月下氷人・その2
 風祭は、龍斗におぶわれた格好のまま鬼哭村に向かっていた。
 風祭の無惨な姿を目にした龍斗の怒りはすさまじく、風祭が閉じこめられていた部屋どころか屋敷まで半壊させ、向かってきた若元配下の侍達を全員半殺しにして逃げ出してきたのだ。
 風祭の傷は龍斗が手持ちの薬をありったけ使ったので大分マシになっていた。さもなければおぶわれるのすら痛くてできなかっただろう。
 風祭は自分で歩く、と言おうとしたのだが龍斗の気迫に負けて言い出すことが出来なかった。
 若元は駆けつけてきた下忍達に引き渡された。それまでに大分、いやかなり、いや恐ろしいほど地獄を見てはいたが。
 龍斗の若元に対する報復は、『楽には殺さねェ』と思っていた風祭でさえぞっとするほど酸鼻を極めたもので、その時初めて風祭は、ほんの少しだけ龍斗を怖いと思った。
 それでもまだ完全に殺してはおらず、これからさらに苦しめて苦しめて殺すんだそうだ。
 子供をいたぶり殺すような奴には当然の報いだ、と龍斗はきっぱり言った。
 それはまあ風祭も同意見ではあったが、念の為
「俺は子供じゃねーぞ」
 と言うと、
「じゃあもっと悪い」
 という答えが返ってきた。
 ――龍斗は黙って風祭を背負いながら歩く。
 風祭は龍斗の後頭部をじっと見つめた。
 ……こいつが、助けに来てくれたって、言うべきなんだろうな、やっぱ。あの『嫌だ』って思って、名前を呼んだ時に。
 龍斗の背中に揺られながら、風祭は考える。
 礼を、言うべきなんだろうか。
「悪かったな」
 考え込んでいる時に話しかけられ、風祭はびくりとした。
「……何がだよ」
「今日、いきなり押し倒したりして。あれで怒ってたから、あんな奴らに不意討たれたりしたんだろ?」
「………」
 確かに。そうとも言えるかもしれない。
 そう思うより先に口が動いていた。
「そうだよッ! そもそもてめェがあんなことしなきゃ、こんなことにはならなかったんだッ! 元はといえば全部てめェのせいなんだからなッ、わかってんのか、たんたんッ!」
「ああ。俺が全面的に悪い。本当に悪かった。お詫びにもならないかもしれないが、なんでも言うことを聞くよ。許してくれとも言えないが……なんでもする」
「………」
 こいつ、本気で言ってるんだろうか。だがその沈痛な声は、心底責任を感じているとしか思えない。
 そう考えると、なんだか急に腹が立ってきた。
 俺が未熟なのが一番の原因なのになんでてめェが謝るんだ嫌がらせのつもりかとか、てめェは俺の保護者か餓鬼扱いすんじゃねェとか――俺に礼を言わせなくしやがっててめェゆるさねェ、とか諸々の理由で。
 もっとも、風祭がそこまで明文化して考えていたわけではないが。
 風祭はムカムカしながら考えて、やがてひとつの結論に達した。
「おい、たんたん」
「何だ?」
「今夜、一発ヤらせてやる。それで今回の件はチャラだ」
 龍斗は一瞬絶句してから、少なくとも見かけ上は平静に言葉を返した。
「それじゃ俺が一方的に得してるじゃないか、お詫びになってないぞ。――もちろん、俺が体でご奉仕するのがお前にとっても嬉しいなら喜んで頑張らせてもらうが」
 風祭はカッと顔を赤くして龍斗の背中を蹴った。
「阿呆ッ! 俺は単に借りを返したいだけだッ! ……一応、助けられちまったからなッ」
「俺は借りを作ったつもりはないんだが。当然のことをしただけで」
「お前はそうでもなッ、俺はてめェに借りを作るのだけは金輪際ごめんなんだよッ! 御屋形様に迷惑かけちまった分とか、もとの原因がお前だとかそういうの全部ひっくるめて一発でチャラにしてやる。だからお前は責任もってお屋形さまにご恩返ししろよ」
