前回の冒険での経験点は、
・最大の障害がシーフレベル6の人間。
・倒した敵の合計レベルは72。
・バーンハードとレオンスは冒険に参加したキャラクターとみなします。
 なので、
・アーヴィンド……3154(戦闘中に一ゾロ)
・ヴィオ……3144
・フェイク……1144
 となりました。
 成長は、
・アーヴィンド:ソーサラー1→2。
・ヴィオ:レンジャー3→4。
 以上です。
候子は神殿で神を語る
「私が……法話を?」
 アーヴィンドは大きく目を見開いて目の前のダンスタン師を見つめた。本来なら神官である自分を指導してくれる師(自分がファリス神殿に通うようになった頃からずっといろいろと面倒を看てもらっているのだ)であるダンスタンをじろじろと見るなどという振舞いは無作法にすぎるが、ここは神殿内にあるダンスタン師の私室で他人の目を心配する必要はないし、なによりダンスタン師の言葉があまりに意外だったので一瞬呆然とせずにはいられなかったのだ。
「うむ。三日後の安息日の礼拝所での法話を、君に頼みたい」
 そんなアーヴィンドに対し、ダンスタン師の態度はあくまで穏やかだ。だがアーヴィンドはその穏やかな言葉を、唯々諾々と受け容れる気にはなれなかった。
「お言葉ですが、ダンスタン師。ここオランのファリス神殿にはダンスタン師を含め、常時十人を越える司祭のみなさまが詰めていらっしゃいます。たとえその方々の御用に差し障りがあったとしても、その下には二十人近い侍祭のみなさまが。私はいまだ神官位をいただいてより一月も経っておらぬ若輩者。そのような人間が、見識の高い諸先輩方をさしおいて法話をするなど、あまりに差し出た振舞いではないかと存じますが」
 アーヴィンドの言うことは謙遜でもなんでもない。アーヴィンドの神殿内の地位は下っ端、いやこれよりのちまた俗世での位を得る可能性が高いことを考えるとそれより悪いものだったし、それ以上に年齢もあまりに若い。秩序を尊しとするファリス神殿においては、下の者が不当に重用されることは序列を乱すとして白眼視される。それを考えるとダンスタン師の言い分はあまりに唐突で、乱暴だとアーヴィンドには思えた。
 が、ダンスタン師は穏やかな微笑みを浮かべつつ、ごく当たり前のことを言っているかのように淡々と言ってくる。
「確かに、君は若く、神殿内の序列も低い。だが君の神学に対する見識の高さは、我々ファーズで教えを受けた司祭にも並ぼうかというほどだ。少なくとも神官位にある者の中では、まさに並び立つ者がない。君が神殿で行っていた神学論争を何度か耳にしたことがあるが、君の意見は若い分、未熟ではあるもののこれまでにない、より新たな見地に基づくものだった。それを他の信者の人々に伝えることは、ファリスの教えを信じる人々の支えの柱を、より大きく、太くするものであろう」
 アーヴィンドはつい口ごもってしまった。確かに自分は神学論争によく参加しているが(自らの司祭としての信仰をより深めるのに必要な道程のひとつではないかと考えたのだ)、それをまさかダンスタン師に聞かれていたとは。より信仰を深めるため、と先輩である神官方にも遠慮会釈なく言葉をぶつけている、あの姿を。
「それに加え、君はオランの侯爵家に生まれた人間だ。今は神官位を得ていても、いずれは還俗し、家を継ぐことになる身だろう」
「……全知なる神々ならぬ身ゆえ、先のことを断言はしかねますが」
「ともあれ、神官として、信仰の導き手となる立場の人間として、積むことができる経験はできるだけ早く積んだ方がいい、と思ったのだよ。普通の神官ならばいずれ経験できるだろうと長い目で見ることができることでも、君にとってはそうではないのだからね」
「それは……」
「それに、君の法話をぜひ聞いてみたいという方が、神殿内にも神殿の外にもいらっしゃるものでね」
「え?」
 思わず目を瞬かせると、ダンスタン師は笑顔にわずかに苦笑の色を乗せてみせた。
「君は以前、アンペール子爵家のご子息……今お家お取り潰しになるかどうかの調査をやっているところだそうだが、ともかく彼と決闘をしただろう? 私に、マイリー神殿の司祭に信頼できる知り合いがいないか、と聞いてきた時のことだが」
「はい。その節はお世話になりまして、本当に感謝を」
「いや、それはいいのだがね。その話をマイリーの神殿長が聞きつけたようで、そのようなことを考える神官の法話が聞いてみたいので、一度機会を与えてはくれないか、と願われてね」
「え……えぇ!?」
 アーヴィンドは大きく目を見開いた。他の神の神殿長が、一介の神官の法話を聞きたがるなど聞いたことがない。その上現在のオランのファリス神殿の神殿長は、ファーズから派遣された高司祭で、神学に対する深い学識と信仰を極めんとする真摯な姿勢を持つことは疑いがないが、その価値観に沿わない者に対する反発が強いこともまた疑いのない人物だ(アーヴィンドの神官就任に対しもっとも反対したのが神殿長だということもありよく知っている)。マイリーの神殿長にそんなことを頼まれて、簡単に受けるとは思えない。
「ああ、もちろん内密に、ではあるがね。私の友人であるマイリー神官を通じての話だ、他言はしないように頼むよ。だがそれでも私は、君の法話を聞きたがっている人間が神殿外にいることを知っていたわけだ」
「あの、ですが」
「もちろんそれだけが理由ではない。だが実際に君は今まで述べたような理由で法話をする者として適切な資格を備えているし、他のものを差し置いても選ぶべき理由もある。それに神殿内でも君の法話を聞いてみたいという者の声は決して小さくはないのだよ」
「え……それは、どういう……?」
「君の評判はこの神殿内でもとても高くなっていてね。君のように若く、魔獣に呪いをかけられたという身の上でありながらひたむきに努力し、今や高司祭級の呪文すら使うことができる人間の法話を聞いてみたい、という声は大きい。神殿長すら一再ならず私にそうおっしゃったほどだ。突然のことで悪いかとは思うのだが、できれば頼まれてくれないかね?」
「――――…………」

「で、お前はそれがどういう意味か、わかってやってんだよな?」
『古代王国への扉』亭の二階、自身の私室でフェイクに訊ねられ、アーヴィンドは小さくため息をつきつつも筆を進めた。
「一応、わかっているつもりだよ」
「それで『私でよろしければ』と答えたわけか。ったく、苦労人だな、お前は本気で」
「そう、かな……」
 そう言いながらも、アーヴィンドにも実際これが傍から見ればご苦労様、としか言いようのないことだというのはわかっていた。つまりこれはファリス神殿内での意地の張り合い、というのがおかしければ見栄の張り合い、嫉妬の集まりの結果のようなものなのだから。
 ダンスタン師の言葉、のみならず視線や表情から自然とわかった。ファリス神殿内での自分の法話を聞きたがっているという声は、要するに自分の失敗を望む声なのだと。
 自分がファリス神殿内において異分子だというのはアーヴィンド自身はっきりと自覚していた。神殿内は元来世俗の権力と隔絶した、深い信仰を持つ者たちのみの世界。修業したいという者を拒むことは光の神の教義からもできるはずがないが、本音としては俗世で強い権力を持つ人間など、寄付金をより多く集める時ぐらいしか関わりたくないと多くの神官たちは考えているだろう。
 そんな人間が親の権力をはばかって罰することができないのをいいことに、師にねだってマイリー神殿に頼みごとをさせたり神殿の教練場を私用したりとわがまま放題をしている――そんなように見えたことは想像に難くない。アーヴィンドとしては決して間違ったことをしたつもりはないが、秩序を守ることを至上命題としたならばそれを許容できないと感じるのもごく普通なことだ。
 そして、それが無意識なのか意識的に考えたのかまではわからないが、そんな許容できない相手を失敗させてやりたい、という感情の下に、まるで経験のない法話をさせてやろうとすることも、ファリス神殿の中でさえいまだごくごく普通なことではあるのだった。
「向こうの腹積もり判ってんのに、わざわざ律儀につきあう必要はないと思うがね」
「相手が僕になにを望んでいようと、僕のすべきことは変わらないと思うから」
「ほう?」
「法話という形で新たな経験を積めるというのは、自身の信仰を磨くためにも、僕自身の人生のためにも、実際ありがたいことだと思うから。それにどんな思惑が加えられていようと、感謝すべきことには違いないと思うんだ。それに、相手がこちらに直接的に嫌がらせをしてきたわけではない以上、こちらが完璧に自分の仕事を仕上げていけば、向こうも納得せざるをえないと思うし」
「ふぅん……まったく経験のない相手に、三日後にいきなり満座の聴衆の中で法話しろ、なんぞと抜かすのは充分嫌がらせの範疇に入るんじゃないか?」
「演説や、文章を作成する技術についての教育は受けているから。ダンスタン師なりに僕を気遣ってくださったんだと考えるべきかな、って」
「本当ならもっとぎりぎりまで黙ってるはずだったろうに、って?」
 くくっと笑い、フェイクは腰かけていたアーヴィンドのベッドから降りた。いつもながらの敏捷な動作で、部屋の外へと出ていく。
「ま、お前さんがそう言うんだったらこちらとしてもまぁせいぜい頑張れとしか言えねぇな」
「………うん」
「ああ、そうだ。わかってるかどうか知らないが、ひとつ忠告しといてやるよ」
「忠告?」
「ああ。お前さん、その仕事を完璧にやったら、もちろん失敗につけこまれはしないだろうが、お前の失敗を願ってる奴らからはますますもって嫌われるぜ」
「っ……」
「向こうはお前さんが若くて、大貴族のご子息で、見た目が可愛いくせになににつけても優秀で、神聖魔法の能力も、学識も、お前の失敗を願ってる奴らより上だから気に入らないわけだからな。嫌がらせしたくてしてもらった法話が大成功したら、そりゃあますますもってひがむだろうよ」
「………っ」
「ま、そんな奴らの抜かすことなんぞにつきあってやる必要はないし、考えてることや感じてることを考慮してやる必要も微塵もないがね。ファリスの教えからしてみれば、そんなもん絶対的な間違い以外の何物でもないんだろうしな?」
 くくっ、とまた笑い声を立てて、フェイクは部屋を出ていく。アーヴィンドは数瞬息を止めたまま硬直し、やがてはぁっ、と息を吐いて、体を椅子の背もたれに預けた。
 そうだ。当然考慮しておくべきだった、そういう可能性を。世俗の権力から離れた神殿の内部であろうとも、人の業と無縁ではない。これまで自分が数少ない他の貴族の子弟との関わりの中で感じたように、出る杭を打たずにはいられないという感情は、人ならば誰しも持ち合わせているものなのだ。
 しばし体の力を抜いてぐったりと身をもたせかける――が、すぐに体を起こし、また机に向かった。
 自分にできることは変わらない。今自分にできることを、できる限りの力でやるだけだ。人の業をおもんばかったがために自らのなすべきことを怠けるなど本末転倒としか言いようがないし、なによりファリスの教えからすればそのような考えのために他者に試練を課すなど唾棄すべき考え以外の何物でもない。フェイクが言った通り、そんな邪念に膝を折ることなど、絶対にしてはならないことなのだから。
 ――そう、考えては、いるのだけれど。
「なーなー、アーヴー」
「っ! ヴィオ………?」
 思わず飛び起きかけて、その姿勢のまま固まる。ヴィオが、フェイクとの会話の間も同じ部屋の中でずっと黙っていた仲間が、自分を上から、まるで子供の頭をのぞきこむような体勢で見つめていたからだ。
「あ、の……えっと、なに……?」
「その、ほーわ? っていうのの、そーこー? だっけ、あとどんくらいかかるの?」
「え、っと……とりあえずのところをまとめるのにも、あと数時間はかかってしまうかな……」
「そっかー。まだけっこーかかるね」
 そう言ってヴィオは自分のベッドの上に戻る。アーヴィンドは目を瞬かせた。神殿から戻ってきてから、法話の草稿をまとめなくてはならないから、と自室にこもったアーヴィンドの隣のベッドで、なにやらずっと瞑想をしていたのだが。
「……もしかして、なにか僕に用があるの?」
「え? ううん、別にないよ」
「そ、そう? なんていうか、なにか言いたいことがあるのじゃないかな、って思ったから」
「言いたいことっていうかさー、早く終わんないかなー、って思ってただけ」
「え……」
「だって早く終わったら、そんだけ早く一緒に行けるじゃん。飯とかさ、あと湯屋とか」
「え、あの……それまでに終わるかどうかは、わからないよ? 一人で行ってきてくれて……」
「えー、だってさー、一人より二人の方が楽しいじゃん。それにさ、早くそのそうこう? ってのが終わったらさ、また一緒に修業できるだろ? そっちのが楽しいし、俺たちまだまだ未熟なんだから、一緒に修業しないと効率悪いじゃん」
「……………!」
 アーヴィンドは数瞬言葉を失って、それからふふっと笑んでしまった。
「うん……そうか。そうだね。本当に、そうだよね」
「だろっ?」
 にこー、と満面の笑顔を投げかけてくるヴィオに、にこっと心からの笑顔を返す。
 そうだ、自分はまだまだ未熟なのだ。だからこんなところで立ち止まっている暇はない。人間関係の桎梏がどれだけ自分の身体に絡みつこうとも、それもひとつの経験として次の経験に立ち向かっていかなくては。やるべきことはまだまだ残っている、自分たちの修業も、鍛錬も、すべては冒険の中で生き残るためなのだから。
 それに、たとえどんなしがらみが自分の手足を重くしようとも、ヴィオが一緒なら翼を伸ばして羽ばたいていける、と思うから。
「一時間でなんとかだいたいのところを形にしてみるよ。そうしたら一緒に食事してくれるかな?」
「え、ほんと!? わーいっ、だったらそれまで頑張ってめいそーしてるなっ」
「うん、頑張って。……精霊使いの修業には、そういうものも必要なんだね」
「うん、ばーちゃんに言われてやってるんだけどさー、俺これが修業の中でいっちばん苦手なんだよなー。精霊と話してる方がずっと楽しいし」
「まぁ、向き不向きっていうものはあると思うけど。でもいい機会だし、一緒に頑張ってくれるかい? 僕も、苦手な修行、頑張ってみるから」
「うんっ。一緒なっ」
「うん。一緒に」
 そう笑みを交わして、アーヴィンドは机に向き直る。小さく深呼吸してから、一気に書き上げてしまうつもりで筆を進めた。

 ファリス神殿の聖堂は、人で埋め尽くされていた。ほとんど立錐の余地もないほど、聖堂中にオラン市民が押し寄せてきている。
 満座の聴衆の前で話すという経験もそれなりにあるので緊張というほどのものは感じなかったものの、それでもやはり驚きは感じた。ファリス神殿の法話は毎週あるというのに、なぜ今日に限ってここまで人が押し寄せてきているのだろう。
 聖堂奥の控室に空いているのぞき窓から聴衆を観察してみる。その割合は、七三で女性が多いようだった。一瞬もしや、と思うもののまさかと打ち消す。いくらなんでも自分が道端で発情(こういう言い方はあまりに相手に失礼だとわかってはいるのだが、自分にかけられた呪いの効果を一番端的に表しているのがこの言葉なのだ)させた女性がここまでにのぼるとは思えない。
 いや、純粋な数だけで言えば(自分も毎日オラン市内を歩き回っているので)このくらいの数はいるかもしれないが、それでも暴走するような相手は会うたびきっちり正気に戻しているのだ、わざわざ法話に来るほど効果が持続していることはないはずだ。それにそもそも自分が法話をするなどということは自分自身三日前まで知らなかったのだ、だというのにどこからここまで噂が広まったというのだろう。
「――ご盛況なようで、なによりですな」
「あなたが法話をされることが、よほど評判になっているとみえる」
「……コナー殿、ギャビン殿……」
 後ろから声をかけられて、アーヴィンドはわずかに眉を寄せた。ファリス神殿内でも特に自分にたびたびいろんなことを言ってくる先輩神官の二人だ。コナーもギャビンも、顔をしかめつつもふん、とばかりに鼻を鳴らして胸を反らせるようにして言ってくる。
「あなたの法話を楽しみにわざわざやってきてくださった信徒の方々なのだ、彼らをがっかりさせることのないようにしていただきたいものですな」
「もちろん、高度な教育を受けた、なににつけても優秀なアーヴィンド殿だ、何人集まろうと、まさか法話で失敗なさるようなことはないでしょうがな?」
「……お言葉、痛み入ります。ご期待に応えられるよう、できる限りのことをしたいと思っております」
 アーヴィンドの答えに、ふん、と鼻を鳴らしてコナーとギャビンは歩き去る。その仕草だけでも、彼らが自分に対し強い嫉妬と怒りを感じているのは理解できた。その後姿を見ていて、なんとなく、もしかしたら彼ら、さもなくば自分に対し嫉妬を感じている神殿内の人間が、自分に精神的な圧力を与えるためここまでたくさんの聴衆を集めたのかもしれない、と思ったが、どちらにしろ自分のやることは変わらない。
 草稿は暗記できるほどに読み込んでいる。法話においてどのように喋るのが一番効果的か、という手法も研究済みだ。それにアーヴィンドは、領地で領民に演説を行ったこともあるのだ、聴衆がどれだけいようが問題ではない。
 やってきたダンスタン師にうながされ、アーヴィンドは聖堂に入った。ざわっ、と揺れる聴衆を前に、静かな動作で演壇に登る。
 そして、すっと聴衆と視線を合わせ、ざわめく人々に落ち着いた口調で告げた。
「本日の法話は、私、神官アーヴィンドが行わせていただきます。未熟者ゆえ至らぬ点もあるかと思いますが、どうぞ最後までお聞きくださいますよう」
 小さく、柔らかな笑顔を浮かべて、場の空気を落ち着かせるようなしめやかな声で言葉を発する。領民に行った演説とやり方はさほど変わらない、要は相手に話を聞きたくさせるように誘導することだ。
「さて、ではまず今日は、ファリスの教えにおける正義≠ニはどういうものなのか、についてお話したいと思います。正義と一口に言ってもいろいろな意味があります。国が他国に戦争を仕掛ける際に、大義名分を立てるためによく正義という言葉を使いますし、気に入らぬ相手を貶めるために自己の正義を理論武装する、というのもまたよくあることでしょう。それらの、他者を損なう正義も、真に正義と呼べるのか、ということですが……」

