あいつの第一印象の話
 ――第一印象は、『このガキぶっ殺す』だった。

 ムーンブルクを襲撃したハーゴンとかいう奴を倒すため、旅に出ろと親父に言われた。俺もそのことについては異存はない。勇者の血を引く者として、世界を守るのは当然のことだ。それに俺に剣で勝てる奴は、ローレシアにも一人もいないしな。
 だが、なんでサマルトリアの王子を連れていかなきゃならんのかがよくわからん。俺一人じゃなんでいけないんだ。
「仲間は多い方がいいだろうが。サマルトリアの顔も立てなきゃならんしな」
「そいつが足手まといだって可能性もあるじゃねーか」
「そんな可能性知るか」
「……てめえ」
 わははは、と親父は笑って言った。
「まあ、冗談はさておき。足手まといということはないと思うぞ、サマルトリアの王子は呪文を使えるらしいからな。回復役にはなるだろう」
「ふーん……」
 呪文ねえ。まあローレシアにも魔法使いの一人や二人はいるけど(いや本当はもっといるんだろうけどさ)、俺どーも呪文って信用ならねーんだよなー。魔法力が尽きちまったら役に立たねーんだろ? 回復なら薬草でいいじゃん。
 ……べ、別に俺が魔法を全然使えないから言ってるわけじゃないぞ!? そりゃ親父も代々のローレシアの王もいくつか呪文は使えたらしいけどさ……俺はそんなもんいらねーんだ!
 とかぶちぶち言いながらも俺はさっさと出立した。街の外に出たとたん魔物が群れを成して襲ってくるが、俺も伊達にローレシア王家始まって以来の剣の天才って呼ばれてるわけじゃねえ。ガンガン倒しながらリリザを経由してサマルトリアに到着する。
「王子は祝福を得るために勇者の泉に向かった」
「勇者の泉ぃ?」
 王の話を聞いて俺はうんざりした。追っかけなきゃなんねーじゃねーか、じっとしてろよサマルトリアの王子!
 その日は王宮に泊めてもらったんだけど、サマルトリアの王女――俺の仲間になる奴の妹だな、そいつが俺のいる部屋を訪ねてきた。十歳ぐらいのお子様だ。
「ロレイソム王子、兄と……お兄ちゃんと一緒に旅をなさるのよね?」
「まあ、その予定だが」
 答えると、王女は泣きそうな顔で俺を見上げて言った。
「お願い、ロレイソム王子。お兄ちゃんはのんびり屋の、とても優しい人なの。戦いなんかできる人じゃないのに、私たちを守るために旅立ったの。お願い、お兄ちゃんを守ってあげて」
「………はあ」
 俺は困惑するしかなかった。戦えない? なんだそりゃ、それでも男か。それなら旅立つなよ。第一一緒に旅する男を守れって言われても……。
 まだ見ぬサマルトリアの王子にかなりの不安を抱きながらも勇者の泉に向かう。魔物がわりと強く、魔物から手に入れた薬草を消費することになってしまった。食糧以外は旅の準備なんかほとんどしてねえからな、薬草も持ってねえ。苦戦するほどじゃないからいいが。
 だが、途中で緑色のなんかべしゃっとしたスライムに毒をくらい死にかけた。もちろん毒消し草なんて持ってるはずもない。
 ちくしょうこんな辺鄙なところに来るんじゃねえサマルトリアの王子! 会ったら一発ぐらい殴ってやる!
 そう思いながら洞窟の奥の勇者の泉に着いて――俺はあんぐり口を開けた。
「ローレシア?」
「はい、王子はローレシアに行ってロレイソム王子と合流するつもりだ、と……」
 んっだそりゃ!
 それなら最初っからローレシアで待ってりゃよかったんじゃねえか! どーして前もって言っとかねーんだよ!
 そこにいたジジイに毒消し草をもらい、俺は切れそうになりながら勇者の泉〜サマルトリア〜リリザ〜ローレシアの長い距離を踏破した。くそうストレス溜まる〜。会ったら一発といわず二発三発と殴ってやるぞサマルトリアの王子!
 が、ローレシアに戻ってきて、俺はもう呆然とした。
「しゅ……出立した……?」
「ああ、入れ違いになるから待ってたらどうかと言ったのだがな。さっさと城を出てしまった」
 ズガーン。俺の理性は倒壊した。
 いい加減にしやがれサマルトリアの王子! 待ってりゃいいものをうろちょろうろちょろ。俺をおちょくってんのか!? 会ったらいっぺん殺す!
「まあ、そう怒るな。会うのを楽しみにしていろ、王子はとんでもない美少年だぞ?」
「知るかそんなん!」
 ったく、この男も女も見境なしの色魔ヤローが!
