天界に近い城
「我が国の国宝、金の冠を大盗賊カンダタより取り返せば、オルテガの息子であるそちを勇者として認めてやろう!」
 ばちこーん、とウインクなんぞかましつつそんなスットコなこと抜かしてきたロマリア国王に、俺は正直イラッ、ときたしなんであんたにまでオルテガの息子扱いされなきゃなんねーんだよ、と言ってやりたくもなったんだけど、ここでロマリア国王に喧嘩売ってもしょうがないしなによりその依頼を受けることには異存がない。
 こういう時はどういう風に答えればいいのかな、とドキドキしつつも、顔を上げて答えようとする――より早くオルトが綺麗な所作で一度顔を上げてから深く頭を下げ、上品に微笑みながら答えた。
「大命、謹んでお受けいたします」
 その表情も声も姿勢も言葉も、いちいちがすげー堂に入ってて、手馴れてるって感じで、なんていうか様になってて、悔しいけどカッコいいなくそー、と思ったんだけど、オルトの奴一瞬ちらっとこっちを見て、ふんって鼻を鳴らしやがった。やーいてめぇにゃこんなことできねーだろーってみたいに。
 こんにゃろぉぉ、と俺はもーすっげームカついたし殴りたくなったんだけど、俺がなんか反応するより先にロマリア国王に「おお、受けてくれるか!」とすっげー嬉しそうに言われちゃったんで、つい怒りそびれてははー、と頭を下げてしまったのだった。

「……ロマリア国王の命を受けて盗賊退治とは、な」
「なんだよ、シルヴェ。なんか不満そうだな」
「別に。不満というのではない。剣の腕を売るのは戦士にはごく当たり前のことだ。ただ、お前たちは魔王の征伐を目的としていたと思ったのでな」
 宿屋でシャンパーニへ向けての旅(っつってもシャンパーニの塔の近くの街へはオルトがルーラで行けるっつーんで、そんな長旅じゃないんだけど)に備え、荷物の整理をしていた俺たち(俺とオルト)は顔を見合わせ、それぞれシルヴェがなにを言っているのかわからない、と顔に大書しつつ答えた。
「なに言ってんだよ。その目的別に変わってないぜ?」
「ああ。世界の征服だか滅亡だかを目論む魔王を征伐するのは、勇者として当然のことだ。なんでそれをやめるとかいう話になるんだ?」
 俺たちの言葉に、シルヴェは愛想のない仏頂面でぶっきらぼうに言葉を返す。
「それなら目的にさして必要というわけでもない依頼をなぜわざわざ受けたりする。そうして無駄に時間を使うことが致命的な事態の遅れを招くことになるかもしれないとは思わないのか」
 その言葉に俺たちはまた顔を見合わせたけど、オルトはごくあっさりと、俺は眉を寄せて考え込みながらも首を振った。
「思わないな。魔王は十年以上人類に対し侵略行動らしい行動を取ってない。もちろんそれは表向きのことで影では陰謀を巡らせてるんだろうが、少なくとも俺がこの五年間世界を旅した感覚では近々こちらに侵略行動を取ってくる、という動きはなかった。ならロマリア王家と誼を通じ、その影響力を味方につけた方がこれからの活動で有利に働く」
「っつかさ……俺ら、勇者だろ? だったら魔王が攻めてくるかもって時でもさ、困ってる人がいたら助けなきゃ駄目じゃんか」
「ほう。それが金を払える見込みのない貧乏人だとしても同じことが言えるのか?」
「へ? なに言ってんだよ、当たり前だろ」
「…………」
 は、と苦々しげに息をつき、シルヴェはおどおどちらちらとこっちをうかがいながら荷物の整理をしてるゼビの横にどすんと腰かけて言った。
「お前らがそう言うならこちらとしては従う他ないが、な。老婆心ながら忠告させてもらうなら、そういつまでもあちらこちらにいい顔をしていられるか、早めに考えておくことを勧めるぞ」
 俺たちはまたきょとんと顔を見合わせてから、オルトは不敵に、俺は親指を立てて笑んでみせる。
「大丈夫だって! そんくらいやり通せなきゃ生まれてきた甲斐ねーだろ?」
「俺たちも伊達や酔狂で勇者をやってるわけじゃないんでな。俺たちの手は世界のすべてを救うためにある」
「……利いた風な口を」
 小さく、けどなんかすごく忌々しげに吐き捨ててから、シルヴェはベッドから立ち上がり荷物を背負って部屋を出た。
「先に下に降りている。お前たちもせいぜい急ぐことだな。退治を請けた盗賊に被害を出されて、お前らの名を落とすことになっても私は責任を持たんぞ」
 鋭く言ってずかずかと階段を下りていくシルヴェに、俺たちは顔を見合わせた。
「なんかすげー不機嫌だな。俺ら、なんか怒らせるようなこと言ったか?」
「え! いやえとそのあの」
「たぶん彼女のトラウマに触れたんだろうな」
「トラウマ?」
「ああ。彼女はたぶん、救われなかった一人なんだろう。だから、必死に強くなってあの年であそこまでのレベルになったんだろうさ」
「…………」
