爆発
「ふぅっ!」
 滑空してきたキャットフライを一撃で斬り倒し、エドはにっと笑った。最近、自分の力が今までとは比べ物にならないほど高まっているのがわかる。
 勇者のレベル上げの力というものがどれほど強力か、身をもって体験している感じだ。他の仲間たちも自分がどれだけ強くなっているか日々実感しているのだろう、アリアハンやロマリアにいた頃は現れる魔物に対処することでいっぱいいっぱいだったリルナも、積極的に呪文を駆使するようになっていた(ディアンはアリアハンにいた時と変わらず役に立つ気ゼロだが)。
 そして、レックスは。
「ハッ!」
 呼気とともに一撃で悪魔の鋏の甲羅を叩き割った鉄の爪を、流れるような動きで引き抜く。そのまますいと暴れ猿の攻撃をすいとかわし、手刀を叩き込むような動きでその脳天を叩き割った。
 そこでようやくふ、と息をつき、こちらを鋭い目で見つめてくる。エドはにやっ、と笑いかけてやった。レックスはいつもながらの仏頂面で息を吐く。
「エド。ここは魔物のうじゃうじゃ出てくる街の外なんだぞ、油断するな。それと、曲がりなりにも仲間が戦ってるんだ、ぼうっと見てないで助けに入ったらどうなんだ」
「えー、けどさぁ、レックスだったらあの程度の奴らに負けるわけないだろ。だったらその戦い観察して、俺の糧にしといた方が得かなーって」
「なんでそうなるんだ……それに、武闘家の戦い方を観察してもあまりお前の役には立たないだろう、お前は剣士なんだから」
「そりゃもちろん、レックスと戦う時に役立てるに決まってんじゃん。言っとくけど俺、レックスに稽古で勝ち越すの、まだこしたんたんと狙ってるからなっ」
 にかっと笑ってやると、レックスは呆れたようにその男らしい顔を歪め、呆れたように「馬鹿」と言ってこつんとエドの額を叩いた。なぜだかひどく体中に力が湧いてきて、エドは顔をにやけさせながらレックスにじゃれつく。
 本当の気持ちだった。自分にとっての一番のライバルで目標は、いつだってレックスに決まっているのだから。
「さって! そんじゃまたアッサラームを目指すとしますかね!」
「ディアンお前なんもしなかったくせに偉そうに言うんじゃねぇよ」
「いやいやぁ、レックスにじゃれつくのに夢中でリルナちゃんのフォローもしてないエドちんに言われたかぁないなぁ」
「え……リルナ、どっか怪我したのか? 俺一応きっちり見てたつもりなんだけど……ごめん、大丈夫か、見せてくれ」
「え、いえっ、私別にどこも怪我してはない、ですよ……?」
「……ほんとに?」
「え、ええホントですホントに本当」
「いやいや、体に傷はないけどな、心には深ーい傷を負ってるんだよエドちん。なにせこのパーティで唯一の女子にもかかわらず、女の子として見てくれてるのは俺だけなんだもんなぁ。こんなに可愛い眼鏡っ子なのに、あまりに不憫すぎるだろ?」
「え……えぇっ!?」
「はぁ? なに言ってんだよ、俺リルナを別に男だとか思ってねーぞ」
「わあわあわあもうもうもうエドちん、お前さんはほんっとーに、おこちゃまだね〜」
「んっだよそれ、ディアンにんなこと言われっとすっげームカつく! このちゃらんぽらん遊び人!」
「遊び人なんだからちゃらんぽらんけっこう、むしろそれが正しい姿なんだよーん」
「テキトーなこと言うな!」
 今度はディアンを追いかけ始めると、レックスが渋い声で言った。
「いつまで遊んでいる。さっさと行くぞ」
「あ、わかってるって、待ってくれって!」
 慌ててまたレックスを追いかける。別に外を歩いている時に隊列を組んでいるわけではないが、狭いところを歩くときにはレックスが先頭で、エド、ディアン、リルナという並びなので、なんとなく外でもそれを意識してしまう。
「お? ……なんか聞こえね?」
 唐突にディアンに言われ、エドは目を瞬かせて耳を澄ませてみる。ディアンはこういう感覚は鋭敏な方だ。
「……ホントだ。なんか聞こえる!」
「魔物の吠え声、ですか、これ? でもなんだか、人の叫び声みたいなものが……」
「……こっちだな。先に行くぞ」
「わ、待てって!」
 走り出したレックスを追ってエドも走る。鉄の鎧をまとってはいるがそのくらいで足が鈍るほどぬるい鍛錬は積んできていない、声を追って全力で走った。もし万一のことがあったら、一刻を争う事態になっているはずだ。
 そして、今回はその万一の事態だった。
 ぶひひひひひん、と鳴き叫びながら前足を上げる馬。その背には馬車を引く綱が繋がれている。
 完全に足の止まってしまった二台の大きな馬車。その中には何人もの人と荷が積まれているのだろう、必死に御者が「どうっ! どうっ!」と馬を落ち着かせようとしているが効果はない。
 それも当然、馬車の周囲には数十を数えるほどの魔物たちが集まっていたのだ。匂いに惹かれたのかたまたま行き合ったのか。とにかく魔物たちは少しずつ包囲網を縮め、今にも馬車に襲いかかろうとしている。
 だっ、と考えるより先に足が勝手に飛び出した。「おい!」とレックスが低く叫ぶが、今に限ってはレックスの言葉だって聞いている暇はない。
 目の前に殺されそうな人がいる、なのに飛び出す根性もないっていうなら、自分は勇者だなんぞと最初から言っていない!
