明するのが目的だからね、別に代理人を立ててはいけないって決まりがあるわけじゃない。だけどその代理人の剣の腕は僕より上かもしれないけれど、決闘に勝つのは僕だ、っていう自信はあるよ」
「お! アーヴがそんなこと言うなんて珍しいじゃん!」
「あはは……そうかもね。ただ、そのためには、ヴィオや、フェイクの協力が絶対に必要なんだけど……」
 頼めるかな? と問いかけるような表情をすると、ヴィオは満面の笑顔で、フェイクは肩をすくめてうなずいた。

 ファリス神殿の聖堂前広場に集まった観衆が、一方の出入り口からアーヴィンドが出た瞬間、わっと歓声を上げて盛り上がった。フェイクに噂を流してもらった甲斐があった、中には貴族の見物の馬車もあるようだ。これでこの決闘の結果は、否が応でもさまざまな社会で取り上げられる。
 アーヴィンドの装備は右手に両手持ちも可能な槌鉾を持ち、左手に円形盾という格好だった。鎧はつけていない。この決闘ではロマールの剣闘士の規則を採用し、互いに鎧をつけないので、不公平はない。武器もマイリー神殿が用意したものなので、品質の差もまったくないはずだった。
「アーヴィンドさまーっ、頑張ってーっ!」
「子爵家のあんなだらしない優男なんぞ、のしてやっておくれな!」
 アーヴィンドは浴びせられる幾多の歓声に耐えつつ、厳しい表情で前を向いていた。正直このように人の前に立つ行為は好きではないし、できるものならこんな機会は避けたかったのだが、言い出したのは自分だ、逃げる気はない。
 そしてもう一方の扉が開いて、逞しい体に長剣と大盾を装備した男が出てくる。わっ、とこちらにも歓声が浴びせられるが、やがて疑問の声が広がっていった。
「アンペールの若様は、あんな顔してなかったわ。それに、もっと背も低かったし、体つきもやわそうだった」
「なんだおい、インチキか? 逃げやがったのか子爵家の若様は!」
 ざわめきの声がどよめきになりそうな頃、審判役を務めるマイリーの司祭に小姓(おそらくはアンペール家の)らしき人間が駆け寄り、何事か呟いた。マイリーの司祭は大きく眉をひそめたが、ぐるりとアーヴィンドの方を向いて重々しく言う。
「ファリスの信徒、アーヴィンド・クラーク・リズレイ・プリチャード殿。貴殿の決闘の相手、ギャストン・イジドール・ボーマルシェ殿は、願い出て代理人を立てられた。『自らの正しさは彼がすべて証明してくれるはずである』ということだが、貴殿のお答えはいかに?」
 だいたい予想通りの言葉だった。あんな曲がりなりにも領地を受け継ぐ身分にもかかわらずろくに剣の持ち方も知らないような人間が、まともに決闘に挑もうとするはずがない。そして無駄に矜持の高いであろうあの男が、こんな状況で公衆の面前に顔を出すのを避けるであろうことも予想の範囲内だ。
 なのでアーヴィンドも、予定通りの言葉を返した。
「それがギャストン殿の答えであるならば致し方ありません。私は私にできる限りの力で、神の前に正しさを証明いたしましょう。それに対しギャストン殿が代理人を立てるだけでよしとする以上、ギャストン殿が言葉による主張をする気がないと考え、私の微力を揮って我が主張の誤りなきを証明せざるをえません」
 マイリーの司祭がうなずくのにうなずきを返し、一歩前に出る。数歩の間合いを挟んで相手であるギャストンの代理人と対峙した。
 アーヴィンドはその歩き方を見れば敵の力量がわかるというほどの達人ではないが、その振る舞いで相手が自分より数段強い戦士であろうことはなんとなくわかる。おそらくはアンペール子爵家の郎党の中でも有数の使い手に違いない。完全な無表情を保っているその男には、気迫もつけいる隙も見つけられないが、かまわずアーヴィンドは槌鉾を構えた。
「はじめっ!」
「はっ!」