 俺はちょっと眉を寄せて考え、オルトの言ったことを理解して顔をしかめた。それじゃつまり、シルヴェはまだ、誰にも助けられないまま、手を差し伸べられないまま生きてるってことになる。
「それじゃ、俺らが助けてやんなきゃじゃねーか。仲間なんだから」
 言うと、ゼビはぽかんとしたが、オルトはにやっ、と(なぜか)楽しげに笑って、ひょいと立ち上がった。
「当然だ。ま、人一人の心を助けるんだ、そう簡単にはいかないだろうが――先は長いんだ。長期戦で『助けを求めていいんだ』ということを理解させていってやるとしようぜ」
「おう」
 俺はにっ、と笑ってオルトと軽く拳を打ち合わせる。相手が自分と同じことを考えてるってわかる感覚って、けっこう悪くない。なんか、仲間って感じがする。
「はー……なんか、なんていうか……」
「ん? どした、ゼビ」
「いやあの、その。なんていうか、サンさんもオルトさんも、やっぱり勇者なんだなぁって実感したっていうか。人を助けることとかの話になると、すごい話っていうか、息が合ってるなって……」
「え……や、別に、そういう……」
 自分でも似たようなこと考えてたけど、人に言われるとなんか照れくさい。それに勇者だからってわけじゃないと思うし――なんてもごもご口を動かしてたら、オルトの野郎はふふーんと鼻を鳴らして偉そうに抜かしやがった。
「なに抜かしてんだ、俺がこいつに話を合わせてやってるんだよ。本当の俺の志を詳細に語ったら難解すぎてサンには理解できなさそうだからなぁ」
「な、んだとぉっ!? 上等だてめぇ喧嘩売ってんだな!?」
「別に? まぁどうしても買いたいっつーなら売ってやらんでもないが、それもカンダタ一味の征伐後の話だな。大事な一戦前に無駄な体力使いたくねーし。第一、今喧嘩したらシルヴェに怒られんぞ?」
「うぐ……てっめぇ、覚えとけよ……!」
「おーおー、負け犬の遠吠えはいつ聞いても耳に心地いいな。つーか、いい加減荷物整理終わらせたらどうだ? シルヴェじゃねぇが、とっとと出発するにこしたことはねぇだろ?」
「っ、わかってるっつのっ!」
 あーもーっとにこいつはいっちいち言い方がムカつくんだよっ、とぶつぶつ呟きつつ俺は大急ぎで荷物整理を進めた。こいつがこういう言い方する時は、自分の仕事は絶対完璧に終わらせて俺のやることを高みの見物してやがるんだってわかってたからだ。
 そーいうとこがまたムカつくんだけど、だからって嫉妬してばっかじゃどーにもなんない。俺は俺のやり方で、自分のやることやんねーと! と気合を入れて手を動かした。
 そんな俺を、っつーか、こーいう時の俺を、オルトがなんか嬉しげっつーか、楽しげっつーかな顔で見てるのには、相当あとまで気づかなかったんだけど。

「せぇあっ!」
 俺は鋼の剣を振るい、カンダタの斧の柄を斬り飛ばした。カンダタが一瞬愕然とする、その隙をついて素早くオルトがカンダタを蹴り倒し剣を突きつける。
「チェックメイトだな、カンダタ。部下たちは倒された、武器は失われた、おまけに喉元には剣が突きつけられている。この状態でも、一縷の希望に望みを懸けて抵抗してみるか? もちろんその場合、俺は容赦なくこの剣を突き刺させてもらうが」
 カンダタは(覆面にビキニパンツ一丁、それにマントをつけただけっていう変質者っぽい格好だったけど、なんでもどれもそれなりに強力な防御力を持つ魔道具らしい)、覆面の上からでもわかるくらい思いきり顔を歪めたけど、やがて一転してへらへらと笑顔を浮かべながら、ぺこぺこ頭を下げてきた。
「いやぁ、すげぇ強ぇなあんたら! さすが勇者だぜ、完全に俺の負けだ! 心の底から反省してるから、許してくれよ、な!」
『誰が許すか』
 思わず俺とオルトの声がハモる。俺はちょっとびっくりしたんだけど、オルトはふふんと面白がるように鼻を鳴らしただけでカンダタから視線を動かさない。
「お前らが犯した罪は調べさせてもらった。強盗、空き巣、山村への山賊行為。人死にが出ていないのが不思議なほどの稼ぎ方だな」
「へっ、いやいやそりゃあ単に俺が人殺しが嫌いなだけさ。なんたって俺は義賊だからな」
「義賊? 笑わせるな、貧しい山村からも金品をたっぷり奪い取っている分際で。一応の筋を通してることは認めてやってもいいがな」
 話しながらもオルトの剣は微動だにしない。くそーやっぱこいつすげー、と思う気持ちとこいつって人殺ししてなかったんだ、と思う気持ち、あとそんなこといつの間に調べてやがったんだとちょっとむっとする気持ちで俺は唇を尖らせた。
「そうそう、一応俺ぁ盗賊としての筋は通してんだよ! なにも死ぬほどのこたぁしてねぇと思わねぇか?」
「まぁ、ロマリアの法律じゃここまで荒稼ぎしたお前はまず死刑だろうからな」
「え!」
 俺は思わず声を上げた。そんなこと全然考えてなかった。
 じゃあ、俺たちが、こいつ捕まえたら……こいつ、死刑になっちゃうのか?