「だぁりゃあっ!」
 とにかく思いきり声を上げて、思いきり派手に魔物の一角に斬りかかる。ルカナンを使うバリイドドッグは、幸い一撃で体を断ち割ることができた。
「おらおらどうしたどうしたっ、こっちだこっちっ!」
 叫びながらできるだけ馬車から遠ざかるように動きつつ、バリイドドッグやバンパイアのような厄介な力を持っている敵を狙い斬りかかっていく。一時も足を止めないように、小刻みに素早く移動しつつ。
 だが魔物の数は圧倒的だ。あっという間に囲まれた。なんとか囲みを突破しようと弱い魔物を狙い斬りかかっていくも、倒した魔物の隙間を埋めるように次の魔物がやってくる。
 さっと影が差す。はっと振り返った一瞬で、まずい、と思った。暴れ猿が後ろに回りこんでいるのに気づかなかった。すでに大きく腕を振りかぶっている、完全に不意を討たれた。やられる――
 と思った瞬間、「チェイアッ!」という雄たけびとともにその頭が爆ぜ割れた。エドは一瞬ぽかんとしてから、ににににっ、にかっとばかりに全力で笑顔になって、その救い主に向け叫ぶ。
「来てくれると思ってたぜ、レックス!」
「当たり前のことを言うな、それより戦いに集中しろ」
「おうっ!」
 まったくいつも通りの仏頂面で襲いくる敵をあるいは蹴りあるいは突き、と激しく舞い踊るレックスに、エドもいつも通りの満面の笑顔で背中を預けて剣を振るう。もはや背中の守りに不安はない、あとは目の前の敵をどんどんと斬り倒していけばいいだけだ。
「レックス! なんかけっこう怪我してないか? 治さなくていいのかよっ」
「お前を追わないで馬車の方に向かおうとした奴らを全員片付けたからな、少しばかり無理をした。だが、今は治している余裕はないだろう。戦うのには支障はない」
「カッコつけやがってこの野郎っ! 途中でぶっ倒れでもしたら承知しないからなっ」
「こちらの台詞だ」
 互いに言葉をぶつけ合い、声をかけ合いながら、襲ってくる魔物をちぎっては投げの勢いで斬り倒し、蹴り倒し、突き倒す。互いにただ一人と認めた相手に背中を預け、全力を振るって戦う。
 顔や表情は見えなくても、相手の呼吸が手に取るようにわかった。次どう動くのか、なにを求めているのかも感じ取れた。ぴったり密着している時のように、体温すら伝わってくる気がした。互いの力を、ひとつに合わせて戦う――その快感。
「だぁっ!」
「セッ!」
「邪魔だこの野郎っ!」
「フォァッ!」
 斬る、突く、避ける、受け止める、受け流す、裂く、割る、倒す。戦って、敵を倒す。そしてその自分の背中は、誰より近い相手が守ってくれている!