「よう、アーヴィンド」
 法話が終わり、三々五々聖堂から出ていく人々をよそに、退堂しようとしたアーヴィンドにそう声をかけてきた男を見て、アーヴィンドは驚いた。
「デックさん……! お久しぶりですね」
「おう」
 そう言ってにっ、と笑ったのは、かつて依頼を受けた冒険者、デック・ヴァーベンだった。あれから会うのはこれが初めてだが、フェイクから今はアーヴィンドたちとは別の店で、かつての依頼の時に知り合ったヴィアトやカルを含めた仲間たちと日々冒険にいそしんでいると聞いている相手だ。今日は板金鎧を着ておらず、一般的な市民と同じごく当たり前の平服を着けている。
「でも、なぜ、あなたがこちらに……? あなたは……」
 マイリーの司祭だったのに、という言葉を呑み込みつつ(こんなところでそんなことをぺらぺら喋っても面倒を招くだけだ)問いかけるような視線を向けると、デックはこだわりなくにかっと明るい笑みを浮かべた。
「別に大した意味があるわけじゃねぇよ。お前が法話するって噂を聞いて、あの坊やがどんな話をするのかと思って聞きに来ただけさ。別に聞きに来る奴らを審査してるわけでもなかったしな」
「そう、ですか……。でも、あまり意味がなかったのでは? あなたには馴染みのない話だったでしょうし……」
「いやぁ、馴染みがねぇっつったら他の信者の奴らも同じだろ」
「えっ」
「お前の話、筋は通ってるけどややこしすぎ。信者の奴らだってまともに理解できたの一割もいねぇんじゃねぇの? お前自分が受けた教育を前提にして話してるだろ、法話聞いてる奴らはほとんど文字の書き方と簡単な計算がやっとってくらいの教育しか受けてねぇんだからな、ややこしい話されたってまともに意味なんてわかんねぇよ」
「っ……」
「ま、もともと神殿の法話なんてまともに理解しようとする奴なんざ神殿関係者くらいだし、もともと聞きに来てる奴らは単に司祭のありがたいお話聞いてははーっと頭下げるのが習慣になってるのと、ありがたいご利益があるかもってだけで来てるだけのがほとんどだろうしな、別に理解できなくてもかまわねぇんだろうけど。それに、今日集まった奴らは噂の侯爵家子息の美少年神官の顔が見たいってだけで来た奴らだろうしな、そーいう意味じゃお前の法話、きっちり期待に応えてたし。話し方も仕草も大したもんだったしな」
「………そう、ですか」
 やっぱりか、と予想していた通りの話に思わずうつむいてしまう――が、そこにデックはさらっと続けた。
「ま、俺はよかったと思うけどな、お前の法話」
「えっ……」
「筋道が通ってる話がぽんぽんと広がってくのは聞いてて気持ちよかったし……話もどこも納得がいったし。あと、『人と人との関わりの中で、その人が正しいと思うことを磨いていって初めて、その人の正義が形を成すのです』ってのと、『人がそれぞれ心に抱いている正義を、むやみにぶつけあうことなく調和させるために法があるのです』ってのは特によかったな。そーだよなー、って納得ができた。いい話が聞けたと思うぜ、俺の信仰のためにもな」
「………デックさん」
 目を見開くアーヴィンドをよそに、デックは小さく笑ってから踵を返した。
「じゃあなー。ま、せいぜい精進しろや」
「……、デックさん、ありがとうございました!」
「へいへい、どういたしましてっと」
 深々と頭を下げるアーヴィンドをよそに、デックは軽い足取りで聖堂を出ていく。それをつい笑みを浮かべながら見送ってしまったアーヴィンドは、演壇の周りで待っていた信者らしい少女や女性たちに(さっきまでお互いを牽制しあっていたらしい)取り囲まれて、退堂を遅らせる羽目になった。

「……ずいぶんと遅かったな」
「申し訳ありません、少し信者の方々の質問に答えておりまして……」
 その質問がともすればアーヴィンドの個人的なものに偏りがちだったのはおいておくとしても、嘘はついていない、と考えつつアーヴィンドはダンスタン師に頭を下げた。隣には、法衣をまとった、がっしりとした体躯の初老の男が立っている。法衣に刺繍された聖印からすると、マイリーの司祭だろう。
「ダンスタン殿……」
「おお、これは失礼を。アーヴィンド、こちらがお前の法話を聞きたいと言われたマイリー神殿の神殿長殿だ。ご挨拶をなさい」
「は。お初にお目にかかります、アーヴィンド・クラーク・リズレイ・プリチャードと申します」
「こちらこそ。ガイル・ヴァーベンだ」
 名前を聞いて、思わず目を見開く。ヴァーベン。デックと同じ姓だ。もちろん偶然なのかもしれない、とは思うが――
「君の知っている、デック・ヴァーベンの父だ」
 やはりそんな都合のいい偶然はなかった。
「デック、殿の……?」
「ああ。君に法話を頼んだのも、きっかけとなったのは奴と君が以前関わった、ということを聞いたせいでもある」
「そう、なのですか。それはやはり、デック殿から……?」
 デックがマイリー神殿長の令息だとは思ってもいなかったが(それにふさわしい高徳の司祭だし冒険者として経験を積むのも戦神の神官戦士ならば決しておかしくはないが、普通神殿長という地位にある人間の息子がああも軽いというか、女性に対して積極的な面を前面に出しているとは思わなかったのだ)、と思いつつも訊ねると、ガイルはあっさりと首を振った。
「いや。私はあやつを勘当しているのでな、もう十年以上まともに口を利いたこともない。ただ、あなたの冒険者としての仲間であるフェイク殿とは私は面識があるのでな、以前お会いした時に少しばかり話に出たのだ」
「……そう、なのですか」
 一瞬目をみはるものの、すぐに慎み深くうなずきを返す。なぜ勘当したのか、どこでフェイクと知り合ったのか、いろいろと気になる話題ではあったが、人の事情を好奇心に任せて聞きほじるなど、ファリスの信徒としても人としても許されるわけがない。全力でねじ伏せて心の底に蹴り飛ばし、微笑みかけた。
「少しでもご期待にお応えできていたらいいのですが。実は、法話を聞いていらしたそうで、先ほどデック殿が私の法話についてお聞かせくださったのですが、聞いている相手のことを考えていない、と手痛い指摘をいただいてしまいましたし」
 そのとたん、ガイルはぎゅっ、とその巌のような面の眉間に深い皺を刻んだ。
「アーヴィンド殿。私はあなたと師弟関係にあるわけでもなし、交友関係に口を挟むことはせぬが、せめて私の前ではあやつの話は口にしないでいただきたいな。私は十年前にあやつとは親子の縁を切っているのだ、私にとってもはやあやつは信仰の道を踏み外した愚か者にすぎぬ」
「! これは……申し訳ありません。お気に障りましたでしょうか、お詫びいたします」
「……いや」
「ですが……お聞きしてもよろしいでしょうか。デック殿が信仰の道を踏み外した、とはどういうことでしょうか? 私はあの方と深くおつきあいさせていただいているわけではありませんので、あの方がどのような信仰を胸に抱いていらっしゃるのか存じ上げているわけではありませんが、あの方が高司祭級の魔力をお持ちなことは、この目で見て存じております。どのような事情があるのかも知らぬ身で不躾かとは思いますが、あまりに穏やかでないお言葉のように思うのですが」
 アーヴィンドとしては、正直聞き捨てにすることはできない言葉だった。もちろんガイルにも事情はあるのだろうが、自分と異なる場所で信仰を保ち生きていっている人間を、信仰の道を踏み外した≠ニ称するというのは、あまりに不見識がすぎる。仮にも神殿長の地位ある人間が、たとえ自分の息子に対しての言葉であろうと、口にしていいことでは、絶対にない。
 できるだけ穏やかにと心がけはしたものの、どうしても固くなってしまう表情で向き合って発した言葉に、ガイルはぎろり、と苛烈な視線を返した。
「穏やかではないと言うが、君は奴の信仰がどれだけ戦神の信仰の道を違えているかわかっているのかね?」
「もちろん、わかっているわけではありません。ただ、どのような信仰であろうと、神の声を聞き続けていられるのですから、マイリーの意志に背いているわけではないと」
「なにを言う。君も神聖魔法を使える司祭が罪を犯した例を知らぬわけではあるまい。神の御心はあまりに広く、深いがために人の行いが道理から外れていようとも赦しをお与えくださる。神のありがたき慈悲によるものではあるが、その罪の餌食となった人々からみれば邪神の神官と変わりがなかろう? むろんわしも、そのような者を神官として認めるわけにはいかぬ。あやつにはもはやマイリー神殿に立ち入らせることすら許しはせぬわ」
「……あの方が、罪を犯された、と?」
 驚きつつも表情はあくまで落ち着かせつつそう問うと、ガイルは顔をしかめた。
「法を犯したというわけではない。だが、神官として信者たちの規範となるべき者として、信仰を体現すべき者として許されざることをしたのは事実だ」
「と、おっしゃいますと」
「……あやつはな、わしの勧めた結婚相手を無視して、それどころか夜な夜な盛り場で遊び回り、相手方にも頼んで設けたきちんとした見合いの席をすっぽかした上に飲んだくれ、酔っぱらって帰ってきおったのだ」
「………………」
 その、ある意味非常にデックらしいと思える話に、アーヴィンドは思わず頭を押さえた。
「そのようなことをしでかした者を、神殿に置いておけると思うか? 勘当だけで済ませてやっただけでもありがたいと思え、と言ってやったわ」
「……それは……その通り、です、が」
「が? なんだね」
 ぎろり、と睨まれ、アーヴィンドはためらいながらも(アーヴィンドの価値観からしてもデックのやったことは許すべきではないことだ)意見を述べた。
「もちろん、そのようなことは許されることではありませんが……たとえ過ちを犯そうとも、それを悔い、信仰を深めることはできるのですから、信仰の道を踏み外した、というのは……」
「……ではなにかね。奴が今は悔いていると? 奴がいまだに毎日のように盛り場で遊び回っているとしてもかね」
「それは……もちろん、感心できることではありませんが……」
「そうだろう。あやつのやることを許すことなどできるはずがない。大体だな、曲がりなりにも男が親から勘当されて家を飛び出したというのにだ、十年もなにもせずに遊び歩いているというのはどういうわけだ? 男ならば、まして戦神に仕える者ならば、なにくそと発奮して自身の道を邁進すべきだと思わんかね? 冒険者の道を選ぶなら選ぶで、前人未到の遺跡を探索するなり、誰も倒せぬと言われる魔物を倒すなり、なにかを成し遂げるべきだろうが? それもせずに日銭を稼いでは遊び歩いている、こんな男を許すことができると思うかね?」
「いえ……それは……」
「そもそもだ、わしの勧める相手を拒否したというならば、想う相手がいるというのが普通だろう? だというのに単にもっと遊び歩いていたいから、などと、ふざけているにもほどがあるだろう? 昔はわしの言うことをはいはいとなんでも素直に聞く子だったというのに、見合いをさせてから急に遊び歩くようになりおって、これではわしの勧める相手がよほど嫌だったとしか思えないではないかね? 騎士の家柄に生まれたというだけではもちろんなく、家内のことも芸事のたしなみも教養もよく身に着けられた、気立てのいいお嬢さんだったというのに、それが嫌だというならどんなお嬢さんが好きだというのだ、と思わんかね? 浮かれ女と遊び回っているのが一番いい、などと男として許せぬ存在だとは思わんかね?」
「……はい、それは………?」
 なんというか、なんだか話がずれてきているような、というアーヴィンドの困惑の表情など気にも留めず、ガイルは立て板に水のごとく顔をしかめながら喋り続ける。
「第一だ、わしに気に入らぬところがあるならはっきり言えばいいものを、まともに向き合いもせず逃げ回りおって、そんな奴は男と認めるべきではなかろう? そのくせ勘当されたとたんあっさり素直に出ていきおって、それから十年本当に顔も見せんのだぞ? 同じ街にいるというのに、だぞ? なにを考えているのかと思わんかね? わしはそれならそれでまったくかまわんが、母親に心配をかけることを心苦しいとは思わんのか、と聞いてやりたくなるだろう? 神殿にも本当に一度も顔を見せんし、そのくせこの街でも剣の腕は一流だ、だの高司祭級にまで信仰を深めている、だの、そこまで自分を磨く気があるならどうしてさっさと顔を見せて許しを請おうとしないのかと思わんかね?」
「………は………」
「だいたいだ、あやつは……」
 それからしばらくガイルはデックに対する愚痴をひたすら一人で喋りまくり、それから我に返ったように謹厳な顔に戻って、アーヴィンドの法話について二、三よい点と改良すべき点を述べた上で、ダンスタン師の同意を得た上でアーヴィンドを退室させた。

『と、いうことがあった』とガイルのことについて話した時、フェイクは(ヴィオも一緒に食事をしていたのだが)酒を噴き出さんばかりの勢いで大笑いした。
「そりゃ災難だったな! くくっ……お前もあいつに気に入られたか」
「え……それは、どういう?」
 くっくっくっ、とまだ笑いながら、フェイクはアーヴィンドと首を傾げるヴィオに説明する。
「アーヴィンド、お前もあいつが本当はデックの奴を許したくてしょうがねえんだってのはわかってるだろう?」
「うん……それは、お話を聞いているうちになんとなく」
「だけど、だ。あいつも頑固親父なもんだから、それを素直に表すことなんてできないし、息子に自分から会いに行くなんてのもそうそうできやしねぇ。だから、あいつの周りにいる人間を呼んでは、あいつに対しての文句を言うわけだよ。母さんが心配してるとか、真面目にやれとかそういうのを、デックに伝わるのを期待してな。まぁ、許したいと思ってるのが伝わればいい、って考えてんのは無意識だろうけど」
「ああ……なるほど」
「まぁ、その前段階として、デックの奴のことを話すに足る相手かを確かめるために、デックが信仰の道から外れてる、とかそういう悪口を言うわけさ。それに乗っかるような奴は失格、悪口にきちんと反論できたら合格、ってな。まぁ本人はそういう悪口も本気で思ってるつもりではあるんだろうけど、見え透いてるというかなんというか。あいつはあれでも、デックの奴をめちゃくちゃ誇りに思ってて、跡を継がせたいと熱望してるからな」
「そうなの? だけど、デックさんはあの人の勧めた結婚相手をかなりひどいやり方で断ったみたいだし、そういう人間を跡継ぎにするのは周りからの反発があるんじゃ……」
 そう言うと、フェイクはにやっ、と面白がるような人の悪い笑みを浮かべた。
「ま、そうなんだがな。そういう断り方をしたのにはそれなりの理由があるし……」
「……と、いうと?」
「これは人の事情に関わることだしな、聞きたいなら本人から聞きな。で、あいつが剣の腕も司祭としての実力も一流だってのは伝聞って形になるが知ってるから、在野にいながらそこまで修練を重ねたデックをガイルはかなり買ってるんだよ、息子だってことを抜きにしてもな。マイリー神殿に、今跡継ぎとしてふさわしいような奴がいないってのも確かな話だしな」
「へー、マイリー神殿、今人材いないの?」
「いないってわけじゃないが、今ひとつ……というか、デックほどのやつはいない。神聖魔法の腕前としても、心意気としてもな。まぁ実際ここ数十年オランは平和だったからな、戦の神にご利益を求める奴が少なくなってきてるのは間違いないしな」
 そんな話を続けるフェイクとヴィオをよそに、アーヴィンドは心の中で考えていた。ガイルの話を、デックに伝えるべきなのかどうか、を。