「へい、そうなんでさぁ。俺らはそりゃあ盗賊で、人様のもん掠め取って生きてる野郎どもですが、これでも人の道ってなぁきっちり通して生きてるつもりです。持ってる奴らから持ってない奴らへ金を運ぶ、それが死ぬほど悪いことなんでござんしょうか」
 俺に目をつけたのか、カンダタは俺の方を向いて哀れっぽい声で懇願してきた。俺はちょっと戸惑って、しばらく頭をぐるぐるさせたけど、すぐにオルトの方を向いて言う。
「なぁ――」
「駄目だ」
「まだなにも言ってないだろ!」
「言ってなくてもそのくらいわかる。こいつ助けてやらないか、とかそんなことを抜かそうとか思ったんだろーが」
 抜かすってなんだよ抜かすって、と思いながらも俺はうなずく。オルトはは、と息を吐いて思いきり馬鹿にしたような口調で言ってきやがった。
「お前本気でわかってるか? そりゃーこいつらは盗みの時に直接は人死にを出してない。が、こいつらの仕事≠フたびに真面目にこつこつ働いた人の懐から金がごそっと消えたのは確かなんだ。一歩間違えれば商売のための金が消えて一家心中、なんてことにもなりかねなかったんだぞ?」
「う……」
 そ、それは、そうなのかもしんねーけど。そう言われちゃったら反論とか、できないけど。
「……ホントに、そういうこと、あったのか?」
 ごくりと唾を呑みながらの問いに、オルトはあっさり肩をすくめて首を振る。
「いや? 俺も被害者全部にことこまかな追跡調査するわけにもいかなかったから完全にとはいかないけどな、少なくとも普通に調べただけじゃこいつの盗みが波及した結果死人が出た、っていうことにはなってない」
「だったら!」
「だが、こいつの盗賊行為のせいでロマリアが国家予算を浪費し、善良な衛士たちがこき使われ、何百人って人間が飢えを味わわされたのは間違いのないことだ。こいつらが真面目に働かずに贅沢な生活を手に入れるためにな」
「う……」
「こいつらにはその責任を取る義務がある。違うか」
「う……う〜〜っ」
 俺は剣を構えながら唸った。こいつの言ってることは正論で、反論の余地はない。確かにこいつは自分のやったことの責任を取らなくちゃならない。
 でも、それでも俺は嫌だった。死ぬ以外の方法でこいつに責任を取ってもらいたかった。だってそうじゃなきゃ、こいつが、カンダタが幸せになれないじゃないか。
 せっかく勇者なんだから、世界中の人を救って、幸せにできないなんて、嫌だ。悔しい。情けない。
 けどそんなことを言ったらオルトにめたくそに言い負かされるのは目に見えてる。俺はなにかうまい反論の方法がないかとうんうん唸って、はっと閃き叫んだ。
「おい、オルト! お前曲がりなりにも筋通した奴に更生する機会も与えねーってのかよ、それでも英雄サイモンの息子か、情けねーなっ!」
 俺が胸を張り言い張った言葉に、予想通りオルトの表情は一気に変わった。
「……英雄サイモンが、なんだと?」
 さっきまでとは桁の違うど迫力の顔で、半ば殺気を込めて俺の方を睨んでくるオルトに、俺は正直ちょっとビビッたけど、それでもふんと胸を張る。助けたい人を助けようっていうのに物怖じしてたまるか。
「英雄サイモンだったらこいつらくらいの悪党、見逃して更生する機会を与えてやるだろーってのに、その息子のお前がそんなんじゃ情けないっつってんだよ! 器小っせーっつーの! こいつだって伊達に生きてんじゃねーんだ、一度くらい更生の機会やったっていいだろっ!」
「…………」
 オルトはカンダタの喉元に突きつけた剣を微動だにさせないまま、俺を睨み、厳かっつっていいくらいの声で問いかけてくる。
「ここで見逃して、こいつがこの先人死にを出したらどうする。そいつの命はもう取り返しがつかないんだぞ」
「うぐっ……そ、それは、駄目だけど……けどそんなの言い出したらそこらへんの道歩いてる奴だっていつ人殺すかなんてわかんねーじゃん!」
「盗賊はその機会が山ほど巡ってくる仕事だ。こいつがこれからも殺さない保証はない。お前にそんな危険を冒す権利があるとでもいうのか」
