初めてのクエストの話・前編
「ロレー! ロレは天気の中でどれが一番好き? 僕は曇りだよ!」
「ロレ、今日はなにが食べたい? 材料いろいろ買ってあるからなんでも好きなもの言ってね!」
「ロレー、見て見て、オオアカサマルトリアリス! 可愛いねー!」
「ロレー」
「ロレ!」
「ローレー」

「だ――――っ、うるせ――――っ!」
 俺はさっきからず―――っと喋り続けているサマに思いきり怒鳴った。
 きょとんとするサマに、俺は指を突きつけて叫びまくる。
「ロレロレロレロレやかましい! いちいちベタベタしやがって、うっとうしいんだよ! てめえは生まれたての雛鳥かっ、俺のあとばっかくっついてくんじゃねえ!」
 リリザの町を出立してからというもの、サマはずーっとこの調子だった。どこに行くにも俺のあとをついて回り、俺にベタベタとつきまとい、俺に話しかけまくる。にこにこ嬉しげに笑いながら。一緒にいないのは用を足す時ぐらい、それもかなり怪しい(小便の時はついてくるからだ)。
 最初は困惑していたが、だんだん苛ついてきた。ガキじゃねーんだから、いっくらパーティだからって四六時中ひっついていられるか。
 が、俺のそのしごく当然の言葉を聞いたサマは、とんでもなく衝撃を受けたという顔をした。音にすれば『ガ――――ン』、擬音なら『ぐっさぁ―――』という感じだろう。
 初めて見るサマの顔に少しうろたえる俺。サマはふえっ、と今にも泣きそうな顔をして、俺におずおずと訊ねてきた。
「……僕、邪魔?」
「い、いや、邪魔っつーか……」
「僕、迷惑?」
「いや、迷惑っつーんじゃねえけど……」
 俺の言葉からなにを受け取ったのか、サマはでかい瞳をうるるっと潤ませて、泣くのを必死にこらえています辛いです苦しいです悲しいですと書いてある顔でぽつぽつと言う。
「……ごめん、ね。ごめん、なさい。僕、ロレと一緒にいられるの、嬉しくて。浮かれちゃって……うるさかったよね。僕、うっとうしいんだ……そんなつもりじゃなかったんだけど……ごめんなさい……」
 最後には今にも死にそうな顔でうつむくサマ。その顔は本当に絶望を絵に描いたようで、放っといたらこのまま死ぬんじゃないかと思わせるものがある。
 ――ああっ、もう!
「わかったよ、悪かったよ! ひっつきたいんなら好きなだけひっつきゃいいだろ!」
 サマは顔を上げて、潤んだ瞳で俺を見上げる。やめろっつのその顔、お前の美少年面でやられると妙な迫力がある。
「僕、やかましくない?」
「……それほどは」
「僕、うっとうしくない?」
「ひっつくのを少し控えてくれりゃ、な」
 とたん、サマの顔にぱあっと笑みが広がった。花が咲いたようっつーのはこういうのを言うんだろうなって笑顔だ。
「ロレ、ありがとう! 僕、ロレのこと大好きだよ!」
「…………」
 満面の笑顔のサマに、俺は思わずすざざっと退いた。こいつ……変っつか、かなりおかしいぞ、マジで!

 リリザの街を出立する時、レベル上げとコンビネーションの強化のために洞窟を攻略することを提案したのはサマだった。
「レベル上げ? ってなんだよ?」
「え、ロレ、知らないの?」
 大きく目を見開いたサマに、俺は少し憮然としてうなずく。知らなきゃおかしいことなのか?