「……必ずしも伝えなくちゃならないわけじゃないとは思うんだよ。ガイル殿の意識としては、デックさんに伝えてほしい、と思っているわけではないだろうし。そもそも、本人に言いたいことを面と向かって言うのが気が進まないから人に伝えさせる、というのは、司祭として人を導く立場にある人間のすることではないと思うし」
 ヴィオと並んで『古代王国への扉』亭へと帰る道を歩きながら、ぽつぽつと話すアーヴィンドに、ヴィオはきょとんとした顔で答えてくれた。
「うん。それでいいんじゃないの? 伝えてくれって言われたわけじゃないんだしさ」
「うん、そうなんだけれど……あの二人の間の確執を放っておくのも、ファリスの神官のすべきことではない、という気もするんだよね。もちろん、よその家族のことにいちいち口出しをするなんて不躾だ、というようにも思うんだけれど……僕にできることがあるなら、すべきではないか、という気持ちも強くって」
「ふーん。つまり、アーヴは、デックとそのガイルっておじさんを仲直りさせたいんだよね?」
「仲直りさせたい、というか……僕なりにできることがあるのじゃないか、って思ってしまって。もちろん、僕がくちばしを突っ込んだせいでより悪い結果になる可能性もあるわけだから、そう気軽に介入するわけにはいかないけれど……」
「んー……? 結局、どっちなわけ?」
「……どっちがいいのかな、ってずっと考えてるんだけど、まだ結論が出ていないんだ。情けない話なんだけれど」
 ヴィオにこんなことを愚痴るっていうのも情けない話ではあるよな、と思わずため息をつく。ヴィオの方から、考えに沈んでいる自分を見かねたのだろう、『なに考えてんの?』と問い質してくれたこととはいえ。
「んー、だったらさ、デックに直接聞いてみたら? 言った方がいいのか、って」
「え、ええ……? そういう風に直接聞いたら、言う必要はないって言うんじゃないかな、二人の間に確執があるのは確かなんだから」
「? かくしつがあったら、相手が聞きたくないってこと言ってもいいの?」
「あ……」
 確かに、そうかもしれない。そもそもガイルはこれまでにもいろんな人にああいったことを言っているのだろうし、デックも何度も同じようなことを聞いているだろう。だというのにガイルとまったく会いもしないというのだから、ガイル自身の気持ちを理解した上で拒絶しているのだ、と考えるのが自然だ。
 それが正しい行為か、というとアーヴィンドとしては首を傾げざるをえないのだが、アーヴィンド自身、自らのわがままで冒険者をやっている身の上だ、人のことをどうこう言えた義理ではない。第一物事の、特に人間関係の正誤というのは人と人との関わりの中で磨かれて初めて答えが見つかるものなのだ、アーヴィンドが勝手に答えを出していい筋合いのものではないだろう。
「……そうだね、ありがとう、ヴィオ。今度デックさんに会いに行って、聞いてみるよ」
「うんっ」
 にこっ、と笑顔を向けてくるヴィオにアーヴィンドもにこりと笑みを返す。そのまま一緒に並んで『古代王国への扉』亭の入り口の扉を開ける――や、アーヴィンドは思わず目を見開いてしまった。入り口近くのテーブルに、デックと、その三人の仲間――精霊使いとしても高い実力を持つ盗賊ジャルと、まだ成人したばかりなのに導師級の実力を持つ魔術師ヴィアト、吟遊詩人として天才的な才能を持つカルたちが座って、食事をしていたからだ。
「おう、戻ってきたな!」
「お前ら毎日朝っぱらからこんな時間まで鍛錬してるのかよ、ったくご苦労なこって」
「えーと、お二人とも、お久しぶりです」
「待ってたんだぜ、デックが話したいことがあるって言うからさ」
「ええと、お久しぶりです……お話したいこと、とは?」
「おー、四人とも久しぶりー! なーなー、一緒の席使っていい?」
「どうぞどうぞ。今日の飯はデックのおごりだからなー」
「え……」
「え、おごりっ!? ほんとにっ!? わーっ、ありがとーっ! ……でも、なんで?」
 同じテーブルにつきながら、二人揃って視線を投げかけると、デックは困ったように頭を掻いた。
「や、なんでっつーか……別に俺とは関係ないっちゃ関係ないことなんだけどよ。……アーヴィンド、お前、この前の法話って、俺の親父がお前の話聞きたいってんでやらされたことなんだって? しかも、俺がらみの話聞き出したりするのが目的だ、とか月の旦那に聞いたんだけどよ」
「え……いえ、それだけが理由、というわけではないのですが……」
 月の旦那、というのはフェイクのことだ。デックたちはフェイクの二つ名である月の主≠そんな風に使っている。それだけ親しい関係にある、ということなのだろうが、デックの眼差しはそんなこととはまるで関係なく、ひどく真剣なものだった。言葉を濁すアーヴィンドに、深々と頭を下げてくる。
「悪かった。すまなかったな、俺の親父が迷惑かけて」
「いえ、そんな! 頭を上げてください。ガイル殿のご要望だけが理由というわけでは本当にないですし、僕自身としてもいい経験をさせてもらったと思っているんですから」
「いや、俺の親父が迷惑かけたことには変わりねえしな。どうせあいつ、俺のことお前に愚痴ったりなんだかんだと偉そうなこと言ってたりしたんだろ?」
「いえ……あの、それは……」
「……やっぱりかよ」
 デックは小さく舌打ちし、再度深々と頭を下げる。
「悪かったな、マジで。俺のせいで……俺としても、あのクソ親父のしでかすことにゃ迷惑しちゃいるんだが。今日の昼飯おごるから、勘弁してくれ」
「わーいっ、ありがとーっ!」
「いえ、そんな、デックさんがお気になさることでは……というか、僕はデックさんはガイル殿に勘当されたとうかがっているんですが、そんなに普段から交流があるんですか?」
 とりあえず昼食を注文して席に着きながら言うと、デックはむすっと、その隣のジャルはにやにや笑いながら答えてくれた。
「交流なんてもんじゃねぇよ。あのクソ親父が一方的にこっちにいちゃもんつけてきやがるだけだっての」
「あの親父さん、なにかっちゃあデックへの文句を人に伝えさせるし、偶然装って会いに来ちゃあ喧嘩売ってくるからな。デックの周りにいる奴みんなが慣れっこになっちまうくらい」
「え……ガイル殿は、十年間一度も顔を見せない、というようなことをおっしゃっていたのですが……まともに口を利いたことがない、とも」
「デックの方から会いに行ったこたぁ一度もねぇからな。向こうは会いに来るけど。まともに云々は言い合ってばっかだからまともな会話じゃねぇってことじゃねぇの? すっげー言い訳くさいけどさ」
「ったく、マジでいい迷惑だぜ。向こうが勘当したってのに、いちいち周りちょろつくなっつーの! こっちゃ向こうに未練なんざまるっきりねぇんだから、向こうが諦めりゃ万事解決だってのによ」
 言いながらぐいっ、とエールを乾すデックに、仲間たちはそれぞれ苦笑を浮かべた。あるいはからかうように、あるいは困ったように、あるいは説教するような口調でデックの行状を言い立てる。
「ま、デックの方も会った時にいちいち真正面からやり合ってやってるからな。向こうも諦めきれないってこっちゃねーの?」
「デックさんのお父さん、本当に手を変え品を変えデックさんの身辺を探っては文句伝えてきますからね……同じ街にいるんだから、しょうがないって言えばそうなんですけど」
「ったく、マジでいい加減なんとかしろよな、デック。たった一人の親父さんじゃねぇか、少しは大切にしてやれってぇの」
「……しょうがねぇだろ、お互いの主張がどうしたって相容れねぇんだから。どっちも信じるもんが大幅にずれてんだ、会話になりゃしねぇんだよ」
 おそらくは仲間たちの家庭環境(全員すでに親はないと聞いている)をはばかってだろう、不満を押し込めるようにして新しいエールを乾すデックに、アーヴィンドは思わず訊ねてしまった。
「信じるもの、というのは、どういうことでしょうか」
「は?」
「デックさんと、ガイル殿の信じるものは……信仰は、どのようにずれているのか、どうかお聞かせ願えませんか?」
 不躾なのは承知の上だが、どうにも訊ねずにはいられなかった。互いに高い信仰を保っている二人の同じ神を信じる司祭が、信じるものを違えている――それは同じ光の神の司祭の端くれとして、聞き捨てにできない話だった。なにしろ一人の司祭の、引いてはマイリーの、光の神の信仰の根幹を揺るがす一穴になりかねない話なのだ、親子の関係がどうとかいうこととは別問題に、首を突っ込まないわけにはいかない。
 アーヴィンドがそう考えた気配を察したのだろう、デックは「あー……」と面倒くさげに頭をかいた。
「別に、そんな大したこっちゃねーんだけどなー……」
 と、ひどく渋い顔をして口を開く――や、扉が開いた。アーヴィンドたちの座っているテーブルは入り口のすぐ近くだったので、自然店に入ってきた人々は視界に入るのだが、アーヴィンドは驚きのあまり目をかっ開いてしまった。
 店に入ってきたのは、フェイクと、今ちょうど話題に出ていた相手であるガイル・ヴァ―ベンだったからだ。
「…………!」
「…………」
「………?」
「…………」
「……ふん」
 デックの表情が険しくなり、小さく舌打ちをする。それが目に入ったのだろう、ガイルは(こちらと目が合って心底仰天した顔をしていたが)じろりとデックを睨み、つかつかと歩み寄ってくると傲岸そのものの口調で言ってのけた。
「ふん。信仰の道から逃げ出した小童が、自分の根城に他の神官も引きずり込もうというわけか。女で道を踏み外した者らしい、下衆な手口よな」
「……ハッ。自分が正しい信仰の道を貫いている、なんぞと勘違いしてる司祭さまは言うことが違うな。おきれいな場所でしか生きられねぇ分、人の言うことも聞かないし、他人を疑うこともうまいったらねぇや」
 デックも負けずに立ち上がり、苛烈な視線をガイルにぶつける。予想してはいたが、親子とは思えない、というより親子だからこそと言うべきだろうほど熾烈な、敵意を込めた睨み合いだ。
「笑わせるな。要するに貴様は誤解という障害を取り除くべく戦う根性がないのだろう。戦神の司祭にあるまじき負け犬が」
「ある意味感心するぜ、相手を言い負かせばそれで勝ち、なんぞと考えられるのはおめでたい人生送ってる奴らだけだ、って事実を知らないまま生きていこうとするその性格。ま、羨ましいとは微塵も思わねぇけど」
「貴様は逃げることばかり達者になる人生を送っているようだからな。それでよくまぁ信仰を失わずにすんでいるものだ、その臆病な心根を許してくださる戦神に心より感謝することだな。マイリーのご加護がなければお前は生きていくこともできぬだろう――なにせ女にいつ刺されてもおかしくないような生活を送っているようだし」
「おかげさまで、マイリーのご加護がどれだけありがたいか日々実感させていただいてるよ。頭の固い司祭どもの抜かす神の意志を感じる生活≠ンてーな無駄に平和で安穏でのんべんだらりとした生活を送ってる奴らとは違ってな」
 アーヴィンドはどうにか口を挟めないものかと何度も口を開いたのだが、そのたびとても口を挟める勢いの喧嘩じゃない、と口を閉じることになった。どちらも早口で、互いに対する敵意と怒りに満ちた表情と口調で念の入った悪口をまくしたてるので、どうにも口の挟みようがないのだ。
 そんな二人の言い争いを、ジャルたちはいつものこと、とでもいうように酒やら果汁やらを乾しながら気楽な顔で見物し、ヴィオはきょとんとした顔で見比べている。仲間たちが放置しているのだから気にしなくてもいいのかもしれないが、このままでは話がまるで進まない――と頭を抱えかけた時、ちょうど二人が息を継いだ瞬間にフェイクが言った。
「おい、ガイル。息子とお喋りするのはもう少し暇な時にしろ、今日は俺たちに依頼をしに来たんだろうが」
「え……依頼?」
「ああ。そういうわけでな、デック。悪いが親父さんと親交を深めるのは後にしてくれ、これから真面目な話があるんでな」
「む……そうですな。このような愚物に時間を割いている暇はありませぬ」
「……依頼っていうのは、どんな……なんて質問は無粋、っすよね」
「そーいうこったな。おら、アーヴィンド、ヴィオ。依頼の話するからついてこい」
「あ、は、はい。では、失礼します」
「あー、飯まだ食ってないのにー……」
 嘆きの声を上げつつも、ヴィオも素直にアーヴィンドのあとについて立ち上がった。フェイクのあとについて、カウンター内にいた店主のランドがさりげなく開いた扉の中に入る。
 冒険者の店ならば必ずあるという密談用の部屋。そこに案内されるということは、それだけ大変な依頼ということになる。冒険者としてまだまだ未熟な自分たちが見込まれるということはないだろうから、おそらくはフェイクの能力を当てにして持ち込まれた依頼なのだろうが(フェイクとガイルは顔見知りなわけだし)、気が抜けない依頼になるのは間違いない。
 その予測の通り、席に着くやガイルが告げた依頼は、相当にとんでもないものだった。
「――諸君には、我がマイリー神殿から、盗まれた祭器≠取り戻してもらいたいのだ」