 たまらない、この感覚。他の人間とはまるで違う、波長が一つになって高まる、爆発しそうなエクスタシー。信頼するとか信頼に応えるとかいう以前、自分の心臓を共有している相手。だから、自分は。
「絶対に、負けねぇっ!」
 ずばん! とバンパイアを脳天から断ち割るのと同時に、背中でレックスがさまよう鎧を打ち砕いた。

「本当に本当に、ありがとうございます!」
「いいって、勇者として当然のことをしたまでだから。気にすんなって」
「いえ、ですが、命を助けていただいてなにもなしというのは我々としても気がすみません。どうか、なにかお礼を」
「んー……っつわれてもなぁ」
「なぁなぁ、あんたらさぁ、行商人なんだよな? ブツはなに?」
「主に衣料品や装飾品ですが。アッサラームの織物や、ロマリアの銀細工などを運んでいます」
「んー、じゃあ現物支給ってわけにもいかねーよなぁ……」
「お、どんなん? 見せて見せて〜」
「おいディアン、お前なんもしなかったくせに報酬要求するなよ」
「す、すいません、私がのろかったせいでなかなか戦場にたどり着けなくて」
「や、気にすんなって。戦場に着くなりスクルトがんがんかけてくれただろ、おかげでだいぶ助かったよ」
「そ、そうですか? あは、よかったぁ……」
「……これをもらえばいいだろう」
 そう言ってひょいとレックスがつかみ取ったのは、なんというか、ひどく激しいデザインの指輪だった。派手なのだがただ派手なのではなく、異常に自己主張が激しいというか、前衛的……というのとも微妙に違って、やたらとんがっているというか……
「ああ、それはヘビメタリングですね。身につけると身のこなしを素早くすることができる装飾品です。あまり価値のあるものではないのですが……」
「ああ、でもそれいいかも。それって何気にけっこ珍しい品だかんな。もうそれ創ってた魔法工房が潰れちまったし。これから価値上がるかもよ」
 ディアンが軽く言うのに、少し考えてからエドはうなずいた。
「うん、じゃあそれもらおうぜ。悪いな、行商人さん」
「いえいえ、そんな、我々の命を救った勇者さまのお役に立てたのなら!」
 差し出されたそれをエドは受け取り、うんとうなずいてレックスに差し出した。
「これはレックスが装備しろよ」
 レックスは大きく目を見開いた。え、なんで、ときょとんとするエドに、レックスは低く訊ねる。
「俺がそれをもらって、いいのか」
「え、うん。だって素早さを上げられるんだろ? だったら武闘家のレックスがいいだろうなって」
 レックスはしばし沈黙したが、やがてすっとその指輪を受け取った。
「悪いな。では、ありがたくいただこう」
「おう」
 そして指にはめる。中指用のものだったのだがレックスには小さすぎたようで、行商人のおじさんに調節してもらうことになった。
「なになに、それならさぁ、せっかくだから薬指にはめりゃいーじゃん、左手の薬指にさっ」
「はぁ? なに言ってんだよ、左手の薬指は結婚指輪をはめる指だろ、そんなの俺でも知ってるぞ」
 だからこういう魔法の指輪は、それ以外の指にはめる用に作られているというのに。
 が、ディアンはにやっと意地悪なような面白がっているような顔で笑う。
「いやいや、わかってないね、婚約指輪ならその限りじゃなかったりするんだよ?」
 それにエドが答えようとするよりも早く、レックスが勢いよく振り向いて、低く言った。
「おい、ディアン。なにを言っている」
「え、なにって。勇者のパーティメンバーは勇者に命預けてるも同然なんだから、一緒に冒険してる間は結婚しないだろ? だから仮、婚約指輪」
「………お前」
「ん? なに? 俺なんかおかしなこと言った?」
 ディアンはにやにやしながらレックスを見ている。レックスは険しい顔でディアンを睨んでいる。むぅ、とエドは思わず唇を尖らせて、「これで大丈夫かと思いますが」と行商人が出した指輪を素早く受け取り、レックスの左薬指にひょいとはめた。
「! ……エド、なにを」
「ディアンの言ってること、今回だけは正しいだろ?」
「今回だけって、ひっでぇなー」
「黙ってろ。……一緒に戦ってんだ、俺は命をお前に預ける。お前も俺に命預けてるだろ。運命共同体だ、だったら婚約指輪ってことでもいーじゃんか」
「………エド」
「……嫌なのかよ」
 ぎろり、と睨み上げてやると、レックスはなにか言おうとして眉をひそめながら口を開――いたが、やがてのろのろと閉じて、うなずいた。
「わかった。お前がそう言うなら、今回はもらっておこう」
 その言葉に、エドはにににににっ、という音が立つほどの勢いでにかっと笑った。
「おう。受け取れ」
 なんだか、ひどくいい気分だ。普段やられっぱなしのレックスに、ようやく一本を返したような。
 レックスはひどく不本意そうな顔をしているが、それが嫌だという徴じゃないのは、エドにはよーくわかっていたのだ。

「……あの手の魔法の装飾品って微妙に性格変えちまうんだよなぁ。だからレックスはあれをはめてる間はもうどーにもなんないほどの頑固者じゃーない、と」
「え、ディアンさんなにかおっしゃいました?」
「なんでもないよん、リルナちゃん♪」

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