「あのね、勇者の血を引く存在はね、世界に魔を統べるものが現れた時、ルビスさまの加護を得ることができるんだ。その一つがレベルと経験値なんだよ」
「経験値?」
「僕たちが普通やってるみたいに、修練して技や力を鍛えるんじゃなくて。ルビスさまの加護を得ると、敵を倒すことで経験値って呼ばれる力が体の中に入るんだ。その力が一定量を越すと、レベルが上がる。力とか、速さとか、タフさとか、そういうものが飛躍的に上昇するんだ。あと、新しい呪文が使えるようになったりね」
「はあ?」
 んな都合のいい。
「それじゃどんどん敵を倒してくだけで呪文が使えるようになったりすんのか? んなアホな」
「これは本当のことだよ。ロトの時代から続いている勇者の血筋の力なんだ。なんで勇者の血筋の者が世界を救う役目を負っているかっていうと、そのせいなんだよ。戦えば戦うほど普通の人間からは考えられない速さで強くなる人間。人を超える素質を持つ者。常識とか人体力学とかを打ち破って僕たちは強くなることができる。それが勇者の血の力なんだ。ロレだって僕と出会うまでにレベル上がってると思うよ」
 うーん……確かにある時力とか速さとかが目に見えて上がった時があったかも。あんまり気にしてなかったけど……
「他にもルビスさまは様々な加護を僕たちに与えてくださっているんだよ。旅の始まる地から強い魔物を遠ざけたり、旅をしているうちに自然と必要な情報が手に入ってくるようにしたり。魔物を倒すだけでゴールドが増えるようにしたり」
「は? なんだそりゃ」
「旅に出ている時は魔物を倒すといつの間にかゴールドが増えていくんだよ。魔物に応じた値段分。それで旅の資金を調達できるんだけど……気づかなかった?」
「気づくかよ。俺は王室御用達のいくらでも金が入って少しも重くならない財布を使ってんだからな」
「そっか。あとは全員死んでもうまく旅の人に発見してもらえて、教会まで連れて行ってもらえる導きの力とかがあるよ」
「……おい、それって全滅してもルビスさまの導きで復活できるってことか? それだったら俺たちの旅って失敗しようがねえじゃねーか!」
 全滅しても必ず復活できて、敵を倒せば倒すほどどんどん強くなっていけるってんなら、最後には必ず俺たちが勝つはずだ。
「そうでもないよ。ルビスさまの御力が足りなくなったら導きはなくなるしね。それにルビスさまは世界を維持するだけですごい力を使ってらっしゃるんだ、あんまり御力を使わせすぎると世界そのものが壊れちゃうよ」
「おい……なんか怖ぇ話だな」
「そうだよねー」
 のほほんと笑ってんじゃねえ。
 ……けど、こいつよくそんなこと知ってんな。俺は最初の脳味噌温かそうな印象が強くて、こいつはすげーバカに違いないっていうか当然のごとくバカだと思ってたんだけど。
「とにかく、だからこそ勇者の血筋は魔を統べる者にはすごく警戒されてるはずだよ。だから力をつけるためにも、実戦経験を多く積んだ方がいいと思う、特に僕はね。だから、洞窟を攻略しようって思うんだ」
「なんで洞窟なんだよ?」
「ハーゴンの築いているだろう洞窟の予行演習。それに、サマルトリアの西の外れにある洞窟には銀の鍵があるんだよね」
「銀の鍵? 銀でできた鍵ぐらいいくらでもあるだろ」
「そうじゃなくて。真の銀の鍵、ミスリルでできた鍵のことだよ。銀に属する魔法をかけられた扉を開ける力があるんだ」
「それが?」
「この先そういう扉で道がふさがれてる可能性もあるでしょ? 備えあれば憂いなし、って言うし。持っておくにこしたことはないんじゃないかな。どうせサマルトリア王家の管理する宝物だから持ち出しても怒られないよ」
「それもそうかな……」
 というわけで俺たちはリリザから北上してサマルトリアをほぼ素通りし、西進して洞窟に向かっているのだった。

「ロレー、ごはんできたよー」
「おう」