「うぐぐっ……だから、そういうんじゃなくって! こいつはこれまで俺たちと会ったことなかっただろ! でも今会った。変わるきっかけができただろっ」
「……だから?」
 俺はきっ、とオルトを睨み、真正面から叫んだ。
「信じてみよう、っつってんだ! こっちから信じなきゃ誰だって変わろうなんて気起こさねーだろっ! だから、今からこいつを、カンダタを俺は信じる! それじゃ駄目なのかよっ」
「……ふん」
 俺を真正面から睨み返しながら、オルトは言う。
「こいつが人を殺したら、お前に責任は取れるのか」
「っ……できる限り全力で取るっ」
「お前のできる限りが、本当に一人の命の重さに足りると?」
「足りないだろうけどっ……今こいつが死刑にされて失われるのだって、一人の命だっ!」
 きっぱり言い切って睨みつける――と、オルトは「ふん」とまた鼻を鳴らして肩をすくめ、ひょいと剣を拭って鞘に収めた。
「……オルト」
「……おい。お前、まさか本気でカンダタを逃がすつもりか」
 低くシルヴェが言ってきたけど、オルトはあっさりうなずいてみせた。
「こいつが責任を取るっていうんだ、とりあえずお手並み拝見させてもらうさ」
「んなことにはならねーよっ! ……おい、カンダタ。聞いての通りだ」
 俺はちょっと呆然としているように見えるカンダタに向き直り、きっぱり告げた。
「今、俺はお前を逃がしてやる。けどそれはお前の命とこれからお前がひどいことする可能性天秤にかけて、お前の命の方を取ったからだ。お前が言ってた義賊だって言葉を信じたからだ。もしそれを裏切ったら、俺は本気で、心の底から怒るぞ。忘れるなよ」
「へ……そりゃあ、どうも。……せいぜい励ませてもらいますぜ。……おい、行くぞ」
 叩きのめされた子分たちをうながして、ふらふらしながらもカンダタたちは塔を降りていく。それを見送ってから、オルトは俺たちの方を向いて、あっさりと言った。
「さて、それじゃとっととルーラでロマリアに戻って、せいぜい大枚の礼をせしめるとするか」

「おお、さすがはオルテガとサイモンの息子たちよ! 与えられた試練をこれほどに素早くこなすとは! 試練に邁進するオルテガの息子も、それを支えるサイモンの息子も、どちらも勇者と呼ぶにふさわしい! さすが固き絆を結びし勇者たちの息子たち、共に強き友情で結ばれておるのじゃな!」
 楽しげに騒ぐロマリア国王の言葉を聞き流しながら、俺はゼビとシルヴェのことを考えていた。俺がカンダタを逃がそうと言ったことに、二人とも、一人はおずおずと、一人はあからさまに、強い不満を訴えてきたからだ。
「捕まえるのにまるで役に立ってない俺なんかが言うのもなんだとは、思うんですけど……世の中に、盗んだら罰せられるっていう法があるから一般市民は安心して暮らしていけると思うんです。それが盗んでも罰せられないっていう例外作っちゃったら……もう、まともに暮らしていけなくなっちゃうんじゃないかって……」
「どういう理由があろうと、法を犯すということは一般市民としての責任を放棄するということだ。責任を放棄した人間を護るというのはな、責任を果たしている人間への侮辱に他ならないんだぞ。今回は見逃すが、次にこんなことがあったならば、私はパーティから抜けさせてもらうからそう思え」
 ……二人とも、心の底から怒って、俺のやったことが間違ってるって思ってるのがわかった。そんな風に、これまで一緒に旅してきた仲間に、俺の考え方っていうか、生き方みたいなのが間違ってるって言われるのは、やっぱり嬉しくないっていうか、ちょっと、辛い。
 けど、それでも俺はカンダタを逃がしたのが間違ってるとは思えないし、次機会があっても同じようにするだろう。金を盗んだから死刑になるっていうんなら、責任を果たしてなくても例外造っちゃっても、それでも一度くらいは、チャンス与えてもいいんじゃないかって、その想いは間違ってないって俺の深いとこが言うからだ。
 ……そりゃ、カンダタが本気でこれから先更生するかどうかなんて自信があるわけじゃねぇけどさ。もしこれから誰かを殺すことになったらって考えたらすげぇ不安になるし、怖いし。けど、それでも、やっぱさ……