「どこに行ったか知ってるか!?」
「うむ。旅に出るなら必ず通る場所に行くとか言っていたな」
 なんだそりゃ! 具体的に言いやがれ!
 怒りに燃える俺はとにかく国中をしらみつぶしにしてでもサマルトリアの王子を探し出してやるつもりで足音も高く親父の執務室を出ようとしたが、呼び止められて助言された。
「おそらく王子はリリザにいるだろう。言葉からしてそのように感じた」
「そっか、サンキュ! ……って、行く先に見当がついてんだったら最初に言いやがれ!」
 とにかく俺はリリザに向かった。心の中はサマルトリアの王子に対する怒りでいっぱいだ。
 最初に行った時の半分程度の時間でローレシア〜リリザ間を歩き通し、リリザの街に入る。と、門番から声がかかった。
「おい、あんたのその紋章……」
「……ああ?」
 門番が言うには俺の持つスプレッドラーミア――ロト三国共通の勇者の血を表す紋章――と同じ紋章を持った少年が、スプレッドラーミアを持つ男が門を通ったら連絡してくれるように頼んでいたらしい。
「おっそろしくきれいで優しい雰囲気の子でね……」
「そいつはどこにいるんだっ!?」
「え……大通りの外れの、虹の架け橋亭って派手な宿屋だって聞いたけど……」
 俺はその宿屋にまっしぐらに向かった。そいつはサマルトリアの王子に違いない!
 ふっふっふ、会いたかったぜえサマルトリアの王子……! 俺の怒りを思い知らせまくってやる……!
 その宿屋に飛び込むと、ふいにずいぶん高めの、澄んだって言ってもいいんじゃないかって感じの、でもあきらかに男の声が聞こえてきた。
「あの、放していただけませんか?」
 見ると声の主がいかにもチンピラって感じの男どもに囲まれていた。チンピラどもはそいつをどこかに連れこんで妙なことをする気らしく、声の主である男の腕を引っ張りながら下品な囃し声を上げていた。
 脇から中をのぞきこむ。声の主は、ずいぶん華奢な、背の低い男――少年っていったほうがいい感じの奴だった。栗色の髪の毛はサラサラで、肌がびっくりするくらい白くて肌理が細かい。澄んだ翠色の瞳は大きくて、瞬きするたびに長いまつげがきらめく。高すぎもせず低すぎもしないやや丸めの鼻、キザな奴なら芸術的なとか言いそうな絶妙な曲線を描く頬――
 そしてなにより着ている祭服に大きく刺繍されたスプレッドラーミア。
 こいつがサマルトリアの王子だ、と俺は確信した。しっかし……マジでとんでもねえ美少年だな。
 だがそんなことで俺のたぎる復讐の念が妨げられるはずもない。俺はぼきぼきと手を鳴らしつつ歩み寄った。
 バキッ。バキィ。サマルトリアの王子を取り囲んで騒いでいる邪魔なチンピラを次々殴り倒す。
「な、な、なんだてめぇはっ! ぶ、ぶ、ぶっ殺すぞ!」
 などと最後の一人が騒いでナイフを取り出したが、無視してぶん殴る。こいつがナイフを振りかぶるより、俺が殴る方が早い。
 サマルトリアの王子が俺の方を見た。目が合う。
 サマルトリアの王子は数瞬呆けたように俺を見つめ、それからなぜかぶわーっと満面の、蕩けそうな笑みを浮かべた。
 俺はちょっとびびった。ここまでの美少年の満面の笑みというのはちょっと気圧されるものがある。笑顔でキラキラ五割増しって感じだ。
 サマルトリアの王子はその笑顔のまま、とろとろとした口調で言う。
「逢いたかった。探していました……あなたのことを。僕はずっとずっと、あなたに逢いたかった……」
 ………ほおう? 探していました?
 俺は歯をむき出して、不穏な笑みを浮かべた。つかつかと近寄って、こいつの頭に拳骨を落とす。
「いったーっ!」
「探したのはこっちの方なんだよサマルトリアの王子……じっとしてりゃあいいものをうろちょろうろちょろ動き回りやがって……!」
「……もしかして君って、ローレシアの王子?」
「気づいとらんかったんかい!」
 俺はさらにもう一発拳骨を落とした。なんなんだこいつは! 俺がローレシアの王子だってことも気づいてなかったのか!?