「――だが、お前は怪我してるだろう。そんな時にヤるわけにはいかないぞ」
「んなモン桔梗に治してもらえばすぐ元通りだろ」
「……俺に言うこと聞かせなくていいのか?」
「てめェのお詫びで言うこと聞かすなんて真っ平ご免だねッ! いつか実力でてめェのこと子分にしてやるから待ってやがれ、その時は好きなだけ命令し放題だ」
「おいおい……」
 龍斗はぷっと吹き出すと、咳払いをした。
「わかった。今夜だな。それで今回の件は全部チャラ、と」
「おうっ」
 ふいに龍斗が首だけ後ろを振り向いた。至近距離で風祭と目が合う。
「――嫌っていうほど、優しくしてやるよ」
 ニッ、と龍斗は笑ってみせた。

 鬼哭村に帰り着いて、風祭を癒してから天戒や桔梗のお説教を(二人そろって)受けた後、遅い夕飯を食って風呂に入り、寝床についたのはもう真夜中過ぎだった。
 風祭と龍斗は(紆余曲折あって)同じ部屋なので、逢瀬に手間をかける必要はない。
 龍斗も風祭も、身につけているのは長襦袢のみという格好で布団の上で向き合った。
「…じゃ、いくぞ」
「お……おう」
 こんな風に向かい合ってちゃんと合意の上でするのは初めてだったので(いつもなし崩しにコトに及んでいる)風祭は少し緊張して唾を飲みこんだ。
 それを見て、龍斗が緩く笑う。
「心配するな。嫌っていうほど優しくしてやるって言ったろ?」
「……誰が心配してるってんだよッ!」
「声が大きい」
 しー、と口に手を当てられて、風祭は渋々黙りこむ。
 龍斗は、優しく笑うと風祭をじっと見つめた。
 風祭も、負けるかという気持ちで見返す。
 しばし見つめあったあと、龍斗の顔が近づいてきて――
 唇が触れた。
 龍斗が目を閉じているので、風祭もなんとなく眼を閉じる。
 一回唇が離れて、もう一回触れる。深く舌を絡めたりはせず、軽い口付けを何度も繰り返しながら、ゆっくりと龍斗は風祭を布団の上に押し倒した。
 そしてまた何度も軽い口付けを繰り返したあと、舌を唇の中にさし込んでくる。
 チュ……クチュ……
 唾液が舌の間で音を立てる。
 普段なら龍斗はこのまま風祭の腰が砕けるまで舌を絡め続けるのだが、今日は趣向が違うらしい。少し舌を絡めたあと、もう一度ちゅっと音を立てて口付けて、風祭に体重がかからないように抱きしめながらすすっと唇を移動させた。
 鼻、まぶた、耳、次いで顎、のど、鎖骨、そして胸。長襦袢をはだけ、両の乳首を通って、右の肩、腕、そして指――。
 その全てに執拗なまでに時間をかけ、舐め、ねぶる。
 右手の指一本一本に口付けをし、口に加え愛撫を与えるのを見ていて、妙に淫猥な気分になってきた風祭はぶっきらぼうに言った。
「たんたん……いちいちそんなとこ舐めんの、やめろよ」
 ちょうど薬指を舐め終えたところだった龍斗は、からかうような上目遣いで風祭を見た。
「気持ちよくないのか?」
「くすぐってえよ……」
 ぶすっとしている風祭の顔にちゅっと口付けをすると、龍斗は笑った。
「悪いな。今日は澳継の体中優しくしてやることに決めてるんだ。もうちょっと我慢してくれ」
「優しくって、そういうことかよ……」
 風祭はふくれたが、抵抗はしなかった。やってもいいと言ったのは自分だし、それにまあ、まったく悪い気分と言うわけでもない。
 肌の上を唇が滑っていく感触とか、時折吸われたりする時の感じなんかは背筋がぞくりとするし、体中を舐められていると――何というか、体中をぞわりと走り抜けるものがあるというか――。
 背中の肩甲骨を通って左腕へ。また指を一本一本ねぶられてから脇腹を通って太腿へ。もう長襦袢は全部脱がしている。そこら中に唇の後を残しながら、足の指へ降りていく……。