「なーなー、さいき? って、なんのこと?」
 ガイルが部屋から出ていくや好奇心にきらきら瞳を輝かせながら訊ねてきたヴィオに、アーヴィンドは苦笑した(もちろんガイルに直接質問しようとしたヴィオを押し留めたのは自分なわけなので、質問に答えることはむしろ望むところなわけだけれども)。
「祭器っていうのは、それぞれの神の最高司祭が、神を自身に降臨させて創り出す神の力を持つ道具のことだよ」
「へ? ……神さまをこーりんって、どーいうこと?」
「うーん、そうだな……ヴィオは、神が今どういった状態にあるかって、どれくらい知ってる?」
「んー、神さまって大昔せんそーして、みんな死んじゃったんだよね? そんで、今は魂だけしか残ってない、とか聞いたけど」
「ううん……まあ、大ざっぱに言えばそうとも言えるけど。死んだ、というか、肉体が滅びただけなんだよ。神は人間や妖精とは比べ物にならないほど大きな存在だから、肉体を失っても世界に干渉する力は残っているんだ。それが神聖魔法――僕たちのように、神聖魔法を使える人々は、みんな神からその力の一端を分けてもらうことで魔法を使っているんだよ」
「へー、そーなんだ! ……あれ、じゃー神さまをこーりんって……」
「うん、神聖魔法の最上位の呪文にはね、神魂降臨≠ニいって、神の存在を直接司祭の身体に勧請する呪文があるんだ。もちろん、永遠に呼び寄せられるというわけじゃなく、通常のやり方ではせいぜいが十分やそこらの時間しかもたないんだけれど、それでもその間神は肉体を得て、その御力を存分に振るうことができる。神の存在はあまりに大きすぎるから、勧請した司祭は存在すべて――命も、魂も擦り切れて消滅してしまうんだけれどね。祭器というのは、そういう風に最高位の司祭が、命と魂を引き換えにして神を勧請し、お創りいただいた神の力を持つ道具なんだよ」
「へー、それってすっごいなー! 神様が創った道具なんだ! ……でも、なんでその司祭さんはその、さいきを創ったの? 確かにさいきってすっげーと思うけど、最高司祭っていう人が死んじゃうのもそれはそれですっげーもったいない気がするけど」
 アーヴィンドはまた苦笑した。ヴィオは本当に、直截に人の見ないふりをするところをついてくる。実際、最高司祭と呼ばれるほどの人間が救える人間の数と、創り出した祭器で救える人の数とを比べてみれば、普通は最高司祭が救える数の方が勝つものだ。だからこそ神魂降臨≠ヘ最高司祭が年老い、積極的に活動できなくなってから儀式を行うものだが、それでも魂すら失われてしまう祭儀だ、よっぽどの深い志がなければできないことには違いない。もちろん最高司祭になるまで信仰を極めた人間が、深い志を持っていないわけがないと言われればその通りだが。
「それは、もちろん人それぞれの理由があるんだろうけれど……今オランのマイリー神殿が有している祭器については、明確な理由があるんだよ」
「めーかくな?」
「うん。ヴィオは、見つける者≠チていう冒険者パーティを知っている?」
「みつけるもの? ううん、知らない」
「そうか。じゃあ、魔精霊アトンについては? アトン戦役による十数年の戦乱は、アレクラスト大陸の情勢を一気に変えたから、有名だと思うんだけれど」
「あ、アトンは知ってる! ずっと前に生まれた悪い精霊だよな? いくつもの精霊が入り混じった力を持ってる、精霊力を喰う世界を滅ぼす精霊!」
「そうか……じゃあ、古代王国の魔術師たちが生み出してしまったアトンを、この時代に甦らせてしまったのは、見つける者≠スちの過失だっていうのは知ってるかな?」
「へ? そーなの?」
 きょとんと首をかしげるヴィオに、軽く笑って説明する。アトン戦役とそれにまつわる冒険者たちの物語は、アーヴィンドの大のお気に入りで、どの部分から話すにしてもそらで言えるくらいだから、実際楽しい仕事だったのだ。
「見つける者≠スちは今から八十年以上前、新王国歴五百二十年頃にはオランで――いやむしろ大陸でもっとも強く、高名な冒険者パーティとして名前が知られていた。賢者の学院で高導師をしていたバレンの発見により、精霊都市フリーオンという古代王国の都市でも三本の指に入る都市の場所を知った彼らは、その在り処――無の砂漠へと向かった。そこではもちろんいろいろな発見があったのだけれど、バレンが魔法王国が滅びた理由が魔精霊アトンにあるという書物を読んでいたちょうどその時、仲間の精霊使いフィエスが不思議な精霊力が存在している場所を見つけた。彼はそのかすかな精霊力に形を与え、活性化することができたんだ」
「え、そんなことできるの!? 俺精霊力を精霊にするなんてできたことないよ?」
「ううん……そこらへんは、僕は精霊使いじゃないからなんとも言えないけど。その精霊力は普通とは違ったっていうのも大きいんだろうね――なにしろ、それが魔精霊アトンとなったんだから」
「え、そうなの?」
「うん。フォーセリアを滅ぼす魔精霊を呼び出したということで、見つける者≠フ名声は地に落ちた。今ではほとんど知ってる人間もいないくらいだ。魔精霊アトンに構成員のほとんどを呑み込まれ、ただ一人生き延びたバレンも、アトンに対処するため尽力しつつも、賢者の学院に押し寄せてきた暴徒の前でマナ・ライ師の身代わりとして爆散したから、罪科を問われるようなことはほとんどなかったけれど」
「ほとんどってことは、ちょっとはあったの?」
「そうだね。その証が、マイリー神殿に遺された祭器なんだよ」
「? ? ? ……どーいうこと?」
 さっぱりわからないという顔で首を傾げるヴィオに、苦笑しつつ説明する。実際、この辺りはわかりにくいところではあるのだ。
「アトンに呑み込まれた見つける者≠スちの中で、ただ一人、マイリーの神官戦士レヤードだけはそのあとも生き延びていた。生き延びていたっていうと語弊があるね、一度死んで、転生したんだ。転生≠フ魔力で」
「え? 転生≠チて……なんだっけそれ、どっかで聞いたことあるんだけど」
「最上位の神聖魔法の呪文だよ。等級としては神魂降臨≠ニ同じ等級にある。人が死んだ直後にかけることで、魂の形と記憶を保ったまま別の人間に転生させる呪文なんだけれど……レヤードはその呪文を使えるほどの神聖魔法の使い手ではあったけれど、当然ながら自分が死んだ直後に呪文を使えるわけがない。でも、彼の持っていた護符はそれを可能にしたんだ」
「ごふ?」
「精霊都市跡で見つけた、転生≠フ魔力を持つ護符だったそうだよ。持っている人間には、死んだ時即座に転生≠フ呪文がかかる……だからレヤードも、ある意味では見つける者≠スちの中で生き延びた者の一人に入るんだ。死んだのち、記憶を取り戻した時にはもう二十歳を過ぎていたそうだけれど」
「え、転生≠フ呪文って記憶失っちゃうの?」
「うん、魂の形――その人間の能力を保ったまま転生させるとはいえ、別の人間に生まれ変わらせるんだからね、本来なら記憶やなにかはすべて失うのが当たり前なわけだから。よほど強い魔力でかけなければ、記憶は自然には取り戻されないそうだよ。……その結果、バレン師も二度目の生を生きることになったわけだし」
「へ? バレンって、さっき言ってた……?」
「うん……見つける者≠フ中でただ一人生き延びた者と思われていたバレンはマナ・ライ師の身代わりになって、我が身をもろともに巻き込んだ隕石召喚≠ナ爆散した。その時、その死体に駆け寄った人間がいたんだよ。オランのスラムに生まれ、まだまともに歩くのもおぼつかない子供でしかないのに、ふとした時に驚くほど強力な神の力を行使できる男の子が」
 ヴィオは目をぱちぱちとさせ、珍しく囁くような声で訊ねてくる。
「もしかして……それが?」
「うん、まだ記憶を取り戻せていない頃のレヤードだった。転生≠かけた時も、他の神聖魔法を使う時と同じように、『なんとなく使えるような気がしたから』でしかなかったそうだけれどね、数奇な運命としか言いようがないことだと思うよ。とにかくバレンは死ぬ時に転生≠フ呪文をかけられて、その一週間後オランの商人の子として生まれ落ちた。自分がかつてバレンと呼ばれていたことをすっかり忘れてね」
「…………」
「生まれ変わったレヤードとバレンは、アトン戦役で荒れ果てたオランの復興のために全力を尽くしたそうだよ。記憶はなかったそうだけれども、彼らの高潔な魂が自然と彼らを動かしたんだろう。以前の人生と同様、レヤードはマイリー神殿の戸を叩き、バレンは賢者の学院に学び、そしてその中のみならず市井の人々の命と暮らしを護るために尽力した。そしてその結果、人々から慕われ、神殿の、賢者の学院の指導者となった――そうなんだけれどね」
「けど?」
「彼らが記憶を取り戻したことが、この場合は足かせとなった。見つける者≠スちによって魔精霊アトンが蘇ったことを知っている人間は数少ないから糾弾されるようなことはなかったけれど、本人たちがそれを気にせずにはいられなかった。アトン戦役が残した爪痕とずっと戦ってきたから、よけいにね。特にレヤードは、家族を残していたから、それも気にせずにはいられなかっただろうし……本当にいろいろ、難しかったそうだよ」
「そうなの?」
「うん。記憶の戻る前から友人関係を築いていたお互いを唯一の相談相手としつつ、二人は必死に悩んで、考えて……結果、オランが、世界が落ち着くまで自分の持てる力を全力で揮う、ということでとりあえずの決着をつけて。アレクラストの中で少しでも困っている人の話を聞くたびに西に東に飛び回って……そうしてようやく世界が落ち着いてきた、と思うや、レヤードは神魂降臨≠フ儀式に踏み切ったんだ。たぶん、罪悪感と向き合い続けた結果」
「……あ、祭器って、それで?」
「うん、レヤード……というか、その時はもちろん違う名前だったんだけれど、ともかく彼が神を降臨させたことによって創られたもの。それが今マイリー神殿にある祭器のはずだよ。少なくとも僕はマイリー神殿が他の祭器を持っているという話を聞いたことがない。普通祭器なんてものはそうそうあるものじゃないしね」
「ふーん……ね、じゃあさその、バレンって人はどーなったの? 今は生きてるの? 死んでるの?」
「それは……ええと」
「今も生きて元気に首席導師をやってるよ。人を助けまくったから人望が厚くてな、魔術の腕も知識も生まれる前からとびきりだし」
 口を出してきたフェイクに、ヴィオは目をぱちぱちとさせた。
「フェイクもその、バレンって人のこと知ってんの?」
「一応顔見知りだからな。何度か依頼を受けたこともあるし、事情についてもそれなりに知ってる。アーヴィンドとパーティを組むことになった時も、一応話をしに行ったしな」
「? それって……」
「……フェイク」
「教えるのがまずいと思うなら最初っからこんな話始めなきゃよかっただろが。第一、あの人だってこいつに知られることは予想してるだろうよ、そうでなきゃお前にわざわざ事情を話すか」
「……そう、思うの?」
「違うならなんでお前が冒険に出ることになってから自分の事情を話したんだ? これから冒険に出る自分の愛弟子に、自分みてぇな失敗をしてほしくねぇからだろうが。だったら仲間に話すことくらいは覚悟してるだろうよ」
「え……じゃあ、もしかして……」
 問いかけるような視線を向けられ、アーヴィンドはちょっと困った顔をしながらもうなずいた。
「うん。僕の魔術の師であるバレン首席導師は、見つける者≠フ魔術師バレンの転生した人間なんだ」
「え、その人、転生してからもバレンっていう名前なの?」
「……うん。これは本当に偶然だそうなんだけど、転生後につけられた名前はバレン・ウォスタリカ。姓はもちろん違うんだけど、転生前と同じ名前なんだよ」
「へー……」
「このことを知っているのは学院でもごくわずかだそうだよ。アストラ次席導師はこのことを知ったから、実年齢では自分より相当に年下のバレン師を首席導師に積極的に推薦したそうだけれど」
「へ? なんで?」
「アストラ次席導師は転生前のバレン師の弟子だったんだよ。もちろん、バレン師の方がアストラ次席導師より能力的に優れている……というか、導師たちのまとめ役、という役割に向いていると思ったからこそだそうだけれど」
「ふーん……」
「で、だ。そろそろ仕事の話に戻るが、いいか?」
「あ、うん! ごめん、長くなってしまって」
 フェイクが手を挙げ言った言葉にうなずく。そもそもは、マイリー神殿から奪われた祭器についての話だったのだ。依頼は、その祭器を取り戻してほしいということなのだから。
「で、そのさいきって、どーいうもんなの?」
「形としては、鏡だな。古風な意匠だが、一見して値打物だとわかるくらいには細部まで凝った細工が施されてる」
「へー……どんな力があるの? さいきなんだから、そーいうのあるんだよね?」
「力としては、『のぞきこんだ者に試練を与える』って力だそうだぞ。のぞきこんだとたんそいつの魂は鏡の中に転送され、そこで果てしない戦いの試練が与えられるんだそうだ。で、その命懸けの試練を乗り越えることで、そいつの力を何倍にも高めるんだと。しかも、その試練は鏡の中で行われるから現実の時間ではほんの一瞬なんだとよ。これは実際に試した奴がいるから確かな話だそうだぜ」
「へー、すっげー! 俺もちょっとそれやってみたいな!」
「やめとけ。お前の呪いが悪い方に働いたら、その鏡の中でもとんでもねぇ敵を呼び寄せかねねぇぞ。お前らは今でも十分試練与えられてんだから、鏡の機嫌を損ねる可能性もあるしな」
「え? 鏡に、機嫌が……?」
「その鏡はな、そいつが現実の試練に打ち勝てるだけの力を与えるためにあるものだから、特に試練もねぇのに気軽に使うような奴に関しては本気で死にかねない試練を与えるんだとよ。しかも一度鏡の中に入ったら一度試練を乗り越えるまで逃げ出せない。で、鏡の中で死んだら鏡の外でも普通に死ぬ。一応試練から降りる方法ってのはあるそうだが、ただ逃げるにしても逃げる間敵の攻撃にきっちり耐えなきゃならん。だから今じゃ試練に挑むような奴はほとんどいなくなってるってよ、まぁもともとマイリー神殿の秘宝だからよっぽどのコネがなきゃ使えなかったそうだが」
「へー……」
「それは……また、ずいぶんと過激な気がするけれど……」
「まぁもともとその祭器ってのはレヤード司祭がアトンのような強大な敵が生まれた時勇者の助けになるために、って祈って創り出したもんだそうだからな。ぬるい気持ちで使う方が間違ってるってこったろうよ」
「確かに、そうかもしれないけれど。……でも、そんな祭器を盗むっていうことは、神殿と取引して金銭を得ようと考えたのでなければ、試練を受けて強くなりたい、と考えた人間の仕業っていうことかな……?」
「さてな。とりあえず祭器のあった場所を調べてみたが、扉にも窓にも部屋の中にも荒らされた形跡はなし。その祭器ってのは神殿の宝物庫の一番奥の、正規の鍵を使わなけりゃ即座に警報が鳴る罠が仕掛けられた宝箱に入ってるんだが、その宝箱にも荒らされた形跡はなし。罠も解除すらされてなかった」
「……んんん? それって……」
「内部犯の可能性が高い、ということ?」
 自分たちに揃って見つめられたフェイクは、軽く肩をすくめてみせた。
「高いもなにも、内通者がいるのはほぼ確定だ。そもそもだ、マイリー神殿はきっちり盗賊ギルドに保護料を支払ってる。普通の盗賊がなにも考えずに盗みに入れる場所じゃねぇ。第一宝物庫に入っておきながら、美術品やら宝飾品やらに見向きもせず祭器だけを盗む、ってとこからしておかしいだろ? で、祭器の存在は秘密にされてるわけじゃないが、それがどこにあるのか、ってことは神殿内でもごく一部の人間だけしか知らない。となると、内通者がいるとしか思えない、ってわけだ」
「……それは、ガイル殿もご存じのこと?」
「ああ、俺がそう報告したし、本人も元からそっちを疑ってるみたいだった。で、神殿内のことは自分が調べるから、こっちにはできるだけ早く祭器そのものを取り戻してほしいんだとさ」
「え……でも、それなら犯人を突き止めた方が手っ取り早いのじゃない? 犯人がどこに祭器を隠したかわからない以上、やみくもに探しても」
「いや――俺は、その祭器ってのを何度か見たことがあるんだよ。レヤード司祭……っつっても転生後の名前は違ったが、とにかくあの祭器を創った人とも一応面識があったからな。少なくとも、間違いなく特定はできる」
「え、それは……。! 物品探知!?」
「へ? なんだっけ、それ」
「魔術師の使う古代語魔法のひとつだよ。等級としては、導師級……といっても、導師になりたてぐらいの段階だけれど、とにかくかなりに古代語魔法に習熟していないと使えない。効果としては、よく知っているもののある場所の方角と、だいたいの距離を探る、っていうもので……」
「で、それを俺は使ったんで、もうだいたいの場所はわかってるわけだ」
「……なら、早くそこに向かった方がいいんじゃないかと思うけれど」
「そりゃもちろんそうするがね。そのためには戦力が――お前らが必要なんだよ」
「え?」
 眉をひそめて言った言葉に返された返事に、アーヴィンドは思わず目を瞬かせた。正直自分たちのやることなど残っていないように思えて、少しばかり面白くない気持ちが湧き起ったりしてしまったのだが、フェイクの言葉にははっきりとした気持ちが感じられた。
 自分たち――仲間に対する、力を借りたいという冒険者ならばごく当たり前な感情が。
「その祭器ってのがある場所ってのがな、方角と距離からすると、どうやらスラムのど真ん中らしいのさ」
「スラム……」
 ファリス神殿の奉仕活動中に何度か足を踏み入れたことがある。町中が汚物と吐瀉物の匂いで満ちた、他に行き場所のない人々が集まるその街の貧しさの集積所。当然のことながら住民にとって非合法活動は日常生活の一部であり、盗賊ギルドの支配力も強い――と聞いているのだが。
「……盗賊ギルドにとっても、祭器を奪った盗賊は処罰対象だよね? そんな人間が、盗賊ギルドに支配された場所と言ってもいい、スラムに潜伏できるの?」
「言っとくが、スラムにおける盗賊ギルドの権力はもちろん強くはあるが、すみずみまで行き渡ってるってわけじゃねぇぞ。もちろん情報網は強固に張り巡らされちゃいるが、スラムは貧乏な人間が集まる場所だ、利潤を追求するって視点から言えば盗賊ギルドが勢力を傾注する意味がない。もちろん人材や面子のためにがっつり支配してる盗賊ギルドもあるが、今のオランの盗賊ギルドはそこまでじゃねぇな」
「え……つまり、持ち込める可能性はある、っていうこと?」
「ああ。ただ、それは『盗賊ギルドの言うことを聞かない奴がいる可能性がある』ってことで、『犯罪を行っても盗賊ギルドに知られずにすむ』っていう意味じゃない。まぁ祭器っていっても、大してでかいもんでもないからな、どっかに持ち込むだけなら大して目立ちやしないだろうが……盗賊ギルドに情報が入ってる可能性はあるな」
「確かに……」
「で、俺としてはとりあえず、二つ方法を思いついちゃいるわけだ。ひとつは、物品探知≠フ反応を頼りに俺ら全員でスラムに乗り込んで、力ずくで祭器を取り返す方法。もうひとつは、盗賊ギルドで情報を得て、これをやったのがどいつか確かめてから乗り込む方法。こっちの場合はこっそり忍び込んで取り返すなり、真正面から乗り込んで交渉するなり、いろいろ絡め手も使えるな、相手の情報がある程度手に入るわけだから。ただ、時間がかかったせいで祭器をどこかに持ち出される可能性もなくはない。祭器は人間の力じゃ壊せないようなものも多いし、そうでなくてもちょっとやそっとじゃ壊せないのが普通だが、神殿長の顔に泥を塗る、ってのが目的の場合は祭器を壊しちまう可能性もまぁ、ないとはいえんな」
「…………」
「で、どうする? お前らの意見を聞きたいんだが」
「え、俺らが決めていいの?」
「パーティで受けた仕事だ、全員で協議して決めるのが当たり前だろうが。実際、どっちの方法を取るにしても一長一短だからな。直接乗り込んだ場合は、どうしたって祭器の正確な場所を探るためにある程度歩き回らなけりゃならなくなるから、相手に警戒される可能性が高くなる。盗賊ギルドで調べをつける場合は、相手が警戒する前に近づけるだろうが、情報を得るのにある程度時間がかかる」
「そっかー。うーん……うーん……どっちでもいいような気もするけど……どっちがいいんだろー? アーヴはどう思う?」
「……僕は、二手に別れるべきだと思う」
『二手に?』
 声を揃えるフェイクとヴィオに、アーヴィンドはうなずいた。
「情報はできるだけ得るべきだけれど、万一祭器を壊すつもりがあるんだったら少しでも時間を短縮した方がいい。僕とヴィオがフェイクの使い魔を連れて先行すれば、フェイクがどこにいても転移≠フ呪文で追いついてこれるでしょう? 得た情報を使って、僕たちを誘導もできるだろうし」
「……ふーん、確かにな。悪くない手だ。お前らだけでスラムの連中をうまくあしらえるか、って不安もあるが。それにお前らはスラムの人間から見りゃどうしたって異物だから、そこらを歩いてるだけで警戒される可能性もそれなりにあるぜ」
「それは……そう、だね」
「あ!」
 ふいに、ヴィオが声を上げる。思わずフェイクと一緒にヴィオを注視してしまった。
「ど、どうしたの? ヴィオ」
「あのさ、スラムのことだったらさ、ヴィアトとカルに協力してもらうってのはどーかなっ?」
「え?」
「あの二人、スラムの出身だし。あの二人がいれば、スラムの人たちに警戒されないですむんじゃないかな?」
「あ……」
「ふむ、なるほどな。案内人を雇う手か。あいつらより安くつく相手もいるだろうが、そいつらを探してる時間も惜しいし、信頼できる相手だっていうのもでかい。報酬が目減りすることを承知した上でなら、いい手だと思うが、どうする?」
 今度はこちらの方を注視するフェイクと、どこかわくわくした顔でこちらを見てくるヴィオに、アーヴィンドは小さく苦笑した。
「……とりあえず、まだデックさんたちがいるかどうか、見てこようか」