 マイリーの司祭が叫ぶと同時にアーヴィンドは踏み込み、槌鉾を肩口に振り下ろす。それを相手はすいと体を引いてかわし、剣で胴を払ってきたが、アーヴィンドもそれを軽々とかわした。
 ぎゅ、と相手の眉間に皺が寄る。続いてのアーヴィンドの一撃をやはりかわして先刻よりさらに鋭い攻撃を加えてくるが、それもアーヴィンドはかろうじて盾で受け止めた。
 とにかく戦いを引き延ばすことが第一だ、と自分たちの意見は一致していた。もちろん引き延ばしにかかっていると思わせてはいけない。こちらも懸命に攻撃を加えながら、けして踏み込みすぎず、アーヴィンドの身上である素早い動きと普段とは違う大きな盾で敵の攻撃をひたすらに避ける。そうすれば、相手≠ヘ少しずつ焦りだしてくるはずだ。
 激しい剣戟の中、ついに相手の剣がアーヴィンドの体を斬り裂いた。観衆の中から悲鳴が上がり、相手の男がにぃっ、と勝利の笑みを浮かべる。
 だが、ここですかさずアーヴィンドは唱えた。
「我が神ファリスよ! あなたの教えに従い、正しき行いをせんとする者に癒しを!=v
 一瞬でアーヴィンドの傷は塞がった。相手の男は目をむいて、審判役の司祭に食ってかかる。
「おい! こいつ魔法を使ったぞ! 反則だろう!?」
 だが、マイリーの司祭は首を振る。
「これはファリスの御前で自らの正しさを証明するための決闘。正しきファリスの魔法を使うことは反則でもなんでもない。なにより戦いとは自らの持てる力すべてを揮って勝利をつかむもの。マイリーの則に乗っ取っても、ファリスの則に乗っ取っても、彼は卑怯な行いをしているわけではない」
「……っ……」
 舌打ちをし、再びこちらに斬りかかる。鋭いその剣さばきはまたもアーヴィンドの体をとらえたが、傷は先程より浅い。アーヴィンドは癒しの呪文を唱えることなく、槌鉾を構えて短く唱えた。
「ファリスよ!=v
 司祭に与えられる一般的な攻撃呪文である気弾=Bそれは見事に相手の体をとらえ、強烈な打撃を与えた。半ば吹き飛びかけた相手は、恐怖を打ち消すような雄たけびを上げてアーヴィンドに斬りかかってくる。
 だがアーヴィンドはそれを冷静に盾で受け止めた。続いてのアーヴィンドの槌鉾での一撃を相手はかろうじて盾で受け流したが、ひとつ間違えば体に当てられていたとわかったのだろう、額から冷や汗を流す。
 激しい剣戟を繰り返しながら、アーヴィンドは焦れる心を必死に落ち着かせて待っていた。まだか。もしかして、いないのか。いや、いるはずだ。ギャストンとアンペール子爵の思考の型が、自分の予想した通りならば――
「その勝負、待った!」
 アーヴィンドが大きく槌鉾を滑らせてしまった瞬間、聞き慣れたフェイクの声が大きく響く。ざわざわ、と観衆が騒ぐ中、フェイクはずいずいと前に進み出て腕を捻り上げた男をマイリーの司祭の前に突き出す。
「こいつ、決闘を見ながら古代語魔法を唱えてたぜ。おそらくは援護の魔法だろうよ。俺も古代語魔法使いだから、わかるんだがな」
「なんと! して、どちらに対して……?」
「さぁな。けど、魔法をかけられた相手はかけられたとわかる。嘘をついてるのが、騙そうとしてるのがどっちか、神の御力で調べてみりゃいいじゃねぇか。ここは至高神の神殿、邪悪なる者を感知できる奴なんて山のようにいるだろう。〈賢者の学院〉から導師を呼んできて嘘をついてるのがどっちか調べてもいいけどな」
 戦っていた男と、突き出された男が揃って顔面蒼白になる。アーヴィンドはすかさず、問いかけるような目で司祭を見つめる。マイリーの司祭は大きくうなずいて、高らかに宣言した。
「この決闘の勝者は、アーヴィンド・クラーク・リズレイ・プリチャード殿とする!」
 わっとどよめく観衆の中で、アーヴィンドはふ、と息を吐いてから、さらに一歩前に出る。