『なんか、俺……たんたんに体、食われてるみてぇ……』
 それは不思議にぞくぞくする夢想だった。
 自分の体が龍斗の肉と交わり、溶け合っていく……。
 そんな幻影に酔いながら、夢見心地で龍斗の愛撫を受けていると、足の指を舐めていた龍斗がふいに言った。
「澳継は可愛いな。どこもかしこも可愛い」
「…てめェ、ガキ扱いすんじゃねェ……」
 半ば寝ぼけたような状態なので反応が鈍い。
 言うと龍斗は肩をすくめた。
「そうか、じゃ言い方を変えよう。好きだ」
「なッ……」
「澳継の体はどこもかしこも好きだ。耳も……額も……唇も……」
 そういいながら口にした箇所全てに指を落としていく。
「指も……脚も……つま先も……」
 足の指を全部舐め終えて、ゆっくり股の間を上がっていく。
「もちろん、ここも、な」
 ちゅっ。
 音を立てて既にほとんど完全に勃起した一物に口付けられ、風祭は羞恥に顔を赤くして龍斗を睨む。だが龍斗は涼しい顔だ。
「もちろん、全部ひっくるめた澳継が一番好きだけどな」
「…気持ち悪いこと、言うなッ……」
 風祭の言葉にかまわず、龍斗は風祭の一物を一気に咥え込んだ。喉の奥まで一気に咥え、吸いながら抽送を繰り返す。
「うわッ……!」
 いきなり精を根元から吸い取られるような快感を与えられ、風祭は喘いだ。
 と、その気配を察してか、龍斗は急に風祭の一物を口から出し、舌先で愛撫し始める。
 亀頭をチロチロと舐め、蟻の門渡りをつつつとたどり、竿全体を上から下までべっとりと舐めまわす。玉を口に含んで愛撫しながら、竿の部分を緩くこする。
「んあ……はあ、んふあ……」
 その技巧に、風祭はほとんど蕩けそうだった。ちゅぷ、ぴちゃ、ちゅぴ、ちゅぱ、などと聞こえてくるいやらしい音がよけいに情欲をそそる。
「どうする? 一ぺんイきたいか?」
 龍斗の問いに風祭は快感にぼんやりとした頭で頷く。このまま一気に昇りつめたい。
 龍斗はうなずくと、再び風祭の一物を咥え込み、さっきまでよりやや早いペースで抽送を開始した。そして時折口から出して舌先で愛撫し、緩急をつけながら風祭を追い上げていく。
「んあっ……んっ……!」
 風祭は龍斗の口の中に射精した。
 風祭の出した精液を、龍斗は音を立てて飲み下していく。
 その音を聞いて我に帰り、風祭はかっと赤くなった。自分のされていることが、急に恥ずかしくなったのだ。
 そんな風祭を見て、龍斗はにやりと笑った。
「うまかったぞ。澳継の精液」
「うまいわけねェだろッ! んなモンッ……!」
「澳継の出したものだからうまく感じるんだよ。汗と同じだな」
「ワケわかんねェこと言ってんじゃねェッ……!」
「澳継が好きだって事を言いたいんだがなあ。……ちょっと腰上げて」
 龍斗は風祭の腰を上げさせ、下に枕を挟んだ。
 そうして風祭の引き締まった尻たぶを思う存分ねぶりまわしてから、風祭の後孔に舌を挿入する。
 ぴちゃ、ちゅぴ、くちゃ、じゅぷ……
 巻き起こるいやらしい音に耐えられず、風祭は目を閉じた。
 体中の神経が尻の穴に集まってるんじゃないかと思うくらい、後孔が熱い。
 腸内を舌でつつかれ、かきまわされ、舐められ、自分の穴がぐちゅぐちゅに濡れてくるのがわかって、風祭は泣きそうになった。いつもこの時が一番恥ずかしい。
 ふいに、龍斗が笑んだ気配がした。
「ここ、澳継の味がする」
「てめェッ……ぶっ殺すぞッ……」
 半泣きになりながらではちっとも迫力がないと自分でわかっている。
「怒んなよ。可愛い……じゃない、好きだって言ってるんだぜ」