 幸いにしてデックたちはまだ『古代王国への扉』亭に残っていた。どうやらガイルから逃げ出したと思われるのが嫌さに居座っていたらしい。憂さを晴らすように次々とエールを乾していくデックとつきあっているジャルをよそに、ヴィアトとカルは二人で冷やした果汁を飲みながらお喋りしていた。
 三人でそのテーブルに近寄って、『スラムを案内してくれないか』と持ちかけると、二人は揃って目を瞬かせた。
「案内するのは別にいいけど……スラムに、なんの用があるの?」
「ええと、こちらの仕事で、スラムにその仕事の目標がある可能性が高くて……フェイクが盗賊ギルドで情報を集めている間に、僕たちが先行しよう、って決まったんです」
「もちろんその分の報酬は払う。お前らに戦ってほしいとか、そういうことを頼んでるわけでもない。ただスラムにいる奴らと揉め事にならないように、仲介役と道案内を頼みたいんだ」
「道案内……別に、それはいいけど……」
「……それは、あのクソ親父からの仕事か」
 ぎろり、と睨まれながら言ったデックに、アーヴィンドは嘆息しながらもうなずいた。ここで白を切っても意味がない。
「そうです」
「マイリー神殿から、なにかが盗まれたわけか? それとも自宅からか?」
「……守秘義務がありますので」
「盗まれたのは、祭器か」
 アーヴィンドは全力で無表情を装ったが、動揺を隠しきれたかどうかは正直あまり自信がない。なにより、アーヴィンドが隠しきれていたとしても、隣のヴィオは動揺を隠すことまで頭が回らないようで、大きく目を見開いて「えー!?」と声を上げてしまっていた。
 デックは小さく舌打ちをして立ち上がる。ジャルも即座に続いて立ち上がった。
「ヴィアト、カル。悪いが、そいつらを案内してやってくれ。報酬は俺から払う」
「ええ……? う、うん、いいけど、デックたちは?」
「俺らは俺らで調べることがあるんでな。うまくすれば報酬をもぎ取れるかもしれねぇ。そっちはそっちで、うまくやってくれよ」
 言って早足で立ち去るデックたちを思わずぽかんと見送りながら、アーヴィンドはヴィアトとカルの様子をうかがった。デックたちがどういうつもりなのかはわからないが、ヴィアトとカルは本当に自分たちの依頼を請けてくれるだろうか。あのように、ただ一方的に頼まれただけでは、場合によっては反発心の方が先に立つかもしれない。
 が、ヴィアトとカルは苦笑しつつも、立ち上がって自分たちに笑いかけた。
「じゃ、行くんならさっさと行くか。陽が沈むといろいろ面倒だからな、早めに行って早めに帰ってこようぜ」
「あ、はい……」
「ってことは、依頼請けてくれるんだ。ありがと!」
 ヴィオに笑顔で言われ、ヴィアトとカルは苦笑している顔を見合わせた。
「まぁ、デックがどんなつもりかはわかんねぇけどさ」
「僕たちに本気で頼んでたのは、さっきの様子からもわかるから」
「ここは受けとくべきだろ、ってさ。仲間が本気で頼んでくること、わざわざ断るほど俺たち心狭くねぇし」
「俺たちが本気で困るような依頼だと思ったら、デックは絶対頼まないだろって思うしね」
「……デックさんたちを、信頼してらっしゃるんですね」
 半ば以上本気で感心してうなずきながら告げた言葉に、ヴィアトとカルは一瞬きょとんとしてから、噴き出すように笑った。
「そんなの当たり前でしょ? だって」
「仲間なんだからさ。信頼してなきゃ一緒に冒険なんてできないじゃん」
「………そう、ですね」
 自分を省みて、内心少しばかり落ち込みながらアーヴィンドはうなずいた。信頼――もちろんパーティの仲間として一緒にやっていく以上、それがなければやっていけないのはわかっている。ただ、自分の心の中をのぞいてみると、二人が当然のようにデックたちに寄せている信頼感と比べて、自分のそれはどうにも見劣りしてしまう気がしてしょうがなかったのだ。
 自分なりに、ヴィオやフェイクを信頼する気持ちはある、と思う。ただ、二人のように自然体で当たり前のように仲間を信じる気持ちと比べると、どうしても自分の気持ちは構えてしまっている感覚が強い。
 フェイクに対しては、技量の圧倒的な差も手伝って、どうしても(必死に打ち消そうとして入るのだが)こちらが従っている感じが抜けないし(そのせいでたまに敬語が出てきてしまうこともある)、今一番親しい存在であると断言できるヴィオに対してですらアーヴィンドはどうしてもきちんと¢ホ応しようとしてしまう。礼儀正しく、破綻なく、問題なく共同生活を送れるように、と意識して振る舞ってしまう。叩き込まれた貴族的な感性のせいかもしれないが、ヴィアトやカルのように自然体で振る舞うことが、どうにもきちんとできていない気がしてしょうがないのだ。
 と、ヴィオがぽん、と自分の背中を軽く叩いてきた。
「わ……ヴィオ、ええと、なに?」
「んーんっ、なんでもないけどさ」
 ぷるぷると首を振ってから、ヴィオはにこっ、と満面の笑顔を向けてくる。
「依頼成立したんだから、急ごーぜっ。さっさと仕事、しなくっちゃ!」
「……うん。そうだね……ありがとう」
「どーいたしましてっ」
 またにこにこっ、と笑顔を向けてくるヴィオに、自然と笑顔が浮かんでくる。ヴィオはいつもこんな風に、自分のつまらないこだわりや硬直した思考を、当たり前のような笑顔で吹き払ってくれる。本人が意識しているかどうかはわからないが、ヴィオの子供のような笑顔を見るだけで、自分は自然と思考が前向きになってしまうのだ。
「……お前ら、二人で笑ってねーで、さっさと行くぞー」
「はぁ……なんていうか、二人とも本当に仲がいいんだねー」
「なっ……! い、いやその、それは、仲間だからっ」
「うんっ! 俺たちすっげーなかよし! だよなっ?」
「ヴィオ……。……うん。仲良し、だよね」
「そーだろー。へへへっ」
「だからさっさと行こうってのに」

 スラム。久しぶりに足を踏み入れたその場所は、以前と同様に貧しく、寂しく――以前とは比べ物にならないほど敵意に満ちていた。
「そりゃ、そんなにがちがちに鎧着こんで武器持ってりゃ、警戒ぐらいするさ。以前は神殿の奴らと来たんだろ? 神殿の奴らは施しくれるってんで、基本歓迎されるから」
 周囲から睨まれている気がする、と訴えたアーヴィンドに、カルはごくあっさりと答えた。確かに、自分たちは薄片鎧に槌鉾、新しく買った銀の鎖帷子に槍、と街中を歩くにはいささか物騒な武装をしているが。
「え、でも……カルも同じような格好をしていると思うんだけれど……」
 二人に敬語をやめてくれと言われ、少しくだけた口調でそう言いながら首を傾げる。実際、ヴィアトはともかく(柔革鎧に魔術師の杖という格好なのであまり威圧感はない)、カルは鎖帷子に広刃の直剣と完全武装だ。物騒さではさして変わらない気はする――が。
「そんなに、二人とも、広く顔を知られているの?」
「あー……まぁ、一応」
「なんやかんやで、この辺りでは有名ではあるんだ。周りから睨まれてるだけで、喧嘩を売ってくる奴がいないのは、たぶん僕たちと一緒にいるからってせいもあると思うよ」
「……なるほど……じゃあ、もしかして、騒ぎを起こしたら、二人のせいになってしまうの?」
『え?』
 真剣な顔で訊ねると、ヴィアトとカルはきょとんとした声を返してから、ぷっと噴き出す。
「ぷっ、ははっ、そんなこと真面目に考えてたの? ここにいる人たちに僕たちが嫌われるんじゃないか、って?」
「……うん。どんな場所であれ、よそ者を招き入れて、自分たちの仲間たちを傷つけたり、自分たちの場所にある物を奪ったりなんてことを許す相手は、その行為の正否に関わらずひんしゅくを買ってしまうから……」
「はー……なんつーか。アーヴィンドって、いい奴だな」
 笑みを含んだ声でそう言われ、アーヴィンドは思わず一瞬固まってしまった。
「そんなことは、ない、と思う、けれど」
「謙遜すんなって。……っつかさ、そんな心配しなくていいぜ? そんなことで俺らを嫌うような奴らからは、もう死ぬほど嫌われてっから」
「え……」
「僕たちをスラムから抜け出た裏切り者、っていうようにみなしている奴らはもうそれなりにいる、ってことだよ。なにも悪いことをしていなくても、僕たちが自力で仕事や技術を手に入れたんだとしても、ねたんだりひがんだりする奴らは他のところと同様に……ううん、たぶんたいていの場所よりいっぱいいるから」
「そう……なんだ」
「そうそう。俺らが仲間内に飯持って来たり、病気の奴デックに治したりしてもらったりするだけでも、『スラムにいる奴全員に稼ぎを渡さない』ってんで気に食わない理由になるんだぜ。そんな奴らのこと気にする必要とか全然ねーって」
「二人は、スラムっていう自分の故郷について、誇りを持っているのかと思っていたんだけれど……そういうわけでも、ないの?」
「誇りっていうか……愛着っていうか……うーん、自分でもなんて言ったらいいかわからないけど」
「ここには汚い奴もずるがしこい奴も嫌な奴もいっぱいいるからな。たぶん、他のとこよりいっぱい。貧乏なんだから、当たり前だけどさ」
「ただ、なんていうかな……苦しみがいっぱいある分、どれも本物な気がするっていうか。欲望も、憎しみとか妬みとか嫌な気持ちも……優しい気持ちも」
「まぁ、平和で楽な生活送ってる奴らに馬鹿にされるいわれはない、ってこと」
 言いながら二人はすたすたと迷う様子もなく歩を進める。ごみごみとした、というか、道端に当然のように物乞いの老人や酔っ払いが転がっている、吐瀉物や汚物がぶちまけられている、軒と軒がくっつきそうなほど間が狭い、狭苦しい道を当然のように歩き続けている。
 正直アーヴィンドは吐きそうな匂いと虫が飛び回るほど不潔な環境、そして貧しさにどっぷり浸かった人々の多さにくらくらしそうだったのだが(奉仕活動の時はここまで強烈な場所まではやってこなかった)、必死にその後を追った。隣のヴィオも平然とした顔で二人に続いているのだ、自分だけがめげているわけにはいかない。
 と、思った矢先にヴィオは唐突にすぅっ、と前に倒れ込んできた。慌てて支えて、仰天する。
「ちょ……ヴィオ!? 大丈夫……っ、気絶して……!?」
「だいじょーぶ……おきてる……ちょっと、息止めてたら、くらって、して……」
「ヴィオ……それは、いくらなんでも」
「あー、いるんだよなー、そーいう風に息できなくなっちゃう奴。街の外で暮らしてる奴とかに多いんだ」
「まぁ、そのうち慣れると思うから、気にせずついてきてよ」
 言葉通り、ヴィアトとカルは本気でまったく気にした様子もなく歩みを再開する。その割り切った様子になんとも言い難い感情を抱きながら、ヴィオを支えつつ後に続いた。
 やがて、とりあえずの目的地であるヴィアトとカルの家……というか、廃墟にたどり着いた。崩れた屋根をぼろ布やらなにやらでかろうじて補修、というか代わりにしたその場所は、孤児たちのたまり場になっているようで、その中に転がっていた十人近い孤児たちが、入るや否やわらわらと群がってきた。
「ヴィアト兄、カル兄、おかえりぃ」
「そいつらなにー? カモ? 獲物?」
「ちげーよ、依頼人だ。……とりあえず、差し入れ持って来たから喰っとけ」
『ひゃっほうっ!』
 カルの渡した食糧に、孤児たちは勇んで飛びついた。「公平に分けろよ!」とカルに何度も怒鳴られて大半を奪おうとした体の大きい孤児がようやく手をひっこめ、取っ組み合って相手の分を奪おうとした二人がヴィアトにぴしりと頭を叩かれてしぶしぶ喧嘩をやめる。孤児の仲間の間でも当然のように発揮される弱肉強食の論理に、アーヴィンドはひどく胸が痛くなった。
「……僕たちも、なにか渡した方がいい?」
 小さな声で訊ねると、ヴィアトもカルも予想通り首を振った。
「それは駄目だよ。君たちがやったら施しになっちゃう」
「俺たちは、こいつらに物乞いさせないために冒険者やってんだからな。そんなこと言ってられない時もあるけど、今は施しされなくても生き延びられるんだから」
「……そうだね」
 小さく嘆息してから、ヴィオたちと協力しつつ地面がむき出しになっている部分に地図を描く。さっきまで通ってきた場所の地図表をざっと描いて、物品探知≠フ反応があった場所を探るのだ。
「スラムの真ん中あたりっていうと、だいたいこの辺になるよな」
「この辺りか……じゃあこの辺でなにか見た人がいないか、探れるかな」
「ちょっと待ってて。……みんな! オヴェアの店のあたりでなにか見た奴、知ってる? 知ってる奴には依頼人さんがお礼してくれるってさ!」
 一瞬静まり返ってから、孤児たちがすさまじい勢いで喚き始める。どうやらそれぞれ情報を叫んでいるらしいということはわかるのだが、なにを言っているかさっぱりわからない――と思っていたらヴィアトにはすべて聞き取れるようで、それぞれにうんうんとうなずいてからこちらを振り向いて地図の中心部から少し外れたところを指した。
「情報を総合してみると、レダの店――故買屋に、それっぽい人がそれっぽいものを持ち込んだ……みたいだよ」
「それっぽい人、というのは?」
「身体の大きな、板金鎧を着た男、らしいんだけど」
「板金鎧……? あまり盗賊らしくはない、けれど」
「特定しようがないよね、それって? それっぽいものって、それほんとにさい」
 即座に口を塞いだアーヴィンドに、ヴィオはぽんと手を打ってからうなずいて目で訴えた。手を外すと、ヴィオは考え考えしながら言う。
「えっと、それ、俺たちの目的のもの、なの?」
「うん……きれいな鏡みたいだった、って言ってるから、その可能性が高くはある、と思うよ」
「え……だったらなんか、本当にそれっぽいよね」
 確かに、目的のものが鏡だと説明しないうちに向こうから言い出したのだから、本当にそれを見たのだろうし、印象に残るほどおかしな様子だったということなのかもしれないが。
「……ごめん、君。ちょっと、聞いていいかな。なんで、それが僕たちの目的の相手だと思ったの?」
 訊ねると、相手の孤児はカッと顔を赤くして、(なぜか他の孤児たちと一緒に)おどおどと周囲を見回してから、おずおずと答えた。
「えっと……なんて、いうか、そいつ、すごく、怪しかった、から」
「と、いうと?」
「え、っと……やたら、きょろきょろ、周りうかがってたし、それにこの辺じゃ全然見ない顔だったし。大剣に、板金鎧なんて格好でこの辺りに来て、持ち物が残ってるなんていうのも変だったし」
「………。その人が、どんな顔をしていたか、わかる? できれば絵に描いてくれるとありがたいんだけど」
「え……う、うん」
 やはりおずおずとうなずいた孤児の少年は、地面に指で男の似顔絵を描き始める。その手つきはなかなか堂に入っていた。アーヴィンドは少年の言動にも、手つきにもいちいちその生活がいかに苦しいかを感じてしまって内心苦しい思いをしていたのだが、当然ながらそんなことには頓着なく少年は絵を描き終える。
「……こんな、感じだったけど」
「………これ、は」
 地面に描かれた顔に、アーヴィンドは目を瞬かせた。そこに描かれているのはごつい男だった。短く刈った茶色の髪が、いかつい顔つきをさらに強調している。自分が何度か会った時は、ほとんど明るい笑みを浮かべていたその顔が、厳しい表情を浮かべるとこうもごつごつした顔つきになる、ということがわかってしまうほどその絵はきちんと特徴を捉えていた。
 つまり、そこに描かれているのはデック・ヴァ―ベンであるとしか、アーヴィンドには思えなかったのだ。
「あーっ……」
 絵を指差し叫びかけたヴィオの口を素早くふさぎ、ヴィアトとカルと目を見交わす。互いの瞳の中にはそれぞれ動揺や困惑が見て取れたが、同時にある種の確信に似たものも感じ取れた。
 つまり、今回の事件は、デックを陥れようと企てられたものなのではないか、という。
「……ありがとう。助かったよ。お礼がしたいのだけれど……」
「え、わ、その、えと」
「それならとりあえず僕に100ガメル渡してくれる? 公平に分配しておくから」
「……うん、わかった。ありがとう」
 ヴィアトのさりげない発言に、『つまり素直に教えてくれた少年にだけお礼を渡せば、それをねたんだ他の孤児たちに攻撃される危険があるということなのではないか』と気づいてしまい、こっそりため息をつきつつもアーヴィンドはうなずいた。
 少なくとも今の自分には、そのファリスの正義からはかけ離れた思考も、この圧倒的な貧しさによる悲惨な現実も、正すだけの力の持ち合わせはないのだから。