「司祭殿。私の勝利をよき契機として、私がアンペール子爵家に対し裁判の申し立てをすることをここに認めていただけないでしょうか」
「む、裁判とは?」
「アンペール子爵家子息ギャストン・イジドールがこれまでに幾度も犯してきた数々の強姦罪・暴行罪。そしてアンペール子爵が犯した収賄・税の横領をはじめとする幾多の不正についての裁判です」
 きっぱりと言い切ると、先程に倍するどよめきがファリス神殿聖堂前広場に響き渡った。

「じゃ、今回も無事仕事が終わった、ってことで」
『乾杯!』
 声を揃えて、いつものようにグラスやジョッキを打ち合わせる。それぞれに飲み物が喉を滑り降りていく心地よい感触を味わい、笑みを交わしあった。
「しっかし、今回は実際さくさく話が進んだよな……どっちもこっちも感心するくらい作戦通りにいったしよ」
「今回はたまたま相手がおそろしく愚かな人間たちだったっていうせいが大きいんだろうけど……ああも作戦通りにいってくれるとはね」
 実際、どれもこれも作戦通りにいったのだ。決闘は時間を稼いで少しずつ神聖魔法に対する抵抗感を確認しつつ相手に『このままでは勝てない』と思わせて古代語魔法による援護という反則行為を行わせる。それでこちらの勝ちとしたところに、公衆の面前で裁判の申し立てを行い、アンペール子爵家をあとに引けなくする。
 そして実際に有無を言わせぬ証人や証拠をすでにフェイクが集めているのだから、裁判はさくさくとこちらの思い通りに進んだわけだ。アンペール子爵の罪は本来国家が裁くべきものなので、裁判の申し立てをしたあとは信頼できる代理人に任せたけれど。
「……でも、本当ならこんな風に、無理やり貴族の恥部を白日の下にさらす、というのは必ずしもいい結果を生まないんだけどね」
「ほう? そうか?」
「うん……貴族というものは基本的に、持っているものが大きいから。そこに仕える人間、関わりをもっていた人間、いろいろいると思うんだ。それがこの裁判をきっかけに、突然に職を失ったり後ろ指を指されたりすることになってしまう。この裁判がなければそんなことにならずにすんだ、って僕たちを恨む人はきっと少なくないんじゃないか、って思うよ」
「ふぅん? ならこんな仕事受けない方がよかったか? 受けたとしても、あんな風に派手に裁判を起こさない方がよかった、とか思ってるか?」
 その問いに、アーヴィンドは一瞬考えてから、やはりゆっくりと首を振った。
「僕は、そうは思わない。もっといい方法があったかもしれない、とは思うけれど……少なくともギャストンや、アンペール子爵の犯した罪をそのままにしておいていいとは思えない。彼らのような人間はきっと彼らだけではないし、彼らが裁かれたからといってこれから同じようなことで泣く人がいなくなるわけではないとわかってはいるけれど、それでも『正すべきだ』と思ったことを正さないのはファリスの信徒として……そして、僕自身の生き方においても、許されざることだと思うから」
「ふぅん。ま、お前がそう思うんなら、それでいいんじゃねぇのか?」
「……それなら、いいんだけど」
「うー、アーヴもフェイクもなに言ってんのかよくわかんない……」
「あ、ごめんね。ヴィオには退屈な話だったかもしれないけど……」
「退屈っていうほどでもないけどさー……ねーねー、それよかさーっ。今回、俺全然活躍できなかったんだけど!」
「え……」
 言われてアーヴィンドはぎくりと身をすくませた。確かに、ヴィオは今回役に立てるような場面がほとんどなかった。
「ご、ごめんね、わざとそうなったわけじゃないんだけど……それにヴィオも働いてくれてたよ? ちゃんと最後の決闘の時に反則をする奴を探してくれたじゃないか」