「その褒賞として、ロマリアの国王の座を、そちたち二人のうち一人に譲ろう!」
「はぁっ!?」
 ぼーっと考えていたところにとんでもないことを言われ、俺はほとんど飛び上がりかけた。周囲の衛兵やら小姓(王様やら貴族やらのそばに控えて身の回りの雑用なんかをする奴をそう言うんだってオルトが言ってた)にいっせいに睨まれて、一瞬小さくなったけど、いやいやそんな場合じゃない、と俺はロマリア国王に食ってかかる。
「ちょ、待ってくださいよ! ロマリア国王の座って、そんなもんくれるからってはいそうですかって受け取れるわけないじゃないっすか! 俺たちは勇者で、魔王倒すために旅してるのに――」
 が、その言葉は途中で途切れた。素早く立ち上がったオルトが、よくもまぁここまでって思うくらい見事なタイミングで俺の口を掌で塞いだからだ。
「む、むー、むー!」
「見に余る光栄。ご下命、謹んで拝命させていただきます」
 言いながら深く深く頭を下げるオルト。頭を押さえられている俺も、一緒に無理やり頭を下げさせられる。
「おお、勇者オルトヴィーンよ、受けてくれるか! では、今日この時よりロマリア国王は勇者オルトヴィーンじゃ! さっそく宴の準備をせい! 新たな国王の任命の宴じゃ!」
『ははっ』
 控えてた小姓やら役人やらが深く頭を下げ、謁見の間を出て行く。俺は必死にばたばた暴れるが、オルトはそれ以上の力で俺を押さえつけ、まったく放そうとしなかった。

「……っぷ、なに考えてんだよっ、オルトっ!」
 控え室に案内されてからやっと解放された俺は、当然全身の力を込めた勢いでオルトに食ってかかった。オルトの座った椅子の前の机をばんばん叩きながら、噛みつくように怒鳴りつける。
「俺らは魔王倒すために旅してんだろっ! それがなんでロマリア国王になることになっちまうんだよっ! ふざけてんじゃねぇぞっ!」
「それはこっちの台詞だな」
「なんだとっ」
「サン。お前、ロマリアにどれだけの富があるか知ってるか?」
「……へ?」
「広大な版図を誇るロマリア連邦王国。ロマリア国王はその豊かな農産物、木材、文化芸術の流通に強い影響力を持つ。今や名ばかりの国王じゃねぇんだよ。つまり、それらを売買して得る山のような富や物品や情報を、ロマリア国王は掠め取ってるってことだ」
「へ……え?」
「わかんねぇか? 要するに、だ。ロマリア国王をやるってことは、魔王征伐に必要な情報も資金も物品も、一気に手に入るってことだ」
「へ……だ、だってロマリア国王やってたら魔王倒しに行けねーじゃん!」
「……馬鹿か、お前?」
「なんだとぉっ!?」
「そんなにほいほい国王の座を誰かに譲れるわけねーだろ。お遊びなんだよ、これは。『国王が休暇を取る場合、一時的にその権能を宰相及び議会に委ね、地位のみを他者に譲ることを是とす』ってな。要するにあの国王がちっと休みたいから旅の勇者に国王の座を譲ってやろうってだけだ」
「へ……え……な、なんだよそれっ! 国王の座ってそんなにほいほい譲っていいもんなのかよっ!」
「ロマリアは議会の権力がおっそろしく強いからな。おまけに『権能を宰相及び議会に委ね』ってんだ、問題なんてそうそう起こらねぇよ」
「け、けどだったら俺たちにだって得することってないじゃんっ」
「国家としては問題ないレベルでも、俺たちにとっては大いに得になる。宝物庫の強力な武器防具を譲ってもらったり、市井では聞けないような情報を聞き出すぐらいのことはできるさ。あと有望な勇者に融資を取りつけたがってるような、上流階級の金持ちどもとも話す機会は山のようにある」
「う……うーっ……」
「そーいうわけで、これも勇者として果たさなきゃならない仕事のひとつなんだよ。わかったらせいぜい愛想よくしてろ」
「あ、愛想よくって、誰にだよっ」
「そうだな……ま、お前にゃ誰に近づきゃいいかなんてのは見抜けねぇだろうから、とりあえず舞踏会では隅っこの方でにこにこ笑ってろ。ややこしいことは俺がやっといてやる」
「なんだよそれっ、オルトばっか働かせるなんておかしいだろっ」