 俺が拳骨を落とすと、サマルトリアの王子は涙目になった。
「いったーい!」
「なにが『いったーい!』だ、女かてめーはっ! ナヨナヨした顔しやがって、てめえそれでもロトの血引いてんのかっ!」
「引いてるけど、それでも痛いのは痛いんだもん……」
「『もん』とか言うな! 涙目になるな! 男だろうがてめーは! しゃきっとしろしゃきっと!」
 あああ、もーイライラするーっ!
「あーっ、男だからってしっかりしなくちゃいけないとかいうのは時代遅れだよ。サマルトリアでは国を守るために兵に志願する女性もいるくらいなんだよ?」
 こんのガキャア……!
「理屈こねんじゃねえこのガキ! 俺はてめえみたいな奴が一番嫌いなんだ! 覚悟はいいな……この三週間振り回されまくった礼を数倍にして返してやるぜ……!」
「いたたた、痛い、頭痛い、ぐりぐりしないで、痛い痛い!」
 俺は怒りと復讐心をこめて力いっぱいこいつの頭にぐりぐり拳骨を押しつけた。城下でも有数の力持ちの俺がやってるんだ、そうとう痛いはず。
 だが、なぜかこいつは満面の笑みを浮かべていた。痛みに涙目になっているのに、なぜか嬉しそーなニコニコ笑顔を浮かべているのだ。
 ……なんだこいつ……脳味噌ゆるいのか?
 なんだか張り合いがなくなってきて、俺はこいつを解放した。俺たちにはやることがあるんだし、そういつまでも遊んではいられない。
「で。確認しとくが、お前もハーゴン討伐のために城を出たんだな?」
「うん、もちろん!」
 ……ホントにわかってんのか? その能天気な笑みを見てると全然信用できないんだが。
「世界を救うために命を張る覚悟なんだろうな。泣き言も言わず、弱音を吐かず、なんとしてもやり遂げる気持ちがあるんだろうな?」
「うーん、命をチップにするって考え方にはあんまり賛成できないけど。泣き言や弱音は時々言うかもしれないけど。でもなんとしてもやり遂げるって気持ちはあるよ」
 ……うーん、ただうなずくだけじゃないってことは、一応考える頭はある……のかな?
 俺は考えた末に、ため息をついて言った。
「わかった。とりあえず、他にいないんじゃ仕方がねえ。お前を仲間にしてやるから、キリキリ働けよ」
 俺がそう言うと、サマルトリアの王子は一瞬大きく目を見開いて俺を見てから、すごい勢いでうなずいた。当然顔には満面の笑みだ。
「うん! うんうんうん、僕頑張るよ、よろしくね!」
「お、おう」
 やる気はあるらしいが……正直激しく不安だ。こんななよっちい、頭悪そうなガキに背中任せてホントに大丈夫なのか?
 まあ、とにかくやってみないことには始まらない。俺は一人うなずいて、そいつに聞いた。
「……聞くの忘れてたけど、お前の名前は?」
 そいつは一瞬きょとんとして、それからにこーっと顔中に笑みを広げさせて言った。……そーいう風にいちいち笑うなよ、気持ち悪ぃな。
「僕の名前はサウマリルト・エシュディ・サマルトリアだよ。サウマリルトが個人名、エシュディは洗礼名ね」
 洗礼名? なんだそりゃ。それに最初の名前だけでも呼びにくっ。
「長えな。俺はサマって呼ぶぜ」
 俺が言うと、そいつ――サマはまた満面の笑みでこくこくうなずいて、嬉しげに叫んだ。
「うん! サマって呼んでね! あの、あのね。あの……僕も、君のことをロレって呼んでいい? ロレイソムだから」
「……まあ、いいけどよ」
 ロレ、ねえ。なんか妙なあだ名だな。まーただの呼び名なんだからどーでもいいけど。そーいや俺こいつに名前言ったかな?

 俺はサマがどれだけ役に立つのか調べるために、街の外で魔物と戦うことにした。やっぱ実戦じゃないと真の力はわからねえ。
 で、さっそく出てきた魔物の群れと戦いを始め――
 弱ッ!!
 アリも一撃できねえなんて、いくらなんでも弱すぎねえか!?
 速さや技はそこそこだが、肝心の力が弱すぎる。そりゃ華奢な見かけしてたからそれほど力はないだろうと思ったけど、俺はこのくらいの背してた時ももっと力あったぞ!?