 フェイクの使い魔である翼持つ蛇ゲーレは、姿を消したまましゅるりとアーヴィンドの首に巻きつき、小さくフェイクからの声を伝えた。
『間違いねぇな。あの店の奥に祭器はしまいこまれてる。しまいこんではあるが箱に入れもせず剥き出しのまんま、ってのが小賢しさを感じさせるよな』
「ありがとう……それなら、真正面から交渉すれば渡してもらえるかな?」
『いや、たぶんあの故買屋の方も承知の上のこったろうから交渉じゃ無理だろ。店の奥じゃごろつきどもが何人も出番待ってやがったからな、スラムの故買屋にしちゃ過ぎた人数だ、おまけにそれなりの腕もしていやがるようだったし、今回の一件のために雇い入れさせたんだろうさ、依頼主がな』
「……つまりは、強行突破しかない、と?」
『それが一番話が早いだろうな。ま、それなりっつってもせいぜいがアーヴィンドと同程度の腕ってぐらいだ、不意討ちに気ぃつけてりゃあまず負けはねぇだろうさ』
「向こうの奴らって何人いるの?」
『六人。当然裏口はあったから、まずいとなりゃあそっから逃げる心算なんだろうが……そっちは俺に任せてもらうことになる』
「俺たちと一緒に入っていって、魔法で眠らせるとかはダメなの?」
『駄目だ。俺は一応それなりに顔を知られてるんでな、スラムで故買屋を営んでるとなれば俺の顔貌くらいは知ってる可能性が高い。しかもお前ら二人と一緒となりゃあ、まず間違いないと見抜いて尻に帆かけて逃げ出すだろうよ』
「……僕たち二人と一緒……って、そこまで僕たちは有名になっている、と?」
『当たり前だろうが、侯爵家子息が呪いかけられて冒険者やってるとなりゃあこっちで生きる人間なら顔貌くらい知っとくのが常識だ。いつどこで出会って金をむしり取れるとも限らねぇんだからな』
「………。なるほど、でも、変装≠フ呪文で姿を変えるっていう手もあると思うけれど?」
『そこらへんの呪文でごまかす手は確かにそれなりに有効だと思うが、最終的には腕力に訴えるんだぞ? 魔力の無駄遣いじゃねぇか』
「……確かに」
 小声で相談を終えて、うなずき交わし、廃屋を出る。ゲーレが下見した目的の店は、ここからそう離れていない。フェイクとも相談し、まず祭器を手に入れてからガイルに連絡を取る、と決めた。フェイクは自分たちとは別行動を取り、裏口方面から目的の故買屋に侵入し、正面から店に入る自分たちと挟み撃ちにする予定だ。
 カルはそちらの方の案内役をしてくれる。自分たちから少し遅れてフェイクがあの廃屋に転移してくる、それからゲーレは自分たちを追い、フェイクとカルはゲーレが見つけた裏口から店に侵入し――
 と考えている間に、しゅるりと冷たい鱗の感触がアーヴィンドの手首に絡みついた。姿は消えたままだが、ゲーレが自分の袖口に隠れたのだろう。こっそり微笑みつつ、ヴィアトの後についてすえた臭いの漂う道を歩いた。
 そのまま進むことしばし、ヴィアトがちらりと視線を動かす。そこには、確かにいかにも故買屋といううらぶれた雰囲気の店が立っていた。
 ヴィアトはそのまま店を通りすぎるが、自分とヴィオはそこで足を止めて中に入る。これも作戦通りだ。ヴィアトがデックの仲間であることは向こうも知っているだろうから、最初から向こうを逃げを打たせる気にさせない方がいい、と考えたのだ。
 きしむ扉を押し開けて、中に入る。ひどくうさんくさい品物が並ぶカウンターの向こうには、いかにも裏社会の人間らしい目つきの鋭い中年の男が座っていた。
「…………」
 歓迎の言葉も言わずに、じろじろと睨みつけるように男は自分たちを観察する。それに気圧される気持ちもあったが、しゃんとしろと自分に言い聞かせ、まるで気圧されず物珍しげに店の中を見ているヴィオにも力を得て、ゆっくりと男の前に立ち、告げた。
「鏡を、探しているんですが」
「鏡ならその辺にいくつかあるだろう」
「いえ。ああいったものではなく、もっと細工が整っていて、美しい……神威すら感じさせるようなものを、探しているんですが」
「…………」
 男の目がさらに鋭くなる。さりげなく体を後ろに引きながら、ぼそぼそと告げた。
「そんな上等なもんがこんな店にあるわきゃねぇだろう」
「いえ、あるという話を聞きました。板金鎧を着けた、茶色の髪を短く刈った男が、この店にその鏡を持ち込んだ、と」
「……ふぅむ、なるほど」
 ゆっくりとではあるが、着実に体を後ろへ後ろへと動かしながら、男は腕を組んでみせる。
「あんた……その男がこの店にそんなもんを持ち込んだって話を、どこで?」
「情報源について話すのは、こういった場所の礼儀に沿うことではない、と聞いたのですが」
「ま……そうだがね。俺としちゃあ、あんたがどこでその男の話を聞いたのか、ってのが気になるのさ。なにせ、あんたとその男は、顔見知りだったはずだからな」
「…………。どこかで、お会いしたことがありましたか?」
「いや、一度もないがね。けどあんたの話は知ってる。アールダメン候家のお坊ちゃまが、なにを考えたのかいきなり冒険者になったっていうんだ、こんなところにも噂くらいは届いてるさ。……で、そんなあんたと顔見知りだったって話を、その男がしてたからな」
「…………」
「もちろんそんな男の話を全部信用してるってわけじゃないがね、アールダメン候家ともなれば、やっぱりすり寄ってくる奴らもいるだろう? わしとしてもね、あんたみたいな見上げたお方には、できる限り力になってやりたいと思っていてね――」
 笑顔を浮かべながらぺらぺらと喋る男に、なんと言うべきか考える――が、それよりも早くヴィオがすっ、と前に進み出た。アーヴィンドが反応するよりも早く、ずいずいと男の横を通り過ぎて奥へと向かう。
「ちょ、ちょっと! あんたなんなんだい、人が話してる時に! そっちは奥なんだよ、入ってもらっちゃこま」
「だって、あんた、ごまかそうとしてるだろ?」
 すっと男に向けて身構えつつ、ヴィオはすぱっと言ってのける。アーヴィンドがぽかんとするのをよそに、男に向けて淡々とした口調で言葉を継いだ。
「なにがしたいのかよくわかんないけどさ。でも、俺たちの聞くこと、ごまかそうってしてるのはわかるんだよ。だから、あんたの言うこと聞いてあげてるわけにはいかないんだ」
 それだけ言ってまたすたすたと奥へ向かう――それに男は顔面蒼白になり、懐から小さな笛を出してピーッと音が鳴るまで吹いた。とたん、がらりと店の奥の扉が開いて、続々といかにもごろつきという感じの武器を構えた男たちが出てくる。
「困るねぇ、お客さん」
「貴族のお坊ちゃまよぉ、こういうとこにはこういうとこの決まりってもんがあんだよ。わかるか、えぇ?」
 男たちがぎらり、と鞘から抜き出した刃を光らせる。が、ヴィオはそれを見るよりも早く槍を持っていない方の手を動かしていた。
「孤独、混乱、悪戯、忘却、懐かしき我が友、幼き心知る精霊レプラコーンよ、我が敵たちをその手で撫でよ!=v
『…………!?』
 軽やかな声が響くや、出てきた五人の男たちのうち三人と、店番をしていた男がぽかんと口を開けた。ぼうっとした顔になって動きを止める男たちに、魔法――混乱≠フ呪文がかからなかった二人が、こちらが魔法を使えることに驚いたのだろう、半狂乱になってヴィオに殴りかかってくる。
「っ!」
 だが、ヴィオは余裕をもってその攻撃を受けた。ヴィオと比べると、男たちの攻撃は(はるかに軽装なのにもかかわらず)数段のろくさく見える。せいぜいが自分と同程度の腕しかしていないだろう。
治癒≠フ呪文をかけるべく待機していたアーヴィンドは、だっと走り寄って槌鉾を男の頭に振り下ろした。槌鉾というのは手加減する気ならもっとも相手を殺しにくい武器なのだが、それでもやはり大きな武器を振り回されるというのは圧迫感があるのだろう、大慌てでアーヴィンドの攻撃を避ける。
「こっ、このガキっ……」
「ふっ!」
 が、その隙を衝くように突き出されたヴィオの槍をかわすことはできなかった。いつも一緒に稽古しているのだからよく知っている、ヴィオの攻撃は自分より数段鋭いのだ。相手が隙を作った場所に、自分よりも強烈な力と技と勢いでもって繰り出された槍は的確に男の腹を貫き、血を噴き出させる。
「ごぼっ! てっ、てめぇっ……!」
「このクソガキどもがっ!」
 相手は顔面を蒼白にしながらも、小剣を振り回して襲いかかってくる。だがそれはこちらにかすりすらしなかった。アーヴィンドは武器を巧みに扱う技術はともかく、避けることはそれなりに自信がある上小盾を持っているし、ヴィオは動きの速さについてもアーヴィンドに後れを取ることはない。すいすいと攻撃をかわしながら、ざくっ、がすっ、と相手に打撃を加えていく。その上、こちらは鎖帷子と薄片鎧を装備している――ので。
「わ、悪かった! 降参するから許してくれよ!」
「俺はなにも知らない、ただこのおっさんに雇われただけなんだ!」
 一分も経たないうちに、傷だらけになった男たち二人は小剣を放り出して降参してきた。一瞬視線を交わし、にかっ、とこちらに笑いかけてから、ヴィオはしゅんっとその二人に向けて槍を突きつける。
「じゃ、そっちの人、相手を動けないように縛って」
「う、うぅ……わかったよっ」
 捕縛を見守るアーヴィンドをよそに、ヴィオはぼうっとした顔で突っ立っている者たちに眠り≠フ呪文をかけて回った。眠り≠フ呪文はどちらかというと相手を仮死状態にさせる呪文、と言った方が正しいくらいの代物で、呪文を解除されない限りいつまでも年も取らないまま眠り続けるという強力な呪文なのだが、その分魔力の消耗も激しいし、相手に触れながら使わなければならないという関係上、一度に複数の相手に呪文をかけることができない。
 その上ことが済んだらきちんと解除してやらなければならない分、気軽に使える呪文でもないのだが、自分たちのパーティにはフェイクという強力な魔術師がいるのでそこの辺りは安心しているのだろう。ヴィオに精神力譲渡≠フ呪文で魔力を補充されながら、混乱≠ェ解けるまでにヴィオは店番をしていた男以外の三人を眠らせ終えた。
「……っ? んあ……っ!?」
「正気に戻りましたか」
「他の奴らは全員捕まえたからなーっ」
 仲間を縛っていた男を縛り始めながら、アーヴィンドは店番の男の前に立つヴィオにちらりと視線を送った。ちなみに(あまり気は進まなかったが、一番効率のいい脅し方だとフェイクとヴィアトとカルが口を揃えたことに説得された結果)店番の男の目の前にはヴィオの槍がつきつけられており、ヴィオが少しでも手元を狂わせれば眼球に先端が突き刺さってしまうだろう状態になっている。
 相当な威圧感を与えるだろう、という読みにたがわず、店番の男はあからさまに顔をひきつらせたが、そうやすやすと屈服はしてくれなかった。無理やりに口に皮肉な笑みを上らせ、へらへらと言ってくる。
「お坊ちゃんよ、あんた、こんなことして大丈夫だと思ってるのかい? うちは盗賊ギルドに加入してるんだ、こんなことをすりゃあ盗賊ギルドの報復が」
「ギルドの方にはすでに話を通してあります。同じギルドの人間同士が個人的な揉め事を解決する分にはギルドは口出ししない、そうです」
「っ……ちくしょう、月の主≠ワで動いてやがるのか……!」
「おうよ。俺の名前を知ってるなら、お前が裏口から祭器を持たせた奴を逃がす、ってことくらい俺が予想してることもわかるよな?」
 言ってずいっ、と出てきたのはフェイクだ。その手には、その祭器を持って逃げようとした相手なのだろう、ごろつきらしい男を後ろ手に縛った縄の先を持っている。店番の男は、がっくりとうなだれた。