 オルトばっか働かせて俺は笑ってるだけなんて卑怯な真似できるか! とオルトを睨みつけると、オルトはちょっとまじまじと俺の方を見つめてから、ぷっと吹き出した。
「な、なんだよっ」
「いや、別に。……んなこと気にする必要はねーよ、単なる適材適所ってだけだ。俺の方がうまくやれるんだから、俺に任せといてくれればいい。それとも、お前、ロマリア社交界の勢力関係やら誰がどんな情報やら宝物やら握ってるか知ってんのか?」
「うぐ……」
「だろ? だったらゼビたちと一緒に、せいぜいきれいなカッコして場の空気和ませてろ。それが今お前ができる中で一番マシなことだ――と、来たな」
 え、とオルトを見上げるより早く、ばんっと扉が開いて、なんかすっげーにこにこ笑ってるメイドの人たちが何人も入ってきた。その後ろでは山のような服のかかった移動用ハンガーラックを押している。
 思わず身を引く俺に、メイドの人たちはにっこり笑って(なんか妙に迫力ある顔で)言ってくる。
「サマンオサの勇者さま、アリアハンの勇者さま、そのお仲間の皆様方。今宵の晩餐会のみなさまのお召し物は、私たちに任せていただきます」

「……喉苦しい……」
 風呂に放り込まれいやというほど磨かれて、妙な匂いの香水をつけられ、下着からああだこうだと議論したのちに選ばれた、やたらあちらこちらにきらきらした刺繍のついたロマリアの正式な軍装という奴を着させられて、送り出された生まれて初めての舞踏会というやつで、俺が最初に抱いた感想はそれだった。
 なんでこのカラーってやつは喉をこんなに締めつけるんだろう。苦しいし服全体も窮屈だし、動きにくいったらない。
 脱ぎたいなぁ、と思いつつ喉元をいじっていると、唐突に声をかけられた。
「アリアハンの勇者さま。よろしければ一曲、お相手願えませんこと?」
「へっ?」
 俺は目をかっ開いて口をぽかんと開けてしまった。声をかけてきたのは四、五人ほどの女の子たちのグループだ。
 それぞれ袖とスカートの膨らんだいかにも舞踏会ーって感じの服を着て、ちゃらちゃら音が鳴るほどきらきらした装飾品を着けて、くすくす笑いながら扇で口元を隠して俺の方を見ている。これって、もしかして、踊りに誘われてる!? と俺はわたわた慌てて、ぶんぶん手を振った。
「いやいやっ、俺踊り方とか知らないから!」
「あら、アリアハンの勇者さまがそのような。アリアハンの踊り、どうか教えてくださいな」
「いや、ほんと踊りとかそういうのわかんねーから! 別の奴誘ってくれよ」
「あらあら、逃げ出されるんですの? 勇者とは勇気ある者という意味でしょう、それが踊りなどから逃げ出されるようでは、お国の恥になりましてよ?」
「に、逃げ出すって……んな、だから俺は踊り方とかわかんねーっつってんじゃん! やり方全然わかんねーのにやるもくそも……」
「まぁ」
 女の子たちは目を見開いて、それから俺から目を逸らし、くすくす笑い声を立てながら囁くような声で(でも俺には聞こえた)目の前で俺の噂話を始めた。
「この方、本当に勇者でいらっしゃるのかしら? まるで市井の子供のような口の利き方じゃありませんこと?」
「オルトヴィーンさまとはまるで違っていらっしゃるのね。アリアハンというのはそこまで田舎なのでしょうかしら?」
「お姿もねぇ……お召し物はやはり宮廷の衣装係が選んだものですもの、とても素敵ですけれど……服に着られているようにしか見えませんわね」
「あら、そんな風に言ってはお可哀想よ。小猿が服を着せられているようで可愛らしくていらっしゃるじゃありませんの」
 そんなことを言いながら、こっちには視線をやらないようにしながら自分たちだけで囁き合ってくすくす笑う。
 最初なに言ってんだこいつら、としばらくぽかんとしてしまったんだけど、すぐにむかっ腹が立ってきた。気がついてみれば周囲の奴ら、全員こっち見てくすくす笑ってやがる。
 最初っからこっちを馬鹿にして遊ぶつもりだったんだとわかって、俺は心を決めた。喧嘩を売ってくるってんなら買ってやる、こんな奴らに言いっぱなしにさせてたまるか!