 おまけに実戦慣れしてないらしく魔物に囲まれやすいし、攻撃も受けやすい。そのさばき方も下手くそで――
 つ……使えねえ………。
 俺はこれからこいつと一緒に旅しなきゃなんねえのか? 先が思いやられる……置いてっちゃダメかな。
 などと思いつつ群がる魔物どもを次々切り倒していったところ、不意を突かれて攻撃をもろに食らい、右腕と左足を大きく切り裂かれてしまった。
 激痛に唇を噛みつつふらついて膝をつく。くそ、俺としたことが。
 魔物の一匹が俺の目の前で腕を振り上げる。なんとか避けなけりゃ、と思うものの血が大量に噴き出したせいか体がうまく動かない。
 やばい! と思った瞬間、体にぱあ、と光が降り注いだ。みるみるうちに傷が治り、力が湧いてくる。
 俺は素早く剣を振るって目の前の魔物を倒す。そして考えた。これってやっぱりサマの呪文だよな。
 ふーん……まあつまり、救急箱くらいの役目は果たせるわけか。まったくの役立たずというわけじゃないんだな。
 まあそうでなけりゃ困るけどな、などと思いつつ俺は後ろにいるサマに軽く指を立てて、戦いに戻っていった。

「――そろそろ帰るぞ」
 俺の言葉に、サマはにこにこしながらうなずく。
「リリザの街まで歩いて帰るの?」
「いや、けっこう離れたからキメラの翼を使う。この前宝箱から手に入れた」
 そう言って俺がキメラの翼を取り出すと、サマはなぜか顔を真っ赤にして俺を見ている。なんだ? なんで顔が赤くなるんだ。ったく、苛つく奴だな。
「なにやってんだ、さっさとこっち来い!」
「う、うん!」
「ったく、トロくせえな」
 サマが俺の服の裾をつかみ、俺がぶちぶち言いながらキメラの翼を放り投げると、俺たちは天高く舞い上がった、と思ったらリリザの街の入り口に着いていた。キメラの翼って便利だよな。
 俺は宿を探すつもりで大通りに向けて歩き出す。と、後ろからばたり、という音が聞こえた。
 やけに大きく響いた音に、俺は何気なく振り向く――そして仰天した。
 サマが前のめりに倒れてるじゃないか。ばったりと。
 俺は慌ててサマに駆け寄り、抱き起こした。
「おい。おい……!」
 サマを起こそうとして体に触れて気がついた。こいつ、すごい熱だ。
 んなアホな。こいつさっきまで魔物と戦ってたんだぞ、平気な顔して。なんでこんな熱なのに、なんにも言わないで……
 違う。この熱は病気じゃない、怪我だ。こいつ、骨が折れてる。体中のあちこちにかなり深い傷がある。この熱はそのせいだ。
 じゃあますますなんでだよ! こいつ何度も俺に回復呪文かけてきたんだぞ? 自分にも回復呪文かければいいだろうが!
 とにかく医者に見せなきゃ。俺は近くにいた人に医者のいる場所を聞くと、サマを抱え上げてそこに向かい走った。
「ひどいな、こりゃ。肋骨は四本は折れてるし、傷は内臓にまで達してる。こんな怪我で戦闘なんて、むちゃくちゃするな……のた打ち回るほど痛かっただろうに」
「まさか……死ぬとか言わねえよな?」
「放っとけば死ぬけどな。薬草を使えばすぐ治るさ。今処置する」
 そう言って医者は(髭のおっさんだった)サマの服を脱がし、薬を塗りたくり始めた。鼻をつまんで口の中にも薬湯を流し込む。
 俺はどうすればいいのかわからずうろうろしながらてきぱきと処置する医者に話しかけた。
「そいつ、回復呪文使えるんだ。なのになんで自分にはかけなかったんだろう」
「魔法力がなかったんじゃないか?」
「んなことねーよ。俺には何度もかけてきたんだから」
「それなら……自分よりもお前さんの方が重傷だと思ったのかもしれんな。それにしたって自分の状態をわかってなさすぎだと思うが」
「……だよな」
 俺だってそりゃ怪我はしたけど、鎧も着けてるし丈夫だし、死ぬような怪我なんてほどんどしてないのに。
 ……そりゃ、こいつはいつも俺が傷のせいでふらついたりして危ないって時にタイミングよく呪文かけてくれたけど。
「こんな華奢な体で……我慢強すぎるくらい我慢強い子だな」
「……なんで言わねえんだよ。怪我してるって言えば、言わなくてもちゃんと顔に出したら、俺だってもっと早く帰ってきたのに」
「……もしかして、お前さんこの子をいじめてないか?」
「はあ!? いじめてねえよ!」
 ……そりゃ、ちょっとは憂さ晴らしとかしたけどさ。拳骨くらわしたりもしたけど……。
「ふーん……それじゃあこの子の性格かな」
「性格って?」
「言い出せなかったんじゃないか? 迷惑をかけたくなくて」
「………っだそりゃ!」
 仲間だろ!? そりゃ今日会ったばっかの即席だけど、パーティだろ!? んな遠慮してどーすんだよ!
