「……君が、風祭辰斗くんですか?」 そう静かに聞かれたのは、祖父澳継の葬式でだった。 「誰だ、あんた」 警戒心いっぱいに訊ね返すと、その物柔らかな雰囲気の青年は小さく微笑んだ。 「緋勇弦斗です。緋勇龍斗の息子です」 「……緋勇家当主の?」 辰斗の目は一気に厳しくなった。どの面下げて緋勇家当主の息子が――今は当主となった男が自分の前に顔を見せるのだ。 一週間前訪ねてきた緋勇家当主、緋勇龍斗。あいつのせいで祖父様は死んだのだというのに。 ――本当のところは辰斗にはよくわからない。ただ緋勇龍斗が訪ねてきた日、祖父は普通ではなかった。自分を追い払ったあとなにやら大声を張り上げたりしていたし、急に静かになったからどうしたのかと思って行ってみると緋勇龍斗と二人布団の中で眠るようにして――死んでいた。 結局、祖父は、自分に一本も取らせないまま逝ってしまったのだ。 それがひどく悔しく、憤ろしく―――悲しかった。 「緋勇家の当主がこんなところへなんの用だ。忙しいんじゃないのか」 「忙しいですけどね――辰斗くん、ちょっと座りませんか?」 辰斗は顔をしかめる。葬式の窮屈さに耐えかねて抜け出してきたので時間はあるし、ここは庭、しかもでかい庭石が目の前にあるが、緋勇家の人間と長話をする気にはなれない。 「いやだ」 「そうですか……じゃあ立ったままお話しましょうか」 「そうじゃなくて、話したくないって言ってるんだ」 「あなたのお祖父様と私の父の関係についての話だと言っても?」 「!」 辰斗は一瞬黙りこんで、それから渋々ながら弦斗の脇の庭石に腰を下ろした。それについてはひどく気になっていたのだ、気に食わない奴の話だろうが聞かないわけにはいかない。 弦斗はそんな辰斗を見て少し微笑んで、同じように庭石に腰を下ろした。 「辰斗さんはお祖父様と父の関係についてどこまでご存知なんですか?」 「さん付けするな、気持ち悪い。……緋勇家と風祭家はずっと仲が悪かったんだけど、祖父様とあの爺さんが当主になってからはそんなでもなくなって、それはあの二人が昔からの知り合いだから……ってぐらい」 それも先日父から聞いて初めて知ったのだが。 「私の父と同じ音なので正直呼びにくくはあるんですが……他に呼びようがないですからね。では辰斗。あの二人がどういう知り合いだったのかは聞いていますか?」 「いいや」 「そうですか……」 弦斗はなにか考えるように膝の上で手を組み、宙を見上げた。なんなんだと言いたくなったが、実際に言う前に自分から口を開く。 「あのお二人は、かつて共に戦ったのだそうですよ」 辰斗は驚いて目を見開いた。 「戦った? 一緒に?」 「ええ。龍脈を支配して天下を取ろうとする人ならざるものと、共に拳を並べて戦ったのだそうです。少なくとも父はそう言っていました」 「一緒に戦う……」 辰斗は考えこんだ。そんなことがあったのだろうか。確かに自分は祖父様の昔についてはよく知らないけれど―― 「父はよく澳継様のことを話してくれました。誰よりも勇ましく、ひたむきに強くなろうとした少年の話を」 「……緋勇龍斗が?」 「ええ。本当に嬉しそうに、楽しそうに。世界で一番好きな奴だ、と幸せそうな顔をして言っていましたよ」 (………え?) 今なんだか妙な言葉が聞こえた気がしたのだが。 「本当に、あんなに幸せそうな顔をして語られては妻や息子の立場というものがありませんよ。まぁ、私の母はとにかく商売が好きな人ですので、そんなことは気にもしませんでしたがね」 ……聞き間違えじゃなかったのか。 「……家族よりも戦友が好きって、なんか……変じゃないか?」 