 笑って言いながら、龍斗は舌と同時に人差し指を後孔に入れてきた。慣れとは恐ろしいもので、後孔の感覚で龍斗のどの指かがほぼ確実にわかるようになってしまっている。
 人差し指は腸内のそこら中を延々とこねくり回した後、一番奥のこりこりした部分にたどりついた。
「んあッ……!」
 こりこりした部分――前立腺を軽く押されて、思わず声が漏れた。
 しかも奥のみならず、後孔に挿入された舌で、入り口付近の性感帯を徹底的にいじられる。
 そして時間をかけて、二本目の指、三本目の指を入れられ、さらに後孔を広げられ腸内をいじられ……
「も……いいッ……」
 息も絶え絶えになりながら、風祭が言う。
「も、いいから……さっさと挿れて……イキやがれッ……!」
 龍斗がわずかに笑んだ気配がした。
「はいはい」
 すっと龍斗の体がのしかかってくる気配。龍斗の一物の先端が風祭の後孔に触れる。腰と左手でしっかり体を固定され、右手で穴を広げ、一物を添えて――
 ぬりゅ、という感触と共に龍斗が入ってくる。
 先端から少しずつ、腸内を龍斗が満たしていく。腰と腰がぶつかって、龍斗が全部入ったのがわかると、風祭は(思わず)もはや毎度おなじみとなってしまった奇妙な感覚に震えた。
 龍斗がふと笑んだ気配がして、ちゅっと音を立てて風祭の額に口付ける。
「目、開けろよ」
 おそるおそる目を開けると、目の前に龍斗の顔があった。優しく微笑んで、こっちを見ている。
「俺がお前の中に入ってるのがわかるか? 澳継」
「……うるせェッ……」
「俺は今、お前の一番近くにいるんだぞ?」
「うるせェッつってんだろッ……」
 龍斗はわずかに苦笑すると、ゆっくりと腰を使い始めた。
「じゃあ、体でわかってもらうとするか。お前がもういいって言うまで……な」
 龍斗の抽送は緩やかだった。ゆっくりと腰を引き、ゆっくりと腰を進める。じわじわと腸内のあちこちを擦りながら最奥を突く、その普段とは違うゆったりとした動きに戸惑った。
 緩やかな抽送を繰り返しながら、龍斗は風祭の額に、頬に、顎に、何度も口付けを落とす。そしてそのたびに風祭の背中に回した腕を緩く、時にはきつく、抱きしめる。
 そして時々、耳元で「好きだ」と囁く。
 緩やかな快感が延々と続く、そして不思議に存在感のある、それは奇妙な交合だった。

 結局風祭は三回、龍斗は一回イッただけで交合は終わりを向かえ、龍斗と風祭は一緒の布団で眠った。
 風祭はとろとろとまどろみながら考える。
 今回はどうしたんだろう、たんたんの奴。普段はそれこそ精も根も尽き果てるまで、搾り出すようにしてまぐわい続けるのに。
 それにイク時もほとんど焦らさなかった。普段はイキそうでイケないという状態を延々と続けさせたりするくせに。
 優しくするってこういうコトか? 半分眠った頭で考えた。
 好きっていっぱい言われて、ギュって抱きしめられて――。
 調子狂う。なんか変な感じだ。
 でも……確かに、ちょっと落ちついた感じにはなったかもしれない。あんまり激しいことしないで、ずーっと側にくっついてたから、なんか、馴れてきて。普段は途中からワケわかんなくなっちまうもんなー……。
 ……今夜のは……あいつが側にいるって……感じがして……だからって……どうってワケじゃねえけど……
 ただ……あの下衆旗本に……いろいろやられてから……なんか胸の……あたり……ムズムズしてたのが……
 いつのまにか……忘れ……られてて……なんで……だろ……
 ……すー……
 結局結論を出さないまま、風祭は眠りについた。

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