「世界に名だたる大帝国のロマリアも、上の方の奴らの性根は腐ってやがるらしいな。肥溜めみてぇな匂いがぷんぷんしやがるぜ」
「な……!」
「な、なにをおっしゃるの!」
「あなた、このような場所で、そのようなことを……!」
「事実だろーが。人を自分の領域に引き込んで寄ってたかって馬鹿にする、ってのがまともな真似だと思ってるってんなら、ロマリア人ってのはそれこそ蛆虫より始末が悪いぜ。何様だてめーら。偉そうな口ぐだぐだ叩きやがって、てめぇらがそんな口叩けるほどのなにやったってんだよ。大物の盗賊出すような政治しかできねー奴らが、でかい口叩いてんじゃね」
「おや、どうなさいました? いずれ劣らず咲き揃った美しい花々が、このような場所に集まっていては、それを愛でる方々もお困りになるでしょうに」
 がふっ、と俺の口がふさがれた、と思うや、すいっと目の前をでかい背中が塞いだ。この俺の口を塞いでる手はシルヴェで、袖をびくびくしながら引っ張ってるのはゼビ、だからこの目の前の背中は、オルト?
「うちの小猿が、なにか失礼なことでも申しましたか?」
「む! むーっ、むーっ」
 誰が小猿だぁぁ! と叫びたいんだけど、シルヴェとゼビは協力して俺の口を塞ぎ、暴れられないようにがっちり体を固めている。その間にオルトはさっきの奴らと話をつけちまったみたいで、あからさまに恥ずかしそうな顔になって「失礼いたします」と逃げ去っていくのが見えた。
 それを見送ってから、オルト(俺のと似たような、けど俺のより相当派手に装飾とかつけてる軍装着てる)はくるりとこちらを向いて、はーっとため息をついた。
「サン……お前な。なんでわざわざ喧嘩騒ぎ起こそうとしてんだ、コラ」
「金やらなにやらを引き出そうとしている相手を怒らせてどうする。そのくらいのこともわからないほど、お前は頭が悪いのか?」
「しょ、商人の端くれとして言いますけど、交渉相手がちょっと馬鹿にしてきたからって怒るのは、正直ものすごくまずいと……」
 シルヴェ(俺らとおんなじような軍装。長い紫色の髪は後ろで縛ってる)とゼビ(小姓の服だ、ってオルトが言ってた。ゼビはなんでかそれ聞いてほっとしてたみたいだけど)にまで迫られて、俺はむぅっと頬を膨らませて反論した。
「だからって、あいつらあのまんま放っとくなんておかしーだろ! あいつら当然みてーに人のこと馬鹿にしやがったんだぞ、そんなの間違ってるってきっちり教えてやんなきゃ人生歪むだろ!」
『…………』
「そ、それは、そうかもしれませんけど……」
「……馬鹿にしてくる相手の人生を気遣ってどうする。それこそ馬鹿か、お前は」
「……やれやれ。で、どういうわけであの子たちと喧嘩になったんだ?」
 苦笑して言ってくるオルトに、眉を寄せつつ素直に答える。実際、素直でないように答えようがない、っつーか。
「踊りませんかっつってきたから、踊れないっつったら馬鹿にしてきた」
「ふーん」
 軽くうなずいてから、オルトはさらっと言ってきた。
「なら、踊り方を知ってれば問題はなかったわけだな?」
「へ?」
「あ、あの、オルトさん……そういう問題、なんですか?」
「そうだよ、もし踊り方知ってたって、俺はむやみに人馬鹿にする奴らいたら怒るぜ?」
「サンさんもそういう問題なんですか!?」
「それはわかってるさ。けど、踊り方を知ってれば少しは無駄な摩擦を避けられるだろ? こういう場所で踊りを知らないってのはな、それこそ戦場で剣の持ち方を知らない、ってくらい場違いなもんなんだよ」
「うぐ……」
 そ、そういう風に言われると、そりゃ馬鹿にされるのも仕方ないのかな、って思っちまうけど。
「……けど、踊り方勉強ったって……そんな時間、ないぜ」
「こういうのは、習うより慣れろだ」
 言ってすっ、とオルトは俺に向けて掌を差し出す。え? なんだこれ? とぽかんとする俺の横で、ゼビが驚愕の表情で叫んだ。
「おっ……オルトさんが、サンさんと踊るんですかっ!?」
「へっ!?」
「ま、この中で俺が一番踊りに詳しそうだからな。それとも踊り断りまくってたシルヴェかゼビが、実は踊りの名人だったりするのか?」
「え゛っ……いえいえいえないですからそんなのっ!」