「そうですか? 父にしてみれば澳継様は、戦友どころの話じゃなかったようですがね。だからこそ腹上死なんてことにもなったのでしょうし」 「へ? 腹上……ってなんだよそれ」 「いえ別に大したことでは。……父はよく言っていました。『あいつは俺の世界の中心だった』とね。本当に本当に、あの人は澳継様を愛していたのだと思いますよ」 「…………」 辰斗はなんとなくやるせない思いで弦斗を見た。自分の父親がそんな風に違う家族の誰かが好きで、心が穏やかなはずはない。 「……あんた、寂しかったのか?」 弦斗は苦笑した。 「少しは。……ですが、父は愛情が豊かな質なのか、一番ではなくても普通の父親よりもずっと質のいい愛情をたっぷりと注いでくれました。私はそれで満足すべきだろうと思いますよ」 「…………」 「それに、私はむしろ風祭澳継という人間がどんな人かの方が気になりました。このとんでもない父にそこまで想われるとはいったいどんな人なのか。知りたいと強く思いました――結局果たせませんでしたがね」 そう言って弦斗は母屋の方を見やる。 「……亡くなる前に一度でいいからお会いしたかった……」 その顔がひどく寂しそうに見えて、思わず辰斗は言ってしまっていた。 「……なんで祖父様とあんたの親父はずっと行き来がなかったんだろう」 「え? ……そうですね、なんでも風祭家に帰る帰らないで喧嘩があったというようなことを聞きましたが……」 「仲良くしてればよかったんだ。そうすれば俺とあんただって――」 言いかけてはっと辰斗は口をつぐんだ。なにを言おうとしてるんだ俺は!? だが、弦斗はその口にしなかった部分を読み取ったらしく、くすりと微笑んだ。優しく柔らかい笑みで。 「そうですね。私もあなたともっと小さい頃から会って話したり一緒に遊んだり稽古したりしたかった」 「………………」 顔を真っ赤にして辰斗が押し黙ると、弦斗はまたにこりと笑んで、手を差し出してきた。え? と怪訝に想って見上げると、弦斗のにこにこと微笑んでいる顔が目に入る。 「でも、知っていますか。父と澳継様が出会ったのは、父が二十歳、澳継様が十六歳の時だそうです。ちょうど私たちと同じ年ですよ」 「え………」 ぼうっと見上げる辰斗に、あくまで優しく弦斗は笑む。 「友になってはもらえませんか、辰斗」 「………………」 辰斗は顔がかぁっと熱くなるのを感じたが、それを見せるわけにはいかないとふんと鼻を鳴らしてやった。 「調子に乗るなよ。俺とお前じゃ俺の方がたぶんずっと強いんだからな」 「そうですか?」 「そうだ。だから―――」 すっと手を伸ばして、軽く握り返す。 「稽古相手くらいなら、なってやってもいい」 そう言うと弦斗はくくっと笑い声をこぼし、手を握り返した。 「これからよろしく、辰斗」 「……ああ、よろしく」 ひどく照れくさかったが、弦斗は当然のような顔をしてそのまま話しかけてくる。 「でも、君の方が強いかどうかはわかりませんよ。私も父の厳しい稽古に耐えてきた身です」 「なに言ってるんだ、俺ん家の稽古の厳しさったら半端じゃないんだぞ。絶対俺の方が強いに決まってる」 「そうですか? それじゃ道場で一勝負してみます?」 「望むところだ」 和気藹々と話し合うこの二人は、やがて無二の友となり、緋勇家と風祭家の交流を復活させ、双方の家に父と祖父から伝えられた陰と陽両方の武術を伝え、高めあうことを互いに誓うことになる。 緋勇龍斗と風祭澳継の遺骨は、龍斗のたっての遺言だったと主張する弦斗と辰斗の説得で、風祭家の墓のすぐ隣に建てられた墓の中に、二人一緒に納められたということである。 |