「本当は衛兵に突き出したかったんじゃないか」
 異常がないか確認した祭器を持って(もちろん袋には入れてある)、マイリー神殿に向かう途中、フェイクがそんなことを聞いてきた。アーヴィンドは一瞬口ごもって、訊ね返す。
「それは、あの故買屋の方々のこと?」
「おうよ。盗品を売買するってだけでも腹立たしいだろうに、マイリー神殿から盗み出された……って言っていいもんかはとにかく、とにかく祭器を保管して、神殿内部の権力闘争の道具にしようって奴に協力してたんだ。罰を受けるのが当然って思ったんじゃねぇのか?」
 アーヴィンドはその言葉に嘆息する。腹が立ったのは、事実だ。
 あの故買屋の男から引き出した証言は、得た情報から自分たちが立てた予測を補完するものだった。あの故買屋に祭器を補完するのはほんの一時のことであり、今日の夜にも別の場所へ、もっと探りにくく探り当てたとしてもやすやすと返してくれとは言いにくい相手へと売りつける予定だったのだそうだ。向こうもマイリー神殿の名高い祭器を手に入れられると乗り気で、しかもこの状況ならば祭器とは知らなかったと白を切れば罪に問われることはない。故買屋から買ったという事実も、人を介して直接売り込みに行けば故買屋とは知らなかった、と言い訳ができるのだから。
 そんな風にして、無理やりにでも祭器を神殿とは別の場所に移したのは、その罪をマイリー神殿長とその息子に押しつけるためだろう、と故買屋は言った。この話を(人を介して)持ち込んできたのはマイリー神殿の神殿長に次ぐ地位にある司祭の一人で、神殿長がその地位をなんとか自分の息子に継がせようとしていることに腹を立て、今回の計画を思いついたのだろうと。
 自分たちには神聖なる神殿の階位をほしいままにする神殿長たちに対する義憤からやっているのだと主張していたが、要するにあれは権勢欲から来るものだろう、と故買屋はへらへらと笑いながら言った。少しでも自分の安全を確保するために、依頼を請けた相手を貶めようと。
 だが、依頼主が貶められても文句が言えないだけの行為をしていることも、また違えようがなかった。その心中でどんなことを考えているかはおいておくとしても、一人の偉大な司祭が魂を懸けてでも罪を償わんとこの世に創り出した祭器を、ある人に化けた者に神殿から持ち出させて故買屋に売りつける。そんな真似をする人間が司祭を名乗るなど、正直言語道断だと思うし、その罪に関わった人間も全員、相応の罰を受けさせるべきだと思えてならない。
 だが、アーヴィンドはあえて、フェイクに向き直って訊ねた。
「……フェイクは、どう思うの」
「俺が?」
「うん。フェイクにとっては、あの故買屋の人たちや……今回の事件を引き起こした人たちは、どんな風に感じられるのかなって」
「ふぅん……」
 ちょっと面白そうに笑って、フェイクは肩をすくめてみせた。
「別に、どうも」
「……そう」
「ああ。金や権力のために人の都合を無視する奴はいつでもいたし、これからもいるだろう。俺たちだってそいつらとそう変わりがあるわけじゃない、報酬やら依頼人に対する義理やら、自分の都合でそいつらの都合を無視してるんだからな。第一俺は人の人生にああだこうだ口出しできるほど偉かねぇよ。そいつにはそいつの人生があって、理由があるから犯罪犯してんだ。それをよく知りもしないでああだこうだ言うほど堕ちたかねぇな」
「神殿の中で権力を持つためだけの犯罪でも?」
「権力を持ちたい≠チて欲望はほとんどの人間が持ってるが、なんとしても権力を持ちたい≠チて欲望にとことん忠実になって行動を起こせるのはそう多いわけじゃねぇ。そこまで強く思うようになったのにはやっぱりそいつなりの理由があるだろうし、切羽詰まった感情もあるだろう。それを理解しようともせずに、ただたまたま権力を別に持ちたいとは思わない≠ニ考えてるだけの理由で立っていられるだけのきれいな場所から、『お前は間違っている』と抜かす奴なんぞ俺はそれこそ虫唾が走る。権力≠ェ金≠ノ入れ替わっても同様だな」
「………なるほど」
 深く、息をつく。フェイクの言葉は、アーヴィンドの予想とさほど違わなかった。神殿で教わったファリスの教義からすれば許されない、不道徳もはなはだしいとされるであろう考え。裁かれる側の立場に立っている、というよりは、たぶんフェイクは単純にどんな相手にも公平なのだろう。裁く側に立つ人間に対しても、裁かれる側に対するものと同様の冷徹な視線を注いでいるから、正義によって人を裁く人間の矛盾と傲慢を感じ取り反発しているのではないだろうか。
 これまでフェイクと接してきて、それが感じ取れるぐらいには彼のことを知ってきたと思うから。
「……ヴィアトと、カルはどう思う?」
「え、俺ら?」
 カルがきょとんとした声を上げる。ヴィアトとカルとは、予定通りに自分たちが故買屋から出ていったのちに予定の地点で合流した。デックとも関係のあることだったし、マイリー神殿でガイルを呼び出し祭器を取り戻したことを報告する前に、できればデックと合流して話をしたかったからだ。フェイクが探った限りでは、故買屋の周囲を見張っている人間は(使い魔の類も)いない、ということだったし、事件を起こした司祭に情報が伝わっている可能性はまずないだろう(故買屋の主人にはフェイクが制約≠フ呪文をかけて邪魔はしないようにしてあるし、部下たちはことが終わるまでは、と拘束状態や睡眠状態から回復させていない)。
 つまりまだ協力関係を継続している相手なわけで、そんな相手に質問するのはアーヴィンドとしてはごく当たり前の心理だったのだが、カルは困ったように頭を掻いた。
「そんなこと言われてもなぁ……んなややこしいこと、いちいち考えたことねぇし」
「え……そ、そう?」
「うん。だってそんなん考えても腹の足しにならないだろ?」
「………………」
 思ってもいなかった答えに、アーヴィンドは思わず絶句した。腹の足しにならないから考えたことがない。その返答は、カルたちの今まで育ってきた世界の圧倒的な現実と、それが当たり前だった過酷でありながらありふれた環境と、彼らにとって自分の重んずることがまったく意味がないという事実を如実に示していた。カルにそんな気がなくとも、いやそんな気がないからこそ、自分の今まで育ってきた環境がいかに恵まれたものだったかという指摘と、そこで考えたことにどれほどの意味があるのかという糾弾を同時に行われた気になって、思わずふらりと足をよろめかせる。
 そんな自分の様子を見て取ったのか、ヴィアトは苦笑して言ってきた。
「まぁ、哲学は暇人の学問とも言うし……そもそも学問っていう代物自体ある程度生活に余裕があるから生まれる代物だ、っていう考え方もあるしね」
「お前余裕がなかったけど学問しまくってたじゃん」
「俺は学問で身を立てるつもりで死ぬ気でやってたからね。こっちに才能があるって学問所で教えてもらって。そういうのはそういうので、また別なんじゃない?」
「そうかー? ……けど、だったら学門ってなんのためにあるんだよ?」
「カル……そういうこと言う? これまでの冒険の間にも、僕なりに賢者の知識を役立ててきたつもりなんだけど」
「おー、そっか、そーだよな! ……あれ、だったら学門って普通に役に立つじゃん。なんで余裕がないと生まれねーわけ?」
「んー、ほんとに生活にいっぱいいっぱいだと、それを改善しようとかいう気力も生まれない時ってあるからねー……」
 楽しげに喋っているヴィアトとカルをよそに、アーヴィンドは一人考え込む。自分の考えていることは、意味のないことなのだろうか。人が生きていく上で、本当にはまったく必要とされないものなのだろうか。
 いや、人の中には正しく生きたいという心がある。そのための道しるべとして、さまざまな神の神殿があり、律法があるのだ。神の教えを正しく説くことで、人がよりよく生きる道を示すことができるはず。
 そういつものように自分を説得しようとするが、カルがごく当たり前のように告げた、『そんなことを考えても腹の足しにならない』という一言は強烈だった。なんの気なしに告げられた一言だからこそ、本音に溢れたその言葉は、『どんな者にも正しく生きたいという心がある』というアーヴィンドの考えを揺るがすに足るものがあったのだ。
 いや、そもそも自分は本当にどんな人間にも正しく生きたいと思う心がある、と考えていただろうか。罪を犯した人間、悪事を働く人間は別だと考えていなかっただろうか。それもまた同じく人であるのに、きれいな場所≠ノ立っている人間だけを見つめて、そんな場所に立てない人間のことを無意識のうちに無視してはいなかっただろうか。
 ぐるぐると考えていると、ふいにきゅ、と手を握られた。
「あ……っ」
「えへへ」
 驚いて顔を上げると、にっかりと嬉しげな笑顔を満面に浮かべたヴィオと目が合った。どう反応すればいいのかわからず固まるアーヴィンドに、ヴィオはにこにこ笑顔のままぶんぶんと握った手を振ってみせる。
「あ、あの、ヴィオ……? なにを」
「え? これだとイヤ?」
「い、いやというか……なにを、してるのかな、と思って」
「え? そりゃアーヴのこと慰めてるんだよー」
「なぐっ」
「なんかさ、アーヴいろいろ考えて落ち込んじゃってるみたいだからさー。だから慰めてんの! アーヴが元気になればいいなー、って!」
 にこにこ笑顔でぎゅっと両手でアーヴィンドの手を握り締めてみせるヴィオに、アーヴィンドはつい、ふふっと笑ってしまった。自分の悩んでいたことはまったく解決してはいないのに、なぜか胸がほんわりと暖かくなって、ヴィオの気持ちがしみじみと嬉しく感じられる。
「うん……ありがとう。ちょっと、元気になってきたよ」
「ホント? えへへ。じゃ、もっと元気になるよーにするなっ」
 また嬉しげに笑って、ヴィオはアーヴィンドの手を握りしめたまま胸に触れさせた。そしてそのまま、優しい笑顔で抱きしめるようにしてみせる。
「え……ちょ、ヴィオ」
 アーヴィンドは慌てて、反射的に手を引こうともするが、ヴィオは手を放そうとはしなかった。アーヴィンドの、槌鉾を振り回しているせいでタコができている、二ヶ月前と比べるとひどく荒れた手を、なぜか愛しげとすら言ってよさそうな表情で、胸と掌で包み込む――
 と思った瞬間、ぽんと音を立てて女に変わった。
「……………っ!」
「うわ、本当に女に変わった……すげーな、実際に見てみたらなんか迫力だぜ」
「本当だよね……呪いってことだけど、ここまで強力な呪いって話にでもほとんど聞いたことないよ」
「………っ、ヴィオ、手! 手を……っ」
「えー? アーヴ、俺の胸触って元気になんない? 村にいた頃触らせてあげたら、元気になった奴何人もいたんだけどなー」
「………っ! ヴィオ―――っ!!」

 オランのマイリー神殿は、スラムからはハザード河を渡った向こう側になる。橋を渡って中州を越え、また橋を渡ってとやっているうちに、みるみるうちに辺りは暗くなり、一寸先も見えなくなってしまった。
「話聞き出すのにちっと時間かかっちまったからな……光≠フ呪文でも使うか」
「あ、じゃあ僕が使いますよ。万能なるマナよ、暗黒を退ける光となれ=v
 ヴィアトが呪文を唱えるや、彼の杖の先がこうこうと光り輝く。さすが導師級、というより本来なら導師として扱われない方がおかしい魔術の腕を持つだけあって、正統派の流れるような呪文の詠唱だ。
「なーなーアーヴー、まだ怒ってんの? また胸触る?」
「触らないから!」
 できるだけ早く忘れようとしているのに、と恨みがましい気分になりながらアーヴィンドは唸るように告げた。ヴィオはあんなことをしておきながら少しも大したことだと思っていないようで、あくまで平然とした顔だ。自分はいまだに耳の先まで熱いというのに、とアーヴィンドは内心こっそり唇を噛む。聞き出した限りでは、友人などにあくまで個人的な友誼を示す方法としてやっていたということのようだが、それだって女性が男性にしていいものではない。そこらへんの慎みというものの知識が、ヴィオにはやはりごっそりと抜けている(ある意味男として育てられたようなものなのだから当然といえば当然だが)。
 そんなことをしながらも、自分たちは着実にマイリー神殿に近づいていた。陽が落ちるのが予想外に早く、もう暗くなってしまったが、せっかくだからマイリー神殿でことの次第を見てから戻る、とヴィアトとカルが言ったため、五人全員でやってくることになった――のだが、神殿の前までやってきて、神殿内が妙に騒がしいことに気がついた。
「? なんだ? なんか騒ぎになってる?」
「どうしようか……まぁ、実際ガイル殿に会うのはフェイク一人の方がいいかもしれないけれど――」
「いや、いいからお前らもついてこい。たぶん、一緒の方がいい」
「え……でも、僕はファリス信者だけれど?」
「ファリス信者だったら入っちゃまずいのかよ。人と会うって目的もあるんだ、いいからついてこい」
「う、うん」
 言われてとりあえずフェイクについて中に入る――と、神殿内で騒いでいるのは、どうやら二人の人間だけらしい、とわかった。聖堂内で、祭服を着た司祭風の壮年の男と、板金鎧を着込み大剣を背負った男がすさまじい勢いで言い争っている。その周りを、神官風の者や神官戦士らしい者たちが取り巻いてざわめいていた。
 数瞬見つめてからその武装している男の方がデックだ、と気づいたアーヴィンドは思わず仰天したが、その間も二人は互いに苛烈な言葉をぶつけ合っている。
「――何度も言ってるだろうが。言いたいことがあるなら真正面から言ってくりゃいいだろ。マイリーの司祭でございとふんぞり返りながら、その程度の根性もねぇのかよ」
「――はっ! 笑わせてくれるな、神殿から逃げ出していった負け犬が! 戦の神の教えから十年間も逃げ続けた者が、今さらなにを抜かすのだ!」
 双方お互いを憎悪にも似た目で睨みつけながら、刃のような言葉を交わし合う。アーヴィンドはどういう展開かまるでわからず呆然としてしまったのだが、フェイクはあくまで平然と気楽な足取りでそちらに歩み寄っていく。
「教えから逃げた、だぁ? はっ、ふざけんな。俺はマイリーから逃げたことは一度もねぇよ。ただ……クソ親父やら、神殿のくだらねぇしがらみやらが面倒で、それを捨てただけだ。まぁ……神殿から逃げた、とは言えるかもしれねぇけどな」
「ふん、だから教えを守っている、とでも? 要するに貴様は、神殿の中で神の道を究めんと神官同士でぶつかり合うことから逃げ出したのだろうが! 戦いから、立ち向かうことから、戦鎚を交わし合い互いを鍛えることから逃げ出したのだ!」
「違う! ……いや、ある意味違わねぇかもしれねぇけどな。俺はそれを逃げだとは思わない」
「なんだと……?」
「人は……生き物は、いつもいつも戦えるようにはできていない」
 ざわ、と周囲の人々がざわめく。アーヴィンドも、正直驚いた。人生を不断の戦いであると説くマイリーの、それも高位の司祭が言う言葉とは正直思えなかったからだ。
「な……っ、貴様、それでも……っ」
「この世に生きとし生ける者は、生まれ落ちたその時から戦い続けなければならない宿命を負う。生きるためには喰わなくちゃならない、喰うためには他の生き物を殺さなけりゃならない。そこから始まってただ生きるだけでも、よりよく生きようとするならより多く、激しく、他者を打ち負かすために戦わなけりゃならない。それは事実だし、当たり前のことだと俺も思う」
「当たり前だろうが! だからこそ、戦いを神聖なものとし、正々堂々と立ち向かわねば」
「だが、負けた者にだって人生はあるんだ。戦いが怖くて逃げ出した者にも、命を永らえさせるために降伏した者にも」
「な……?」
「ほとんどの生き物は弱い。そして醜い。だから日々の戦いの中で、倦むこともあるし逃げ出したくなることもある。戦いに疲れ、休ませてもらえるならばなんでもする、とまで考える者もいる」
「そのような……っ、言語道断だ! そのような愚かしい、惰弱な道に逃げる者たちは断固として鍛え直さねばならぬ、それが戦の神の」
「そして、それも、戦いの一部なんだ。あんたがどれだけ否定しようと。戦うっていうのは、同時にその数だけの負けた者たちを生み出すってことだ。勝利者の陰には山ほどの屍が積み上げられている。そして、そいつらにも人生はあり、そいつらなりに泣き、笑い、苦しみ、あがいたあげくに戦いに負けて惨めな終わりを迎えたんだ。それは絶対に誰にも――それこそマイリーにだって否定できない」
「な……っ、マイリーに対しなんと不敬なっ、………っ!」
「もちろん負けた者には負けたなりの理由がある。大半はそいつらが惰弱な存在だからだし、愚かだったり道を誤ったりしたせいで負けた者も数多い。尊い志を持ちながら武運つたなく敗北した者なんていうのは少数派だ。――だが、それでも、そいつらも生きている存在なんだ。無視していいわけじゃない。いなかったことになんて、絶対しちゃあいけない」
 相手の司祭を、というよりは中空を見つめなにかに訴えかけるように切々と語るデックの瞳は、どこか悲痛とすら言いたくなるような雰囲気があった。彼が悩み、苦しみ、必死にあがきながらいくつもの夜を越えてきたのだと否が応でもわかってしまう重みを感じさせるものがあった。――彼が本当に、悩み苦しみながら自身の信仰を鍛えてきた、高位の神官と言うにふさわしい信者なのだと、アーヴィンドにもわかってしまうほどに。
「俺は、弱いことが正しいとは思わない。――だけど、間違っているとも思わないんだ」
「なっ………!」
「弱いから、勝てないから、負けたから。敗北し続けている者たちは、その辛さから自然に心身が歪む。人の優しさも素直に受け取れないようになるし、正々堂々と戦いを挑むこともできなくなって、間違ったやり方で勝利を得ようとする。だから強くなるっていうのはもちろん正しい、いいことなんだ――だが、それでも、負けたものを、弱い者を愛おしむことを、俺は間違っているとは思わない。弱く勝てない者たちに対し、たとえそいつらを上から見て優越感やらなにやらを感じ取れるせいだったとしても、その弱さを愛することが、マイリーの教えに反しているとも思わない。――だって、それも戦いの一部なんだから。戦い続ける以上避けえない、生きている以上避けえない、戦いに勝てなかったことを飲み下す力になってくれる事実なんだから」
「なにを……ばかな、なにを………!」
「戦いっていうのは、本来は、本当に本当に本当に、辛く、救いがなく、疲れるものだ。人生って戦いを一人きりで戦い抜くなんては、どんな奴にだって荷が重すぎる。だが、そんな時に弱い者は、負けている者たちは、俺に力を与えてくれる。弱いことを、醜いことを、自分もそれと変わらない部分があると認めることは、少なくとも俺には生きていくための灯火になってくれるんだ」
「貴様はァッ……!」
 司祭が顔をひきつらせ何事か叫ぼうとする――そこにすっと、フェイクが進み出た。
「お話中悪いんだがね、ジーデン司祭」
「!? ……なんだ、貴様はっ」
「俺はフェイクというしがない冒険者だがね。神殿長のガイルに用事があって来た。会わせてもらえないか? あんたにも――そこのデック神官にも、関わりのあることなんでね」
 ジーデンと呼ばれた司祭は、大きく顔をひきつらせたが、すぐに顔をのけぞらせしゃくり上げるように笑い声を立てた。デックは、フェイクが進み出て驚いてはいたが、すぐに平静な顔に戻って小さく一礼してくる。彼にとって、フェイクがここにやってくることはわかっていたことであるようだった。
「いいだろう、神殿長殿のところへ共に向かおうではないか。それでよろしいな? デック殿」
「……ああ」