 でも、こいつにしてみれば俺を仲間だとは思えなかったのかもしれない。俺、けっこう態度悪かったし。言ったら怒られるとか思ったのかもしれない。
 ……だからって!
「骨が折れてるのに、ひとつ間違えば死にかけの怪我してんのに、なにも言わねえってのはナシだろ!」
「そうだな。目を覚ましたら怒ってやれ。意地を張るのも時と場合を考えろってな。……お?」
 医者がサマの顔をのぞきこんだ。見ると、サマがぼうっとした顔にさっきまでと同じユルい微笑みを浮かべて医者を見ている。
「おい! 目を覚ましたぞ!」
 そう俺に言うと部屋を出ていく。目を覚ましたんなら仕事は終わりってことだろうか。しかしなに顔赤くしてんだこいつ。
 いや、それよりも今はサマだ。俺はサマをぎろりと睨みつけつつ、ベッド脇の椅子にどすっと腰掛けた。
「…………」
「…………」
 言ってやりたいことは山ほどあるのに、いざこいつを目の前にするとなにを言やいいのかよくわからない。しばし無言の時が流れる。
 先に口を開いたのはサマだった。
「………ごめんね」
「………なにが」
「……ロレが、ここに運んできてくれたんでしょう?」
「……ああ」
「ごめんね……迷惑、かけて」
 サマの顔は今にも泣きそうだった。俺は居心地が悪くなってそっぽを向く。
 本当なら男のくせに泣くんじゃねえ! って言ってやるところなんだろうけど、サマの顔は必死に泣くのをこらえている顔だった。本当に悲しくて辛そうで、でもそれを必死に耐えてるのがよくわかって。なんか、なにも言えなかった。
 だけどいつまでも黙ってるわけにはいかない。俺はサマに向き直り詰問気味に訊ねた。
「お前、なんで自分に回復魔法かけなかったんだ」
「………え」
「俺の怪我よりお前のがよっぽどひでえじゃねえか。だったらどうして俺にばっかり呪文かけて自分にはかけなかったんだよ?」
 サマは困った顔をした。
「ロレを回復するのに手一杯で、自分まで手が回らなくて」
「アホか! てめえが死んだら元も子もねえだろうが! 回復役のてめえが潰れたら回復できなくなんだぞ!」
「あ、それは心配ないっていうか、気にすることないよ。どっちみちもう魔法力残ってなかったもん」
「…………」
 つまり、自分を回復するなんて頭はハナっからなかったってことか。
 なんか……こいつ、自分を守るとか大切にするとかそういう考えぜんぜんないんじゃないかって気がする。そこらへんがすこーんと抜けてるっていうか。とても優しいってサマルトリアの王女は言ってたけど、こいつは他人にしか優しくなれないんだろうか。
 俺に迷惑をかけるのがいやで、死にそうな、痛くて痛くてたまらない怪我を負っても、ぶっ倒れるまで口にできなかったんだろうか。
 なんだか俺はこいつが哀れに思えて、それでものすごく腹が立ったのだが、ぼろぼろになりながら優しい顔してごめんねと謝るこいつを怒鳴りつけるわけにもいかなくて、息をついてから言った。
「意地を張り通せる根性だけは、認めてやる」
 根性だけはな。
 半分以上皮肉で言ったのに、サマの顔にはぱあっと笑顔が広がった。顔全体で、体全体で嬉しくて嬉しくてたまらないと表現する笑顔。
 こいつの笑顔ってどうしてこう開けっぴろげなんだろう。ちっちゃなガキみたいに無防備で、男だったら誰でも持ってるはずの意地とかプライドとか全然感じられない笑顔だ。
 なんか、こいつの笑顔見てると居心地が悪くなる。俺はとりあえず退散することに決めた。怪我人をいつまでも話させておくわけにもいかねえし。
「いいから寝ろ。寝りゃ魔法力回復すんだろ、自分に回復呪文かけて、明日になったらさっさと出立するぞ」
「うん」
 だから、なんでそんな風にもう死んでもいいほど嬉しいって顔して笑うんだよ。脳味噌ゆるそうなガキっぽい笑顔。
 そのくせこいつは自分が怪我しても口にしない。痛いとか苦しいとか言わないで、迷惑かけないようにって意地張って意地張って限界超えたら突然倒れる。
 なんていうか……変な奴。
 俺は困惑でいっぱいになりながら部屋を出た。サマはずっとにこにこしながら俺を見つめ続けていた。怪我が痛むだろうに、蕩けそうな顔して。
 ……ホント、変な奴。

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