「……戦士に舞踏の技は必要ないだろう」
「なら、やっぱり俺が適任だな。それとも誰か他の教師を探すか?」
 俺は差し出されたオルトの掌をじーっと見つめて、それからからかうような笑顔を浮かべたオルトの顔をじーっと見つめて、改めて確認した。
「本気で言ってるんだよな?」
「本気じゃないように見えるか?」
「見えなくもないけど……」
 でも、これまで一ヵ月半オルトと一緒に旅してきた俺の勘は、オルトは本気だと言っている。
 だから俺は、オルトに向き直り、ふかぶかと頭を下げた。
「ご指導、よろしくお願いします」
「サンさーんっ!?」
 ゼビは顔面蒼白になり、シルヴェは顔をしかめた。でも、オルトはくくっと笑って、俺の掌を取ってくる。
「ご指導なんて大したもんじゃないさ、ただ一緒に楽しく踊るだけだ。――行くぞ」
「おうっ」
 俺は他のダンスホールに出て行く連中(当然だけど、男と女)と同じように、手を取り合いながらホールに進み出た。
 どう来るか、と緩く呼吸をしながらオルトの様子を窺う俺に、オルトはまたくくっと笑ってひょいと腰に手を回してきた。
「わ」
「固くなるなって。要は音楽に合わせて体を動かしゃあいいんだよ。今はワルツだから、男役から見て左の手を合わせて、もう片方の手は背中に」
「って、俺が女役なのかよ……っていうか、ワルツってなに?」
「足見てみろ、みんな1、2、3ってリズムを基調に動いてるだろ。そういう音楽。で、女役は男役に合わせるようにして踊るから、素人は男役より女役の方が足を踏まれにくい」
「うぐ……」
 渋い顔になった俺に、なぜかオルトは吹き出した。まるですげー面白いもん見たみたいに。
「なんだよ、その顔。……ほら、リズム合わせて。1、2、3。1、2、3……」
「っ、1、2、3っ、1、2、3っ……」
 言われるままに足をオルトに合わせて動かしてると、なんだか楽しくなってきた。こういう踊りって、もっとなんていうかしゃらくさいもんかと思ってたけど、本当は運動なんだな。オルトの動きに合わせて俺も動いて、音楽に合わせて体を動かしてってやってると、もっともっとって体が自然にリズムを取ってくる。
 オルトがにやりと笑って、俺の耳元に囁いた。
「楽しそうな顔になってきたじゃねぇか」
「おう! なんか、なんていうかさ、空の上にいるみたいだな!」
「空の上? なんで」
「だって城でくるくる回ってるんだぜ? 地面から見上げるところで踊ってるっていったら、雲とか風とかじゃんか!」
 そう言うと、なぜかオルトは吹き出して、楽しげにくっくと笑いながらまた囁いてくる。
「じゃあ、俺たちは天に近い場所でダンスしてるわけか。ロマリア城もそれなりに見事な城だが、天界に近い城って言葉は荷が重過ぎると思うがな」
「え、そうか? いいじゃんか、楽しいし!」
「お前は……ったく」
 くっくと笑いながらぐいっと体を寄せ、ますます耳元のすぐ近くまで唇を寄せてから、オルトはまた囁いた。
「お前がカンダタ逃がしたの。間違ってなかったと思うぜ」
「え」
「俺がカンダタを捕らえて罰を受けさせようとしたのもそれはそれで間違ってなかったと思うが。勇者として生まれたんなら、世界の全てを背負う者として生まれたんなら、カンダタも救ってやるのが当たり前だからな」
 俺はちょっとぽかんとしたけど、すぐに満面の笑みになってこくこくこくっと何度もうなずいた。
「だよなっ!」
 俺はなんだか、すごく嬉しかった。俺のやったことを、オルトが間違ってないって言ってくれたこと。
 もちろん誰に間違ってるって言われても、俺は俺が正しいと思うことを貫くのは当たり前だけど、それでもやっぱり仲間たちに間違ってるって言われたのは、嬉しくないしちょっと落ち込みもした。
 それをオルトが笑って間違ってないって言ってくれたのが、なんていうか、すごくすごくすごく、心強かったんだ。

 ――たぶん、この時からなんだと思う。
 俺が、オルトを、誰よりも、仲間として、それ以上に心の道標として、恃みにするようになったのは。

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