「……私に用、というのは? ジーデン司祭と……これまで神殿に寄りつきもしなかった無頼の神官まで連れて」
 ガイルはあっさりと自分たちを受け容れてくれたが、その表情の揺らぎから、彼がさっきまでのデックとジーデンの会話を聞いていたことがアーヴィンドにはわかった。一見落ち着いているように見せながら、デックの言葉を考えているのだろう、時々ふいっと視線がデックの方へと動く。
 そんなガイルに、フェイクはあっさりと告げた。
「祭器は取り戻してきた。犯人はジーデン司祭と、それに雇われた魔術師だ。まぁ祭器を保管してた故買屋もグルではあるがな。神殿内ではガイル殿に、神殿外ではデックに化けた魔術師が祭器を運んで、あんたら親子に罪を着せようとした」
『――――!』
「な……っ! なにをっ、貴様………!」
「ごまかすのか? 今さら? それがあんたの望みだって言うなら別にいいが、個人的にはみっともないと思うがね。マイリーの教えとやらに従って、あんたは今回の犯行を考えたんだろう?」
『………っ!』
「馬鹿な……本当なのか、ジーデン司祭!?」
「間違いねぇよ。そうでもなけりゃ、なんでわざわざ俺が神殿に来るんだよ」
「お前には聞いておらん! ジーデン司祭、どうなのだ!?」
「……ええ、確かに。祭器を持ち出させたのは、私です。薄汚い雇われ魔術師に金をつかませて、犯行を行わせました。魔術師がもっとうまくやっていれば、もっと大勢にあなた方の犯行だったと疑いを向けさせることができたのですがね」
「馬鹿な……っ! なぜ、君がそのようなことを! 君はこれまでずっとマイリーの教えに従い日々精進してきた、敬虔な」
「あなた方が戦おうとしないからではないか!!!」
 ジーデンは大声で叫び、ぎっとガイルとデックを睨みつけた。その表情は激情に乱れ、心正しい司祭のものとは思えないほどに歪んでいる。
「戦おうと、しない……? なにを」
「ガイル殿、あなたは自分のご子息に神殿を継がせようとなさっていましたな? いいえ嘘をつかれる必要はありません、なにを言われても私にはわかっております。あなたはなんとしてもご子息に神殿を継がせたいと思っていらっしゃった。それはそれでかまいません、ご子息がそれにふさわしい者であるのならば私もそれに賛成しましょうし、ふさわしくない者をただ血縁であるという理由で神殿長に推すなどというたわけたことをしようならばその心根を叩き直して差し上げるつもりでいた。それが正々堂々の戦いをよしとするマイリーの教えなのだから!」
 目をすえ髪を振り乱し、喚き散らすように言葉を投げつけるジーデン。尋常な様子ではない――だが、それだけ彼が必死なのだというのはアーヴィンドにもわかった。
「だが、あなた方は私と戦おうとはしなかった! ガイル殿は口では『あのような息子に神殿を継がせるなどとんでもない』と言い、その息子は神殿に寄りつこうともせず逃げるばかり! そのくせその剣技や神聖魔法の腕がどれほどのものかは無駄に聞こえてくる、そのような惰弱な心を私が許すことができるとお思いか!?」
「ジーデン殿……あなたは」
「だからなんとしても、私と戦おうと、正々堂々と戦おうという気にさせるため私が泥をかぶってやったのだ! あなた方に罪を着せるような真似をすれば、いかに臆病なあなた方といえど私と戦おうとするはず! そうして正々堂々と戦った末に敗れるのならば私も満足ができよう、そう考えたのだ! さあ、戦っていただこうかガイル殿とそのご子息、私もマイリーの司祭なのだ、逃げも隠れもせぬわ!」
「………ったく。あんたな」
「失礼ですが、あなたは勘違いをしておられます」
「え?」
 デックはきょとんとした顔になってこちらを見た。アーヴィンド自身こんなところで自分が口出しをするのはよくないことだとは思う――だが、ここはどうしても言わずにはいられなかったのだ。
「な……なんだ、貴様は! 子供が口出しすることでは」
「はい、私はまだ未熟です。しかもファリスの神官ですので、マイリーの教えを十全に理解しているというわけでもないでしょう」
「な、ならば」
「ですが、だからこそ言えます。あなたがなさっていることは、自分の中の神の教えを、他者に押しつけているだけにすぎません」
「な―――」
「人はあまりに愚かで小さな存在ゆえに、神の御心を完全に受け取ることはできません。それぞれの心で受け取った神の御心の欠片を、神官たちが互いに語り合い、論じ合って少しずつ現在のような神の教えが形作られてきたのです」
「な、なにを当たり前のことを」
「つまり、今神殿で説かれている教えが真に神の御心と同じものである、ということではないのです。我々はそれを受け継ぎながらも、それぞれの心で感じ取った神の御心を育て、その教えと交わらせ、他者と語り合って少しでも真の神の御心へ近づけなければなりません。ですが、あなたはそれを放棄されています」
「馬鹿な! 私が、なぜ」
「あなたはガイル殿やデック殿が本当になにを考えていらっしゃるか知ろうとなさらなかった。デック殿もおっしゃられていたはずです、『言いたいなら真正面から言ってこい』と。真に戦いたいと思うならば、神殿を出てデック殿と互いの神の教えを戦わせるべきだった。そもそもガイル殿がご子息に神殿を継がせたいと言ったわけでもないのに、その心を疑って言い出される恐怖に耐えかねてしまうというのは、自らの心の弱さに負けた、ということではありませんか?」
「………!」
 顔面蒼白になるジーデンに、アーヴィンドは一言一言に渾身の重みを込めて告げる。
「我々神の教えを説く者は、自身の心の弱さと絶えず向き合い、戦い続けなくてはなりません。それを怠れば道を誤り、いともたやすく堕落するでしょう。自身がその陥穽に嵌り込んでいることに気づかずに、他者の惰弱さを責める資格は、あなたには」
「あー、悪ぃけどな、その辺にしてくんねーか、アーヴィンド」
 突然割り込んできたデックに、アーヴィンドは小さく頭を下げた。
「申し訳ありません。出過ぎた口を」
「や、つーかな。まぁ言ってることは実際正しいと思うんだけどよ。そういう風に弱い奴に正論ぶちかまされんの、俺苦手なんだわ」
「………申し訳ありません。僕も、決して人のことをどうこう言えるほど成熟した人間でないというのは承知しております。ですが、それでも正しいと思ったことを正しいと主張するのは」
「や、だからそーいうのも含めて。そーいう正論すっげー苦手なんだって。さっきも言ってたろ、俺は、いっつも、負ける奴のことの方が気になっちまうんだよ」
「――なぜ、そう考えるようになったのだ」
 滑るような口調でそう訊ねてきたガイルに、デックは小さく目を瞬かせた。
「親父……」
「お前はなぜ、負ける者に視線を向けるようになったのだ? 教えてほしい。お前は私のところにいた頃は、そのようなことなど考えたこともなかったはずだが」
「……っから、んなこと、なんで」
「負けまくってる奴に会ったからだよ」
 そう割り込んできたのは、いつの間にか滑るように部屋の中に入ってきた、ジャルだった。デックが血相を変えて口を開くより先に、あっさりとした口調でガイルに告げる。
「親父さん、あんたの選んだ見合い相手の女。そいつが今どうしてるか知ってるか?」
「……数年前に、結婚されたと聞いているが……」
「おい、ジャル、お前なっ」
「黙ってろ。いい機会だろうが、もう言ったところで誰も困る奴ぁいねぇんだから。……その結婚相手とは、デックとの見合い前から付き合いがあったって知ってるか」
「! ………いや」
「ジャルっ……」
「その見合い相手の女は、デックと見合いなんかしたくなかった。もう恋人がいたんだからな。その恋人ってのがまた情けない男で、親の反対を押し切るほどの根性もねぇくせに未練を断ち切ることもできねぇクズ野郎で、女の方は毎日泣き暮らしてたんだとよ。まぁ、その女も親の命令に逆らうことも親の庇護下から飛び出すこともできねぇ根性なしだったんだからお似合いだけどな」
「ジャルっ!」
「で、それに気づいた当時は純情少年だったデックくんは、悩みに悩んだ。このままでは自分が二人の仲を引き裂いてしまうとか、いろいろな。二人にマイリーの教えを説いたりもしたんだが、二人はちっともそれに感銘を受けちゃくれなかった。当ったり前だぁな、そもそも自分の意志を示すこともできないくらい弱い相手に上から目線で戦え戦え言われたってどうにもなんねーよ。普通のマイリーの教えってなぁ、そーいう弱い奴にはなんの役にも立たねーんだよな。で、悩んで悩んで……そんな時に出会ったハーフエルフの盗賊が軽い気持ちで言った、『だったらお前が駄目な男だって見せつけて向こうから断らせりゃいいんじゃねぇの』って提案を、真剣に実行しちまったわけ」
『…………!』
「そんで家おん出されて、そのハーフエルフの盗賊と冒険者やり始めて。そんな中でもちょくちょく暇見つけてはその女と恋人に会って、励ましたりけしかけたり説得したりして、二人をなんとかくっつけたんだ。そっからじゃねぇの、こいつが弱い相手、負ける相手に目ぇ向けるようになったの」
「………………」
 しばしの沈黙ののち、ガイルは静かな口調で問うた。
「デック。お前は、その考えを正しいと思っているのか?」
 デックは苦笑して、肩をすくめて答える。
「ああ。俺にはな」
「俺には?」
「俺がそういうことを考えるようになったのは、もちろんきっかけはあったけど、そういう性格だからっていうのが一番大きい気がする。弱い者のことをあれこれ考えるだけで虫唾が走る、って奴もいるだろうしな」
「…………」
「要は……俺にとってそういう奴の考えが正しくないように、向こうにだって俺の考えは正しくないんだ、ってお互い呑み込んでることだと思う。お互い違うってことを認識して、そこから先はそいつがどう生きるかの問題だ。考えをぶつけあって必死により正しい考えを模索するか、違うなら違うでいいって割り切るか、どんな道を選ぶにしろな。相手を否定しないと自分の立ち位置が定まらない、なんてガキじみた奴はちっと扱いに困るけど」
「………、そうか」
 ガイルは苦笑して、フェイクにちらりと視線をやった。フェイクは無言のまま祭器の入った袋を差し出す。ガイルは中を確認すると、うなずいて告げた。
「報酬は冒険者の店に渡しておいてある。ジーデン司祭以外は退出してよろしい」
「了解」
「………ああ」
 言って踵を返すデックに、ガイルは当然のように声をかけてくる。
「デック」
「……なんだよ」
「今度家に寄っていけ。母さんがお前のことを心配している。お前が神殿長を目指すことはないにしろ、家族なんだ、たまには顔を見せてやりなさい」
 その言葉に、デックは小さく目を見開いてから苦笑し(隣にいたので表情がよく見えたのだ)、うなずいた。
「ああ――今度寄らせてもらうぜ。親父」
「………ああ」

「……なぁ、俺らへの報酬って、どっから出るわけ?」
「……ま、今回は親父からだろーな。つっても小遣いぐらいの額だろーが、どうせ一日で終わった仕事なんだ、別にいいだろ。おまけにお前らは道案内しかやってねーんだし」
「ま、そりゃそーだけどさ」
 喋りながら歩くデックたちを、アーヴィンドは後ろからこっそり見守った。今回の一件は、本当に、いろいろ考えることがあったのだ。
 自分がどこに立っているか、自分の信じるものが他者にとって同様に正しいのか、自分は本当に正しいことを考えているのか、そもそも正しいとはなにか。まだ結論は出ていないし、これから出るかどうかすらわからない。五里霧中、暗中模索、そんな言葉ばかりが浮かんでくる。
 デックはどうだったのだろう――今回の一件で垣間見せたように、本当は自身の信仰を深く、強く鍛え上げた神官であるデックは。自分のように悩み苦しむこともあっただろうが、そんな時にどうやっていたのだろう――そう考えながら視線をやる。
 と、視線の先で、デックの左腕が持ち上げられた。左隣を歩いている、ジャルの肩を抱くような位置に。
 それからその位置でしばらく、指をわきわきと動かしながら、どうしようどうしようと迷うようにさまよってから、ひょいと高く差し上げられた、と思うとぱぁん! とジャルの背中を叩く。なにしやがる、ぼうっと歩いてやがるからだ、と子供のような喧嘩が始まった。
 それをしばしぽかんと見つめてから、ふふっと笑ってしまった。その動作で、なぜか、デックがジャルに、今回のことも、これまでのことも、どれだけ感謝しているかわからない、というくらいの感謝を伝えたいと思っていることがわかってしまったのだ。
 そうだな、と隣を歩いている仲間に視線をやる。どんなに悩んでいたとしても、そばにいて一緒に戦ってくれる仲間がいるというのは、本当にこの上なくありがたいことなのだ。
 ヴィオが視線に気づき、にこっと満面の笑みを浮かべてみせる。
「ん? どしたの、アーヴ」
「ううん、なんでもないよ、ヴィオ。……今日は、ありがとう」
「ん? うん、どーいたしましてっ」
 そう言ってくるヴィオに、アーヴィンドはくすくすと、嬉しさと気恥ずかしさの入り混じった笑い声を立てた。

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キャラクター・データ
アーヴィンド・クラーク・リズレイ・プリチャード(人間、男、十五歳)
器用度 12(+2) 敏捷度 20(+3) 知力 23+1(+4) 筋力 15(+2) 生命力 19(+3) 精神力 20(+3)
保有技能 プリースト(ファリス)6、セージ4、ファイター3、ソーサラー2、レンジャー1、ノーブル3
冒険者レベル 6 生命抵抗力 9 精神抵抗力 9
経験点 1056 所持金 7676ガメル+共有財産2000ガメル
武器 ヘビーメイス(必要筋力15) 攻撃力 6 打撃力 20 追加ダメージ 5
ダガー(必要筋力5) 攻撃力 5 打撃力 5 追加ダメージ 5
ロングボウ(必要筋力15) 攻撃力 5 打撃力 20 追加ダメージ 5
スモールシールド 回避力 6
ラメラー・アーマー(必要筋力15) 防御力 25 ダメージ減少 6
魔法 神聖魔法(ファリス)6レベル 魔力 10
古代語魔法2レベル 魔力 6
言語 会話:共通語、東方語、西方語、ドワーフ語、上位古代語、下位古代語
読文:共通語、東方語、西方語、ドワーフ語、上位古代語、下位古代語
マジックアイテム 魔晶石(5点、3点×4、1点×6)
ヴィオ(人間、性別不詳、十五歳)
器用度 15(+2) 敏捷度 19(+3) 知力 18(+3) 筋力 18(+3) 生命力 21(+3) 精神力 21(+3)
保有技能 シャーマン5、ファイター5、レンジャー4
冒険者レベル 5 生命抵抗力 8 精神抵抗力 8
経験点 2546 所持金 7054ガメル
武器 銀のロングスピア(必要筋力18) 攻撃力 7 打撃力 25 追加ダメージ 8
ロングボウ(必要筋力18) 攻撃力 7 打撃力 23 追加ダメージ 8
なし 回避力 8
銀のチェイン・メイル(必要筋力18) 防御力 24 ダメージ減少 5
魔法 精霊魔法5レベル 魔力 8
言語 会話:共通語、東方語、精霊語
読文:共通語、東方語
月の主<tェイク(ハーフエルフ、男、九十歳)
器用度 18(+3) 敏捷度 21(+3) 知力 19(+3) 筋力 10(+1) 生命力 18(+3) 精神力 21(+3)
保有技能 シーフ10、ソーサラー8、レンジャー7、セージ6、バード6
冒険者レベル 10 生命抵抗力 13 精神抵抗力 13
経験点 11036 所持金 財布の中に入ってるだけで10000ガメル程度
武器 月光の刃 攻撃力 16 打撃力 13 追加ダメージ 14
なし 回避力 16
ソフト・レザー+3(必要筋力5) 防御力 5 ダメージ減少 13
魔法 古代語魔法8レベル 魔力 11
呪歌 ヒーリング、レストア・メンタルパワー、チャーム、レクイエム、キュアリオスティ、ノスタルジィ
言語 会話:共通語、東方語、上位古代語、下位古代語、西方語、エルフ語、ドワーフ語、リザードマン語、ケンタウロス語、ゴブリン語、マーマン語、ジャイアント語、ハーピー語
読文:共通語、東方語、上位古代語、下位古代語、西方語、エルフ語、ドワーフ語
デック・ヴァーベン(人間、男、二十八歳)
器用度 13(+2) 敏捷度 14(+2) 知力 13(+2) 筋力 20(+3) 生命力 20(+3) 精神力 18(+3)
保有技能 プリースト(マイリー)7、ファイター7、レンジャー1、セージ1
冒険者レベル 7 生命抵抗力 10 精神抵抗力 10
経験点 5300 所持金 3000ガメル程度
武器 銀の最高品質グレートソード(必要筋力20) 攻撃力 9 打撃力 30 追加ダメージ 10
ヘビー・クレインクィン・クロスボウ(必要筋力20) 攻撃力 9 打撃力 50 追加ダメージ 10
なし 回避力 9
プレート・メイル+1(必要筋力20) 防御力 25 ダメージ減少 8
魔法 神聖魔法7レベル(マイリー) 魔力 9
言語 会話:共通語、東方語
読文:共通語、東方語、下位古代語
ジャル・ヴォーバルバニー(ハーフエルフ、男、三十一歳)
器用度 18(+3) 敏捷度 19(+3) 知力 18(+3) 筋力 12(+2) 生命力 16(+2) 精神力 18(+3)
保有技能 シーフ7、シャーマン6、レンジャー2、セージ1
冒険者レベル 7 生命抵抗力 9 精神抵抗力 10
経験点 5300 所持金 20000ガメル程度
武器 ショートソード+2(必要筋力6) 攻撃力 12 打撃力 6 追加ダメージ 11
ロングボウ(必要筋力6) 攻撃力 10 打撃力 6 追加ダメージ 9
なし 回避力 11
ソフト・レザー+1(必要筋力6) 防御力 6 ダメージ減少 8
魔法 精霊魔法6レベル 魔力 9
言語 会話:共通語、東方語、精霊語
読文:共通語、東方語、下位古代語
ヴィアト(人間、男、十五歳)
器用度 8(+1) 敏捷度 18(+3) 知力 24(+4) 筋力 9(+1) 生命力 18(+3) 精神力 24(+4)
保有技能 ソーサラー6、セージ7
冒険者レベル 7 生命抵抗力 10 精神抵抗力 11
経験点 800 所持金 5000ガメル程度
武器 メイジスタッフ(必要筋力5) 攻撃力 0 打撃力 5 追加ダメージ 0
なし 回避力 0
ソフト・レザー(必要筋力5) 防御力 5 ダメージ減少 6
魔法 古代語魔法6レベル 魔力 10
言語 会話:共通語、東方語、上位古代語、下位古代語、西方語、エルフ語、ドワーフ語、ジャイアント語
読文:共通語、東方語、上位古代語、下位古代語、西方語、エルフ語、ドワーフ語
カル(人間、男、十五歳)
器用度 18(+3) 敏捷度 15(+2) 知力 12(+2) 筋力 15(+2) 生命力 19(+3) 精神力 18(+3)
保有技能 バード9、ファイター3、レンジャー3
冒険者レベル 9 生命抵抗力 12 精神抵抗力 12
経験点 800 所持金 5000ガメル程度
武器 ブロードソード(必要筋力15) 攻撃力 6 打撃力 15 追加ダメージ 5
バックラー 回避力 5
チェイン・メイル(必要筋力15) 防御力 20 ダメージ減少 9
呪歌 ヒーリング、レストア・メンタルパワー、チャーム、レクイエム、キュアリオスティ、ノスタルジィ、ダンス、マーチ、ララバイ
言語 会話:共通語、東方語、下位古代語、西方語、エルフ語、ドワーフ語、リザードマン語、ケンタウロス語、ゴブリン語、フェアリー語、ハーピー語
読文:共通語、東方語