「それだって見つけたのフェイクじゃんっ! あーもー、すっげーくやしー! せっかく戦乙女の槍≠煬bトるようになったのにっ、ちくしょー次こそはぜってー活躍したいーっ!」
「活躍しようなんぞと意気込んでると足元すくわれてあの世逝きってことになるぞー」
「え! そーなのっ、じゃーいきごまないっ。……で、いきごんでる≠チて、どーいうこと?」
「あはは……」
 アーヴィンドは苦笑して、カップの中の果汁をすすった。とりあえず、今回も依頼をほぼ、満足のいく結果に収めることができた。
 少しは進歩している、と言ってもいいのだろうか――そう思うやすぐに苦笑する。この程度で進歩だなんだといったら、あの人はさも馬鹿馬鹿しそうに鼻を鳴らし、『糞が』と言うに違いない。

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キャラクター・データ
アーヴィンド・クラーク・リズレイ・プリチャード(人間、男、十五歳)
器用度 12(+2) 敏捷度 20(+3) 知力 23(+3) 筋力 15(+2) 生命力 19(+3) 精神力 20(+3)
保有技能 プリースト(ファリス)6、セージ3、ファイター3、ソーサラー1、レンジャー1、ノーブル3
冒険者レベル 5 生命抵抗力 9 精神抵抗力 9
経験点 2876 所持金 5442ガメル
武器 ヘビーメイス(必要筋力15) 攻撃力 6 打撃力 20 追加ダメージ 5
ダガー(必要筋力5) 攻撃力 5 打撃力 5 追加ダメージ 5
ロングボウ(必要筋力15) 攻撃力 5 打撃力 20 追加ダメージ 5
スモールシールド 回避力 6
ラメラー・アーマー(必要筋力15) 防御力 25 ダメージ減少 6
魔法 神聖魔法(ファリス)6レベル 魔力 9
古代語魔法1レベル 魔力 4
言語 会話:共通語、東方語、西方語、ドワーフ語、上位古代語、下位古代語
読文:共通語、東方語、西方語、上位古代語、下位古代語
ヴィオ(人間、性別不詳、十五歳)
器用度 15(+2) 敏捷度 19(+3) 知力 18(+3) 筋力 18(+3) 生命力 21(+3) 精神力 21(+3)
保有技能 シャーマン5、ファイター4、レンジャー3
冒険者レベル 5 生命抵抗力 8 精神抵抗力 8
経験点 2876 所持金 3971ガメル
武器 銀のロングスピア(必要筋力18) 攻撃力 6 打撃力 25 追加ダメージ 7
ロングボウ(必要筋力18) 攻撃力 6 打撃力 23 追加ダメージ 7
なし 回避力 7
ハード・レザー(必要筋力9) 防御力 9 ダメージ減少 5
魔法 精霊魔法5レベル 魔力 8
言語 会話:共通語、東方語、精霊語
読文:共通語、東方語
月の主<tェイク(ハーフエルフ、男、九十歳)
器用度 18(+3) 敏捷度 21(+3) 知力 19(+3) 筋力 10(+1) 生命力 18(+3) 精神力 21(+3)
保有技能 シーフ10、ソーサラー8、レンジャー7、セージ6、バード6
冒険者レベル 10 生命抵抗力 13 精神抵抗力 13
経験点 8866 所持金 財布の中に入ってるだけで10000ガメル程度
武器 月光の刃 攻撃力 16 打撃力 13 追加ダメージ 14
なし 回避力 16
ソフト・レザー+3(必要筋力5) 防御力 5 ダメージ減少 13
魔法 古代語魔法8レベル 魔力 11
呪歌 ヒーリング、レストア・メンタルパワー、チャーム、レクイエム、キュアリオスティ、ノスタルジィ
言語 会話:共通語、東方語、上位古代語、下位古代語、西方語、エルフ語、ドワーフ語、リザードマン語、ケンタウロス語、ゴブリン語、マーマン語、ジャイアント語、ハーピー語
読文:共通語、東方語、上位古代語、下位古代語、西方語、エルフ語、ドワーフ語