 俺は剣の稽古をやめ、火の前にやってきた。サマが石を積み上げて作ったかまどから、食欲をそそる匂いが立ち上っている。
 サマが嬉しげにてきぱきと食卓の準備をしながら言う。
「今日はねー、野鳩のローストと春野菜のスープ、つけあわせに山菜のサラダだよ! いっぱい食べてね!」
「おう」
 サマが食器に盛って、削ったチーズをかけてくれたスープを受け取ると、俺は手を合わせてスープをかっこんだ。よく煮込まれたいろんな野菜の味が舌の上に広がる。
 サマと旅をするようになって、なにがよかったかっていったらメシがうまくなったことだ。俺一人の時は干し肉を炙って固パンをかじるくらいだったのに、こいつは野外でも店に出せるんじゃないかってくらいうまいメシを作る。
 もう最後の村に立ち寄ってから三日は経つのに、毎食毎食立派な食事を食わせてくれる。移動しながらも食材を獲っている上に(いつも弓を肩にかけている)、村に立ち寄るたび保存の利く材料を大量に買いこんでるみたいだ。マメな奴。
 こいつと旅してほぼ唯一よかったと思うことだ。
「はい、ロレ」
「おう」
 俺はサマの手からパンを受け取ってかぶりついた。口の中に広がる焼きたてのパンのたまらなく柔らかな匂いが、スープやらローストやらの味と合わさって見事なセッションを奏でている。
 このパンも保存の利く生地をあらかじめ作っといて食事のたびに焼いてるっつーんだからある意味凄えよな。
 サマはしばしにこにこしながら俺の食う姿を見つめていたが、やがて嬉しそーに口を開く。
「ねえ、ロレ」
「はんだよ」
 俺はがふがふメシを食いながらサマを睨んだ。ここからどう発展してくるかもわからないから、気を抜いちゃなんねえ。
「ロレって、兄弟いる?」
「男兄弟はいねえよ。女の異母妹ならうじゃうじゃいるけど」
「そんなに? 会ったことある?」
「何人かには」
 親しくはねえけどな。
 するとサマは、小首を傾げて訊ねてきた。
「その中に、ロレの好きな人いる?」
 ずるっ。俺は思わずずっこけた。
「お前な……血の繋がってる女相手に好きも嫌いもあるかよ」
「えー、なんで? 好きになるのに血の繋がりって関係あるもの?」
「あるに決まってんだろ! 第一なんでんなことてめーに言わなきゃなんねーんだ」
 俺の言葉にサマはちょっと小首をかしげてにこ、と笑う。
「僕はロレのこと好きだもの。好きな人のことは知りたいな。だめ?」
「…………」
 俺はずるずるとその場に倒れかけた。
 こいつは道中俺のあとにひっついてべたべたべたべたマジでうっとーしーったらねーんだけど、そん中でも特にうぜえのがコレ。
 最初に『ロレって誰か好きな人いる?』って聞いてきたのはリリザを出てすぐだった。俺はそんなこと聞かれたことなかったからかなり戸惑ったものの、教えて教えてとまとわりつくサマがだんだんうっとうしくなってきて、『うるせー!』の一言で黙らせた。
 いや、正確にはその場は黙った、って言った方がいいか。そいつはちょっとの間は黙ったものの、しばらくしたらまた別のことを聞いてきたからだ。いつものにこにこ顔で。
 のみならず翌日にはまた『ロレって好きな人いる?』とかぬけぬけと聞いてくるし! 俺がなんでそんなこと聞くんだと言うと、ロレのことを知りたいから、と返す。俺のことを知ってどうするんだ、と聞くと、どうもしないけど好きな人のことだから知りたい、と返してくる。
 最初俺のことを好きとか言い出した時には俺も仰天してうろたえたが、今ではもう慣れた。こいつのそんな言動にいちいち動揺してたら身がもたねえ。
 こいつの好き≠ヘ挨拶みてーなもんだ、菓子が好き本が好きってのと意味的にはほとんど変わらねえ。そうでなきゃあんなに毎日気軽に好き好き言えるもんか。こいつは俺に剣を振るう姿がカッコいいだのロレって逞しいねだの褒めてくるし。もー日常の一部になっちまってんだな、こいつには。
 一度俺はそれでも男か、男の好きって言葉にはもっと重みがあるもんなんだぞ――って怒鳴りつけたことがあるんだけど、きょとんとして小首をかしげて僕の好きって言葉、重みがない? と聞かれ、諦めた。
 だからもうこいつが好きだなんだって言おうが驚きゃしねえが――気を抜いてる時に言われるときついんだよ。
「おめーがどんなに知りたかろーがな、俺には言う義理はねーんだよ」
「そうかなあ」
「そーだっ」
 俺は力ない声をせいぜい張り上げて言ってから、口の中で小さく呟いた。
「……第一、好きだなんだって話は王族の、それも男には縁のない話だろーが」
「え?」
 サマが一瞬、大きく目を見開いた。
「なんで?」
 げ、聞こえてたのかよ。
 俺は渋々、俺を育て、あるいは共に育った兵士や武官たちから得た人生観を披露した。
「一人前の男ってのはな、特に重い責任を持つ人間は、惚れたはれたにかまってる暇はねーんだ。男は仕事に一生をかけるもんだ、そーいうもんは娼婦にでも任しときゃいい、ってな」
 まー、俺としては一生を王族の仕事に捧げるってのはぞっとしない考えではあるんだが、女どもが手を変え品を変え仕掛けてくる恋の駆け引きとかいうのは面倒くせえ、とは思うな。恋だのなんだのって、結局は抱くか抱かないかだろ?
 それだったら金で女を買った方が手っ取り早くていいじゃねえか。結婚する相手はまた別だけど、王族じゃあ抱きたい女と結婚できるわけでもねえしな。
 俺の知ってる男どもはみんなそう言っていた。女は面倒くさい、うっとうしい。抱くだけなら金で買った女の方がずっといい、って。
 だが、俺の言葉に、サマは微笑んだ。あの美少年面で、ひどく優しく。
「そうかな?」
 澄んだ、それでいて深みのある声で、子供に言って聞かせる母親のように。
「本当に、そうかな?」
 俺はその妙に静かな口調にいくぶんたじろいだが、同時にいくらかむかっ腹を立ててサマを睨んだ。
「違うってのかよ。お前だって将来は政略結婚することになんだろ」
「うん、そうだろうね。でも、誰かを好きになるってことは、止められることでも予防できることでもないよ」
 なんだこいつ。普段は死ぬほどガキっぽいくせに、なんで今は、こんなに大人びて見えるんだ、俺よりずっと。
 心のどこかがちょっとかちんときたが、それよりも俺はサマに気圧されていた。いつもへらへらしてるこいつ、ガキっぽいこいつ。こいつの本気をどこかで感じ取っていたからだ。
「誰かが誰かを好きになる。自分の中に他人が映る、それってものすごいことだよね。一つの奇跡だ。でも同時に、とても当然のことでもあるんじゃないかな。人は、いつだって人を愛したいって思ってるんだから」
「……なんだよ、そりゃあ」
「人を愛せないと思っていても、愛さないと決めていても。ちゃんと生きている限り、心の中で誰かを愛する準備は進んでる。そしてある人に出会った瞬間――愛は花開く。周りの状況、立場、理屈、そんなもの一切考慮せずに。……人間って、きっと愛することに飢えてる生き物なんじゃないかな。誰かを愛したくて愛したくてしょうがないんだよ、きっと……」
 いつもの微笑みを浮かべながらそう言うサマ。だが俺はなぜか背筋に恐怖にも似たなにかが走るのを感じた。ぞくり、って。
「ロレも、愛なんて自分には関係ないって思っていたとしても、必ず、いつか必ず、誰かを大好きだって、たまらなく愛しいって思う時が来るよ」
 そう言って微笑むサマの顔を見てると、なんだか腹の中がむずむずした。
 俺はなにを言えばいいのかわからなくなって、ただひたすらにメシをかっ食らうと、なにも言わずに毛布引っかぶって寝転んだ。
 胸だか腹だかのどこかがなぜか少しつきりと痛んだが、俺はそれをサマがわかったようなこと言うから腹立ててんだ、と頭に納得させた。

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